「姉さん!」
家を出ようと靴の紐をしっかりと結んでいた私の背に、幼い子供の声が掛かる。と言っても年齢は私と変わらない。どちらも御年十歳児。双子ではなく年子であった。
「おはよ、見送り?」
「違います……!」
振り返ればそこに居たのは綺麗な黒髪を背の中ほどまで伸ばして、それを普段しているポニーテールに纏める余裕すらなく部屋から飛び出してきたらしい我が妹である。折しも早朝で目覚ましも私が止めてしまったためにぐっすり快眠してしまったのだろう。後ろからは彼女の相棒も小さな足音を立てて追いかけて来ていた。
「どうしても行くの……?」
「うん」
とっくに決めた事だし、家族会議でも許可を貰った事である。ただ、両親は分かってくれたのだけれど、この子だけはずっと反対していて、結局今日に至るまで全く納得していなかったようだ。
「私が居ても害にしかならないからね」
「そんなはずない……! 姉さんの事、悪く言う人たちなんて、みんな倒しちゃえば……」
「いやそれは脳筋思考過ぎるよ……?」
それだと何の解決にもならないんだよなぁ。っていうか普通にやりたくないんだけど……え、自分がやるって? やめろそれはマジでヤバイ。主に倒される人達の尊厳が。
「プラァ!!」(電!!)
興奮している妹をどう宥めようか考えていると、家の奥から全体的に黄色っぽくて耳など体の各所は赤っぽい、小さなネズミのようなフォルムの生き物が走り出て来た。その子は私……ではなく私の足下に向かって大声で鳴くと二本足で立ち、抑えきれない電気という名の激情を迸らせる。かわいいんだけどちょっと説得が面倒そうだ。
「マァイ……!」(雷ちゃん……!)
私の足下から、ひょっこりと小さな生き物が顔を覗かせた。赤っぽい子と瓜二つで、ただその色合いだけが全体的に青っぽくなったネズミのようなかわいい子。怒った表情の相手とは対照的に、悲しそうな表情で私達を引き止めに来た二人を見つめていた。
小さな玉の中に仕舞っちゃえる魔物がたくさん生息している世界にこの度私は転生した。ちなみにこの手の世界に転生したのは初めてではない。並行世界がいっぱいあるらしく、何回か似たような所に生まれた事があるのだ。
転生自体はもう何回目になるのかな? 結構したと思うけど、私は一向に私以外になる気配はなく、例の自称魔法使いはそれはそれでと笑っていた。たまに原作知識だけ封印されたりするのでいつか男の記憶も封印されたりするんだろうなぁ。それでも変わらない気しかしないけども。
ともあれ、この世界に生まれたのは十年くらい前の事。ここが魔物を捕まえて戦わせる世界だと気付いた時は嬉しかったね。何しろ私のチート能力をまともに使わないで済むタイプの世界だから、割と平和……というか、名が売れずに生きられるのだ。人助けはする時はするけど友達のおかげって事にすれば済んじゃうからね。滅茶苦茶気が楽なんだよ。
なんて思いつつ、私はすくすくと育っていった。すぐ後に生まれた妹を可愛がりつつ、父と母に可愛がられつつ、かなり健全に成長して行ったのだ。あ、一応『力』の修業もしてるよ。一応ね。
雷と電の双子に出会ったのはその途中、七才になった頃だった。私が妹にせがまれて浸透勁を教えていたら、住んでいる山の頂きの方から傷を負った二人が肩を貸し合いながらふらふらとした足取りで下りて来て、目の前で限界を迎えたので助けて家に招き入れたのだ。
そうしたら二人とも思ってたより重傷でね。医療施設に入院させるために親が一旦玉に入れて、治った後はそれぞれ青い方……電は私に、赤い方……雷は妹に預けられ、そうして一緒に育つ事になった訳だ。
ニックネームを決めたのは勿論私。いやぁ、仲の良い双子で方や元気で方や控えめで電気関連ってなったらもうそれしか思い付かなくって、そのまま提案してみたら普通に通っちゃったんだよね。おかげで翻訳もそれに引っ張られ、私には電がなのですなのです言ってるようにしか聞こえなくなってしまったのだった。意味合い自体は間違ってない筈なので問題はない……はず。流石に翻訳能力さんの異常な挙動はとっくに修正したからね、大丈夫なはず。たぶん。
言葉の分かる私が聞き取り調査を行って、雷と電は他の野生の魔物に襲われて傷ついた事が分かり、二人は打倒そいつのために強くなるべく修業を始めた。実はうちの実家は魔物とその訓練士向けの道場をやってて両親ともに専門家だったからその辺りはスムーズだったね。父もそれぞれ育ててみなさいって色々やらせてくれたので、電はあっという間に強くなって行く事ができたんだ。そうして、二年後には電は件の野生の魔物を倒す事に成功したのである。
そう、電が、単独でね。
この辺りは仕方のない部分がある。さっきも言ったが私はこの手の世界に転生するのは初めてじゃあない。魔物を育てるのだって当然、x千年ぶりy回目なのだ。具体的な数値は忘れたが。
