「……なんかさあ、よく考えたらあたしたちって皆家庭問題抱えているわよね」
ふと鈴が呟くと、全員の視線が向く。
IS学園の食堂の一角で、専用機持ちの女子会が開かれていた。
まあ、女しか扱うことのできないISの勉強をする教育機関なので、『ほぼ』女しかいないのだが。
「箒は一家離散でしょ?」
「う、うむ……」
冷や汗を垂らす箒。
他人から言われたいことじゃない。
「セシリアは両親事故死だし」
「そうですけど、なんだか直接言われると腹が立ちますわね……」
青筋を浮かべるセシリア。
他人から言われたいことじゃない。
「あたしも両親が離婚しているし、ラウラなんてもう……ねぇ?」
「うむ。一発ぶんなぐっていいか?」
軍人のラウラは、固く拳を握りしめていた。
他人から言われたいことじゃない。
「シャルロットなんて、親から認知されてないんでしょ?」
「あ、あはは……。まあ、それは別にどうでもいいんだけどね」
唯一怒っていないのは、苦笑しているシャルロットくらいだろう。
認知されていない、というのは正確ではないが、まあ順風満帆な家庭環境であるとは言えないだろう。
だが、彼女は本当に心から気にしていないからこそ、平然としていた。
「ほら。僕とお母さんは、パパに助けてもらったから」
パパ。
シャルロットがそう呼ぶ男は、実の父親ではない。
デュノア社という斜陽企業の社長などでは、断じてない。
母親と共に放逐され、厳しく苦しい生活を救ってくれた男のことを、パパと呼んでいた。
そして、それは他の面々にとっても既知の人物だった。
「あー、先生ね? 本音とかがすっごい懐いているわよね」
シャルロットがパパと呼ぶ男は、男にしてIS学園の講師を務めている。
技術講師であり、ISの仕組みやカスタム、武装などを開発して教示する。
そのため、操縦者としてあまり彼女たちとはかかわりはないのだが、逆に技術科の生徒たちはよく慕っていた。
「……あれはよくないよねぇ」
「しゃ、シャルロット? 怖いぞ?」
いつも明るく可愛らしいシャルロットの声が、まるで地獄から這い上がってくる鬼のように悍ましいものになるので、仲の良いラウラが震える。
「そういえば、シャルロットは先生と一緒の部屋だったか?」
「うん! すっごく楽しいよ! パパの寝顔もかわいいし、ごはん作ってあげたらすっごく嬉しそうに食べてくれるし……大好きっ!」
思春期の少女が父親(実際には違うが)と同じ部屋なんて絶対に嫌がるだろうが、シャルロットはそれに該当しない。
むしろ、四六時中一緒にいたいくらいである。
「ファザコンですわね!」
「ち、違うよぉ。ただ、結婚するのはパパって決めているだけで……」
「やばいだろ」
冷静な箒のツッコミが入るのであった。
■
どうしてこうなった?
俺はずっとその疑問を持ち続けていた。
俺がいるのは、男子禁制のはずのIS学園である。
はい、まずここがおかしい。
普通、入れないんだよ、男って。
だから、秘密の花園とかネットでキャッキャッされているのに、どうして俺はこんなところにいるのか。
正直、緊張しっぱなしで精神的に疲弊する。
若い女の子に囲まれて羨ましい、なんてことを言っている奴はバカだ。
少しでも下手なことをすれば、一発で牢獄行きだぞ?
女尊男卑の風潮が広まっている世界なのだから、なおさら危険だ。
ちょっとIS弄ることができるからって、どうしてこんな……。
そりゃあ、篠ノ之博士が作った超兵器なのだから、男としてワクワクしないはずがない。
しかも、元々は宇宙開発用に作られたIS。
……宇宙なんて浪漫の塊、関わりたくないはずがないだろ。
そんなわけでめちゃくちゃ勉強しつつ、ISにのめり込んでいったのだ。
知見を広めるためや技術を向上させるために世界中を旅し、へばりついてくる自称篠ノ之博士というウサギを引き離しながらIS企業で一時的に働いていたのだが、そんなときにシャルロットとその母であるあの人と出会った。
困窮していた彼女たちを、特に使い道もなかったお金を使って援助をした結果、なぜか一緒に暮らすことになっていた。
何が何だか分からなかったぜ……。
とはいえ、俺も楽しくなかったと言えばうそになる。
そのため、シャルロットとあの人と家族のように一緒に生活をしていたのだが……。
「パパ、かゆいところない?」
「ああ……」
今、俺がいるのは浴室。
頭を洗ってもらっている。
洗っているのは、娘のように思っているシャルロットだ。
…………なんで!?
