P1グランプリに応募しようとしていた男が、気づいたらパンジャンドラムそのものになっていただけのお話。

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転生したらパンジャンドラムだった件

 

 

 ソファから立ち上がった瞬間に、糸が切れたように全身の力が抜けた。危機感を抱く暇もなく、ぐるりと世界が反転した。

 床に敷いてあるカーペットに身体を強く打ちつけ、全身に鈍痛が走る。フローリングでなくてよかった、などと冷静に考えていられるのは、先ほど摂った紅茶(カフェイン)のおかげだろうか。

 全身が重い。

 風呂でのぼせたような脱力感。視界がぼやけ、頭が沸騰したように熱っぽく感じられる。にも関わらず、思考のみがやけに冴え渡っていた。

 

《確認しました。対熱耐性獲得……成功しました。続けて、『思考加速』を獲得……成功しました》

 

 どうしてこうなった。

 

 やはり、連休だからと調子に乗って、エナジードリンクを紅茶で割って三十杯以上飲んだのはやり過ぎたか……? それとも、味の変化を楽しむために、紅茶にマーマイトを溶いて飲んだからだろうか。さきほど飲んだウイスキーの紅茶割りの酔いが、今になって回ってきたのかもしれない。

 こういった習慣は日頃から続けていることが大切だ、とはよく言ったものだ。まずは朝食からひとつずつ始めるべきだったと今更ながら後悔した。

 今日が休日でよかったとポジティブに思っておかないとやってられないな。

 

《確認しました。紅茶(カフェイン)を混入させた飲料水の獲得……情報不足により実行不能。失敗しました。

 代行措置として、『魔素吸収』を獲得……成功しました。続けて、毒耐性獲得……成功しました》

 

 だけど、いま気を失う訳にはいかない。

 あともう少しで、グランプリに応募する()()が完成するんだ。応募期間の締め切りもすぐそこまで迫っている。ここで力尽きるなんてとてもじゃないが考えられないし、納得もできない。あの機体さえ完成させることができれば、芸術賞だって狙えるはずなんだ。

 

《確認しました。気絶無効獲得……成功しました》

 

 あの時、仕事の疲れを少しでも忘れようとして気まぐれに動画を見たあの瞬間に、俺の心は魅了されてしまった。取り憑かれたと言ってもいい。

 困難と思われる目標の(ことごと)くを乗り越え、破壊してゆくその姿。存在そのものが欠陥品だと言われようと、設計思想が間違いだったと匙を投げられようとも。苦難を退け、不可能を可能にしてきたあの美しいまでの姿に俺は魅入られたのだ。

 

《確認しました。『狂気』を獲得……成功しました》

 

 俺も、あの禍々しく思えるほどの曲線美を自分で作り上げてみたい。

 俺も、不完全性を持ちながらも黄金比率かと見間違える完全なフォルムを再現したい。

 俺も、欠陥を抱えつつも茨の道を突き進む諦めない心で劇的なドラマを生み出したい……! 

 

 そのために、寝る間も惜しんで試行錯誤を繰り返し、パーツを組み合わせ機体を作り上げた。

 先駆者の数々の動画や解説を見ることで得られた見識は、今までの常識や価値観を180°変える画期的なものばかりだった。機体制御や推進力として用いるパーツの種類はもちろん、ブロックの角度や設置する箇所を一つ変えるだけで全く違う動き方をした時は、感動のあまりバグパイプの音色が聞こえたほどだ。

 これならば俺も()()を作ることが出来る。

 大会を見ている大勢の人々を楽しませることが出来る。

 

 そう確信した。

 

《確認しました。『エディットモード』の獲得……情報不足により実行不能。失敗しました。

 代行措置として、『自己編纂』を獲得……成功しました。付随して、『自己生成』を獲得……成功しました》

 

 だから、頼む。動いてくれ、俺の身体……! 

 ここには、PCと、紅茶と、スターゲイジーパイがある……!! 

