幽世よりの稀人を呼び出すという仄暗く赤い霧の中、少女は鬼に襲われる。
邪悪なる悪鬼に絶体絶命の危機に襲われる少女。
彼女を救ったのは、霧の中から現れた不死身のサムライ斬島貴行だった……!

「鬼滅の刃」×「サムライニンジャスレイヤー」のクロス短編小説です。
1話完結の1万字ほどの話ですので、興味のある方はよろしくお願いします。

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◎登場人物

斬島貴行/ニンジャスレイヤー

今宵

夜刃/ナイトエッジ


仄暗く赤い霧の中で

 灰色の雲が幾重にも折り重なる曇天の空の下、枯れた大地に赤黒い液体が降り注ぎ塗りつぶしていく。

 粘ついた液体の正体は、膝をつき崩れ落ちる男から迸る血だ。

 

「あっあばっあばばばばばばっ!!!」

 

 男の着込んだ紺色装束がさらに黒い血によって穢されていく。

 顔面を両断した凄惨な刀傷はあからさまなまでの致命傷。

 獲物の弓毎両断された顔面からは噴水めいた鮮血と共に脳漿が零れ落ち、凄惨な断末魔に湿った音を添える。実に殺伐たる光景である。

 

 その凄惨な光景を創り出したのはただ一人の鎧姿の落ち武者。

 彼が渾身の力を込めて振るった刀が凄絶なる一刀にて男の顔面を断ち切ったのだ。

 

 紺色装束の男は震えながらも残身を決める落ち武者を指さす。

 長き己の生を終わらせた怨敵にせめてもの呪詛をかける様に。

 失われていく命の中ただひたすらに怨嗟の言葉を叫んだ。

 

「アバッ……卑しき野盗風情が呪われろ! 千年先まで続く呪を受けて……死に腐れ!」

「イヤーッ!」

「サヨナラ!」

 

 落ち武者の介錯の一刀が紺色装束の男の首を断ち切ると、糸が切れた浄瑠璃人形の様に崩れ落ちると同時に肉体が灰燼へと変わり崩れ落ちる。

 齢百を超えるリアルニンジャとはいえその死はあっけない物だ。

 

 落ち武者は落ちてきた生首を血で編んだ風呂敷にくくり吊り下げると、負傷した体で進み続ける。

 足を引きずりながらも確固たる足取りで前を見据えて。

 その目には紅く決断的な光が灯っていた。

 

「ニンジャ、殺すべし……!」

 

 歩を進める落ち武者を仄暗く赤い霧が包んでいった。

 ここではない何処かに誘う様に。

 

 

 

 

 

【夜明け前・悪鬼・流浪忍】

 

 

 

 

 

「迷い霧」という言い伝えがその街にはあった。

 云い伝える者曰く、大正を迎えたこの時代に在っては今は昔、戦国時代よりいかなる理由かこの地に仄暗く赤い霧が満ちる時があるのだという。

 

 およそ10年ほどに一度、数日の間夜に満ちる霧はそれ自体が人々に危難をもたらすものではないが、どこからか異様な稀人を呼び込むのだという。

 故に迷い霧の出た日には出歩いてはいけない。

 稀人と遭遇し、予期せぬ危難に遭ってしまうかもしれないから。

 

 村落が大正に至り近代化の波により浅草とは比べるべくもない程度とはいえ発展し、人々は迷信を軽んずるようになってもその習慣はいまだ消えていない。

 現にまだ夜となって早い時間にも関わらず、この街の辻々からは人の気配が全く以て消えている。

 

 否、片隅にある墓地にはただ一人佇んでいる者がいた。

 立派な墓石の前にたたずむは長く艶やかな黒髪を切りそろえた少女だ。

 その顔立ちは優美ではあるが憂いに満ちている。

 

 少女は墓石の前でしばし黙とうすると一礼し歩き出す。

 薄い色合いの着物の裾を翻し少女は墓地を出てそぞろ歩く。

 落ち着いた物腰からは少女の育ちの良さが見て取れたが、同時にどこか生気に欠けた様が見て取れた。

 

