最弱騎士の運命踏破   作:bear大総統

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第47話

 七星剣舞祭第二回戦、月影栞対黒鉄珠雫の戦いは審判判断による試合の強制中止、という形で終了された。

 結果自体は栞が第三回戦へと駒を進める事と相成ったわけだが……彼女は試合終了後、七星剣舞祭の運営委員会から極めて厳重な注意を受けることになった。

 

 四肢を拘束し、一切の抵抗を許さず体内を掻きまわし無暗に苦痛を与えた。

 そのような勝ち方は騎士の風上にも置けない、あまりにも残虐である、と。それは彼女が第一回戦で見せた加賀恋司との戦いも無関係ではあるまい。

 

 月影栞の戦い方は常に余裕があり、真摯に相手に向き合わず、その上で圧倒的な蹂躙を以て終了される。

 

 そんな戦いを、観客達も実況・解説も七星剣舞祭運営委員会も誰も望んではいない。

 彼らが望んでいるのは紫苑と諸星のような互いの全身全霊、想いを尽くした果ての激闘であって、蹂躙ではないのだ。

 

 ──それ故か、月影栞に新たな異名が冠されることになる。

 

 それはあらゆる『魔』を率いる悪辣。

 あらゆる英雄を侮辱し、踏み躙る邪悪。

 圧倒的な魔術によって敵対者を悉く討ち滅ぼす、天性の蹂躙者(ナチュラルボーン・ジェノサイダー)

 

眠りの魔女(スリーピング・ウィッチ)》《全智の魔女(メアリ―・スー)》に次ぐ、第三の異名は。

 

《魔王》

 

■ ■ ■

 

 結局、栞が運営委員会の者達から解放されたのは、紫苑が試合を行うDブロックの試合が実施されている途中であった。

 今回こそ厳重注意の範囲で収まったが、今後似たような事を行えば失格処分も検討する──そう栞は言われてしまった。

 ……尤もこれでも穏便に済んでくれた方なのだろうな、と栞は思う。

 栞は《不穢たる矜持(オースオブブレイズ)》で宣誓した通り、一切の攻撃行為を行っていないと客観的に証明してくれる者がいたのだから。

 

「薬師さんがいらっしゃらなければ、今頃どうなっていたか……」

 

 流石に失格処分とまではいかないだろうが、反省文の提出くらいは求められたかもしれない。

 無論その程度は卒なくこなすことが出来るが、避けられるものなら避けたかった。そんなものを書く時間があるのなら、紫苑や凛奈、シャルロットにサラといった自分の見知った友人達と過ごしていたかったからだ。

 

「……なんだ、もう説教からは解放されたのか?」

 

 ふとそんな風に声をかけられ、思考の海から地上に戻ってくれば見知った男と視線が合った。

 

「また随分と派手にやったな。《魔王》」

 

「紫苑さん。……なんですか? その《魔王》というのは」

 

「お前の戦いぶりを見ていた観客や実況が言ってたんだよ。お前はまさしく《魔王》だってな。……カッコよくて良いんじゃないか?」

 

「嫌ですよ、可愛くない。まだ《全智の魔女》の方が幾分かマシです」

 

 それはどちらかといえば称賛というよりは蔑称の類であろう、と。

 栞がわざとらしく頬を膨らませれば、紫苑は失笑する。

 彼のその様子に気負った様子は見られない。内心で安堵の溜息を吐く。今日戦う事になるだろう相手は栞からしてみれば余裕を以て勝利できる相手なのだが、彼自身はそうではないと判断すると思っての事だ。

 緊張しているのなら余芸のひとつでもして緊張をほぐそうと考えていたのだが、どうやら無用な心配であったらしい。

 

「そうか? 俺としては《魔王の懐刀》と呼ばれるのも悪くないな、って考えてたんだが」

 

「紫苑さんが私の懐刀になってくれるんですか?」

 

「……嫌だったか?」

 

「いいえ、むしろ逆です。頼もしくて仕方がない」

 

 百鬼紫苑の強さは妖刀、魔剣の類。

 栞自身のため、そして何より紫苑本人の為にも決して吞まれる事はあってはならないが。

 自分が好意を抱いている男に「お前の切り札でありたい」と言われて嬉しくならない女などいないだろう。

 

 しかし、栞の中にはひとつの憂慮があった。

 

「お気持ちは嬉しいです。ですけど……」

 

「『私達の為に戦う必要はない。貴方は自分自身の願いの為に戦ってほしい』……だろ? わかってる」

 

