ほむほむに転生したから魔法少女になるのかと思いきや勇者である   作:I-ZAKKU

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第八十四話 「人間」


 嗜虐の擬人化みたいな女は消え、何も無い暗闇に意識が戻る。その直後に伝わる感触を経て、あの悪夢はひとまずは終わった事を悟った。

 

(………温かい)

 

 最悪の悪夢から呼び覚ましてくれたのは、またしてもあの温もりだった。大きくなくてもじわじわと、胸の奥底から満たそうとしてくれる、心地良い温もりを持った……彼女の手だ。

 

(………まどか……)

 

 そんな小さな手が頬に当てられている。気分は、あまり良くない……未だに車酔いのような、頭の中がぐらぐらと揺れているような感じがして気持ち悪い……だから目を閉じたまま、その温もりに縋るのを辞められなかった。

 

(……そんな感傷に……浸っていいわけが……)

 

 分かってはいても、振りほどけない。そんな弱い自分が嫌になってくる。

 手はそのまま首筋へ。生気のないこの身体には、手から伝わる些細な温もりが妙に心地良くて、払う気も起きない。けれど……

 

「生きている……のに……」

 

 脈を確かめるよう首筋に置かれた手と、漏れたその一言が何を意味しているのか、すぐに察した。気づかれてしまった……いや、心臓が動いていないこと、体温が無いこと、既に知っていたのだろう。別に隠す意味は無いとはいえ、その声に宿った苦しげな想いを感じて少し気持ちが揺らいでしまう。

 

 やめて。同情なんて、そんなものは無意味なのよ。

 

「………こんなの……辛いよ……」

 

 言葉通りの念が彼女を蝕んでいる。私が押し込んだ痛みを彼女は勝手に引っ張り出して、それを自分の内側にも取り込むなんて馬鹿な行いをする。

 

 やめて。あなたが私の傷で自分も傷つくなんて、そんなのはあっていいわけが無い。

 これは私の傷。あなたには一切関係ない、私だけが背負うべき業。あなたまでもが背負いこもうとする物なんかじゃない。

 

 あなたまでもが……そんな馬鹿なことを平然とやってのけてしまう、勇者部(みんな)と重なるなんて、絶対に認めていいわけが無い。

 

 

「…………悲しいよ……」

「………あなたがそれを感じる必要は……無いわ」

 

 ……ようやく、その一言だけを口に出すことができた。

 途端、弾かれたようにパッと手を離して後退る音がした。大袈裟……でもなんでもない。私に対する反応ならそれでこそ正解と言える。そのまま恐る恐るといった様子で声をかけられるも、私は目を閉じたままそれらを受けるしかなかった。居心地は、最悪ではあるけれど……。

 

「あ、暁美さん……大丈夫…なの……?」

「………」

「あのぉ、休んでても、いいんだよ……? いやむしろ休んでないと……」

「……寝ようとすると嫌な奴が出てくるから、そんな気分にはなれないわ」

「嫌な……奴?」

 

 前の時とは違っていて、今回ははっきりと覚えているあの悪夢。バケモノと化した、堕ちた勇者。

 眠りにつく度にアイツが現れるとは考えたくないけど、あんな奴が出てきてまたすぐに眠ろうとする気なんて湧き上がるはずもなく。

 

 上体を起こして、そのまま閉じたままだった両目を開く。少し異物感というか、眼球に直接水を当てた後のような違和感がある。

 それでも恐らく視力に影響は無さそうだ……相変わらず色覚を失い見える色は白と黒の2つだけだけど、その2つの色で目の前の鹿目まどかの姿形を捉えることができている。

 

 できて………?