 少しばかりおぼつかない足取り。その表情は暗い。

 仄暗く赤い、特異な霧が自身を薄く取り巻く事をも気にすることなく少女は歩いていく。

 

 不意に少女が足を止めた。

 彼女が足を止めたのは、霧の彼方に人影が見えたからだ。

 それだけならば単なる通行人であろうに、何か不吉な物を少女は感じると同時に、ひゅんと風切り音が響く。

 同時に、鮮血が少女の頬から飛び散った。

 

「え……?」

「────―成程、これは吉兆だ」

 

 出血の理由は単純である。

 単に霧の彼方に居る者が手にした刀を振るい少女を傷つけた、ただぞれだけの事だ。

 偶々に行き違った少女の顔に傷を刻む。何たる蛮行であろうか。

 

「私の姿に驚いたかね?」

 

 ただし唐突な蛮行は人の手による物ではない。

 霧より進み出てきた者は謡う様に霧中から歩み出るがその姿は明らかに人のそれではないのだ。

 

 黒い着物の姿こそ人のそれであるが、頭頂からは二本の角が生え、瞳は異様な黒い虹彩に数字の三が刻まれた紛れもない異形。

 この男は鬼の始祖である鬼舞辻無惨なる異常者の手によって人から鬼へ変えられた者の一人であり、下弦の三という幹部格の古強者であった。

 名を"夜刃"という。

 

「お、鬼……?」

「私が吉兆といった理由はね、二つ程ある。まず第一に君の白い肌。これは実際良い。最近まで病を得ていたのかな? 完全な白ではない僅かな赤みがある白い肌。これは血が映える」

 

 困惑する少女を気にすることなく夜刃は刀を手に上機嫌にのたまう。

 そして刀に付着した少女の血をちろりと舐め、一層上機嫌に笑みを深めた。

 

「第二にね、君の血肉は非常に良い。噂に聞く"稀血"ではないのだろうが……味見した所かなりの美味だ。これほどの物はそうだな、およそ20年ぶりといったところか。だからね」

 

 余りにも異常な言葉に少女はへたり込む。

 そんな少女をよそに夜斬は血刀をぶら下げ少女へと歩み寄る。

 鍵で釣り上げたような笑みを浮かべる鬼は少女に当然の事の様に宣言した。

 

「君の血肉を味合わせてほしいんだ。なあに痛みは長くない……ほんの一晩といったところだ。君の人生からすると短い、短い時間だ。最期になるけど」

「あっあああ……」

「まずは、足を切ろうか」

 

 怯え動けぬ少女に対して夜刃は下劣な刃を振るう。

 侍の如く滑らかな動き。それは人々を護る為でなく弄び屠り喰らう為の蛮行の動き。

 今宵仏陀も、鬼殺の剣士も、それ以外の何もかも鬼の殺戮を止める者はいない。

 このまま少女は鬼に刻まれその血肉を糧とされてしまうというのか。

 

 目をつぶる少女に対して夜刃の刃が振るわれる。

 続いて続くのは鮮血の光景となるかに思えた。

 

「イヤーッ!」

「なっ!?」

 

 だが、夜刃の抜き身の刀身が少女の脚を切り裂く一瞬前に奇襲の一撃を振り下ろす者がいた。

 

「イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ!」

「ちいっ! 何奴!?」

 

 飛び込んできた人影はそのまま続けざまに刀を振るう。

 続けざまに振るわれる剛力の込められた斬撃に、夜刃は巧みな受け流しをしながらも突然の攻撃が故か、たまらず蜻蛉を切って跳躍し距離をとった。

 

 乱入者と鬼の距離はおよそ畳6枚ほど。

 刀を水平に構える乱入者に対し、夜刃は愉しみを邪魔された怒りのままに乱入者に誰何する。

 

「貴様……鬼殺隊か? 下郎の分際で私を邪魔立てするとは……!」

「ドーモ」

 

 怒り狂う夜刃をよそに乱入者はアイサツする。

 その姿は煤けた鎧に草履、そして見慣れぬ紋章を染め抜いた旗を背負った落ち武者そのものの姿。

 口元に装着した「忍」び「殺」すと書道された鋼鉄面頬が一層に狂気的な雰囲気を強めていた。

 

「ニンジャスレイヤーです」

 

 少女をかばう様に立つ落ち武者は地獄の炎めいた眼で悪鬼を見据え、硫黄と鉄めいた息を吐いた。

 

「訳の分からんことを! 死ね!」

「イヤーッ!」

「なっ……速」、グワーッ!?」

 

 狂おしいまでの力をため込んでいた落ち武者、ニンジャスレイヤーはバネ仕掛けめいて力を解き放つと同時に突進し、夜刃の胴体を薙いだ! 

