怪獣失楽園:アニゴジ世界で怪獣プロレス。   作:よよよーよ・だーだだ

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番外編シリーズ:タチバナ姉妹の終末旅行
回想:タチバナ=リリセ、はじめての怪獣プロレス


「……なあ、前から気になってたんだけど」

 

 次の目的地まで移動中、隣に座っているエミィ=アシモフ・タチバナが訊ねた。

 

「そういえばリリセって怪獣を怖がらないよな」

 

 ……そうかな。人並に怖がってるつもりだけど。

 わたし、タチバナ=リリセがそう答えるとエミィは「いや、違うな」と言った。

 

「人並みに怪獣を怖がってる奴はアンギラスにホバーバイクで特攻したり、メカニコングにモゲラでプロレスを挑んだりしない。悪の宇宙人の本拠地に殴り込んだりもしない。逃げるだろ、普通は」

 

 そんな命知らずのアホみたいに言われるのは心外だなあ、まったく身に覚えがないってわけでもないけどさ。

 わたしは答えた。

 

「わたしだって逃げられるときは逃げるよ? でもあのときはそういかなかったわけで」

 

 アンギラスもメカニコングも、孫ノ手島のときだってそうだ。

 自分だけ逃げたところで無事に済んだかどうかはわからないし、仮に助かったとしてもそのときは他の人が犠牲になっていた。そうなったら、たとえ自分だけ無傷で済んだとしてもわたしはきっと一生後悔しただろう。

 けれどもエミィは言った。

 

「いや、それでも逃げるだろ。誰だって自分の身が可愛い。たとえ一生後悔するってわかってたとしても、それでもいざとなれば身が竦み、逃げ出しちまう。それが普通じゃないのか」

 

 そう語るエミィは、どこか遠い目をしていた。

 ……かつてエミィが語った彼女自身の過去。エミィ=アシモフ・タチバナは、エクシフの信仰にハマって破滅してゆく父親と、そんな父親を食い物にしようとする周囲のズルい大人たちの姿を目の当たりにして育った。そんな彼女だからこそ『人間の弱さ』には人一倍敏感なのかもしれない。

 しかし改めて考えてみると、エミィの言うとおりだ。他の人、たとえばエミィがアンギラスにホバーバイクで特攻しようとしたらわたしだって止めるだろう。

 ということはわたしは怪獣を怖がってないのだろうか。自分では考えたこともなかったけど。

 

「それに多摩川でラドンに襲われたときだって、『殺さずに追い返せ』なんて言ってたよな。普通は殺すんじゃないのか」

「あのときは『追い返すだけで済むかもしれない』と思っただけだよ。誰も傷つかないで済むのが一番だからね」

 

 たしかにエミィの言うとおり、『殺す』のは一番簡単だ。後腐れもないかもしれない。

 しかし、簡単ではあるが短絡的な判断でもある。怪獣は人間にとっては害獣だが、一方ではれっきとした地球環境の一員でもある。猛獣だからといって狼や熊を皆殺しにしてしまえば生態系のバランスが崩れてしまうのと同じように、怪獣もやたら殺してしまっていいものではない。

 それに怪獣にも意思、心がある。人間にも善い人がいれば悪い人もいるように、怪獣の方も積極的に人間を傷つけたいと思っているわけではないはず。

 たとえ怪獣と遭遇したとしても穏便に済ませることだってできるかもしれない、ヒトと怪獣だって上手く付き合えるに越したことはない、そう思ったのだ。

 ……まあ上手くいかなかったけどね。

 自嘲の笑みを漏らすわたしを見ながらエミィはちょっと考え込んでいたが、やがて言った。

 

「……やっぱり変だ」

「やっぱり甘い考えだよね……」

「いや、そこじゃない」

 

 じゃあどの辺が? 尋ねるわたしに、エミィは言った。

 

「『誰も傷つかないで済むのが一番』、たしかにそうだ。だけどそこに怪獣をカウントする人間はいない」

 

 ……そうかな? モスラもいるじゃない。

 わたしがそう言うと、エミィは反駁した。

 

「モスラは例外だ。変人だし」

「変人て」

「人間の味方をする怪獣なんてモスラくらいなもんだ。十二分に変人だろ」

 

 わたしは苦笑した。世話になった恩人モスラにさえこの言い様、如何にもエミィらしいというかなんというか。

 とはいえ、エミィの言うことは事実でもある。変人、という言い方が悪いにしても、怪獣の基準で言えばたしかにモスラの平和主義者っぷりは相当の変わり者と言えよう。

 ……いや、待てよ。

 わたしは記憶の端に引っ掛かるものがあるのに気付いた。『人間の味方をする怪獣』、引っ掛かりを手繰り寄せ、過去の思い出を掘り起こす。

 そしてちょっとした()()を思いつき、にやけそうな口元を抑えながら言ってみた。

 

「案外そんなことないかもよ? 他にもいたりするかもよ?」

 

 そんなわたしに気付かないエミィは、勢いそのままこんなことを言った。

 

「いやいないだろ。いたら目でピーナッツ噛んでみせらぁ」

 

 あら、そんな強気なこと言っていいのかしら。わたしは提案した。

 

「どうせだったら目でピーナッツじゃなくて違うものにしてほしいな」

「なんだ、言ってみろ」

「たとえば一日ハグとキスし放題とか」

 

 途端、エミィは眉間に皺を寄せた。

 