 

「………あなた」

「っ!? ……な、なに……かな……?」

「………気のせい……かしら……瞳の色、変わってない?」

 

 違和感。さっき意識を失う前と比べて、それがあるように思えた。

 彼女の瞳の色が、何だかさっきよりも暗いように感じて……いや、どうだったかしら……。彼女の目なんて、色覚を失って以来ちゃんと見ていなかったし、頭が重くて記憶を探る事が上手くいかない。ハッキリと思い返せない……

 

「えっ………えと、う、うん……暁美さんの目の色、赤くなって……」

「………私じゃなくて……いや、いい……気のせいだわ……」

「へ……?」

 

 ……まぁ、瞳の色が変わるなんてそんな変な事……向こうだって何も感じていないどころか、私の事だって間違えるくらいだもの。私の目の色が赤くなってるって……この違和感からして、要は充血ってことでしょう。気にする必要はないわね……。

 

 ……それよりも、思ったよりもダメージが大きい……。上体を起こせたけれども、そのまま立ち上がって歩く事は、足に力が入らず出来そうにない。気持ち悪さや眩暈だって、前世にも及ぶ大昔に流行病で高熱を出した時並みに酷い……。これが抜け切るのはあと何時間後になることか……。

 

「………」

「あ、暁美さん、やっぱり苦しそうだよ……?」

「…………」

 

 眠って休もうともしない、無言を貫く私に対して鹿目まどかは相も変わらない。もはや彼女には、不干渉の約束のことなんて忘れていなくとも想いを前に風化し切っている。

 

 私と彼女達は、違う時間を歩んでいる存在に他ならない。交わる事なんて意味は無い。寧ろ非力な存在の向こうの存在がでしゃばれば、こっちの道を邪魔するだけで、私がそれを排斥すれば逆もまた然り。

 

「……じゃ、じゃあわたし、部屋から出ていった方がいい……かな……? 邪魔だよね……? あまり無理しないで……」

「待ちなさい」

「へっ!?」

「……………」

 

 ビクビクしながらドアノブを回した彼女を、思わず呼び止めてしまった……。鹿目まどかはドアノブから手を離して、不安そうにこちらを見てくる。

 

(…………完全に、反射的に声をかけてしまった………なぜ…?)

 

 鹿目まどか……不干渉を破ったあなたの存在は私にとって、不快そのものでしか無かった。自らの命を軽視した彼女は愚かで、腹立たしくて、無力で、後先考えず…………真っ直ぐな芯を、優しさを突きつけられた。

 

 …………不快でしか、ないはずだ……彼女なんか。こんな連中に助けられる謂れはないはず。約束の反故の理由にもならない。

 

「…………」

「………うぅ……こ、怖い……誰かぁ……」

 

 だから、この胸の中にちっぽけな物だとして、こんな気持ちが芽生えるのも……おかしい………。こんなものがあって良いわけが……認めてしまって良いわけが……ない。

 

「……鹿目

ぅー……ぅー……!!

 

 ……ふと、部屋の外から聞こえた、小さなぐずり声。そして

 

キィ…

 

 唐突に小さな物音が聞こえた。視線の先にあるのは、さっき鹿目まどかがドアノブを回して半開きになった扉ぐらい。鹿目まどかも首を傾けそちらを見やって……顔色を変えた。

 

「あっ……!」

 

 元々彼女の表情は暗く、不安に飲み込まれかけていた。それがこの瞬間で一気に青ざめて、明確な恐怖と怯えが表に現れる。

 

 おそらくだけど、鹿目まどかが私を助けようとした事、約束を破った事……これらの事について、彼女は後々の事を何一つとして考えていないだろう。だからもしもで簡単に訪れる最悪な出来事なんて、これっぽっちも考えてなんかいなかったに違いなく、それが今になってようやく思い付いたのだろう。

 

 彼女にとって大切な家族に、危害が及ぶ可能性とか……

 

「ね……ねーちゃ……!」

「………!」

 

 ……そりゃあ、この子だって居てもおかしくはないのか。

 部屋の中に顔を覗かせたのは、3、4才ぐらいの幼い男の子。物語であれば私も知っている、鹿目まどかの弟、鹿目タツヤもまた、この世界に存在していたのであった。

 

 この小さな子供は、顔をぐちゃぐちゃにして泣いていた。両目に大きな涙を浮かべていた。それは絶え間なく溢れ、泣き腫らした痕がくっきりと現れている。ヒックヒックと嗚咽を零し、次の瞬間……

 

「う………うぁああぁ~~っ!!!」

「……!!」

 

 小さな力でも精一杯の力で半開きだった扉を開き、勢いそのままにベッドの上の私の方に走ってきた。

 

「あっ、た、タツヤ待って! 違うの…!」

 