 銀の光が深く肉身を抉り、骨と肺を断ち切り衝撃に吹き飛ばされながら血を吐く。

 

 残身を決めるニンジャスレイヤーをよそに吹き飛ばされる夜刃。

 すわ一撃でのあっけない決着かと思いきや鬼は顔に僅かばかりの驚きと喜悦を浮かべながら立つ。

 生理的嫌悪感を感じさせる音と同時塞がっていく胸の肉、その異常極まりない光景に背後で少女が息をのんだ。

 

「ククク……その程度で死ぬものかよ。私を幾ら切っても多少痛いだけ。全くの無駄無駄無駄」

 

 そう、鬼を殺す手段は限られている。

 鬼を殺す手段は太陽の光に晒すか、特殊な製法で鍛造した刀で頸をはねるかの二つに一つ。

 それ以外の手段はすぐさまに再生し無駄となる。

 実に反則的な力を持っていた。

 

「だから、どうした」

「……蛮勇にもほどがあるな。まあ、焦らずとも好い。今宵は今日がそがれた、また明日来させてもらおう」

 

 夜刃はそういうと跳躍し林の中へと消えていった。

 何を思ったかあまりにも速い撤退にニンジャスレイヤーが対応する前の事だ。

 

(また明日くる……? 一体何故にこんな、いやそもそもこれは現実なのでしょうか……)

 

 仄暗く赤い霧に包まれた中少女はしばし呆然とする。

 何処か陰鬱ながらも幻想的な雰囲気の中、少女は己の目の前で起きたことが現実であることすら疑った。

 だってそうだろう。霧の中で刀を持った鬼に襲われたと思ったら、今度は落ち武者が現れ鬼を撃退する等、どうにも現実味がない。

 困惑する少女に対して、ただ熱を持つ切られた頬のみが現実を教えていた。

 

 そうして頬を抑えていた少女は落ち武者が崩れ落ちるのを見て慌てて駆け寄る。

 落ち武者はここに来るまで激しい戦いを経てきたのかもうすでに満身創痍だったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日の昼下がり。

 蒼穹を飛び交う鳥の鳴き声が響き、涼やかな風が草木を撫でる秋の風景。

 街外れにある屋敷の中、板張りの床を僅かにきしませながら少女は茶を盆にのせ運んでいた。

 

 静かに歩く少女の行く先は屋敷の縁側。

 底に微動だにせず座るのは、未だ鎧姿を崩さない落ち武者だ。

 

「お加減、いかがでしょうか?」

「今宵殿、かたじけない」

 

 今宵と呼ばれた少女に落ち武者は頭を下げ返礼する。

 鋼鉄面頬を外したその顔は憂いを帯びた生真面目ないかにも謹厳実直な武士のそれである。

 しかしその面相は同時に何処か張り詰めた狂気を感じさせる張り詰めた雰囲気も同時に醸し出していた。

 

「いえこちらこそ。命を助けていただいたのに私にはこれぐらいしか。むしろ私が斬島様に助けていたのですから」

 

 落ち武者は自らの名を、斬島貴行(キルジマ タカユキ)と名乗った。

 あの霧より出でた彼は偶然ながらも袖すり合うも他生の縁といわんばかりに今宵の命を救った。

 けれどここに至るまでに何かと激しく戦ったのか彼は重傷を負っていたことから、今宵はこの家へ彼を招き、備えていた医療器具で応急手当を行い保存の食料を与えたのだ。

 

 斬島はまるで戦国時代の落ち武者そのもののいでたちだ。

 本当に言い伝え通りの幽世から出でたこの世ならざる者なのだろうか。

 手当の最中今宵もその事は気になったが、恩人へのぶしつけな質問は慎むべきと考え口を閉ざしていた。

 そういう礼儀知らずの行為は慎むべきだと、両親から教わっていた事もある。

 

