私は先輩の事が好きです。
「先輩、ピカッと来ますよ!」
「分かってる。俺の盾の後ろで目を瞑れ!」
狩りの時の真剣な表情は頼り甲斐があって、命を張る仕事なのにその顔に見惚れてしまった。
男の人の大きな手。ゲリョスと呼ばれるモンスターの素材で作られた防具を身に纏うその背中に、最初は憧れていたんだと思う。
だけど、いつしかその気持ちは──
「よし、今だ。攻撃するぞ」
「はい!」
「ゲリョスの注意を逸らしてくれ。竜撃砲を使う!」
先輩に言われて、私はゲリョスの懐に潜り込んだ。
モンスターはこの世界の支配者。
人間なんて遥かに超える大きさの生き物で、私達はそのモンスターを狩るハンターという仕事をしている。
湿地帯にある小さな村。そこの村付きハンターとして、こうやって狩りに出掛けるのが私の日常だ。
「たぁ……っ!」
ゲリョスの足元で、私は狩猟笛と呼ばれる武器を振り回す。
狩猟笛は名前の通り、狩場で音を鳴らす武器であると同時にハンマーと同じような鈍器としても使える武器だ。
ゴム質の皮に覆われた丸っこい身体、特徴的な鶏冠、そして大きな翼を持つモンスター。毒怪鳥──ゲリョスの足に狩猟笛を叩き付ける。
これまで戦っていた分のダメージも蓄積されていたのか、ゲリョスは横に倒れて悲鳴のような鳴き声を上げながら翼をバタつかせた。
いくら鳥竜種でも、そんな適当な動きでは空を飛ぶ事は出来ない。先輩はそんなゲリョスに肉薄して、ガンランスという槍を突き出す。
「やっちゃえ先輩!」
「おうよ。危ないからそこ退いてろ!」
そう言いながら先輩は、槍の柄にある引き金を引いた。
先輩の武器──ガンランスは、槍の先端に砲撃機能を加えた武器。
そのガンランスには砲身から一気に爆発を起こす必殺技、竜撃砲が使える。
竜撃砲は、一度使うと砲身の冷却が終わるまでは使えないのが難点だ。だけど、それ故に威力は壮大である。
引き金が引かれて直ぐ、ガンランスは青白い光を放った。そうして刹那の間の後、ゲリョスは炎に包まれる。
「倒しましたよ、先輩!」
「慌てるな、死んだフリかもしれないんだから離れろ」
その炎を受けて、ゲリョスは地に伏した。
ゲリョスがもう動かない事を確認して騒ぐ私を注意する先輩。
先輩はゲリョスの顔を見て「よし、死んでるな」と頷く。これでクエストクリアだ。
「討伐完了ですね」
「そうだな。ふぅ、疲れた」
倒したゲリョスの死体を背中に二人で倒れ込む。なんとか討伐に成功したけれど、お互いに防具はボロボロであちこち怪我だらけだ。
ハンターの仕事は命懸け。
だからこそ、戦う時に背中を預ける先輩の事をとても気にしてしまう。
村の外からハンター志願で村付きのハンターになって数年。
先輩は元々村のハンターで、右も左も分かっていない私を導いてくれた。
とにかく安全に、がモットーの先輩。
私が無理をしたらとても怒るし、私が怪我をしたら凄く心配してくれる。
「うーん、またライトクリスタルか」
とても頼りになるハンターの先輩。いつか、私も先輩と肩を並べられるハンターになりたい。憧れの存在。
──いつしかその気持ちは、恋に変わりました。
◇
湿地帯にある素朴な村。
そこが、私と先輩の活動する村です。
「ただいまぁ」
村の酒場で、音を立ててガンランスを床に置きながら先輩は机に突っ伏しました。
それだけ疲れているんでしょう。私はそのガンランスと自分の狩猟笛を壁に立ててから、先輩の隣に座った。
「お疲れ様です、先輩」
「お前は元気だなぁ。……俺はもう歳だ。村の後の事は任せる」
「先輩私と四つしか変わりませんよね」
私が目を細めていうと、先輩は「人間、二十五になると突然ダメになるって話だ」と頭を掻く。
「……先輩、二十四歳ですよね」
「変わんないの。……はぁ、もう疲れた。命懸けで働いてるのに報酬は少ないし。もっとこう良い感じのプレゼントがあっても良くない?」
「えーと、何が欲しいですか?」
私の質問に先輩は目を細めて「うーん」と唸った。好きな先輩の頼みだし、偶にはプレゼントをあげても良いと思う。
「あー、うん。可愛い女の子とか」
「酷い! ここに居るじゃないですか!」
「え、何? お前がプレゼント?」
目を細める先輩に、私は良からぬ想像をして顔が熱くなった。両手で顔を隠すと、隣から「ははーん」と人を笑う声が聞こえて来る。
分かっているんだ。
私は先輩に相手にされてないって事くらい。だって先輩は──
「あら、帰って来てたのね。二人共無事で何よりだわ」
私が顔を伏せていると、酒場の奥から女性の声が聞こえてくる。
「大きな怪我はないようね、よし」
女性は私達の間に入ると、先輩と私の顔を覗き込んで微笑んだ。
「村の方は大丈夫だったか?」
「えぇ、二人のおかげでなんの被害も出てないわ。これ、クエストの報酬金ね」
先輩の言葉にそう返すと、女性は机の上に巾着を置く。中には今回のゲリョス討伐──クエストの報酬金が入っていた。
「ありがとよ。ギルドへの報告は?」
「二人が行く前に済ませておいたわ。手際が良いと褒めなさい」
「お前なぁ、仮にもギルドの受付嬢だろ」
「だから、村のハンターの二人を信用してるの。そもそも二人に熟せないクエストは私が受けさせないわ。それが受付嬢の仕事だもの」
彼女はこの村でギルドの受付嬢をしている。
ハンターはハンターズギルドが受け持ったクエストや、村の人達からの頼まれ事を聞いて狩場に出向くのが仕事だ。
彼女──受付嬢の仕事は、前者であるハンターズギルドからのクエストの整理と依頼。その報酬を私達に渡す事である。
「信用、ねぇ」
目を細める先輩。そんな先輩の顔を覗き込んで、受付嬢のお姉さんは「嬉しいくせに」と意味深に微笑んだ。
「うるせぇ」
お姉さんの言葉に顔を赤くする先輩。お姉さんはそんな先輩を見て「ふふ、可愛い」と笑う。
私は影で頬を膨らませるけど、そんな事しても意味がない事は分かっていた。
──だって先輩は、受付嬢のお姉さんの事が好きだから。
その事に気が付いたのは本当に最近の事。
先輩の様子が変だと思って観察していると、受付嬢のお姉さんに対して妙に恥ずかしそうな表情をしている事が増えてきたのである。
お姉さんと何かあるたびに、先輩は顔を赤くしてそっぽを向くのだ。この狩人特有の観察眼を恨みたい。気付かなければ、どれだけ幸せだっただろう。
先輩の気持ちに気が付かずに、ただの恋する乙女として片思いのままに失恋する事が出来たらどれだけ良かったか。
私は既に──告白する前から敗北しているのだ。それはもう、ネルスキュラに餌にされたあげく皮を剥ぎ取られ着こなされるゲリョスが如く。
「後輩ちゃんも、お疲れ様。こんなんが相方で大変でしょ」
そんな蜘蛛女──じゃなかった、受付嬢のお姉さんはとても優しい笑みで声を漏らしながら私の頭を撫でた。