 鹿目まどかが慌てて声を上げた。止めようと咄嗟に手を伸ばすも、がむしゃらに突き進んだ彼を掴むことはできないまま、空を掴んでしまう。

 

 姉を無視し、彼は私にしがみついた。

 

「ねーちゃ…ねーちゃぁ…!! ぶぁぁぁああっ!!」

「………」

 

 ………これは……

 

 幼子の悲痛な泣き声が、ただひたすらに響く。怖くて怖くて仕方がなく、どうしたらいいのか何も分からないと、そんな想いが溢れだして止まらないと、不安一色の感情だけが部屋中に満ちていく。

 

「ああぁぁ…! うわぁぁあん!!!」

「お、お願い暁美さん!!! この子は、弟は、ただ……!!」

 

 そこに投げ入れられる鹿目まどかの声もまた、脅えて震えている。彼女の方を見るまでもなく、その表情がどのようになっているのかも容易くわかってしまうほど……。

 

 ……ええ、わざわざまどかの方を見る必要はなかった。それよりも私にしがみついているこの子……ほかの何も見れず、姉の声すら聞こえなくなっているこの子だ。

 

「や…だぁあ~…!! ねぇちゃあぁぁあ…!!」

「…………」

 

 無視できない。この子の反応は……見てしまったのかしら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 たぶんタツヤは、暁美さんが血まみれで倒れていたのを、1度見ていたのかもしれない。でも幼いタツヤは彼女の事を大好きなお姉ちゃん……ほむらちゃんだと思い込むしかなかったはず……。ほむらちゃんと暁美さんは、血が繋がっているんじゃないかってぐらい似ているから……それで怖くて、どうしようもなくなって、そして今、ここまで来てしまった……。

 

 止めようとしたけどタツヤは暁美さんに強く縋りついてしまって、わたしの声はまったく届かない……。

 

 タツヤの泣き声だけが部屋中に響く中、暁美さんはそんなタツヤを、ただ黙って見ているだけで……でもわたしには、その瞳が何を映しているのかは、まったくわからなくて、彼女が何を感じているのか、何が起こってしまうのか、怖くてまるで読めなくて……

 

 それでもと、タツヤを庇わなくちゃと動き出す直前だった。暁美さんが口を開いたのは……

 

「……まどか。ひょっとしなくてもこの子は、倒れてしまった私を見てしまったから、不安で泣いているのよね?」

「………え?」

 

 

 暁美さんはゆっくりと、その左手で

 

 

「………ごめんね、タっくん」

 

 

 とても、優しくて、穏やかな、温かい表情と口調で

 

 

「………は? ……暁美……さん……?」

「……びっくりさせちゃったよね? 私は……ううん、あなたのお姉ちゃんなら、大丈夫だよ……」

「ひっ、ひぐっ…ねーちゃ……! ねーちゃぁ……!」

「よしよし……だいじょうぶ。だいじょうぶだよ……」

 

 

 そっと、ゆっくりと、泣きじゃくって震えるタツヤの頭を撫でて、慰めてくれた……。

 

 ……わたしの知っている暁美さんなら、考えられなくなってしまった行動だった。泣きじゃくるタツヤを煩いと一蹴するものとばかり、最悪な事態だって浮かびすらしたのに、こんな……

 

「……………ほむ…ら……ちゃん…?」

 

 まるで本当のお姉ちゃんと、同じように……。

 

 固まってしまうわたしに視線が向けられる。慈愛を宿した優しい表情……なんかじゃなくて、呆れることすらどうでもいいといった感じの冷めた視線が。

 

「こんな無垢な幼い子供まで殺そうなんて思うわけがないでしょ」

「えっ!? あのっ……」

「……あなた達にそう思われても当然の事をしたって自覚くらいあるわよ」

「…………」

 

 わたしに向ける顔とタツヤに向ける顔が全然違う……。どこか残念な、腑に落ちない気分が妙に強く感じてしまう……。ただでさえとても美人さんな顔なのに、あんなに優しい顔をするなんて……というか、できるんだ……?