 それに……今宵は少しだが怖かったのだ。

 斬島の時折赤く光る超自然の目が。

 

「……一宿一飯の恩義には報いるべし。故に拙者は彼の鬼を殺し、お主の恩義に報いたく候」

 

 不意に斬島が告げた。

 時代がかかった言葉使いだが、どうやら昨日の夜襲って来た鬼を殺すことで今宵に恩を返したいというらしい。

 

 その言葉に口を押え今宵は驚く。

 確かに昨日の鬼と斬島は見かけからして大きく異なるが、同様に尋常の者ではない。

 如何に鬼が傷を再生する力を持つとしても勝ち目があるのかもしれないが、それでも意外な申し出だった。

 

「良いのでしょうか? 斬島様の事情は私ごときには分かりませんが……何か目的を遂げる旅の途中なのでは?」

「左様。お主の申す通り拙者はニンジャを殺す旅の最中で候」

「忍者を……殺す?」

 

 忍者とは意外な言葉に過ぎた。

 今宵にとって忍者とは自来也や真田十勇士といった、本の中に存在するほぼ架空の存在であり、もし現実にいたとしてもそれは過去の話で、現在ではせいぜい警察に末裔が残っている程度だろう。

 

 それはこの時代の殆どの人間に当然の認識であり、如何に鬼を追う鬼殺の剣士の中にはもとは忍者でああった者が居る等、実の所いまだに忍者は存在するとはいえ現実の存在として常日頃聞く言葉ではない。

 

(それとも……斬島様はあの鬼の様な人外を、何かの暗号で忍者と呼称されているのでしょうか?)

「拙者は奴めらに妻子と使用人を皆殺され、国を追われ候」

 

 訝しむ今宵を前に斬島は押し殺した怒りと共に続ける。

 

「故に拙者は奴らに因果応報の死をもたらすがために旅を続けているに候。故にあの鬼を討つは拙者の本懐とは異なり候。されど」

「されど?」

「恩人を捨て置き、己の恩讐の身に目を向けるは侍の道に違うに候。故に僅かばかりの事ながら恩を返させていただくに候」

 

 厳かに斬島が告げる言葉を聞き今宵はこの男は実際正気なのではないかと感じた。

 狂気じみた時代錯誤の姿の復讐者ながら、その侍の道を違えまいとする誠実さはあまりにも愚直。

 少なくとも今宵の価値観からすれば、好ましい人物だった。

 

 だからだろうか、斬島が父親に微塵も似てないにもかかわらず、つい今宵は言葉をこぼしてしまった。

 

「何も私などにそこまでしなくてもよいですのに。こんな、ろくに親孝行も出来ない女などに……」

 

 うっそりと今宵はため息をついた。

 訝る斬島をよそに胸の内の想いを吐き出す。

 

 今宵はうつむき目を伏せて語り続ける。

 自分は幼少のころから病弱で両親に迷惑をかけてばかりだったと。

 確かに旧家であるこの家は裕福ではあるが、それでも今宵の薬や養生にかかる金額は多額の物だ。

 それだけではない、己の看病に費やする時間や手間も無視できない。

 床に伏せてばかりの自分に両親は拘束されていた。

 

 一体十年以上の間どれ程両親に自分は迷惑をかけていたのだろうと今宵は思う。

 両親にもやりたいことが沢山あっただろうに、役に立たない自分の為に全てを費やしてしまった。

 そしてようやく長年の療養の甲斐あって体調が良くなったと思ったら……半年ほど前両親はあっけなく事故で逝ってしまった。

 嗚呼、自分は両親にできて当たり前の孝行すらできなかった。

 

 今宵は疑問に思う。

 そんな親不孝者に斬島は目的があるにも拘らず関わっていて良いのかと。

 この半年間続く自己否定の想いのままに、今宵は斬島に話してしまった。

 

「だから私の事等放っておいて旅を続けられては? 恩ならば昨日の事でもう十分ですから」

「……」

 

 陰鬱な今宵の言葉に、斬島は何を話すべきか迷っているのかしばし瞠目する。

 数秒の後、意を決したかのように口を開いた。

 

「拙者はお主の親ではない故、何を思ったいたかは分からぬ。されど人の子の親であったことはある。故に、こう思う」

 

 どこか悲し気な声に思わず今宵は斬島を見る。

 確か斬島は、ニンジャに妻子を殺されたと言っていなかったか? 