「……まるでそういう奴がいるって知ってるみたいな口ぶりだな。まさか知ってて言ってるんじゃないだろうな」

 

 ……ちっ、言質を取るつもりだったのに感づかれてしまったか。エミィ、こういうところはスルドイからなあ。

 危うくハメられかけたことを察知したエミィは、わたしに迫った。

 

 

「やっぱりそうか。いるんだな、『人間の味方をする怪獣』が」

 

 

 ……あーあ、せっかく一日ハグとキスし放題かと思ったのにな。観念したわたしは、白状することにした。

 

「まぁ、()みたいなのは珍しいかもね、モスラともちょっと違うし」

 

 『彼』、わたしの思い出の怪獣。そういえば『彼』は今どこで何してるんだろう。

 勝手にひとり思い出に浸っているわたしに、エミィは片眉を吊り上げて訊ねた。

 

「……『彼』って誰だ?」

 

 あれ、言ったことなかったっけ?

 わたしが聞き返すとエミィは首を左右にする。

 

「知らないな。誰だそいつ」

 

 ……そういえばエミィには話してなかったかな。人前でベラベラ喋るような話でもないし、エミィには話したつもりで話してなかったのかもしれない。

 まあ良い機会だ、ちょっと話しておこうか。

 

「もう彼此(かれこれ)6、7年前の話になるのかあ……」

 

 

 

 

 タチバナ=サルベージを立ち上げる前の話。

 わたしは将来的にサルベージ屋として自立するため、ヒロセ工業の工員としてサヘイジさんの下で、現場経験を積んでいた。

 あのとき、当時16歳のわたしはサヘイジさんの付き添いで海のサルベージ依頼をこなしに行ったのだ。

 たしか目的は『移動する環礁』だったかな。

 

「移動する環礁? なんだそれ」

「海を漂ってたらしいんだよね、岩の塊が」

「岩の塊が? んなもん漂うわけねえだろ」

 

 エミィの言うとおりだ。浮遊する環礁、そんなものがあったら怪奇現象である。

 

「わたしもそう思うけど、何人も目撃したり、何艘も船がぶつかって事故を起こしたりしてて、あの頃のサルベージ屋界隈じゃあ『ひょっとして未知のレアメタルじゃないか』ってそれなりに話題になってたんだよね」

 

 今回の仕事は、他の会社さんとの協働作業だった。

 サヘイジさんが沖合に出ているあいだ海岸で待機してたわたしは、他の会社さんに雇われていた作業員の男に声をかけられた。

 年齢はわたしより上、如何にも海の男って感じの大人の人。海に出る前の事前作業で一緒になり、作業しているうちに気が合い仲良くなった人だ。

 男の提案はこうだった。

 

『おれたちだけで〈移動する環礁〉を探してみないか?』

 

 その誘いに、わたしは即座に乗った。

 今から思えばちょっとは警戒しろよバカタレとハリセンでツッコみたくなる愚行なんだけど、当時のわたしはそんなことちっとも考えなかった。

 当時のわたしは、まあティーンエイジャー特有のアレで、むやみやたらと功名心旺盛だった。長年お世話になってたことから『一刻も早く皆の役に立てるようになりたい』なんて殊勝な気持ちもちょっぴりはあったけど、どちらかというとあれはやっぱりただの承認欲求だったと思う。

 

 ゴウケンおじさんはじめヒロセ工業の大人たちは、そんなわたしのことを温かく見守ってくれていたけれど、一方で過保護なところがあったのも事実だ。

 たとえば師匠のサヘイジさんは、わたしが頼んだらどんな現場にも連れて行ってくれたし、どんなメカも触らせてくれたけど、怪獣が絡みそうな場面があったときはいつも前線に出させてもらえなかった。

 当時のわたしはそれが不満で仕方なかった。

 ……サルベージ屋に怪獣、多少の危険は付き物だ。それを先回りして取り除けてしまったら、ちゃんとした経験なんか積めないじゃん。そんな補助輪つけたような状態で、一人前のサルベージ屋として自立なんて出来るはずがない。

 今回の仕事もそうだ。海は怪獣と出くわす危険がある、というのでわたしは海岸での作業を任されるばっかり、沖合への捜索には連れて行ってもらえなかった。

 

 だから、その申し出に対して『チャンスだ』と思ってしまった。

 

 ……大人たちはわたしを子供扱いしてるんだ。だからもしここで手柄を上げたら大人たちの鼻を明かせる。きっと一人前のサルベージ屋として、もっとちゃんとした現場に連れて行ってもらえるようになるに違いない!

 と、そんな風に考えたのである。

 ……今思うとホントマジバカの極みだと思うけど、まあ、若かったからね。

 夜中、サヘイジさんら大人たちが寝静まった頃を見計らってわたしたちは出発。

 濡れても良い様に水着に着換えてから上に作業着を羽織り、男が密かに用意していたボートに乗って、夜の海へと漕ぎ出した。

 

 

 

 

 ……と、ここまで話したところでエミィが「ちょっと待て」と話を止めた。

 

「今、水着って言ったか?」

「うん、そうだよ、だって海だもの」

 

 そう答えた途端に、エミィが物凄い顔をした。

 ……なんでそんな、青汁をガブ飲みしたみたいな顔をするのさ。

 

「……まさかあのえぐい水着じゃないだろうな」

「えぐい、って。普通じゃん」

「おまえが着るとえぐいんだよ」

 

 たかだか紐ビキニごときでそんな大袈裟な。エミィってこういうとこ結構カタいよね。

 ……まあ、当時から人並み以上(Gカップ)だったけどさ。

 と、ここでふと思い出した。

 

「あ、海行くなら水着買わなきゃ。サイズ合わなくなってるだろうし」

 

 そうなのである。今回はエミィと一緒に海、南の島へ行く計画を立てているのだ。

 気持ちいいくらい晴れた真夏の青空、潮風の流れる穏やかな気候、白い砂浜と打ち寄せる波、まさにバカンス!

