ありふれたRTAでラスボス撃破 タンクチャート 作:エチレン
ユエの魔法により全てが灰燼と化して試練は終わった。
それに伴って反転した感情も元通りとなってめでたしめでたし……と、そう簡単にはいかなかった。
「……いいもん。どうせ妾は五百六十七歳の行き遅れじゃし。お向かいのバハムー子ちゃんはもう二人も子供がいるし。爺様にもいい加減身を固めてほしいと心配されておる始末じゃし……」
膝を抱えて影を背負うティオは、大きな精神的ダメージを受けていた。ゴキングを倒して感情が元に戻ったのは良いのだが、今までの口撃のダメージが遅れて一気にやってきた形だ。
「わ、悪かったってティオさん。その、あれは言葉の綾っつーか、なあシア?」
「そ、そうですよ! まだティオさんは全然イケますって!」
地面に『のの字』を書いているティオを元凶の二人が必死に慰める。
感情が反転している時は怒りの方が勝っていたのだが、思ったよりもデリケートな話だったようだ。
「ふふふ、そろそろ相手を見つけねば本当に婚活ドラゴンになってしまうのじゃ……。でも妾より弱い男には嫁ぎたくはないしのう」
「面倒くせェなこの人!」
頭を抱える幸利だが、むしろこのまま有耶無耶になってくれないかなー、と淡い期待を抱いていた。
と言うのも先程の試練での口喧嘩中に『普段の自分は二人が好き』と捉えられる発言をしてしまったのをバッチリと覚えてしまっていたからだ。流石にあれを追及されれば羞恥やらなんやらで死ぬ自信がある。
「何と言うか、すさまじい試練だったな。感情が反転するだけでこんな事になるなんて」
「ハジメくんを殺したい、なんて思っちゃった自分を殴り飛ばしたいよ。でも、反転してこんな気持ちになるって事は、つまりそう言う事だよね。ごめんねハジメくん、この償いはちゃんと体でするから」
「なんでやねん……。香織さんの中では体で償うのが流行ってるの?」
反転して殺したいほどに憎いという事は、普通の状態では死んでも良いほどに愛しているという事。好きの反対は無関心などとよく言われるが、それは違う。プラスの反対はマイナスなのだ。
改めて自分の気持ちを確認できた香織はこれからもっと攻勢をかけていこうと決めた。
「反転した時の気持ち、か……」
「……恵理? どうしたんだ、そんな考え込んで」
「ううん、何でもない。やっぱりそうだったんだなって思っただけだから」
「?」
恵理は顔を伏せて何かを呟き考えこんでいたが、自分で答えを出せたのかどこか吹っ切れたような様子だった。
「……あ、あの、……その」
「……」
重症だったのはユエと鈴の二人だ。すっかりと感情が元に戻った二人は、自分がやっていた事を思い返した瞬間、血の気が失せた。いくら試練だったとは言え後ろから打ち続けた事実は変わりない。
本人の防御力のおかげで軽傷で済んでいるが、もし北条の耐久が並しかなかったら間違いなく死んでいる。それほどの攻撃だった。
ユエは俯いたまま何も言わない。何も言えない。だが、蒼白と言っても良いほどの顔色が彼女の心の内を表していた。
実のところ、ユエが北条に攻撃をしたのはこれが初めてではない。オルクス大迷宮には、目標に種を植え付けることで身体の制御を奪う魔物がいた。その恐るべき能力によって自由を奪われたユエは北条に向かって魔法を放ってしまった事がある。
だがあの時は身体の自由が奪われていて自身の意思が介入する余地がなかったのでやむを得なかった。しかし今回は違う。反転していたとは言え、自分の意思で明確な殺意をもって魔法を放ってしまった。
これで北条が「やられたらやり返す」タイプの人だったらまだ良かったのだが、北条は感情が反転しているにも拘わらず自分たちに反撃しなかったし、変わらずに守り続けた。
鈴にしても同じようなものだ。いつも守られてばかりだからせめて背中だけは守ると決心していたのに、よりにもよってその背中を撃つような真似をしてしまった。
もし嫌われたら。呆れられたら。これから背中を預けてもらえなくなったら。不要だと言われたら。北条がそんな事を言わないと言う事は分かっている。だが、そんな嫌な考えばかりが次々に浮かんでくる。
そんな二人の様子を見て、なんとなく状況を察した北条は二人を慰めるために口を開いた。
「……お前達が何をしようが俺には関係ない」
たとえ嫌われようと憎まれようと、それこそ背中から刺されたとしても自分には関係ない。一度決めたからにはどんな事になっても守るから今回の事は気にしなくてもいい。
そういった意味を込めた北条なりの言葉。
普段であれば、言葉の裏に隠された意味をある程度読み取ることはできただろう。
だがネガティブになっている今の状況でそのような事を言われたら悪い方向にしか捉えられなくなってしまう。自分たちの気持ちや想いなどには興味がないと、そう言っているように聞こえてしまう。
感情が反転している時の北条がいつもと変わらない調子だったこともそれを後押ししてしまう。
『好き』が『嫌い』になるのであれば、全く態度が変わらなかった北条は自分たちの事を元から何とも思ってなかったのではないのか?