 

《確認しました。『自走爆弾(パンジャンドラム)』の身体を作成します……成功しました。続けて、ユニークスキル『英国面』を獲得……成功しました》

 

 必死に腕を伸ばそうとするが、身体はうんともすんともいわない。

 

「クソ……」

 

 ここまでか。

 しまいには幻聴まで聞こえてきた。さすがに今回は無理をしすぎたかもしれない。

 大人しく諦めて、次回のグランプリまで身体を休めようかな……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 きらきらと光る何かに瞼を照らされて、俺は目を覚ました。

 

「……は?」

 

 視界に広がる光景に思わず声が零れる。

 目に飛び込んできたのは、周囲に群生する奇妙な植物と、それ自体が光を発して美しく輝く無数の水晶。ごつごつとした岩肌から生えた、恐ろしい程に透き通った水晶が見渡す限りに点在する様は圧巻の一言だ。それはまるで、ファンタジーの世界に迷い込んだのかと錯覚するほどに幻想的、かつ神秘的だった。

 

「すげえ……」

 

 感嘆の声を上げながら半ば無意識にそれらへ手を伸ばそうとして、腕の感覚がない事に気づく。

 

「疲れかな、歳は取りたくないもんだ」

 

 そういえば、さっきまで徹夜で作業をしてたんだったと思い出し、肉体の衰えにため息を吐きながら足を踏み出す。

 その勢いのまま()()()()

 

「ん?」

 

 違和感。

 水晶に近づいたことで、俺の身体が写し出された。

 

「……は?」

 

 本日二度目の疑問の声。

 目の前にあるのは、人型とは似ても似つかない姿だった。

 横に倒されたドラム缶のような鉄製の体と、左右の端に付けられた簡素な車輪。車輪を支える放射状に配置された骨組みには、それぞれ小さな筒が輪っかに沿うように配置されている。

 

 つまり俺は──

 

「はあああああああああ!?」

 

 ──パンジャンドラムになっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやおかしいだろ……確かにさっきまで()()を作っていたけど、流石に『俺自身がパンジャンドラムになることだ』とか誰も嬉しくないぞ。わけがわからねえ……」

 

 夢でも見ているのか? どう考えても夢の中だろこれ。

 俺はパンジャンドラムが様々な困難を乗り越えて行く勇姿を見たいのであって、パンジャンドラムそのものになりたかった訳じゃあないんだが。このままだと、路傍の石に躓いた衝撃で自爆する未来しか見えない。ましてやここは洞窟の中。整備されていない道なんて今の俺にとっては地雷原に等しい。まあ、本物のパンジャンドラムのように身体に爆弾があるとは限らないがな。

 

 ……ん? 

 洞窟? 

 

「ここは何処なんだ……?」

 

 そもそもの疑問点。

 色んな意味で衝撃を受けすぎて気づかなかったが、今いるここはどこなのだろうか。というか、なんで俺はこんな所にいる? 

 確か、先程まで俺は自室でP1グランプリに向けた機体の作成を行っていたはずだ。疲労かアルコールの酔いで気を失ったところまでは覚えているんだが……。パンジャンドラムに熱中するあまり、無意識の内に変身願望でも持っていたのだろうか。あるいは、極度の疲労で幻覚を見ているのか? 

 考えれば考えるほど、今の状況が夢でも見ているかのようだ。

 

「明晰夢ってやつなのかなあ」

 

 夢を見ている際は自覚がない場合がほとんどだが、まれに「ここは夢の中だ」と自覚したまま夢の中で過ごせる事があるという。この時の状態を明晰夢と呼ぶらしい。まあ俺はこのような体験をしたのが初めて──あったとしても夢の内容はいつも忘れるから覚えていない──なので、本当かどうかは分からない。しかしながら、現実ではとても考えられない自身の状況や周囲の風景を見てしまった以上、話は変わってくる。

 ひとまずは、これらの状況に陥っているのは夢の中だからだ、という事で納得しておこう。

 

 さて、冷静になれたことだし、これからどうしようかな。とは言っても、今のこの姿だと出来ることは限られてくるんだが。

 俺が頭を悩ませていると、どこからか声が聞こえてきた。

 

(聞こえるか? 小さき者よ)

 

 ……。

 

 …………。

 

 ……………………。

 

(おい! 聞こえているだろう? 返事をするが良い!)

