これは、八幡が投げるブーケをめぐる”ヒロイン”たちの激闘を描いた物語。
※pixivでも投稿していたものを改稿した作品となります。
『ブーケ・トス』
結婚式で花嫁がウェディングブーケを未婚の女性へ投げることであり、ブーケを受け取った女性は、次に結婚ができると言われている。
以上、某Wiki辞典から引用でした。
え? その出だしはもう知っている?
……ふっ、そんな世界線は知らんな。
「……お兄ちゃん、いつまで現実逃避してるの?」
「現実逃避もしたくなるわ、この惨状を見たら」
俺はいま、体育館のステージ上から目の前に広がる光景を遠い目で眺めながら、絶賛現実から逃避しまくっていた。
だが、そんな俺に構うことなく、小町は手に持ったマイクを口元にやり進行を開始してしまう。
「おまえらぁ、お兄ちゃんのブーケが欲しいかーーーっ!」
「「「「 おおおぉぉぉーーーー! 」」」」
「お兄ちゃんのパートナーになりたいかーーーっ!!」
「「「「 うおおおおおーーーー! 」」」」
「お兄ちゃんとハネムーンに行きたいかーーーっ!!」
「「「「 いぇやあああーーーー! 」」」」
「ではではー! 『お兄ちゃんが欲しくばブーケをその手で掴みとれ! お兄ちゃんのブーケ争奪戦 in 総武高校!!』を開始しまーす!」
「「「「 ひゃっはぁあーーーー! 」」」」
こうして、俺の意思とか意見は一切合切無視して戦いの火蓋は切られたのだった。
* * *
事の発端は、いつも通り部室でダラりんとしていたときに由比ヶ浜が発した不用意な一言だった。
俺は目の前の現実から少しでも逃避するために、目を閉じて当時のことについて思いを馳せてみる。
………
……
…
「ねえ、ゆきのん。ブーケ・トスって憧れない?」
「……突然どうしたの、由比ヶ浜さん?」
それまでティーン向けの情報雑誌をフムフムむふふんと熱心に呼んでいた由比ヶ浜が、雪ノ下にブーケ・トスについて話を振った。多分だが、その雑誌にウェディング関係の特集でも載ってたんだろうな。
……あの、それティーン向けの雑誌なんだよね? ゼ○シィとかじゃないよね? まあ、法的には彼女たちも結婚できる年齢ではあるのだし、ティーン向け雑誌にそういう特集があっても不思議ではないのかもしれないけども。
「あー、あの結婚式の余興でやるヤツですよね。花嫁が後ろ向いてブーケを投げるっていう感じの」
「そうそう、それ! それでブーケを取れた人は次に結婚できるんだって!!」
由比ヶ浜のブーケ・トス発言に反応したのは、当たり前のように部室で紅茶を飲んでぐだっとしていた一色だった。
「知識としては知っているのだけれど、特にやりたいとは思わないわね」
「えー? でも、取れたら結婚できるんだよ?」
「取れなくても結婚する人は結婚するし、取れても結婚できない人は結婚できないわ。……ソースは平塚先生」
「……なるほど」
なるほど、じゃない。そこは納得してあげるな由比ヶ浜! 先生が草葉の陰で泣いてるだろ!!
……あ、これじゃ先生がお亡くなりになってますね。失礼しやした。
「話は聞かせてもらった! 奉仕部は殲滅する!!」
とか俺が馬鹿なことを考えていたら、ガララッと勢いよく部室の扉が開き、平塚先生がそんな台詞とともに現れた。いや、ていうか滅亡じゃなくて先生が殲滅するのかよ。あまりにも唐突過ぎて、お約束の『な、なんだってーっ!?』な反応すらできなかったぞ。
「……先生、ノックを」
「誤魔化そうとしても無駄だぞ、雪ノ下。言っただろう、話は聞かせてもらったと。誰が結婚できないだっ!! 私だってっ…私だってなぁ…………ぐすっ」
「……ゆきのん。ほら、謝ろう?」
「そうですよ、雪乃先輩。平塚先生、泣いちゃってますし」
「そう、ね。平塚先生、申し訳ございませんでした」
「うう……。できるもん。静だってちゃんと結婚できるもん」
「……比企谷くん。お願い、助けて」
「ええー……」
ちょっと、どうして雪ノ下はそのタイミングで俺に振るかな。俺にどうしろと……。
仕方がないので、とりあえず平塚先生にエールを送ってみた。
「フレー! フレー! し・ず・か!!」
「……キュアエール風に応援するのは止めろ、比企谷。はぐプリは独身の私に効く」
どうやらお気に召さなかったらしい。解せぬ。
ならもうあれだ。これしかないな。
「……それ以上凹んでいるようなら、生徒の前で結婚できずに悲嘆にくれてる様を動画にとってSNSにアップしますよ」
「お前の血はなに色だ、比企谷ーーーっ!」
「ぐふぉっ……」
よし、復活したな。
平塚先生が怒りのままに繰り出したファーストブリットを受けて悶絶しながらも、俺は依頼達成とばかりに雪ノ下たちへ向き直る。
「……先輩。励ますのヘタ過ぎでしょ」
「励ますというより、もはや脅迫じゃない」
「ヒッキー、それはない」
平塚先生の社会的立場を人質にとった俺の作戦は、どうやらお気に召さなかったらしい。三人からは大変不評でした。いやまあ分かってたけど……。だって面倒臭かったんだもん。
とりあえず、このままグダグダやっていても話は前に進まないだろうし、さっさと平塚先生から用件を聞きだそう。
「で、先生。なにか用事ですか?」
「……いやなに。君らの様子を見にきたんだが、扉の前で由比ヶ浜の発言を耳にしてな」
「え、あたし?」
「ということは……ブーケ・トスですか?」
「そうだ」
そういって頷いた平塚先生は、それまでの雰囲気をガラリと変えて、ジロリと由比ヶ浜を睨みつけながら口を開く。
「……小娘が。興味本位で戦場に立ちたいなどと、貴様死にたいのか」
「うえっ!?」
どうにもブーケ・トスが地雷だったらしい。平塚先生の態度が豹変している。
おい、どうすんだこれ雪ノ下。収拾つくのか? そう俺が視線で訴えると、微妙な表情を浮かべながらも頷いた雪ノ下が平塚先生を諌める。
「先生、それはちょっと大げさなのではないでしょうか?」
「……雪ノ下。そう言うからには、貴様はブーケ・トスに参加したことがあるのか?」
「ありませんが……投げられたブーケを取るだけでは?」
「戦場に立ったこともないトーシロがっ! 知った風な口を利くな!!」
「ちょ、ちょっと落ち着いてくださいよ平塚先生! 結衣先輩も雪乃先輩も怯えちゃってるじゃないですか!?」
「そうですよ、平塚先生。ほら、あんなの所詮ただの余興ですし。だからそんなマジにならなくても……」
「……どうやら貴様らには教育が必要なようだな」
ちょっと待って! なんでそうなるの? なんかこれあれだ。絶対に面倒な感じになる展開のやつだぞ。俺のサイドエフェクトがそう言ってる!
「そんなに興味があるなら、私が直々にブーケ・トスがどういうものか、その身に教えてやろう」
「……いえ、私はそこまで興味はないので結構です」
「あ、わたしも同じく。興味あるのは結衣先輩だけなので」
「ゆきのん!? いろはちゃん!?」
雲行きが怪しくなってきたことを敏感に感じ取ったらしい雪ノ下と一色が、由比ヶ浜を人身御供にして逃げ出した。
なんという躊躇いの無さ。女子のこういうドライなところって本当に恐ろしいと切に思う。
「……黙れ、小娘共が。異論反論抗議質問口応えは認めない」
だが、そんな雪ノ下や一色の逃走劇は早々に潰えてしまった。
どうしちゃったの今日の平塚先生。そんなに雪ノ下の結婚できない発言がショックだったのだろうか? ……普通に傷付きますね、はい。
「ふん。よろしい、ならば比企谷。ブーケは君が投げたまえ」
「……はい?」
「君がブーケを投げろと言ったんだ」
「なるほどわからん」
あの、平塚先生? 僕、男の子だよ……?
「こいつらが参加者である以上、他に投げる役を担う者がいないだろう? それに、君が投げるブーケとなれば、雪ノ下と一色も話は違うだろうしな」
「いや、なんでそうなる……」
「やるわ」
「やります」
「ゆきのん!? いろはちゃん!?」
「どうなってるのん、これ……」
突如としてやる気スイッチが入った雪ノ下と一色。そんな二人に困惑する俺と由比ヶ浜。
だが、そんな俺たちを更に困惑させる存在が部室へと乱入してくる。
「ちょぉぉぉっと待ったぁぁぁああああ」
我が最愛の妹こと比企谷小町。推参。
「そういうおもしろ……ゲフンゲフン。楽しそうなことは、お兄ちゃんの妹である小町を通してもらわないと!!」
いや、あの小町ちゃん? それ言い直した意味は? 誤魔化す気ある?
「比企谷妹か……。どうするつもりだ?」
「話はおんぼろ気にながら聞かせていただきました。つまりは、お兄ちゃんが投げるブーケを掴みとった者こそが、お兄ちゃんのお嫁さん。そういうことですね?」
「そこに気付くとは……天才か」
いや、そのりくつはおかしい。
大体なんだよ、おんぼろ気って……。もしかして『朧げ』って言いたかったとか? それとも、ボロボロになりながら話を聞いてたわけ? なんなの? オボロボロボロなの? オボロ防壁なの? なにそのシスコンまるで頼りにならない……。
「……三日ください。他のお嫁さん候補たちにも声を掛けて、ハイパーエンターテイナー小町が今回のイベントに相応しい舞台を用意しましょう」
「なんだその胡散臭い肩書……。ハイパーメディアクリエイター並みに響きが怪しいぞ」
「お兄ちゃんは黙って」
「解せぬ」
あのちょっと? お兄ちゃんは当事者じゃないの? また発言権が無い感じなの?
