トキワシティにはメイド服を着るグソクムシャがいる。雄だけど。

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初の短編。お題はグソクムシャ。


グソクムシャが如何にしてメイド服を着るようになったかの過程。

弱虫毛虫と罵られ、不意打ち追い打ち当たり前。

 

そんな負けイワンコな虫生も過去の事。

 

我はついにやったのだ。やり遂げたのだ。

 

そう、ついに今日! 我は『コソクムシ』という哀れな弱者から脱し‼︎

 

屈強なる『グソクムシャ』へと進化を果たしたのだ‼︎

 

 

長かった。実に長かったのだ。

 

これまで散々見下され、馬鹿にされ、イジメられて来た一生だった。

だが、逃げ腰だった我はもう死んだ。今こそ正に叛逆の狼煙を上げる時‼︎

 

この自慢の爪で、今まで我を虐げて来た野生のポケモンも、我とご主人を見下して来た愚かなトレーナー共も切り裂き、復讐を果たすのだ‼︎‼︎

 

 

 

……え、ご主人?

 

進化したお祝いにケーキを焼いてくれるって?

 

い、いや。我的にはそんな事より折角強くなったんだから今すぐにでもバトルに行きたいんですけど。

え? 我の好物のモモンの実をたっぷり使った甘々モモンケーキ焼いてくれるの?

しかも特大サイズで? 我が一人占めできちゃうの?

 

 

……

 

 

……

 

 

そ、そこまで言うならバトルは置いといてやろうか。

うむ、今の我なら復讐なぞいつでも出来るからな。

これも強者の余裕。という奴だな。楽しみは後に取っておいてやろう。

 

あ、ご主人ご主人。モモンの実はクリームにもしっかり練り混んでくれると我は嬉しいぞ。

 

 

 

 

 

♢♦︎♢♦︎♢

 

 

 

 

 

いきなりだが我のご主人の話をしよう。

我が自慢のご主人はとっても可憐な少女である。

黒髪おさげと黒縁眼鏡が愛らしい、まさに文学少女の典型と言った見た目をしておる。

だがそんな外見とは裏腹に、意外にもご主人は虫ポケモン好きという女子としては変わった趣味をしている。

まあ、そんな嗜好でもなければ、わざわざコソクムシだった我を側に置いたりはしなかっただろうしな。

 

ご主人はとても大人しく、控えめな女子でもある。まあ、気は進まぬがあえて悪く言うならば気弱で臆病な方なのだ。

争い事は嫌いで、特にポケモンバトルは大の苦手。

おまけにご主人と同じ年頃だった少女は虫ポケモンを嫌がってご主人を遠ざけ、少年はポケモンバトルを敬遠するご主人をつまらない奴だと罵っては仲間外れにする。

だからご主人はトレーナーズスクールなる学童施設でも、常に独りぼっちだったのだ。

我はそんなご主人を少しでも励ましたくて、ずっと側に侍っておったがな。

 

あ、そうそう。唯一、隣の家に住んでいた幼馴染の少年だけは我にもご主人にも優しくしてくれたのだ。

だが、この地域周辺の慣習であるポケモントレーナーとしての修行に旅立ってからは未だ帰らず。

偶にご主人宛に彼奴から手紙が届くようだが、やはりご主人にとって唯一の友人がこの場に居ないというのは辛い事なのだろう。

手紙を読む時の顔は嬉しさの中に、やりようの無い寂しさを綯い交ぜにした切ない笑顔だった。

 

あ。修行の旅と言えば、ご主人はぐずりにぐずって旅立ちも1年遅れ。しかもいざ出発したと思えば家族が恋しくて泣き喚いた始末。

結果、僅か三日で実家の花屋にトンボ帰りして幼い頃から家業の手伝いを行なう事になったのだ。

まあ、当時の我は弱っちいコソクムシだったからな。

正直、戦いは苦手だったのでご主人と一緒に花屋の手伝いをするのは悪い話では無かったのだ。

コソクムシだった頃の我は掃除ならお手の物だったし。

 

ご主人も楽しそうに働いていたから結果的に良かったと思っている。

何故なら我はご主人の喜ぶ顔が大好きだからだ。

 