これが人をあやすのが上手で悔しい。悔しいけど、撫でられるのは気持ち良い。
「あ、はい。大丈夫です!」
「こんなんってなんだよ。こんなんて」
「安全第一で慎重過ぎて、クエストに時間が掛かるから余計に疲れてないかって心配なのよ」
「ぐぬ……」
「ゲリョス如きに時間を掛け過ぎなのよ。小さい頃からそう。なんでも慎重過ぎて余計に疲れて帰ってくるもんだから心配なの」
彼女、受付嬢のお姉さんは先輩とこの村で生まれ育った幼馴染みです。
だから先輩の事は私なんかより沢山知ってるし、付き合いの長さを埋められる物を私は持っていない。
つまり、私はやっぱりゲリョス如きなのだ。防具もゲリョスだし。いや、それは村の周りにゲリョスが出る事が多いからだけど。
「それで、明日はどうするの?」
「明日もゲリョス狩りに出掛けるつもりだ。お前もそのつもりでな」
お姉さんの問い掛けに答えてから、先輩は私のおでこを突いてそう言う。
この村の周りではよくゲリョスが大量発生するから、その時期になるとこうやって毎日ゲリョスを討伐する日が続くのだ。
そうしている内に先輩は近くの村でゲリョススレイヤーなんて呼ばれるようになって、少しだけ有名になったりしている。
「別に村の周りのゲリョスばかりに固執しなくても、たまには街に出て大物を狙ってきたりしても良いのよ?」
「態々自分から危ない事をしに行くつもりはないね。それに、俺はこの村を守れればそれで良いんだ」
消極的な言葉なのに、どこか誇らしげにそう語る先輩。私はそんな先輩だからこそ好きになったんだ。
ただ守りたいものを守れれば、別にこの世界の英雄になんてならなくていい。
そういう人を否定する訳じゃないけれど、自分の守りたいものをしっかりと見定めて真剣になれる彼は格好良いと思う。
──その対象が自分じゃなかったにせよ。
「お前も良いだろ?」
「勿論です!」
だから私は、いつか先輩が私から離れてしまっても彼を応援すると決めたんだ。
「それに、欲しい物もまだ手に入れてないしな」
「欲しい物、ですか? ゲリョスの素材なら村に文字通り腐る程ありますよ?」
前述通りこの村の近くには時折りゲリョスが大量発生するので、私達が討伐したゲリョスの素材が溢れ返っている。
文字通り腐る程保存してあるその素材は、この村の流通に大いに貢献しているのだ。
それ程までにゲリョスの素材が村にあるのに、まだ欲しい物があるのだろうか?
「あら、まだ探してたの? ノヴァクリスタル」
「ノヴァクリスタル?」
先輩への問いかけに重ねるように口を開く蜘蛛女。私が首を横に傾けると「お前に渡すからって話したろ」とそっぽを向く。
その
「それ結構前の話だった気がするわ。忘れてたわよ」
「忘れるなよ」
「今思い出した。ま、頑張りなさい」
確かノヴァクリスタルは希少な鉱石で、ゲリョスの身体から稀に採取する事が出来る。
だけど基本的に、多くのゲリョスから取れるのはライトクリスタルというそこまで希少価値のない鉱石だ。
私はライトクリスタルしか見た事無いけれど、ノヴァクリスタルはとても綺麗な鉱石だと聞いている。
つまり、先輩はノヴァクリスタルをこの蜘蛛女にプレゼントするつもりなのだ。
それをこの蜘蛛女は忘れていたらしい。無意識に表情が歪む。
「なんて顔してんだ。うんこか?」
「ち、違います!」
先輩の言葉に私は声を上げて、受付嬢のお姉さんは「あんたそれは流石に酷いわ」と笑いながら先輩の背中を叩いた。
お姉さんが先輩を振ってくれれば──なんて思う事もある。だけど、お姉さんは先輩と普通に仲が良いのだ。
付き合いの長い幼馴染み。その壁を登る手段も突き破る手段も私は持ち合わせていないのである。
なにより、私は先輩に幸せになって欲しいのだからその願いは叶って欲しいけれど叶って欲しくなかった。
「それじゃ、明日も朝から酒場な」
そうして酒場で夕御飯を食べて、今日も一日が無事に終わる。命を掛けて狩りをする私達は、そんな当たり前の事に毎日感謝が忘れられなかった。
それが嫌だという人もいるけれど、私は毎日を大切にしたいからハンターという仕事を選んで良かったと思っている。
この先に片思いが失恋に変わったとしても、その後の生活だってきっと──
翌日の朝。
時間通りに私と先輩は酒場にやってきた。
酒場を経営する家族の娘である受付嬢のお姉さんは、ほぼ下着姿のまま欠伸をしながら酒場から出て来る。
「服を着ろ。服を」
先輩の言葉に激しく同感だ。
「ふぁ……眠い。別に減るもんじゃないし、見慣れてるでしょ」
見慣れてるのか! 見慣れているのか!!
「誤解を招く言い方をするな!」
顔を赤くする先輩を横目に、私は蜘蛛女に自分の予備の上着を着せる。心頭滅却だ私。先輩を応援すると決めただろ私。
「……えーと、ゲリョス討伐よね。はい、受注書よ」
口を押さえながら、受付嬢のお姉さんは私達にクエストの受注書を渡してくれた。
それにサッと必要事項を書き上げて、私達は村の出入り口に向かう。
「いってらっしゃい。気を付けてね」
そういう半裸の女。対する私達はお揃いのゲリョス装備。だというのにこの敗北感。
狩猟笛を背に、私は「行ってきます」と手を振った。
「頑張ってね」
別に彼女の事が嫌いな訳ではないのである。むしろ、本物の家族のようにお世話になった仲なのだ。
「頑張ります!」
だから、この気持ちにも早く整理をつけたい。
今日の狩場は何処か静かに思える。
というのも、実際に物音が少ないのだ。狩場を歩いてもブルファンゴの一匹も見えない。
「変じゃないですか?」
「変だな」
それは先輩も思っていたのか、彼は目を細めて辺りを見渡す。
元々とても慎重に仕事をする人だ。
相手がブルファンゴやそのボスのドスファンゴでも、イーオスでも手を抜かずに仕事をする。
それは自分が生きて帰る為であり、その自分が村を守る為でもあった。
「飛竜がいるかもな……」
──だから、彼は飛竜を狩らない。
大きくてもゲリョスまで。
彼の狩りの対象はブルファンゴやイーオスみたいな小型モンスターが中心で、大型モンスターでも鳥竜種──それも借り慣れたゲリョスかイャンクックが殆どである。
一度だけ一緒にショウグンギザミを討伐した事があるけれど、その時に限界を感じたのか次からショウグンギザミのクエストを受ける事はなくなった。
「こんな村の近くに?」
「だとすると一度帰るか。ゲリョスの痕跡はチラホラ見かけるから、まだ判断しかねるがな」
たまたま小型モンスターと出会わないだけかもしれない。ただ、もしも飛竜が居るなら先輩は村に帰る判断をすると思う。
飛竜は相手にしない。
例え周りの人に笑われても、弟子に失望されても、命に変えてまで飛竜と戦う覚悟は俺にはない──先輩はそう言っていた。
