東洋のある場所で黒き男が地に伏せた。
いかなる英雄、あるいは邪知暴虐の輩においても末路は変わらない。
浅黒き肌の魔人は虚ろな魂ゆえに魔境へと降りるはずだった。
だがその運命は捻じ曲げられ……ソウル・ソサエイティに降り立つことになる。

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昏き太陽の男

 その日、眩いまでに昏き星が墜ちた。

ただの人と言うにはどこまでも重い魂であり、何処にも行けないナニカ。暗黒の太陽と言うものがあれば、これほどまでにギラギラしているのだろう。

 

『これ。少しは反省せんかい。まったくしようのない(わらし)じゃのう』

 あまりにも罪深き男に暗闇(くらやみ)が声を掛けた。

そのままでは星が(うつ)ろな存在になりかねなかったからだ。

 

「はははは。何を言うのか。オレはオレだ。オレはオレらしく生き、オレらしく死んだ。それはこれからも続くだろう」

 昏き星は浅黒く屈強な体で笑った。

その人生に後悔はなく、どこにも行けずに何年も彷徨った存在でありながら、何一つとして変わらなかった。

 

『これは相当に反省が必要じゃの。良かろう! お主がら何もかも取り上げよう。それでも自分らしく生きていけるというのならば、やってみせるが良い!』

 暗闇は死を司る存在として、黒きモノを自由にできた。

浅黒き肌を持つ星は、まさに掌の上。暗闇に支配されるために生まれてきたようにすら思えた。

 

「なに?」

 本来であれば暗闇の叡智とて星を操るのは不可能だったろう。

だが、黒を支配するという特性が、星が虚ろに堕ちるのを喰い止めた。

 

『まずはお主の名前を剥奪する。新しきその名は……』

 

『東に至れる仙者の要』

 

『東仙要……それがお主の新しき名前よ! どこにも行けぬ魂よ、無明の闇の中、自身の力すら持てぬ運命を噛みしめるが良い』

 

 東仙要と呼ばれることになる男が、そこ(・・)へ辿り着いた。

真っ先に感じたのは暖かいという感触だ。気が付けば倒れており、肌を照らす日光が暖かい。

 

そして、己の目が何も映さないことに気が付いた。

 

「盲目か……。これは困ったな」

 男は重力と陽から、平衡感覚を取り戻すと立ち上がった。

指先に力を籠め、腕を振って体の調子を確かめる。

 

そして……体の中を巡る力が不安定な事に気が付いた。

死亡する前の何十年かよりも遥かに大きいが、生まれた時よりも遥かに小さい。

 

「あら、本当に困っているのかしら?」

「そうだとも。不自由な事は色々あったが、盲目と言うのは初めてだ」

 新しい環境に馴れるのに夢中だったが、近くに誰かが居る事に気が付かなかった。

これも盲目であることの弊害なのだろう。

 

実に、面白い。

 

それが男の正直な感想だった。

封印されるように生きたこともあれば、誰かに利用されるように生きたこともある。

 

卑小な弱者と比べて、おおよそ万能に近い能力をもったことも。その全てを封印されていたこともある。

 

ソレに比べれば、努力で何とかなる範囲というのは初めてだった。

 

同時に、ちゃんと把握したはずなのに、ちっとも周りの事が判っていないことも初めてだった。

 

「これだから人生は面白い」

 男は笑って、当然の質問をすることにした。

 

「オレは東仙要。君は誰で、此処は何処だい?」

「カナメって面白い人ね。普通、急に盲目になったらもっと困るでしょうに」

 相手はどうやら女の様だ。

生前付き合った男女の中には、男装の女子・女装の男子も居たが、この相手は普通の女性に感じられる。

 

ただし、その『眼』はとんでもなかったけれど。

 

「それともあれかしら。目的がないから動揺しないの?」

「そうだとも。オレにそんなものは必要なかった。いつだって事件や重要人物の方がオレを求めに来る」

 いきなり本質を見抜かれた。

どこまでも傲岸不遜で自身過剰な男には、いつだって目的などありはしない。

 