 

……だがご主人よ。幾ら我がご主人の喜ぶ顔が好きとは言え、そのフリフリの服は着ないぞ⁉︎

 

せっかく身体が大きくなったから。って何でドレスを我に着せようとするのだ‼︎

いやいや我、オスだからね⁉︎ フリフリとかぶっちゃけ嫌いだからね⁉︎

この自慢の装甲だけで充分だから……ああ、フリフリが‼︎ フリフリがフリフリと揺れながら迫ってくる‼︎

くっ、我とて嫌なものは嫌なのだ。ここは大きくなった身体で『虫の抵抗』を……

だ、駄目だ。ご主人の身体は細くて柔らかいから、我が暴れたら大怪我させてしまうやもしれぬ。

 

……え、ご主人?

 

進化前の時はリボンで飾るだけで精一杯で悲しかった。これからは今までの分もいっぱいオシャレしようね。だと。

 

 

……

 

 

……

 

 

そ、それは新手の死刑宣告かご主人⁉︎

分かった、謝る‼︎ 謝るから‼︎ それだけは勘弁して下さい‼︎

こ、この前ご主人が楽しみにしてたモーモーミルクプリン食べたの事を、まだ根に持ってるのか⁉︎

御免なさい! ほら、この通り誠心誠意、我、謝るから‼︎ あ、フリフリが⁉︎

 

やめっ、やめっ‼︎

 

 

 

 

 

 

 

アッーーーーーーー‼︎

 

 

 

 

 

♢♦︎♢♦︎♢

 

 

 

 

 

 

哀しい出来事から早幾ばく。

鬱蒼と樹木が生い茂るこの地はトキワの森。

我は今日も今日とてフリフリドレスを着用し、死んだ目でご主人に着いて行く。

 

……え、トキワの森? あの虫ポケモンがうじゃうじゃ出てくるトキワの森?

 

あ。もしかしてバトルの好機か⁉︎

 

それに気づいた我は装甲と爪を軋ませて気合いを入れ直す。フフフ何だかんだで進化してから半年くらい経っての待ちに待ったバトルの好機‼︎

今までの鬱憤をこの森のポケモン達に思う存分ぶつけてくれるわ‼︎

 

そもそも、我はこの森のポケモン達には数え切れないほどの恨み辛みがあるのだ。

様々なトレーナーに捕まえられて、その弱さに失望されては逃がされて。を繰り返し、ご主人に出逢う前、最後に捨てられたのがこの森だった。

 

臆病で戦う力も持たぬ当時の我は、周りの野生のポケモン達に散々に馬鹿にされ、見下され、虐められてきたのだ。

キャタピーに体当たりで吹っ飛ばされて死にかけるわ。

ビードルに毒針で突かれて死にかけるわ。

スピアーに追いかけ回されて死にかけるわ。

バタフリーに念力で振り回されて、やっぱり死にかけるわ。

 

思い返せばあの頃の我は、碌な抵抗も出来ずに逃げ回っては脅威が去るのを震えて待つだけの雑魚の典型であった。

 

だが! 今の我は違う‼︎

グソクムシャへと進化した我は大いなる力を手に入れたのだ‼︎

 

屈強な身体。

堅牢なる装甲。

鋭利な爪。

そして湧き上がる闘志に燃え滾る復讐心‼︎

 

反逆の時、来たり。

今日こそこの爪でもって、トキワの森の連中を一匹残らず鏖殺してくれようぞ‼︎

 

 

 

……あのー。ところでご主人?

 

何でそんなニコニコしながらレジャーシート広げてるの?

え? お弁当作ったから食べよう? せっかくのキャンプだからって?

 

……え、バトルは?

 

 

ご主人曰く、虫ポケモンを観ながらキャンプするのが夢だった。

小さな頃はキャタピーにすら勝てないから危なくて一人と我では森に行けなかったから。夢が叶って嬉しい、と。

 

いや、あの。ご主人の夢が叶うのは我も嬉しいんですけども。

我の復讐は? 待ちに待ったバトルは?