 

「人の子の親ならば、例え己の没した後であろうとこの幸せを願うが道理に候。少なくともお主のような娘を育てた親はそう思うに候」

「あ……」

「故に、お主が強く生き、幸福に暮らすが彼岸の彼方にいる両親の、何よりの供養になるに候」

 

 真摯な言葉は今宵の心の何処かを動かした。

 両親が何の為に手厚く看病し彼女を活かしていたかそれは単なる義務感ではない。

 自分の娘に病を乗り越え、幸せになってほしかったからだろう。

 それは分かっていた。けれど自身のふがいなさから目を背けていた想いを言い当てられ、今宵はどこか得心した。

 

 ぽろり、と今宵の瞳から涙がこぼれる。

 それはこの半年間幾度も流した悔恨と悲しみの涙とは異なる、溶けた氷めいた何処か暖かな涙だった。

 

「斬島様、ありが、とうございます……!」

「何の、これもまた一宿一飯の恩の報いるに候」

 

 斬島の声は燃え尽き灰となり、されどまだ確かに熱を持ったか如き、捨てきれぬ誇りを感じさせた。

 その熱を帯びたままの口調と共に斬島は続ける。

 されど、あの鬼が如き存在はお主の生に不要であると。

 

「故に今宵拙者は悪鬼を殺す。それのみが呪われたる死人である拙者の、ニンジャの能う唯一の事に候」

 

 斬島は立ち上がり、屋敷の蔵から彼女の了解の元拝借した刀を手に立ち上がる。

 悪鬼への殺意を宿す目には超自然の赤黒い光が灯っている。

 その目は今宵にとって恐ろしいと同時に、とてつもなく頼もしく見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 山犬の哀し気な吼え声が響く深夜。

 昨夜見つけた獲物────―今宵の臭いを辿り、屋敷への道を堂々と歩くは夜刃である。

 上質な獲物を喰らう事を夢見るその顔は醜悪な笑みを浮かべている。

 

 あのニンジャスレイヤーなる落ち武者は気がかりではある。

 夜刃は一応だが用心し収蔵している刀のうち特に質の良い物を持ってきた。

 

「くっくくく。少し用心深すぎたかな」

 

 尤もあの日輪刀がない以上奴にこちらを殺す術はない。

 多少の苦戦があろうが今宵を喰らう程度の時間は残るだろう、いや上質な美食の前菜としてあの男を喰らうのも悪くはない。

 

 過去喰らった中でも鬼を殺す剣士たちを食えば力がついたし、特にその中でも二人程いた柱と呼ばれる高位の剣士は大いに己の力になった。

 もし今日二人とも食う事が出来れば力は飛躍的に伸び、やがては上弦の地位にも届くのではないかと算段を付けていた。

 

(嗚呼……早く肉を刻み、喰らいたい。悲鳴の中で美食を味わいたい……!)

 

 上弦になれば力は増大し、さらに殺し喰らうことができる。

 実に愉しみだ。

 

 夜刃の人間時代の記憶はすでになく、せいぜい覚えているのがその頃より無力なものを切り殺すことが好きだったという程度だ。

 そのような残忍な性情から、彼に長き殺戮の生の中に人を殺し喰らう事への忌避感は全く以てない。

 己の刃で人を惨殺し喰らう。

 その喜びに比べれば他の事は大したものではないからだ。

 

 夜刃は足を止める。

 簡素な道の行き先には落ち武者の姿があった。

 昨夜と同じように刀を水平に構え「忍」び「殺」すと刻んだ鋼鉄面頬を装着している。

 

「どうもナイトエッジです」

「……ドーモニンジャスレイヤーです」

「驚いたかね? 君の蛮勇に敬意を表してそちらの流儀に合わせてあげたよ。私は蘭学にも詳しいんだ」

 

