一人称ぼくのTS転生エルフ娘が最終的にはご主人様がいないと生きていけなくなるような強めの幻覚が降りて来たので書きました
続きを書きますという人がいましたら無許可で書いてどうぞ!
こんなことになるくらいなら、前世の記憶なんて思い出さなければよかった。
幼きエルフの“ディー”は、ある日、ご主人様から言いつけられた服の洗濯をしている真っ最中に、自分自身の前世とも思える記憶を思い出してしまっていた。
ごくごく平凡な日々。友達をバカをやっている光景。この世界とは異なる、科学文明によって作られた世界のことだ。普通に職に就き、そして唐突に死んだ。死は平等だ。誰にとっても、平等に門戸を叩く。“彼”がその一人だったに過ぎない。
だが神は気まぐれで、あの世には送らなかった。あるいは、あの世に送ったからこそ、“女の”体に生まれ変わったのか。
ある意味では幸運なことだ。“ディー”の半生は不幸の連続だった。生まれてすぐに、里が襲撃に遭い、男は皆殺し、女はその場で弄ばれ、一部は奴隷になった。奴隷として連れてこられた先で、ディーは十を数えてすらいない年齢の時に、純潔を奪われた。
働かなければ食えない。ご主人様を満足させられなければ、生きていけない。殴る蹴るは当たり前。鞭で叩かれることもしばしばあった。もっとも、体でのご奉仕は、ディーの健康状態の悪化に伴い、求められなくなったが。髪の毛はボサボサで、目は虚ろ、体は飢餓状態、嬌声一つ上げられなくなり、抱いていて楽しいどころか、見ているのもつまらない。容姿は浮浪者さながらになっていた。エルフ族は皆容姿に優れるというが、ろくに食事もさせず、暴力ばかりを振るっていては、当然の帰結だった。
こうしてディーは、雑用係になった。雑用と言っても、重労働ばかりである。掃除洗濯炊事。朝早くから始めて、終わるのは夕方過ぎ。残飯のような食事を震える手で流し込み、泥のように眠る。
いつ終わるともしれない責め苦。逃げようにも、逃げ切れるものではない。力のない子供に出来ることなど高が知れている。奴隷であることをやめてくっていけるかというと、それはありえない。
奴隷とは、ある種の職業であると人はいう。奴隷は、大切に扱われているとも人はいう。だが多くの事柄がそうであるように、必ずしも大切に扱われているわけではなかった。ディーは、その一例である。
「…………え?」
そんなある日、主人である男が死んだ。心臓発作だったらしく、全く予兆もなかったために、ディーは困惑した。
そして、男の財産を巡って、何人もの夫人やら愛人やらが骨肉の争いをした。奴隷も財産として、取引された。
ディーは、奴隷としての価値すらないと考えられていたらしい。やせ細った、ボロ布のような少女に価値などない。そう思ったのだろう。二束三文で売りに出された。
生活は、好転した。売りに出されたほうが好転するなど笑い話でしかないが、少なくとも奴隷を扱っている商人はまともな食事を出してくれたし、暴力をふるってこなかった。
しかし、度重なる暴力・暴行で死んだ心が蘇るはずがなかった。
ディーは、自分が男だった頃の記憶に苛まれていた。男だった頃は、少なくとも自由だった。好きなことをして、好きなものを食べて、好きなところに行けた。ところが現在はどうだ。商品として売られる身である。
いっそ売れなくて娼館にでも売りつけられてもいいかもしれない。その方がいい生活ができるかもしれない。
思考は投げやりで、未来への希望などありはしなかった。
「この娘を買おう」
ありえない台詞が聞こえてきた。
檻の中で面を上げると、フードを被った胡散臭い男が商人に声をかけているのが見えた。
この娘。他の娘かもしれないとディーが男を見上げていると、男は指差してきたではないか。
「へぇ、旦那も物好きですねぇ……」
「世間話をしにきたわけじゃない」
「わかっております、わかっておりますとも………おい娘。出ろ」
商人が檻の鍵を開けた。もう、歩くだけで精一杯のディーには、這い出てくるのも一苦労だった。よろよろと起き上がると、新しいご主人になる男の前に立ち、見上げる。
「………」
「………」
男の瞳と、澱んだディーの目が合った。
男の目に宿る感情は、憐憫か、同情か。あるいは、それは追憶だろうか。
徹底的に人の心に対して防壁を張っていたディーには、男が何を思っているのか見当さえつかなかった。喜びさえ浮いてこない。何もかも投げ槍だったからだ。
「旦那、それでお代金のほうを……」
「………あ、あぁ。この娘の名前はなんというんだ」
「さぁ、わたくしも知らないもので……おい、新しいご主人様にご挨拶をしろ」
立っているのも辛い程だった。熱を出しているからだ。商人は、治療さえしてくれなかった。死んだら川にでも流して処分するつもりだったのだろう。
「ディー………」
「ディーか。歩けるか?」
商人から権利書を受け取った男は、ディーがついてくるのを確認しながら歩いていく。
たどりついたのは、街の外れにあるこじんまりとした一軒家であった。木造作りの平均的な作りをしていて、男が一人で住むには広すぎて、家族で住むには狭すぎるといった塩梅である。
「入れ」
「はい」
身に染み付いた奴隷根性というべきか返事だけはハキハキとしてよどみが無い。目はよどんだ汚水垂れ流しの川といった様子であるが。