 

「ねーちゃ…ひっく…! いたい……? けが、いたい……?」

「いたくないよ。タッくんはやさしいねぇ。いい子だ、いい子」

「ふぐっ…うっ…うぅ~」

「ふふ。ほら、泣きやんでくれると、お姉ちゃんうれしいなぁって」

 

 作り物じゃない、泣きじゃくる子供を本心から慈しんで慰めようと思わないと、あんなに温もりのある、誰もが思わず見惚れてしまいそうな微笑みなんてできないと思う。それができるってことは、もしかして暁美さん……

 

「…………暁美さんって、子供好き…?」

「…………」

「なんか、子供のあやし方が手馴れてるなー……なんて……はは……」

 

 言ってみた……思わず、我慢できず、言っちゃった。

 

 …………冷たいっ!! 暁美さんからのグサグサ刺してくる視線が冷たいよぅ!!

 

「………ハァ、否定はしないであげる」

 

 ため息こそあったけど、冷たかった視線はそのままなりを潜めて、再びタツヤの頭を優しく撫でる。泣きじゃくって止まらなかった嗚咽はみるみるうちに小さく、あの子が抱えていた恐怖や不安はいとも簡単に解されていった。

 

 本当に、子供のあやし方に慣れている手つきと表情、口調。否定はしないなんて素直じゃない言い方をしながらも、その強がりは彼女の本当の心をまったく隠せていなくて……

 

「そっか。そうなんだ……」

 

 自然と、笑みがこぼれた。

 

「んん……あぅ……」

「泣き疲れちゃった? ゆっくりお休み……ね」

「あぃ…………ねぇちゃ……だいすき……」

 

 少しずつ小さくなっていった嗚咽の最後は、穏やかな寝息へと変わって、暁美さんに寄りかかるように眠ってしまう。そんなタツヤへ暁美さんは慈しむ微笑みを浮かべて、それですぐにいつもの不機嫌そうな膨れっ面をわたしに向けてくる。

 

「ほら、あなたの弟でしょ。ちゃんとあなたが責任持って面倒見てなさい」

「あ、え、えへへ……あ、ありがとう……暁美さん……」

「……笑ってるんじゃないわよ……」

 

 ものすごくピリピリしているけど、さっきまであった怖さはあまり感じられなくって。暁美さんの側に近づいて、眠っちゃったタツヤを抱っこして引き離した。

 

「ふふふ。タツヤってば、すっかり安心しちゃってる。あんなに泣いていたのに、暁美さんってすごいね……」

「……別に。子供の世話は慣れてるってだけ」

「やっぱり! そうなんだ! ってことはもしかして暁美さんにも弟とか」

「うるさい」

 

 ひぃっ!? ギロッと睨まれて、それ以上余計な事は言うなと目で語られる。

 今の笑みが嘘のように思える冷たすぎる眼光で、思い出す。子供相手じゃなくても、彼女は平気で他人を傷つけた人だったと………

 

「えと……その………そう、だよね……。あの……約束を破って…ごめんなさい……」

 

 今更すぎる……。わたしは今日何回、繰り返し彼女との命が掛かった決まり事を無視してしまったんだろう……。

 タツヤは大丈夫でも、わたしは決してそうじゃない。謝ったところで許してもらえるなんて甘い希望は……どうだろうか?

 

 またしても彼女の事が怖くなって足が震える。彼女の冷たい目から、どうしても視線が外れてしまう……。

 

「……………ああもう……ったく」

 

 思わず彼女の目に視線が戻った。

 

「あなたが言ったんでしょ」

「………え……?」

 

 そこにさっきまであった冷たさが、僅かに温もりを宿した気がして……。

 

「私と関わらないと約束した全員というのは、その時その場に居合わせた乃木若葉、上里ひなた、白鳥歌野の3人の事。それ以外の連中は関係ないって」

「…………? ……い…ったっけ……?」

あ"ぁ"ん"!?

「うひぃいっ!!?」

 

 わ、わたしがそんな事言った……!? いつ……全然覚えて………も、もしかして、咄嗟の言い訳で頭の中がわぁー!ってなってたあの時だろうか…? その場の思い付きで完全に適当な事を言っていた気が……。

 自分がなんて言ったのか、ちゃんと覚えてないんだけど……暁美さんがそう言うのなら、言ったのかな……?