 インテリジェンスをひけらかす夜刃……ナイトエッジに対してニンジャスレイヤーは無言。

 刀を水平に低く構え、縮められたバネめいて力を籠め、射貫くようにナイトエッジを見据える。

 

「しかし君の目的はやはりあれかね? 私を殺しあの少女を助けたいとか?」

「然り」

 

 ジゴクめいた声でニンジャスレイヤーは答えた。

 サツバツたるアトモスフィアにナイトエッジもまた刀を正眼に構える。

 

「────拙者はニンジャを塵殺するが本懐に候。されど今宵のみは、貴様が如き悪鬼を狩るが本懐に候」

「フン、ほざけよ」

「悪鬼殺すべし慈悲はない……!」

 

 押し殺した憎悪の叫びと共に、両者の緊張感が最高潮に達した1

 

「「イヤーッ!」」

 

 ニンジャスレイヤーの宣言と共に両者は地を蹴り接近した。

 裂帛の掛け声とともに両者は斬撃を繰り出す! 

 

 SWASH! SWASH! SWASH! 幾度なく繰り広げられる剣戟! 

 凄まじい速さと力を乗せた斬撃が幾重にも交わされ両者の間で銀の閃光を煌めかせる! 

 時たま血と肉を浅く切り裂きながら、ひるむことなく両者は互いの絶命を期して剣を振るう! 

 

 ニンジャスレイヤーの脳裏に閃く声はない。

 相手がニンジャではない故に興味なく、奥底へ引っ込んでしまったのだ。

 孤立無援のイクサだ。

 

 だが、それがどうした事か。

 悪鬼殺すべし、ただその思いのままに刀を振るう。

 旋回するような流し切りがナイトエッジの眼を抉り裂いた。

 

「があ……! だが、甘すぎるぞぉ!」

「グワーッ!? イヤーッ!」

 

 返す刀で振るわれた下段斬撃がニンジャスレイヤーの脚を切り裂く! 

 傾ぎながらもニンジャスレイヤーは突きを放ちナイトエッジの指を落とした。

 連続する負傷にナイトエッジは跳躍し畳4枚ほど下がる。

 

 その目には何処か勝ち誇った気配があり。

 気配を裏付けるかのように、ぐずりと音を立ててニンジャスレイヤーの脚の切り付けられた箇所が変色し腐りゆく。

 

(((ドク・ジツの類か)))

 

 傷口を瞬時に腐らせる能力。

 これこそがナイトエッジの持つ鬼特有の異能、血鬼術の一つである。

 それは人間からすれば致命的な能力である。

 

 しかし狂気の不死身の侍からすれば。

 ニンジャスレイヤーの行いに一切の躊躇はなかった。

 

「……何、だと?」

 

 ニンジャスレイヤーは短いカラテシャウトと共に腐れた肉をそぎ落とすと、赤黒い不浄の炎で傷口を焼て消毒した。

 肉の焼ける不快なにおいと共に流れた血が肉を補う。

 悍ましさすら感じさせる光景だった。

 

「……ドク・ジツはそれで仕舞か?」

 

 赤黒い目で見据え再びナイトエッジを見る。

 鼻を鳴らしたナイトエッジはさらに刀を一本抜いた。

 

 ナイトエッジはニンジャスレイヤーの評価を改める。

 あの常軌を逸した振舞は忌々しい鬼殺隊と同じいやそれ以上に狂気的なまでの殺意によるもの。

 単なる獲物にとどまらない、傷を焼く不浄な焔と同様奴らの柱に匹敵する強敵とみるべきだ。

 

(((それに……奴の異常性、これを無惨様に献上すれば大功績は間違いなし)

 

 鬼の首魁にして想像主たる鬼舞辻無惨の究極の目的は日光の克服と不死である。

 この異常な力を持つ男はその目的の大いなる一助になるに違いない。

 故に全力でこの男を刻み殺す。

 

「本気で、貴様を刻ましてもらおう」

「戯言を……来い!」

 

 ニンジャスレイヤーに対して二刀を手にしたナイトエッジが切りかかる! 