「こっちにこい」
「はい………」
扉を潜る。ディー程の年齢(体の)であれば好奇心全開で暴れ馬になってもおかしくなかったが、奴隷として酷使されてきたせいか、興味どころか視線をちらつかせることさえなかった。
男はディーの頭を撫でると、奥に歩いていった。
「脱いで待ってろ」
「はい」
即答である。
脱いで待つ。それが意味することは、つまり処理である。暫くしていなかったが、作法は心得ている。
痛くない行為が無かった。なにせ相手のことなど考えず貪ってくるような行為しかされてこなかったのだ。男であるというのに、男に犯されることなど、もはやどうでもよくなっていた。
一応、感じる振りはしていた。しないと殴られるからだ。今度もそうして過ごすのだろうか。虚しさを胸に秘めて。
ディーは粗末なボロ服を脱ぐと、一糸纏わぬ姿で待った。
体のあちこちには打撲の痕跡が見られた。鞭で叩かれ引き裂かれた痕跡も見える。ろくに処置をしなかったせいか、傷跡は生々しく白い肌に残っていた。
「戻ったぞ」
戻ってきた男は、お湯の入った盆とタオルを持っていた。
「????」
意味がわからない。なにをするつもりなのだろう。
疑問符塗れになったディーの横に男が屈みこむと、盆を置き、タオルを湿らせた。
「両手を挙げろ」
「……は、はい」
ようやく、ディーは反応した。
「あ、あのぉ……」
男は、せっせとディーの肢体を拭き始めた。足。腿。毛一つ生えていない股も、躊躇することなく拭く。
全身を温かいタオルで丹念に拭くと、今度は屈むように手招きをする。
ディーは断る理由もないので、屈みこんだ。お湯で頭を湿らせると、髪の毛を丁寧に撫で付ける。何度も何度も撫で付けるうちに、汚れは落ちていき、くすんでしまっていた金色が顔を覗かせるようになっていた。
「腹は減ってないか」
「いえ」
即答したとたんに腹が鳴ってしまう。ディーは居心地悪そうに俯いた。
今までは、腹が減ったと言えば逆にご飯を取り上げられる始末だった。だが腹は口ほどに者を言うらしい。
男はそうかと言うと、ディーの肩に手を置いて奥に連れて行った。
なるほど一人で使うには広すぎる居間があった。あるいは、今までは誰かがいたのかもしれない。テーブルは四人用だった。
「座って待っていなさい」
待っていればいいらしい。
ディーは椅子に腰掛けるように促されたので、じっと待つことにした。時間にしてどれ程経過した頃か、男は戻ってきた。
野菜が大量に入った湯気を上げるスープと、黒いパンだった。
「食べなさい」
「はい」
食べていいらしい。スープをスプーンで掬い、一口啜る。
「!」
おいしい。野菜のうま味が効いた、滑らかな味わい。完全には形状を失っていない野菜たちが、塩気とよく調和していた。
すぐに黒いパンをちぎって口に運ぶ。焼きたてなのだろう、もちもちとした食感が広がっていく。
はふはふと息を吐きながら、どんどんと食べていく。
いつ振りだろう。こんなにおいしい食事をしたのは。
「あれ……?」
涙が止まらない。
でも。でもと思う。この男もまた、“そう”かもしれない。
食事を終えると、有無を言わさず男が皿を持っていってしまった。片づけをしようと思っていたディーは困惑した。
「この薬を飲んでくれ」
「はい。なんのお薬ですか」
ディーは、男から丸薬を渡された。
ディーはその薬を、手のひらに置いてじっと見つめていた。
毒だろうか。あるいは、おかしな薬だろうか。どっちでもよかった。どちらにせよ、飲まないという選択肢などないのだ。
「あの。ご主人様」
「俺には名前がある。エルと呼んでくれ」
「エル様」
「エルでいい」
「ご主人様?」
「わかった、わかった、好きに呼んでくれ」
男が戻ってきたので、ディーはさっそく話を切り出した。
奴隷を買ったのだ、まずは、どう呼ぶのかを確認する必要があった。
「ぼくは、なにをすればいいのですか」
ぼく。あるいは、わたしだったかもしれない。自分のことを意味する単語を発音したのは、いつぶりだったろうか。
「何もしなくていい」
「そういうわけには」
「させたくても、今は無理だ。そんなにボロボロなのに。熱もあるだろう。さっきの薬は風邪に効く薬だ」
「ないです」
「いやある」
ディーは自分の体調を隠すつもりだったが、男には筒抜けだったらしい。
男が手を伸ばしディーの額に触れると、まるで猫のように熱い。平熱ではありえない体温らしいことがすぐにわかった。
「仕事をしたいなら体調を戻すことを第一に考えるべきだな。薬を飲んで、もう寝なさい」
「わかりました」
「部屋はこっちにある。好きに使って構わない」
「床で眠れます」
「使いなさい。こう言ったほうがいいかな、ベッドできちんと眠りなさい。明日起きたら今後のことを話し合おう」
なんて変わった人なんだろう。
ディーは言われるがまま、こじんまりとした部屋へ入った。雑貨はほとんど置かれていない殺風景な部屋であったが、箪笥や机にベッドなど基本的なものは揃っていた。
この後自分はどうなるのだろう。
あの男は、自分をどうするつもりなのだろう。また辛い日々が始まるのだろうか。
ディーは男の指示通りベッドに潜り込むと、そのまま数分と立たずに眠りについてしまった。
ディーが、エルの“女”になろうと決心するまで、あと一ヶ月。