バビロニアにて。



「お風呂入りたいなぁ」


バリバリー。星1.キャスター。



「ワシゃあ、釜爺だ」
「!?!?」



*千と千尋の神隠しの世界は実在した、というていで話が進みます。作品出典のサーヴァントじゃないってことね。

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注意

作者は受験やらなんやらで二回の閻魔亭をどちらも逃しています。また酒呑童子の塔のイベントの時はまだFGOを知りませんでした。そのためカルデアの風呂場事情に詳しくないです。

またウルクの生活についても詳しくないです。


本小説は本格的な設定の上に成り立つものではなく、どちらかと言えば元のシナリオよりすこし緩めな世界観をご想像ください。

あと絶対魔獣戦線バビロニアをやったことないと読むのはキツイと思います。


第1話

 

 

 

 

 

人類最後のマスターを擁する機関、カルデア。マスターである藤丸立香(♀)は自身のサーヴァントであるマシュ・キリエライトと共に特異点を解決してきた。そして今まさに七番目、最後の特異点である古代バビロニアへとたどり着いたのだった。

 

 

 

 天空からのレイシフトをどうにかやり過ごしてやっとの思いでウルク市内へ入り、いざギルガメッシュ王へ謁見しようとしたのだが。

 

 

「今は時間が惜しい!問答するより戦闘でもって貴様らの技量を測ってくれる!」

 

 

 

 

 そんなこんなで戦闘を経て、その後イシュタルが玉座の間の天井をぶち破ってきたりして。一日目とは思えないほど濃厚な時間を過ごした立香は流石に精神的に疲れていた。そのせいか祭祀長であるシドゥリに案内されてウルクでの宿を確保すると、思わず気の抜けるような溜息が出た。

 

 

「はぁー……」

「お疲れ様です、先輩。サークルだけ設置して、今日は休みましょうか」

「そうだね……」

 

 

 

 サークル設置。マシュの盾を触媒として、霊脈などのリソースをもとに英霊の召喚を可能にするための手順である。

 

 

(疲れたなぁ……。こういう時お風呂に入れたらいいんだけど、この時代って多分水浴びだよね)

 

 

 

 とりあえず誰か召喚しよう。立香は自分の魔力(フレポ)をもとに、空気中の濃厚な魔力を輔としてサーヴァントを呼んだ。尤も立香の魔力では一体が限界であるが。彼女の願いに応え、英霊の座から呼び出されたのは──

 

 

 

 

 

 蜘蛛か何かの化け物と言われても信じられるくらい怪しい風貌の老人だった。

 

 

 

「……ワシゃあ、釜爺だ。風呂釜にこき使われとる爺だ」

「ひ」

「ひ?」

 

「……ひゃああああ!?」

 

 

 

 

 立香の悲鳴に反応して、宿舎の二階で部屋割りを決めていたサーヴァントの一人であるアナがすっ飛んできた。

 

 

「なっ……いつの間に。早急に排除します」

「ち、違うのアナ!この人は今さっき召喚したサーヴァント!」

「……これが?」

「……多分」

 

 

 アナの言い分も尤もである。なんせこの「釜爺」と名乗る老人は合計六本の腕を持ち、それぞれが三本指なのである。第五特異点で出会ったエジソンとは別ベクトルで人間とかけ離れた風貌だった。

 

 

『だ、誰だいそのサーヴァントは!僕は今までそんな見た目の人間を見たことないぞ!』

 

 

 ドクターが何やら騒いでいるが、釜爺は無視して立香に話しかける。

 

 

「あー、なるほどなぁ。あんましよくわかっとらんが、何をしてほしいかはわかる。あんたか?風呂に入りてぇのは」

「お風呂……?お風呂って、あのお風呂?」

「ほかになかろうが。ワシゃあそれくらいしかできんぞ」

「ぜ、ぜひ!!」

「おお……元気があっていいな、ウン。で、カンジンカナメの風呂釜はどこだ?」

「えっ」

 