臆病だと笑う人もいる。
だけど私は、芯を持ってそうできる先輩が好きだった。
「……あれは、ゲリョスじゃないですか?」
少し進むと、岩場に倒れているゲリョスの姿が目に入る。湿った地面を蹴って近付くと、ゲリョスは瞳孔を開いたまま横たわっていた。
「……死んでる?」
「おい走るな。……これは」
遅れてきた先輩が目を細める。
ゲリョスは全身を焼かれたような傷を負っていて、身体中が真っ黒になっていた。
まるでガンランスの竜撃砲を何回も受けたかのよう。焦げ臭い匂いが鼻の奥を刺激する。
「他のハンターさん……ですかね?」
「どうだか──待て、ソイツから離れろ!」
私が気になってゲリョスを観察していると、唐突に先輩が声を荒げた。
まさかと思ったその直後、視界がひっくり返る。
目に入るのは動き出したゲリョスの身体。
私は不意を突かれて尻尾か何かに突き飛ばされてしまったのか、地面を転がって岩場に叩き付けられた。
「大丈夫か!」
「大丈夫です……っ!」
頭を押さえながらなんとか立ち上がる。ゲリョスは死んでいた訳ではなく、死んだフリをしていたらしい。
アレだけの傷で生きているのだからモンスターは怖い。
そんなゲリョスは、何処か血走った瞳を先輩に向けていた。まるで何かに怒っているかのような、そんな雰囲気を感じる。
「この野郎……!」
先輩はガンランスを抜いて盾を構えた。ゲリョスはその頭を持ち上げて振り下ろす。
硬い嘴が先輩の盾に三度叩き付けられた。先輩は表情を歪めながらも、その攻撃を全部受け止める。
「先輩!」
「俺が引き付けてる間に演奏を頼む!」
「はい!」
先輩の言葉に、私は狩猟笛を持ち上げた。
音を奏でる狩猟笛。
この旋律には、人の感性を刺激して治癒力や筋力を高める効果がある。
いわば催眠。人の力を最大限に活かす為の旋律が、なだらかに狩場を満たした。
「よっしゃぁ!」
旋律の効果か、信じられない光景だけど先輩は盾でゲリョスを押し返す。仰反るゲリョスの胴体に砲撃を加える姿はどうも頼もしい。
「私も……えーい!」
旋律のおかげでこころなしか軽くなった足で地面を蹴って、ゲリョスに肉薄。
私は今さっきまで綺麗な音色を上げていた狩猟笛をゲリョスの足に叩き付けた。鈍い音が響く。
「──うわぁ!?」
しかし、ゲリョスは怯まずにゴム質で良く伸びる尻尾を振り回して攻撃してきた。私は転がってゲリョスの懐に潜り込むようにして尻尾を避ける。
「よく避けた。しかしタフな奴だな!」
一方でゲリョスの正面に立つ先輩は、私の無事を確認してから砲身を持ち上げて砲撃を放った。ゲリョスの頭を炎が焼く。
焦げ臭い匂いに鼻を摘みながら、私はゲリョスが怯んでいる間に一度離脱した。そうして少し離れてから、狩猟笛を持ち上げる。
再び奏でられる旋律が、私と先輩の息を整えた。
「うお!?」
その間に、ゲリョスは先輩に向けて毒液を吐く。盾でそれを防いだ先輩は、私に向けて親指を立てて「大丈夫だ」とジェスチャーしてくれた。
ならば、私のする事は一つ。
「先輩、落とし穴を使います!」
少し放たれた場所で私は地面に円板状のアイテムを設置した。
数秒後、円板の下で爆発が起きて地面に大穴が開く。それと同時に展開したネットは、絡まると動けば動くほど身動きを封じる特性のネットだ。
落とし穴。一定時間モンスターを拘束出来る、所謂罠である。
「よし、そっちにおびき寄せる!」
先輩はガンランスを一度背負って、泥濘に足を取られないように走った。
背中を見せる先輩をゲリョスが追い掛ける。その先にいる私を通り越すように飛び込んできた先輩に、ゲリョスの嘴が届かんとした次の瞬間。
ゲリョスが踏み込んだ地面が大きく沈み込んで、クモの巣とツタの葉で出来たネットがその身体に絡まった。
パニックになり滅茶苦茶に暴れ回るゲリョスだけど、そうすればそうするほどネットがその身体に纏わりついていく。
「よっこらせぇ!」
そんなゲリョスの頭に、私は狩猟笛を横振りにして何度も叩き付けた。響く振動が手を痺れさせる。
しかし、私の手が動かなくなる前にゲリョスは白目を向いて動かなくなった。
打撃攻撃による脳震盪。
それを待っていたかのように、先輩は私の背後で竜撃砲の引き金を引く。
「よし、こいつで仕留める!」
放たれる青白い光。私は急いでその場から離脱して振り向いた。
気絶して動かなくなったゲリョスを炎が包み込む。これだけのダメージを与えたんだ。流石のゲリョスも──
「──嘘ぉ!?」
そう思った矢先、爆煙の中からゲリョスが飛び出してくる。後先考えずに横に飛んで交わすけれど、ゲリョスはある程度進んでから止まりもせずに踵を返して再び走ってきた。
「やば……っ」
「ぬぉぉぉおおおお!」
起き上がって逃げようにもゲリョスが早過ぎる。無尽蔵なスタミナを持つモンスターに踏み潰されそうになった刹那。
先輩が私の正面に立って盾を構えた。人の何倍もある巨体の突進を、彼はその盾と身体一つで受け止めてみせる。
「せ、先輩!」
「おらぁ!!」
ゲリョスの突進の勢いを殺した直後、突き出されたガンランスの刃が喉を掻き切った。ダメ押しで放たれた砲撃がゲリョスの喉を焼く。
その攻撃で、やっとゲリョスは倒れた。
これは見なくても分かる。死んだフリではない。
「……ふぅ」
同時に先輩も倒れた。汗を拭いながら、彼は「大丈夫か?」と振り向く。
「あ、はい……。先輩、今のは危ないですよ!」
いつも慎重な先輩の行動とは思えない動きに、私はお礼を言う前にそんな事を言ってしまった。
対する先輩は「あー、そうか。そうだな。確かに」と笑って、ゆっくりと立ち上がる。
彼は防具に付いた泥を叩いてから私に手を伸ばした。仕事終わりの先輩の表情はどこか爽やかで、私はやっぱりこの人が好きなんだと再確認してしまう。
「珍しいですね、先輩が無茶するの」
「そうか? しかし……まぁ、タフな奴だったな」
先輩の手を取って立ち上がる私。眼前のゲリョスは私達と戦う前に何かと戦っていたようだけど、一体何と戦っていたのか。
「これはひょっとしなくても──おぉ、コレだ! 遂に手に入れたぞ!」
私が考え事をしていると、早くもゲリョスの解体に取り掛かっていた先輩が嬉しそうな声を上げた。
鶏冠辺りを剥ぎ取っていた先輩は、何かキラキラとした物を持ち上げて大喜びしている。
「これが……昨日言っていたノヴァクリスタルですか?」
「おう、そうだ。やっと手に入った」
そのアイテムは、受付嬢のお姉さんに渡す約束をしていた物だった。もしかして、プロポーズにでも使うのだろうか。
「どうかしたか?」
「あ、いえ……良かったですね! 先輩」
だとしたら、私もそろそろ覚悟を決めないといけないのかもしれない。
「……なんだ?」