「とは言っても、実際に舞台なんてどうするつもりなの、小町さん?」
「そこはあれです。生徒会長、体育館貸してください」
「生徒会長権限で許可します!」
「許可しちゃうんだ、いろはちゃん……」
由比ヶ浜が俺並みに濁った瞳でどんどんと話を進める小町たちを眺めている。
分かる。分かるぞ、由比ヶ浜。その置いてけぼりな感じ。
「だが、そんな大がかりなイベントにして大丈夫なのかね?」
「そこはノープログレム! こんなこともあろうかと、ブーケを奪い取った優勝者への賞品としてこんなモノを用意してありまーす!!」
【婚姻届@比企谷家側は保護者含めて全て記入捺印済】
「なん…だと……?」
「え? ホン…モノ……なの?」
「……間違いないわ。あれは間違いなく本物の婚姻届よ!?」
「しかも、先輩側はすべて記入済みってことは、後はこちらが記入して役所に提出さえしてしまえば……」
ゴクリと、誰かが生唾を飲み込んだ音が部室に響いた。
「いや待て……待ってお願い! ちょっと待って、ねえ、ちょっと小町!?」
「……お兄ちゃん」
「小町……?」
「もう、観念しよ?」
「どういうこと!?」
絶賛パニック状態でオロオロする俺を他所に、小町はどこか悟ったような表情で俺を宥める。
「ほら、後ろ見てみなよ、お兄ちゃん。もう後には引けないよ」
「うしろ……?」
小町の指摘に、恐る恐る振り返った俺が見たモノ。それは──
「もしもし、都築? ……ええ、そうよ。今すぐ雪ノ下家特殊訓練施設を確保して。三日間、私が貸切るわ」
「あ、副会長ですか? そうなんですよー。ちょっと三日間ほど修行の旅に出てくるので、生徒会のことはお任せしますねー」
「……ふむ。これはアレだな。私も久しぶりに飛騨の山奥に籠るか。そろそろ、あのときの子ザルが大きくなっている頃だろう」
「ブーケをセンターに入れてスイッチ、ブーケをセンターに入れてスイッチ、ブーケをセンターに入れてスイッチ…」
俺は、そこで考えるのを止めた。
…
……
………
「あのとき思考を放棄した結果が、ごらんの有様だよ!!!」
「あ、良かった。お兄ちゃんが現実に帰ってきた」
再び現実世界へと帰ってきた俺は、目の前で熱狂するオーディエンスを前に、思わず頭を抱える。
だって、おかしいだろ……。どうして、どうして……っ!?
「なあ、小町?」
「なに、お兄ちゃん?」
「雪ノ下たちは分かる。あのとき部室に居たし。他に城廻先輩とかあーしさんとかルミルミとかが居るのも、言いたいことは山ほどあるし、疑問も尽きないけど、とりあえず今はいい」
「うん」
「問題はな……」
「問題は……?」
そうなのだ。まったくもって埒外ながら、あーしさんを筆頭に、これまで俺が依頼を通して接触した女子が居るのはまだ分かる。いや理由は全然分かんないけど、生物学的にはまだ理解はできる。
けどな、これは流石にダメだと思うんだ……。
「ヒキタニくん……いや、比企谷! 俺だ! 結婚してくれーっ!!!」
さっきから、集団の最前列で一番ノリノリで声を上げている葉山を見て、俺は真顔で小町に問いかけるのだった。
「どうして、男が参加してるんだ?」
「……それは」
「それは?」
「一部業界からの圧力に屈したと言いますか……テヘペロ」
「おい、待て……笑って誤魔化すな!? あれは洒落にならないだろ!!」
ふと、俺の耳元で『ぐ腐腐腐……』という笑い声が聞こえたのは幻聴なのだろうか。思わず、いつもの三割増しで目が腐っていくのを自覚する。
「まあ、それはともかくとして……」
そんな俺に構うことなく、小町がそっと俺の手を取り、今回の元凶とも言うべきブーケが括り付けられた花束を俺に握らせる。
「それじゃあ、お兄ちゃん。投げよっか?」
「俺の妹が鬼畜すぎる件」
こうして、俺の混沌すぎるブーケ・トスが始まったのだった。
眩く照らすスポットライトを浴びながら、ステージの上に佇む一人の少年。
彼、比企谷八幡はその手に持つブーケを強く握り締めながら、大きく振りかぶる。
「もう……どうにでもな~~~れっ!!!」
半ばヤケクソ気味に放り投げなれたブーケが宙を舞う。
そして、その落下点に群がる有象無象。そんな彼ら彼女らを嘲笑うかの如く、誰よりも早くブーケに手を掛けたのは、彼女だった。
「『兵は詭道なり』……至言ね」
──雪ノ下雪乃。体力がないと自覚している彼女は、だからこそ地上での乱戦を避け、一発勝負の賭けに出た。
それは、体育館の天井。ブーケ・トスが始まる直前に集団から抜け出した雪乃は、体育館の天井に張り巡らされた鉄骨に身を潜めると、ジッと気配を殺して待ち構えていたのだ。
誰もが地上でブーケが落ちてくるのを待ち構えているなら、自分は空中でそれを確保する。ブーケ・トスは、地上で競り合うものという常識を逆手に取った雪ノ下雪乃渾身の奇策であった。
「ハァッ!!」
比企谷八幡が投げたブーケの放物線が最高到達点に達する、その一瞬を見極め、雪乃は躊躇なく紐なしバンジー。足場としていた鉄骨を蹴り、弾丸のような勢いでブーケへと突撃を敢行。
あと、三〇センチ……二〇センチ……十五……一〇……五……三センチと迫った雪乃の右手。
親友である由比ヶ浜結衣も、彼女を慕う後輩の一色いろはでさえ反応できなかった、開幕初手奇襲という雪ノ下雪乃らしからぬ一手。故に、彼女たちは動くことすら叶わなかった。
「あと……少しっ!」
彼女の右手が、僅かにブーケに触れた────その時だった。
「……昇」
唯一人、雪ノ下雪乃の奇襲に反応できた人物。
「龍……」
雪乃の真下から昇りくる一匹の龍。否、雪ノ下雪乃の実姉。
「拳ッッッ」
──雪ノ下 陽乃。
「姉さんっ!?」
「悪いけど、今回はいつもみたいに手加減はしてあげられない……よッ!」
体育館の床板をぶち破る勢いで両足を踏み込み、飛び上がった陽乃が上昇する勢いそのままに雪乃へと拳を叩きつけた。
その迫力に、雪乃は掴み取る寸前だったブーケから手を放し、咄嗟にクロスガード。
だが、それでも陽乃から放たれた昇龍拳の威力は殺しきれない。重力に逆らい、そのまま天井の鉄骨へと叩きつけられる雪乃。
「ぐっ…! 私のブーケがっ!?」
「それは違う。あれはわたしの。そこ重要だよ、雪乃ちゃん」
天井まで叩きつけられながら、それでも尚、ブーケを掴みとろうと再び飛び出そうとした雪乃。しかし、それを陽乃が容赦なく上段足刀蹴りで蹴り伏せる。
「あぐっ……」
「ゆきのん!?」
天井から床へと十メートル以上の高さから叩きつけられた雪ノ下雪乃が苦悶の声を上げ、彼女の親友たる由比ヶ浜結衣がそれに駆け寄る。
「雪乃ちゃんもガハマちゃんも、そこで見てるといいよ。わたしが比企谷くんのお嫁さんになる瞬間を……」
そう言って歩み出した陽乃の視線の先。先ほどの昇龍拳の余波で再び宙へと巻き上げられたブーケが、今まさに陽乃目掛けて落ちてこようとしていた。
彼女がニヤリと勝利を確信したような表情で、それに手を伸ばす。しかし、その手は後方から放たれたツイストサーブによって空を切る。
「あーしのブーケに……触んなぁぁぁあああああ」
三浦優美子。彼女の放ったテニスボールが、寸分の狂いもなくブーケに命中し、ブーケを三度宙へと舞い上がらせたのだ。
「ふーん。なら、先にそっちから……」
不機嫌そうに優美子を睨みつける陽乃。彼女が羽虫でも見るような目で、優美子へと一歩踏み出す。
「……やらせると思う?」
「その通りっす!」
「──ッ」
けれど、そんな優美子を守るように割って入るは二つの影。
「はあああああっ」
川崎沙希。
彼女は陽乃の正面に立ちはだかり、一気に間合いを詰めると、目にも止まらぬ速さで両手足を駆使して突きの連打を繰り出す。
──正中線四連突き。
飛び上がりながら、正中線上の急所を打突するという、常人であれば放つことさえ不可能とされる必殺の技。
そして、それをフォローするように陽乃の背後から迫るのは、彼女の弟である川崎大志。
「だあああああっ」
パパパパァンッという破裂音を置き去りに、全身二十七箇所の間接を連動させた音速の一撃。
前門の『正中線四連突き』。後門の『マッハ突き』。然しもの雪ノ下陽乃といえど、これにはたまらず身を翻し、形振り構わず回避行動を余儀なくされた。
「な、あんたどうして……」