 

 

……

 

 

……

 

 

い、言えねええええええ‼︎ こんな輝く笑顔を見せてるご主人にバトルしたいとか言えねええええ‼︎

 

ここで「そんな事より目につく連中を片っ端から斬り殺そうぜ‼︎」って周りのポケモンに襲い掛かったら、空気が読めないどころの話では無いではないか⁉︎

 

……ぐうっ。し、仕方ない。今日ばかりは、今日ばかりは復讐を諦め大人しくご主人に従おう。

でも今日限りだからな⁉︎

次に来た時は絶対バトルするのだからな⁉︎ 聴いておるのかご主人‼︎

 

あ、待って待ってご主人。

我、食べるならそっちのサンドウィッチがいい。

 

うん、甘い蜜が塗ってある方の。いい香りがするんだもん。

 

 

 

 

 

♢♦︎♢♦︎♢

 

 

 

 

 

月日が経つのは早いもので、我が進化してから1年が過ぎた。

ここ最近のご主人は非常にご機嫌だ。何故なら実家の花屋が大盛況でお小遣いも大幅に増えたからである。

 

 

「わー凄いカッコイイー‼︎」「何てポケモン⁉︎」「スゲー強そー‼︎」「触ってみたーい」

 

 

……うん。ぶっちゃけご主人と一緒に店番してる我の手柄だと思うけどね。

そりゃ、生まれてから一度も同族見かけた事ないもん、我。珍しくて人目を惹くよね。

 

薄々勘付いてたがこの近辺には本来、我がグソクムシャ族やコソクムシ族は住んでいないらしい。

まあ、我も色んな人間に捨てられ拾われを繰り返して、トキワの森で死に掛けたところをご主人に拾われて貰った身だしな。

もはや我の故郷が何処にあるかなどとうの昔に忘れてしまった事。

 

我はそんな事よりご主人の側に侍り、その笑顔を守ることの方がずっと大切だ。

我はご主人が大好きであるからして、ご主人に尽くす我が生涯に不満は無いのだ。

 

……ある一点を除いて、な。

 

 

「フリフリかわいー」「私しってるよーゴスロリっていうんだよー」「このポケモンは女の子なのー?」「お洋服すてきー」

 

 

この服装だ‼︎ これだけはもう本気で嫌なのだ‼︎

ご主人!

頼むから、頼むからフリッフリのフワンフワンのドレスっぽいのを我に着せるのはイイ加減に止めてくれ‼︎

最近ではドレスだけでなく頭にカチューシャなる被り物を強要されるわ、爪にもデコネイルとやらチャラチャラした装飾をこれでもかと付け足す始末。

 

何故我がこんなに嫌がっているのを気付いてくれないのだ⁉︎

普段の優しいご主人はどうして我を着せ替える時だけ豹変してしまうのだ⁉︎

 

あ、こらそこの幼子! フリフリを引っ張るなフリフリを‼︎

これ結構お高いヤツなんだぞ⁉︎ ご主人のお小遣い3ヶ月分なんだからな⁉︎

我だって爪を引っ掛けないか日々、戦々恐々としておるのだからな⁉︎

 

 

もうこんな毎日はうんざりだ‼︎

我は戦いに生きて戦いに死ぬポケモン界の侍ことグソクムシャなのだ‼︎

さぁかす のパッチールでも客寄せゴロンダでも無いのだぞ⁉︎

いい加減にしないと我だって怒るときは怒る……

 

……え、ご主人。今なんて言った?

 

 

次はもっと可愛いメイド服を買ってあげるからね。だと?

 

 

……

 

 

……

 

 

や、止めろ何だその『めいどふく』なる不吉な言葉は⁉︎

このフリフリ以上に屈辱的な服装である予感がプンプンするぞ⁉︎

着ないからな⁉︎ 我は絶対に着ないからな⁉︎ フリじゃないからな⁉︎

 

ねえ、聞いてご主人‼︎ こおでぃねいと なるモノを妄想してないで、お願いだから我の言うことを聞いてご主人‼︎

我の言うこと少しでいいから聞いて下さいご主人‼︎ いや、ご主人様‼︎ ご主人様‼︎

 

 

 

 

 

ご主人様ああああああああああああ‼︎

 

 

 

 

 

 

♢♦︎♢♦︎♢

 

