せっかくバンドリの世界に転生したので全力で百合百合を眺めようと思ったら全員がノンケで絶望しました。   作:月白猫屋(つきしろねこや)

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70.えぴろ〜ぐ、にしては長すぎる

 

 

 

 (おび)を締めれば不思議と気持ちも引き締まる。

 衣服の乱れ無し、髪は姉さんに結ってもらったお団子結び、制汗剤と虫除けスプレーも満遍なく散布と我ながら完璧な準備にほくそ笑みそうになりますよ。

 

 近隣で開催される花火大会をポピパで見に行こうという情緒満載な企画が立ち上がったのは良いのですが、それを香澄から聞きつけた姉さんが確か浴衣がなどと不穏な事を言い始めたので急遽女性用の甚平を入手した次第です。

 紺の下地に金魚柄をあしらった夏らしいデザインの甚平は、何気に普段着としても使えそうな可愛らしい逸品で良き買い物をしたと満足しております、姉さんは不満気な表情だったのですが。

 仕方がないのです、これもまた心理的抵抗というやつなのです。

 こればかりは照れというか、元男だったが故にあまりにも女に染まり過ぎるのも如何なものかという感情が先に立ってしまうのも致し方ないのですよ。

 

 

「香澄から聞いたけどよ、普通こういう時は浴衣で合わせるものじゃね?」

 

 

 ポピパ勢揃いで会場に向かう道すがら、横に並んだ有咲に冷やかなジト目と冷静な小言を向けられた。

 紫色の下地に淡く浮き出る花柄の浴衣、花の種類に詳しくはないのですがこれは百合(ゆり)でしょうか、ツインテールに結んだ髪にもよく似合い美人度数も急上昇ですな有咲たん。

 

 

「わたしもゆりの浴衣姿が見たかったなぁ」

 

「きっと似合っていたと思うよ?」

 

「ウサギの着ぐるみじゃないんだ、残念」

 

 

 有咲に同意するように後方から掛かる、残念そうな若干三名の声。

 声の主である沙綾の浴衣はオレンジ色の向日葵(ひまわり)柄が不思議と力強い生命力みたいなものを感じさせる、その浴衣に合わせたのかポニーテールを解いた髪も自然なウェーブを描き妙な色っぽさ満点です。

 

 そしてピンク地に金魚柄、りみりんの浴衣姿はまさに天使。

 集合場所ではお揃いの柄だねと手を繋ぎながらはしゃいでいた姿から溢れまくる無垢なオーラはもはや人外のレベルにまで昇華していますね、つまり要約すると天使そのものです。

 

 三人組の最後、お淑やかに歩いているおたえは青地に紫陽花(あじさい)をあしらった浴衣姿で大人のような(みやび)な佇まい、なのですが流石に夏場の着ぐるみは暑さで死ねるのでそのリクエストは勘弁してもらえませんかね。

 

 

「せっかく女の子なんだから、可愛くすれば良いのにね」

 

 

 大手を振りながら先頭を歩いていた香澄が振り返り、みんなに同調するようにクスリと笑う。

 悔しいですが深い紅色に朝顔(あさがお)をあしらった浴衣はとても似合っていて、髪もいつもの星型に結わずに綺麗なストレートヘアと……。

 星髪姿の香澄は元気娘な見た目でとても魅力的なのですが、髪を下ろしてしまうと只の超絶美少女にしかならないので何と言うか色々と気を付けていただきたいものですよ、まったく。

 

 

「わたしはこれで良いのです、みんなの浴衣姿が見れればそれで」

 

 

 わたしの性格を知っている為か全員が呆れたような笑い声を返してくれる、有咲だけは深い溜め息でしたが。

 

 メンバー達の足元を彩る下駄が砂を擦る音が段々と雑踏に埋もれて街の音と同化していく。

 まだ会場までは相応の距離があるというのに、道路を埋める人波は段々とその激しさを増していく。

 予想するに現場は相当な人で溢れそう、そんな人混みの中で身長の高くないわたしやりみりんは無事に花火を鑑賞する事が出来るのでしょうかと一抹の不安が頭を過ぎってしまう。

 

 でも何処からか聞こえてくる笑い声、時折り聞こえる幼い子供の唐突な雄叫び、道行く全ての人達はみんな笑顔だ。

 ポピパやハロハピのライブもこんな光景になったら良いなって思う。

 ライブを観た人達がみんな笑顔になるなんて、そんな夢みたいなライブをいつかきっと……。

 