「今は、そんなこと言ってる場合じゃないでしょ。とにかく、あの雪ノ下の姉をどうにかしないと」
「……そ」
「わかったなら、協力して。正直、あたしと大志だけじゃ荷が重いから」
「分かったし」
まさかの援軍に一瞬だけ戸惑いを見せた優美子だったが、それも沙希からの返答によってすぐに冷静さを取り戻す。
そして、彼女は今にも陽乃に向かって追撃を仕掛けようと踏み出す沙希に、声を掛けた。
「……ねえ」
「なに? まだ何か文句でも……」
「ありがと」
「……は?」
「それだけ。行くし」
「え? あ、うん」
そんなツンデレさんにキョトンと呆けた沙希だったが、すぐに優美子に促され、戦線に復帰する。
三浦優美子によるテニスボールを利用した遠距離攻撃。川崎姉弟による至近距離からの格闘戦。この二つを同時に相手取ることとなった陽乃は歯噛みする。
三対一でも勝てなくはない。だが、そのためには相応の犠牲を払う必要があった。かと言って、落下するブーケを掴みに行こうとすれば川崎姉弟がその隙をついて挟撃を仕掛け、その間に三浦優美子が再びテニスボールをぶつけることでブーケを陽乃から遠ざけるのだ。鬱陶しいことこの上ない。
陽乃は悩む。ここで一気に攻めるべきか、それとも……。
だが、その間隙を見逃してくれるほど、彼女の実妹は甘くはなかった。
「竜巻旋風脚ッ!」
勢いよく飛びかかった雪乃が旋回しながら繰り出す回し蹴り。先ほどとは攻守逆転。今度は陽乃が雪乃の攻撃をクロスガードで受け止める。
「ちっ…。もう復活したの、雪乃ちゃん!?」
「『迷った敵に考える時間を与えるな』『攻め時は速戦即決』 そう私に教えてくれたのは……あなたの筈よ、姉さん!!」
「……そうだったね。けど、まださっきのダメージが残ってるんじゃないかな?」
「っ……!?」
「図星? いつもより蹴りが軽いもんね、雪乃ちゃん!」
獰猛に笑った陽乃がクロスガードを解き、その場で屈むように腰を落とす。
「昇龍──」
「くっ! 真空……」
「遅いっ!」
陽乃が下から突き上げるように繰り出そうとした右アッパー。
だがそれは、雪ノ下雪乃による誘い。本命は彼女の後ろ。雪乃の影に隠れながら迫っていた親友の彼女。
「由比ヶ浜さん、いまよっ!」
「任せて、ゆきのん!!」
腰を落とし、屈んだ態勢。そんな相手に繰り出す、彼女の必殺技。
「シャイニング・ウィザード!!」
陽乃の膝を踏み台にして飛び上がった由比ヶ浜結衣が、陽乃の眉間へ強烈な膝蹴りを放った。
「ぐぅっ……」
「ここよ! 川崎さん! 三浦さん! 全員で畳み掛けるわよ!!」
ここが攻め時とばかりに、雪乃が周りに指示を出す。
「命令……すんなしっ!」
とは言うものの、優美子も今がチャンスと理解している。だからこそ、彼女は言葉とは裏腹に高く放り投げたテニスボール目掛けて大ジャンプ。
三浦優美子の渾身のダンクスマッシュが蹲る陽乃へと突き刺さる。
「あれやるよ、大志!」
「がってん!」
そして、川崎姉弟から放たれるユニゾンアタック。
大志の足を掴み、ジャイアントスイングのように大志を回し始める姉の川崎沙希。
十分に勢いがついたところで、沙希はタイミングを見計らい、その手を離す。
「「 必殺! 大志砲!! 」」
人間弾頭となった大志が、文字通り弾丸のような速度で陽乃へ飛んでいき、着弾する。
「今度こそ、勝たせてもらうわ……姉さん!」
青白い炎のような闘気が雪乃の全身を覆い、やがてそれは彼女の両手へと集約されていく。
「雪ノ下流格闘術奥義、波動拳ッッッ!!」
雪乃が前へと組み出した両手から、火球のような気弾が勢いよく放たれた。それは、代々雪ノ下家宗家の人間にのみ伝授されると言われる奥義。その技が、無防備な状態の陽乃へと直撃した。
「や、やったの……?」
ゴクリと息を飲み、そう呟く由比ヶ浜結衣。彼女の視線の先では、いまも波動拳の着弾の余波で上がった粉塵がもうもうと立ち込め、陽乃の生存は確認できない。
そんな彼女を安心させるように、雪乃がその傍に立つ。
「安心して由比ヶ浜さん。流石に死んではいないでしょうけど……私たち全員の攻撃をまともに受けたのだから、相応にダメージは負っている筈よ」
「そう…かな?」
「むしろ、これでダメとなると打つ手が……ッ」
それは、一瞬の暗転だった。
一 瞬 千 撃
「ガッ……!?」
一体、自分がいつ攻撃を受けたのか、それすら雪乃には理解できなかった。
雪乃が唯一認識できたこと。それは、いつの間にか自分が地に伏していたという事実。
「……誇っていいよ、雪乃ちゃん。それに、ガハマちゃんたちも」
気がつけば、三浦優美子が、川崎姉弟が、由比ヶ浜結衣が、全員が倒れ伏している。
「わたしに、この技を出させるまで追い込んだんだから」
倒れ伏す五人の中で唯一人、雪ノ下家の人間である雪乃だけは知っていた。今の状況に合致する技が存在することを……。
それは雪ノ下家宗家、その嫡子にのみ口伝されるという秘奥。自らには、教わることすら許されなかった業。
「そう…使ったのね。『殺意の波動』を……っ!」
「うん。でも、できれば使いたくはなかった…かな?」
そう言って、紅に染まり輝く瞳で悲しそうに微笑む陽乃。
彼女は僅かな間だけ、何かを偲ぶようにその場に佇むと、振り切るように今も宙を漂っているブーケへと向き直る。ジャンプ一番。先ほどのように、落下してくるブーケを待ち受けるなんてことはしない。昇龍拳の要領で宙を舞った陽乃は、目の前のブーケへその手を伸ばす。
……が、その手がブーケを掴むことはなかった。突如として蹴り込まれた剛球。轟音とともに飛来したその一撃がブーケをあらぬ方向へ弾き飛ばし、割って入ったサッカーボールは体育館の天井を突き破って空の彼方へ。
ブーケを掴めないまま着地を決めた陽乃は、自分の勝利を邪魔した相手を一瞥する。
「……どういうつもり、隼人?」
「どうももなにも、そういうことだよ。陽乃さん」
葉山隼人。
彼は自らが履いているシューズの踝辺りに付いたダイヤルをカチカチと弄りながら、次弾となるサッカーボールをセットする。
「それは……」
「念のため、博士に頼んで作ってもらって正解だったよ」
隼人はリフティングの要領でボールを胸元辺りまで軽く蹴り上げると、躊躇なく足を振り上げボレーシュート。
彼が履くキック力増強シューズのダイヤルが示す威力はMAX。大木程度なら容易に破壊できる威力のシュートが陽乃に向けて突き刺さる。黒幕は光彦。
「ちっ……、豪破拳!」
「……驚いたな。まさか俺のシュートを正面から受け止めるなんて」
そう言って肩を竦めてみせる葉山隼人。その飄々とした態度に、陽乃の不機嫌ボルテージがガンガンズンズングイグイ上昇する。
「……わたしの邪魔をするなら、どうして雪乃ちゃんたちと一緒に攻めてこなかったの?」
「俺が手伝いを申し出ても、雪乃ちゃ……雪ノ下さんは良い顔しないからね。それに、彼女には自分の力で陽乃さんに立ち向かって欲しかったから」
「嘘ね」
隼人が述べた理由。それをノータイムで嘘と断じる陽乃。
彼女は知っている。彼がそんな情だけで動く、単純な人間ではないことを……。
「大方、わたしと雪乃ちゃんを潰し合わせて、漁夫の利を得るとかそんなところでしょ?」
「さあ? そこはご想像にお任せするさ。ただ……」
彼は自身の側に用意しておいたボール籠からサッカーボールを三つほど取り出すと、それを時間差をつけて頭上に放り投げる。
「比企谷のパートナーになるのは、俺だァ!!」
「はやはちキタァァァアアアア」
「ッ──」
隼人が一つ目のボールを蹴り出した瞬間、唐突に陽乃の視界が鮮血で染まった。
海老名姫菜。いつの間にか陽乃の傍まで接近していた彼女が貧血を心配するレベルで大量の鼻血を吹き出したのだ。
そして血の壁を突き抜けて迫りくる三つのサッカーボール。一つ目は手刀で迎撃、二つ目は回避、だが三つ目までは対処しきれず、肋骨の六番と七番がもっていかれよった。
堪らず、後方に下がって距離を取る陽乃。ここが攻め時とばかりに連続してシュートを放つ隼人。鼻血を垂れ流す海老名姫菜を介抱しながら『どうして現場に血が流れるんだっ!』と叫ぶ戸部翔。
「そろそろ、降参してくれないかな?」
「……まさか、この程度でわたしに勝ったつもりになったの。隼人?」
