【完結】 セブルス・スネイプの天国   作:トライアヌス円柱

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今作での闇の帝王没落の日は、ハロウィンではなく「七の月の終わる日」となっています。
予言の解釈がそれっぽくなるよう、スネイプが誘導して罠へ招いた結果です。


最終話 貴方のための物語

 

 

 

 「ぁさん、母さん、そろそろ時間だよ」

 

 ……リリー・ポッターは原稿を書く手を止め、部屋の入口から掛けられた、愛する息子の声に振り向いた。

 

 「ああ、もうそんな時間なのね。ありがとうハリー」

 

 今日は、息子の誕生日。次学期から5年生になる息子はずいぶんと背が伸び、もう自分を超えてしまっている。可愛らしい少年から、立派な青年へと成長していることは、母親としてとても誇らしい。

 

 「父さんたちもそろそろ着くころみたいだよ、帰りは向こうの方が早そうだね」

 

 「そうね、ケーキは父さんたちに頼みましょうか。シェリーのセンスに任せた方が良さそうだわ」

 

 「確かにね」

 

 ハリー・ポッターの誕生日、それは十数年前に猛威を振るったある闇の魔法使いが破滅した日であることも意味している。

 

 彼女の息子はその闇の魔法使いと因縁があるよう予言されていたが、どうやらそれは解釈違いであったらしく、かの帝王は十数年前の今日繰り広げられた戦いでその形を失い、その後ダンブルドアやムーディという強力な魔法使いたちによって、隠されていた残滓も完全に滅ぼされた。

 

 そして、かの闇の魔法使いの破滅の日ということは、それを打ち破った英雄の命日でもある。この日はイギリス魔法界でも重大な祝日となっており、闇を破りし英雄、シリウス・ブラックの墓には毎年多くの人が感謝の言葉と花束を捧げている。

 

 彼女の夫と娘も、今日は早朝からそちらへ向かっている。いやむしろ主賓と言っていいだろう。毎年、この日シリウス・ブラックの基へ最初に訪れるのは親友である自分、ジェームズ・ポッターの役割だと、夫自身が任じている。大のパパっ子であり、小さい頃から『シリウスおじさま』の話を聞くのが大好きだった娘も、当然夫の付き添いだ。

 

 

 「そろそろ、リーマスさんたちと合流しているころかな?」

 

 「どうかしら? あの人たちのことだから、また寄り道してカエルチョコでも買っているのかも」

 

 「そうだね、父さんったら『今度こそシリウスを当てる!』って息巻いてるから」  

 「シェリーもいっしょになってね」

 

 フフフ、と母子はその様子を思い浮かべて笑い合う。 

 

 最近、カエルチョコのおまけカードにも『シリウス・ブラック』が登場したらしいが、未だにポッター家にはお迎えできていない模様。カードを開くたびに「なぜだ、どうしてなんだシリウス」と嘆くジェームズの姿が見られるのが恒例だ。なお、友人のリーマス・ルーピンには当たったらしい。 

 

 もう一人の友人、ピーター・ペティグリューは、シリウスが遺した手紙に「ワームテールを責めないでくれ」ということが記してあったので、直接的な罰は受けていない。しかし、本人が思うところがあったのか、『マッド・アイの助手を務める』という苦行を申し出、その数年後に刑期(?)が終わったあとは彼も随分前向きな性格に変わり、シリウスの墓参りが出来るようになっていた。今日も、いつもの顔ぶれで亡き親友へ会いにいくのだ。

 

 そんな英雄の命日だが、リリーとハリーはその輪に加わらない。もちろん、シリウスへの祈りは毎年欠かしたことはないが、彼女と息子が向かうのは、シリウス・ブラックの墓参りではない。多くの人は知ることのない、もう一人の英雄の墓へ花を捧げに行くのだ。

 

 彼女の幼馴染、セブルス・スネイプの墓へと。

 

 

 

 彼がシリウスと共にかの闇の帝王を斃した事実は、外ならぬスネイプの遺言で隠された。彼がリリーに遺した手紙には、自分の行うことが成功しても、そのことを公表しないでくれ、という旨が記されていた。他の『騎士団』の人たちはそれを訝しんだが、リリーには彼の心が分かる。

 

 彼は、自分の気持ちを自分だけ、いや自分とリリーだけのものにしておきたかったのだ。闇の帝王を斃した事実が公然となれば、当然スネイプがそうした動機も魔法界中に知られるだろう。『愛の戦士』『一途の愛』、そうした美辞麗句で自らを勝手に飾られることを、彼は拒んだのだ。

 

 自分の愚かな行為を知るのは、リリーだけでいい。リリー以外には知ってほしくない。自分とリリーが歩んできた歴史は、あくまで2人のものであるべきなのだから。

 