圧倒的な実力とその見識で、誰かの困っている事件を解決する。

能力が封印されていなければその凄まじい力で、いや能力などなくとも、男にはその存在感を持って挑むだけで何とでもなったのだ。

 

「そうね。貴方は星のよう。きっといつか、貴方を必要とする人が現れるわ。その時まで、此処に居ると良いわ」

「ふむ。ここは君の家……いや、長屋か。これは失礼した」

 男は生前に住んでいた豪邸と比較してしまった自身を恥じた。

封印されている時などは何もない闇の中であることもあったのに、たかが住居が狭いというだけで不自由に思えたのだ。

 

そんな不自由。目が見えないことに比べたら何の苦労があろう。

 

この長屋を皮切りに、ドンドン良い住宅に移り住んだら、それはそれで面白いだろう。

 

特に自分を見つめる者たちの目が……。

 

その時に、この女の心根はどうかわるのだろうか?

何も期待していないにも関わらず、男は興味がある仕草を女に向ける。女が自分に関心を持つならば、何かしてやっても良いかと思いながら。

 

 それから男は死神という存在を知った。

どうやらこの世界での能力者は死神になるらしい。せっかくなので霊術院とやらに通って、自分も死神になることにした。

 

「東仙候補生。君の鬼道の才は素晴らしいな。霊圧も高いレベルで安定している。斬魄刀を開放できれば、いきなり席官に成れるかもしれんよ」

 教官の言葉に男は内心で苦笑した。

生前の能力の問題もあって学生は何度か繰り返したこともあったが……。ここでもあまり変わらないらしい。

 

彼の事を褒め称える空虚な声。師範たちも同期たちもあまり変わりはしない。

自分としては生前と比べ、今は不安定であると感じているのに、それが『高いレベルで安定している』などとは噴飯物ではないか。

 

「それは無理ですね」

「まあ普通はそうだ。だが不可能ではない。諦めずに修練に励むように」

 男は事実として不可能であると告げた。

それが現時点で、という意味ではない。本当に始解を開放することは不可能なのだ。

 

かつて暗闇は言った。

自分から何もかも取り上げる。自分の力すらない状態で生き抜いて見せろ……と。

 

事実、男の斬魄刀には始解が無い。

ソウル・ソサエイティで唯一、始解を持たぬ斬魄刀である。と告白されている。

 

言うなれば、他人と手を取り合わねばロクに戦えもしないのだ。ああ、この事態へと導いた暗闇のなんと悪辣な事よ。

 

そして師範たちのなんと先行きの見えぬことよ。

これではどちらが盲目かまるで判らぬではないか。

 

「東仙候補生。君は本当に『解放できない』のかな?」

「……ええ。始解を開放することは不可能です。藍染教官」

 その点、この臨時講師は面白かった。

自分と同じ何も期待しない目で世界を見ている。

 

誰も居ない鍛錬上で、クスリと嗤う気配がした。

 

「それは始解ができない。という意味だね? では卍解は? 既に私と同じくらいの霊圧があるだろう?」

「条件が整っていません。私の卍解は、自分自身だけでは辿り着けない領域を設定しますので」

 鍛錬場には他に誰も居ない。

解放できるならやってみると言われて、男は肩をすくめるしかなかった。

 

何しろ生前と似たような能力であり、だからこそ自分だけでは解放できないのだ。

 

「ほう……。協力者、または敵対者が必要なのかな?」

 藍染と言う男は候補生に過ぎない自分が、既に卍解を使えるという言葉を疑いもしなかった。

むしろ興味深そうに、その条件を尋ねてくるのだ。

 

「いえ。真実、望みを持つ者です。自分では叶えがたい切実な望みを持つ者。誰かを倒してでも叶えたい、あるいは誰かに託してでも叶えたい願いがあれば。招待状が届くでしょう」

「ふむ。決闘場への招待状か。ますます面白いね」

 自分と同じで何も期待もしていないのに、面白いと笑う男が居た。

それは解き明かすことを望む心であり、あるいは何に使えるかを思案する心であった。

 

歪で空虚な男たちが、その時を待ちながら笑っていた。

 