 ぼんやりと感傷に浸っていたら、唐突に腰に着けていたポシェットから着信を知らせる振動を感じた。

 スマホを手に取り画面を確認すれば奥沢美咲の名前。そういえばポピパで花火鑑賞を約束した後に美咲達にも誘われたのですよね、ダブルブッキングともいかないので残念ながらお断りしたのですが。

 

 

『あっどうも、大切に思われていないサブバンド扱いの奥沢です』

 

『嫌味を言う為に電話をしてきたのですかね?』

 

『戸塚さんが話したいんだって、代わるわ』

 

 

 第一声で嫌味を放つ美咲さん。誘いを断った時も弦巻こころは仕方がないわと諦めが早かったのに美咲は拗ねた態度を崩しませんでしたね、普段はヤレヤレ系のサバサバとした態度なので不貞腐れる仕草がやたらと珍しくて頭をナデナデして慰めてあげたのですよ。

 まぁその後に何故かヘッドロックを決められたのですが、あまりにも理不尽です。

 

 

『あっどうも、お姉様に花火デートに誘われてウキウキで待ち合わせ場所に行ってみたら本人の代理だった件、戸塚結衣でしゅ』

 

『ハロハピの花火鑑賞に結衣もどうですかと訊いただけですが?』

 

『悲惨でしゅ、弄ばれたでしゅ、気を利かせたお姉ちゃんが可愛い浴衣まで用意してくれたのに何と弁明すれば良いのでしゅか!』

 

 

 いや知らんがな。

 結衣は顔も頭も良いのに慌てん坊の面というか、こういうところは抜けているのがまた……可愛いのですが。

 

 

『あー、戸塚さんが可哀想だなー、これはー、優璃が慰めてあげなくちゃー、駄目じゃないのかなー』

 

『抑揚の無い話し方はヤメなされ。しかし美咲、わざわざ嫌味を言う為だけに電話をしてきた訳ではないのでしょう?』

 

 

 一時の間を空け、美咲は通話でもしっかりと聴き取れる程の深い溜め息を吐いた。

 

 

『こころが優璃達にも来てもらえば良いんだわとか急に言い出したりするからさ、瞬時に色々と察したお付きの黒服さん達を止めるのが大変だった訳よ、それの愚痴が言いたかっただけ』

 

『それはお疲れ様でございましたな。でも美咲は優しいね、ポピパで集まっているからって気を遣ってくれたのですよね』

 

『べ、つ、に、そうでもないけど』

 

 

 ヤレヤレ系の主人公みたいな美咲の態度は悲しいくらいに素っ気ないけれど、本当の内面は優しくて面倒見の良いとても素敵な人なのです。

 

 

『美咲、デートをしましょう』

 

『何を急にって、まさか本気で誘っているの?』

 

『勿論ですよ、ハロハピのみんなや結衣も誘ってみんなで遊びにでも行きましょうや』

 

『あのさぁ……バカ優璃』

 

 

 唐突に通話が打ち切られてしまった、もしかしてですがまだ軽く拗ねたままなのでしょうか。

 それにしても美咲は頼り甲斐のある有能な女の子でございますよ。

 仮に花女生徒会に入っても良い仕事をしてくれそうです。いつか無理矢理にでも神輿に担いで放り込むのも一興かもしれないですね、嫌がる反応も可愛いので。

 

 

「それで、誰とデートをするのかなぁ?」

 

「ふぇぇお許しをってあれれ沙綾、他のみんなは?」

 

「有咲が人の少ない秘密のスポットがあるから其処に行こうって流れになったけれど、電話に夢中だった誰かさんは私が連れて行くからって先に行ってもらったよ」

 

「ふむふむ、それはお手数をお掛けしまして」

 

「せっかくの夏の夜だし、それこそデートっぽく二人きりになりたかったし、だからね……」

 

 

 沙綾が優しく手を握ってくる、その手を握り返しながらそそくさと隣に並んだ。

 

 

「直ぐには追いつかないように、ゆっくりと歩こうね」

 

 

