ポストアポカリプス時代の配信ライフ ―令和原人っていうのはやめてくれ!―   作:石崎セキ

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更新間隔が開いて申しわけありません。
今回、あまり進みませんが、生存報告を兼ねての更新です。
早い更新をお約束できず、一話ずつだと内容を忘れてしまうかもしれないので、あとでまとめて読まれることをオススメします。


蒲団

 そういうわけで無事に戻ってきました、楢浜(ならはま)市。

 一度歩いた道だけあって、逆流でも行きと同じくらいの速度で帰ることができた。植物の成長は目覚ましく、わたしが撒いた種が芽吹きだしていた。ここまでくると引くというか、そのうち野菜の王国になるんじゃないだろうか。砂漠が一瞬で緑化されそうだ。

 町は文明を感じる。

 滅びているけど。

 滅びているからこその文明感というか、あれだ。あれ。

 そこまで日が開いていないので、懐かしい感じはしない。どちらかというと、わたしの意識では拠点は海の家だ。拠点が海の家というとチャラい感じがないでもないけれど。

 

「と、いうわけで」

 

 クーラーボックスとかの邪魔になるものは、水場の近くに置いてきた。

 これからの計画は、歩きながら考えた。わたしにはどうも、考えてから動くということができない。動きながら考えるというのが性にあっている。

 

「ここが病院の跡地だね」

 

:木っ端微塵だ

:ちょっと風情がある

 

 コメントのとおり、見事に崩壊した建物が目の前にある。

 地図に表示された『楢浜総合病院』は、ただ通りすがっただけなら、瓦礫の山に見えることだろう。というか、知ってなお瓦礫の山に見える。

 病院にきたのは、ウィルスなどの影響があるとすれば、なにか手がかりがあるかもしれないからだった。

 病院になければ、会社のようなオフィシャルな場よりは、個人宅を探したほうがいい気がする。今でも読み取ることのできる紙は、基本的にプライベートなものだからだ。

 ただ、コメント欄の時代だと手書きが苦手な人も多いようだ。文字を読む技能と、書く技能は違う。令和でも、スマホで入力できる漢字が書けない、なんてことはザラにあった。まあ、それは能力が劣っているということではない。たとえば、枝を使った火起こし。原始人にもできるのに……と令和人を馬鹿にすることはできないだろう。時代によって求められるスキルが違うというだけの話だ。

 

「入るのは無理そう……? 一階部分は確実に無理だよね」

 

 地図で確認した入り口と思しき場所は瓦礫で埋めつくされている。

 パワーアップしたニューボディでも、さすがに自分よりはるかに大きいブロックをどかすことはできない。

 

 ほかのルートがないか、ぐるっと裏に回ってみる。

 すると、根本(ねもと)からぱっきり折れている影響で、通常の状態だと床にあたる部分から入れそうなことがわかった。平常時のビルが冂の字で表せるとすれば、今のビルはコの字になっている。一階と二階の間で折れているから、床だった部分が侵入を阻むということもない。

 かつては内壁だった床を踏んで中に入る。

 どうやら元々は廊下にあたる部分だったようだ。天井にも床にも、ドアがついている。

 経年劣化でネジが緩んでいるためか、だらりと開いているものも少なくない。 

 

「空の入り口みたいだね、なんか。入ってみる?」

 

 いいながらジャンプする。

 届くわけもなく、埃が舞っただけだった。 

 鼻がムズムズとする。服の襟を鼻まで持ち上げて、マスク代わりにした。

 ハウスダストにはアレルギーがあったけど、神さまが調整してくれたのか、目は痒くならない。このぶんだと花粉症もなくなっているかもしれない。春を迎えるたびにスギ花粉に殺意を覚えていたので、ありがたい話だった。

 鼻がムズムズするのは仕方ないだろう。免疫反応までなくしてしまったら、健康どころではない。

 

「埃舞ったし、高そうな機材あるし、これでおしまい」

 

 天井(もちろん昔は壁だった)の部屋から落ちてきたのだろう、いかにも高価な医療器具が床(昔は壁。ややこしい)に散乱していて、他人事(ひとごと)ながらもったいない。

 もう壊れているのだろうけど、得体の知れない機械に触れたくない。

 老人がスマホをいじりたがらないのと同じだ。同じか?