 海を渡る手配は既に済ませてある。航海といえば怪獣と出くわす危険と隣り合わせなこの御時世、信頼できる業者を探すのはかなり手古摺ったが、これに関してはエミィが孫ノ手島で分捕ってきた『軍資金』が役に立ってくれた。

 やっぱりマネーイズパワーよね。

 

 しかし、肝心の水着のことを忘れていた。

 海で遊ぶなら当然泳ぐし、泳がないにしても濡れても構わない格好、すなわち水着が必要だ。

 ところがわたしたちは『モスラの森』で超健康優良生活を一年ほど続けたために体型がかなり変わってしまっており、水着の方も新調する必要があるのをすっかり忘れていた。

 『どこが変わった』って? ブクブク太ったわけではないことだけは乙女の尊厳に誓っておくけど、それ以上は武士の情けだ、聞いてくれるな。きついのだ、特に胸が。

 ふん、とエミィが不機嫌そうに鼻を鳴らした。

 

「次はもっとまともなのにしろよな。この超ゴジラ(Iカップ)め」

「超ゴジラゆーなし!」

「やーいやーい妖怪爆乳ボタン飛ばしー」

「妖怪ゆーなし!!」

 

 散々言われたので、わたしはちょっと“仕返し”をしてやることにした。

 

「というかエミィも買うんだよ?」

「は?」

 

 豆が鳩鉄砲、じゃなかった鳩が豆鉄砲を食らったような顔をするエミィ。

 ワレ奇襲ニ成功セリ。わたしは言った。

 

「当たり前じゃん。他人(ひと)の体型どうこう言うけど、エミィだって前の着れないでしょ」

「ゔっ」

 

 それに前のは古着、それもスクール水着だった。あんな糞ダサい水着、たとえ着れたとしてもわたしは許さない。

 軍資金は唸るほどあるのだ、とびっきり可愛い水着を用意してあげなくちゃね。むっふっふ。

 そんなわたしの笑いに不穏なものを感じ取ったのか、エミィは話題を変えた。

 

「……で、話を戻すけど、それでどうなったんだ、その『彼』とかいうやつの話は」

 

 ……よし、これで話は戻ったぞ。わたしは続きを語ることにした。

 どこまで話したっけ? ああ、そうか、ボートが海に出た辺りだったね。

 

 

 

 

 その晩は月夜だった、と思う。

 柔らかな月明かりに照らされた仄暗い海を、わたしと男の二人を乗せたボートが進んでゆく。

 今にして思えば、男の様子は明らかにおかしかった。

 ボートのデッキにわたしを誘い出すと、男は言った。

 

『リリセちゃん、その恰好は『誘ってる』、ってことでいいんだよね??』

 

 ……いったい、何を言ってるんだろう。

 水着を着たのは水場の作業で服が濡れると思ったからだ。別に他意なんかない。

 そう反論したけれど、男は耳を貸そうとせず、わたしの両手を力一杯に掴んで、ボートのデッキの床へと抑え付けた。

 わたしの方も暴れるけれど、大柄な男と小娘の体格差では到底振り払えない。

 そのときになってわたしはようやく、男の真意を悟った。

 

 男は、最初からわたしに乱暴するつもりで連れ出したのだ。

 

 気が合うと思ってた大人の突然の裏切り。

 そのときのわたしを支配していたのは混乱、危機感、そして恐怖。

 大声で悲鳴を挙げてみたけれど、ここは遠い沖合だ、陸のサヘイジさんたちには到底届かない。

 護身用のピストルは船内だ、今の場所からでは手が届かない。

 頭の中は真っ白。サヘイジさんから叩き込まれた護身術の数々も、大好きなアクション映画のカンフーアクションも咄嗟には出て来ない。

 男の上気した赤ら顔が迫り、荒い鼻息がわたしの顔に掛かったとき、わたしは自分がこれまで如何に守られていたのかを自覚した。

 ……怪獣がいる現場に連れ出してもらえなかったのは、単に怪獣から護るためだけじゃない。まさにちょうど今みたいに悪い人間に付け込まれたとき、怪獣に手一杯の状態では咄嗟に守れないからだ。

 そんなこともわからず一丁前に勘違いして、イキがって、わたしはなんて馬鹿なクソガキだったんだろう。

 そんな自分の愚かしさを、わたしは心の底から後悔した。

 そんなときわたしは気付いた。

 

 海が荒れている。

 

 最初は揉み合っているからだとも思ったけれど、それにしては激しすぎる。まるで荒海に揉まれているかのようだ。

 そう思っているうちに一際大きく揺れ、男も異変に気付いたようだった。わたしの腕を放し、立ち上がると手近な手摺にしがみつく。

 それと同時、駄目押しとばかりに大きな揺れが襲うと同時に、天地が引っ繰り返る。

 ボートの上にいたわたしたちは宙へと吹っ飛ばされ、昏い海へと放り出される。

 ボートが転覆したのだ。

 ……高波? あんなに穏やかな海だったのに??