「あら、取られちゃいました」

 

「流石にな。何回もお前も総理も言ってくれてるんだから」

 

 月影栞が戦う理由、ひいては『国立暁学園』の創立目的は第三次世界大戦という未曽有の災厄から、日本という国家を、そしてそこに住まう人々の未来を守る事にある。

 これを紫苑は聞かされていて、そのために全身全霊を尽くすと約束したのだが……これはあくまでもついででいい、と栞や月影は再三紫苑に伝えていた。

 

 栞はそも紫苑を暁学園に勧誘することに反対していた立場であったし──養父が『万全を尽くしたい』といったので話し合いの場を設けたというのが背景だ──月影からしてみれば、重要な事は『暁学園が優勝すること』であって、各々が戦う理由は言い方は悪いが、なんだっていい。

 

 栞や凛奈は月影からの頼みを叶えるために戦っていて、王馬はステラとの再戦のため。サラは絵画のモデルを探す場として七星剣舞祭を利用しているし、多々良は月影からの依頼で仕事に臨んでいるだけである。

 故に紫苑も敬愛する姉の剣術が世界最強の剣であると証明するために戦ってくれていい。断じてこちらに気を遣う必要などないのだ、と。

 

 だが、これは紫苑からしてみればとんだお門違いなのだ。

 

「前にも言っただろ。自己満足でしかなかった俺の剣が、誰かの役に立てるのは嬉しいって」

 

 百鬼紫苑の剣には『重さ』が伴っていない。

 無論これは物理的な重さではない。

 

 紫苑自身に託された人々の想いの願いの数だとか、そういった類の物。

 

 紫苑をこれまで突き動かしてきたのは、姉を理不尽に奪い去った運命への復讐、そして姉と彼女の家族への贖罪だった。

 それも誰かに頼まれてきたわけではない。彼が戦う理由は、どこまで行こうが自慰行為の範疇の域を出なかった。

 

 自分が勝利したところで誰も喜ばない。自分が努力を積み重ねたところで誰の為にもならない。

 百鬼紫苑の11年にも及ぶ運命への叛逆は、百鬼紫苑以外の人間にとって無価値以外の何物でもなかったのだ。

 

 だが、栞達は違った。自分の勝利を喜んでくれて、祝福までしてくれる。

 自分以外の想いがないがらんどうの剣に、確かな『重さ』をくれた者達だから。故に紫苑は彼女達のために戦おうと思えるのだ。

 

「本当に好きでやってる事なんだ。お前こそ気にしすぎだぞ?」

 

「そう……ですかね」

 

「あぁ、お前ほどのお人好しは見たことがない。……だからこそ、珠雫との試合はらしくなかったな。なんであんな嬲るような真似をした?」

 

 先に語ったように、月影栞は極めて優れた魔術師である。

 

 珠雫には悪いが、栞が彼女を倒すだけならいくらでも手段があっただろう、と紫苑は考えている。

 

《比翼》の剣を振るえば珠雫の魔術を掻い潜りながら彼女の首を断ちきれたであろうし、身体気体化魔術である《青色輪廻》を警戒するのであればステラ・ヴァーミリオンの力で焼き払えば良かっただろう。

 その他にも魔術の打ち合いであったとしても栞は珠雫の弾幕を容易に圧殺できた筈だった。事実、栞は珠雫との戦いにおいて傷を負わずに彼女に完勝している。

 

 にも関わらず、栞はそうしなかった。

 

 能力を制限し、数多の《契約》を結び、わざわざ珠雫にとって有利な《水》の能力を主軸として戦った。

 加えて、栞は自然干渉系能力者であれば誰しもが行える『同能力によって発生した物質を魔力に変換する』術を封じた。

 

 なら何故そのような事をしたのか?

 紫苑の中では既にひとつの考えがあった。

 

 そこまでしなければならないほどの『何か』が珠雫にはあって、その理由は最後に栞が行った、傍目には攻撃にしか見えない、攻撃行為ではない何かにこそあったのだろう、と。

 

「お前がわざわざ運営の不評を買ってまでやらなければいけなかったことってなんなんだ?」

 

「……『治療』ですよ」

 

 これはもう誤魔化せないな、と栞は溜め息をついた。

 

 紫苑の推察は間違いなく核心を突いていたのだから。

 

「治療? どこか悪いようには見えなかったが」

 

