TSしたギルガメッシュにイジメられながら衛宮士郎が聖杯戦争を勝ち抜く話 作:五月ビー
プロローグ書いてみた
血が轍となって剣の荒野に二つの細い道を形作る。
世界を覆う殻の空は軋み、罅割れ、赤黒い破片がまるでまばらな雨のように降っては、地面を跳ねて、そして淡く光って砕けて消える。
この心象の世界は、もう己の形を保つことさえできていない。
それを生み出した本人同様に。
血の轍は、それでも、ゆっくりと道を作り続ける。決して留まることなく。
目は、もうほとんど見えない。
手は、もう剣を強く握りしめることもできない。
それでも、足は前に進む。
行先は、決まっている。
それだけは、どれだけ前が見えなくなっていても迷うことはない。たとえこの目が潰れても、きっと自分はそれを見失いはしないだろう。そう確信していた。
息を吸うたびに喉に血が閊え、吐く息と共に噴き出て、襟元を汚し、顎に滴った。
光が走った。
一つは、手に持った短刀で辛うじて弾いた。
もう一つは、ふらつきながら躱した。
最後の一つは、どうにもできずに、わき腹を抉った。鈍い痛みと共に、鮮血をまき散らす。
倒れ伏す。
地面に染み込んでいく血の湿った感触が気色悪く、同時に心地よかった。
このまま目を瞑って眠ってしまいたい。
きっとそれは、とても気持ちがいいだろう。
指先に力を籠める。まだ動く。短刀を握りなおす。体を持ち上げる。血がびしゃびしゃと派手な音を立てて地面に降り注いだ。
命が零れ落ちてくのがわかった。
足をたわめ、腕の力を借りて立ち上がる。
また一歩、前に足を進める。
光が降り注ぐ。
短刀を砕かれ、足を貫かれ、首を切り裂かれても、決して歩みは止めない。
止めないことだけが、唯一つの自分にできることだと思ったから。
この命が燃え尽きるまで。
ただそれだけを繰り返す。
「………………やはりお前は鉄のようだな、頑愚な我がマスターよ」
ふぅ、と小さい吐息が漏れる。今に消え失せそうな意識で、けれどその声だけは鮮明に脳裏に響いた。
彼女の声が少し聞こえただけで、自分の心臓はその拍動を蘇らせていく。指先に力が戻り、足の震えが少し失せる。
「頑迷、愚鈍、無知、愚昧、────貴様を表す言葉は尽きることがない。だが今更捲し立てたところで、どうせお前の都合のいい耳には届くまい」
彼女の何気ない声は、けれど絶対者の響きと圧をもって、自分を抑えつける。
小さくもう一度、ため息が聞こえた。
それはいったいどのような意味を持つのか、そんなことは自分にはわからない。
ただ、進むだけだ。
「蒙昧な我がマスターよ。この英雄王が最後に一つだけ貴様の末路を教えてやろう」
宣託のように、その降り注ぐ声が垂れた自分の頭にゆっくりと圧しつけられた。
「貴様の願いは決して叶わない」
それは絶対の予言だ。そうなんの根拠もなく誰もが信じてしまうような、究極の真理を内包したかのような厳かな声だった。
「お前の意志も、決意も、その身に宿す運命でさえも、それはすべて偽りの紛い物だ。壊れたお前が縋り、取り繕って、あるかのように見せかけた幻にすぎない。故に、それの果てに成すべきものなど、初めから在るはずがない」
あぁ、きっとそうなのだろう。
否定などできようはずもなく。──―そもそも自分に価値がないことなど誰よりも自分が一番よく知っている。
きっと衛宮士郎の歩み道に意味はなく、そして目指す先にも、きっと何もありはしないのだろう。
そして、だからこそ彼女は絶対に、衛宮士郎という人間を許さないのだ。
自分が、彼女の世界には害悪でしかない、見るも悍ましい偽造品だから。
だかだ、でも、だけど、しかし、それでも。
あぁ。
そうだとしても。
それを知っていたとしても、きっと自分は何度でもこの場面に戻っても、同じように歩き続けるだろう。
紛い物の自分にとって、唯一替えの利かない、この想いと共に。
一歩、踏み出す。果たして自分の足はまだそこにあるのだろうか。そんなことも、もうどうだっていい。
少しでも、ほんの少しでも彼女に近づきたい。
それが、死へと向かう行為でしかなかったとしても、それを止めることなどできはしない。
「あぁ、そうだろうな。お前はきっとそれでも、歩みを止めないのだろう」
彼女の声が、クリアに聞こえた。
見上げると、その距離はもうほとんどなく。
歪んでかすれた視界でもハッキリと彼女は鮮明だった。
いつものように。
そこに笑顔はなく。
ただ王としてもあるべき表情があるだけ。
それだけでも、やはり嬉しかった。
待っていてくれた。
そんな妄想が、頭をよぎるぐらいには。
まだ握っていた剣の残骸を持ち上げる。
動かした先からボロボロと崩れ落ちていく。
そうして、突き出した剣を彼女の胸に突き刺した。
けれどその剣にもはや刀身などなく。
故に何物も貫きはしなかった。
鍔が硬い鎧に触れ、そして消える。
それで終わり。
「───お前は、我が宝物足りえない」
消えゆく意識の中でぽつりと、また声が聞こえた。必死に意識を繋ぎとめる。
聞き逃さしてはいけない。
彼女から与えられる物を、ひとつ足りとて取りこぼしたくない。
「あるいは道化であれば、もうすこし笑えたのかもしれんがな」
結局、彼女は心の底から笑っている姿を見せてはくれなかった。
戦いに高揚する顔や、皮肉気な顔や、蔑んだ顔で笑っている姿だけだ。
そして、そのどの場面でも、彼女は王であった。
美しかった。
何者にも、模倣できないほどに。
「悍ましく、醜く、目障りで、気色が悪い。貴様が存在していること自体が我にとっては許しがたい」
その言葉で、救われた気がした。
なぜなら彼女が本心でそう言っているから。
一度足りとて本心で分かり合うことなどなかったが、最期の最期に、それを見せてくれた。
それだけで、満足だった。
残ったすべての命が流れていく。
この偽りの世界の決壊よりも早く、自分の命が尽きる。
倒れる体が、ふと止まる。
誰かが支えてくれている。
けれど、そんな相手などここにいるはずがない。
「────あぁ、だが認めよう」
その声はどこか遠くから響いた。
「衛宮士郎。我はお前が愛おしい」
絶対にこんな展開にはならないが、このオチをプロローグに置くことによって因果律の逆転を起こすことで、無理やりこの結果に収束させることができる。
その確率は私の計算によるとゲイボルグがちゃんと相手の心臓を貫いて殺す確率に大体等しく、クーフーリンが死なない確率にも非常に近いよ。
ちなみに続きはない