 海面へ投げ出され、わけもわからず混乱するわたしたち。

 

 

 

 

 その頭上に『巨大な影』が覆いかぶさった。

 

 

 

 

 海に投げ出されたわたしたちは引っ繰り返ったボートに縋りつこうとしたけれど、その手前に『巨大な掌』が振り下ろされて、ボートは真っ二つに叩き割られてしまった。

 眼前でボートを破壊した巨大な腕、わたしはその腕の主、『そいつ』の姿を見てしまった。

 

 『そいつ』は、これまで見てきた中でどんな生き物、いいや怪獣にさえ似ていなかった。

 吸盤のついたごっつい手足。トラバサミのように鋭い歯が無数に生え揃った凶悪な顎。

 そして何より、身体に対してあまりにもバランスが悪い、あまりにも巨大すぎる角と頭。

 一言で言えば『手足の生えた出刃包丁』というか『首から上がまるごと匕首(あいくち)になっている』というか、とにかくこの世のものとは思えない異形の怪獣だった。

 海面を見下ろした包丁頭の怪獣と、わたしは目が合った。

 何を考えているのか読み取りづらい、虚ろな表情。夜の闇に爛々と灯った眼の光と、ゴミを見るような目つき。

 包丁頭がニタリと笑い、わたしは直感した。

 

 こいつ、わたしを殺す気だ。

 

 包丁頭の怪獣が、つい先程ボートを叩き潰した凶悪過ぎるカギ爪を伸ばす。

 海面をぷかぷか浮かんでいるだけのわたしは到底逃げられない。

 頭からバリバリと喰われるか、もしくは玩具のように捻り潰されるか。凄惨な末路を想像し、わたしは目を瞑る。

 

 

 途端、爆音が轟いた。

 

 

 おもむろに目を開いて音源へと向けると、眼前に『巨大な岩の塊』が出現していた。

 全長は50メートル以上はあったろうか、規則正しいリズムで襞が形作られた美しい流線型のフォルム。

 ……なにこれ、ついさっきまで影も形もなかったはずなのに。

 暴漢に襲われ、怪獣に船を破壊され、突如出現した岩の塊。わたしが混乱の渦中に陥る中、追撃するかのように事態は急変する。

 

 ()()()()()()()()

 

 立ち上がった岩は思ったよりも平たい形状で、側面から鋭いカギ爪の揃った手足と、同じくらいに尖った牙の生えた頭がひょっこりと現れた。

 固く瞑っていた瞼が開かれてエメラルドのような緑色の瞳がきらりと光るのが見えたかと思うと、さきほど聞こえた爆音が今度は()()()の口の中から轟いた。

 爆音だと思ったのは怪獣の鳴き声で、岩の塊だと思ったのは怪獣の甲羅。

 そのときわたしは、自分が元々何を探していたのかを思い出した。

 ……巷で噂になっていた『移動する環礁』。

 

 その正体は『巨大なカメの怪獣』だったのだ。

 

 立ち上がってファイティングポーズを取ったカメ怪獣は、挑発するように勇ましい雄叫びを挙げながら包丁頭の怪獣へと飛び掛かる。

 包丁頭の怪獣は、自慢の包丁頭を振り回しながらカメ怪獣に組み付く。

 二大怪獣が組み打ち、四つに組み合って、巨体をぶつけ合う衝撃が一帯に響き渡る。

 カメ怪獣と包丁頭の怪獣プロレスだ。

 

 一方わたしは、即座に逃げ出そうとする。

 二大怪獣が取っ組み合う内に出来るだけ距離を取ろうとするわたし。しかし、荒れ狂う怪獣プロレスの余波に揉まれて上手く泳ぐことができない。

 このままでは溺れてしまう。死に物狂いで手足をばたつかせて泳ごうとするけれど、泳ぐどころか海面に浮かんでいることすらままならない。

 というか、息が、続かない。

 顔から波を浴びて水をがぶ飲みしてしまい、呼吸器が噎せ返り、脳がパニックを起こす。

 

 カメ怪獣と包丁頭の怪獣、二大怪獣がプロレスを繰り広げる轟音と雄叫びが聞こえる中、わたしの意識は海中深くへと沈んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 気がつくと、わたしたちは浜辺に打ち上げられていた。

 

 意識を取り戻したわたしは自分の状態を確認する。全身砂だらけ、けれど怪我は負っていない。

 わたしに乱暴しようとした男の方はというと、傍で呻き声を挙げながら砂浜に転がっていたけれど命に別状はなさそうである。

 ……そうだ、怪獣同士の対決はどうなった? あの包丁頭の怪獣は??