 

 

 聞けば、釜爺は風呂を一から作り出せるわけではないらしい。調合した薬草でもってただの風呂を様々な効能を持った薬湯にすることこそが釜爺の本領だった。なんとなく携帯露天風呂みたいなのを想像していた立香はちょっと落ち込んだが、諦めはしなかった。

 

 

 

「シドゥリさん、水浴び場みたいなのはここにあるんですか?」

「……いいえ。ここウルクは川がありますので、飲料水の供給から水浴びまでほとんどがそこで行われます。水瓶なども使用しますが」

 

 

 そして、立香は決意を固めた。

 

 

「じゃあお風呂作ろう」

「せ、先輩……?」

 

 

 

 人類最後のマスターとして基本的に特異点の王や権力者と敵対する立場であるため、ロンドンのような都市環境でもない以上野宿は当たり前になっていた。すると当然風呂など夢のまた夢である。その夢が叶いそうなのだ、テンションも上がろうものである。風呂大好き日本人としてこのチャンスを逃がすわけにはいかない。

 

 かくして立香は風呂を作るための資金集めに奔走することとなったのである。

 

 

 

 

『ええと、釜爺。君は一体どこ出身なんだ?』

「ワシか?湯屋……つってわかるかどうか知らんが、そこで薬湯の調合と火の加減をしとった」

 

 釜爺は六本の手を器用に動かして頭を掻いたり髭を撫でたりしている。

 

『湯屋……入浴施設のことだね。しかしそんな有名な入浴施設あったかなぁ』

「人は知らんだろ。うちは神サマとかそういうの専用だったからな」

 

『か、神専用の湯屋だって!? いやありえなくはないけど……存在するなんて想像もしなかった。流石極東の島国、文化が独特すぎる。ということは釜爺、君も人じゃあないのかい?』

「人に見えるか?」

『……だよね』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 羊の毛を刈るはずが魔獣駆除になったり、浮気調査のはずが地底人の存在を暴くことになったり「仕事内容とは?」と首をひねるようなものばかりだったが、どうにかそれらを熟しつつ賢王の

 

 

「面白そうなことをしているではないか!良い、資材をまわしてやろう!」

 

 

 という軽いノリもあって、立香はついに成し遂げた。浴槽と風呂釜を用意することに成功したのである。ボイラー室は釜爺により一種の魔術工房となり、そこで湯加減と調合が行われる。湯は簡易的な水路を通して隣の浴場へ送られる、という寸法だ。

 

 

 

 

 

「おお……十分、十分。ワシもようやくやることができたわい」

 

 サーヴァントとしての釜爺に戦闘能力はほとんどない。立香に香草を煎じて詰めた香り袋でも渡してやるのが関の山であり、そして暇なのは釜爺の性に合わなかった。だからこそようやくの仕事に張り切って臨んでいる。

 

「ほれ、ちび共、出てこい」

 

 

 釜爺が呼びかけるとススがどこからか集まって黒いもやになり、そこから手足が生えた。ススワタリというこの小さな使い魔は釜爺の命に従い、石炭を釜に入れたりする役目を持つ。釜爺本人はボイラー室の壁を埋め尽くすほど存在する棚から用途に応じた薬草をその六本ある腕で取り出し、薬研で磨り潰し調合する。

 

 

「仕事をよこしてくれたのはますたーだからなぁ。多少は奮発してやらんとなぁ……」

 

 

 

 釜爺の掌は長い年月の間での調合作業と『湯加減を見るだけでただの湯が薬湯になる』という逸話から宝具化している。逸話の通り湯船をかき混ぜるだけで一端の薬湯に変化するというものだ。

 

 

 ただ、正規の手順で調合した個人に合わせた薬湯とは比べるべくもない。そういう意味での奮発である。釜爺は棚からいくつかの薬草を取りだした。調合するのは疲労回復と魔除けの効能が含まれたもの。

 

 

