早坂愛は避けられたい~有能侍女の恋愛伯仲戦~【完結】   作:鍵のすけ

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最終話 早坂愛は避けられたい

 小倉次郎という男が気になったのは一体いつからだろう。

 早坂愛は屋敷で掃除をしながら、ふと考える。

 

 そもそも、彼と出会ったのは小さな頃。自分も、主・四宮かぐやも皆、幼い頃だ。

 彼に対しての感情は何もなかった。ああ、ただ一緒に働く人かとその程度の認識。

 そんな自分が小倉と今のやり取りをするようになったのはいつの頃だろうかとか思い出してみるが、全く思い出せない。

 唯一思い出せることと言えば、いつも彼が突っかかってくることぐらい。仕事ぶりを誇示し、常に知識量で上回って来ようとする。

 そんな彼に負けず、自分も研鑽を積んだ。おかげさま、といえば良いのだろうか、もはや成長の余地はないと思っていた彼女のスキルは更に伸びた。今も、だ。

 言葉にこそ出さないが、感謝をしている。

 彼と出会わなければ、自分は昔も今も変わらないままだったろう。

 

 

 ――それ故に、早坂愛は避けられたい。

 

 

「早坂愛ィ!!」

 

 

 ――それ故に、小倉次郎は追いかけたい。

 

 

「早坂ァ! ちょっと来てくれ!」

「は? アンタ、何言ってんの? 今仕事中なんだけど」

「この後の仕事は全部、俺がやっておいた。だからしばらくの間、お前は自由時間だよ。さあ、来い!」

「ちょ、ちょっと小倉!」

 

 小倉に手を引かれ、連れて行かれる早坂。彼の後ろ姿を見ながら、彼女はまた心に波が起きる。

 それを口に出す前に、彼女と小倉はとある場所へとやってきた。

 

「覚えてるか?」

 

 覚えていない訳はない。この小さな庭は幼い頃、2人の休憩時間が噛み合った時によくここで休んでいた場所だ。

 いつの間にかここに来ることもなくなったが、それでもすぐに思い出せるくらいには、彼女はここでの時間が嫌いではなかった。

 

「……まあ、ね。それで? こんな所に連れてきて何をしたいの?」

「ここなら力まずに喋れそうな気がしてな」

「何を喋るの? 私と、アンタが」

 

 ジロリと睨む早坂を前に、少しばかり後ずさりしそうになるが、それでも小倉は諦めなかった。

 白銀にも言われたではないか、逃げれば後悔する。そして、今こうして話さなければ彼は間違いなく一生の悔いとなる確信があった。

 

「そうだな……さしあたってはこの前の件だ」

「……何の件でしょう?」

「敬語になるな。あれだよ、喫茶店のときだよ」

「あれが? 何? アンタと私は何でも無くて、私が困っている所を助 け て く れ た時の話でしょう?」

 

 何を、こんなにムキになっているのだろうか。喋りながら、早坂は疑問を感じていた。

 さっさとこんな話なぞ切り上げればいいのだ、それだけで終わる事ができる。きっと小倉もそうなれば、それ以上踏み込むことも無くなる。

 だと、言うのに。

 

「小倉にとって、私はそういう存在で、同僚。それ以上でもそれ以下でもない。そういう事をあの時、小倉は言いたかったんだよね」

 

 つい話してしまうのだ。

 はっきり言って、早坂は混乱していた。だから必要のない言葉まで言ってしまう。

 

「私は小倉にとっては何なの? 自分でも分からない……」

「俺にとって、早坂は代わりのいない存在だ」

 

 小倉は続ける。

 

「お前はライバルだ」

「私がライバル?」

「いつもさ、悔しいんだよな。早坂は何でも出来るし、知識も俺より上だ。だからこそ、俺はいつもお前に追いつきたくて色々やってる」

「小倉も……」

 

 それは図らずとも早坂自身が思っていたことで。どこまでも感覚が似ていることに少なからずの嬉しさと苛立ちを覚える。

 

「でもな! 最近、お前のせいで全部に調子狂ってるんだよ。いついかなる時にもお前のことが頭にチラついて仕方がない!」

「へ?」

「ホントは喫茶店であんな事言う気は更々無かったんだよ! でも、何か恥ずかしかった!」

「ま、待って」

「ああ、そうさ。俺はあの時、気恥ずかしかった。だから、だから……お前を傷つけた」

 

 最初は熱かった彼の言葉が徐々に、弱々しくなっていく。小倉も小倉で、既に自分が何を言いたいのか、まとまりがなくなっており、ただ頭の中に浮かぶ感情をそのまま言葉にしていたのだ。