 霊術院を卒業して死神を何年かやっていると、やがて一つの話が耳に入った。

男に世話を焼いていた、姉のような女が婚礼を挙げたのだ。

 

正確に事実を告げるならば、この間まで結婚生活をしていた。

 

と過去形で言うべきなのだろう。

別に離婚したわけでも、男こそが結婚したかったという訳でもない。単純に死別したというつまらない事情だ。

 

「綱彌代時灘?」

「……東仙要だね? 君の事は妻から聞いているよ」

 道の途中で見知らぬ誰かと出会う。

そういえば紹介されたような気がして、誰であったかを思い出した。

 

名前を言い当てるとそいつはムっとしていた。

 

貴族を呼び捨てたからか?

 

いいや、そいつは自分の正体を隠して何やら言い募ろうと近づいてきたのだろう。

 

男の生涯ではよくあったことだ。

誰も彼もが男を利用しようと、あるいは男を害そうと笑顔の後ろに刃を隠す。

 

「しかし直ぐに判るとは意外だったな。それとも私の事を許せなかったのかな? 君の大事な人を死なせた、この私を」

 笑顔の質は変わらない。

だが表情は少し変わったように思われる。きっと口角を釣り上げ、隠していた下卑た感情を表に出したのだろう。

 

だから、先ほどまでとイメージが変わらない。

男には最初から、己と似たゲスな魂を感じていたのだから。

 

「それとも何かな? 君こそが彼女を娶りたかったと? いやいや、君こそが彼女を手に掛けたかったのかもしれないな。あの愚かな娘から聞いているぞ。君は……」

「良く囀る口だ」

 当たり前の事を喋り続ける時灘に、男は無造作に近づいた。

人である以上、関心のある者をなぶり、頸ろうと思案するなど当然のことではないか。愛で、憎しみ、諸々の感情の対象として吟味して……つまらないから手を出さなかっただけの事だ。

 

「人はそれこそ星の様に抱いてきたが……。肉を割けば苦しみ、神経を撫でれば甘く奏でる。人の体はそのようにできている。そこに男女の差などありはしない。義姉さんだけじゃない、オレもお前も、血の詰まった人間と言う袋に違いはないだろう?」

「何……を言っている?」

 時灘は意味が判らないフリをした。

他ならぬ時灘には判っていたことだ。ただ判らないフリをしてきたし、いきなり口にされるとは思わなかった。

 

肉の差などつまらないからこそ、心をあげつらって愉しむのが楽しいのだろう。

だが、悲しいことに時灘にはソレを隠して体面を取り繕う器用さがあった。あってしまった……。

 

ソレを隠しもしない東仙に詰め寄られ、時灘は息に詰まる。

秘かに修練を隠し通してはいるが、斬術の達人である時灘には何の害もない、脅す気も無い……のだと判ってしまった。つい壁際まで追い詰められ、息の届く距離まで接近を許してしまった。

 

「そういえば義姉さんに頼まれていたな。お前に見せてやって欲しいと。星を見に行こう」

「なん……だと。何を言っている、東仙要……」

 東仙と呼ばれた男は、掌の中にナニカが顕れたのを感じた。

生前に良くやっていた、ゲームを始める時のサイン。それを感じて、時灘に『資格』があるのだと悟る。

 

男は掌を開き、時灘の手の平の上に『指輪』を載せた。

そして指を絡めるようにして、その内の一本に黒い薔薇の紋章を刻んだ指輪を嵌めてやる。

 

「お前に『世界の果て』を見せてやろう!」

「何を言っている!? 何をする気だ、東仙要!?」

 人知れずに刃が輝く。

斬魄刀がカタカタと音を立て、周囲にクルクルと星のような紋様が輝き始める。

 

秦広・初江・宗帝・五官・変成・泰山・平等・都市・五道転輪・そして……。

 

世界は暗闇(ヤミ)に包まれた。

 

 代わりに現われたのは獣に引かれた馬車だった。

いや、戦車というべきか? 数頭の獣に引かせて無事でいる為か、御者台の前部が妙に長い。

 

獣は黒く、赤く燃える瞳をしていた。

男が操るに相応しき恐るべき猛獣……いや、霊獣に見えた。

 

「まさか……あれは火眼黒狻猊!? 馬鹿な、霊獣など既に死に絶えたはずだ!」

「そうか? お前にはそう見えるのか」

 時灘の驚く様子などに目もくれず、東仙は獣に鞭をくれる。

神仙はとっくに神上(かむあ)がり、世界に溶けて消えたというのに……。どうして霊獣が生き残っているというのだろうか?

