SCP-1968 - Global Retrocausality Torus
by equitefahrenheit
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久遠の昔、とある大貴族に一人の赤子が生まれた。
次期当主と正妻の間に出来た子であった為、その赤子は将来の当主として未来を約束されていた。
しかし、その赤子は息をしていなかった。
母胎から取り上げられた際には産声を上げず、その霊圧は弱々しく、心臓の鼓動は止まっていた。当時の医療技術の全てを施し、あらゆる手を尽くしたが、赤子が息を吹き返すことはなかった。
有り体に言ってしまえば、それは死産であった。
赤子の両親は酷く悲しんだ。
食事は喉を通らず、一睡もできない日々が続いた。
だが、その家の当主は違った。
自らの息子夫婦を軟弱だと罵り、そのような様だから赤子は死んだと吐き捨て、我が家の恥だと突き放した。そして屋敷の召使いたちに、赤子の亡骸を
これには流石の夫婦も反発した。
念願の第一子を喪い憔悴していたが、当主の決定であるその知らせを受けて、気力を振り絞って抗議した。せめて遺体は丁重に弔い、一族は喪に服すよう懇願した。
それでも当主が意見を変えることはなかった。
赤子のことは忘れ、次の嫡男を産むように告げると、以降この件について語ることは禁止とされた。
せめてもの償いとして、夫婦が直接流魂街の僻地へと足を運び、赤子の亡骸を埋葬して弔った。
その棺の中には、副葬品の一つとして『浅打』が納められていた。
埋葬を終え、ぼう然としながら帰路に着く夫婦。
……彼らは知らなかった。
棺に納められた浅打が、赤子に触れたことでゆっくりと胎動していたことを。
亡骸を包み込むように、刀身が黄金に輝く円環へと姿を変えていたことを。
運命を嘆くかのように、その輪を波立たせて蠢いていたことを。
やがてその『円環』は、姿を
▼
「──それが俺の、
常闇の中、ひとりの男が語り終えると、疲れたように息を吐いた。
真央地下大監獄最下層・第八監獄〝無間〟。
かつて
ここに投獄された者はあらゆる身体機能が封じられる。数千年……あるいは数万年もの禁固刑を言い渡されてなお、久遠の時を生き続ける人外の者を閉じ込めておくための封印措置として。
永劫の苦しみを味わうだろうこの場所で、二人の男が相対していた。
一人は眼鏡を掛け、
名を
自らの野望を柔らかな笑みの仮面で偽り、数百年もの間瀞霊廷で暗躍し続ける天才。
もう一人は、黒い拘束帯で全身が椅子に括り付けられ、五感を封じられてなお藍染に語りかけた囚人。
世界そのものを揺るがしかねない強大な力を持つ、最古にして最悪の大罪人。
護廷十三隊どころか
……否、出会ってしまった。
「ふむ。やはり話を聞いて正解だったよ。
自らの思い描く理想のために、尸魂界のあらゆるを欺きその神算鬼謀を巡らせる。藍染の計画が成就すれば、やがては森羅万象すら手中に収まるだろう。
そして計画を成すには、瀞霊廷が畏れる鷹司の動向を知ることは必要不可欠。
鷹司の行動いかんでは、今までに積み重ねてきたものが土台からひっくり返される事態にもなりうる。そう藍染は危惧していた。
しかし、彼の協力が得られれば。
もしくは、彼を利用することができれば。
私の計画を阻むものはいなくなる。
あの
そんな思考を同時に持ち合わせていた。
「……やはり惜しいな。零番隊や霊王すらも脅かすその力が」
「ならばどうする、藍染惣右介。俺からこの力を奪い取ってみせるか?」
逡巡するが、すぐに首を横に振る。
「……いや、その気はないよ。その力は貴方だからこそ真価を発揮すると考えている」
「フフ、だろうな。
「……」
訝しむように眉を顰める。