 だから、彼女が彼の業績を公表しないでと願った際には、ただ「セブルスが希望していたから」と言うだけで、その理由までは語っていない。唯一その理由を察することが出来るダンブルドアがリリーの願いを聞き届けてくれたので、セブルス・スネイプが成した偉業を知るものは少なく、その想いを正確に知るものは、彼女以外にいない。  

 

 ……いや、そうではない。彼女以外にもう一人いる、最愛の息子ハリーにだけは、自分を愛してくれたもう一人の男性の物語を語ってきた。

 

 どうしても、彼女は自分の幼馴染のことを、誰かに誇りたかったのだ。

 

 あんなにも自分を愛してくれた人がいたことを。

 

 とても不器用な愛を抱えながら生き抜いた人がいたことを。

 

 だから彼女は、ひとつの物語を描くことにした。

 

 それは一人の男の話。自分に自信がなく、素直になれず、いつも悩んで迷っているが… それでも一途な想いを貫く、素敵な男性の物語。

 

 彼はホグワーツの魔法薬学の先生で、優秀な生徒からは慕われながら、悪戯っこ生徒には煙たがれる。

 

 教師になりたての頃は、生徒への接し方にも悩んだが、それもいつの間にか吹っ切れた。それは、同期で教師に赴任したある人物が原因であり…… いつものようにその不倶戴天の学生時代からの因縁相手と角を突き合わせ、その様子を生徒たちに呆れられ、そして親しまれる。

 

 素敵な魔法学校で綴られる、騒がしくも楽しい、一人の教師のお話。

 

 

 その読者は息子だけ。彼が救ってくれた小さな命であった息子にだけは知ってほしかった。自分が、どんな男性に助けてもらったのか。

 

 彼がどんなものが好きで、どんなことが得意で、どんなふうに生きてきたか、そして、生きていくか。

 

 それを、知ってほしかった。だからこれからもリリー・ポッターは筆を取る。

 

 彼はきっとハリーを気に入ってくれるだろう。見た目はジェームズそっくりだけど、性格は自分に似たと自負できる息子とは、きっといい教え子と教師の関係になれる。

 

 でも反対に、見た目は自分似だが内面は夫似の娘は、きっと手を焼かせちゃうだろうな、そう思い苦笑しながら彼女は物語を綴っていく。

 

 

 

 

 

 「花束は僕に任せて」

 

 「ええ、お願いね」

 

 彼の元へ捧げる花は、白のヒヤシンスとピンクのカーネーションに、カンパニュラを添えられる。

 

 それぞれの花言葉は、「貴方のために祈ります」、「貴方のことを忘れない」、そして「感謝」。これらを花束として、幼馴染への想いを込める。

 

 最後に…… 一輪だけ赤い百合(Lily)を。

 

 少し恥ずかしいけれど、自分からの想いである証として、赤毛のリリーはその花を贈る。

 

 支度を終え、玄関のドアを開けたとき、リリーの耳に、懐かしい声が聞こえた気がした。

 

 声は、自分の部屋からしたように思える。それがどうしてかは分からないが、リリーにはその声は文書箱に閉まっている原稿の中から発せられたように感じた。

 

 それはもう聞くことのできない声。何度も聞きたいと願っても、記憶の中でしか響くことのなかった、とても大事な人の声。

 

 少し遠慮気に、それでいてとても気持ちの籠った、自分にしか見せない困ったような笑顔を彷彿させながら、幼馴染の声はこう言った。

 

 

 

 ――― 素敵な世界をありがとう、リリー ―――

 

 

 

 ……きっと気のせい。でも、いい気のせいだと思う。

 

 これから貴方のお墓参りに行くのに、こんなことを思うのも少しおかしな話だけれど、それでも私は溢れる気持ちを止められない。だって、貴方の安らぎの場所は冷たいお墓の下ではなく、暖かな場所であってほしいから。そんな場所を描きたいと思っているから。

 

 お墓参りが終わり、誕生日パーティが終わったら、また描こう、貴方のための物語を。

 

 

 ――― 待っていてね、セブ ――

 

 

 心の中で彼の姿を思い描きながら、目から頬へ伝わる暖かい雫を拭い、リリー・ポッターは先に出た息子の背を追いかけ始めた。 

 

 

 彼が生きる世界はそこにある。彼女が描くホグワーツで騒がしく苦々しく、それでいて楽しい、充実な毎日を送っていく。

 

 そう、これがセブルス・スネイプの天国。リリー・ポッター、いや『幼馴染のリリー』の描く物語の中で、彼はこれからも暮らして行くのだ。呆れるほど騒がしく、ため息が出るほど大変で、けれどとても楽しく幸せな、そんな毎日を。

 

 これからも、ずっと生きていくのだ。

 

 




これにて完結となります。
ご愛読いただきありがとうざいました。
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