「それこそ、まさかさ。でも、負けるとも思っていない。こちらの準備は整ったからね」
その言葉と同時、陽乃の背後に新たな人影が現れた。
けぷこんけぷこんと咳なのか何なのかよく分からないオノマトペとともに歩み寄った男。
「待たせたな、葉山某」
「もう、いいのかい?」
「うむ。カロリーの摂取は終わったのでな。時間稼ぎご苦労であった」
白髪巨躯メガネに暑苦しいトレンチコート。
その手に持つは、一本の太刀。彼はその刀身を鞘からすらりと抜き放ち、告げる。
「材木座義輝。推して参る」
「……それ、銃刀法違反じゃない?」
「あ、これ模造刀なんでお気になさらず」
「知らないの? 模造刀でも携帯したら違反よ」
「……」
「……」
「マジで?」
「えらくマジね」
暫し訪れる沈黙。見かねた葉山隼人が口を挟む。
「……大丈夫だ、材木座くん。バレなきゃ犯罪じゃない」
「なるほど」
「なるほどじゃないでしょ。隼人も、弁護士の息子としてそれでいいの?」
「一時的錯乱だから問題ない」
「問題しかないでしょ、それ。まあ、別にいいけどね」
──どうでも。という言葉だけ呑み込んで、陽乃が材木座義輝と対峙する。その距離ざっと十メートル余り。後方の葉山隼人にも意識を割きつつ、だがそれでも余裕を持って迎撃できると彼女が一歩踏み出した時、不意に彼が口を開いた。
「あー、その、最初に言っておくのだが……」
「なに? もしかして、今さら怖気づい「すでに、我の間合いに入っておるぞ?」──ッ!?」
刹那、陽乃の視界から材木座義輝の姿が霞みのようにふっと掻き消えた。
すぐさま視線を動かす陽乃。だが、義輝の姿は右にも、左にも、ましてや上にも存在しない。
「大亀流……」
このとき義輝が動いた先。それは下方。瞬時に全身を脱力させ、前方へと倒れ込んだのだ。
野球のフォークボールなどに代表されるように、人間とは縦の急激な変化に弱いもの。見失うのはほんの一瞬だが、その一瞬が致命的となる場合は非常に有効となる一手。
地面スレスレまで倒れ込んだ義輝が、猛烈な踏込とともに落下のエネルギーを突進の推進力へと変換していく。
「雷電型 第二式 ”紫電閃”」
抜身の刀を下から上へ切り上げるように右手を振るう義輝。
そのありえない急加速に、陽乃は瞬時に防御は不可能と判断。上空に回避しつつ、百鬼襲からのカウンターを狙おうとして……。
「
突如大量のBL同人誌の紙片が乱舞し、陽乃の周囲を取り囲んだ。
「いまだ、材木座くん!」
「おうとも! 牙突 ”参式”」
そうして陽乃の視界が濃厚な『はやはち』のR18シーン一色となった瞬間、それを突き破るようにサッカーボールと刀を突きだした姿勢の材木座が突進してくる。
なんとかその奇襲を空中回避して着地した陽乃は、驚愕の表情で今も紙片を自在に操る彼女へ視線を向けた。
「まさか、本当に実在したなんてね……紙使い」
「大英博物館の特殊工作部とかではないですけど…ねっ!」
背負ったバックパックから新たに数冊の同人誌を取り出し、自らの周囲にバラ撒く海老名姫菜。
それに呼応するように、葉山隼人が、材木座義輝が、陽乃を中心として間合いを詰めていく。
「これが、隼人の自信の根拠でいいのかな?」
「……と、思うだろ?」
「どういう……ッ!」
意味深めいた隼人の台詞。陽乃が訝しげに首を傾げたと同時、陽乃を囲っていた三人が一斉に後方へと下がって距離を取った。
「タピオカ・インスタ・マジバエル!」
陽乃の頭上。上空から響くその言葉は西洋魔術における魔法の始動キー。
自らの身長ほどもある大きな杖に腰かけて宙に浮かぶ一人の少女が詠う。
「
朗々と紡がれる詠唱とともに彼女の前面に描かれる魔方陣。そして、そこから放たれる十一本の魔法の矢。
それが着弾と同時に体育館の床と陽乃を縛り付け、拘束する。
「なるほど……。本命はこっちってわけね?」
陽乃が完全に拘束されていることを確認して、彼女はふわりと降下する。
陽乃の眼前に降り立った少女。彼女は持っていた杖の石突部分を床に激しく打ち付け、声を張り上げた。
「比企谷のお嫁さんになるのは、ウチだから!」
相模南。現役の魔法少女である。
「おおっと、さがみんから問題発言が」
「その宣言には大いに異議を唱えたいところだけど、それは後にしよう」
「であるな」
相模南に続くように、距離を取っていた三人も陽乃へ歩み寄る。
四対一。それも、先ほどの雪乃たちのときとは異なり、拘束状態のハンデ付き。これには然しもの陽乃も苦笑い。
「これはちょっと……厳しいかな?」
「なら、降参してくれますか?」
「うーん。それは……でもいいの?」
「なにがですか?」
「ブーケ。盗られちゃうよ?」
「なっ……!?」
その言葉に慌てて上空を確認する隼人たち。
先ほどの攻防中でもブーケにはサッカーボールや紙をぶつけ、他の参加者を牽制していたはず。そう思い、全員の視線が上へと逸れたときだった。
「おぉぉぉおおおおおおッッッ!」
気合一閃。陽乃は比較的拘束の緩かった右足を強引に持ち上げると、体育館全体が震えるような震脚をぶちかまし、そのまま他の拘束も無理矢理に力技で破壊してみせる。
「阿修羅閃空!!」
自分たちが誘導されたことに気付いた隼人たち。しかし、彼らが態勢を立て直した時には、既に陽乃の姿はそこにはなかった。
慌てて周囲を警戒しようとしたところで訪れる────暗転。
一 瞬 千 撃
「馬鹿ッ…な……」
隼人には、いま自らに起きたことが現実だと認識することができなかった。
どうして? 仕込みも、誘導も、結果も完璧だったはずだと、そう自問自答する。だが、どれだけ考えても、ダメージを負った体はピクリとも動かない。動いてくれない。
「策は良かったよ。正直、さっきの雪乃ちゃん達より、隼人たちの方がやり辛かったし、素で罠にも嵌っちゃったしね」
「ならっ、どう…してっ……?」
「簡単だよ」
「簡単……?」
「隼人たちが、わたしより弱いから。ただそれだけ」
「──ッ」
そう言い捨てて、陽乃は倒れ伏す隼人たちから興味を無くしたように視線を外す。
悔しそうに唇を噛む葉山隼人。カロリーが切れて瀕死な材木座義輝。何故か半裸で気絶している相模南。BL同人誌に包まれて光悦な表情で鼻血を流す海老名姫菜。そんな姫菜を介抱しながら『助けてください…助けてくださいっ……』と体育館の中心で助けを叫ぶ戸部翔。
「トドメも…刺さないのか?」
「……刺す価値があるの?」
「くっ……」
陽乃から言われて、臍を噛む隼人。ただ何もできず、倒れ伏している自分には何の価値もないと、そう言われて、しかし反論もできない。
そんな隼人を置き去りにして、陽乃はそれまでずっと傍観していた彼女たちに向き直る。彼女の視線の先に映るのは、二人の少女。
一色いろはと、鶴見留美。
「それで二人はどうするの? 雪乃ちゃん達みたいに、わたしに挑む?」
「っ……」
「ひぃっ」
ただの一睨み。たったそれだけで、二人の少女は蛇に睨まれた蛙の如く、身動きが取れなくなってしまった。
いや、それも当然のことなのかもしれない。彼女たちは二人とも、敵意を向けられたこともあれば、悪意を浴びせられたこともある。けれど、本物の殺意を受けたことなど無いのだから。
むしろ『殺意の波動』を身に纏う陽乃を前にして、自我を保ち、委縮するだけに留まっている時点で健闘している方と言えるだろう。
「邪魔をするなら……」
「あ、あぁ……」
「ひっ…ふ……ぅ…」
しかし、一歩、陽乃が前に進み出る。たったそれだけで、二人に圧し掛かるプレッシャーは倍になり、彼女たちは過呼吸に陥ったようにどんどんと呼吸が荒くなっていく。
背筋が凍り、冷や汗が滝のように吹き出す。そんな状況でも年上のせめてもの矜持として、一色いろはは鶴見留美の前に出て彼女を庇う。
「(こんっ…なの……)」
ブーケ・トスが始まるまで、一色いろははそれなりに自信があった。
修行もして、隠し玉も用意した。正面からの一対一では雪乃たちに敵わなくても、乱戦の中のどさくさで上手く立ち回ればワンチャンあると、そう信じていた。
「(どうしろっていうんですか……っ)」
気がつけば、涙が頬を伝って零れ落ち、震える脚に力が入らず膝から崩れ落ちる。