 

「ごめん。俺、お前の事を傷つけたんだ」

 

 小倉は自然と頭を下げていた。これで許してもらおうとは少しも思っていない。ただ、自分のしたことに対しての責任を取っただけ。

 そんな彼へ、早坂は無言で近づく。

 

「私、ずっとアンタにイライラしてた」

 

 彼女は続ける。

 

「少し学ぶだけで何でも出来るアンタが憎かった。私がすごく努力してようやく到達出来る所から、更にアンタは成長していく。何でもそう。この屋敷の仕事も、立ち回りも、全部全部」

 

 解けていく、感情が。堰を切っていく、言葉が。

 

「そんなアンタに負けたくないから、私も更に努力できたの。……アンタの、お陰。そう、アンタのお陰なんだ」

「お前も、そんな事を思っていたのか……」

「私も驚いた。だって、2人して同じことを思っていたんだし」

 

 微笑む早坂。その彼女の笑顔に、小倉はこのずっと抱き続けてきた“モヤモヤ”の影が晴れていくような感じがした。

 

「俺は、まだお前に思っていることがある」

「何?」

 

 少しだけ、早坂の胸が高鳴った。

 期待していないわけではない。しかし、もしも、だ。

 もしも、そうだったら自分は何と答えるのだろうか。

 一瞬にして、永遠とも言える時間の後、小倉は言う。

 

「思っていることがある……はず、だ?」

「……は?」

 

 その歯切れの悪い言葉は何だ、と既に喉元どころか口内にまで上がってきたが、なんとかそれを飲み込む早坂。

 彼は言葉を続ける。

 

「ある、はずなんだ。最初はお前と肩を並べたい、だからずっとお前のことが頭から離れないだけかと思っていた。だけど、何か違うんだよ。親友であり、ライバルであるはずのお前に、何だかよく分からん新しい感情」

「それは、どんな感情なの?」

「分からないんだ。だけど、この感情はそう簡単には言葉に出しちゃいけない大事なものだってことくらいは、分かる」

 

 親友であり、ライバルである早坂愛。

 小倉はようやくこの感情の片鱗を掴むことが出来た。

 彼女に対して抱いているのは、敵対心でもライバル心でも友情でもない、全く新しい感情。言葉には簡単に出せない。だけど、とてもとても大事だっていうことは理解しているこの感情。

 

 だから、これから言う言葉は妥協でも、逃げでもない。

 

「時間が欲しい。いつになるか分からない。けど、必ずこの感情に答えを出す。その時は早坂、聞いてもらえないだろうか?」

 

 気づけば、小倉は手を伸ばしていた。何でなのか、自分にも分からない。だけど、今この時。彼女が手を取ってくれるのなら。

 きっと、それは彼にとって大きな一歩となるはずで。

 

「はぁ……呆れた。まだ良く分かってもない事をペラペラ言ってたんだ」

「わ、悪いかよ」

「ううん。実を言うと、私もアンタに思っていることがあるはずなんだ。けど私も正直、この気持ちへ正確に名前を付けられているか怪しいんだ」

 

 更に、早坂は近づく。

 

「だからさ小倉、勝負をしない?」

「勝負?」

「そ、どちらが先にこの気持ちをちゃんと言葉に出来るか、をね」

 

 そっと早坂は小倉の手に触れた。暖かい。彼の心根の良さを表しているみたいだ。

 だから、彼女はそれがどれほど尊い事なのかを知っている。

 

「分かった。この勝負、乗ってやる。お前との勝負は散々やってきて、いつも勝ってるんだ。楽勝に決まってる」

 

 不敵に笑う小倉。

 既に2人の間にあった壁は消え失せ、その崩れた壁の向こうには新たな世界が広がっていた。

 足下に落ちた壁の破片を見ている暇など、もうこの2人には無かったのだ。

 

「ふ~ん、そんな事言って良いんだ? じゃあ私が何をしてきても楽勝ってことなんだね」

「無論。何があっても、俺が勝つ。これは宣言だよ、早坂」

「そっか。じゃあアンタの隣にいるかぐや様にもちゃんと宣言しておいてね」

「はっ!? かぐや様だと!? いつの間に!?」

 

 余りにも不意打ち。小倉、超速度で早坂が指差した方へ顔を向ける。

 だが、そこには誰も居なかった。

 

「って、いないじゃねえか早坂――――」

 

 ふわりと、風が舞った。

 その時の小倉が感じていたのは、風に舞う早坂の匂いとそして頬に感じる柔らかい感触。

 