世界によって細かい部分は違ったりするけれど、私は経験から専用の食事をバランスよく与える事ができる。フードの練りなんて世界トップクラスと謳われた事もあってね、トレーニング後のマッサージも完璧だし、言葉が完璧に理解できるのも相まって育てるのって実はそこそこ得意なんだよ。それと私自身の精神年齢が年の割には高い事、戦いに関する知見もそれなりに持っている事もあって、電と雷の間には大きな実力差が生まれてしまったのである。
ただ、これだけなら別に問題はなかった。要するに違うのはレベル差であって才能差じゃなかったし、雷は嫉妬するようなタイプでなく素直に実力差を認めて上を目指せるいい子だったから。
問題だったのは、根本的に電が戦うのが好きじゃあなかったって事だ。山の暴れん坊を懲らしめる目的を達したら、それ以上鍛える理由が無くなっちゃったんだよね。
いやあ、拗れた拗れた。私は戦う理由の無くなった子を無理に戦わせる気はないし、鍛えるのだって強制はしない。むしろ私だってあんまり好きじゃないし、電とはその点でとても気が合っている。だからスパッとトレーニングとか全部止めちゃったわけだ。そしたら雷が電に怒っちゃってね。こんな良環境で何が不満なのよー!! って。
この世界の魔物って強くなって戦いたいって本能があるみたいでさ、強くしてくれるっていう明確なメリットのために人間に従ってくれるわけ。だから魔物は認めた人間の言う事はちゃんと聞くんだけど、これ見た目に反して実態としては、人間が魔物を『戦わせてる』というよりは人間が魔物に『戦わせさせられてる』っていう変な表現が近い状態なんだ。魔物の意思の方が主であって、人間の都合はそれを利用する形な訳だね。
そしてその本能が、雷は強くて、電は弱かった。雷は戦って強くなって更なる強敵と出会えるのを喜ぶタイプだったけど、電は戦うのも強くなるのも目的のためであって他者を傷つけるのは厭うタイプだったのだ。だから、お互い主張の意味は理解できても、感覚的にはどちらも相手を理解できなかったんだよ。
だから、私は電を連れて家を出る事にしたんだ。頭を冷やす期間が必要だと思ったのと、私もパートナーが居ないと都合が悪いからっていう理由でね。
なお、これらは電が私について来る理由であって、私が旅に出る理由とは直接関係のある話ではない。私が旅に出なきゃならなくなったのはまた別の理由だ。
電が強い魔物を倒したすぐ後の事。私は神妙な顔をした父に呼び出され、実家である道場に併設された競技場で向かい合う事になった。
そして、そこで父に本気を出して私と戦ってくれと請われたのである。
この世界……というか、地方にも当然のように魔物を戦わせる競技会があり、父はそこに認められた公認施設の責任者である。挑戦者を試し、結果次第で合格の証を渡し、本気の自分達に挑む権利の1/8を与える。そういう役目を仰せつかっているのだ。
この地方で扱われる部門は主に三つ。
一つはノーマルバトル。これは本当に一般的なバトルで、全世界的に行われているものと変わりはない。2vs2や3vs3も含まれており、ここでは概ね一緒くたに扱われている。
二つ目はコンテストバトル。これは美しさや可愛らしさ、格好良さなんかを競う部門で、この地方ではやってはいるけどちょっと影が薄めである。私は好きなんだけどね。かわいいし。
そして三つ目。これが大問題なのだ。そいつはこの地方独自のルールで、他所では全く一般的ではない、でもここでだけは熱狂的に支持されており、そして最も実戦的であるとされる競技だった。
名をスペシャルバトル。地方で名付けられた名前なので他所の同名バトルとは関係ない、とてつもない問題児である。
何が問題かって? これね、訓練士本人が戦うんだよ。
他バトルだと指揮してるだけの人間がね、魔物と一緒に戦うの。っていうか人間が倒されたら負けってルールなの。魔物はいくら倒されても大丈夫なの。私は絶望したね。
関わらなきゃいいって思うじゃん? それがそうも行かないんだよ。実家が道場だし、それに父がスペシャルバトルの王者だから。
うん。父がね、十五年連続で大会優勝を果たしたこの地方独自ルールの絶対王者なんだよ。んで、その父が、私に、本気で戦ってくれと、お願いして来たんだよね。当然スペシャルバトルで。ざけんな。
父は私が転生者だなんて事は知らない。いや、普通の子供じゃない事くらい早くから勘付いてはいたんだろうけどね、それでも父親としてしっかり接してくれてたよ。だけど、その普段通りの態度を維持できなくなるくらい、圧倒的に『なんか』『つよい』気配のする私に、挑戦者として挑みたくなっちゃったらしかった。