一色いろはは、戦う前から心を折られていた。自らより実力が上だと認めていた先輩たちが束になっても敵わなかった相手。
そんな相手に自分ができることなど……。そう、全てを諦めようとしたときだった。
「ジャスティスクラッシュ!!」
陽乃の背中に、何処からともなく自転車が投げつけられたのだ。
「え?」
「は?」
思わず、一色いろはも、雪ノ下陽乃も、疑問の声をあげる。
彼女たちの視線の先。自転車が飛んできた方角。そこにいたのは戸部翔。
「いろはす達から離れるっしょ!」
勢いよく陽乃に当たったはずの自転車が、陽乃にダメージを与えるどころか逆に弾き飛ばされる。
戸部翔は跳ね返された自転車を器用にキャッチすると、サドルに跨り、陽乃の周りをグルグルと走り出した。
「立ちこぎモード! 吼えろジャスティス号!!」
何をやっているのか、何をしたいのか、戸部の奇行に困惑する陽乃。
「と、戸部先輩……? な、なにやって……」
「行け、いろはす! ここは俺が時間を稼ぐから! 今のうちにブーケに走るっしょ!!」
「なに言ってるんですかっ! 戸部先輩がはるさん先輩に敵うわけないじゃないですか!?」
一色いろはの制止する声にも構わず、戸部翔は陽乃の死角となる位置で一気に前輪ブレーキをかけ、そのままインによじる。本来なら車体コントロールを失って吹っ飛んでもおかしくない状態。しかし、戸部翔はその驚異的なボディバランスと重心移動で自転車をリアスライドさせてみせる。
かつて『鋸山のジャスティス』の異名で恐れられ、群馬からやってきた豆腐屋の息子を返り討ちにしたドリフトテクニックを駆使しての陽乃への突貫。
「うおおおおおおーーーっ!」
「……邪魔」
けれど、陽乃は死角から迫った戸部を一瞥もせずに一蹴する。何か技を放ったわけではない。ただ気配を頼りに無造作に足を振り抜いただけ。たったそれだけで、戸部翔はトラックにでも撥ねられたかのように宙を舞う。
背後から聞こえるグシャリという”着地”音に振り向くこともなく、陽乃は再び一色いろはへと視線を向けた。
「さて、これで邪魔はいなく……っ!?」
煩わしそうに振り払った陽乃の右手が、唸りを上げて飛んできたジャスティス号を再び弾き飛ばす。
忌々しそうに舌打ちした彼女が、自転車が飛んできた方向へ体を向けた──そのときだった。
「ジャスティスタックル!!」
ジャスティス号を囮に使った戸部が、陽乃の背後から抱きつくようにタックル。役得である。いや、違う。そうじゃない。彼にセクハラ的な思惑は一切ないので。
「ふっ!」
「ぐべっ!?」
「戸部先輩!?」
戸部翔渾身の奇襲。しかし、それすらも陽乃が体を軽く捩るだけで振り解かれてしまう。
誰の目から見ても分かる圧倒的なまでの力の差。だから、いろはには理解ができなかった。
「……して?」
「っ……べー! いまの…はちょっと……自信…あったんっ…だけど……なっ!」
「しつこいっ!」
「ぐぅふっ!!?」
「どう…して……?」
何度も倒されては、何度も立ち上がって、何度でも雪ノ下陽乃へと立ち向かっていく彼が、一色いろはにはまるで理解できなかった。
「何度やっても無駄よ」
「むぼぁッ……」
「なに…やってるんですか。戸部先輩は弱いんですから…さっさと逃げればいいじゃないですか……?」
「っ……! うおおおおお!!」
まるで羽虫でも払うように、軽く振るわれた陽乃の裏拳で吹き飛ばされ、地べたを這う戸部翔。
「俺じゃ…この人に通用しない。自分が弱いってことは…ッ……ちゃんとわかってるっしょ!」
「なら、さっさと逃げればいいじゃないですか!」
しかし、それでも彼は立ち上がる。満身創痍な身体で、覚束ない足腰で、震える拳を握りしめる。
「……別に逃げても追わないわよ? たとえ何百回やっても、君じゃわたしには勝てないでしょうし」
「俺が…勝てないなんてことは! 俺が一番よくわかってるんだよぉッ……!!」
文字通り、血反吐を吐きながらの言葉。
「それでも!」
がむしゃらに、ひたむきに、彼は何度も何度も立ち上がっては拳を振り上げる。
「やるしか! ないっしょ!」
膝から崩れ落ちそうになる体を、拳を床に叩きつけて何とか耐えてみせる。
「俺しかいねーべ!」
隔絶とした実力差。そんな相手に、戸部翔は一歩も引くことなく踏み止まる。
「勝てる勝てないじゃなく! ここで俺は、あんたに立ち向かわなくちゃいけないっしょ!」
体育館内に響き渡る彼の咆哮。
そんな彼に応えるように、陽乃はたった一言だけ呟いた。
「無駄」
振るわれた拳が吸い込まれるように彼の顎へと突き刺さる。
数秒の滞空。空を舞った戸部翔が、ドサリと音を立てて体育館の床に沈んだ。
「……死ね」
もはやピクリとも動かない戸部に、それでも油断なくトドメを刺そうとする陽乃。
彼女が倒れ伏す戸部に近づこうと一歩踏み出して……。
「破道の三十三『蒼火墜』!」
いろはの放った鬼道が割って入った。
「っ…! ふーん。邪魔、するんだ……」
「あ、あははは……。詠唱破棄したとはいえ、わたしの切り札だった鬼道が当たったのに無傷とか……」
爆炎に包まれたはずなのに、平然と佇む陽乃の姿に一色いろはは思わず泣き笑いのような顔で愚痴をこぼしてしまう。未だ腰が抜けたように座り込んだまま、彼女は恐怖に歯をカチカチと打ち鳴らしてしまいそうになるのを、歯を食いしばって必死に堪える。
「無駄なことを」
「……無駄じゃない!」
無駄だと、そう断じる雪ノ下陽乃に、無駄ではないと抗弁する一色いろは。
「無駄だよ」
「ムダになんかさせない」
そんな一色いろはに追従するように放たれた言葉。
凛とした声だった。新たに割り込んだ声の主。その少女は玉串を手に、祈るように、願うように、高らかに詠う。
「はらいたまい、きよめたまう!」
いろはへと迫ろうとした陽乃を拒むように、その祝詞は紡がれた。
「これ……は?」
──神道。
日本古来から連綿と受け継がれるその魔術特性は、『禊ぎ』。
あらゆる穢れを祓い、清め、浄化する魔術。その特性を活かした結界が一色いろはを守るように展開されていた。
「……あなたのその禍々しい気は呪派汚染に似てる。それなら、私でも対抗できる」
巫女服に身を包んだ一人の幼い少女。
そこに先ほどまでプレッシャーに押し潰されそうになっていた彼女の姿はない。少女は手に持っていた玉串を陽乃へと突き付けると、精一杯声を張り上げてみせる。
「さっきの人も、そこのお姉さんも、絶対にムダだなんて言わせない」
鶴見留美。
別に魔法使い派遣会社で契約社員とかはしていない。
「そう、無駄なんかじゃなかった」
畳み掛けるように空から降ってきた言葉。
陽乃にとって聞き慣れたその声音はしかし、いつものほんわかとした雰囲気は微塵も含んではいなかった。
「私が、無駄になんてさせない」
メカニカルな杖を片手に、空中に描かれた魔方陣の上で佇む彼女は、表情の抜け落ちた顔で冷たく陽乃を見下ろした。
「……少し、頭冷やそうか。はるさん」
「めぐり……っ!?」
魔法少女リリカルめぐりA's
──はじまります。
* * *
初手、──砲撃。
「ディバイン……」
「ちょっ…冗談でしょ!?」
城廻めぐりが持つ杖型のインテリジェントデバイス。その先端に収束していく魔力量に目を剥いた陽乃が、驚き動揺の声を上げる。
「──バスター!」
「豪波動拳!」
容赦なく放たれたピンク色に彩られた魔力の奔流。
濁流のような勢いで押し寄せる砲撃魔法に、陽乃は咄嗟に『殺意の波動』で己を強化し、気弾を放って相殺を試みる。
「はらいたまい、きよめたまう!」
しかし、それを邪魔するように鶴見留美の祝詞が体育館に響き渡った。
神道の魔術特性である『禊ぎ』が『殺意の波動』に干渉し、迎撃に集中しようとする陽乃の意識を妨害する。
「縛道の四『這縄』!」
「──ッ」
更に一色いろはから放たれた縄状の霊子が陽乃の両腕に絡まり、その動きを阻害した。
即興の連携。しかし効果は絶大。抗いきれなかった陽乃へ城廻めぐりが放ったディバインバスターがまともに着弾してしまう。イジメ、ダメ、ゼッタイ。
「……あ、あれ? はるさん?」
思いのほか高威力過ぎて軽く引いてしまっためぐりが見た光景。なんということでしょう。そこにはボロボロになって体育館の床に半ばめり込む様にして蹲る陽乃の姿が……!