「見かけ上は問題ないでしょう。ですが中身がとても健全な状態とは言い難かった。あのまま放置しておけば、確実に致命的な損壊を与えるほどの重篤な歪みが体内にいくつもありました。間違いなく、身体を気体化させる伐刀絶技《青色輪廻》の影響でしょうね」

 

 栞も愛用する身体を気体化・魔力化させる伐刀絶技。

 それは『物理攻撃無効化』という破格の効果を術者にもたらすが、相応の技量と知識を必要とするのだと彼女は言う。

 

 その点、珠雫の魔力制御技術は申し分ない。確かに完全な再構築とはいかずとも、それでも肉体を分解し、攻勢が出来ている時点で充分上澄みである。

 しかし彼女には人体構造の知識が不足している。これが十分に無かったからこそ、珠雫の身体にはいくつものひび割れが発生してしまったのだ。

 

「ならお前はその歪みを治していたわけか」

 

「えぇ。といってもこれを全て治してしまっては、彼女自身の糧になりませんから一カ所だけ。彼女自身の肉体と、試合に勝つためにそこの治療が終わった段階で強制的に意識を落としましたが。残りの傷の治療は薬師さんに依頼しておきました」

 

「……お前が金を払ったのか?」

 

「そのつもりだったんですけど……『優秀な医者が増えるのは歓迎だ』と無償で引き受けてくださいました。七星剣舞祭終了後、落ち着いたら治療兼指導にあたってくれるそうです」

 

 曰く、自分は魔導騎士ではなく医者。そして医術とは魔術とは異なり、広く知られてこそ価値のあるものである。

 故に珠雫の指導において出し惜しみはしない、と薬師は確約してくれた。

 

「……優しいな、お前は」

 

 そして傲慢だ、という言葉を紫苑は心の中で押し殺した。

 

 勝ち方をいくらでも選べる。

 自分達が死に物狂いで手に入れようとする物を、彼女はただほんの少し手を伸ばしただけで掴める。

 持っている才能が違う。環境は国の中でも最上級で、それらを両方を掴み取れた幸運など自分とは比較にならない。

 

 その上で彼女は何一つ驕る事なく研鑽を積み重ね、そうして得られた力を他者のために惜しみなく使える高潔な精神。

 

 あぁ、どうしてお前はそんなにも────。

 

「……紫苑さん? もしかして体調が……」

 

「いや、何でもない。身体も何ともない。平気だ」

 

 何も嘘など吐いていない。

 ただ自分の深奥から湧いてきたドス黒い何かを抑え込んだだけだ。

 

 そうだ。こんな事を彼女に思うのはお門違いもいいところではないか。

 自分がどれほど彼女に助けられていると思っている。彼女の献身に最も救われているのは自分ではないか。

 

「そろそろ控室に戻る。栞も親父さんのところに顔出してやれよ。運営委員会の奴らに捕まってたの、心配してたぞ」

 

「……わかりました。応援してますからね、紫苑さん」

 

「あぁ、ありがとな」

 

 栞に見送られ、紫苑は控室に戻る。

 そこには先程までDブロックの出場者がいたのだが、既にリングの上に向かったのだろう。そこには誰もいなかった。

 

 彼は制服のポケットからスマートフォンを取り出す。

 

「……だとよ、珠雫。理解できたか?」

 

『えぇ、よくわかりました。ありがとうございます、百鬼さん』

 

 それはずっと前から通話中であり、電話の先には先程まで栞と戦っていた《深海の魔女》黒鉄珠雫がいた。

 

 事の発端は栞が珠雫に敗れた後、紫苑が珠雫の下を訪ねた事から始まる。

 目的は珠雫のフォロー。尤も口下手な彼の事、フォローらしい物など出来るわけもなく、ただ栞に文句を言ってやる、程度のものだったのだが。

 

 そんなわけで試合が始まるギリギリまで珠雫が目覚めるのを待つつもりだった彼だったが、彼女は紫苑の予想よりも早くに目が覚めた。それは栞が珠雫に対して行った事が『治療』であったことに起因していたのだろう。

 そこで紫苑は珠雫から、栞が自分との戦いで見せた非合理の意図を探ってほしいと頼まれ、彼はそれを了承。スマホを通話状態にしたまま、栞と接触するタイミングを図っていた、というわけだ。

 

「……悪かったな、ウチのやつが」

 

『いえ、構いません。……私が彼女の敵になれるほど強くなかった。ただ、それだけの事ですから』

 