 たったの一瞬の出来事だった。

 

「早坂、さん? 今……」

「楽勝、って言ったよね?」

 

 既に小倉から離れていた早坂は、つーんとした態度で仕事に戻る気満々であった。

 とても追求したい小倉であったが、それを一切許さない早坂。

 

「おーい! 待ってくれよ早坂!」

「待たない。これ以上サボってたらかぐや様に怒られるから。少しは考えて」

 

 背中を追いかける彼、それ以上の早足で行く彼女。

 謎の鬼ごっこをすることになった小倉と早坂は既に互いの顔を見ていない。

 

 だからこそ、こう呟けたのかもしれない。

 

 

 

「いつか早坂に」

 

 

 

「いつか小倉に」

 

 

 

 

 

「「好きだって言って、驚かせてやるんだ」」

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

「小倉ァ! アンタ、いつまでサボってんの!? 早いところAエリアの掃除終わらせな!」

「お前の眼は節穴か早坂ァ! とっくの昔に終わって、Cエリアに取り掛かってんだよ! マネージメント能力落ちてんじゃねえのか!?」

 

 使用人達の朝は戦場だ。

 いつも通り、小倉次郎と早坂愛は互いに鎬を削り、主のために尽力している。

 親友にして、ライバル。

 だが、少しだけ変わったことといえば。

 

「ごめんね……私も疲れてて、ね?」

「うおお!? くっつくな早坂! 近い! 近いわ!!」

「……ふっ。赤くなってるね、お ぐ ら さ ん ?」

「お前な……!」

「って、小倉アンタ何やって……」

 

 くるりと早坂の背に回り、肩を揉む小倉。

 

「まあ、疲れてるのは間違いないだろうな。少し休め。お前が心配だ」

「……べ、別にこれくらいは」

 

 もっと前より互いを思いやることが出来た、ということだろう。

 

「今日も今日とて、労働基準なんちゃら待ったなしの過酷労働だ。お互い、生き残ろうな早坂」

「先にバテてくれてもいいよ。私が全部やるから」

「はっ、言ってくれる。だけど、まあそこら辺全部多めに見て、あえて俺はこう言おう。――今日もよろしくな」

「じゃあ今までの言葉全部棚に上げて、あえて私もこう言う。――今日もよろしくされる」

 

 素直でない素直な言葉と共に、2人はコツン、と拳を合わせる。

 

 恋愛は戦!

 それはプライドとプライドのぶつかり合い。さながら侍同士の果たし合いと言っても差し支えないであろう。

 

 合戦の場は、東京都港区に拠点を置く私立・秀知院学園。

 侍の名は、白銀御行、そして四宮かぐや。

 

 だが! 残念ながらこの物語はこの侍2人の恋愛頭脳戦ではない!

 これは互いが互いを告らせようとする片翼である四宮かぐやの侍女にして親友とも言える少女・早坂愛と、どこまでも愚直に彼女と向き合おうとする少年・小倉次郎との、恋愛伯仲戦なのである!

 

 

 ここまでの勝敗――引き分け。

 これからの勝敗――いつか分かる。そのうちの、未来に。

 

 

 

「小倉、今日の昼食一緒に食べない? アンタの好きなチキンカツサンド作ろうと思ってたんだけど」

「良いね。だけど、俺は好きなチキンカツサンド以上にお前が、す、すす、す」

「す?」

「……忘れろ」

「意気地無し。ばーか」

 

 

 

【早坂愛は避けられたい~有能侍女の恋愛伯仲戦~ 完】

 




最終回、終わりました。
まずは感想と評価をしてくれた皆様への感謝の言葉を申し上げます。

新しく感想をくださった
V.IIIIIV³様、AvengerRaki様ありがとうございます!
そして、これから感想を書いてくれるかもしれない皆様に先にお礼を言います、ありがとうございます!

新しく評価をくださった
ひざグリ様(10評価と一言評価ほんとうにありがとうございます)、KURO蓮夜様、hahato様ありがとうございます!
そして、これから評価を入れてくれるかもしれない皆様に先にお礼を言います、ありがとうございます!


このかぐや様二次はこの作品が好きで、その中でも早坂が好きだったのもあり、勢いで書きました。途中ダレるところもあったと思います。だけど、私はどの作品もその時の最大の熱で書いたと自負しております。悔いは残っておりません。
どこの回が気に入ってもらえたのだろうか……。

最後に一言。

私の作品を読んでくれて、ありがとうございます。それだけで、とても嬉しいのです。
また、何かの作品の二次創作で会いましょう!今まで、ありがとうございました!

それではまた!
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