 

だが、その回答は実にそっけない。

 

「そう見える?」

「連れて行く人間の願望でも写るのかな? 卯ノ花八千流を連れて行った時には、地獄の極卒に見えていたそうだ」

 八千流……いまは聞かなくなった名前にビクリと肩が震えた。

無造作に出してよい名前ではないが……。と思ったところで、地獄の極卒が出てきてもおかしくない光景に気が付いた。

 

暗闇の中を疾走する車の周囲に、無数の蝋燭と数字が見える。

誕生日、洗礼日……最後の一つはまさか、死亡する日ではないだろうか?

 

だとしたら、この先はまさか……。

 

どこまでも続く闇の中で、東仙は奇妙な行動に出る。

御者台で倒立し、クルリとその長い前部に身を横たえる。そんなことをすれば、車を引っ張っている霊獣たちの爪が届くというのに。

 

「何を……」

「言ったはずだ。世界の果てを見せてやろう!」

 疾走する車はとうとう目的地に辿り着いてしまった。

そこは天を覆うガラスの鏡。瑠璃玻璃華厳、映し出すさまは人の業。

 

己の行った罪、無為に行った過ち、善行、徳。

 

あらゆる行いが映し出され、どこかで見た光景で、道行く人々が、花々が、鳥たちが唄っている様な気がする。

 

それはまさに……。

 

運命の!

 

『絶対運命黙示録!!』

 

 果てを越えるとそこには馨しき大庭園。そして頭上には荘厳な大宮殿が見えた。

虚空から地上に向けて豪奢な建物が吊り下がり、壮麗な柱が何本も天から地上を支えている。

 

そこでは全てが逆回り。

 

豪華絢爛なメッキで出来た小さな世界。

 

それはこの結界空間か、世界か、それとも己自身のことか。

 

「ここはまさか霊王の宮殿? いや、違う。だとしたらここは……」

 時灘がそれを自覚するよりも先に、東仙はこの場に続く螺旋階段を指さした。

 

「そら。お前の対戦相手だ。ここでは可能性を奪い合い、あるいは託すことができる。欲しければ奪い取れ。自分でやる気がなければ譲ってやると良い」

「対戦? ここは決闘場なのか?」

 だとしたら、たかが戦闘のために御大層な事だ。

そう思いつつも、可能性を奪い取れるというのが本当だというならば、それも仕方がない舞台演出なのかもしれない。

 

何より、自分は一歩も動いた気がしないのだから。

何より、東仙は言ったではないか。そう見えているだけだと。ならば先ほど玻璃の鏡で映し出された己の罪もまた、自分にしか見えてないのだろうとホっとした。

 

「あれは誰だ? 私の……俺の戦うべき相手は」

「ちょうど良い塩梅に寡夫がいてな。妻を思う相手を刀で労わってやるのは似合いだろう?」

 螺旋階段には人力車で誰かが移動している。

客は切なげな表情で、重き荷を引く女を男が見つめていた。

 

 人力車で引かれていた男は、とうとう席から飛び出した。

それはまるで東仙が獣の前に飛び出したようであり、まるで違ったようにも見える。

 

「緋真!」

「白哉さま……」

 人力車に乗っていた朽木白哉は人足の手を取った。

遠い道のりを歩んだその細い手を労り、何よりも慈しんだ。

 

「私はそのような者ではありません」

「何を言うか! お前は緋真ではないか。それは何よりこの私が知っている……」

 嗚咽するように震えて、その震えを隠すかのように抱きしめた。

顔を背け表情を隠す女に口付けを交わさないのは、本当に嫌がるならば白哉が押し進む気がないだけだ。

 