拒否する事はできた。父も私が尋常な存在じゃないと確信はしていても証拠は持っていなかったからね。でも、残念ながら、この手の……本気の覚悟と熱意を持った相手の願いに対して、馬鹿みたいなアドバンテージを持っている私がどう答えるかは、ずっと前から決まってしまっていたのである。
お互いに既定の位置まで離れ、門下の一人を審判役に据え、私と父は向かい合った。ルールはスタンダードなスペシャルバトル……即ち、訓練士1人と6人までの魔物による最大7vs7のチーム戦。それに、少しの懐古主義的なスパイスを持ち込んだものだった。
機械化が進む昨今、このスペシャルバトルも判定に関してかなり技術が進歩していてね。大会の公式ルールだと体に五か所のセンサーを付けて、そこに規定以上のダメージを与えれば勝利、という事になっている。だけどそれをこの戦いでは、機器導入前のルール、つまり訓練士が本当に戦闘不能になるまでやろう、なんて話になったのだ。
傍から見たら正気の沙汰じゃないだろう。娘を気絶寸前まで痛めつけると宣言してるようなものだもの。審判さんは名状し難い表情になってたよ。でも、私に向けられた父の眼差しは真剣そのものだった。そうでもしないと勝機の欠片すら浮かばない。そんな心持なのがよく伝わって来てたよ。
あまり表情に出ない、おそらくいつも通りに見えたろう私と、防衛戦かそれ以上の緊張感で挑んでいる父。あまりに異様な光景に困惑する審判。開始の合図は長い沈黙の後、それではと前置きを入れてから発された。
スペシャルバトルは魔物を出していない状態から開始され、いつでも好きなタイミングで出し入れが可能なルールだ。本来解放するタイミングや位置、正確性なども試される、かなりの総合力を問われる競技なのである。
試合が始まった直後、父は手にしていた6つの玉の全てを狙った位置へと正確に投げ込んだ。出現する四本腕のナイスマッチョ。炎を纏う大豚。この地方独自の姿をしたスプーンをナイフのように逆手に構える超能力者。同じく地方独自の姿の大オコジョ。複数の腕を格闘家のように構えたタコ。キノコとトカゲが混ざったような謎の生物。全員私とも顔なじみ、同じ食卓を囲んだりもする友人たちである。
私は彼らを前に――する事なく、腰に帯びた玉に手を触れる事すらなく、開始の合図と同時に前へと飛び出し、魔物たちが出現する際の発光が止む前に、50m離れていた父の眼前へと辿り着いた。
父の敗因を述べるなら、私にとってこのシチュエーションが初めてではなかった事だろう。私の身体能力の強化は転生のたびにリセットされる。肉体改造が基本だから前の世界の成果は引き継げないのだ。なので初期状態だったら絶対王者が全戦力で容赦なく初手から凹ってくるこんな状況は、とりあえず逃げるしかなかっただろう。進化が完了する少しの間はね。
でも残念ながら、このフルメンバーと私は電の訓練のために戦った事があったのだ。そして当然ながら、その際に私の身体能力は一人で彼らと互角に戦えるまでに進化していた。故に。
驚愕しつつも咄嗟に防御態勢に入った父の両腕の中央に、私の小さな拳が撃ち込まれる。それは通常であれば致命打どころか何の痛手も負わせられない、むしろ殴った側の方が痛いであろう完璧なタイミングと位置でガードされてしまっていた。だがしかし。それから放たれた衝撃は鍛え上げられた装甲のごとき守りをすり抜けて、父の全身を貫いた。
浸透勁。この世界の物理法則では空気や液体を通す事はできないが、固体であれば十二分に通用してしまうそれは、ただの一撃で父の尊厳を打ち砕いた。
なんて事があってね。私はこの道場に居辛くなっちゃったんだよ。いや別に父は態度とか何も変わんなかったよ? 言い方は悪いけど脳筋寄りで細かい事気にしない人だからさ。むしろ浸透勁の打ち方教えてくれって言われて教えたくらい普通に仲良くしてたよ。半年で習得してた。天才かよ。天才だったわ。十五年絶対王者やってたわ。
だから、問題になったのは門下生……というかそこから零れた噂話の方だった。審判役の人も言うつもりはなかったと思うんだけど、やっぱりどっかから漏れちゃったみたいでね。さらに悪い事に流出情報だからか中身が全然正確じゃなくてさ。私が「普通に」父と戦って勝ったみたいな話になっちゃってたんだよね。
クソみてェな身体能力で魔物とか関係なく馬鹿みたいな倒し方しました。ならまだ良かったんだよ。競技として成立してなかった事になるんだから。実際電は出さないで勝ったし、アレをバトルと認める奴は居ないだろうから。
でもこれが、魔物を一人しか連れてないはずの私がまともな方法でフルメンバーの父に勝ったって噂になるとどうなるか。絶対王者の父が、発展途上で初育成した一人しか連れてない私に本気でやって負けたなんて噂になるとどうなるか。どうなったか。