 身を起こし、沖の方へと視線を向ける。

 

 カメ怪獣と包丁頭の怪獣の対決は、決着がついていた。

 

 包丁頭の怪獣は、見るも無残な姿に成り果てていた。

 片腕と下半身が無い。肩から胸にかけて袈裟懸けに引き千切られ、臍下の傷口からは生々しい内臓がぼとぼととグロテスクに零れ落ちている。

 

 カメ怪獣の方も満身創痍だ。きっと滅多斬りに斬りつけられたのだろう、カメ怪獣は全身に無数の切り傷を負っていて、そのところどころから緑色の鮮血が噴き出ていた。立っている足取りもどこか覚束ない。

 傍から見ても限界に近いそんな状態だったが、それでもカメ怪獣は両手のカギ爪で包丁頭の怪獣の胸倉をしっかりと掴んで離さず、それどころか『絶対に逃がさない』と言わんばかりに高々と吊し上げていた。

 包丁頭の怪獣は頭と片腕だけになりながらも悲鳴を挙げて藻掻いていたが、そんな状態では到底逃れられるはずもない。

 

 カメ怪獣は、鷲掴みにした包丁頭の怪獣を鬼の形相で睨みつけながら、深々と息を吸い込んだ。

 吸い込むうちに『彼』の顔の周囲に蒸気が立ち込め、蜃気楼が揺らめき始める。口の周りから高熱が発せられつつあるのだ。

 牙の隙間から火焔と噴煙、プラズマの火花が滾り始め、爆炎は燃えるプラズマの球、いわば〈プラズマ火球〉を形作る。

 そんなカメ怪獣の姿を見た包丁頭の怪獣が、絶望の悲鳴を上げたまさにそのとき。

 

 

 一帯に轟く爆音とフラッシュ。

 浜辺のわたしは思わず頭を庇った。

 

 

 強烈な耳鳴りと眩輝(グレア)。それらが収まり、わたしは目を開ける。

 さきほどカメ怪獣が作ったプラズマ火球を顔面から喰らったのだろう、包丁頭の怪獣は頭が跡形もなく吹き飛んでいた。

 頭を喪った包丁頭の怪獣、その残骸を海へと放り捨てたカメ怪獣が雄叫びを挙げる。

 カメ怪獣と包丁頭の怪獣の対決。

 勝者はカメ怪獣、いいや、『彼』の方だ。

 

 

 生まれて初めて観た怪獣プロレス、その決着をただ茫然と眺めていたわたし。

 そんなわたしを『彼』は一瞥すると、両手足と頭を甲羅に引っ込めた。

 ……何をするんだろう。わたしがそう思っていると、再び異変が起こった。

 

 両手足と頭を引っ込めた穴から、猛烈な白いジェット噴射が噴き出したのだ。

 

 吹き荒れる猛烈な熱風と唸りに、海面が荒れ狂い、砂浜の砂が吹き飛ばされてちょっとした砂嵐が巻き起こる。

 ロケットブースターへ点火したよりも激しいジェット噴射を噴き出しながら、カメ怪獣の巨体が宙へと浮かび上がる。垂直に噴き上げるだけだったジェット噴射の方向はやがて水平方向へと切り替わり、『彼』は甲羅だけの姿でネズミ花火のように高速回転し始めた。

 回るジェット噴射、まさに〈回転ジェット〉だ。

 回転ジェットで空へと飛び上がった『彼』は、そのまま高速回転しながら空を飛び、遠くの空へと消えていったのだった。

 

 一連の光景が収まったあと、わたしはポカンと口を半開きにしていたことにようやく気が付いた。

 カメ怪獣と包丁頭、二大怪獣による怪獣プロレス、プラズマ火球、そして回転ジェット。あまりにも常識離れな怒涛の展開の連続に、わたし、タチバナ=リリセはただ唖然とするしかなかったのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……っていうお話だったのさ。おしまい」

 

 そのあとは大変だった。

 ゴウケンおじさんには死ぬほど怒られるし、ゲンゴ君には心配されるし、サヘイジさんなんか『御嬢を危険な目に遭わせるとは一生の不覚、死んでお詫びします!!』って腹切ろうとするし。

 もちろん提携元の会社さんとは大喧嘩、わたしを連れ出そうとした男はヒロセ工業の若衆にタコ殴りにされて、危うく『仁義なき戦い』みたいになりかけた。立川の自治区の仲裁が入らなかったらどうなってたことか。

 その後の顛末を話していたわたしは、ふと気付いた。

 

「どうしたのさ、そんな目しちゃって」

 

 エミィは胡乱な目つきをしていた。

 

「……ウソくせえな」

 

 えぇー? ウソは言ってないんだけどなあ。

 なにしろ昔のことなので多少の記憶違いはあるかも知れないが、わたしとしては一切盛ってもいないし、伏せた事実もない。嘘偽りのない事実を話したつもりである。

 けれどもエミィは言った。

 

「『手足の生えた出刃包丁』に『プラズマ火球を吐いて、ジェット噴射で空を飛ぶカメ』? 溺れかけた拍子に夢でも見たんじゃないのか??」

「自分でもそう思うけど本当だってば」

 

 カメ怪獣こと、『彼』。

 この一件のあと、『彼』のことを知りたくて仕方なかったわたしは怪獣図鑑を山ほど読み漁ってみた。

 たとえばカメの怪獣といえば大亀怪獣カメーバなんてのがいるが、カメーバは火を吐かないし、もちろん空も飛ばない。

 だけど『彼』は口から放ったプラズマ火球であの恐ろしい包丁頭の怪獣を木っ端微塵に吹っ飛ばして見せたし、回転ジェットで空も飛んだ。そんな特徴に該当する怪獣は、どの怪獣図鑑にも載っていなかった。

 それに、同船していた男も、包丁頭の怪獣に襲われたことは認めたが、海に投げ出された拍子に気を失っていたらしく、その後現れた『彼』のことは見ていなかったのだという。

 ……『夢でも見たんじゃないか』

 エミィが言うように、自分自身を疑ったこともある。

 だけど、どうしても忘れられなかった。プラズマ火球に回転ジェット、たしかにこの目で見たのだ。

 強弁するわたしに、エミィは「わかった、わかった」と答えた。

 