 釜爺がいた湯屋では神を客として相手していたが、その中には当然役職として厄を吸うもの、あるいは汚穢(おわい)を全身に纏ってやってくるものがいる。それらの汚れを落とすために釜爺は魔除けの薬湯を調合することが多かった……故に、この程度なら簡単に作れる。

 

 

 ちなみに薬草は釜爺が所蔵していた棚のものに加え新しくマーリンが用意したものも存在する。

 

 

 

 

 

 

 

▽立香目線▽

 

 

 

 

 

 

 

 

 今日はお風呂解禁日である。この日を私は待ち望んでいたのだ。

 

 

「マシュ、お風呂いこ」

「了解です。マシュ・キリエライト、同行しますっ」

「そんな緊張するようなことじゃないんだけどなぁ」

 

 

 聞けばマシュはカルデアにいるときも風呂よりシャワーを使っていたらしい。確かに海外の人はあまりお風呂に入らないって聞くけど……人生損してる、と思う。マシュには風呂のすばらしさを思い知ってもらおう。そう思いながら服を脱いだ。空気中の濃すぎる魔力から身体を守るためのマフラーも外している。湯気が代わりに遮断してくれるのだそうだ。

 

 

 

 

 浴場からは仄かな草のような香りがする。青臭くなくて、落ち着いた森のような感じ。色も仄かな緑色。体を流してそうっと湯船に足を付けた。

 

 

「あ」

 

 

 これヤバい。熱が伝わって疲れが溶けだしていくみたいだ。

 

 

あああああ

「先輩の声がふにゃふにゃに……!で、では私も失礼しまあああああああ

 

 

 二人して溶けた。なんか、もう、語彙力がとけてやばい。薬湯、すごい。

 

 

 ちなみにサーヴァントにも好評だった。後で聞いたけど牛若丸の時代には風呂がなかったらしく、大層気に入ったようだった。レオニダスは士気と疲労回復に風呂の導入を本気で考えたらしい。さす風呂。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日はギルガメッシュ王も調査に同行すると言い出したため、私はマシュと三人で海に面した監視塔まで行った。そこで偽エルキドゥとやりあって、どうにかこうにか宿舎まで帰ってきたのだけど。

 

 

「我のために風呂とやらを用意するがいい!」

 

 

 ……王様までついてきた。仕事はいいんですか?

 

「新しくできたものに評価を下すのも王の役目。あれほど期待させたのだ、出来が悪かったとは言わせんぞ」

「あ、それは大丈夫ですよ。釜爺なので」

 

「……ああ、何だったか、そう、湯屋のキャスターか」

「湯屋? まあ、まずこの中から札を選びます」

 

 

 私は模様のついた札がたくさん入っている箱を渡した。

 

 

「む、何だこれは」

「効能と部位を現した札だって言ってました。肩こりならこの列のこの札、みたいに。複数ある時はその分持っていきます」

「ほう……」

 

 

 王は札を抱えるほどたくさん持った。お疲れなのですね……。

 

 後はボイラー室のポスト的なところに入れるだけ。十分ほどでお風呂ができるのは流石としか言いようがない。湯が溜まり切ったとみるや王様は風呂場にテンション高めで突撃していった。

 

 

「ふは、ふはははは!よもやここまでとは……この湯もはや財宝では?」

 

 お風呂場からなんか聞こえる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 なかなか上がってこない王様を見に行ったら爆睡していた。お風呂で寝るのは事故死の可能性があるからやめようね!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ニップル市に残っている市民をウルクに避難させるために私たちは行動を開始した。ところがそこはもぬけの殻……というより、偽エルキドゥの襲撃によって既に皆殺しにされた後だった。

 

 

 更に悪いことに地の底から現れた人類と敵対する三女神同盟のうちの一人、ゴルゴーン。権能で魔獣を生み出し続けウルクを攻め続けている魔獣の女神。

 

 私たちを逃がすために牛若丸とレオニダスが帰らぬ人となった。弁慶さんは責任を感じたのかどこかへ消えてしまっている。

 