居ても居なくてもいい、どうでもいい存在と思っているのではないか?
「……ぁ」
ほぼ同時にその答えに行きついてしまった二人は顔面蒼白を通り越して土気色になった。
実際にはそんなことは無く、感情反転は北条にもガッツリ効いていたし、正直反転中は二人の事は嫌い、憎いとすら思ってしまっていたのだが、すごく我慢して表情や態度に出さなかっただけだ。
だがそんな事は知る由もないので悪い方向に結論が傾いてしまう。
鈴はスカートの裾を皺が出来る程に握って今にも泣きだしそうで、ユエは寒くもないのに体をかたかたと震わせて今にも倒れてしまいそうだった。
「ちょっと衛、こっち来て!」
黙って事の経緯を見守っていたハジメは「これはマズイ」と判断して北条の腕を掴み、少し離れたところまで移動した。周りに聞こえないように顔を近づけて、小声で作戦会議の開始である。
遠巻きに見ていた恵理は「いや、流石にそうはならんやろ」と北条の言葉足らずに内心ドン引きしていた。やはり言いたいことはしっかりと言葉にしないと伝わらない、と良い反面教師になったようだ。自分の想いを伝えるときはちゃんと言葉を選ぼうと、恵理は強く心に誓った。
「(言い方ァ! 流石に今のはちゃんと伝えなきゃマズイよ!)」
「(……? ちゃんと言ったはずだが)」
「(なんでやねんっ! あれじゃあ二人には無関心だって聞こえちゃうから! とにかく、今回はもっと口数を増やしてあげて!)
「(そうか、分かった。なんとかやってみる)」
作戦会議終了。
北条はのしのしと歩いていき、ユエと鈴の前に立つ。すると、怒られる前の子供のようにビクリと二人の肩が跳ねた。ちらりと上目遣いで北条を見やると、いつも通りの無表情のままであった。それが噴火前の火山のように見えて、二人はますます体を縮こませる。
「や、やっぱり怒ってる……よね?」
「怒る必要はない。仕方がなかったというやつだ」
青白い顔で震えている鈴の声に、即座に首を振る。北条としては今回の事は本当に気にしていないし、もしも怒る相手がいるとしたらそれはあのゴキングか、もしくはこの試練を用意したリューティリス・ハルツィナのどちらかだろう。むしろ、二人に関しては被害者ですらある。
そんな事を思っていると、突然金色が抱き着くように飛び込んできた。
「なっ、なんでもするっ! マモルの言う事だったらなんでもするからっ! もし怒ってるのなら殴ってもいい! だからっ、だから……!」
紅い瞳を涙で潤ませたユエが必死な表情で胸に縋りつく。
あまりにも普段とは違った様子であり、焦りや悲しみの他に恐怖すら顔に浮かべている。
「お願い……っ、置いていかないで……!」
それは、嗚咽交じりの涙声だった。
ユエはおおよそ三百年間、光が一切差し込まない暗闇に囚われていた。そこから連れ出してくれた北条はユエにとっての光のようなものだ。
それは仲間がたくさん出来て、仲良くしてくれる人達がいる今でも変わらない。北条に置いていかれると言う事はつまり、またあの奈落に逆戻りしてしまうと言う事に他ならない。
もしもそうなってしまったら、今度こそ耐えられないだろう。
そんなユエの心情を知っているのかは定かではないが、北条は少しでも慰めになるようにと優しく頭を撫でてやる。
「置いていかない」
「……ぐすっ、……ほんと?」
「ああ。少なくともお前が必要としなくなるまでは」
「んっ……ふふっ、だったら……ずっと一緒……」
北条の言葉とナデナデで安心したのか、目の端に涙を浮かべながらユエが微笑んで胸に顔を埋める。硬くて大きな胸板に耳を押し当てると、暖かい体温と共にトクントクンと心臓の鼓動が伝わってくる。寂しい時や悲しい時はこうしていると感じている不安や孤独がすっと溶けていくのを感じる。
「……本当にごめんね。あれだけ頼ってって言ったのに、守ってもらってばかりでごめんね」
「気にするな。やりたくてやっているだけだ」