「ホントに? 信じてくれるの??」

「法螺ならもうちょっとマシなのを吐くだろうしな。おまえがそこまで言うなら本当にいたんだろうさ」

 

 そう呆れ半分で納得してくれつつ、エミィはわたしに訊ねた。

 

「……で、そいつがどうして『味方』だなんて思ったんだ?」

「えっ」

 

 意表を突かれたわたしに、エミィは問う。

 

「そのカメ怪獣だってたまたま人間なんか眼中になかったのかもしれないし、ひょっとすると餌の取り合いだったのかもしれないだろ。人間の味方かどうかなんてわからないじゃないか」

 

 ……随分と無粋というか、意地の悪いことを言うね。実際のところはたしかにそうだったのかもしれないけどさ。

 わたしは率直に答えた。

 

「うーん……勘?」

「勘かよ」

 

 ずっこけそうになるエミィに、わたしは「勘ってのは流石に冗談だけどさ」と続けた。

 

「もし『彼』が人食い怪獣だったら、わたしたちのことを放って去ってゆくのも変だと思わない?」

「気が変わったのかもしれないだろ」

「まあ、そうかもしれないけど、それでもわたしには『彼』が敵だとはどうしても思えなくてね」

 

 別れ際に見た『彼』の顔。

 たしかにシルエットは刺々しかったし、顎から突き出た牙は暴力的なまでに凶悪で如何にも恐ろしげだ。

 

 だけど、緑の瞳に灯った光は、なんだかとても優しかった。

 

 『彼』と包丁頭の怪獣の対決は、海に投げ出されたわたしたちのすぐ傍で繰り広げられた。

 その時は気にする余裕なんかなかったけど、そんなすぐ傍で巨大怪獣同士が戦ったりしてたら巻き添えで潰されていたっておかしくない。それなのにわたしたちは最終的に浜辺へ、それもほぼ無傷で助かった。助かったのはともかく、無傷だったのはいくらなんでも運が良すぎる。

 それに、思い返してみると、わたしたちが打ち上げられた場所は浜辺にしては随分と内陸だった気がする。あるいは『彼』が運んでくれたのかもしれない。

 ……『彼』の真意が何だったのか、わたしには分からない。

 単に敵と戦っていただけかもしれないし、あるいはエミィの言うとおり餌の取り合いだったのかもしれない。結局のところ怪獣の心なんて、人間風情にはわかりはしないのだ。

 しかし、助けようとしてくれたにせよ、たまたま巡り合わせでそうなっただけにせよ、『彼』がいなかったらわたしは間違いなく包丁頭の怪獣に獲って喰われていた。それもまた事実だ。言うなれば『彼』は命の恩人みたいなもんである。

 それに……

 

「それに?」

 

 続きを促すエミィにわたしは言った。

 

 

 

 

「それに、なんだか夢があるじゃない? 『幼気な女の子の味方をしてくれる怪獣』、そんなのが一匹くらい居てくれたらさ」

 

 

 

 

 その言葉にエミィは最初腑に落ちないような顔をしていたけれど、やがて「……まあ、そうかもな」と思い直した様子で席を立った。

 

「そろそろ到着じゃないか。ほら、『陸』が見えてきたぞ」

 

 そう言ってエミィが指差した窓の向こう、大海原を超えた果てに陸地が見えた。

 わたしたちが向かう予定の南の島『沖縄』。九州南端から丸一日ほど掛かったけれどようやく到着だ。

 

「そうだね。準備しよっか」

 

 あー、腰がゴワゴワだっ。

 長時間座って凝り固まった身体を屈伸運動でほぐしながら、わたしも席を立つ。

 

「いよいよ夢に見た沖縄旅行! エミィの水着姿、楽しみだなぁー」

「……ちっ、覚えてたのか」

 

 不機嫌そうに舌打ちするエミィに、わたしは自信満々に「そりゃあ覚えてますとも、忘れるわけがないでしょう?」と応える。

 

「あ、そういえばさっきの一日ハグとキスし放題券って」

「よーし荷物取ってくるかー」

「あぁん、待ってよエミィ!」

 

 そそくさと逃げ出すエミィと、あとを追うわたし。

 二人でふざけ合いながら、わたしとエミィは下船の準備を進めた。

 

【挿絵表示】

 

206x年 沖縄にて撮影

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 北西太平洋のマリアナ諸島、その東にあるというマリアナ海溝。

 その深さは水面下10,000メートル以上、この地球上に存在する海溝の中では最も深い海底凹地。

 そこで『彼』は物思いに耽っていた。

 遠い昔、怪獣黙示録の時代が始まる前のことである。

 『彼』が初めて出会ったとき、かの『キングオブモンスター』はこんな提案をした。

 

 ――おれと来ないか。

 

 訝しむ彼に、キングオブモンスターは続けた。

 

 ――よくよく思い出してみろ。環境破壊、悪魔の火、戦争。災いの影(ギャオス)? 柳星張(イリス)??