「白哉さまのような尊い方がこのような女のために立ち止まってはいけません」

「何を言うか。お前ほど私の心を占める者は居ない。やはりお前なのだな……緋真」

 緋真と呼ばれた女に見えるナニカは、子供をあやすように優しく言葉を連ねた。

反論する白哉に対して、なおも言葉を連ねて行く。

 

「白哉さまには為さねばならぬお役目がありましょう。心を千路に引き割いてでも、身を砕きても為さねばならぬ思いがありましょう」

「緋真……」

 それこそは白哉の思い描いた通りの女であった。

その心根が正しく、口にしている言の葉(ことのは)が正しいと判っているからこそ白哉は何も言えなかった。

 

だからただ、もう何も言ってくれるなと抱きしめる。

 

だが、男の信じている正しき女の姿をしたナニカであれば、歩みを止めるはずも、言葉を止めるはずもない。

 

「ならばせめて、あの子をお願いします。こんな浅ましい女の代わりに。ルキアを、妹をお願いいたします」

「何を言うか……。私が、お前との約束を忘れるはずはないではないか」

 ……だから、せめて。

せめて共に歩もう。遠き道のりもまた、二人の思いを繋げれば僅かな一瞬でしかないのだと。

 

白哉は何も言わずに歩き続けた。

 

 朽木白哉のことを綱彌代時灘は良く知っていた。

同じ四大貴族に所属しながら、その本家の後継者でありながら……。卑賤なる女を妻としたのだと。

 

自分は自ら手に掛けたが……。

白哉の最愛の妻は、長く病の床に就いているのだと知っていた。

 

もうじきあの男も自分と同じになるのか。それとも別の存在になるのか気には掛けていた。

 

ただ、それだけのはずだった。

だが、ここに彼が招待されたという事は。ここで可能性を奪い合えるというのならば。

 

「ふん。とんだ愁嘆場だな。アレを奪っても良いかな? だとしたら……」

「だからお前は我慢が足りないんだ。オレの言った言葉を良く思いだせ。そして、その続きをよく見てみるが良い」

 案内の姿は本人にしか見えないイメージだと言ったではないか。

 

ならばアレはなんだ? どうしてアレを女の姿だと理解できる?

それともアレは朽木白哉ならば妻の事を思いやっていて欲しい。そう思う自分自身の願望なのか?

 

だとしたら……。

 

「朽木白哉にはどうしても探したい人物がいた。だが、そいつは不思議と見つからない。……悪い奴の手先だと信じて、少女をかくまった勇敢な少年が居たからな」

「何……?」

 ピクリと時灘の胸で弾むモノが感じられた。

誰かの願いを別の誰かが妨げる。しかも、お互いに善意でソレを知らずに為しあっているのだ。

 

これを喜劇と呼ばずして何と言おう。

 

素直に見つかれば、その少女は女の臨終に間に合うだろう。

 

このまま隠し通せれば、女の死後に少女を拾う事になるだろう。

 

そこに介在する朽木白哉と、何知らぬ少年。その思いの果て先は、どこに向かうのか?

 

「だから探し人はオレが代わりに見つけておいた。そして上手く両者が出会えるように、すれ違わぬようにしても良い。まあ……可能性の話だ」

「……それを奪っても良いのかな?」

 可能性の奪い合い。

東仙要はその力の一端で見つけ出したのだろう。そして、上手く出合わせるように選出もできる。そのまた逆も当然のようにできる。

 

もしかしたら、自分がそこに成り代われるかもしれない。

殺した妻の代わりに愛で、寝取ってしまっても良い。少年の代わりに保護をして、誰かに娶せるなり少年自身に見せつけても良い。

 

そう考えると自然と胸が高鳴った。

 

まるで乙女の様ではないか。まるで小さな星を見つけたかの様ではないか。

 

「段々と判って来たな? 星は育てるモノだ。そしてそれを摘み取っても良い、星のまま輝かせても良い。あるいはどこかの陳列棚に置いてしまっても良い」

「それを奪っても良いのだな?」

 同じ言葉を三度。

だが、その都度に言葉の重みと意味は変わっている。

 