 

「はぁ」

 

 いつまでたってもサーヴァントが居なくなるのにはなれない。死んだわけではないのは知っているが、こう……賑やかさが失われるのはやはりくるものがある。そしてゴルゴーンが定めた刻限──

 

『これより十の夜明けの後、我らはウルクを滅ぼす』

 

 

 つまりあと十日。それまでに戦力の減ったこの状況でゴルゴーンを倒すしかない。だが、どうやって?私の頭じゃあいくら考えても妙案など出てこなかった。

 

「……お風呂入ろ」

 

 

 最近は釜爺も忙しいのか、ボイラー室から出てこない。聞くところによるとその効能に目を付けた王様が薬湯を作らせて、兵士詰所などに提供するようになったらしい。それでもマシュや私が入る分はしっかり沸かしてくれるから感謝してもしきれない。

 

 

 指先から熱が伝わる。筋肉がほぐれていくような感覚。

 

 お風呂は良い。熱で思考がぼんやりして、考えたくないことを考えなくて済む。

 

 

「疲れたなぁ。…………戦うのは、やだなぁ」

 

 

 

 

 

▽第三者視点▽

 

 

 

 

 ニップル市避難作戦から数日が経った。

 

 

 ゴルゴーンがウルクに来る前に本拠地を叩く。王様が決めた方針の元、立香はイシュタルを買収しケツァル・コアトルとプロレスして冥界に王様の魂を取り返しに行った。今日はウルク市民によって王の帰還を祝うパーティーが開かれている。

 

 

 いよいよ明後日が鮮血神殿への強襲。ケツァル・コアトルに「マルドゥークの斧」という超質量対鮮血神殿兵器をぶん投げてもらい、立香たちは近くでそれを待って鮮血神殿の神性結界が壊れたのを確認してから突入する予定だった。

 

 

 さて。そんな立香たちの中に、ウルク周辺で魔獣の攻撃を食い止める部隊と鮮血神殿への突入部隊、そのどちらにも属さないサーヴァントが居る。釜爺である。キャスターの中でも珍しいほとんど攻撃力を持たない存在であったため、当日は疵を癒す薬湯を只管に作って貢献することにしたらしい。だから、この戦いが終わるまでは別行動になる。

 

 

 立香は一先ず出立のあいさつをしに行った。ボイラー室の入り口からは釜爺の後ろ姿しか見えないが、ごりごりと音がするからきっと調合を続けているのだろう。

 

「行ってくるね」

「ン、ますたーか。頑張ってな」

 

 

 遠ざかる足音を聞きながら、釜爺は只管に調合を続けた。薬研*1を挽く手を止めずに、空いた手で煙管を吸おうとして、やめた。辞めざるを得なかった。

 

 

 ボイラー室でうっかり立香の声を聞いてしまったからか、年をとったからかはわからないが、ああいうまっすぐな目をした手合いに甘くなっている気がする。

 

 いつだったか、人の類なんぞいないあの湯屋で働き始めた少女がいた。名前は、確か──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結局。

 

 

 

 

 ゴルゴーン討伐は確かに成った。しかしそれを切っ掛けに目覚めたのは更なる魔獣の女神、原初の母にして七つの人類悪の一つ、ティアマト。その出現と同時に海は黒く染まり、空にはティアマトの子であるラフムが飛び交い人間を嬲り殺していく。一度ウルクへ帰還した立香たちはラフムに攫われたシドゥリの救出のためエリドゥへと向かった。

 

 

 エリドゥにてキングゥはラフムの騙し討ちを食らい、内蔵していた聖杯を奪われた。あれがペルシャ湾に落とされればその膨大な魔力によってティアマト神が完全に目覚めるだろう。羽を生やし飛び立つラフムを見て、

 

「追うわよマスター!翼竜に運んでもらいマース!」

 

 