その…………競技会の協会からね、来ちゃったんだよね。噂がそっちまで伝わったらしくてさ、私に対する大会への出場要請が。来ちゃったんだよねぇ……
父は強い。本当に強い。絶対王者とか言われてるのは伊達じゃあない。でも、足下に迫ったり首元に刃を突き付けるまで行った人が居ないかというとそうじゃないのだ。ルール的に加齢の影響がモロに出るのもあって、負けかけた事だって一度や二度じゃ済まない。それでも勝つから絶対王者であり、そして、苦戦もあるからこそこの十数年は大いに盛り上がっていたという経緯がある。
父はまだ若い。肉体的には全盛期を過ぎているけど、明確に弱くなったなんて言えるほど衰えてはいない。むしろ浸透勁まで覚えたから局所的には未だに強くなり続けているといってもいいくらいだろう。でも、十年後は? 二十年後は? 流石に引退が見えてきてしまうよね。
スペシャルバトルはローカルルールだ。それ故に、興行としては非常に屋台骨が脆いと言える。故に、運営している人間達は常に求めているのだ。スターを。圧倒的なカリスマ性を持ち、絶対と謳われた父の後継者となれる、スーパースターを。
そんな所にひょっこり現れた、その王者の娘で例のあの子の趣味で毎回殺されかけるほど美形で滅茶苦茶な才能を秘めている(ように見える)当時年齢一桁の少女。それが私である。
うん。そりゃ出せって言われるよね。私でもとりあえず打診してみようぜってなるもん。だって運営からしたらほぼ身内の子供みたいなもんだからね。会長さんとか普通に知り合いっていうかおじいちゃんかと思うくらいめっちゃうち来るし。噂をまるっと信じてる訳ではなくて、魔物の内の一人倒すくらいの善戦したんじゃね程度に思ってるみたいだったけど、事実無根とも思ってなさそうだったし。
でも残念ながら、私なんか出しても競技の寿命を縮めるだけで全く盛り上がる事はないのだ。だって距離詰めてぶん殴って終わりだもん。盛り上がる要素どこだよ。
手加減すればって思われるかもしれないけど、私に演技力なんてのは無い。見る人が見れば分かってしまうクオリティにしかならないだろう。もしバレてしまえば大炎上だ。エンタメデュエルは舐めプの先にはないんだよ。みんな真剣勝負が見たいんだから、信用を失った地方大会なんて誰も見に来なくなってしまう。これは実体験だ。間違いない。以前他の世界でやらかしたから知っている。
そういうわけで私は要請を受ける訳には行かなかった。でも、そうすると今度は門下生の視線が痛くってね。まあ私の日頃の行いが悪かったのもあるよ? あんまり身体能力隠してなくて一時的に腕六本になったナイスマッチョの連打避けたりしてたし。そりゃ噂も含めてヤベーのが業界に殴りこんでくる……!! ってなるのも分かるけどさ。だからって怪我するような無茶な鍛錬をするようになっちゃうのは駄目だと思うんだよね。
そう、うちの門下生たちはみんな真剣で真面目で真摯に頂点を目指している人達ばかり。なので、私の事を脅威には思っても排斥とかそういうのは考えなかったんだ。むしろ逆に、彼らは自分自身を追い込みだしたのだ。喉から格差に対する口惜しさが滲みだす事はあるけど、その程度健全なもんだよ。それすら向上心に換えてしまえたんだから。
でも、それで事故を起こされるのは道場としてすっごく困る訳でね。私が居ると自主的に訓練強度上げるのなんなんだよ。通常カリキュラムでもキツいことで有名なんぞうち。自殺かよ。父は笑ってたけど母は全員しばき倒して止めてたぞ。一緒にやってた父も含めて。強い。
ともかく、私は勧誘を受ける訳にはいかなくて、道場に顔を出すのも悪影響が出るようになって、さらにそこに電と雷がすれ違っててちょっと冷却期間を置いてあげたいっていう理由も重なった訳だ。ついでにこの世界、なんか10才で一人旅するくらいは普通で、進路もそろそろ決める時期が迫っていた。だから家を出る必要があったんですね。
引き止めに来た二人は出て行こうとする私たち二人を睨んでいる。と言っても十歳の女の子とちっちゃい赤っぽい電気鼠なのでかわいいだけなのだけれども、説得は……うーん。難しいよなぁ。全然関係ない事情も手伝って結構急に決まった事だったし。
「大体姉さん、家を出てどうするの!?」
「あれ、言わなかったっけ。私ブリーダー目指そうかなって……」
「ブリーダー!?」
言ってなかったかなーと思い返そうとしたら、滅茶苦茶びっくりした声が返って来た。戦いを仕込むかそれ以外かくらいの違いで訓練士とそこまで離れた職業でもないと思うんだけど、そんなに意外だったろうか。
「そんな……姉さんがそんな平和そうな職業を目指すだなんて……!? 有り得ない……!」
「プラァ! プゥラー!!」(そうよそうよ! 言ってやりなさい!!)