 ふざけるな、みんな人間が自分で蒔いた種じゃないか。なのになんで()()()が尻拭いしてやらにゃならんのだ。

 挙句にそんな禍々しい、痛々しい姿にまで成り果てて。

 人間は欲深で、浅はかで、そして底無しに愚かだ。おまえみたいな御人好しはこれからも都合よく利用され続けるだろう。

 そんな不条理、許せると思うか? たとえ他の誰が許そうとこのおれは許さん。おまえみたいな善い奴が、人間なんかの為に食い物にされていいわけないだろうが。

 

 おれはこれから世界中を巡って仲間を募るつもりだ。オベリスクの巨獣(ガッパ)、北極の猛毒蜥蜴(リドサウルス)、インファントの女王(モスラ)。あいつらもきっとおれに賛同してくれるだろう。怪獣黙示録の始まりだ、目に物を見せてくれる。

 ……髑髏島の猿(キングコング)は駄目だった。せっかく最初に誘ってやったのにあいつ、おれを『狂っている』とぬかしやがった。『憎しみと怒りで目が眩んでいる』と。あんな奴を誘ったのが間違いだった。もう彼奴(きゃつ)に頼ろうとは思わん、色惚(いろぼ)け狂いのエテ公め。

 

 まあ、ともかくだ。

 もしもおまえが来てくれたなら、これほど心強いことはない。侵略者にも天変地異にも、きっと誰にも負けやしないだろう。

 そしてすべて終わったらそのときは。

 誰も争わない、誰も傷つけあうことがない。

 皆で仲良く笑って楽しく暮らせる新世界。

 そんな〈楽園(Paradise)〉を創ろうじゃないか――

 

 

 ……馬鹿げた夢だ、と思った。

 怪獣黙示録に楽園(Paradise)、そんな夢物語など叶うはずがない。

 利用というのなら、キングオブモンスターこそ他の怪獣の力を当てにしている。仲間? 手下の間違いじゃないのか。これを利用と言わなくて、一体なんだというのだろう。

 

 そう思いながらも、なんだか憎めなかった。

 

 『誰も争わない、誰も傷つけあうことがない楽園』『皆で仲良く笑って楽しく暮らせる新世界』……こいつ、こんなことを言う奴だったのか? 解釈違いも良いところだ。ひどく意外に思った。

 『おまえみたいな善い奴が、人間なんかの為に食い物にされていいわけないだろうが』……人間憎しのあまりに出たデマカセの甘言かもしれないが、その言葉に多少救われたのもある。

 誰もが欲しがるだろう素晴らしい理想の世界、その実現を本気で目指そうとしているキングオブモンスターは、『彼』が愛してやまない者たち、そして『彼』自身がかつて持っていたものと同じ純粋さを持っていた。

 

 それに、戦うつもりで対面してみたものの、考えてみれば別にキングオブモンスターに対抗心があったわけじゃない。この星の支配者? そんなもの元より興味すらない、キングでもなんでも好きに名乗ればいい。共存共栄を望むというのなら、条件次第では乗ってやってもいいと思う。

 さらに言えば、怪獣黙示録云々はともかく、実際キングオブモンスターの言うとおり人間は欲深で、浅はかで、そして愚かだ。もしも人間が消え去ったなら空も海も汚されることはないし、悪魔の火が焚かれることも、戦争が起きることもない。あるいはキングオブモンスターがのたまう楽園(Paradise)とやらも、人間さえいなくなれば本当に実現可能なのかもしれない。

 そんな考えが、彼の中でよぎった。

 

 しかし、そこまで逡巡しつつも、彼は結局キングオブモンスターに靡かなかった。

 世界征服、霊長の座、好きにすればいい。ただ、その過程でどうしても、どうしても我慢ならないことがひとつだけあった。

 それをきっとキングオブモンスターは理解出来ないだろう、なにしろ『彼』自身だってどうして()()なのかよくわかっていないのだから。

 

 ――わたしは、子供の味方だから。

 

 そう言って彼がキングオブモンスターの誘いを蹴ったとき、『答え』を聞いたキングオブモンスターは、彼が予想したとおり幻滅を隠さなかった。

 

 ――おまえなら喜んでくれると思ったのに。

 

 そしてキングオブモンスターは王冠のような背鰭に憎悪の稲妻を湛えながら、吼えた。

 

 ――だが邪魔立てするというのなら、おまえとて容赦はしない。

 

 ――死ね、のろまなカメめ!!

 

 

 

 

 

 

 ……あれから数十年。

 あのとき決着はつかず、『彼』はキングオブモンスターの凶行を止めることは出来なかった。

 繰り広げられた人間とキングオブモンスターの生存競争、その果てで人間たちは自滅した。

 今宵世界が終わる夜を境に、この星はキングオブモンスターの支配圏:新天新地(New Earth)となるだろう。

 

 キングオブモンスターが予見したとおり、世界は続々と現れる怪獣が荒れ狂う新時代、『怪獣黙示録』の時代を迎えた。

 その猛威に直面した人間は、追い詰められた末に禁断の兵器に手を出した。プラズマエネルギー技術を兵器転用し改良発展させたというその兵器は、北欧神話における最終戦争(ラグナロク)を告げる神の角笛を暗号名に冠していたという。

 

 暗号名:神の角笛(ギャラルホルン)、またの名をブラックホール砲〈ディメンション・タイド〉。

 

 どんな怪獣をも消し去る超次元兵器として開発されたディメンション・タイド。しかし結局実用化されることはなかった。極秘裏に行なわれた試験運用において求められた性能を発揮できなかったばかりか、時空の歪みをも創り出し、マリアナ海溝に多次元並行世界へと繋がる『穴』を開けるという大惨事を引き起こしてしまったからだ。