 

 ……ああ。

 気のせいかとも思ったけど、違ったか。

 ついに幻聴が聞こえてきたらしい。

 いや、確か気を失う前にも誰かの声が聞こえてたっけ。あの時も今のように、頭に直接声が響くような奇妙な感覚だった。自分が思っている以上に精神的に参っていたようだ。

 

 まあどうせ夢の中だからなるようになるかな。そろそろ考えるのも面倒になってきた。

 半ば投げやりになりながら、心の中で返事をしてみた。

 

(聞こえるけど、なにか用か?)

(おお、やはり聞こえていたか!! ……いやなに、ここらでは見かけない風貌だったからな。目の前に突然現れたこともあって不思議に思ったのだ)

 

 突然現れた? 

 と言うことは、ここは俺の夢の中じゃないのか? そんでもってパンジャンドラムを見たことがない? 

 確かに、夢の中にしてはやけに頭が冴えているし、こんな体なのに五感もはっきりしている。

 ……頭が混乱してきた。紅茶を飲んで落ち着きたいのに、こんな場所では紅茶を飲むことはおろか手に入れることも困難だろう。そもそもこの体で飲み物を飲めるかも怪しい。

 

(そうなのか。てっきり俺は、自分の頭がおかしくなったのかと思って……)

(ふん、我を無視してなお殺されずに済んでいるのだ。我の寛大な心に感謝するのだな。……いま謝れば許してやらんこともないが)

 

 偉そうな物言いが気になるが、会話が成立しているのなら幻聴ではないのか? 都合のいい解釈だが、この状況を説明できるほど頭が回らない。脳みそがパンクしそうだ。

 こちらに非があるのは確かなので、会話を先に進める為にも俺は相手に謝罪した。

 

(……そうだな、すまない。そちらの言葉を無視して悪かった。こんな姿になって気が動転していたんだ)

(ふん、当然だな。今回は特別に許してやろう。感謝するがいいぞ)

(ああ、ありがとう)

(う、うむ)

 

 許してもらえたか……? 

 言動に反して優しい性格の持ち主のようだ。落ち着いて話ができる相手で安心した。

 相手は声だけで姿が見えないのが気になるのだが……。

 

(とは言え、突然現れたことといい、「こんな姿になって」という言葉といい……お前はもしや“転生者”か?)

(“転生者”? それってどういう──)

(まあ待て。いつまでもこのまま話すのはなんだ、そろそろこちらを向いたらどうだ)

 

 俺が疑問を口にするより早く、相手から対面するように求められた。

 ああ。姿が無いのではなくて、単に俺が明後日の方を向いていただけだったか。流石にこれは申し訳なく思う。

 

(分かった。すまないが、どちらにいるか教えてくれないか? こんな体だから正面以外はよく見えないんだ)

(フッ……難儀なものだな。我はお前の後ろにいる)

 

 真後ろにいたのか……。

 これで気づかないなんてな。あまりの俺自身の鈍感さに苦笑する。

 さて。相手はどんな姿をしているのだろうか。

 様々なものを想像しながら、俺は後ろへと振り向いた。

 

 ……後ろへ振り向く。

 

 後ろに──

 

 ……。

 

 …………。

 

 ……………………。

 

 ……後ろを向けないんだが。

 こんなところでこの姿(パンジャンドラム)の駆動性の悪さが……。

 

 いや違うんだ。後ろを向くこと自体はできそうだった。

 問題は、無理に体を傾けようとするとお腹の中心辺りが妙に熱くなっていく感覚があることだ。否、熱そのものは感じない。じんわりとお腹から広がっていく、ピリピリとした小さな痛みがあるだけ。だけど俺の頭は、この痛みが自分の生死に関わるほど危険なものだと警鐘を鳴らしていた。

 

 ……いやいや。まさか、な。

 

 この姿になったばかりでまだ上手く体を動かせないこともあって、後ろを振り向くだけでもかなりの神経を使う。そのせいで、いつもより神経質になっているだけだろう。

 頭ではそう思っていても、身体はうまく言うことを聞かない。両腕がないのでバランスを保つことも難しい。

 俺は万が一にも転倒しないよう細心の注意を払いながら、両足の替わりである車輪を回す。亀の歩みの如くゆっくりと。右側の車輪(みぎあし)を後転させつつ左側の車輪(ひだりあし)は前転させるという作業を、自分でも驚くほど慎重に。

 

 そうして、体感では一時間以上もの時間をかけながら──実際は数秒ほどだろう短い時間で振り向いて、声の主と対面した。

 

(な、ドラゴン……!?)