「君ら私の事なんだと思ってるの?」
もしかして怪獣か何かだと認識していらっしゃる? いや確かにもっと小さい頃は妹を頭に乗っけて山中を跳び回ったりしてたけどさぁ。なんか喜んでくれるからって度々擦ってたのが良くなかったか……?
「確かに姉さんはみんなの食事を一番上手に作れるし、ブラッシングが得意だからみんな毛並みツヤツヤだし、マッサージでトレーニングの疲れも抜けるし、何故か言葉が通じるからちっちゃな子たちがなんで泣いてるのかもすぐわかるし、力も強いからかんしゃくを起こされても自力でどうにかできるけど……」
「プラア!?」(褒めてるじゃない!?)
「マイナァ……」(天職だと思うのです……)
能力だけじゃなくて性格的にもね。育てた子を他所に旅立たせるのをそんなに苦痛を感じないだろうから普通に向いてると思うんだ。かなり知能の高い魔物達を金で取引するの闇を感じなくもないけど許可取ってれば合法だし。
「でも、姉さんはそんなのが些事に見えるくらいのバトルの天才じゃない!!」
「いやそれはかなり異議があるというか……」
私のってただの転生し続けた事で蓄積した経験とチート能力さんによる肉体進化による反則パゥワーのごり押しでしかないんだよなぁ。傍から見たら変わらないだろうけど、自分的には褒められても刺さらんというか。そんなのより、明らかに私の事を過剰評価している妹ちゃんの方が正直凄いんだよね。
「浸透勁一年で覚えた人間の台詞じゃないっていうか……」
「父さんは半年だった!!!」
確かに父もおかしいんだけどね。でもそれは基礎がしっかりしてるおかげで色々工程すっ飛ばせたっていう理由がちゃんとあるんだよ。だってのに、まだ普通の型も安定してない八才児の段階でまともに使えるようになっちゃった君は何? 少なくとも格闘術の才能は現役絶対王者よりヤベーよ? はっきり言って協会がスカウトするべきなのも天才から生まれた超天才なのも妹の方であって私じゃないんだよね。なんでこの子自分の才能普通くらいに思ってんの? いや私のせいだけどさ。間違いなく私のせいなんだけどさ。
「大体姉さんは一人で勝手に使えるようになったんでしょ!?」
「いや教えてくれた人ちゃんと居るから……」
「そんな人、私見た事ない!!」
ですよね。だってこの世界の人じゃないもん。こないだ親戚に生まれて仲良く退魔したりした程度には付き合い続いてるけどそれすら年換算したら百年以上前だし。そりゃあ、ずっと一緒に育って学校もド田舎で1クラスしかなかった上に放課後も道場で同時に構ってもらったり外でも二人で遊んでたりで大して離れてた時間が無かった妹からしたら私の証言を信じる理由は何一つないだろう。
「もういい! 姉さんがどうしても出て行くっていうなら、ちからずくで……!!」
「プラ!!」(ぶっ飛ばしてやるわ!!)