 

「い、言ったぁ……けどぉ~……た、確かあなたがそれ、屁理屈って……て……」

「…………」

「……暁美さん? その言い方じゃ、まるで……」

 

 明らかに不機嫌そうではある。でもそれをぶつけようとせず、逆に飲み込もうとする雰囲気が読み取れる。

 だからわたしが感じた事が、もしかしてって……今度は暁美さんが、わたしから目を背けながら言った。

 

「……屁理屈でも理屈は理屈。自分で決めた契約内容の穴を見落としていた……なんて、くだらない自業自得の責任ぐらい果たすべき。そう思っただけよ」

「………!」

 

 ……信じられない。でも、信じたかった事だった。ただ、信じられなくなっていただけ……暁美さんがそんな人だったらって、諦めかけていた。

 

 それがまだ早計かもしれないって思わせるには充分すぎた。

 だって今、暁美さんは、わたしのやらかしの撤回を。暁美さんに話しかけてもいい理由を、ぶっきらぼうではあるけど置いていってくれたんだ。これに暁美さんにメリットなんて無いはずなのに……

 

 暁美さんは………

 

「……それよりも、返して」

 

 考えがよくまとまらないまま、暁美さんに言葉を投げ掛けられる。返すって……何のことだろう? まだちょっと頭の中が混乱しているんだけど……

 

「……タツヤ……? 抱っこしたいの…?」

「どうしてそうなるのよ………私のカチューシャ、いいから返して。このまま盗むつもりならただじゃおかないわよ」

 

 思わずハッとした。タツヤを抱きかかえた指先には、未だ彼女のカチューシャを摘み取っているんだった。色々慌てていたりしたから忘れちゃってた……。

 

「あっ、ご、ごめん…! 盗むつもりなんか全然なくって……」

 

 そして、必然的に思い出す。このカチューシャに貼られていたプリクラのシールの事……。

 彼女にカチューシャを返す……その前にもう一度、シールを見た。映されている姿はこれまでの彼女とのイメージとのギャップしかない。でも、今わたしにおぼろげながらも芽生え始めている姿と重なろうとしている、恐らくは本当の彼女の姿……。

 

「……てぃひひ」

「…………原作再現……

 

 あぁ……やっとまとまった。やっぱり、そうなんだ。歌野ちゃんが言ってた通りだ。

 

「……やっぱり、暁美さんは本当は悪い子なんかじゃないんだね……」

 

 なんだろう……ものすごく久しぶりに嬉しいって気持ちになれたんだ。肝心な事はまだ何一つとして解決はしていないけど、今この瞬間だけは、この小さな喜びを噛み締めていたかった。

 

「………カチューシャ……」

「ヒュゥ…………ハヒ」

 

 …………無理だった。やっぱり、暁美さんってば怖いよぅ……!

 

 ゴゴゴゴって恐ろしいオーラを放つ暁美さんに、嬉しさと恐怖がちょうど半々の引き攣った顔のままカチューシャを返した。

 いや本当に怖くて……でも暁美さんは受け取ったカチューシャを、その裏側の例のプリクラのシールを儚げに見つめて……その姿はどうしようもなく、弱々しく見えた。

 

 あのカチューシャ……というよりかはたぶん、あのシールは暁美さんにとって、ものすごく大事な物なんだろう……。暁美さんと、その友達の……

 

「それって、暁美さんと友奈ちゃん……だよね?」

「…………?」

「ほむらちゃんと友奈ちゃんがお出かけした時のプリシーをあなたが持ってるのは変だし……暁美さん、本当は友奈ちゃんと仲が良いんじゃ……って…………なんだか……その……」

「そんなわけないでしょ」

「………だよね………もしそうだったらおかしいもんね……。途中から自分でも変な事言ってるなぁって……」

 

 そんなわけ、あるはずない……。あればどれだけ幸せだったことか……。でも、それじゃあ結局このシールって?

 

「前に話したわよ。私には結城友奈っていう、どういうわけか高嶋友奈にそっくりな友達がいるって」

「えっ!? じゃあその子が……」

 

 結城友奈……ちゃん。確かにその名前、ずっと前に暁美さんの口から聞いていた気がする……ううん、間違いなく聞いていた…。あの頃は暁美さん、少しだけ落ち着きがない様子だったけど今よりも全然話しやすくて穏やかな雰囲気もしていて、その雰囲気が一番和やかになった瞬間だったから……その、結城友奈ちゃんの話をしていた時が……だから、間違いなくて……。

 

「……ほ、本当に友奈ちゃんに似ているんだね……びっくり……」

 

 っていうか、暁美さんだってほむらちゃんと瓜二つだし……それに4人とも、それぞれ名前も同じだし……何これ?