 ケツァルコアトルと共にラフムを追ってペルシャ湾までやってきた。しかし一歩間に合わず、聖杯は黒い海に沈んだ──というのが、モニター越しにウルクに伝えられた現状だった。黒き泥はティアマトの権能、触れたものを細胞レベルで書き換えて眷属にする魔獣製造水である。

 

 

 

 

 

 海に居るティアマトが動き出せば、その超巨大質量の所為で都市を飲み込むほどの黒い津波が生まれる。賢王はウルクの外壁の外側に一周囲むように建てておいた跳ね上げ式の防御壁──「ナピュシテムの牙」を展開させた。魔獣の牙や骨を組み合わせて作られたこれは錨を上げると同時に内部機構によって組み上げられ高い壁となり、ウルクを黒泥から護り切る。しかし、

 

 

「いたるところに崩壊が見られます!次は持たないかと!」

「む……だが頼らざるを得まい!修復工事を始めよ!」

 

 

 ひとしきり指示を出し切ったところで立香が帰ってきた。

 

「あ、釜爺!生きてたんだ、良かった」

「……まだワシの仕事は終わっとらんからな」

 

 釜爺は腕を組んで座っている。

 

 

 シドゥリの姿がないことに賢王はごくわずかに顔を顰めたが、すぐに切り替えて作戦会議を始めた。

 

 

 

 

「して、ドクター。何か策はあるのか」

『……ケイオスタイドを止めて人類滅亡を防ぐにはもはやティアマト神を斃すほかない、というのが僕の見解だ。けれど。ティアマトは死なない存在だ』

「ふむ……ならばこれはどうだ」

 

 

 

 

 賢王が打ち出した策はこう。ウルクの地下に冥界を広げ、地盤をぶち抜いて巨大な落とし穴を作る。冥界には神でさえ逆らえない法が敷かれているため、ティアマトにすら死の概念を与えることができる。

 

 

 冥界の準備に必要な時間はおよそ三日。ティアマトがウルクにたどり着かないよう立香たちは足止めに出て行った。玉座の間には釜爺と賢王が残った。

 

 

 

 

「して、湯屋のキャスターよ。前に話した通りアレの準備はできているだろうな」

 

 前に話した、というのは賢王が立香たちの宿舎に来た日のことである。長風呂は別に寝ていたわけではなく、釜爺に伝えることがあったからこそ。

 

 

「そりゃなぁ、しかし、ここにもあんなのがいるたぁ思わなんだ」

 

 釜爺は腕を解いた。六本あるうち四本の腕の手首から先が消えていた。

 

 

「だがな、確かにありゃワシの仕事だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ケツァルコアトルが、ゴルゴーンが、キングゥが、そしてギルガメッシュ王が命を賭してティアマトの進路を妨げた。その時間稼ぎは身を結び、

 

 

 

 

「落ーちーるー!」

 

 現在立香たちはイシュタルがウルクごと地面をぶち抜いてできた巨大な穴に転落中だ。この底にはギリギリ用意できた冥界がある。

 

 

 

「冥界での浮遊権を許可するのだわ!足場を作るように魔力を籠めれば少しは飛べるはず!」

「ありがとうエレちゃん!」

 

 

 

 そうしてウルクにレイシフトしたときよりはいくらか安全に立香たちは着地した。遅れて落ちてきたティアマトに対し冥界の防衛機構が働き、さらにガルラ霊による総力攻撃が行われるが、

 

 

 

 

『ケイオスタイド、冥界に侵食開始!』

「ど、どうなってるのだわ!?」

 

 

 

 ティアマト神は止まらなかった。蛹が孵るように、あるいは老人が若返るようにティアマト神は本来の姿を取り戻していく。翼はより広くなり、足は触手のようにばらけて増えた。

 

 

「Aaaaaa──、Laaaaaaa──!!」

 

 

 

『あれが、本当のビーストⅡの姿だ……!』

 

 