ふと風が吹いて、先輩は眉間に皺を寄せる。ノヴァクリスタルをポーチにしまった先輩は、辺りを見渡して鼻をひくつかせた。
「何かいる……」
ハンターをやっていると、その辺りの感覚が鋭くなる。自分が何かに見られてるとか、何か強大な存在が近くにいるとか。
特に狩場ではその感覚が大事だ。もしも意識の外からモンスターに襲われたら、人間なんてちっぽけな生き物は簡単に死んでしまう。
「あれ、ゲリョスですね」
岩陰からゲリョスが飛び出してきたのが見えた。まだ私達には気付いていないようだけど、全速力で暴れるように走っている。
「ゲリョスか……。いや、しかしこのまま続けての狩りはお前もキツいだろ」
「わ、私は大丈夫ですよ。先輩は?」
「俺は正直帰りたいが、何か気になるしな……。一旦休憩してから追いかけ──」
風が吹いた。
先輩の言葉を遮るような風はゲリョスのいる方に流れていく。刹那、火炎がゲリョスを焼いた。
燃える湿地帯。
突然ゲリョスを炎が包み込んだかと思えば、そのゲリョスを上回る巨体が降って来る。
若葉色の甲殻。鋭い棘だらけの尻尾。
口から炎を漏らすその
飛竜。この世界の支配者であるモンスターの中でも最上位に存在する生き物である。
そしてそのモンスターは、飛竜の中でもとても有名な種だった。その名は──
「リオレイアか」
「火竜の雌、ですよね。初めて見ました」
──雌火竜リオレイア。
リオレイアはゲリョスの首を踏み潰し、その息の根を止める。
陸の女王とも呼ばれているリオレイアの脚は、陸を住処にする獣竜種等にも劣らない強靭さを持っていた。
「逃げるぞ!」
「え、でも、こんな村の近くにリオレイアですよ?」
「近いって言ったって俺達の足で二時間かかる場所だ。村人が近付くような場所じゃない。ほっとけば……あっちから村に来る事はそうない」
言い聞かせるように、先輩はそう言う。
「今見付かって村まで着いてこられる方が問題だ。……それに、俺達の勝てる相手じゃない」
目を細めてそう言う先輩は、冷や汗を流しながら私の手を掴んで走った。先輩は一度も振り向かずに手に力を入れながら走る。
ふと振り向いた先では、ゲリョスの命をいとも簡単に奪った雌火竜が咆哮をあげていた。
「リオレイア、ねぇ」
村に戻って直ぐに、酒場で仕事をしていた受付嬢のお姉さんに狩場であった事を話す。
「そういう事だ。緊急クエストをギルドに出さなきゃな」
「戦わないのね。飛竜なんて倒したら大出世よ? それこそ──」
「俺が戦っても良くて肉付きの悪い餌、悪くて地面の染みになるだけだって」
リオレイアに出会った時は少し焦っていた先輩だけど、村に戻ってからはいつも通りの彼に戻っていた。
「あらそう。ま、それがあなたの良い所だけどね」
「そりゃ勿論、村が襲われるようなら地面の染みになる覚悟で時間は稼ぐけどな」
「妙な事言わないの。あなたが生きてるだけで、村にとってはありがたい事なんだから」
先輩の額を突きながらそういうお姉さんは、私の顔を見て「失望した?」と問いかけて来る。
「そんな馬鹿な。……でも、先輩ならリオレイアとも戦えると思うんですけどね」
お姉さんの問い掛けにそう答えると、先輩は「馬鹿を言うな」と目を細めた。
「戦えるのと安全に勝てるのは違う。相手はモンスターだ、一瞬でも気を緩めたら死ぬ。……俺は本当は、ゲリョスだっておっかないと思ってるんだよ」
「それでも先輩は、戦う時は戦います。……守りたいものの為なら」
先輩は悪くいうと臆病です。だけどそれは、大切なものを守るためだ。
彼の隣で微笑む受付嬢のお姉さん。先輩はきっと、彼女を守る為に命を賭ける仕事を選んだんだと思う。
「……まぁ、な」
目を逸らす先輩の顔は少し赤くなってる気がした。
「──ところで、コレ。ついに見つけたんだが」
話を切り替えるように、先輩は今日倒したゲリョスから剥ぎ取ったノヴァクリスタルをポーチから取り出す。
キラキラと光るその鉱石は、私の目から見てもとても綺麗に見えた。
「あら、ノヴァクリスタルじゃない」
お姉さんはソレを受け取ると、嬉しそうに持ち上げてノヴァクリスタルを眺める。
先輩からのプレゼント。唇を噛みたい気持ちになるけれど、首を横に振って耐えた。先輩を応援しないと。
「綺麗ですよね!」
「えぇ、とても。さて、約束通り隣の村で指輪にしてこようかしら」
「指輪ぁ!?」
「あら、聞いてなかったの?」
驚く私に、お姉さんは口を押さえて私から目を逸らす。先輩は「い、言うなよ」と少し気不味い表情をしていた。
いや別に、分かってましたけどね。でも、そんなに早くなんて。指輪なんて。
「──というか、俺の話聞いてたか? リオレイアが村の近くで出てるんだぞ」
「だからこそよ。隣の村に行けば気球の連絡船があるし、ギルドにクエストを出せる。指輪の加工職人も居るし一石二鳥じゃない。大丈夫よ、リオレイアが出た場所とは真逆の方向だもの」
そう言ってお姉さんはポーチにノヴァクリスタルを入れる。言っている事は道理にかなっているけれど、先輩の気持ちも分からなくはなかった。
大切な人が危ない目に遭うのは嫌だから。
だから私も、臆病なくらい慎重な先輩を見てるのは安心する。
「善は急げって言うじゃない。私に任せておけば良いのよ」
片目を瞑ってそう言うお姉さんは、何やら立ち上がって書類整理をし始めた。
あれこれと言いながら身嗜みも整えて、彼女は「よし」と出掛ける準備を整える。
「今すぐ行くのか?」
「善は急げって言ったじゃない」
ふふん、と鼻息を漏らしながらポーチに入ったノヴァクリスタルを取り出して眺める受付嬢のお姉さん。
「綺麗な指輪にしてくるわね」
そう言って彼女は、村の竜車を預かる厩舎に向かって直ぐに村を出て行ってしまった。
「先輩、護衛とか……」
「俺が居なくなったらこの村はどうなる。一人でゲリョス狩れるか?」
私は心配そうな先輩に護衛として着いて行く提案をするけれど、先輩は困った表情でそう返してくる。
「──遅くても二週間で帰ってくるわ」
村を出る前にそう言ったお姉さんの顔が、どこか頭から離れなかった。
それから二週間。
村は変わりなく、私も先輩も変わらず狩場と村を行ったりきたりしている。
この二週間でゲリョスを八頭討伐した。
少しゲリョスが減ってきたな、という先輩の判断でここ数日ゲリョスの討伐はしていない。
私達ハンターの仕事はモンスターの殲滅ではなくて、人々の安全を守る事です。
ゲリョスを絶滅させるのが目的ではない。
それに、もしゲリョスが村の近くから居なくなれば空いた縄張りに他のモンスターが現れて余計に危ない事になるかもしれなかった。
──たとえば、あのリオレイアみたいに。
「結局、あのリオレイアは居なくなりましたね」
「クエストを出すのが早過ぎたか。取り消しだって言ったらあいつは怒るぞぉ」