 

「うぅ……不思議すぎてわけわかんなくなってきちゃった……」

「そうね……わけがわからない。ふざけすぎている。憎たしい事この上ないわ」

「えっ……? 憎たしいって……なんで…?」

「…………」

 

 憎たらしい……そこには確かに、その言葉通りの感情が宿っていた。

 それは友奈ちゃんが、あなたのお友達と似ているから……大切な、シール1枚ですら命よりも大切そうに慈しむほどの存在と、同じ顔を振りまくのが、暁美さんには憎くて……苦しみを与えてしまうの……?

 

「暁美さん……今はその、結城友奈ちゃんは……?」

 

 ……何を訊いてるの、わたし……だってその答えなら、暁美さんを知っていれば誰にでもわかることじゃない……。

 

 暁美さんは既に故郷を………失って………

 

「……ハァ。喋りすぎたわね。鹿目まどか」

「………っ」

「勘違いしているようだから言っておくけど、自分が話しかけても問題無くなったからって、私があなた達全員の事が気に喰わないのは変わらないのよ」

 

 赤く澱んだ瞳に冷徹な感情が戻る。

 嘘偽り無い言葉。本当の彼女をようやく知る事ができたのに、それに触れる事を彼女は決して許そうとしない……。

 

「……気に喰わないって……わたし達、暁美さんに何かした……の…?」

「その質問に答える義理はないわ」

「な、納得できないよそんなの…!」

「しつこい。退いて」

 

 否定する隙間すら与えぬ断定の言葉。これ以上の対話なんて意味がないと、力の入っていない左手でわたしの身体を押す。

 それでもわたしの身体はそこから特に動かされない。自分の事ながらまったく自慢できない体幹なのに、それすら動かせないほど、今の暁美さんは弱りきって非力になっている。

 

 そんな状態なのに暁美さんは、フラつきながらもベッドから起き上がろうと………!?

 

「え、ちょっ……なんで立って……!?」

「帰るからに決まってるでしょ。これ以上あなたの助けを受けてたまるかって話だもの」

 

 そう言って1歩前に出て、ガクッと倒れかけた。歩く事すらままならない状態なんて……。

 

「だ、だから! そんなこと言ってる場合じゃないってばぁ!? いっぱい血を流してたんだよ!? そんな身体で……!」

「ああ…もう……本っ当にしつこいわね!」

 

 立ち上がる事すらできていない…! 怒声を飛ばすけど、暁美さんは片手を着いたまま私を睨みつけてくるだけだ。

 わたしだってタツヤを抱えたままで、片手で肩を抑えることしかできていない……ただでさえ力や体力に自信なんてあるわけが無いわたしなんかの片手だけで、暁美さんは抵抗すら満足にできないほど弱っている。

 

 それでもなお、意地でもわたしとの関わりを拒み続ける事が、ただただ哀しい……。今は……ただ……!

 

「わたしはただ!!暁美さんの事が心配なだけだよ!!」

 

 我慢できずに叫んだ拍子に涙が滲む。

 多分だけど、暁美さんの心臓……まだ動いていない……。それなのにこうして生きている事自体おかしいんだけど、それを除いて考えたって、彼女自身がただの意地なんかで自分の事でさえ蔑ろにしてしまっている。誰も暁美さんの事を、守ってあげられていない……!

 

 ひとりぼっちですら無くなってしまう……そんなのダメだよ……!

 

「暁美さんがわたしの事を気に喰わないって……嫌ってくれるのはもう、いいよ……。気にしないでもいいから……」

「…………」

「でもお願い……せめて自分の事だけは大事にしてよ……。こんなに弱っているのに暁美さん、そんな状態でひとりになるなんて、ただの自殺と変わんないよ……」

 

 わたしじゃなくたって良い……暁美さんが助かるんだったら、なんだって……。

 

「だから帰ろうとしないで、もう少しだけ待ってて……救急車、呼ぶから……。みんなと同じ病院は気まずいだろうから別の病院にしてもらう手続きでちょっと時間が欲しいの……おねがい……」

 

 やっぱり病院に頼るしかない。ちゃんとした医療機関に看てもらえれば確実………なのかな……多分心臓、まだ動いていないよね……?