心から申し訳なさそうな表情の鈴がそっと手を伸ばして北条の頬を触る。先程の試練で鈴が攻撃をして薄い引っ掻き傷が付いてしまった場所だ。その傷はすでにすっかり消えてしまったけれど、それでも傷付けたという事実は消えることは無い。
まだ心を覆うものはあるが、それでも雰囲気はかなり直ったようで、これでもう大丈夫だろうと一仕事終えたハジメはふぅと安堵の息を吐いた。
後は時間が解決してくれるはずだ。
「……うむ、もう大丈夫じゃ。すまぬのう、みっともない所を見せてしもうた」
「いえ、そもそも私達が色々言ってしまったのが原因ですし……」
「なんつーか、俺らも悪かったって事で。と、とにかくこれでもうこの話は終わりにしようぜ。ほら、試練も終わったし後は道なりに進んでいけば――――」
沈んでいたティオが立ち直る。触れられたくなかった話題が上手い事有耶無耶になりそうで、幸利はやや食い気味に先に進もうと促した。
だが、幸利が歩き出そうとしたタイミングでシアがあっと声を上げる。
「あっ、そう言えばユキトシさんがさらっととんでもない事を言っていたような気がします! えーっと、何でしたっけ……ティオさん覚えてます?」
「クソゴリラァ!!」
思わず試練中のような悪態を吐き出してしまった。だが、幸いにしてシアはぼんやりとしか覚えていないようで、何とかして誤魔化そうと考えていると、ティオがニッコリと深い笑みを浮かべる。美しい笑顔だったが、幸利にはそれが死刑宣告の笑みにしか見えなかった。
「もちろん覚えておるとも。『本来の俺はクソゴリラとかババアとかが好きで好きでたまらない』じゃろう? ふふ、幸利よ。お主も中々大胆な男じゃのう」
「何で一語一句間違えずに覚えて゛る゛ん゛だ゛よ゛お゛お゛ぉ゛お゛!!」
試練中に言った事や行った事は全て記憶にある。ティオは記憶力が良いので幸利とシアに言われた事は全て覚えていた。無かったことにしたかった言葉を完璧な形で叩きつけられて幸利は絶叫する。
羞恥心で顔を真っ赤にして汗をダラダラと流す幸利は、魔法使いとは思えないほどの猛スピードで走って逃げていった。
「あっ、逃げた! 待ってくださいよぉ!」
「嬉しそうじゃなシアよ。……ふふっ、これはしっかりと聞き出さねばな」
ニヤニヤしながらシアが追いかけていく。
ティオはゆっくりと歩いて追いかけたが、その顔は何処か嬉しそうで少しだけ紅潮していた。
「雨降って地固まるというか……とにかく皆、何事もなく終わったようで良かった」
北条の発言に最も突っかかりそうな光輝は珍しく見に徹していた。
本当のところは一言言ってやろうと思っていたのだが、行動に出る前にハジメが何とかしてしまい出番を潰されてしまったので、こうして〝後方良い奴面〟をしているだけである。
『今回も自分は何もしてないけど大丈夫かなあ』と一抹の不安を抱えつつ、それをおくびにも出さずに「皆、試練は終わったし先に進もう!」と言って歩き出した。
「ねえハジメくん。さっきの試練中に私を嫌な目で見てたけど、これは期待してもいいのかな?」
「……!」
「あっ、逃げた! 待ってよハジメくん!」
枝を進んでいった先にある長い階段を上り、いつもの転移の魔法陣で移動した先は、まさに『空中庭園』と呼ぶに相応しい所であった。
流石に王宮の中庭などには及ばないが、それでもどこか神聖さを感じさせる雰囲気を漂わせている。
所々にある小さな水路、ぽつぽつと生えている小さな木、そして白亜の小さな建物。おそらくここが解放者の一人であるリューティリス・ハルツィナが作り上げたアジトなのだろう。
見上げてみると空は青く、庭園の下には雲海が広がっており樹海が僅かに見えるので、ここが頂上であると察せられる。
「わぁ……すごくきれいな場所……」
「どうやら此処が頂上のようだな。と言う事はさっきのが最後の試練だったというわけか?」
「奥の方に露骨なゴール地点があるな。デカい樹と……ありゃ石板か?」
奥の方には水路に囲まれるようにして、まるで離島のようになっている場所があり、そこに大きな樹がぽつんと聳え立っている。よく見れば小さな石板のようなものに蔦が絡みついて樹に固定されていた。