 自身が死力を尽くし、全力を尽くして戦っていた相手に傷を癒される。しかも、己が存在にすら気付いていなかった損傷を。

 敵に労われるという屈辱。打倒する相手ではなく、守るべき相手として見られるという雪辱。

 

 声音こそ平然としているが、内心穏やかではないだろう。

 

『彼女の言う通り、《白衣の騎士》の師事を受けます。そして……来年こそ、勝ちます』

 

「そうか。まぁ……あれだ」

 

『…………?』

 

「今年お前がやられた分は、俺がやり返しておいてやる」

 

『……。貴方だって暁なのに?』

 

 くすり、と電話越しに彼女は静かに笑う。

 

 彼らは共に『暁学園の優勝』を目標に七星剣舞祭の攻略に勤しむ者達だ。そんな組織の一員である紫苑の口から、自分の敵討ちのような言葉が出てくるのが意外だったのだ。

 

「お前には色々と面倒事を押し付けたからな。借りはちゃんと返しておかないと」

 

『あんなの借りでもないですよ。……ちゃんとステラさんの事は引きつけておくのでお任せを。貴方やお兄様の邪魔はさせません』

 

「あぁ、頼んだ」

 

『──ただいまより、Dブロック二回戦第一試合、選手入場を行います!』

 

 もう慣れ親しんだと言ってもいい、実況の声が告げるは紫苑が出場する試合のアナウンス。

 いつまでも珠雫と喋っているわけにはいかない、と一言言って電話を切ろうとした時だ。

 

『……勝ってくださいよ、百鬼さん。私の仇、討ってくれるんでしょう?』

 

 紫苑の剣に、もう一つの想いが乗せられた。

 それはこの剣に乗せてくれた人間の打倒という、一見すると矛盾する願いではあったが。それでも紫苑の中ではそれは背反するものではなかった。

 

「──あぁ、任せろ」

 

 故に改めて誓う。

《瀧華》は常勝無敗の剣たらん、と。

 

■ ■ ■

 

(……なんや? 今日の百鬼くん、随分テンション高そうやん)

 

 実況や解説、観客達の声を削ぎ落した没入の世界。

 対戦相手である百鬼紫苑を見つめるのは、Dブロック第二回戦のもう一人の出場者、浅木椛である。

 

 彼女が向き合う紫苑を『テンションが高そう』と評したのは理由がある。

 紫苑と浅木は《闘神》南郷寅次郎の門下生という共通点がある。所謂、姉弟子弟弟子という関係性だ。故に彼らは当然面識があり、刃を交えた回数も両手の数では数えきれない。

 紫苑が入門した当初は浅木が順当に勝利を重ねていたが、彼が《覚醒》を迎えてから──当然彼女は《覚醒》の事などは知る由もないが──は紫苑の勝ち星が増え始めている。

 

 故にこれは浅木にとっての久方ぶりのリベンジマッチ。故に自分と同じように彼もまた精神を高ぶらせてきたのではないか。

 

(いやいや、あの子はそんなタマちゃうやろ)

 

 などという推測が頭をよぎるが、彼女はそれを即座に否定する。

 確かに彼は先の諸星との戦いの様に死力を尽くした戦いや、敗北を喫した時には大層感情を露にするが……普段の彼の戦闘時はどこまでも淡々と、まるで詰将棋でも打つかのように的確に敵を追い詰める。

 

 そして浅木は自身を、彼にとっての諸星や寧音のような強者側ではないと分析している。つまりは彼がある意味で気負うような存在ではあれていない。

 

 だが、それで構わないと彼女は断言する。

 事実だから。連盟観測史上最少の総魔力量である存在に負け続けているというのが今の自分の立ち位置だから。

 

(今日はそれを払拭しに来たんや)

 

 諸星は激闘の末に紫苑に敗れ去ってしまった。もう一人の武曲学園からの出場者にして、恋人である城ケ崎白夜は黒鉄一輝に敗北を喫した。

 

 昨年の表彰台独占という栄華からの転落。悔しくないわけがない。

 だからこそ、ここで自分が踏ん張らなくてはならないのだ。武曲学園ここにあり、と観客に証明するのだ。

 

『両者開始線につきました! それではこれより、七星剣舞祭Dブロック二回戦第二試合を開始します! Let's GO AHEAD──』

 

 

 お決まりの合図がなされた瞬間。否、審判によっては未だ開始の合図はなされていないと判断されてもおかしくないタイミングで浅木は動く。

 

(百鬼くんの初手は十中八九《鳳穿華》や。これで決められたら上等って考えで狙ってくる箇所は頭、首、心臓のどっか。けどあの子は試合ってレギュレーションなら取り返しのつかんことになる頭を狙う事はない。首と心臓にヤマ張って受ける! その後に炎の間合いを広く保って踏み込ません!)