 でもその病院なら、暁美さんは毛嫌いするわたし達に関わらずに済む……。これが暁美さんにとって、一番良い選択のはず……。

 

 暁美さんの睨みつけてきていた目は、いつの間にかわたしの目から外れている。

 

「………なんであなたは……そんな事を言うのよ……。私はあなたの仲間達を……」

 

 その状態から紡がれた声は、少しだけ震えていた……

 

「………正直、わかんない……わたしだって暁美さんがみんなにしたこと、許せそうに思えない……理由だって話してくれないんでしょ?」

 

 暁美さんは口を閉じる。やっぱりどうしても納得はできないし、もし話されたとしても、それで実際にできるのかもわからない……ううん、たぶん無理。みんなが苦しんで泣いて、暁美さんがやってしまった事は、さすがに許せる気がしない……。

 でもそれ以上に、暁美さんにだってこれ以上苦しんで欲しくないと思うのは本心で、その理由は説明できそうになかった。誰も傷ついてほしくないとしか……。

 

 ほんのちょびっとだけの、暁美さんの抵抗がなくなった。

 

「………わかったわよ」

「っ! じゃあすぐに連絡」

「救急車は不要よ。医療技術でこの身体は治らない。時間と薬とお金が無駄になるだけだから」

「え………」

 

 一瞬驚いた。思わず息を呑んでしまった。でもそれらの驚きを含んだ疑問を口にするよりも前に、暁美さんは続けて言った。

 

「……血が無いのだって……あと1、2時間もあればそれが馴染んで動けるようにはなるはず……」

「……………暁美さん」

 

 適当な事、嘘を言っているようには聞こえなかった。明らかに普通じゃない事を言っているはずなのに……でもその淡々とした態度が、異常性を宿した真実である事を強調してしまう。

 

 暁美さんの顔が私の方に向けられる。初めて見る彼女の、自虐的な苦笑いと共に。

 

「心臓が止まっても、血を大量に抜かれて無くなっても……絶対に死なないのよ、この身体は」

「っ!? そんな事……ありえ……!」

 

 ありえない……なんて、言いきれなかった。だって暁美さんの心臓は、本当に止まっていて……

 

 わたしの言葉はそこで声を出すことができなかった。

 

「気味が悪いでしょ? こんなのが勇者だなんて、本当に悪趣味。勇者じゃなくて、そんなもの、ゾンビみたいとでも思うかしら?」

 

 

 

 

「ねえちゃ……」

 

 暁美さんの顔に張り付いていた乾いた笑みが、固まって……

 

「ほむあねーちゃは……だいすきな…ねーちゃ……」

 

 崩れた。わたしの腕の中で眠っているタツヤの寝言……この子の声が、暁美さんの口を塞いだ。

 

「……………」

「んん……すぅ……すぅ……」

 

 わたしたちの会話は聞こえてもないし、その意味を理解できていないはず。だけど今の言葉はわたしの、そして、暁美さんの反応を見れば彼女も……わたし達の心に、ただ純粋な想いでまっすぐ叩きつけられていた。

 

 わたしも、暁美さんも分かっている。絶対にタツヤはそんなつもりで言ったんじゃないって。でも、同じだったんだよ……タツヤの言った言葉が向けられた先は、これで正しかった。

 

「……だから、私はあなたのお姉ちゃんじゃないって……」

 

 ついさっきまでの見たくもない笑みじゃない、穏やかな笑みで、彼女はわたしの腕の中のタツヤを優しく撫でる。この子が起きていた時と同じで、慈しんで……

 

「……小さい子供には優しいんだから……」

「それは……仕方ないでしょ……」

「……」

 

 わたしも、思った事を言っちゃおう。余計なお世話だろうけど、どうしても言いたい事だから……

 

「……暁美さんはさ、ゾンビなんかじゃないよ。化け物でも、悪……魔…………でも…ぉ………ないよ?」

「最後のは随分悩んだわね。じゃあなんだっていうのよ」

 