(いかにも。我こそが“個にして完全なる者”であり、世に四体しか存在しない“竜種”が一体。“暴風竜ヴェルドラ”である!)

 

 マジかよ。

 いやいやいや、んなバカな。流石にそれはおかしいだろ。まるっきりファンタジー世界じゃんか。

 道理でここら辺には水晶が幾つも生えている訳だ。つまりここは、強力な力を持ったドラゴンの住処だったんだ。

 ……でも、こんな姿になった俺みたいな例もあるし、ありえないことじゃないのか? 

 うーん、分からん。

 

(さて、我の事を話してやったのだ。お前の事も話してみろ)

(俺のこと、と言ってもなあ……)

 

 寝て起きたらこうなってました、なんて自分でも信じられないのに、信じて貰えるのかな。

 でもまあ、これもなるようになるか。

 思考停止になりつつも、俺は今までの事を話した。

 

(──ふむ。やはり“転生者”か。大方、気を失ったのではなくそのまま死んでしまったのだろうな。まあお前のように、人以外──いや生き物以外の姿で生まれてくるのはかなり特殊だろうが)

(え? ってことは……)

(“転生者”はたまに生まれてくる事があるのだ。それそのものは珍しい存在ではない。ただし、人以外の姿で、ましてや何もない場所から生まれてきた者など我は聞いたことがない)

(な──)

 

 その後もヴェルドラは、親切なまでに転生者やこの世界の生き物についてなどを説明してくれていたが、俺はそれを聞く余裕を持ち合わせてはいなかった。

 彼の「人以外の姿で生まれてきた者など聞いたことがない」という言葉。

 それはつまり、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ということで……。

 

 ……やっぱりこれは夢だわ。うん、そうに違いない。

 でないと、俺がこの姿(パンジャンドラム)になって生まれたってのが理不尽すぎるだろ……! 

 

 もう限界だ。肉体的にも精神的にも。

 これ以上この妙な世界には付き合っていられない。情報量が多すぎて熱が出そうだ。ここは夢の中なのだと思い込みたいくらいには、俺の頭は現実逃避をしていた。

 半ば自暴自棄になりながら、俺はこの場から立ち去ろうと踵を返す。

 

 ──かつん。

 

 と、車輪に石が当たる音がした。

 全身を襲う焦燥感。右半身がふわりと浮かび上がって、お腹からじんわりとした痛みが広がる。

 

(あっ)

 

 瞬間、視界が真っ白に染まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(ええ!? それじゃあその“転生者”は死んじゃったんですか?)

 

 これまでの話を聞いて、流線型のぷよぷよとした水色の物体──スライムが、目の前にいる見るからに邪悪な竜種──ヴェルドラに恐れることなく問いかける。

 

(いや、我もその時は死んだかと思ったのだがな。その後すぐに『自己生成』というスキルを使ってその場に現れたのだ)

(ってことは、その人は不死身なのか……凄いなあ)

(恐らくあいつは、我と似たような意識生命体だったのだろう。魔素さえあれば肉体はいくらでも作れると言っていた)

 

 感心したように身体をぷるぷる震わせながら、スライムはため息をもらす。

 本来は邪竜であるはずのヴェルドラも、久しぶりの客人であり自らに恐れを抱かず話し相手になってくれる相手を得て、ますます会話を弾ませていった。

 会話に登場する“転生者”に興味を持ったのか、スライムはさらにその者について尋ねた。

 

(それなら、運が良ければその人に会えるかも?)

(それなのだがな……あいつは我の封印を自慢の爆発で壊せなかったことにかなりのショックを受けて、異空間に引きこもってしまったのだ。クク、面白いだろう?)

 

 さも愉快そうに喉を鳴らして同意を求める。

 しかしそれを聞いたスライムは、ある言葉を疑問に思った。

 

(異空間、ですか?)

(ああ、確かあいつは『大会会場(P1グランプリ)』と呼んでいた)

(爆発する体……P1グランプリ……あっ)

 

 何かを察した様子の話し相手を見て、ヴェルドラは不思議そうに首を傾げた。

 

 




ウイスキーの紅茶割りはレモンや蜂蜜を入れて飲むのがおすすめです。


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