どこか機嫌良さそうにそう語る先輩。不安材料が消えたのもあるけれど、そろそろお姉さんも帰ってくる頃だからだと思う。
この二週間、お姉さんには悪いけれど先輩と二人きりで居られる時間を堪能してしまった。
負け組のゲリョスな私にはそれくらい許されても良いと思う。
「指輪かぁ……」
「ど、どうした?」
「いえ。なんでもです。……先輩、頑張って下さい!」
「……おう」
きっと先輩はお姉さんにプロポーズをするんだ。目を逸らして顔を赤くする先輩を、私は少し可愛いと思ってしまう。先輩は格好良いし可愛いのだ。
「さて、帰るか。もうあいつも村についてるかもしれないしな」
上機嫌でそう言う先輩に着いて、私も村に向かって歩く。
──だけど、お姉さんはそれから二日経っても帰ってこなかった。
朝方。
村の端で防具を着た先輩が立っている。
「せ、先輩。今日狩場に行く日でしたっけ……。ご、ごめんなさい! 今すぐ着替えてきます!」
寝巻き姿のままそんな先輩に出会ってしまった私がそう言うと、先輩は「違う違う」と首を横に振った。
「落ち着かないんだよな……」
「お姉さん、連絡ないですもんね……。あの、隣村には? 村の近くはゲリョスも少なくなりましたし。……心配ですよね?」
先輩の気持ちを考えると胸が痛くなる。どうしても嫌な予感が拭えなかった。
そして、その予感が当たれば──なんて私は最低な事を考えてしまう。そんな自分が嫌いだ。
「……私、最低です」
「は? なんで──」
「大変だ!!」
先輩の声を遮るように、村人の声が朝の村に響く。私達は反射的に声のする方を見た。
声は村の外から聞こえてくる。
ボロボロになった服を着た人が、村に走って来ながら悲鳴のような声を上げていた。私達はその人の元に駆け寄って、倒れそうになったその身体を支える。
「た、大変だ……助けてくれ!」
そこに居たのは村の厩舎を管理して、竜車の手綱を引く仕事をしている人だった。その人は震える声で、こう続ける。
「竜車がリオレイアに襲われて……。嬢ちゃんが二手に分かれようって、んで……嬢ちゃん自分から大声上げて囮になってくれたんだ……。俺ぁ……情けなく逃げる事しか出来なかった。すまねぇ……すまねぇ……」
「──あのバカ!!」
先輩は舌打ちをしながら立ち上がって声を荒げた。そのまま村の外を睨んで足を一本前に出す。
「せ、先輩! 助けに行くなら私も!」
「……っ」
「先輩?」
だけど、先輩は固まってしまっていた。
リオレイアが怖い。もう間に合わないかもしれない。そもそも自分が行ってなんになるのか。きっと先輩はそんな事を思っているのかもしれない。
「助けに……いかないと」
私は自分の気持ちを振り払って首を横に大きく振る。だけど先輩は、頭を押さえてこう言った。
「──お前は残れ」
「な、なんでですか!?」
先輩の言葉に私は声を上げる。
リオレイアは飛竜だ。この世界の支配者。生態系の頂点。
先輩の力を疑っている訳じゃない。だけど、一人で戦おうなんて無謀過ぎる。
「村にハンターが居なくてどうする!」
「村は今は安全ですよ! 先輩ならそのくらい分かる筈です!」
「リオレイアに勝てる訳ないだろ! お前は残れ!」
「じゃあ先輩とお姉さんが居なくなるのを黙って見てろって言うんですか!」
「これは俺の問題だ!!」
「私だってハンターです!! 村人を──大切な人を守るのが私の仕事です!!」
手を強く握って叫んだ。
自分自身の最低な考えを振り払う。私は先輩の事が好きだ。だけど、村の皆も──お姉さんの事だって好きだからハンターをやっている。それでなきゃこんな命懸けの危ない仕事なんて続けていない。
大切な人に幸せになって欲しい。だから、私はハンターを続けるんだ。
「あぁ……くそ。分かった。ただし、極力戦闘は避ける。無理だと思ったら諦める。絶対に死なない事。俺の命令は絶対だ。分かったな!」
「はい!」
「最速で支度しろ。アイテムを選んでる暇はないぞ!」
「はい!」
大きく返事をして、私は全速力で走って家に戻る。
防具を着て狩猟笛を背負いながら、前の狩りの後のままのポーチを引っ張った。携帯食料を口に放り込みながら家を出る。
私が準備をしている間に村人にある程度の経緯を聞いた先輩に着いて村を出た。
竜車が襲われたのは隣の村との丁度中間付近。私達の足で走っても三時間掛かる場所である。
息を切らしながらも辿り着いたその場所にあったのは、無残に地面の染みになった竜車を引くアプトノスの死骸だった。
「……クソ、これは」
「酷い」
散らばる肉片と血液。この中に人の死体が混じっていたって私達には判別も出来ないだろう。
「お姉さん……」
「大丈夫だ。アイツはそんな簡単に死ぬ玉じゃない」
冷静にそう言った先輩は、血に濡れた地面を触って「半日ってところか……」と言葉を漏らした。
「アイツが生きてるなら隠れられる場所を見付けてそこにいる筈だ。流石のアイツもリオレイアから逃げ切る事は出来ないだろうしな」
「リオレイアはまだお姉さんを追ってると思いますか?」
「追ってる。そうじゃなきゃ、今俺達が襲われてる筈だからな」
先輩の言葉に私は首を傾げる。なんでそんな事が分かるんだろうか。
「なんでって顔してるな。そもそもなんで村の反対側にいた筈のリオレイアがこっちで出たのかって疑問に思わないか?」
「それは確かに……。違う個体ではないですよね?」
「村の反対にいた奴の姿が見えなくなってた、十中八九アイツを襲ったのは俺達が見たリオレイアだ」
近くのリオレイアの痕跡を探りながら、先輩はそう言った。古い足跡を見て、先輩は目を細める。
「多分あのリオレイアは若い個体で、新しい縄張りを探してこの辺りに飛んできた。だけど村の反対側はゲリョスが沢山いて落ち着かない。だから、俺達が見た後直ぐに縄張りを移動したんだ──この辺りにな」
頭を掻きながら「憶測だが」と付け足す先輩。さらに先輩はこう続けた。
「だから、せっかく手に入れた縄張りに侵入した奴を許せないんだろう。もしアイツを始末してたら、今度は新しい侵入者の俺達を襲いに来る筈だ」
「なるほど……。先輩、でもそれってリオレイアを探せば──」
「あぁ、その近くにアイツは隠れてる」
これで私達は何をしたら良いのか分かる。先輩ハンターの知恵はやっぱり頼もしい。
「あとはリオレイアをどう探すかだが、リオレイアの別名は知ってるか?」
「陸の女王、でしたっけ?」
「そうだ。アレは空からより陸での狩りを得意とする。そうなれば──」
「足跡ですね!」
「そうだ。地味だがそれが一番確実な方法だ」
そう言って先輩は古い足跡の痕跡の先を見詰めた。続く足跡の近くには、その足跡の指一本分もない小さな足跡が並んでいる。
「お姉さんの……」
「急ぐぞ」
私達は慎重に、だけど急ぎ足でその足跡を追った。時間にして半日程立っている可能性もある。