「マィ……」(よくない癖だと思うのです……)
「そうだね。基本委員長気質なのに最後は脳筋になるの、そろそろ卒業した方がいいと思う」
まあ正直私が言えた事でもないんだけど、生まれと育ちのせいか最終的に力isパワーなんだよなぁこの子ら。話して駄目な時とかに手段として用いるだけで端から暴力で解決に行ったりはしないんだけど、判定基準が緩めだから校内が半分恐怖政治になってたよ。勿論慕われてもいたけどね。せっかくだから今回みたいに力任せでどうにもならない事もあるってしっかり学んで貰おうじゃないか。そうすればきっともっと良いリーダーになれると思うよ。少なくとも私よりはだいぶ優秀な頭をしてるからね。
でもこれ教えるの絶対私の仕事じゃないと思うんだよなぁ。そこんとこどう思います? 気配消して後方両親面してる実父殿と実母殿。いや、傍から見たらただの微笑ましい姉妹喧嘩なんだろうけどさぁ……
必要な装備の入ったリュックを背負い、電を頭に乗せて山を駆ける。青々と生い茂った木々を越え、時に潜り、時に踏み台代わりに蹴飛ばして、あっという間に近くの沢まで辿り着いた。
妹を三手で打ち倒してそのまま出て、少し渇いてしまった喉を掬った水で潤していく。滅茶苦茶綺麗でおいしいみずだからそのまま飲めてしまうのだ。流石に回復効果は無いと思うけどね。
妹に関しては父母に任せて来たので大丈夫なはずだ。浸透勁で一打目を相殺されたのは驚いたけど、返しの蹴りを逆に相殺してやったら動きが止まったのでそのままぶん投げてお終いである。雷も電気の出力勝負で電に圧し負けてたから私達の完全勝利だった。二人とも伸びしろが遥か彼方まで続いてるからちょっと後が怖いんだけどね、私と比べて頭は悪くないからそのうち他の事情も理解してくれるようになるだろう。私が悪く言われてたとかほぼ勘違いだし。
一息ついて辺りを軽く見回せば、水の中から金魚のような魔物がこちらをじいと見つめていた。電が挨拶をしたらその子は水に飛び込んで、跳ねた水が私の方まで飛んでくる。ひゃっこい。周囲の木々からは虫の魔物の這う音や鳥の魔物の羽ばたく音が微かに聞こえ、青空の下には雲のような魔物が浮かんでいる。木の上ではリスの魔物が木の実を齧り、植物の魔物は日当たりの良い場所を求めて歩き回って土を踏む。私の足下には石の魔物が転がっていて、少し遠くでは鹿の魔物が私と同じく川の清水を味わっていた。魔物ばっかだなこの世界。生態系どうなってんだろ。
インドには象が居るはずだが少なくとも私は見た事がないなぁ、などと思いつつ、休憩を終えて私は電と共に宙を舞った。最初の転生の時ほどの無茶な身体能力はないけれど、それでも頂点クラスまで鍛えられた魔物6人と人間1人分に相当する筋力はあるのでその程度なら容易いのだ。
こうしていると少しだけ、昔の事を思い出す。と言っても、何か含蓄がある訳じゃない。世界によって持てる力が変わってくるから、どうしても速度や高さを前と比べてしまうのだ。今回は中央よりは上くらいかな。たまに宇宙とか次元とかぶっ飛んだりするから曖昧だけど。
いろんな世界や時代に行って、いろんな立場で生きてみて、いろんな楽しい事や悲しい事はあったけど、私は今でも私のまま。特に変わりはしなかった。これは私だけではなくて、多くの人がそうだ。所詮長く生きただけじゃ、何かが悟れる訳もないのだろうね。悟れる人は転生なんてしなくても悟るし私らみたいなのは何回やっても悟らない。そんなもんだよ。
そうして力だけが強くなっていき、どこかが耐えられなくなった時に、きっとその人は人間を止めるのだろう。けれども……私の場合、能力で補強が入るのもあって全然そういうのは来そうにない。ついでに知り合いも来そうな奴が居ない。深刻に思い悩むタイプの人を何度も転生させない程度の理性はあの子にもあるのだろう。付き合いが長くなってマジで糞だなこの神って案件はいっぱい遭遇したけども。チート能力さんが主人格になった時はどうしようかと思ったよ。言動以外は私より落ち着いてたけど。
チート能力さんは相変わらず私の中でうろんなミームを叫んでいる。だいぶ前の世界のも飛び出すため、私にとっては懐かしさを感じられる清涼剤と言っていい。いろんな世界のが混ざっているため、翻訳能力持ちでもなければ全く意味が分からないのが玉に瑕。ちなみにとっくに普通に喋れるようになっているのでただの趣味だと思われる。