 深夜の闇の中ニンジャと悪鬼の死闘第2ラウンドが幕を開けた! 

 

 ────―それからも幾度なくニンジャスレイヤーとナイトエッジは斬り合い続ける。

 ニンジャスレイヤーは鬼気迫る暗黒カラテと不浄の炎で、ナイトエッジは血鬼術と確固たる剣術で数え切れないほどの回数しのぎを削り殺し合う! 

 

 切り払い、突き、薙ぎ、刀だけでなく拳と蹴りの応酬で幾度なく相手を傷つける。

 如何に互いが傷つけど恐るべき再生能力を持つ鬼と腐毒を焼く炎のニンジャスレイヤーは無限のウロボロスめいた応酬が続く! 

 

「ハァーッ! ハァーッ! しつこいぞ、異常者が……!」

 

 息せき切ったナイトエッジは薙ぐように最後の刀を振るう。

 彼の対組織と骨の一部から生成されたこの異形の刀は、腐毒の血鬼術の効果を最大限に発揮可能な銘刀であり、幾度なく彼に勝利をもたらしてきた。

 その、切り札さえもニンジャスレイヤーを殺し切れない。

 

「イヤーッ!」

「ごお!? クソが……!」

 

 刀によってつけられた傷と毒を微塵も気にせずにニンジャスレイヤーはナイトエッジの臓腑を拳で抉る。

 少々の毒程度はものともしない攻撃は確実にナイトエッジの精神を削りゆく。

 

 怒りを込めて殴り返すナイトエッジ。

 その目には先程の様な余裕はなく焦燥があった。

 体感的にそろそろ夜明けが近い。

 

 日光は鬼にとって天敵である。

 例えどれ程強くなろうと日光に晒されれば鬼は死ぬ。

 故に朝が近づけば早急に対比せねばならない。

 

 にも拘らずこの狂人は殺されるどころかいまだに刃を振るい続けている。

 悍ましい、そう感じるナイトエッジは距離を摂ろうとするも、影の如く離れないニンジャスレイヤーは追撃する。

 逃がさずここで殺す。殺伐たる意志を目が語っていた。

 

「グワーッ!」

「いい加減に骸を晒せというに!」

 

 薙ぎ払うような一撃の一撃にニンジャスレイヤーの鋼鉄面頬にひびが入る。

 が、ニンジャスレイヤーはそのままナイトエッジの右腕を掴むとそのまま額を叩きつけた! 

 

「があっぎゃああ……っ!」

「イヤーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」

「グワーッ!?」

 

 続けざまに襲うニンジャスレイヤーの拳! 

 防御に掲げた腕がひしゃげ、顔面が陥没するほどの衝撃が二つ、三つと重なりワイヤーアクションめいて吹き飛んでいた。

 

「下郎めが……!」

 

 何とか起き上がったナイトエッジは、ニンジャスレイヤーが己の持つ刀をそのまま水平に構えるのを見た。

 それを見てナイトエッジも覚悟を決める。

 

 最早ここに至っては生き延びるために奴を殺すしかあるまい。

 己の血鬼術を最大に発動。切れ味から毒まで最大限に力を注いだ刀を構える。

 ただ、おのれの殺人者としての技量を信じるのみ。

 

 ニンジャスレイヤーとナイトエッジの目線が交差する。

 鬼の黒い目と、ニンジャの赤黒い目がかち合った。

 

「「イイイイヤアアアアアアアア──────ーッッ!!!」」

 

 そして一瞬後、両者はため込んだ力を開放し、刀を振るう。

 敵を殺す為だけに。

 

 目にもとまらなぬ交錯の一瞬後、静止した両者は残身を決める。

 

「……アッ!?」

 

 そしてさらに一泊後、ナイトエッジの首が空高く舞った。

 一瞬の交錯を制したのは……ニンジャスレイヤーの恐るべき暗黒カラテだ! 

 

「──────―サツバツ! 

 

 暗黒カラテの負荷に耐え兼ね、砕け散る刀身をよそにニンジャスレイヤーは、押し殺したシャウトを放つ! 