藍染と鷹司は、今までに話したことはおろか、顔を合わせたことすらない。しかし、さも自分たちが親しい関係であるかのように話しかけられると、これまで完璧に隠し続けてきた心の内すらも見透かされているように感じられた。
まるで何かを確認するように会話を繋ぐ鷹司に、思わず背筋に薄ら寒いものを錯覚する。
しかしその動揺を鷹司に見せることはない。
気を取り直すために眼鏡を指で押し上げると、藍染は本題を切り出した。
「鷹司遷延。貴方の慧眼とその力、私のために使う気はないか? この世界がどう在るべきか、貴方ならば私と同じ結論に至っているはずだ」
「……それを俺に言うのか。零番隊に勝てず、元柳斎にも敗れ、無間に投獄されたこの俺に」
「いや、それは違う。貴方は勝てなかったのではない、勝たなかったのだ。そうだろう?」
「……」
その言葉に、懐かしむよう目を伏せる。
──そうだ。
俺はあの時、あえて敗北の道を歩んだ。
たった一度の卍解で、その罪は確定した。
元柳斎との死闘の末に、この世界は焦土と化した。
焦熱地獄の中心で、二度目となる卍解の起動を行った。
斬魄刀を納めると、零番隊がやってきた。
全身を黒く塗りつぶされながら、三度目の卍解を使用した。
元柳斎と対面し、この戦いが無意味なものと知った。故に自ら捕縛部隊の縄についた。
斬魄刀の性質上、死ぬことすらも許されない。故に無間への投獄が決まった。
「フフ、懐かしいな」
自嘲するように小さく笑う。
「あんたの提案には乗れないな。どうあるべきかと言われたが、俺はここに居続けるべきなんだよ」
「
「……なるほどな。認識の齟齬はそれか」
目を伏せたまま言葉を続ける。
「──俺の
「一つ目……?」
「ああ、そうだ」
疑問の声を上げる藍染に、ゆっくりと答えていく。
「二つ目の罪は、現世・尸魂界・
赤子を諭すように、柔らかな声で。
「そして最後の罪は、霊王の死を確定させたこと」
「──」
絶句する。
ならばこの者は、尸魂界の歴史上誰にも成し得なかった、考えすらしなかった「霊王の殺害」を実現させたと言うのか。
私が行動するまでもなく。空の玉座に手が届く程の力で。
「いや、正確には俺が殺したんじゃない。『霊王が殺される』という未来の事象を決定的なものにしただけだ」
それが俺の罪状だったと、あっけらかんとした様子で語る。
しかしそんなことを言われても、すぐに信じられるはずがない。
霊王が座する霊王宮は、この尸魂界のはるか上空、異なる空間に存在しており、『
零番隊はたった五人で構成されているにも関わらず、その総力は護廷十三隊の総力を上回る。
つまり、目の前にいるこの男は、自らがそれら全てを相手にしてなお歯牙にもかけていないと言っているのだ。
さらに言えば、鷹司が語った罪状などは
隠蔽や改竄が行われた痕跡すらない。大霊書回廊に残る記録には、『斬魄刀の解放』という無間への投獄としては不釣り合いな一文が記されるのみ。
これでは彼の話が本当かどうかも判断しかねるだろう。
だが、藍染はそれを気に留めることはなかった。長年の疑問が解消したと言いたげに口元を綻ばせる。
「それが真実であれば、なおのこと貴方は私と来るべきだ。霊王が死した後の世界でまで収監され続けることはない。あんなものは私が切り伏せてみせよう」
「そうかもな。俺の罪は霊王ありきのもの。それが亡くなれば、ここから出るってのもいいかもしれない」
「ならば──」
言葉を続ける藍染に、「だがな」と遮るように前置きして、告げる。
「話の前提が間違っているんだ。その計画はすでに破綻しているんだよ。千年前から決まってることだ」
「ほう……」
興味深そうに声を漏らす藍染を無視して言い放つ。
「何故なら、霊王を殺すのはあんたじゃあないからだ」
「……何だと?」
ここに来て初めて、藍染がその表情を歪める。
その顔が琴線に触れたのか、鷹司は面白いと言いたげに口元を歪めた。
「藍染惣右介、あんたを啓蒙してやるよ」