「……ちょっと、やりすぎた?」
『Don't worry(いいんじゃないでしょうか)』
非殺傷設定だから問題ないね。
「ぐっ……」
「あ、良かった。はるさん、生きてる」
「なに軽く言ってくれてるのよ。危うく死にかけたわ」
呑気にのほほーんと生還を喜ぶめぐりん。これには流石のはるのんも苦笑い。
「……絶対に城廻先輩だけは怒らせないようにしよう」
「私も」
軽くドン引きする女子高生と女子小学生コンビ。
束の間のそんな弛緩したような空気に当てられたのか、負傷から回復した彼ら彼女らもゾロゾロと合流する。
「……まさか、城廻先輩が姉さんを止めるなんてね」
「うん。あたしもビックリした」
先ほどまで熾烈な殺し合い……いや、ブーケの奪い合いをしていたはずなのに、いまは和やかに会話する彼女たち。
「同じ魔法少女キャラなのに、城廻先輩とウチとの性能差がハンパないんですけど……」
「ま、まあまあ……。相模さんも充分スゴイじゃないか。俺なんてサッカーボール蹴ってるだけだったし」
「我なんて完全に出オチだしな」
これぞノーサイド精神。W杯も盛り上がったし大団円だ。ちょっとブーケの存在が忘れられてる気がしないでもないけど。ちかたないね。
「……ふむ」
しかし、そんなまったりとした雰囲気に水を差すように、一人の女傑が動いた。
ブーケ・トス開始直後からずっと壁際で控えていた彼女。目を瞑り、腕を組み、壁に寄りかかるようにして沈黙を守っていた平塚静は、咥えていた煙草を吐き捨てるとグシャリと踏み潰す。
「十五分経ったか。陽乃、約束は守ったぞ。あとは私の好きにやらせてもらう」
「っ……!?」
彼女のその宣言に、声を掛けられた陽乃は慌てたように体育館に設置された時計に目をやり、愕然とする。
「ま、待って静ちゃん!?」
「待たん。お前には合コンを開催してもらった恩がある。だから取引に応じた。開始から十五分間だけは手を出さない……そういう条件だった筈だな?」
「それは…そうだけど……」
無慈悲に告げられた彼女の言葉に、陽乃は悔しそうに歯噛みする。
そして、その会話を訝しげに聞いていた雪乃が実姉である陽乃へ問い質した。
「どういうことなの、姉さん? どうして平塚先生とそんな取引を……」
「雪乃ちゃん……」
「私と敵対すれば殲滅される。そう判断したから、陽乃の奴は私に取引を持ちかけたんだ。自分が穏便に他の全員を排除するから、十五分間だけ時間をくれとな」
「それって……姉さん!?」
その言葉に雪乃は動揺する。
理不尽なまでの強さで立ちはだかった姉の目的が、自分たちを守ることであったという事実。
だがちょっと待ってほしい。穏便というには些か乱暴すぎやしなかっただろうか。ちょっと辞書で『穏便』という言葉を調べて来いと言いたくなった雪乃。
「……雪乃ちゃん。それに他のみんなも、ここはわたしが時間を稼ぐから、さっさと逃げなさい!」
「姉さん! でも、そんなボロボロの状態で……」
「静ちゃんだってブーケ・トスからリタイヤするなら追撃まではしないはず。だから早く……このままじゃ、全滅するわよっ!」
あれ程までに圧倒的な力で無双していた陽乃が、本気で警告している。
そう理解して戦慄した雪乃だったが、次の瞬間にはその表情が恐怖に染まる。
「撃滅の──セカンドブリットォォォ!」
「がっ…ぁ……ッ…」
一瞬で接近した平塚静が無造作に放ったボディブロー一発で、陽乃が体育館の床に膝をついたのだ。
「私のバージンロードを邪魔するなら、たとえ教え子であろうと容赦はしない」
「あ、ああ……。姉…さん? 姉さっ……あぐっ!?」
「雪ノ下。貴様も私の幸せ家族計画を邪魔するのか……?」
慌てて陽乃へと寄り添おうとした雪乃の胸倉を掴み上げ、平塚静は片手で彼女を持ち上げてみせる。
いくら体重が軽い女子といっても、人一人を片手だけで平然と持ち上げてみせるその膂力。それだけではない、陽乃に急接近したときに見せた縮地の如きスピード。その全てが桁違い。
「ゆきのんを……はなしてっ! アックスボンバー!!」
捕まった親友を助けようと、由比ヶ浜結衣が背後から奇襲を仕掛ける。
渾身のアックスボンバー。完璧に決まった筈だった。平塚静の後頭部目掛けて放たれた由比ヶ浜結衣の右腕はしかし、彼女を小揺るぎもさせることができず、なぜだか平塚静の豊満な母性の象徴だけをたゆんと揺らすだけだった。なんとなく雪乃はイラッとした。
「……そうか。由比ヶ浜、君も私の邪魔をするのだな?」
「嘘だ…夢だよ…これ…夢に決まってる……!」
ところがどっこい…夢じゃありません…現実です…! これが現実!
「結衣! そこ退くしっ!!」
「っ……! わかった!」
「
ターゲットが雪乃から結衣へと切り替わったことを察知したのか、今度は彼女の友人である三浦優美子と海老名姫菜が割って入る。
すぐに平塚静から距離を取る結衣。それをフォローするためにはやはちBL同人誌を平塚静の周囲へ乱舞させる姫菜。比企谷くんが葉山くんに貫かれて喘いでいるシーンをモロに見てしまいゲンナリする雪乃。
「ダッシュ波動球!」
そんなことはお構いなしに、優美子はテニスラケットをフルスイング。フォアハンドから放たれた強烈なフラットボールは、極めれば対戦相手を観客席まで吹っ飛ばすほどの威力を誇る必殺の一撃。テニスってすごい。
「温いわっ!」
「……は? ウソでしょ!?」
しかし、その剛速球も平塚静の片手で難なく受け止められてしまう。
その有様に思わず茫然としてしまう三浦優美子であったが、それは達人を前にした死合のなかで、あまりに無防備であった。
「──ッ! 三浦さん、逃げなさい!」
「しまっ!?」
いち早く気が付いた雪ノ下雪乃が警告を発し、三浦優美子も遅れて理解する。ターゲットが自分に切り替わったことを……。
片手で掴んでいた雪乃を放り投げ、三浦優美子へと一歩踏み出す平塚静。しかし、そんな彼女の進路へ立ち塞がるように、川崎沙希が険しい顔つきで割って入った。
「それ以上は行かせないよ」
「……川崎か」
川崎沙希は両手を胸の前に出し、前羽の構えをとる。攻めてくる相手への牽制と迎撃を目的とした構え。
対して、平塚静は悠然と歩くだけ。しかし、それはただの歩法にあらず。琉球王家の長男のみに継承を許された秘伝の武術。正中線が一切ブレることのないその歩みに隙はなく、故に敵は無謀な攻撃を強いられる。
徐々に縮まる二人の距離。我慢比べのような極限の攻防。一メートルを切ったとき、ふいに平塚静が口を開く。
「先に動いた方が負けると思っているようだが……勘違いするな。それは実力がある程度拮抗している者同士の場合だ」
「っ……」
「後の先をとられても、私は力技で貴様のカウンターを喰い破るぞ」
「……っ! はぁっ!」
挑発にノせられたわけではない。しかし川崎沙希は本能で理解してしまったのだ。
彼女が言っていることがブラフでもなんでもない、ただの事実であることに。故に、川崎沙希は不利を承知で拳を突きだそうとして……咄嗟に横っ飛びで回避行動に移った。
彼女には見えていたのだ。平塚静の背後で杖を構える、二人の魔法少女の姿が。
「タピオカ・インスタ・マジバエル!」
はじめに動いたのは、相模南。
彼女が口遊むように唱えた魔法の始動キーを切っ掛けに、触媒となる杖に魔力が集まっていく。
「
先ほど陽乃へ放った魔法の射手よりも多い、今の彼女が制御できる最大本数での捕縛の矢。
それが一本違わず平塚静へと着弾。その体を体育館の床へと縛り付けることに成功する。そこへ追撃を掛けるように、別な詠唱が体育館に響き渡った。
「雷鳴の馬車 糸車の間隙 光もて此を六に別つ」
詠唱破棄ではない。完全な状態での鬼道。
「縛道の六十一『六杖光牢』!」
平塚静から死角になる位置に潜んでいた一色いろは。
彼女の放った六つの光の帯が前後左右から平塚静へと突き刺さり、その動きを更に奪う。
「──エクセリオンモード、ドライブ!」
『ignition』
最後に動いたのは、城廻めぐり。
彼女が持つ杖型のインテリジェントデバイスが待ってましたとばかりに変形を始める。マジ戦闘狂。ガシャコンガシャコンとカートリッジから魔力をブーストし、準備万端で突撃形態へと移行する。
『A.C.S standby』
「……アクセルチャージャー起動! ストライクフレーム!」
『open』
城廻めぐりの指示に応えるように、変形してロンギヌスの槍のようになった杖の穂先。そこに魔力でできた刀身が生成される。
「エクセリオンバスター A.C.S ドライブッ!」
瞬間、まるで弾丸のような速度で突撃を敢行するめぐり。
ゼロから一瞬でトップスピードにまで加速したその攻撃が、拘束され、身動きがとれない平塚静へと向けられる。
三人とも意図したわけではなかった。すべてアドリブでの連携。しかし、彼女たちが共有する一つの認識が、この即興での共闘を可能とさせた。
肉弾戦で勝つことは不可能。ならば、自分たちがやるしかない、と……。
「……舐めるなっ!」
だがその思惑は、平塚静が闘気で張った障壁によって防がれる。
拮抗する城廻めぐりと平塚静の攻防。飛び散る火花がその熾烈さを物語る。
「……っ! とどいてっ!!」
そのとき、まるで城廻めぐりの想いに応えるかのように、甲高い音を響かせながら彼女の握る杖の先端が、平塚静が張る障壁をするりと
ここぞとばかりにカートリッジからドーピングを行うインテリジェントデバイス。気分はトリガーハッピー。
「……ブレイク」
「まさか…っ!?」
「シューーーット!」
ゼロ距離射撃。自身も相応の被害を負うことを前提とした特攻技。