翻訳能力さんは無口だけど頑張り屋の良い子だ。再会したベイと話してたら人格として確立しちゃった。やっぱあいつの能力ヤベーって。私今や三重人格なんだけど。いつでもスイッチ可能なんだけど。まあ出してもすぐ引っ込んじゃうんだけどね、人見知りするから。私もする方なので困る。
そんなわけで私は一人なのに三人で世界を回っているのだ。と言っても基本的に私しか出ないから意味のある話じゃないんだけどね。たまに出さざるを得ない時はあるけど、あくまで私が主体だから。
私自身は本当に、成長できた気がしない。中身もそうだし、『力』もね。ただ、きっとそれは急いでやるような事じゃないんじゃないかとだいぶ前から思っている。必要になってからでは遅いのかもしれないけど、必要にならないと進まないし、本当に必要な時というのはそうそうない。っていうか、むしろなんでもできるようになっちゃったらそれこそ人間でいられないんじゃないかな。良くも悪くもひとでなし。もう舞台装置の類だよ。
そういう意味ではこの転生システムは私にとってはすっごく有難いものだ。立ち位置も力も安定した数億年よりチートで楽してたとしても全部やり直しになる百年の方が、人間性は保てるのだ。今思うと億単位の年月動画見てコメントしてレスバしてスレ管理するマシーンやってた頃の私は人間じゃねーわ。なんかそういう怪異だよあれ。実質的にネット上にしか存在しない電脳ゴーストの亜種だったよ。あれはあれですっごく楽しかったけどさ。
私は他人と繋がっていなくても私だ。でも、その私が人間かどうかと問われるとそこは怪しくなってくる。他人が居ないと駄目なタイプではないけれど、他人が居ないと『なんか』『つよい』だけの怪生物になっていくのだ。
それでどうなるかというと、どうにもならない。どうにもならないと進歩もしないし、面白みがないから動画として映えなくなる。だから自称魔法使いのあの子も私を転生させてくれるんだろうね。私と自分の利益のために。いや定点カメラで配信しっぱなしの今日の雪ちゃんウン億歳も結構視聴者居たらしいけどね……どんだけ暇なんだ上位者共……
持って来たヘッドホンで麗しく透き通るようで聴いた人に感動を与える上に集中力も研ぎ澄まされるような声の歌を聞きつつ山を下り、人を襲っていた虫を宥めすかし、森へ入り、迷子の魔物を親元へ届け、街道に出て、人の魔物を盗ろうとしていた独特な髪型の女性と手持ちにやたら懐かれている男性と喋る猫を星に変え、良さそうな木の実があったのでもう一度森に入る。いやあ収穫期ですなあ。
六角形の模様の入った実がたっぷり詰まった容器を嬉しそうに抱える電を頭に乗せ、私も上機嫌になって地面を蹴る。寄り道した甲斐あってそいつはとっても質が良かったのだ。目的地まではまだそこそこの距離があるけれど、間に合わないリスクを背負うだけの価値はきっとあった。雷と喧嘩して出てきてちょっと沈み気味の電に好物を食べさせてあげたかったからね。
今回の旅には時間を置く以外にも実は幾つか目的がある。一番大きなのは勿論魔物飼育の資格の取得。これは専門家としての身分証で、田舎な地元じゃ交付自体やってないから都会に出る必要があったんだよね。ただ試験とかがあるから上手く行っても数週間から数か月は掛かる、優先度は高いけど急ぎではない案件だ。
次に大事なのが今目指している町にやってきているというアイドルとの接触。全国区の子なんだけど、この度うちの地方にもツアーでやって来てくれたのだ。まあチケット持ってないからライブは見れないんだけど、ちょっと会って確かめないといけない事があってね。
その子の声は人類の上限を突破する程に綺麗で、声オタな気質のある私の心に深く突き刺さり、世界中の仲間たちの心も掴んで離さない非常に魅力的なものだった。だからアニメでクレジットを確認した時、すぐに世に出ていた楽曲をネットで試聴する事にしたのだ。そうしたら、声に聞き覚えは無かったんだけど、歌い方の特徴には物凄くおぼえがあったわけで。
知り合いおるやん!!!!!!!!!!!!!!!!