 

 

 

 

 

 

「おい、久々だな」

 

 

我が進化してから3年の月日が経ったある日の事。ご主人の店に一人の男がやって来た。

む、男の顔を見たご主人の顔が怯えに歪んでおるな。

我もこの男には見覚えがあるからその理由も想像がついた。

 

我がまだ未熟なコソクムシだった頃、散々にご主人と我を苛めてくれた糞ガキの一人だ。

嫌がるご主人にバトルを強要したり、服や髪を引っ張って嫌がらせをした下衆野郎だ。

 

 

「お前のそのポケモン。あのクソ虫だろ? まさかそんな強そうに進化するとはな。

しかもそんなポケモンを育てもせず呑気に店番で使ってるとか本当に馬鹿な女だな。

俺が代わりに使ってやるから寄越せよ。ユーコーリヨーって奴?」

 

 

男は軽薄そうな笑みを浮かべながらご主人にそう言い放った。

まあ、一眼見た時点で薄々感づいてはいたが、此奴はガキの頃から碌に成長していないようだな。

 

 

「バトルも出来ないお前には宝の持ち腐れだろ?」

 

 

傲慢にもペラペラ語り続ける男を見て、我は心底、此奴を軽蔑した。

確かにこの男の言う通り、ご主人は臆病な性格をしていると思う。

戦いを嫌うご主人の意向に粛々と従っている我は、未だにこの自慢の爪を振るう機会をお預けされているからして。

そこに関しては、まあ、ぶっちゃけ欲求不満ではある。

だがご主人はそんな臆病な性格など汚点になどならに程、心優しく慈愛に満ち溢れた素晴らしいお方なのだ。

 

逃げ回る事しか出来ず、人間にも野生のポケモンにも虐げられ、森で一匹さびしく死にそうになっていた、ちっぽけな虫ケラ。

 

誰にも頼れず。誰にも愛されず。このまま一匹、寂しく朽ちていくのか。

 

そんな冷たい現実に打ちのめされ、静かに死んでいく筈だった小さな小さなコソクムシ。

 

 

そんな虫ケラに。そんな我を見つけて涙を流し、懸命に治療を施し、ポケモンセンターに駆け込んでくれた。

 

戦力にもならない、逃げ回る事しか出来ない役立たずの我を。

 

家族の一員として笑顔で迎え入れ、溢れんばかりの愛情を我に与えてくれた。

 

ご主人こそ、理想のご主人。

 

ご主人以上のご主人などこの世に存在する筈が無いのだ。

 

 

そんなご主人を。我の大切なご主人を。

目の前の愚物は侮辱した。罵倒した。傷付けた。

 

 

 

この我の前で。

 

我のご主人を。

 

 

怯えて震えるご主人をそっと押し退け、我は装甲を鳴らしながら前に出る。

ご主人が不思議そうな顔をして我の事を背後から見上げているのが、見えずとも我は悟る。

我が己から近づいた事に何を勘違いしたのか、目の前の愚物は不細工な顔を更に歪ませてベトベターのような醜悪な笑みを浮かべる。

 

 

「ほら、見ろよ。コイツだってお前みてーな根暗女は御免だってよ。俺みてーな優秀なトレーナーに使われたいに決まって……」

 

 

ヒュンと風を裂く音が響いた。

 

 

最早、聞く耳持たぬ。

『出合頭』に無数の斬撃。人間の目には到底追い切れぬ疾風の如し我が爪技。

我の攻撃に男の纏った服はあっという間にボロボロの布切れの束と化し、細切れのままハラハラと地に落ちた。

 

 

「ひっ、ひいいいいいい⁉︎」

 

 

男は暫くポカンとした間抜け面を晒したかと思うと、ようやく我に攻撃された事に気づいたのだろう。

素っ頓狂な悲鳴を上げて、翻筋斗打つようにして大きく尻餅をついた。

 

全く。本来だったらその首斬り落としてやりたいところだが、無闇な殺生は心の優しいご主人を傷付けてしまうやもしれぬからな。

身体に傷をつけずに衣だけで済ませてやったのは、せめてもの慈悲というやつだ。

ご主人の清らかな心に感謝するが良いわ。

 