 戦況は絶望的。ケイオスタイドは際限なく溢れ出し、洪水のように冥界を黒く染めていく。そこから新たにラフムが生まれ出る光景は、死肉に集る蛆が羽化して飛び立つような悍ましさを醸し出していて、

 

 

 

 

 

 ──故に、条件は成った。釜爺にとってそれ(ティアマト)はクサレ神に等しいからこそ。

 

 

 

「釜爺、いつの間に……その手は!?」

 

 

 

 

 

 

 一つ、持ちうる最高の薬を使わねばならない。

 

 釜爺の掌は長い年月薬草に触れてきたことで成分を蓄積させ、かき混ぜるだけで薬湯を作り出すほどに至った。であれば『最高の薬湯』の原料となるのは彼の手を煎じたものに他ならない。干して焼いての工程を繰り返すために釜爺はボイラー室に籠ることを余儀なくされた。

 

 

 二つ、そこはある種の風呂釜、つまりは器でなければならない。この条件は冥界がウルクの地盤を撃ちぬいてできた巨大な穴であるがゆえに満たされた。

 

 

 特定条件を要求し特定状況下でのみ効果を発動する宝具。空間が軋みをあげ、立香たちの上空、冥界の空に横向きに、四角く巨大な木柱が現れた。その端には紐が括り付けられていて、立香の横に垂れ下がっている。

 

 

 

 

 

薬湯・煎災為福(災い煎じて福と為す)。……ますたー、それを引きな」

「……わかった」

 

 

 紐に手をかけ、思い切り引っ張る。思ったより簡単に下がったからか、立香はバランスを崩しかけた。すんでのところでマシュに抱き留められた。

 

 

「先輩!」

「あ、危なかった……ありがとうマシュ。いったい何が──」

 

 

ざぱり

 

 

 

 柱の端から薄緑の液体が流れだした。それは湯気を放っていて……つまりは、あの柱は巨大な湯口であった。

 

 

「ラフムが……液体に触れた個体から溶解していきます!」

 

 

 流れ続ける薬湯はケイオスタイドと混じりあい、粘着質な泥から暗緑色の液体へと姿を変えた。湧き上がる湯気は死と埃しかない冥界に温かさを伝え、空へと昇っていく。

 

 

 

 

「A、A、Aaaaaaaaa...」

 

 

 

 

 そして、ティアマトの動きも鈍った。それを見逃すほど人類最後のマスターは甘くない。

 

 

「マシュ、行くよ」

「了解です。マシュ・キリエライト、戦闘を開始します……!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 釜爺は冥界の底からウルクの空を見上げた。

 

 

 実のところ釜爺の霊基は相当擦り減っていた。魔力を変換して水を生成し沸かすのはキャスターであれば誰でもできることであるし、本来この宝具もどちらかといえば湯の用意のために魔力を割くような代物である。

 

 ただ、本来より量が段違いだった。冥界を埋め尽くすほどの水量を賄うためには、釜爺の手もちの魔力ではあまりにも足りな過ぎた。だからこそ、自らの霊基を魔力に変換してまで宝具の発動を続けている。自殺に近い行為だが、釜爺はそれでもよかった。

 

 

 もとから、()()()()()()と定義された存在だから。それに、

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──風呂釜にこき使われとるじじいにしちゃあ、実にらしい最期じゃないか。己を火にくべて湯を沸かすなんて。

 

 湯気に混じって、僅かに金色の粒子が空に上っていった。

 

 

 

 

 

*1
薬草を磨り潰す際使う細長くて深い器と、すり潰すための持ち手がついた車輪のセット




星1ですよ。宝具はすっげえ雑に言うなら[混沌かつ神性]持ちへの特効付きステラです。

ステータスは別に考えてません。クラススキルは……陣地作成(釜)とかですかね?



時間軸としては千尋が脱出したかなり後、釜爺の調合技術の最盛期を想定しています。湯加減を見ただけでどうこう……ってのは完全な想像です。


因みに釜爺死なない説は千と千尋の神隠しの世界観と合わないので採用してません。

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