爆発の余波で弾きとばされた城廻めぐりが、もうもうと立ち込める煙を睨みつけながらぼやくようにこぼす。
「ほぼゼロ距離……。バリアを抜いての…っ……エクセリオンバスター直撃。これで、ダメなら……」
『master!』
煙が晴れた先、悠然と仁王立ちする平塚静を視界に収めて、彼女は息を呑む。
「っ……。もう少し、がんばらないとだね」
『yes!』
ここでアイキャッチ入りまーす。
* * *
拳と魔法が入り乱れる大乱闘。
本来なら全員が敵同士。たった一人だけが生き残れるサバイバルゲーム。しかし今は、一人のアラサー女性を止めるために残りの全員が共闘するという大波乱。
「小娘共が…っ! 私の結婚の……邪魔をするなぁぁぁああああああああああああああ」
咆哮とともに解放された闘気が衝撃波となり、周囲に群がる彼ら彼女らを吹き飛ばす。
しかし、暴風雨のように吹き荒れる瓦礫を物ともせずに接近する二つの影。
「やぁああああああ!」
「はぁああああああ!」
平塚静の左右から飛びかかるように繰り出された雪ノ下姉妹の右ストレート。
「ふんっ!」
しかし、それは平塚静に両手を広げるようにして簡単に受け止められてしまう。
「まだっ!」
「ここからっ!」
両手が塞がった平塚静の隙を狙うように、背後からは由比ヶ浜結衣の浴びせ蹴りが、正面からは川崎沙希が繰り出すマッハ突きが迫る。
「甘いわぁっ!」
だが、前後からの強襲も両手に掴んだ雪ノ下姉妹を投げつけることで回避されてしまう。
まるで赤子の手を捻るかのようにあしらわれる前衛陣と入れ替わるように、中遠距離の攻撃手段を持つメンバーが牽制するように攻撃を放つ。
テニスボールを乱れ打ちする三浦優美子。乱れ飛ぶBL同人誌に鼻息を荒くさせる海老名姫菜。そんな二人の影に隠れながら隙あらば鬼道を放つ一色いろは。城廻めぐりは一発逆転にかけて魔力をフルチャージし、そんな彼女を守るように相模南が障壁を構築する。
絶望的な戦力差。しかし、それでも誰一人として諦める者はいない。そして、ここにもまた一人、諦めの悪い男がいた。
「……チャンスは一度きり。しかし、決まれば確実に勝てる」
平塚静との戦闘により破壊された体育館の瓦礫に潜み、虎視眈々と隙を窺う葉山隼人。
「まだだ……」
息を潜めて気配を殺し、彼はひたすらに平塚静を凝視する。
三浦優美子が投げ返されたテニスボールを喰らって吹き飛んだ。海老名姫菜は周囲に舞う紙片を集めて固めたガードの上から殴り飛ばされた。一色いろはは二人の巻き添えに弾き飛ばされた。
かつて自分と親しくしていた少女たちがボロ雑巾のように蹂躙されていく光景を、隼人は歯を食いしばって耐え忍ぶ。
「早まるな…冷静に……」
大型トラックと正面衝突する衝撃すら耐える相模南の障壁が破壊された。フルチャージではないとはいえ、城廻めぐりのエクセリオンバスターが正面から殴り返された。
「見極めろ…チャンスを……っ」
崩壊した戦線を維持するために、川崎大志が、材木座義輝が、戸部翔が己の犠牲を顧みずに突貫する。
「惑わされるな。真実はいつも一つ……!」
川崎大志は会心の菩薩の拳を消力によって受け流された。材木座義輝は渾身の一之太刀を躱されてカウンターに沈んだ。
「ジャ、ジャスティスタックル……」
そして、奇跡は起きた。
殺気にあてられ朦朧となりながらも繰り出された戸部翔のジャスティスタックル。ハイタックル気味だったその攻撃は、背後から抱き着くような形となった。
戸部が必死にしがみ付こうと無我夢中でバタバタさせた両腕が、モミッと平塚静のスイカを鷲掴みにするToラブる。途端に赤面し、硬直する静ちゃん。戸部、役得である。違う。セクハラ、ダメ、ゼッタイ。
「いまだっ!」
そのとき────葉山隼人が雪ノ下陽乃にも使わずに温存していた秘密兵器が炸裂した。
彼が左手首に装着した腕時計型麻酔銃から放たれる麻酔針。音も鳴く発射されたそれは寸分の狂いなく、いまも動揺で硬直した平塚静の首筋へ突き刺さる。
「──ッ!」
「よしっ! 成人男性すら数秒のうちに眠らせる強力な麻酔だ。いくら平塚先生とはいえ、これには抗えないはずっ!」
勝利を確信し、思わず歓喜に震えてガッツポーズする葉山隼人。
彼は他のメンバーを安心させるために、周囲へと視線を向けて戦勝報告。
「これで平塚先生は封じた。後は正々堂々とブーケをかけて……」
「──ブーケが、なんだって?」
ゾクリと、隼人の背筋が凍った。全身が震え、肌が粟立つ。
背後から聞こえる、聞こえる筈のない声音。
「ウソっ…だ……。確かに俺の麻酔針は刺さったはずなのに……」
「そうだ。確かに麻酔針は刺さった。まったく、とんだ油断だったよ」
「それなら……!? それ…は……っ!」
振り返った隼人が見たもの。平塚静が握るそれを見て、彼は瞠目して言葉を失う。
ありえないと、現実を否定したかった。ふざけるなと、理不尽を叫びたかった。
「みん○ん……打…破……だとっ!?」
「社会人の必須アイテムだ。若手教師の残業過多を甘く見るなよ、小僧」
希望が、絶望に変わった瞬間だった。
* * *
絶望と倦怠の海に沈む葉山隼人。
膝を突き、敗北感に打ちひしがれる彼の耳を打つ澄んだ声。
「たかまがはらにかむづまります、すめらがむつかむろぎ──」
いつの間にか体育館の一角に設けられた即席の神棚。そして、その神棚を囲む様に張り巡らせられた細い注連縄。
そこは千葉市に走る
その中で玉串を振るう、巫女服を着こんだ幼い少女は切に願う。
「かむはらひにはらひたまひてこととひし、いわね、きねたち、くさのかきはをも」
厳かに唱えられる祝詞は、妬みや嫉みといった結婚できない女たちの妄念を身に纏い、怨霊のように負のオーラを撒き散らす平塚静へと向けられる。
もはや重度の呪派汚染と同等レベルにまで浸食された怨念はしかし、少女にとっては相性の良い相手でもあった。
少女が使う”神道”の魔術特性は『禊ぎ』。
あらゆる穢れを祓い、清め、時には荒ぶる神さえ鎮めてみせる防御特化の魔術。
「すえかえきりて、やはりにとりさきて、あまつのりとのふとのりとごとをのれ!」
かつてイジメに悩み、人との繋がりを諦めかけた小さな女の子は、だからこそ決して諦めない。
鶴見留美が全身全霊で詠い紡いだ祝詞が、平塚静が纏う闇の衣を引き剥がす。
「やめ…ろ……っ! やめろぉぉぉおおおお」
響き渡る祝詞に顔を顰め、もがき苦しむ平塚静。その姿に彼ら彼女らは一斉に動き出す。
「……姉さん」
「分かってる。やるよ、雪乃ちゃん」
ここが勝負所と判断した雪ノ下姉妹が、互いに視線を交わして頷き合う。
最後の気力を振り絞り、すべての闘気を両の掌へ集約。
「真空波動拳!」
「滅殺豪波動!」
雪ノ下姉妹による気弾の挟撃が強固に展開された平塚静の障壁に罅を入れた。
「やはり! 鶴見さんのおかげで平塚先生の精神防御が弱くなっているわ!」
「ここを逃したらもうチャンスは無いわよ! 畳み掛けなさい!!」
その言葉を聞き、真っ先に飛び出したのは彼女だった。
平塚静の背後から駆け寄った由比ヶ浜結衣が彼女の腕を取り、走り込んだ勢いを利用して後方へ四五〇度くるりと回転。
「デスティーノッ!!」
リバースDDTの要領で平塚静の後頭部を体育館の床へと勢いよく叩きつける。
「COOLドライブ!」
「文屋、黒主、業平、小町、遍昭、喜撰……
そこになんか扉を開けちゃったっぽい三浦優美子が放ったドライブボレーと、それ紙使い違いだよというツッコミを無視して同人誌で作られた折り紙を投げ放った海老名姫菜の追撃が突き刺さる。
「なぜだ…ッ!? なぜ私の結婚を邪魔するっ! 私はただ…幸せな結婚を……っ」
「すればいんじゃない。好きにすればいいよ。……但し、あたし達に迷惑をかけなければ、だけど」
「姉ちゃん!」
もはや近付く者を見境なく襲いかかる平塚静の攻撃を懸命に躱しながら、川崎大志が螺旋を描くようにその進路を誘導する。
その終着点。台風の目ともいえる場所に待ち構えていた川崎沙希が、渦巻く相手の闘気を利用してとっておきの大技を放つ。
「飛龍昇天破!」
平塚静の放つ熱い闘気に自分の冷たい闘気を纏わせることで、熱気と冷気の温度差から発生した上昇気流を竜巻へと昇華させてみせる。
竜巻により中空へと巻き上げられた平塚静。同時、彼女を追うように自ら竜巻へと飛び込み、宙を舞った一人のサムライ。
「……覚悟」
既に川崎沙希が放った竜巻は霧散して、いち早く態勢を立て直した平塚静が着地を決める。彼女が見上げた先、身に纏ったトレンチコートの裾を靡かせて、材木座義輝が抜身の刀を上段に構えた。
「雷斬り!」
材木座義輝は自由落下の勢いを利用しながら、雷のようにジグザグに剣を振り下ろす。
「そんな小手先の技! 私が見切れぬとでも……っ!?」
そのとき、拳を振り上げて迎撃しようとした彼女に迫った不可視の斬撃。
──闘刃。剣の道を極めた剣士のみが生み出せるという実体のない幻の刃。
幻であるその刃は、しかし相手が達人であればあるほど惑わされ、翻弄される。
「ぬぅおおおおおおお!」
幾千万という闘刃を解き放ち、斬撃の雨を降らせる材木座義輝。
四方八方から襲いくる斬撃。それが幻であると理解していても、その刃に込められた闘気は本物。だからこそ、平塚静は敏感に反応し、そのすべてに意識を割いてしまう。
「チェストォォォ!」
「ぬぐぅ……っ!」
彼が振り下ろした太刀が平塚静の肩口へ打ち込まれ、今日はじめて平塚静に膝を突かせることに成功した。
「すごい……」
それはまるで奇蹟のような光景だった。自分があれだけ策を弄しても敵わなかった存在が、追い詰められようとしている。