だが、道化と化した目の前の男はそれを理解できる脳味噌を持っていなかったらしい。

怒りに顔を歪ませ、オクタンのように顔を真っ赤にさせたかと思えば、愚かにもベルトから掌サイズの紅白球を取り出した。

トレーナーと呼ばれる人間が我らポケモンを収納するモンスターボールとやらだ。

 

 

「ふっ、ふざけやがって糞虫が‼︎ お、俺はバッチを3つも集めたエリートなんだぞ⁉︎ 後悔させてやる‼︎」

 

 

そんな三流悪役の定型句を叫びながら、男は鬣がわりに灼熱の炎を揺らめかせる小さな四足歩行のポケモンを繰り出した。

 

ふむ、アレは確かポニータ。だったか。

まあ虫タイプには炎タイプは鉄板だからな、幾ら目の前の男が阿保とは言えトレーナーの端くれ。

タイプ相性というのを理解しておるのだろう。

 

だが、グソクムシャたる我には炎などさしたる障害では無いのだが。

 

 

「おい根暗女‼︎ 今すぐ土下座して謝りやがれ‼︎ さもなきゃテメエの糞虫なんて直ぐに灰にしてやるぞ‼︎」

 

 

男は勝ち誇ったように笑い声をあげながら、ご主人に向かって薄汚い声で何やら叫んでいる。

どうやら男の中では目の前のポニータが我に完勝する事は既に決定事項となっているようだ。

 

なんと愚かな事か。

 

 

我は虫と水の複合タイプだと言うのに。

まあ、確かにトキワどころかカント一帯にすら生息していない我のタイプを間違えるのは分からなくも無い。

だが相棒であるポニータが我に対峙した瞬間、過剰に緊張して密かに震えている様を見れば互いのレベル差を察せられるのが一流のトレーナーというものだろう。

それすら判らぬとは、やはり三流。

 

我は愚かな男に従うしかない目の前のポケモンに少しだけ同情した。

 

 

だが、まあ。それは、それ。これは、これ。

 

と言うわけで待ちに待ったバトルの機会ではないか‼︎

相手が格下で特に恨みの無い相手というのは少々物足りないが是非も無し‼︎

血湧き肉躍る闘争を楽しもうではないか‼︎

 

 

いざ! いざ勝負‼︎

 

 

 

 

 

「そこまでだ」

 

 

と、一歩踏み出そうとした瞬間だった。目の前の悪漢とは違う男の声が聞こえてきたのだ。

思わずズッコケそうになりながらも、すわ何事かと我は声のした方に振り返る。

 

そこには褐色の肌をした長身の男が立っている。

腰にはモンスターボール付きのベルト。ふむ、此奴もトレーナーか。

しかし、我の気のせいだろうか。この男、何処かで見覚えがあるような?

 

 

「お、お前は⁉︎」

 

 

悪漢の方もどうやらこの乱入者に見覚えがあるのか、目を見開いて顔を真っ青にしている。

ん? どうやら怯えているようだが。

 

 

「周りの人間から話は聞いた。彼女を罵倒しポケモンを強奪しようとしたってな。

返討ちにあったら店の前で強制的にバトルを仕掛るなんて、何処まで愚かなんだ」

 

 

待ったをかけた長身の男は吐き捨てるようにそう言うと、素早く腰のボールを手に取りポケモンを繰り出した。

その一連の動作だけでも素早く無駄の無い動き。

それだけでこのトレーナーが一流だと我には判った。

 

 

「どうしても戦いたければ俺が代わりに相手になろう。もっとも、不快なものを見せられたせいで手加減は出来そうも無いがな」

 

 

黒地に黄色の模様が特徴のハイパーボールから繰り出されたポケモンはガラガラだ。

我から見ても相当に鍛え上げられており、闘志がメラメラと燃え滾っておる。

 

 

……いや、っていうか、あの、何か物理的に燃えてない?

 

なんか持ってるお骨がボオボオ音立てて青緑色の焔を放ってるんですけど。

あと、あのガラガラ。いや、ガラガラ、さん。強すぎない?

