『だけど、私は天才じゃない』
……一度も躓いたことのない人生だった。私はそこそこ裕福な家庭に生まれ、優しい両親に何不自由なくここまで育ててもらった。欲しいものは何でも与えられ、その対価を成績という結果で返してきた。
自分で言うのも何だけど容姿も恵まれているし、学年の中でも上位に入るほど優秀な生徒だと自負している。
きっとこのまま大人になって、経済力のある男性と結婚して、順風満帆な人生を送ることになる。私の人生には、多分一番ではないけれどそんな恵まれたレールが敷かれている。そう、思ってた……
だけど、私の最初の躓きはこの学校に入学した後で訪れた。Aクラスで卒業することでしか叶えられない進学先や就職先。安定を望む私にとって、Aクラスでの卒業は必要なものだった。
もちろん私は、自分の実力だけで希望する進路を勝ち取るくらいの自信はある。それでもAクラスで卒業出来なかったというレッテルが、今後私の足を引っ張り続けることは明白だった。
それなのに、配属されたのはAクラスどころかDクラス。もはや私一人の力でどうにかなるものではなかった……
きっと私だけが本気を出してもAクラスには上がれない。私は率先して物事を動かせるタイプではないからだ。もちろん、ある程度の事ならば何でもこなせるとは思ってる。
だけど、私は天才じゃない。
良くも悪くも優秀止まり。ただ、叶うならば私だってAクラスで卒業したい……
そのためにはクラス全体に頑張ってもらわないといけない。けれど、Dクラスは絶望的だった。学力とか身体能力とか、もはやそれ以前の問題だった。
果てしなく足りないパズルのピース。もう、完成させるのは不可能だとさえ思った……
だけど少しずつクラスは変わっていった。足りなかったピースが一枚ずつ増えていって、気がつけば絶望的なDクラスはBクラスにまで上り詰めていた。少し観察して見れば、誰がこの流れを作ったのかはすぐに気付くことができた。
平田くんでもない、堀北さんでもない。いつも中心にいないようで、常に中心には彼女がいた。
彼女が少しずつDクラスの人間に変化をもたらしていた。あと少しでAクラスに上がれる、そんなところまで上り詰めていた。だけどそのもう少しに手が届かない、私にはそう思えた……
だから私は手を差し出すことに決めた。私の手が加わることでAクラスに上がれるかもしれない。
それにそれだけじゃない。この退屈な生活にも飽々してた。何か好奇心を動かしてくれるようなスリルを、退屈なレールを歩くだけじゃない人生を……
月野栞さん。上手くは言えないけど不思議な気配を感じる人。絶望的なDクラスをBクラスまで変えた人。彼女を利用しない手はない……
きっと彼女とならAクラスに上がれる。彼女なら面白い体験をさせてくれる、そんな気がする。
だから私は実力を発揮させる。この学校で初めて『松下千秋』として活動する。私というピースを、きっと彼女は受け取ってくれる。落ちこぼれだった私たちのクラスが、ようやく反撃の狼煙をあげるんだ───
『ペーパーシャッフル試験』
私は原作での出来事を知っています。ただ最近は、もうほとんど役に立たない知識のようにも感じています。それは原作を大きく外れてしまったから……
体育祭でも本来は龍園くんに狙われるはずだった鈴音は狙われることなく、代わりに神室さんが狙われました。その結果、桔梗ちゃんの裏切りもなく、代わりに弥彦くんがAクラスを裏切っています。原作知識は参考に留める程度にしなくては痛い目を見るかもしれません……
茶柱先生が教室を出ていってすぐのこと、さっそくBクラスはペーパーシャッフル試験についての話し合いを始めました。
「作戦会議よ、さっそくだけど話し合いを始めるわ」
最初に声をあげたのは鈴音でした。
体育祭での活躍もあり、今やBクラスの中心人物になりつつある鈴音の号令に、平田くんや他のクラスメイトも話を始める姿勢を整えます。
「議題は大きく分けて2つよ。1つはどのクラスに攻撃を仕掛けるか。そしてもう1つは誰がテスト問題を作るかよ」
「なあ堀北! んなことより誰とペアになんのかが気になって勉強どころじゃねえよ!!」
議題の進行に池くんが口を挟みます。鈴音はその意見に冷静な言葉を返します。
「ペアについては少し待ってちょうだい。どのような形でペアが決まるかわからないもの。おそらく来週の小テストにペアを決めるための法則があるのは間違いないと思うけれど、それもあくまで推測の段階よ。ペアについては情報を整理して、後日にまた話し合いを行うわ」