だけど、今はお姉さんを信じるしかない。
そして薄々だけど、私達はリオレイアとの戦いを避けられない。そんな気がしていた。
「くそ、足跡が……」
少し進むと、湿地帯では珍しい足場の良い場所に辿り着く。滑らないし足を取られないし戦いやすい地形ではあるけれど、今はそれが憎い。
「先輩、アレ!」
ただ、辺りを見渡すと近くに小さな洞窟の入り口のような穴が見えた。
人が入るには充分な大きさの穴だけど、モンスターから見ればゲリョスすら入れなそうな穴である。
「……絶対アレだ」
先輩は目を細めて辺りを見渡した。その目が見開く。
「伏せろ!」
声と共に、先輩は私を抱いて跳んだ。
刹那、今さっきまで私達が居た場所を爆炎が包み込む。
──咆哮が轟いた。
「──リオレイア」
視界に深緑が映る。一対の翼。ゲリョスすら小さく見える巨体。
飛竜。この世界の生態系の頂点。
「洞窟に走れ!!」
先輩の声に、私は無意識に走った。先輩と一緒に飛び込むように小さな穴に身を投げる。
同時に地面が揺れた。小石が頭から降ってくる。振り向いたらそこに牙があった。
「きゃぁ……っ!」
「大丈夫だ! 大丈夫、大丈夫……!」
悲鳴を上げる私の身体を押さえてそう言ってくれる先輩。
リオレイアは洞窟の入り口に支えてそれ以上動けなくなっている。
しかし、私が胸を撫で下ろした瞬間──その牙を炎が包み込んだ。
「──大丈夫じゃねぇ!! 離れろぉ!!」
洞窟に声が響く。同時に駆け出した私達の背後で爆炎が広がった。
爆風に吹き飛ばされて地面を転がる。あちこちから焦げ臭い匂いがした。
「……っぅ、先輩大丈夫ですか? 先輩?」
全身がひっくり返ったかのような感覚に頭を押さえながら立ち上がる。身体の至る所が痛い。
「……ぐぅ、っあぁ。盾がなかったら死んでた」
遅れて立ち上がる先輩は、ポーチから回復薬を取り出して一気に喉に流し込んだ。私が「大丈夫ですか?」と聞くと、先輩は「この通りな」と笑顔を見せてくれる。ひとまずは安心だ。
「……リオレイアにしてやられたな。この洞窟、出入口は一つか? 戻るなんて勘弁だぞ」
リオレイアの居る入り口を見ながらそう言う先輩。リオレイアはまだ諦めてないのか、その野太い咆哮がまだここまで聞こえてくる。
もしお姉さんがここに逃げ込んだのなら、同じ事を考える筈だ。
だから私達も洞窟の奥を見てみよう。そう考えて進もうとしたその時だった。
「──洞窟の奥は行き止まりよ」
聞こえてくるそんな声。私の声でも、先輩の声でも、ましてやリオレイアの声では絶対にない。
「お姉さん……っ!」
洞窟の奥から歩いてくる影に、私は確認もしないで飛び込んで抱き付く。優しく包容してくれるその手は、やっぱり彼女の手だった。
「よ」
「来なくても良いのに──って、流石に酷い話かしら」
受付嬢のお姉さんは私の頭を撫でながら先輩にそんな言葉を漏らす。元気そうで何よりだけど、やっぱり少しだけその声は震えてる気がした。
「後輩ちゃん、来てくれてありがとう。お姉さん嬉しいわ」
「は、ハンターですから。当然です! 怪我はありませんか?」
「この通りピンピンよ」
暗がりに目も慣れてきて、お姉さんの全身を眺める。服は少し汚れているけれど、確かに大きな怪我は無さそうだ。
「俺も来たんだけど?」
「ありがと。あ、指輪。取りにきたんでしょ?」
「アホいうな。今そんな事言ってる場合か」
先輩は目を細めて口を尖らせる。二人がまた会えて良かったけれど、危機的状況を打破した訳ではない。
ここからどう生きて帰るか。それが問題だ。
「──で、洞窟の奥は行き止まりと」
「えぇ、多分昔の人が採掘に使ってた場所ね。ピッケルで頑張って掘り進めてみる?」
「最高の提案だな。だが掘る前に此処に俺達の墓を立てよう」
「そもそもピッケルがありませんよ!」
夫婦漫才してる場合じゃない、とはツッコミを入れないでおく。私が悔しいから。
「真面目に考えるなら──助けを待つ、それか俺達でリオレイアを倒す、か」
リオレイアからは逃げ切れない。それを前提に考えると、答えは絞られた。
そして、助けを待つにしろ討伐するにしろ判断は早くないといけない。それこそ、助けを待って消耗してしまったらリオレイアを倒そうにも倒せないから。
──ただ、前提を覆すならやりようはある。
「──私が囮になって、その間に二人が逃げる……とか」
「バカかお前!」
私の提案に、先輩は声を荒げて私の肩を掴んだ。想像してなかった反応に私は驚く。
「で、でも! 先輩とお姉さんは……その──」
「此処にくる時に言った筈だ。俺の命令は絶対! 囮をやるなら盾を持ってる俺だ。だけど俺は死にたくないからやらん! 誰かが犠牲になる提案は却下だ」
強くそう言う先輩に、私は何も言い返せなかった。
リオレイアを倒すしかない。
少しの沈黙の後、誰かがそう言う。もしかしたら、三人で同時に言ったのかもしれない。
「助けは当てにならないでしょうね。食料も殆どないし、戦えないし助けに来てもらった私に発言権はないかもしれないけど……もし三人生きて帰る方法があるとすれば、それしかないと思うわ」
「私も賛成です。リオレイアだってモンスターですから。叩けば倒せます! ちょっと怖いけど」
私達の言葉を聞いた先輩は少しだけ考えた後、頭を掻いてゆっくりと言葉を漏らした。
「……正直、自信はない。二人でリオレイアを止めてる間に助けを呼んで貰うって手も考えたが……リオレイアを引き付け続ける自信もない。守れる自信もない。だから、お前は洞窟に残ってもらう。もし俺達が死んだら、お前も洞窟で死んでくれ」
「分かったわ」
即答するお姉さん。これが信頼なんだなって、そう思う。
「いいか、短期決戦で決める。罠とアイテムは?」
「落とし穴が一個あります。アイテムは……回復薬と、携帯食料だけです」
「落とし穴が鍵だな……。後は俺の竜撃砲。お前のスタンも当てにしたいが、リオレイアに近付くのは極力避けろ。お前は援護と闇討ちだけしてればいい」
「先輩一人で戦うつもりですか!?」
「お前の演奏を当てにしてるんだよ」
私の肩を叩く先輩は、ガンランスに砥石を当ててから深呼吸をした。
飛竜の討伐。大きくてもゲリョスしか倒した事のない私達にとって、それは途方もない挑戦である。
人もアイテムも何もかもたりない。だけど、やるしかないんだ。
「リオレイアの弱点は頭よ。それと、尻尾の棘にある毒に気を付けて。……ごめんなさい、こんな事しか私には出来ないわ」
「それだけで充分だ。指輪、持ってるよな?」
「えぇ」
先輩の言葉を聞いたお姉さんは、ポーチから加工したノヴァクリスタルの指輪を取り出して頷く。とても綺麗な指輪だった。
「失くすなよ。これが終わったら渡すんだからな」