我ですら勝機が視えないくらいの重圧感を感じるんですけど。

 

我、こう見えてもトキワの森のキャンプに着いて行く度に、ちょっかいかけてくる野生のポケモンを追い払ったりしてたから、地味にレベル上がってるし。

少なくともこの近辺では じむりぃだあ とやらを除けば最強格とか言われてるんですけど。

 

ああ、ほら。

もう我の対面にいるポニータなんか産まれたてのオドシシみたいにガクンガクン震えて涙目になってるよ。

 

もう何か可哀想になって来たから止めてあげてよー。

 

 

「ち、チクショー覚えてろよおおおおお‼︎」

 

 

いくら愚鈍で阿呆とは言えどもガラガラさんの強さが分かったのか、悪漢は情けない捨て台詞を吐きながら脱兎の如く逃げ去った。

……と言うか今更だがあの男、我の『出合頭』のせいで下着一枚のほぼ全裸状態なんだが。

 

あんな格好で走ってるとジュンサーとやらに捕まるのでは無いのか?

ほら、後を追うポニータもどこか嫌そうな顔をしてるぞ。

もう会うことも無いだろうが、万が一あのポニータに再会する事があったらモモンの実でも奢ってやるか。

 

さて、さて。

いつまでも妙な感慨に浸っている訳にもいかぬ。

 

 

というか改めて考えたら腹が立ってきたのだ。

いきなり乱入してせっかくのバトルの好機を奪いおってからに。

確かにあの男の連れているガラガラさんは明らかな格上であるし、それを従える目の前の男も強者の気配を感じる。

だがあの程度の小物、我一匹でどうとでもなったのだ。

 

むう、我の雄姿をご主人に見せつける、またとない機会だったというのに。

我は不快感から装甲を軋ませると、ガラガラさんをボールに戻した目の前の男を改めて観察した。

 

こんがりと焼けた小麦色の肌にガッチリとした鍛え上げられた長身の肉体。

にも関わらず顔立ちは何処かあどけなく、優しさが滲み出てる気がする。

むう。見れば見るほど人間にしては中々の美男子。

我程では無いがさぞ同族に恋慕される事だろう。何か余計に腹立って来たぞ。

 

 

うーん。でもやっぱり何処か見覚えがあるんだよなー。

明らかにここら辺では見ない風貌なのに……

 

……ん、待てよ。あの顔つき。

 

 

 

 

あー‼︎ 思い出した‼︎ ご主人の幼馴染だった、あの少年じゃないか‼︎

 

 

バトルが苦手で逃げ回っていた幼い頃の我にも優しくしてくれたから良く覚えている。

肌の色が全く違うし、背がめっちゃ高くなってたから気付くのに遅れたが優しげな顔と爽やかな声は間違いない。

周りの人間達が旅から帰って来るのに一向に帰って来なかったから遠くまで行ってるのは察していたが、南国の方まで行っていたのだろうか?

 

まあ、何だ。

そう考えると幼馴染はご主人の唯一の友人だし、我も過去の恩がある訳だし。

うむ。今回の横槍は寛大な心で許してやろうではないか。

ご主人の危機は無事に去った訳だし、我が頼りになる強者だという事も存分に行動で示すことが出来た。

これでご主人も我を見直して、今後は更に我を信頼し、バトルにだってそのうち連れてってくれることだろう。

 

達成感に密かに笑みを浮かべながら我はご主人の方にゆっくりと振り向いた。

 

 

そこには予想通りの喜びの表情、いや、寧ろそれ以上の歓喜を思わせるご主人の姿があった。

頰を薔薇色に染め、瞳を潤わせ、熱っぽい視線で見上げるご主人の姿が。

 

 

むふふ、我の雄姿にすっかり見惚れてしまった訳だな‼︎

良いぞご主人、なんだったら抱擁くらいならドント来い……いや寧ろ頰に、せっ、せせせっ、接吻なんか良いのではないか⁉︎

 

さあご主人‼︎ 幼馴染の前とは言えども我は気にせぬ‼︎

遠慮は要らぬぞ‼︎ 早よう早よう‼︎

 

 

 

……

 

 

……

 

 

……あれ? あれれー?

 

ご主人? 気のせいかなー?