一度目はただの児戯。

二度目はただの期待。

三度目は高鳴る胸の果て先。

 

「ああ、好きな様にするが良い。お前が奪い摘み取ってしまっても良し。捨てても良い、雑草のまま見守っても良い。何ならお前が見つけ出し、両者に紹介してやっても良いだろう」

「……っ」

 心が震える。

時灘の心が大きく震える。

 

他でもない近くに大きな星が居る事に気が付いてしまった。

唆されるまで気がつかなかったが、この東仙要となのる男は、まるで暗黒の太陽の様だった。

 

底しれぬ闇のように見えたが、それはこの男のゲスさを理解できないからだった。

自分より遥かに外道。自分よりも遥かに悪党。それでいて、その性根を隠しもせずに君臨し続けるとても羨ましい存在。

 

「私を見下(おか)したな……。その見えぬ目で私の心を見透かし、心の奥底で見下(おか)したな!」

「そう見えたのであれば、そうなのだろう」

 東仙要はニヤリと笑顔を浮かべた。

それは侮蔑の嘲笑ではない。ただ誕生の喜びを祝福する、ギラギラと輝く、暗黒の輝きだった。

 

綱彌代時灘というどうしようもない男が、自分自身を自覚すること。

綱彌代時灘というどうしようもない迷い子が、自分自身の心の行き先を迷っている事を自覚した瞬間を祝福する声ならぬ声だった。

 

「私は、俺は貴様を許さん!」

「そうか。好きにするといい。だが、舞台の幕開けるぞ」

 もしオレの物になれと言われたらどうだっただろう?

真実、世界の果てに連れて行き、自分の代わりに世界の広がりを見てくれと言われたら……。

 

案外頷いてしまいそうな自分を見つけて、時灘は怒りに震えた。

こんな僅かな間に絆されそうになり、認めて欲しい、自分もまた星なのだと知らしめたいなどと思ってしまいそうになっていた自分を発見して愕然とする。だからこそ、時灘は怒りに震えた。

 

「さあ。続きを見るがいい。今のお前では決して届かぬ可能性の輝きを。ソレを奪い取り、自分のモノとするために。誰かにやらせたいのであれば、その輝きを届けるためにな……」

 東仙は時灘の胸に指をズブリと突き入れた。

抉り出すようにして絞り出すのは、時灘が持つちっぽけな可能性の剣だった。

 

それは鈍く光ったマグナムのように重く、硬く、そしてちっぽけだった。

直撃すれば人を殺すだろう。だが、それだけだ。世界を動かすこともなく、誰かに感動を与える事もない小さな輝きに過ぎない。

 

対して、見るが良い。あの輝きを。

朽木白哉が持ち、誰かに託そうとするあの燦然たる輝きを。

 

『白哉さま。お手を』

「緋真……私は行く。世界を……」

 白の入り口では、思いのままに白哉が女に見えるナニカに指を突き立てていた。

 

「「世界を、革命する力を!」」

 燦然たる輝きは美しい太刀の様だった。

その輝きに魅せられ、炎に引き寄せられて燃える蛾のように時灘は立ち上がった。

 

細く華奢だが、脆く弱弱しく見えるが。

それは闇の中で燦然と輝く(すばる)のようだった。

 

「さあ。互いの可能性を掛けて。薔薇の花嫁を掛けて奪い合うがいい。その手に指輪が、薔薇の刻印がある限り。お前たちは何度でも挑むことができるだろう」

 女に見えるナニカは崩れ落ち、一回り小さな少女として抱き留められる。

その胸から引き抜かれた輝きを手に、白哉は時灘と向かい合った。

 

この時の勝負がどうなったのか。誰に知られることなく……。

 

やがてルキアと言う少女が、世に現れる事になる。




 次回作を書こうと思って中々思い付かず、ふとネタメモから適当に書いたら書き上げてました。
思い付きのままに書きあげたら意外と楽しかったので反省はしてません。


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