「ふむ……、これほど大きな樹であれば地上にいる何者かが気付いてもいいはずなのじゃが……。飛行艇で移動しておる時もそれらしきものは見えんかったしのう」
「隠蔽してたんだろ。こんだけの規模となると認識阻害の闇魔法だけじゃねェ、魂魄魔法とか空間魔法とかの神代魔法を掛け合わせてるんだと思うぜ……つーか、そろそろ放してくれよ」
ガッチリと両腕を掴まれた幸利がため息をつくが、シアに「えぇ~? どうしましょうかねぇ? 実は満更でもないんでしょうユキトシさぁん」と煽られ、ニヤついた顔に一発ぶち込みたい衝動に駆られる。
あの後、結局階段途中でシアに追いつかれてしまい、そこからずっとシアとティオの二人に先程の試練の事を蒸し返されていた。その時の心境としては「くっ、殺せ!」である。
両腕を掴まれていると言っても両手に花と言うわけではなく、警察に連行される不審者のような情けない格好である。己の胸の中にある物をぶちまけてしまえば解放されるのだろうが、幸利はこういう事に関してはヘタレである。普段鈴に臆病者だのなんだの言っているが、これでは人の事をとやかく言えない。
「……それだけだと……これだけのものを隠すのは無理だと思う」
「神代魔法か」
「……ん、多分。もしかしたら……ここの神代魔法が関係してるのかも」
最後の試練が終わってからずっと、北条の腕を抱きしめているユエが辺りを少しだけ見回して、幸利の考察に捕捉を入れる。闇魔法や魂魄魔法などの認識を歪ませる魔法だけではなく、ここで入手できる神代魔法が関わっているというのがユエの考えだ。
「ここではどんな神代魔法が手に入るんだろうね。えーっと、今まで手に入れたのは生成、重力、空間、再生、魂魄の五つだから……ば、爆発とか?」
「さ、流石にそんな安っぽい魔法じゃないと思うけど。それにそんな危険物みたいなのをもらっても使い道が……。あっ、南雲くんなら生成魔法と組み合わせて色々作れるかも?」
「うーん、それだったら……。でもそれだと兵器だけになっちゃうし、僕としては色々と補助できるような魔法の方がいいかな」
「確かに、鈴の言った通り爆発魔法となると完全に戦闘特化になってしまうのう。ハジメ殿の言うようにもっと応用の効くものであると良いのじゃが」
「爆発オチには使えるかもしれねェな。あと戦隊ヒーローの登場シーンとか」
「そう言えば、最近は登場時の爆発って滅多に見なくなったよな。時代の流れって事は分かるんだけど少し寂しい気がするよ」
鈴が指折りしながら今までの神代魔法を振り返り、今から得ることが出来る神代魔法について思いを馳せる。それに対して意見を言い合っているとだんだん話題がズレていき、橋を渡って離島にある石板の下まで辿り着くころには今日の夕飯の話にまで脱線していた。
石板が光を放つと、それに連動して離島を取り囲む水路が若草色の燐光を放ち始める。
今までのように魔法陣が床から現れるのではなく、予め張り巡らされている水路が魔法陣代わりになっているようだった。そうして魔法陣が効果を発揮して、内部にいる者の記憶を読み取り始める。今までの迷宮と同じく、クリアしたかどうか確かめているのだろう。
色々とハプニングがあったせいで、第三試練あたりからが結構怪しいと思っていたので、少しハラハラしながら待機する事十数秒、記憶の確認が終わった後に頭の中に直接情報が刻み付けられるような感覚がした。どうやら無事、クリアしたと認められたようだ。
「よ、よかった~。今回ばかりはダメかと思ったよ~」
「……ん、同感」
ほっと胸をなでおろしたのは鈴とユエの二人。特に最後の試練での出来事が未だ心に影を落としていたので、不合格として弾かれてもおかしくないと思っていたのだ。
あの試練で大切なのは、仲間を攻撃してしまってもその後仲違いしない事である。だからもし、先程ハジメが間に入らずにいたならば不合格にされていた可能性があったのだが、その事実を知る者はいない。