絶望し、心を折られた少年。ただ茫然と彼ら彼女らの戦いを眺めていただけの葉山隼人を、奮い立たせるように声が掛けられた。
「何やってるし、隼人! はやく立って!」
三浦優美子が──、
「私の中では『はや×はち』こそがマストなの。葉山くんの受けなんて認めない!」
海老名姫菜が──、
「葉山先輩! あともう少しダメージを稼いでください! そうしたら、わたしが平塚先生を抑えます!」
一色いろはが──、
「隼人、早く立たないとお仕置きするわよ!」
「立ちなさい、葉山くん!」
雪ノ下陽乃が、雪ノ下雪乃が──
「立てよ、隼人くん! 男ならここで立つしかねーべ!!」
そして何より、勝ち気な笑みを浮かべた戸部翔が、サッカボール片手に声を張り上げる。
彼は持っていたサッカーボールを軽く放り投げると、強烈なボレーシュートを蹴り放った。ボールが向かった先は、平塚静────ではなく、葉山隼人へ。
「決めろっ! 隼人くん!!」
それはサッカー王国静岡が全国に、いや世界に誇るストライカーが得意とした必殺技。
味方が蹴ったシュートをダイレクトで蹴り返し、通常の何倍もの威力でゴールへと叩き込む必殺シュート。
「カウンターシュート!」
葉山隼人の膝の高さ辺りへ飛んできたボールをダイレクトボレーの要領でジャストミート。
そこにキック力増強シューズの威力も合わさり、紫電を纏ったサッカーボールが周囲の瓦礫を吹き飛ばしながら平塚静へと一直線に突き進む。
「まだだ! まだ終わらん! 抹殺の……ラストブリットォォォオオオオ」
平塚静の振り絞るような咆哮。全身全霊をもって振り抜かれた拳が葉山隼人が放ったカウンターシュートと激しくぶつかり合う。
鳴り響く轟音。吹き荒れる爆風。一瞬の静寂の後、平塚静が展開していた闘気の障壁が、まるでガラスが割れるかのような音とともに粉々に砕け散った。
「縛道の六十一『六杖光牢』!」
そこへ、一色いろはの鬼道が放たれる。
「くっ……。だがこの程度の縛道で私を縛ってどうするつもりだ……?」
「この程度の縛道? どこ迄がこの程度ですか?」
挑発する平塚静に、挑発し返すように不敵な笑みを浮かべてみせる一色いろは。
「縛道の六十三『鎖条鎖縛』!!」
「っ……」
「縛道の七十九『九曜縛』!!」
「なん…だと……!?」
修行中は一度として成功させることができなかった上位鬼道。それも詠唱破棄での発動である。
本来なら不発に終わってもおかしくない大博打。しかし、今ならできる。そう確信して、一色いろはは本当にやってのけた。
「……これで平塚先生の動きは封じました。後はお願いします!」
その声に応えるように、空中で待機していた二人の人影が前に出る。彼女たちの中で単体火力としてはツートップを誇る二人の魔法少女。
相模南と城廻めぐりが、三重の縛道により動きを封じられた平塚静の頭上で杖を構える。
「タピオカ・インスタ・マジバエル!」
踊るように詠われた魔法の始動キー。
自身の身長ほどもある大きな杖を振り回し、彼女は朗々と詠唱する。
「
その少女が呪文を唱える度に、風が吹き荒れ、雷鳴が轟く。
彼女の魔力に呼応するように、触媒となる杖の先端に暴風が荒れ狂う。
『Starlight Breaker』
「全力…全…開……っ!」
一方こちらも、相棒たる杖型インテリジェントデバイスがカートリッジをこれでもかとリロード。
排出された空薬莢の数だけ魔力をブーストし、更には周囲に漂う魔力をも集積していく。キラキラと輝くそれはまるで流星のように魔力を集束し、太陽のように膨れ上がるピンク色に輝く光球。それはもはや、通常の砲撃魔法とは一線を画した集束砲撃魔法。
「おのれぇぇえええ! 私は諦めんぞ! 必ず…必ずや幸せな結婚を……っ!!!」
悪鬼羅刹の如き形相で声を荒げる平塚静へ、彼女たちは静かに杖を振り抜いた。
「
「スターライト……ブレイカー!!!」
相模南が扱える中で、最大の威力を誇る風と雷の複合攻撃魔法。
もはや戦略級といって差支えない城廻めぐりの極大砲撃魔法。
その二つが同時に着弾し、光がすべてを包み込んだ。
* * *
後に『総武高校の悲劇』として語り継がれることとなるブーケ争奪戦。
「……そうか。私は…負けたのか」
それは、一人のアラサー女性の敗北によって幕を閉じた。
「ええ……。でも先生は強敵でした」
「まさか、わたしたち姉妹だけじゃなくて、十二人全員でかかってようやくだもんね。正直、静ちゃんのことを見縊ってたよ」
今やステージ以外のほとんどの部分が破壊し尽くされた体育館。もはや原型を留めないほどに抉れ、クレーターのようになった地面の底で平塚静は横たわっていた。
そんな彼女を偲ぶように、戦士たちが取り囲む。
「ご、ゴメンね。平塚先生。なんか、あたしたち多勢に無税っていうか……」
「……由比ヶ浜さん。それを言うなら『多勢に無勢』よ。しかも、この場合は使い方も間違って……間違っているのよね? なんだか釈然としないのだけれど」
「まあでも、これで平塚先生はリタイヤってことでいいの?」
「……そうだな、川崎。私は君たちに負けた。それは素直に認めよう」
その言葉に、鼻息荒く意気込んだ一色いろはが平塚静へと詰め寄る。
「なら…!」
「ああ、私は今回のブーケ・トスから手を引こう」
「ふむん。なら、後は我らだけで奪い合いか……」
「……はは。正直、もう体力の限界なんだけどな」
これは再試合か? いや、ジャンケンでよくね? ねえ、クジ引きは? と盛り上がる彼ら彼女たち。
そこに負の感情は一切ない。誰もが笑顔で互いの健闘を称え合い、肩を叩く。それはまるで戦場に芽生えた絆のようで、とても尊いものであった。
彼ら彼女らの視点からすれば、の話だが……。
「……なあ、小町」
「なに、お兄ちゃん?」
「ブーケ・トスって、なんだろうな?」
「うーん……。小町もちょっとよく分かんないや」
崩壊した体育館。その中で唯一無事だったステージの上で黄昏る俺と小町。
未だに目の前で繰り広げられた汗と涙の摩訶不思議スペクタクルを受け止められず、茫然と立ち尽くしている。
「お前、こうなるって分かっててこのメンバー集めたの?」
「……あのね、お兄ちゃん」
俺の素朴な疑問に、眉間に皺を寄せた小町が重苦しそうに応える。
「小町にだって……分からないことぐらい…あるんだよ」
そう語る小町の瞳は、もはや俺並みに濁っていた。
「……とりあえず、どうする? 逃げる、お兄ちゃん?」
「逃げ…られるかなぁ……これ」
「一応、責任とって小町も協力するけど……ちょっと自信ないかも」
「だよなぁ……」
兄妹二人で思わず遠い目をしてしまう。なんかもう現実逃避すらする気になれない。
「どうして、こうなっちゃったんだろう」
「それな」
それあるー! とノリで明るく言えたらどんなにいいか……。
まるで隕石でも落下したかのようにできた深いクレーターの底で、平塚先生を囲んで盛り上がる雪ノ下たち。そんな彼ら彼女らを尻目に、俺と小町は悲嘆に暮れていた。
「……みんな、何やってるの?」
「え? と、戸塚?」
そのとき、体育館の瓦礫を器用に避けながら戸塚が顔を出した。
あれ? そういえば、さっきまでの大乱闘スマッシュブーケ・トスに戸塚は参加してなかったなと今更ながらに思い至り、戸塚が人間を辞めてなかったことに喜んでいいやら、俺のブーケ争奪に参加してくれなかったことを悲しむべきか、なんとも複雑な気持ちになってしまう。
いや、こんな人外魔境な戦いに戸塚を巻き込まなくて良かったと安堵するべきだな。ハチマン反省。
「戸塚こそ、どうしてここに?」
「僕はテニス部の練習でテニスコートに居たんだけど、体育館の方からすごい音が響いてきて、気になって来てみたら体育館なくなっちゃってて……」
「まあ、普通はこんな状態になってるなんて思わないよな」
良かった。戸塚は至って普通だ。……あれ、普通かな? 普通だったらもっとパニくらない? それか先生か警察を呼びに行かない? だって体育館崩壊してるんだよ?
強烈な違和感に苛まれる俺。そんな俺に構うことなくニコニコと微笑んでよっこいせと瓦礫を避けてステージに近づいてくる戸塚。
ここまできて、ようやく事態に気がついた雪ノ下達もクレーターから這い出してくるが、それよりも戸塚がステージに辿り着く方が早かった。
「あ、そうだ。そんなことより八幡」
「……そ、そんなことより?」
「そういえば、小町は戸塚さんもちゃんと誘ったような……あれ?」
おっやー? 戸塚が体育館が崩壊したり、でっかいクレーターができたことをそんなこと呼ばわりしたぞ?
あと隣で小町がボソッとなんか気になることを呟いた。ちょっと! それ重要だから! ちゃんと思い出して、小町ちゃん!!
「えへへ。ここに来る途中でね。空からこんなものが降ってきたんだ!」
そう言って戸塚が後ろ手で持っていたモノを俺へと差し出した。
所々が破れ、焼け焦げ、解れたりしているが、それは間違いなく今回の騒動の発端となったモノ。
「……だからね、八幡」
「と、戸塚……?」
無邪気な子どものように明るい声音で、純粋無垢にニコリと微笑む戸塚。
しかし、そのギラギラとした瞳の輝きは、先ほどまでの雪ノ下たちと同じ怪しい輝きを放っていて……。
「──もう八幡は、僕のだから」
ブーケを片手にそう宣言する戸塚彩加の笑顔は、誰よりも可憐で、何よりも真っ黒だった。
「八幡。成人したら役所に行って『パートナーシップ宣誓証明書』を貰いにいこうね!」
「あかん、これガチのやつや」
こうして、色々な人のメンタルと体育館を犠牲にしたこの悲劇のような喜劇は終幕した。
……本当に、どうしてこうなった。