ってなったよね。てんせい☆ちゃんねるの方で連絡取れれば良かったんだけど、この世界からは書き込みが制限されててできなかった。あそこは便利で超楽しいんだが、たまに変な縛りを掛けられる事があるから実は信用し切れない場合がある。原作知識封印されてる場合ネタバレ米が見えなくなったりするし、無駄に芸が細かいんだよなあ。
そういう訳で連絡が封じられてるから、直接会いに行く必要が出てしまった訳だ。別に会わないと死ぬとかじゃないから優先度は本来そこまででもないけれど、推定知り合いな彼女がこっちに居る期間は長くない。なので今向かっているのはそのライブの開催地の方なのだ。当然アポイントも取ってないからスニーキングミッションをこなす必要があるが、まあそこは私なので問題ない。法的な事以外は。
もし知り合いじゃなかったらその子は妙なホラー体験をする事になるが、せいぜい誰も居ないはずの控室の後ろの空間から声がして振り向いたら見た事のない女の子に突然知らない名前の存在だろうと詰められて否定したら元から居なかったみたいに消えて行く程度のものだから大した事はないだろう。ストーカーなのかゴーストなのかは解釈次第。いやむしろ魔物案件になる可能性の方が高いかな? なんかそういう事やれそうな奴いっぱい居るし。
何回も転生していろんな世界を巡っていると、様々な出来事に遭遇する。それは例えばキャラクターとして知っている人物との出会いであったり、避けられないイベントへの強制参加だったり、世界の命運をかけた戦いであったり、積み上げたプライドを賭けた闘争であったり、巻き込まれの色恋沙汰であったり、気も趣味も会う友とののんびりとした交遊であったり、アイドル活動であったりする。
死んで生まれ変わったら、一つ前の世界とは同じ物語を基とする別の世界だった事もあった。知り合う人々は声も嗜好も姿形もよく知った彼らとそっくりで、だけど全く違う人間である。出会いが違えば、どころか、出会いが同じでも関係が変わる場合も多々あって、ある時の友人のそっくりさんがある時は宿敵だったりした。
そんな結んでは切れての繰り返しをする私達だが、生越え死越え続く関係もあるもので。そう、それはそれなりの頻度で同じ世界に送られる、転生者の仲間たちとの友誼である。
掲示板で互いの近況を語り合い、同じ世界のようであれば捜索し、連絡が取れれば合流し、存在を感知できれば優先的に接触する。これは私だけではなく、皆がやっている事だ。知らず敵対すれば互いに被害を免れず、協力しなければ脅威に立ち向かえない場合もある。そして何よりも、気の合う連中と寄り集まるのは楽しいからだ。
尤も、最初から全力で手を組むばかりでは動画的においしくないのか、連絡手段を封じられる事も少なくない。所在地や所属に関する事のみ書き込みを禁止されたり、情報の書かれたスレッドを閲覧できなくされたりするのだ。
そうなると同士討ちが発生したり、世界の危機に立ち上がった転生者たちが決戦の場で一堂に会したり、知らずに友人の友人くらいの立ち位置に納まったりするのだが、ともかく出会いに関してはかなり偶然に左右される事になってしまう。
故に転生を繰り返していれば――
ある町と町とを繋ぐ三叉路に、三つの影がそれぞれの速度で向かっていた。
一つは手元の端末とインストールされた魔物を過剰に働かせ、飛ばしたドローンで周囲を観測しながらゆっくりと歩く、初心者マークのあしらわれたベレー帽を被った少女。
一つは大きなリュックの上に地方のご三家と呼ばれる三種の魔物を三種とも乗せ、陸上選手の頂点もかくやあらん速度で街道を走る、ウサギの耳のごとき大きなリボンを頭の上に飾った少女。
一つは頭上に友たる魔物を着座させ、道なき森の木々の合間を跳び回り、ようやく文明の灯の下へと辿り着かんと、交差点に向かい勢いを付けて中天を舞う、括った黒い後ろ髪に青いリボンを結んだ少女。
それらが三叉路に到着するのは奇しくも全くの同時であった。
空より降る者、地を驀進する者、ただ普通に歩く者。三者それぞれ違う速度で進んでいたが、いずれも迫る他者の影には気付いていた。
衝突してはたまらぬと、三つの影は三つともが足を止め、互いに顔を見合わせる。
「ん?」
「おうっ?」
「えっ?」
誰も意図せぬ、突然の出会い。驚きに動きを止めた三人は暫くの間見つめ合い、やがて三人同じ速度で、同じ道を歩きだした。
――まあ、こういう事もある。
くぅ~疲れましたw これにて完結です!
はい、本当の本当に終わりです。
やたらと長くなったし明後日の方向に話が行ってしまいましたが、こんな所まで付き合ってくださって本当にありがとうございました。
実はこの作品、一つ言ってみたい事があって書き始めた物でした。
なので、もう元ネタの人も言わなくなって久しいというかプラットフォームがなかなか復活しなくて毎日悶々としてるんですが、最後にそれだけ言わせてください。
みんなも恥ずかしがらずに自分の読みたいと思う要素盛りまくった小説書いてハーメルンに投稿しような。
ウチも、やったんだからさ。