「し、神山でも体験したけど……この感覚は中々慣れないな。必要な事だっていうのは分かるけど記憶を覗かれるのはあまりいい気分じゃないかな」
「神代魔法を全部取るんならあと五回くらい同じのが待ってるぞ。今更だが、これも魂魄魔法が使われてんのかね。だったらとんでもなく高度な魔法陣だな」
「とにかく新しい神代魔法が手に入って良かった。私と天之河くんは二つ目で、皆はもう六つ目だよね」
「妾は三つ目じゃな。香織殿が手に入れたものに加えて再生魔法を得ておる」
「あっ、皆さん見てください!」
記憶を覗かれる感覚と、知識を刻み付けられる感覚。まるで自分がメモリーカードにでもなったような気分である。
突如、シアが声を上げて石板が設置されている樹を指さす。そちらに皆が目をやると、幹が形を変えて盛り上がり、見る見るうちに人の姿を取った。肩から上だけしか形成されなかったが、輪郭からしてどうやら女性のようだ。木製なので本来の配色は分からない。全身木の色である。
天之河は咄嗟に身構えるが、他の面々は特に身構えることは無く自然体である。
オルクス大迷宮の最深部にあったオスカー・オルクスの立体映像のようなもの。あれの亜種であると判断したからだ。
「まずは、おめでとうと言わせてもらうわ。よく数々の大迷宮とわたくしの、このリューティリス・ハルツィナの用意した試練を乗り越えたわね。あなた達に最大限の敬意を表し、ひどく辛い試練を仕掛けたことを深くお詫び致します」
凛とした声。どこか高貴な雰囲気を感じさせるその女性は、自身を解放者の一人であると名乗った。
その後、リューティリス・ハルツィナから語られるのは、まずこの大迷宮を攻略したことで得られる神代魔法についての情報。
ハルツィナ大迷宮で得られる神代魔法は〝昇華魔法〟という他の神代魔法とは一味違ったものである。
その効果は『全てのものが持つ力を最低でも一段階上に押し上げる』というシンプルなものであり、それ故に非常に強力なものであった。
そして〝昇華魔法〟は通常の魔法だけではなく、理の根幹に作用するという神代魔法にすらその効果を及ぼす。
「その全てが一段進化し、更に組み合わさることで神代魔法を超える魔法に至る。神の御業とも言うべき魔法――〝概念魔法〟に」
ごくり、と誰かが唾を飲む音が静寂の中にやけに大きく聞こえた。
説明は続く。概念魔法とは、術者の望む概念を顕現、行使することが出来る、すなわち〝権能〟を作り出すことが出来る魔法である。おそらく、これを思うがままに使うことが出来れば不可能なことは無いだろう。
だがそう旨い話は無いようで、概念魔法は非常に扱いが難しく、大迷宮を作った七人の解放者をしても使えたのは数十年に渡ってたったの三回のみである。「もっとも、わたくし達にはそれで十分ではあったのだけれど」と付け加えていたが、それだけ難しい魔法であると言いたかったのだろう。
リューティリス・ハルツィナの説明でも『極限の意志』と言うあまりにもふわっとした条件しか明言されなかった。
そして概念魔法の説明が終わり、設置されていた石板がスライドして、その奥から懐中時計のようなものが現れた。北条はそれを手に取ってしげしげと検分する。通常の時計とは違い、針は一本しかないのでどちらかと言えば羅針盤と言った方が良いかもしれない。裏にはハルツィナの紋様が描かれていた。
「その内の一つをあなた達に。名を〝導越の羅針盤〟――込められた概念は〝望んだ場所を指し示す〟よ」
それは、神を倒すために作られた羅針盤であった。何処にいるともしれない神を倒すという、解放者七人の『極限の意志』によって生み出された探知機。その効果はリューティリス・ハルツィナの言った通りであり、羅針盤の針が〝神のいる場所を指し示す〟のではなく〝望んだ場所を指し示す〟というもの。
そう、望んだ場所である。
おそらくリューティリス・ハルツィナは神の居場所の事を言っているのだろうが、この羅針盤の能力次第では地球に帰る道標と成り得るのだ。