 

 伐刀者にとっての汎用技術。魔力を固め、盾となす『魔力障壁』

 浅木の全力、そして決して少なくないリソースを使用し造られたその壁は、霊装のそれに迫らんとする硬度を誇る。

 

 それを展開しようとする。

 

 一見博打とも見える彼女のその判断は、決して誤りではない。

 なにせこの博打を通さなければ、彼女は一方的に紫苑に敗北してしまうだろうから。この判断を通さなければ、そして賭けに外れた際の負傷を割り切らなければ、そも勝負の土台に立てない。

 

 彼女の判断は決して誤りではない。

 

 

 

 

 ──それが起こったのは、実況の掛け声がハウリングして会場に備え付けられたスピーカーからやまびこの様に聞こえている途中だった。

 

 実況が試合の趨勢を描写しようとした瞬間。

 解説が観客達に如何にわかりやすくリング上で起こる事を伝えるべきか頭を回そうとした瞬間。

 観客達か昨日の彼らの戦いを思い返し、固唾を飲み込もうとした瞬間。

 そして浅木が魔力の盾を作り終え、彼の攻撃を受け止めようとした瞬間に。

 

「ぇ?」

 

 浅木の視界が紫苑を捉えることはなく、それどころかひっくり返る。

 

 胸から腹へ。腹から脚へ。そして己の頭が地面に叩きつけられた時、浅木はその事実を自覚した。

 自分が作り出した盾は、役目を果たさなかった。

 盾が完成するよりも早く、紫苑の刃は己へと到達したのだ、と。

 

 刹那遅れて、噴水の様に血が噴き出した。しかし残された首より下が倒れるような事はない。

 百鬼紫苑の刃が、あまりにも洗練されていたが故。

 

『………………は?』

 

 混乱。困惑。

 実況や解説、観客達の思考が埋め尽くされる中、それでも審判が動けたのは、彼の実力が極めて高かったためか。

 

 そうではない。

 彼はつい数時間前に見ていたのだ。

 

 戦闘時間0.5秒。

 62年続いた七星剣舞祭の歴史において最速勝利記録を塗り替えた、黒鉄一輝と城ケ崎白夜の試合を。

 故に心構えだけはしていたのだ。そうそう起こってたまるか、と思いながらも更なる最速勝利の塗り替えを。

 

 それが城ケ崎と同じ、武曲学園の生徒との戦いに起こったのはなんたる皮肉であろうか。

 

『…………戦闘時間、0.3秒……』

 

『黒鉄選手が、以前までの大会最速記録を1/40にまで縮めた時も大変驚きましたが……更に、速く……!!』

 

 一輝の試合の時の様に、観客達から地を揺らすような声援はない。

 

 目の前で起こった蹂躙、文句のつけようもない圧勝に対し、ただ慄くのみ。

 観客達の心は彼の霊装が纏う闇の様に黒く、畏怖によって塗り潰されていた。

 

 ただ、彼らを除いては。

 

「素晴らしい!」

 

 旭日を背に負い、日の本に真の夜明けをもたらさんとする組織の首魁はその偉業に喝采する。

 

「……ここまでやれなんて言ってないんですけど」

 

 あの黒き鬼の剣に己の願いを託した少女は苦笑する。

 

「流石は紫苑さんです」

 

《魔王》と呼ばれた少女は控えめな拍手と共に称賛し。

 

「張り合ってきたね、百鬼くん……!!」

 

 紫苑の意趣返しを受けた少年は戦意を滾らせ、笑った。

 

 一輝は近距離戦闘専門の純粋な剣士。対する紫苑は魔導剣士。

 純粋な速さの指標として、戦闘時間は不適切だが……そんなものは一輝にとって関係ない。

 

 己よりも早く、そして自分とは違い名実ともに圧勝を収めた紫苑に対抗心を燃やさない理由はなかった。

 

 ──そして、あともう一人。

 

「………………うざいんだよ。お前も、黒鉄一輝も」

 

 畏怖でも、賞賛でも、意気でもない。

 瞋恚の炎を燃やすものが、一人いた。

閑話で紫苑の修行エピは必要ですか(本編中でこんな事やった、というのは触れる予定)

  • いる
  • いらない
  • はよ本編仕上げろ
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