 

 

 

 

 

 

 

何で我じゃなくて幼馴染の方を見てるの?

 

 

 

 

 

 

 

「待たせて、ごめんな」

 

 

お、おいこらそこのガングロ男‼︎

き、貴様なにを気安くご主人の頭を撫でておるか⁉︎ 貴様が触れていい程、ご主人はちんけな存在では無いのだぞ‼︎

それからご主人⁉︎ なんでそんな嬉しそうなの⁉︎

こ、これじゃまるで恋する乙女……

 

……えっ? ご主人?

手紙が届く度に貴方を想い胸を痛めていた。って。

 

 

はあああああっ⁉︎ あの時たま届いてた手紙ってただの近況報告じゃなくて恋文的なものだったの⁉︎

 

お、おいコラァ‼︎

何で貴様がご主人を抱擁しとるんだ‼︎

貴様がやった事はただの良いとこ取り……

 

……え、ご主人?

ムーたんを助けてくれてありがとう? だと。

 

ち、違うぞご主人‼︎ 我にとってあんな奴ら敵では無かったのだぞ⁉︎

そもそもご主人はバトル嫌いだから知らないかも知れないが我は水タイプも持ってるからね⁉︎

普段は使わないけど水技のシェルブレードとかバンバン使えるんだからね⁉︎

正気に戻るのだご主人! 冷静になってくだされ‼︎

 

 

最初にあの悪漢と対峙したのは我!

 

あの男の服を切り裂いて畏怖を植え付けたのも我‼︎

 

ついでに言うならあのままバトルをしていてたとしても勝ったのは我‼︎

 

まさに忠臣の極み。武者の鑑。

全てのポケモンはこの我の如くあるべきという素晴らしい動きを見せたのだぞ⁉︎

 

 

だからそんなディグダ色した男など放っておいて我に抱擁を……

 

……あぁ‼︎ ご主人‼︎ そんな、そんな雌の顔をして野郎の胸に身体を預けるなんてらめええええええええ‼︎

 

 

お〜の〜れ〜……己己己〜〜〜‼︎

己、許さぬぞ幼馴染‼︎ 過去の恩など知ったものか‼︎ 今ここでハッキリと宣言する‼︎ 貴様は我の敵だ‼︎

我の最愛たるご主人の心を拐かすなどチョロネコの如き薄汚い盗人だ‼︎

 

か、かくなる上はこの爪でその首を……‼︎

 

 

「そうだ。手紙にも書いたけど、アローラの沖で出逢ったコイツをムーたんに会わせてやらなきゃな」

 

 

貴様がムーたん言うな‼︎ その名はご主人だけが呼ぶべき神聖な名前‼︎

やはりこの男は屠るべし……

 

……ん、あれ?

 

 

「俺の新しい仲間。グソクムシャのシロヒメだ」

 

 

 

 

 

 

 

……え、なにアレすげー好みなんですけどー。

 

 

 

 

 

 

 

はわわ‼︎ 初めての同族にして理想の雌‼︎

凛々しくも美しい瞳! 艶かしく輝く純白の装甲‼︎

ま、まさに我の理想の姫武者‼︎ ご主人に抱く気持ちとはまた別の、胸が熱く滾るようなこの感覚‼︎

 

これこそが恋! 我の初恋‼︎

 

 

こ、これは是非ともお近付きにならねばならぬ‼︎

だ、大丈夫だ。

自分で言うのも何だが我は結構な美男である自覚もあるし、レベルだって低くは無い。

 

そうだ我、自信を持つのだ。よし、行け我! 声を掛けるのだ我‼︎

 

 

 

そ、そこの姫武者どのぉ‼︎ きょっ、こここ、こ今宵、我とモモンの木の下で、あ、あああ愛を語らぬくぁ⁉︎

 

 

 

 

 

……え?

 

 

 

 

 

いくら美形で優良個体でも、フリフリのメイド服を着た女装趣味の雄は生理的に無理?