「自由な意志のもと、あなた達の進む未来に幸多からんことを祈っているわ。……あ、全てのものとは言ったのだけれど、バストサイズは昇華魔法では押し上げられないわ。もっとも、わたくしはそのままで十分ではあったのだけれど。胸が小さい人は残念だったわね(笑)」
「「は?」」
自由な意志があればどこにだって行ける。そう言い残してリューティリス・ハルツィナを形作っていた樹は逆再生するかのように戻っていった。もちろん、解放者らしく最後に煽るのを忘れずに。
自由な意志。オスカー・オルクスも、ミレディ・ライセンも、メイル・メルジーネも言っていたフレーズだ。解放者同士での合言葉のようなものなのだろうか。
全ての話が終わって、しばらくしんとした空気が漂っていたが、北条がその静寂を破った。
「……昇華魔法と空間魔法を使えばいけるか?」
呟くような言葉だったが、静かな空間ではやけにハッキリと聞こえた。
ハジメ、シア、光輝、香織は弾かれたように北条を見る。空間魔法が文字通り空間に作用する魔法であるならば、昇華魔法を用いれば世界の壁を越えられるのではないか。そう考えるのが一般的だ。
だが、魔法使い組は難しい顔をしている。神代魔法と言うのはただでさえ扱いが難しく、天才であるユエであっても『使えるから使っている』のであって、未だにその深淵には手がかかっていないのが現状だ。神代魔法についての書物も残っていないので、魔法陣によってある程度知識を刻み付けられているが、そこからは完全な独学である。
「むむむ……、私はあまり魔法については詳しくないんですが、専門家のユエさんとしてはどう見ます?」
いつも通り能天気な様子でシアがユエに話を振る。ユエは北条の腕を抱きしめたまま目を瞑って考えて、十秒経ち、二十秒経って、答えが出たのかゆっくりと目を開けた。
「……ごめんなさい。無理だと思う」
「だよねー」
「知ってた」
「やっぱ概念魔法とやらがねェとダメか……」
ユエは申し訳なさそうに答えるが、予想通りと言ったふうに鈴、恵理、幸利が肩を落とす。
これはハードの問題ではなくソフトの問題だ。どれだけ優れているハードであってもソフトが無ければ宝の持ち腐れ、と言う事である。
だが、光明は見えた。リューティリス・ハルツィナの言う〝概念魔法〟。彼女の説明が正しいのであれば、これを用いれば地球への帰路が切り開けるはずだ。
なにせ、解放者は三つの概念魔法を作っている。一つが神の居場所を知るためのものであれば、残りの二つについては容易に想像がつく。
すなわち、神の居る場所――神域に向かうものと、神を倒すためのものである。逆説的に言えば、概念魔法を使うことが出来れば世界の壁を超えることが出来る可能性が高いと言う事だ。
「そう言えば気になる事を言っておったな。神代魔法は理の根幹に作用する魔法、じゃったか」
「……ん、それは私も気になってた。……もしかしたら神代魔法は……私達が思ってるよりもずっと奥深いのかも」
「理の根幹か……。もしかしたらそれを理解するのが概念魔法を使うのに必要なのかもな」
だが、疑問も多く残る。
極限の意志とは何か? 理の根幹とは何か? 考えればキリがない。
「な、なあ……、その概念魔法っていうのが使えれば……地球に帰れるのか?」
「百パーセントとは言えねェけど、かなりの高確率で帰れると思うぜ? 都合良く行き先を示す羅針盤も手に入ったしな」
「そ、そうか……! 良かった……本当に……!」
恐る恐る光輝が尋ねるが、幸利の答えを聞いてほっとしたような、肩の荷が下りたような表情になった。忘れそうになるが、クラスメイトの皆は勇者の巻き添えで召喚されていたので、光輝なりに責任を感じていたようだ。
喜んでいるのは光輝だけではない。ハジメも、鈴も、香織も地球に帰れるかもしれない手段を見つけて喜色満面である。
「……そろそろ行くか」
一旦ユエに腕を放してもらって、庭園の隅に墓石を設置した北条が戻ってくる。実はラウス・バーンの時には墓石を設置していなかったのだが、それは本人が残した手記に『私に墓はいらない』と書いてあったのと、どうやら彼は宗教関係者のようだったのでその辺りを考慮して控えていたのだ。