 思いがけない言葉に釣られて、心なしか嬉しそうな表情の沙綾を見やった。

 沙綾は普段から可愛い、けれど此方を向いて歯を見せながら笑った今の沙綾は浴衣も相まってか夏の緩やかな風がよく似合う美しさが漂う。

 浴衣美人の嫁に茫然と見惚れていると、沙綾に素知らぬ顔で素早く恋人繋ぎに握り方を変えられてしまった。

 夏の夕闇の訪れは酷く鈍足でまだまだ世界は明るく、しっかりと繋がれた手は恥ずかしさから人目が少しばかり気になってしまう。

 それでも繋いだ手を離す気にはなれない、絡めた指はまるで鉄錠のようにお互いの存在を結び付けてしまうのです。

 

 

「夏は好きなんだよね、気分が上がるっていうか大胆になれちゃう感じが」

 

「なるほど、それで先日のお泊まりは今まで以上に甘えてきたという訳ですな」

 

「ゆりが甘やかすのが悪い、ゆりは私も知らない私を引き出しちゃうから」

 

「綺麗でしたよ、やはり沙綾はわたしの嫁だなって強く思いましたね」

 

「大切にしてくれたのが凄く伝わってきて……」

 

 

 握っていた手とは反対側の手の甲を自らの唇に押し当て、沙綾は照れてしまったのか俯くように視線を外してしまった。

 このまま人波に任せて緩やかな下り坂を進めば屋台の立ち並ぶ賑やかな通りに差し掛かる、沙綾の話ではその手前の曲がり角から本流を外れて人の少ない目的地へと向かうようです。

 

 並んで歩く沙綾は宣言通りにゆっくりとお淑やかな足取り。

 その姿を眺めながら、最近のわたしは更に女性化が進んだのかもしれないと感じてしまう。

 もしも沙綾や香澄に彼氏が出来たなら、きっと今のわたしは理不尽にもその存在に嫉妬をしてしまう気がする。

 友達の恋路を心から応援する事が出来ないなんて狭量だし、格好良くありたい男としてはいかにも情けない心情かもしれない、例えそうだとしても二人を失うのは嫌だとさえ今は思い始めている。

 女性は理屈よりも感情で動くと聞きますし、この独占欲のような物は女性化が順調に進行している証左なのかもしれませんね。

 とはいえ女性化が進んだ今でも男の子には全く興味が湧かないのですが、わたしはやっぱり女の子同士の百合百合とした絡みを眺めながら平和に過ごしていたいようです。

 

 

「沙綾! ゆり! こっちこっち!」

 

 

 曲がり角で待ってくれていたらしい香澄達が、わたし達に気付いたのか陽気に手を振る姿が見えた。

 合流する為に急ぎ追いつこうとしたら、沙綾と繋いでいた手に軽い抵抗感を覚えた。

 振り返ってみれば足を止め困り顔のようにも見える複雑な表情をしている沙綾の姿、もしや何か深刻な問題でも発生してしまったのでしょうかね。

 

 

「どうかしたのですか、沙綾?」

 

「何でもないよ……行こうか、ゆり」

 

 

 再び笑顔を取り戻してくれた沙綾と手を繋いだまま歩き出す。

 

 

「大好きだよ、ゆり」

 

「知っていますよ、わたしだって大好きです」

 

「うん、私も知ってる」

 

 

 前を見据えたまま呟いた沙綾と同じく、わたしも顔を向けずに言葉を返した。

 お互いに大切な存在というのは、もう知っている。

 大切って言葉に色々な種類があるのをみんなが教えてくれた。だから全部は無理としても、せめて手の届く大切くらいは抱きしめて暖めていこうと思う。

 

 増していく景色の薄暗さと比例するように、街の賑やかさはお祭りの熱にあてられるように膨れ上がっていた。

 飽きずに手を振り続けている幼馴染みと笑顔で待っていてくれる有咲達ポピパのみんな、ちょっとばかりヤキモチ焼きな嫁もわたしにとっては失い難き大切な宝物だ。

 

 今のわたしが夢を語るなら、それはきっと小さな小さな夢。

 

〝大切なみんなと、いつまでも笑い合っていたい〟

 

 たったそれだけで、未来のわたしはきっと幸せなのです。

 

 

⭐︎ ⭐︎ ⭐︎ ⭐︎

 

 

「ありゃりゃ、みんなが消えている」

 

「消えた、じゃなくてわたし達が逸れてしまったのですよ!」

 

 

 両手から溢れる程に食べ物を抱えた香澄が白々しく驚いてみせる。

 再び六人で集まった後、屋台に繰り出そうと誰かさんが言い出した事での惨状にわたしも頭を抱えたい気分になった。

 ズラリと並んだ屋台通りを六人で歩いていた筈が、香澄に手を引かれ色々な屋台を駆けずり回っている内にいつの間にやら迷子になってしまったという次第です。

 