 

 

 

 

……

 

 

……

 

 

 

 

 

ちがああああああああああああう‼︎

これ、我の趣味じゃないの‼︎ ご主人‼︎ ご主人の趣味だから⁉︎

 

お、お願いだから信じて下され姫武者どの……あ、そのドン引きした眼差しで後退りしないで⁉︎

なっ、何て事だ。ご主人お気に入りの ろりふわせくしぃめいどふく なる物のせいで我の初恋が散華の如く散ってしまう寸前ではないか‼︎

 

ご、誤解を! 何としても誤解を解かねば⁉︎

 

 

「ところでムーたんって雄だよな? 何でこんな可愛い服を着てるんだ?」

 

 

はっ⁉︎ で、でかした幼馴染‼︎ やっぱり敵認定は撤回してやろう⁉︎

 

そうなのだ! そうなのだ姫武者どの‼︎

どうか聴いて欲しい。このフリフリした服装はあくまでご主人の‼︎ ご主人の趣味なのだ‼︎

 

我自身はもっと硬派で知的で、はあどぼいるど なる感じの勇猛たる雄であるからして……

 

 

 

 

……えっ? ご主人?

ムーたんは可愛いお洋服が大好きなの。いつも喜んで着てくれる。って?

 

 

 

 

 

 

ちがああああああああああああああああああああああああああああう‼︎‼︎

全く‼︎ ちっとも‼︎ これっぽっちも‼︎ ぜんっぜん喜んで無いからね⁉︎

 

抵抗して暴れたらご主人に傷つけてしまうから、抗うのを諦めて大人しくしていただけなのだ‼︎

っていうか本当だったら今すぐにでも、こんなフリフリ切り裂いてやりたいくらいなんだからね⁉︎ そのぐらい嫌いなんだからね⁉︎

ご主人が嬉しそうに我を着飾る時の笑顔を曇らせない為に、我は必死に自分の尊厳を押し殺してるんだからね⁉︎

 

 

……あ、待って。姫武者どの誤解‼︎ 誤解だから‼︎

お願いだからそれ以上、後退りしないで⁉︎

ほ、ほら幼馴染‼︎ お前からも何とかご主人を説得して……

 

 

「へえ、そうなのか。随分と個性的なんだな。まあ、俺はそういうのも良いと思うぜ」

 

 

幼馴染いいいいいいいいい‼︎

き、貴様なにを『特殊な趣味にも理解のある懐の大きい男』を気取ってるかああああ⁉︎

前言撤回‼︎ 敵だ敵‼︎ 此奴は我が最大の宿敵だ‼︎

 

……ああ⁉︎ 違う、違うから我から逃げないで姫武者どの‼︎ お願い! 器用にも此方を見たまま高速で後退りしないで⁉︎

姫武者どの⁉︎ 姫武者どの⁉︎

 

姫武者どのおおおおおおおおおおおおおお‼︎‼

 

 

 

 

お、終わった。我の初恋、秒で終わった……。

 

ふっ……ふふふ。許さん。

これは幾ら敬愛するご主人でも許さんぞおおおおおお‼︎

 

毎日毎日フリフリで甘々なドレスを我に着せて女装趣味の変態に陥れ、挙げ句の果てに我の初恋を無残にも踏みにじる様な真似をしおってからに‼︎

こうなったら叛逆だ! 我とて怒る時はご主人相手にでもしっかりと怒るのだ‼︎

 

今に見ておれ! こんなフリフリのメイド服なぞ切り裂いてバラバラにして踏んづけて……

 

……えっ、何? 今から幼馴染が帰ってきた記念にパーティーをやる? 我の好きなモモンのケーキも作る?

 

そ、そそそそんな事くらいじゃ我の怒りは治らないんだぞ!

我はもう怒り心頭で腹わたがオーバーヒートの如く燃え上がり……

 

 

 

 

 

……え? 幼馴染から貰ったお土産のアローラ特産のアマカジエキスをクリームに練り込むの?

 

え、嘘。あのメチャクチャお高いやつ?

甘々で激ウマってこの前テレビでやってた奴?

 

 

……

 

 

……

 

 

 

 

……しょ、しょうがないにゃあ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

トキワシティの小さな花屋。

幸せそうな若い男女の隣には、フリフリドレスを着こなした、グソクムシャの番がおりましたとさ。

 

 




グソクムシャってカッコいいよね。


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