「なら、攻撃を仕掛けるのは下位のクラスがいいだろう。わざわざ学力の高いAクラスを狙う必要もないしな」
鈴音の答えに納得した幸村くんが発言します。その回答に肯定の声が次々とあがります。
「そうだね、幸村くんの言う通りDクラスを指名するのがセオリーだね。ただ指名が被る可能性も十分考えられる。クジ引きは覚悟した方がいいかもしれないね」
「クジ引きでAクラスに当たったら最悪じゃねえか」
「山内くん、あくまでも可能性の話だよ。その時は運に頼る他ないと思うんだ」
「そうね、私もその意見に賛成よ。ではBクラスが攻撃を仕掛けるのはDクラスに決定でいいかしら?」
「いいと思うよ~」
「まぁ、Dクラスなら勝てるかもな? あいつらあんま勉強してなそうだしよ!」
軽井沢さんや池くんも賛成し、どうやら反対の人もいないようです。1つの議題が決まると、みんなの関心はすぐに次の話へと移っていきます。
「なあ、問題って誰がつくんだよ。俺ら無理だぜ?」
「だな~。こういうのは勉強できるヤツじゃなきゃなあ」
山内くんと池くんの言葉に無責任さを感じながらも、誰もが同じ気持ちなのか事の進展を静観します。そんな中、もはや勉強会でお馴染みの頼りになる男が声をあげます。
「問題作りは俺がやろう」
「幸村くん、ありがとう。もちろん僕も手伝うよ」
「そうね、問題作りに専念した結果赤点なんてことになっては本末転倒だわ。勉強の得意なメンバーで振り分けていくのが理想ね」
「なら私も手伝うねっ!」
桔梗ちゃんも加わり、いつもの勉強会教師メンバーがテスト問題を作る流れが出来上がります。ただ、今日はその輪の中に新しいメンバーが増えようとしていました。
「私もやってみよっかな~」
まるで独り言のように発せられた予想外のその声に、鈴音は少しだけ驚き、平田くんは嬉しそうな笑顔を見せます。
……だけど、きっと一番の喜びを感じていたのは私でしょう。
このクラスには、才能を秘めた数多くの生徒が存在しています。それは主人公の綾小路くんはもちろんのこと、リーダーシップの高い平田くんや身体能力に優れた須藤くん。文武両道の鈴音に、場を支配する力に長けた軽井沢さん。そして社交性の塊である桔梗ちゃん。そんな一癖も二癖もあるメンバーが集う教室の中で、その力を隠している逸材の一人。
『松下千秋さん』
この先の試験を迎える上で必ず必要になる女の子。ようやく彼女が重い腰をあげてくれるんです、これほど喜ばしいことはありません。
原作で、松下さんの力はこの様に表現されています。
『学年の中で上位10%の枠内であれば、ほぼ間違いなく手中に収められる実力』
Bクラスに上がりはしたものの、まだ私たちには圧倒的に勉強のできる生徒が少ないです。
得意な生徒と苦手な生徒の差が激しいこともありますが、常に教える側が足りない現状でしたので松下さんが協力してくれるのは本当に嬉しいのです!
松下さんの独り言は流されるように肯定されて、誰もが良いとも悪いとも言わないまま、問題作りのメンバーに参加することが決まりました。
「じゃぁ今日はここまでよ、お疲れ様」
最近はBクラスでも慣れ親しんできた鈴音からの事務的な号令に、各々が自由な行動を取り始めます。
そしてその日の放課後、Bクラスのテスト問題作成メンバーがカフェに集まりました。
「期末テストまで約一ヶ月、たったの一ヶ月よ。まずはペア決めの法則を早く見つけないと……」
「そうだね。僕もペアが決まってからがスタートラインと考えるべきだと思う」
「堀北と平田の言う通りではあるが、今わかってるのは小テストの結果が元に決まると言うことだけだ」
ペア決めが進まなければクラスの指揮にも関わります。ここは原作知識の出番ですね……
私は原作知識を披露しようと、話すタイミングを見計らいます。けれど結局、私がペア決めの原作知識を披露することはありませんでした。
仲間になるのを待ち望んだ、優秀な女の子が声をあげたからです。
「ペア決めの法則なら、大体の予想はついてるよ?」
こうして私たちの仲間に、頼れる女の子が増えていくのです
ここまで読んでいただいてありがとうございます。
まだ続き読んでもいいかなって少しでも思って頂けたら、お気に入りに追加してくれたら嬉しいです。
これからもよろしくお願いいたします!