 

「ありさ達の分も買ったのに、どうしよう?」

 

「目的地は聞いたから慌てなくても大丈夫ですよ、スマホも有りますし」

 

 

 とりあえずお店で貰った袋に屋台で買った食べ物を突っ込んでいたら、香澄が腕に手を周すようにして抱きついてきた。

 

 

「もう、食べ物が落ちちゃいますよ」

 

「本当はゆりを独り占めしたくなったって言ったら、信じる?」

 

「いつも一緒に居るのにですかぁ?」

 

「もうちょっと場の雰囲気というものを勉強した方が良いと思うよ、ゆりは」

 

 

 わたしの方が身長が低いので抱き付かれた状態では歩き難く、香澄を宥めてから仲良く手を繋いで目的地まで歩く事にした。

 キョロキョロと頭を振りながら屋台に並ぶ人達を眺める香澄の瞳はキラキラと輝いている、という表現がぴったりと当て嵌まるくらいに楽しそうな姿は見ていてこちらも嬉しくなってしまうから不思議です。

 

 

「人が多いから余所見は危ないですよ」

 

「楽しそうな人を見ていると、自分も楽しい気分にならない?」

 

「ポピパの蔵練の時にそういう気分になりますね、みんな楽しそうに演奏していますから」

 

「わたしも練習を楽しそうに眺めているゆりを見るのが好き、でもあまり視線が合ってくれない時のゆりは嫌い」

 

「そんな殺生な、等しくメンバーを愛でるのがわたしの主義なのですぞ」

 

 

 繋いでいた手を離して数歩進んだ香澄が振り返り足を止めた。

 視線を上げると薄く額に汗を浮かべた香澄の顔、昼間からの残った気温のせいか頬も少しだけ紅いように感じた。

 

 

「今はゆりの瞳にわたしだけが映っている。どうしてだろう、今日だけはそうじゃなきゃ嫌だって思っちゃう」

 

「このお祭りみたいな雰囲気のせいじゃないですかね、わたしもポピパのみんなが今日は格段に綺麗だなと思えますし」

 

「ふーん、ポピパのみんななんだ」

 

「さぁさぁ香澄さん、そろそろ目的地に向かいますよぉ!」

 

 

 ジト目になった香澄の手を取って再び歩き出した。

 オカシイです褒めた筈なのに今のは完全にお尻を抓られる流れでしたよ、油断も隙もないです危なかったです。

 

 

「ふーん、みんななんだ」

 

「香澄はいつでも可愛いでしょまったく、言わせないでくださいよ」

 

「えへへもうゆりったら、別に照れなくても毎日言ってくれても良いんだよ?」

 

 

 一転して上機嫌となった香澄は相変わらず素直過ぎて心配になるレベルです。

 ここは幼馴染みの立場としてこの先も変な男に騙される事がないように、わたしがしっかりと護ってやらねばと改めて心に誓うのでした。

 

 

⭐︎ ⭐︎ ⭐︎ ⭐︎

 

 

 花火鑑賞の目的地は、小高い丘の上に建つ古ぼけた神社との事。

 想像するに丘の上なら見晴らしも良い筈なので人気のスポットになりそうなのに、鬱蒼とした背の高い木々が生い茂っているせいで花火を見るには全く適していないらしい。

 普段から近場のお年寄りくらいしか立ち寄らないらしく神社の周辺は静かで、人混みが苦手な有咲がオススメする秘密のお気に入りスポットのようです。

 

 神社へと向かう石造りの階段を、下駄履き姿の香澄の手を取りながらゆっくりと登る。

 無論ですが、人の少ない場所に美少女達が集うという事で周囲への警戒は抜かり無しです。不審者など当然ながらナンパ目当ての男共も許すまじ、姉さんが持たせてくれた防犯ブザーで地獄に突き落としてやりますぞ。

 

 

「脇道発見、ちょっと行ってみよう」

 

「嘘でしょ、もうすぐ始まってしまいますよ」

 

 

 階段を登っている途中で細い脇道を見付けた香澄は、わたしに同意を求める事なく強引に手を引いて堂々と道草を始めてしまった。

 野晒しの獣道という訳ではないですが、土の路面な事もあり下駄履きの香澄が足を滑らせないか気が気ではないですよ。

 