IS学園は、一般的な高校生くらいの思春期の学生が通っている。
当然、シャルロットもそうだ。
……どこに、高校生の娘と一緒にお風呂に入る父親がいる!?
いや、いるのかもしれないけれども!
少なくとも、一般的ではないのは確かだろう。
俺は聞いたことがない。
「ふふーん、ふーん。パパのお世話するの、楽しいなあ」
鼻歌交じりで、上機嫌なシャルロット。
彼女のそんな反応を見ていると、嫌われるよりは好かれていた方がいいと思う。
俺だって、嬉しいさ。
だが……どうして、シャルロットはバスタオルを巻いただけなんですかね……。
風呂だから?
まあ、そうだけど……。
でも、ちょっとあれじゃない? ダメじゃない?
シャルロットは、俺の前に来て頭を洗ってくれている。
そのため、もう凄いのだ。
揺れが。
タプタプとバスタオル越しにも分かる豊満な胸が、もうタプタプなのだ。
少し身じろぎをするだけでも柔らかそうに揺れるのに、俺の頭を洗うことによって小刻みに腕を動かすものだから、もうプルンプルンなのだ。
こ、これが白人の成長速度……!
まだ高校生。まだ子供である。
しかし、その胸やスタイルは大人顔負けだ。
薄いタオルしか身に着けていないため、なおさらその豊満な肢体が目に焼き付く。
もちろん、興奮して押し倒すなんてことは絶対にしない。
俺にとっては、シャルロットは娘みたいなものなのである。
娘に欲情する父がどこにいるだろうか?
俺は鉄の意思で自分の欲望を抑え込み……。
「あっ、バスタオルが……」
「ふんっ!」
ハラリとシャルロットの身体を隠していた薄いタオルが緩んだ瞬間、俺は自身の目に指を突き立てた。
ふぅ……ギリギリだったな。
「あぁっ!? どうしていきなり目を突き刺すの、パパ!?」
「す、すまない。少しのぼせてしまったから、先に上がるな」
「う、うん。大丈夫?」
め、目を潰したから見えねえ……。
俺はフラフラになりながらも、なんとか浴室の外に出ていくのであった。
俺はちゃんと娘を守ったぞ!
■
いきなり自分の目を突き刺すという凶行の末に出て行ったパパを、シャルロットは見送った。
心配そうにゆがめていた顔を、心底残念そうな顔へと切り替える。
「……もうちょっとで押し倒してもらえそうなんだけどなあ。惜しい」
言葉の内容は、少なくとも娘が父に向けるものではなかった。
しかし、彼女は物心がついた時から、ずっとそう思っている。
いや、さすがに子供の時は押し倒してもらうというよりも、パパのお嫁さんになるといった可愛らしい願望だったが、それは女の幸せに直結するという意味では同義である。
自分の大好きな母親の旦那であることは知っているが、そんなのは関係ない。
好きになったのだ。
だから、パパを自分のものにしたいし、自分もパパのものになりたい。
そのために、こうしてお風呂に一緒に入るというような積極的な誘惑を心掛けている。
単にお世話をする、身体を洗うといった奉仕をすることが好きだということもあるが、一番は誘惑である。
必要以上に身体を密着させ、柔らかく甘い女の身体を味わわせているのだが……。
さすがは自分の大好きなパパである。
この程度では、微塵も揺るがないらしい。
シャルロットは一つため息をつく。
しかし、もしかしたら可能性はあるかもしれない。
だから……。
「とりあえず、ゴムに針を刺しとこ」
いざというとき、最後のダメ押しをするためのゴムに小さな穴をあけておくことを決めるのであった。