 確かに暁美さんの状態は普通じゃない。だけど、嫌いなものを嫌うけど、大切な友達とはお互いにお腹の底から幸福を噛み締めて笑い合える。そして、与えられた優しさには、彼女なりの優しさでお返しをして、想いを伝えることができる。

 ちぐはぐだけど色々な感情を持っていて、それを言葉でも表情でも表すことができる。いいものなのか悪いものなのかは置いておくしかないけど、全部合わせて考えて今の暁美さんの事は、少なくともわたしから見たら十分。

 

「人間……てぃひひ♪」

「………ハァ……なんだかあなたの方が化け物じみた感性をしてるわね……」

「なんでぇ!?」

「……鹿目まどかだから……化け物メンタルで当然なのかしら」

「ちょっとそれどういう意味なの!!?」

「あなたには関係ない事よ、女神様〜?」

「え……えぇぇ……?」

 

 ぜ、全然意味がわかんないし訳がわからない……! というか暁美さん、関係ない、答える必要がないってそればっか!!

 

 でも暁美さん、何故か最後に言ってた女神様って言葉はなんだか面白おかしそうに言っていて……ああ、やっぱり暁美さんも1人の人間の女の子なんだよねって、思ってしまうのでした。

 

 

 

◇◇◇◆◆

 

 何もする事がない病室には、外の激しい雨音だけが聞こえてくる。ようやく術後の熱も引いてきて、折れた骨の痛みも薬のおかげであまり感じないけど、動くのはまだダメって言われているから退屈で……。

 

「…………来ないなぁ……」

 

 というより、今日はみんなお見舞いに来てくれないのかな……? 昨日来てくれるって言ってたと思うけど、ちょっとまだぼんやりしていたから本当に言っていたのか自信が無くなってきた……。

 

 でも私なんかよりもタマちゃんアンちゃんの方が大怪我なんだし、私よりもそっちを心配して会いに行ってほしい。

 ……私も動けたらすぐに会いに行きたかったけど……それに前から入院しているぐんちゃんと若葉ちゃんの事も心配だし……みんな、大丈夫なのかな……?

 

「…………ほむらちゃん……やっぱり、分かり合えないのかな………」

 

 ……彼女の事だって、色々あったけど、信じていたかった……。だけど私には、そんな勇気は……もう、怖くなってしまった。

 私の事は何故か手加減してくれていたみたいだけど、みんなのことを殺そうとするんだったらそんなの、関係ない……。それ自体を止めてくれないと嬉しくない。逆に辛い……。

 

 …………何もないとネガティブな考えがふつふつと、次から次に頭の中に湧いて出てくる。あぁ、嫌だ……こんなの苦しい……辛い……考えたくない……。

 

「………誰か、来てくれないかな………」

 

 

 

 コンコン、と、扉がノックされた。

 

「っ、はーい!」

 

 呟いた矢先に誰か来た! 看護師さんは30分くらい前に来たばっかだから、きっとみんなの中の誰かに違いない! もう待ちくたびれたー!! 会いたかったよ〜!!

 

 扉が開く。開けたのは

 

「すみません友奈さん、来るの遅くなってしまって……」

「ヒナちゃん!! 来てくれてありが」

 

 扉を開けたのはヒナちゃん。だけど、その隣にいるのはもう1人……。

 

 その人はいつも一緒にいるみんなの中の誰かじゃなくて……いや、知っている人、なんだけど………こんな所で会うなんて、思いもよらない人だった。

 

 仲がいいのか悪いのか、私にもよく分からないから。

 

「久しいな。息災か、友奈?」

「……どの口が言いますか……!」

 

 3年前のあの日以来、一度も会わなかった。大社にいる事は知っていたけど、たぶんもう会わないんじゃないかって……思っていたから……

 

「………久美子……さん……?」

 

 3年振りに会う、かつて私を勇者として見出してくれた巫女。という事になっている、奇妙な縁のお友達が来てくれた。




 先月ネットの海に、この作品のゆゆゆい編に当たる物語を1話放ちましたが、その異質な性質上ここでその話を広める気はありませんので悪しからず。ゆゆゆい編はひっそりとやっていきます。
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