 鬱蒼とした木々の間を抜けて少し進んだ先には小さく開けた場所と、石造りの小さなベンチがひとつだけ在った。

 どうしてこんな場所にベンチがと思いつつ、座りたそうな仕草を見せている香澄の為にタオルを敷いてあげて並んで座ってみた。

 ベンチからの眺めは見晴らしは良いけれど残念ながら花火が上がる方向からはズレている、きっとそのせいでこの場所には人気が無いのでしょうね。

 

 

「此処からじゃ花火は見えないね」

 

「それ以前に、みんなの所に早く行かねばですよ」

 

 

 並んで座っているのですが、香澄が逃すまいと甘えて抱きついている体勢なのでどうしたものかと思案しております。そろそろ有咲達も心配してくる頃合いでしょうし。

 

 

「ゆりは運命って信じる?」

 

「わたしはその言葉はあまり好きではありませんな、定められたレールを歩かされているようで」

 

「わたしはひとつだけ信じているんだ」

 

 

 香澄に顔を向けると、彼女は真っ直ぐな視線をわたしの瞳へと向けていた。

 淡い星灯りに浮かび上がる香澄の顔は天女のような幻想的な美しさに見えて、見慣れている筈なのに心臓は微かに鼓動を速めてしまった。

 

 

「わたしとゆりは何があっても、例えどんなに形を変えても一瞬に居る運命だって」

 

「わたしだってずっと一緒だとは決めていますけれど、運命というには少し大袈裟では……」

 

「ねぇ、キミはどこまで覚えているのかな?」

 

「記憶なら事故より前のは失ったって知っているでしょ」

 

 

 いつもとは違う香澄の雰囲気に緊張が増す。まるで年上のお姉さんと話をしているようで、強すぎる香澄の存在に呑まれてしまいそうになる。

 

 

「わたしね、以前の優璃も大切な存在だったんだ。だから悩んでいっぱい迷った、でもね気付いたんだ」

 

 

 大きな炸裂音が響いて呑まれかけた意識が呼び戻される、どうやら花火大会が始まってしまったようです。

 

 

「例え元の存在じゃなくても、失ったものは戻らなくても」

 

 

 気が付けば目の前に香澄の顔、花火から漏れた光に照らされた瞳が不思議と星の光のように思えた。

 

 

「今のゆりも好きだなって、それ以上にわたしの事も好きになって欲しいなって」

 

 

 花火の衝撃波が無ければ、きっと自分の鼓動を誤魔化す事が出来なかったでしょう。

 

 

「てへっ、チューしちゃった」

 

「香澄の方こそ、場の雰囲気を勉強した方が良いのでは?」

 

 

 唇を離した香澄が途端にモジモジと恥ずかしがり始めた。

 いつもの香澄の姿に戻ってくれたようで安心する、先程までの妙な迫力はいったい何だったのでしょうかね。

 

 香澄が大慌てでスマホを取り出した。どうやら有咲が心配したようでアチャーと言いながら香澄はベンチから立ち上がった。

 

 

「ほらほら急がなきゃ、ゆり」

 

「あれれ、わたしが道草してたみたいな流れになっている」

 

「ポピパの間はお互いに恋人を作らない。だから幼馴染みのわたしがゆりの一番近くの存在、この席は誰にも譲らないから」

 

「香澄だって誰にも渡しませんよ」

 

 

 自然とお互いに顔を寄せ、もう一度だけお互いの存在を確かめ合う。

 再び手を繋いで元の道を戻り、階段をなるべく急いで登った。

 

 

「ゆりとの夏の思い出を作っちゃったぜ!」

 

「あの香澄さん、花火の音で掻き消されるからってあまり叫ばないで」

 

「これからは毎日チューしちゃうぜ!」

 

「思い出の価値を大切にしてくださいな!」

 

 

 遠くで花開く光を背に、大声で笑い合った。

 階段の先には、きっと心配顔の仲間達が待っている。

 怒られて、それでも笑って許してくれる素敵な仲間達が待っている。

 

 過去は失ったのかもしれないけれど、何もかも失ってしまった訳じゃない。

 階段を登った先に待っている景色が楽しみ、少なくともそう思える今の自分は青春真っ只中を走り続けているんだ。

 

 

 

 

 走り始めたばかりのキミへ、どうか素敵な星の鼓動が降り注ぎますように。

 いつか出会える夢を信じて、今を踏み出すキミを待ち続けてる。

 

 

 

 

 






完結ありがとうございました。

月白猫屋より感謝をこめて
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