「分かってるわよ」
先輩達の為にも頑張らないと。無意識に手を強く握る。
「お前の演奏を聞いたら飛び出す。これが最後にならないように、頑張るぞ!」
「はい、この後も……明日も明後日も──ずっと先輩に演奏を聴かせますよ!」
「頼もしい後輩だ。……行くぞ!」
「……行ってらっしゃい」
先輩の合図と共に、狩猟笛を高く振り上げた。旋律が洞窟に響く。身体が軽くなった気がした。
「来るぞ!」
洞窟を出ると、待ち構えていたリオレイアが咆哮を上げる。鼓膜が破れるような音量よりも、その迫力に気圧されて私は唇を噛んだ。
ゲリョスなんかとは格が違う。その体格も、力も。私達なんかが相手をして良いモンスターじゃない。
──だけど、やるしかない。
「──ブレスか!」
リオレイアは咆哮の後、口を大きく開いて炎を漏らした。洞窟に逃げ込んだ私達に向けたのと同じ攻撃。狙いは先輩。
放たれた火炎。火の玉が先輩の盾に直撃して爆炎を上げる。先輩はその威力を抑え切れず、吹っ飛んで地面を転がった。
「先輩……っ!」
「構うな!」
すぐさま起き上がる先輩だけど、無傷という訳にはいかない。ゲリョスのブレスとは訳が違う。
でも、ゲリョスの突進を耐え切る先輩が止められなかったのは少しだけ気になった。
「こっちに来る……」
続いてリオレイアは私に向けて突進してくる。リオレイアは陸の女王。突進速度もゲリョスとは桁違いだ。
離れていた距離が一瞬で死ぬ。私はタイミングを見計らって、リオレイアの足の間に潜り込むように転がって突進を退けた。
「ふぅ……!」
「よく避けた、その感覚を忘れるな! 次が来るぞ!」
リオレイアは突進の速度を落とす事なく、踵を返して身体をひっくり返す。陸の女王と呼ばれる程に強い足腰が可能にする動きだ。
ゲリョスの時みたいに飛び込むように避けていたら、今度こそ踏み潰されていたかもしれない。
もう一度同じ動きで攻撃を避ける。
突進を外したリオレイアは痺れを切らして、私に向けてブレスを放った。それこそ横に跳んで裂けるしかない。
だけど、そのブレスの隙に先輩がガンランスの刃をリオレイアの足に叩き付ける。続いて放たれた砲撃が、リオレイアの甲殻を焼いた。
悲鳴を上げるリオレイア。ダメージが通っている事に私は胸を撫で下ろす。
大丈夫。勝てない訳じゃない。
私が起き上がると、リオレイアは懐に潜り込んだ先輩を突き飛ばそうと体を回転させて尻尾を薙ぎ払っていた。
それを盾で受け止める先輩に、リオレイアはその牙を向ける。
「尻尾の毒が危ないんだったよね……」
その間に今度は私がリオレイアに肉薄した。背後から近付いた私は、狩猟笛をリオレイアの足に叩き付ける。
ガンランスの攻撃も効いていたのか、リオレイアは私の攻撃で地面に倒れ込んだ。
起き上がろうともがくリオレイアの頭に狩猟笛を叩き付ける。先輩は翼に砲撃を二発叩き込んで、その翼膜に穴を開けた。
「離れて落とし穴を!」
「は、はい! 先輩!」
リオレイアは直ぐに起き上がる。私が距離を取ると、先輩は大きく武器を振ってリオレイアの意識を逸らしてくれた。
「先輩、落とし穴設置します!」
離れた所で円盤状のアイテムを地面に叩きつけるように置く。落とし穴が作動して、地面に大きな穴を開けると同時にネットが展開した。
「くそ……!」
だけど、その間に先輩は振り回された尻尾に盾を弾かれて地面を転がる。私が悲鳴を上げる前に、先輩はなんとか盾を拾って地面を蹴った。追いかけてくるリオレイア。
どこかおかしい。いくら相手がリオレイアでも、攻撃を耐え切れない事が多過ぎる。
「先輩、もしかして怪我して──」
思い出すのは洞窟に逃げ込んだ直後の事だった。リオレイアのブレスをなんとか回避出来たものだと思っていたけど、あの時本当は先輩が盾で守ってくれていたとしたら?
その直ぐ後に先輩が回復薬を飲んでいた事を思い出す。よく考えたら、あの距離でブレスを受けて無事でいられる訳がないんだ。
「んな事は良いんだ、離れろ!」
走ってきた先輩が声を荒げる。盾を持つ手は洞窟では暗くて見え辛かったけれど、まるで墨のように防具ごと真っ黒になっていた。
「先輩……!」
「来るぞ!」
刹那、先輩を追いかけてきたリオレイアが踏んだ地面が陥没する。ネットがリオレイアの身体に絡まってその動きを封じ込めた。
「これで……終わりにしてやる!!」
先輩が竜撃砲の引き金を引く。青白い光が砲身から漏れた。熱を感じる。リオレイアのブレスにも負けない炎が──飛竜の身体を包み込んだ。
轟音。爆炎がリオレイアを包み込む。
音が消えた。嘘みたいに静かになった狩場で、空に向かう黒煙に先輩と顔を見合わせる。
「……倒した?」
「先輩、やりました! 私達──」
喜んで、調子に乗って抱き合おうとしたのも束の間。爆煙の中から地面を踏む音がする。
「──嘘」
その中に映る影が翼を広げて砂埃を吹き飛ばした。
無傷という訳ではない。だけど、リオレイアは平然と立ち上がる。
そして、その瞳でしっかりと私達を睨みながら口から炎を漏らしていた。
これが飛竜。生態系の頂点。
勝てない。
「……っ、うぁぁあああ!!」
狩猟笛を持ち上げて地面を蹴る。そんな訳がない。もう少しだ。もう少しで倒せる筈なんだ。二週間前のゲリョスの時みたいに。
このリオレイアを倒して、先輩とお姉さんは結婚して、私は──
「馬鹿! 辞めろ!!」
「──ぇ」
声が途切れる。
視界も、音も、感覚も。
目の前にいた筈のリオレイアが姿勢を低くしたと思ったら、その姿が見えなくなった。
代わりに身体が浮いている感覚がして、視界には空が見える。妙に曇った空だった。
続いて鈍痛。それでやっと、身体が突き飛ばされたのが分かる。
「──っ!!」
先輩の叫び声が聞こえた。だけど、なんて言っているのかすら分からない。
離れていく意識を繋ぎ止めたのは、腹部の激痛。
視線を向ける。沢山血が出ていた。痛い。それに、何か刺さっている。
「……棘」
何かの棘が私のお腹に刺さっていた。リオレイアの棘。
「──リオレイアの弱点は頭よ。それと、尻尾の棘にある毒に気を付けて」
思い出したと同時に、口から血を吐き出す。
「私……」
死ぬんだ。それだけ分かる。目を瞑った。痛い。苦しい。息が出来ない。涙が出てくる。どうしようもない。
でも、これで良いのかもしれない。
どうせ私は先輩と一緒にはなれないんだ。生きていたって、先輩とお姉さんが一緒になるのを見て辛くなるだけだろう。
これで良かった。これで良かったんだよ。
「──っ!!」
声が聞こえる。
本当に良かったの?
これで良かった? 何が良いの? そんなの私の問題でしょう?
先輩はまだリオレイアと戦ってるんだ。私が死んだからって、この狩りが終わる訳じゃない。
先輩。先輩……先輩! 先輩!!