「そうだね。あっ、あそこにあるのはショートカットの魔法陣かな?」
ハジメが指さした先には薄っすらと光を放っている魔法陣がある。どうやら麓までのショートカットになっているようで、ライセン大迷宮やメルジーネ海底遺跡とは違いシンプルで優しいもののようだ。
「いや、帰る前にやることがあんだろ」
「む? どうしたのじゃ幸利よ」
ずんずんと石板に絡みついている樹に向かって歩いていく幸利をティオは訝し気な目で見やる。すでに神代魔法は手に入れて、解放者からも話を聞いた。他にやることは残っていないはずだ。
そんな視線を無視して宝物庫に腕を突っ込んだ幸利は、一つの壺と一本の刷毛を取り出す。
パコっと木製の蓋を開けると、壺の中に刷毛を突っ込んで中にある物をたっぷりと含ませた。
「このクソ解放者! よくもクソみてェな試練を用意しやがって! 仕返しだオラァ!」
ねちょっとした黄金色の粘液――ハチミツを容赦なくリューティリス・ハルツィナが出てきた辺りの幹に塗り付ける。最後の試練で大恥をかかされた恨みを晴らすようにたっぷりと何度も何度もハチミツを塗り付ける。
「お主は何をやっておるのじゃ……」
「ハチミツ塗れにされる気分はどうだァ!? お前を芸術品にしてやるよ!」
「お、おい清水、流石にそれはやりすぎじゃないか? それに食べ物を粗末にするのは――――」
「……私もやる」
「鈴も加勢するよ!」
「ちょっ」
あまりにも陰湿な行為だったので光輝が注意しようとするが、ユエと鈴が同じく刷毛を持って突撃していく。一歩間違えれば北条との関係が壊れるところだった。しかも、最後の最後にコンプレックスを煽るような事まで言われたのだ。乙女の怒りを発散するように、正面だけではなく側面や根っこ辺りにも出来る限り隈なくハチミツを塗り付ける。
他の面々は付いていけずに呆然と眺めている事しかできなかった。
「……ん、完璧。良い仕事をした」
「ふーっ、良い汗掻いた~! 今回はこれくらいで勘弁してあげる!」
テカテカと光を放つ樹を見て、ユエと鈴が一仕事終えたと言うように腕で汗をぬぐう仕草をする。
「仕上げだ! ハウリア族のガキどもから貰った虫を放てっ!」
さらに幸利が木の枝で作られた虫かごを開けると、そこからクワガタやカブトムシのような昆虫が飛び出して一斉に樹に群がり始めた。流石のリューティリス・ハルツィナもこれは予想外だろう。
「ククク、そのまましばらく虫に集られてろ。因果応報ってやつだ」
「そ、それじゃあ帰りましょうか。皆さんもだいぶ疲れてるようですし、今日はまたうちに泊まっていってください!」
「そっ、そうだね! 今晩もお世話になっちゃおうかな! ねっ、恵理ちゃん!」
「う、うん! お夕飯楽しみだな~!」
満足気な三人から露骨に目を逸らしながらシアが転移の魔法陣の方へと歩き出すと、それに続くようにぞろぞろと他のメンバーも移動を始める。
「あはは……、何とか無事に終わって何よりだよ。神代魔法はあと一つだけだし、旅の終わりがやっと見えてきた感じだね。それにしても昇華魔法かぁ。これで作れるものの幅も広がりそうだよ」
苦笑いを一つして、ハジメも後を追う。ハジメの中ではすでに、昇華魔法をどうやって自身の錬成に生かすかの検討が始まっていた。根っからのクリエイター気質である。
「……そうか。もう終わるのか」
一番後ろを歩いていた北条が立ち止まり、ふと呟いた。
そう、ハジメの言った通り、残る神代魔法は一つだけ。
最後の神代魔法を手に入れて、神を倒したらそれで旅は終わる。
「……マモル?」
「お~いまもる~ん、早くいかないと置いてかれちゃうよ~!」
急に立ち止まった北条をユエが心配そうに覗き込む。
今行く、と返事をして歩き出した北条はいつも通りの無表情だったが、気のせいだろうか、ユエにはいくらか足取りに元気がない様にも思えた。
モンハンライズをやってて遅れました(白状)
狩猟笛が強くなっててウレシイ…ウレシイ……