 対してナイトエッジの首は驚愕と恐怖の表情を浮かべ回転しながら滞空する。

 

「あっああああああ……太陽、が……!」

 

 恐怖するナイトエッジの首を朝日が照らす。

 それは彼にとって避けがたい死を意味する物。

 百年を超え、人々を殺し喰らい殺戮してきた悪鬼にもたらされる因果応報の死。

 それが、今もたらされる事へ耐えがたい恐怖を感じていた。

 

嫌だあああああああああぁぁぁぁ……あ

 

 炭化した物が砕け形を失う様めいて、一瞬にして悪鬼はこの世から消え去った。

 日の光に灼枯れて悪鬼ナイトエッジは、夜刃は死んだのだ。

 

 ニンジャスレイヤーはしばし苦痛に満ちた反動に耐えると、よろめきながらも今宵の屋敷へと向かい歩き出した。

 その身に仄暗く赤い霧をまとわりつかせながら。

 一歩ずつ、重い足取りながら確かに。

 

 そうして、脚を引きずりしばし歩いた後今宵の屋敷へたどり着いた。

 気配を察したのか走り出てきた今宵は、凄絶な有様に口を押える。

 傷だらけの有様に対してここまで己の些細な恩に報いるためにしてくれたのかとないまぜになった感情のままに涙を流した。

 

 対する斬島は半ばから折れた刀を地面に置くと一礼する。

 

(((どうか、かような如き理不尽に塗れる事無く、末永く幸福に生きていただきたく候……!)))

 

 元より二人は世界すら異なる全く以て違う生を生きる者だ。

 袖すり合う程度の縁しか二人の間にはなく、この時を以て二度と会う事がないだろう。

 されど、斬島はようやく健康な生を得た少女の生に幸福があることを祈らずにはいられなかった。

 

(((呪われし死人の身ながら、拙者は祈らせていただくに候)))

 

 眼前に広がる赤い霧の向こうには、再びニンジャへの復讐の旅が待ち受けているのだろう。

 殆ど直感的にそう感じる彼は歩みを進める。

 ニンジャを殺し、怨敵デスリーパーを殺し、罪罰影業組合(ザイバツシャドーギルド)を滅ぼす。

 それのみが、全てを奪われ生きる存在の影法師となった己にできる唯一の事だ。

 

 求めるは百ものリアルニンジャの口より絞り出したデスハイク。

 奴らを滅ぼし、妻子の仇を討つまで己の血塗られた戦いは続くのだ。

 

「ニンジャ殺すべし、慈悲はない……!」

 

 


 

 

 ────―時は流れ令和の世の中。

 闇の中に人を喰らう鬼が跳梁する事のなくなった平和な時代。

 

 かつて今宵と言う少女の住んでいた屋敷は今も残っていた。

 何度か改築を重ねられたのか、歴史を感じさせても衰えたと感じさせない風情ある家にはどうやらまだ住人が居るようだ。

 現に今も床張りの板を歩く軽い音が聞こえた。

 

 長い廊下を歩き扉を開け居間に入ってきたのは長い黒髪をした少女だ。

 TVから何処かの研究所で貴重な花を枯らしてしまった研究員がいたとかいうニュースが聞こえているが、少女の関心はそれよりも目の前の小箱にある。

 

 その小箱は昨日家の蔵を掃除している時に見つけたものだ。

 特に昨今のホラー作品みたいに不吉な気配がするわけではないが、どうも奥底に大切に保管されていた物を見て見ることにしたのだ。

 

 少女は先祖に伺いを立てる様に手を合わせると箱を開く。

 桐の箱はすんなりと開いた。

 中に入っていたのは根元から折れた刀に、それとセピア色の写真。

 

 少女は少し驚いた。

 笑顔で写っているのは少女の曾祖母と曽祖父だった。

 

 少女は古い写真をじっと見る。

 病弱な身から両親の事故死という苦難に見舞われても曽祖父と出会い、激動の時代をそれでも幸福に生き抜いた曾祖母。

 

「──────ふふっ」

 

 写真の中の曾祖母の笑顔が本当に幸せそうで、自分まで嬉しくなってしまい、朗らかに笑う。

 その笑顔は、彼女の曾祖母にそっくりだった。

 

 


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