 しかも人間たちの最高意思決定機関である地球連合政府は、その穴がヒトの立ち入り得ない海底に出来たこと、穴自体が極小であったこと、地上の怪獣黙示録の対処に追われる現状を良いことにこの事実を隠蔽。

 穴は野晒しのまま放置された。

 

 そんなペテンを、世界は赦しはしなかった。

 ディメンション・タイドが開けた穴は、異世界へと繋がっていた。繋がった先はこの星の並行世界(パラレルワールド)にして反地球:テラ。『穴』によって多大な損害を受けたテラの人々は、この一件を此方からの宣戦布告と受け止め、その報復としてマリアナ海溝の穴を通じて数々の怪獣を送り込んできた。

 

 悪魔の虹、〈バルゴン〉

 大悪獣、〈ギロン〉

 大魔獣、〈ジャイガー〉

 深海怪獣、〈ジグラ〉

 双頭邪獣、〈ガラシャープ〉

 甲殻鋏鳥、〈マルコブカラッパ〉

 海魔獣、〈ジーダス〉

 

 『彼』はその対応に追われ、地上文明を焼き尽くそうというキングオブモンスターの狂気を止めることは出来なかった。もし穴さえなかったら彼も怪獣黙示録に参戦し、ひいてはキングオブモンスターの凶行を止められたかもしれない。そのことを考えると彼は慙愧の念に堪えなかった。

 

 ……しかし一方でこうも思う。

 最終戦争の角笛を迂闊に鳴らして世界に穴を開け、しかもその不祥事から目を逸らして事態を放置したのはそもそも人間だ。人間たちが繰り広げる底無しの愚かしさ。あのとき彼がキングオブモンスターを斃していたとして、いやそもそもキングオブモンスターがいなかったとしても、人間たちが同じような愚行を犯さなかったとどうして言えようか。

 そういう意味で言えば、『彼』とキングオブモンスターの暗闘、その勝敗は戦うまでもなく決まっていたのかもしれないのだった。

 

 

 

 

 そのような回想に耽っていた『彼』は、大地から震動を感知した。

 海溝の深奥、その下から響いてくる地鳴り。間違いない、『穴』から怪獣が現れる前兆だ。

 『彼』の読みが正しければまさに今夜、異世界から最強の刺客が送り込まれてくる。

 彼が身構え見守る中、マリアナ海溝深淵の闇から『侵略者』が姿を現した。

 

 現れた侵略者の威容。

 全長160メートル。硬い珪素質(シリコン)で編み上げられた白い外殻。甲殻類のシャコに類似した大鋏は、地盤を裂き、山をも突き崩す巨大削岩機。パラボラ状に生え揃った、無数の触腕。

 膨れ上がった下腹部に孕んでいるのは無数の卵、その中にはすぐさま軍勢として展開可能な無数の兵士(ソルジャー)を内包しており、移動チェンバーとしての役割も果たす。

 そして頭部には旗印のように天へと突き上げた大角を備え、真っ青な複眼には計算高い冷徹な光が灯っている。

 まさに意思を持った巨大移動要塞、身長60メートルの『彼』をも見下ろす超大怪獣だ。

 

 

 異世界の最終兵器、其の名は〈レギオン〉。

 数は十体。名の由縁は大勢(legion)であるが故に。

 

 

 ……忌々しい、と『彼』は思った。

 キングオブモンスターが多忙の折を突くなんて。

 キングオブモンスターの雷霆(いかづち)、荷電粒子ビーム。あの一撃は最強だ。別件の始末(デストロイア)に掛かりきりでなかったら、こんな羽虫など寄せつけもしなかったろう。

 そしてそのことは同時に、刺客としてのレギオンが抜け目ない知性の持ち主であることを示している。防備が手薄になったタイミングへ付け入る狡猾さ、このレギオンがただの見掛け倒しなどではない、侮れない強敵であることを彼はすぐに理解した。

 

 だが、彼は諦めない。

 彼は今いるこの場所を、最終防衛ラインと定めた。

 ここから一歩も通さない。不退転の決意。

 

 

 

 

 

 ……刹那、浮かんだのは子供たちの笑顔。

 

 

 

 

 

 『彼』は子供がたまらなく好きだった。

 酷く傷つけられ、心身の在り様さえ歪められて、それでも人間の愚かしさに付き合い続けてきたのは子供たちの為だ。

 キングオブモンスターの提案に乗らなかったのも、親家族を殺されて悲しむ子供たちを見たくなかったからだ。

 子供たちが笑って暮らせる素晴らしい未来の為なら、たとえこの身命を捧げても惜しくない。

 子供たちの祈りがあるならば、この身が尽き果てようとも戦える。

 心からそう想っていた。

 

 ……わたしは子供の味方だ。

 レギオンごときムシケラ風情に、子供たちの笑顔を奪わせはしない。

 

 『彼』は、十体のレギオンたちを睨みつける。

 レギオン軍団も自慢の角を振りかざし、金属質な雄叫びを挙げながら一斉に大進撃、彼へと突貫する。

 レギオン襲来、人知れぬ海の底で繰り広げられた、もう一つの最終決戦(ラストバトル)

 

 

 

 

 

 彼の名前は大怪獣、〈ガメラ〉。

 世界の深淵で、ガメラの咆哮が響いた。

 

 

 




95話の続き。23話89話ともうっすら繋がってる話。

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