 

:あの機械、ウチの病院で買おうとして予算足らずに諦めたやつだ…

:院内の再現度高い

 

 廃病院は幽霊が出そうな気がするけど、ここまでくると不気味さはない。

 たぶんデスゲームの参加者は、幽霊を怖がらないだろう。物理的な恐怖の前には、精神的な恐怖は霧散する。餓えた人が人肉を食べるのと同じだ。……同じか? なんか今日は比喩が上手くいかない。

 それに、まあ、瓦礫がこんなに降り注いだのなら、幽霊だってひとたまりもないだろう。幽霊が死ぬのかはわからないけど、塩よりビルのほうが強いに決まっている。

 

「一定間隔で落とし穴がある道を行くのは勘弁だけど……」

 

 床のドアが、大きな落とし穴になって行く手を阻んでいる。

 ドアの上の部分を通ればなんとかならないこともなさそうだが、そんなわずかな隙間に身を委ねたくない。

 ラッキーなことに手前の部屋には高めのラックがある。今は倒れているが、縦にすれば、降りても余裕で戻ることができそうだ。ポストアポカリプスに登山届はない。閉じ込められたら、静かに餓死を待つだけだ。だから「いけそう」な高さな棚ではなくて、「余裕」な高さの棚が必要だった。

 注射針が散乱している……なんてことがないように神譲りの視力でしっかりと観察したが、それも問題なし。

 

「というわけで、降りまーす」

 

:気をつけてね

:閉じ込められても誰にも救出できないから

 

「ほっ」

 

 無事に着地。どうやらリネン室にあたる部分だったようで、クッションが足腰の負担を和らげる。

 何かトラブルが起こる前に、棚を立てておく。

 

「うわ、ちゃんとした掛け布団だ……!」

 

 こちらの拠点にはベッドがない。

 だから、これはなんとしても入手しておきたかった。

 働きアリのように、せっせと上に運ぶ。人類滅亡の理由を探るよりも、目先の快楽に目がくらんだのだ。

 これは将来のパフォーマンス向上のため……と、言い訳をしながら。テスト前に遊ぶ人みたいな精神状態だった。

 

「そういえば、ベッドとか布団って、三〇〇年経っても変わんないんだねえ」

 

 海の拠点のも、特に変わった様子はない。

 傘もそうだけど、フォルムとして完成されすぎているのだろうか。

 そういえばSF映画で、ベッドが変わった形になっているのを見たことがない。そんなに見たことがないので、自信はないけど。

 令和に見たSF映画を思い出すと、なんだか不思議な気分になる。二〇二〇年に『一九八四年』を読んでいる感じだ。

 

:ふかふかなのが気持ちいいのは、過去も未来も変わらない

:たぶんあと100年経っても変わらないと思う 100年後は来ないみたいだけど

 

「くるよ、大丈夫」

 

 必要な分だけ廊下に運びだして、あらためて探索する。

 だが、ペーパー自体珍しいのに、リネン室に都合のいいペーパーがあるはずもない。

 

「そういえば……リネン室のタオルとかって、けっこう新しいはずだよね?」

 

 ホテルとかだと、一ヶ月ごとに変えると聞いたことがある。

 わたしは、新しいタオルを取ってタグを確認した。

 綿100%なことしかわからなかった。

 

「残念なような、ホッとしたような……」

 

 あれば大きな前進だが、滅亡のカウントダウンを聞くのは、やっぱりちょっと怖い。

 今日の収穫はふかふかのお布団。

 なんとも平和なものだった。


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