「──うぉぉぉぉおおおおお!!」
──声が聞こえる。目を開いた。
傍には回復薬が置いてある。口の中で変な味がした。
毒は治ってない。お腹に刺さってる棘を引き抜く。物凄く痛かった。
目の前に先輩が居る。盾を構えていた。
爆炎が盾を燃やす。リオレイアのブレスを先輩が受け止めていた。
「──先輩」
「よぅ、生きてるか。生きてるな! よし、生きてるな!」
掠れたような声を先輩が漏らす。ブレスを受け止めて、喉を焼かれているのかもしれない。
「先輩……!」
先輩はボロボロだった。
私が倒れている間、ずっと私を守ってくれていたんだと思う。
防具は焼き切れてズタボロだ。身体も真っ黒で火傷だらけ。立っているのが信じられない。
「大丈夫だ。俺が守る」
「なんで……先輩! 先輩は……私なんか守ってる場合じゃないんですよ! 本当は、本当はお姉さんと一緒に逃げなきゃ行けなかったんです! 私なんて放っておいて、二人で幸せになって欲しかった!! 先輩はお姉さんの事が好きなんでしょ!?」
私達は助からない。もし、もしも私が囮になって二人が逃げてくれていたら──二人だけでも幸せになれたのに。
「……何言ってんだ、お前」
「──ぇ」
ブレスが地面と先輩の盾を焼く。先輩はなんとか受け止めたけれど、盾を構えたまま膝を落とした。
「ぇ、だって──」
「俺が好きなのは……お前だぞ」
「──ぇ」
身体が熱くなった気がする。毒のせいじゃない。ただ、意味が良く分からなかった。
「お前の事がどうしようもなく好きだから、こんな事してんじゃねーか」
「だって……先輩、お姉さんに指輪」
「……っぅ!」
ブレスは止まない。先輩は無理矢理立ち上がって盾を構える。
「お前に渡す為に! アイツに指輪を作ってきてくれって! 頼んだんだよ!」
痺れを切らしたリオレイアが突進してきた。巨大が近付いてくる。今度こそ終わりだ。
だけど先輩は、少し前に進みながら盾を前に突き出す。人の声とは思えないような咆哮を上げながら、先輩はリオレイアの突進を止めてみせた。
「──先輩!!」
聞いた事もない音がする。多分、骨が折れる音だ。先輩は激痛に声を上げながらも、リオレイアの身体を押し返す。私を守る為に。
無茶だ。そんなの、先輩が死んでしまう。
辞めて。辞めてよ先輩。本当に死んじゃうよ。
臆病で良い。慎重で良い。そんな先輩が大好きなんだ。お願いだから、死なないで。
「先輩!!」
「──聞かせてくれ」
掠れた声が漏れる。
「演奏を、聞かせてくれ……。ずっと、聞かせてくれるんだろ? ずっと……ずっとさ──」
「──はい!」
反射的に立ち上がった。
身体が重い。息が苦しい。だけど、先輩はもっと辛い。
狩猟笛を持ち上げて旋律を奏でる。少しだけ身体が軽くなった気がした。だけど、私はその場に崩れ落ちる。
「すぅ──」
リオレイアの牙を盾で受け止めてから、先輩は一度目を閉じて大きく息を吸い込んだ。
「──このリオレイアを倒したら、結婚しよう」
「──先輩……。はい!!」
私は先輩の事が好きです。
「約束だからな!! これからもずっと、お前の演奏を聞かせろ!!」
狩りの時の真剣な表情は頼り甲斐があって、命を張る仕事なのにその顔に見惚れてしまった。
男の人の大きな手。全身ボロボロになっているのに、彼は真っ直ぐに立ってガンランスを構える。
「喰らえ緑野郎ぉぉおお!!」
竜撃砲の引き金を引く先輩。冷却は完全に終わっている訳ではなかった。もしかしたら無茶な使い方をするせいで武器が壊れてしまうかもしれない。
これで倒せなかったら、私達は次こそ本当に死ぬ。
「いっけぇ!! 先輩!!」
だけど、どこかで大丈夫な気がした。だって、先輩は私の憧れのハンターだから。
「いけぇぇえええ!!!」
牙を盾で弾く。先輩はその開いた口にガンランスの砲身を突き上げた。青白い光が漏れる。リオレイアの口の奥からも炎が漏れた。
刹那。
轟音。爆炎。
炎が先輩とリオレイアを包み込む。悲鳴にもならない声が漏れた。
「先輩……そんな」
焦げ臭い匂い。黒煙が視界を包み込む。
リオレイアのブレスが先に先輩を焼いたのか。この焦げた肉の匂いは先輩の匂いなのだろうか。
吐き気がした。崩れ落ちる。涙が漏れた。
「先輩……っ」
黒煙の中で影が動く。大きな翼が開いた。
「嫌──」
何もかも諦めかけたその時──
「──約束だからな。結婚だ」
──先輩の声が聞こえる。
大きな翼が、ゆっくりと地面に横たわった。
その翼が爆煙を吹き飛ばす。リオレイアはそこに倒れていた。先輩はその場で崩れ落ちて、親指を立てる。
「──先輩!!」
脇目も振らず先輩に抱き付いた。先輩は怪我が痛かったのか聞いた事もない凄い悲鳴を上げる。
「ご、ごめんなさい!」
「……お、おぅ。大丈夫だ」
手を上げてそう言う先輩は「それより──」とリオレイアの瞳孔を覗き込んだ。
「死んでるよな」
「はい。……私達、勝ったんですよ!」
「あぁ……勝ったな」
正直自分でも信じられない。だけど、私達は現に今生きている。
生きて先輩と一緒に居るんだ。
「お疲れ様」
洞窟から出て来たお姉さんに抱擁して貰って、安心したのか私達はそのまま眠ってしまったらしい。
その後の事は、本当にお姉さんに苦労を掛けたと思う。
あとお姉さん、蜘蛛女とか思っててごめんなさい。
◇
リオレイアとの戦いから三ヶ月が過ぎた。
大怪我を負っていた先輩の傷も殆ど治り、私達は普段の生活を取り戻しつつある。
リオレイア討伐の連絡を受けて、先輩は上位ハンターとして街に誘われたけれど──彼はその誘いを断った。
「先輩、今日もゲリョスですか?」
「あぁ、また最近増えて来たからな。面倒だが忙しくなるぞ」
先輩は相変わらずゲリョススレイヤーを続けている。そんな彼の隣で、私も相変わらずだ。
「せっかくリオレイアを倒したってのに、向上心のない男ね」
酒場のカウンターでお姉さんは頬杖を付きながらそう言う。先輩は「二度とごめんだわ」と苦虫を噛んだような表情で吐き捨てた。正直私もごめんだ。
「でもまぁ、少しは前に進めたようね」
私達を眺めながら、お姉さんは嬉しそうに頬を緩める。だけど続いて、そのまま口角を吊り上げて「ふふっ」と笑った。
「しかし、未だに思い出すと笑えるわ。後輩ちゃん、コイツが私の事を好きだったとか勘違いしてたんだものね」
「それを言わないでください! だって、先輩お姉さんと話す時顔赤くしてましたもん!」
「アレはコイツの気持ちを私が知ってるからよ。あっはは、今思い出しても面白いわ」
この蜘蛛女め!
「……そ、そろそろ行くぞ」
先輩も恥ずかしかったのか、ガンランスを背に席を立ち上がる。私はそれに続いて、狩猟笛を持ち上げた。
笛が揺れて小さな音が鳴る。
「行ってらっしゃい」
「おう」
「行ってきます」
村を出た。
そこから歩いて二時間、私達のいつもの狩場。
歩きながら左手を眺める。ノヴァクリスタルを加工した綺麗な指輪が光っていた。
「よし、見付けたぞ。演奏を頼む」
「はい、先輩!」
ハンターの仕事は命懸け。
だからこそ、戦う時に背中を預ける先輩の事をとても気にしてしまう。
村の外からハンター志願で村付きのハンターになって数年。
先輩は元々村のハンターで、右も左も分かっていない私を導いてくれた。
とにかく安全に、がモットーの先輩。
私が無理をしたらとても怒るし、私が怪我をしたら凄く心配してくれる。
とても頼りになるハンターの先輩。そんな彼に恋をして。色々な事があって、一緒になる事が出来ました。
「行きましょう! 先輩!」
「行くぞ!」
「はい。……先輩」
「ん?」
「大好きです!」
「おう」
私は先輩の事が好きです。大好きです。