緋弾のアリア~裏方にいきたい男の物語~   作:蒼海空河

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ケイの不運な一日・前篇

 宅急便にて送られてきた手紙と発砲スチロールの箱。

 英語でもなく、ロシア語でもなく、差出人の名前は日本語で書かれていた

 差出人はアレーシャとリューシャ。

 去年の夏頃に逮捕した麻薬組織のボスだったらしい二人の少女。

 しかしなぜ贈り物がきたのだろうか? 正直な話、手紙を貰うほどのことをした覚えが俺にはない。

 関わったといえば、双子ちゃんが司法取引の一環として話したという情報。所属していた組織の隠れ家だったか。

 その隠れ家の犯罪者たちを麻薬取締法違反で摘発するとき、俺も応援に呼ばれたくらいだ。

 

 あれは酷かった。……いやあれも(・・・)酷かった。

 どうにも俺には迷子癖みたいなものがあるのか、やたらチームとはぐれる。

 そのときも大雨のあとによる地滑りのせいで敵の真っ只中で孤立するわ、ホモっぽい少年たちに絡まれるわ、ラストはボイラー爆発炎上という酷い目にあって良い思い出がない。

 なら離れなければいいと言われそうだけど、トイレ行きたかったり、作戦行動中に起こるからどうしようも……いや、過去の失敗談はひとまず脇に置いとこう。

 とりあえず双子のことだ。

 送られてきた箱は脇に避けておくとして手紙からだな。

 

 名前以外は英語だったけど、英語はちゃんと勉強してきたからなんとか読める。

 住所が…………イングランド? てか『パリ武偵高校』の寮? 

 寮ってことはそこに住んでいて、武偵になるべく勉強しているってことだよな。

 元犯罪者が司法取引で武偵になるというのは、それなりに聞くが……彼女たちには平和に暮らして欲しいし、なあ。戦いとか良くない。

 

 便せんは赤青白のイギリスの国旗にあしらったものだった。脇には国花であるバラの意匠が施されていてとてもお洒落だ。

 内容は意外にも日本語で書かれていた。消しゴムで何度か消した痕が見受けられる。日本語は結構面倒な言語だし、この消し痕の多さも苦労の一片なのかもしれない。

 そして肝心の内容はというと、

 

『あイさつと おれいが おくれ すいあせんです。

 れいぎのくに 日本のブテイである アナタからすると へたなコトバでシツレイになるかもしれません。

 ですが 日本は (ヴェスナー)が イワイの きせつだと ゆーじんのリシャからききました。

 なので しつれーをしょちで おくりものと いっしょに いえなかったことを かきました。

 まず(はじめ)に イライでソシキを ケしていただき ありがと です。

 カコのインネン なくなって うれーい? がなくなりました。

 パーパとマーマも きっとお空で よろこんでいると おもいます。

 いまは いもーとのリューシャと ともにイングランドで ブテイをめざしています。

 そげきか なので いつかいっしょにイライを 受けてくれる日がくることを いのっています。

 

 お体にきをつけて。いつか会える日をたのしみにしています。 アリーシャ

 ダーダー! たいちょーかんりは、たいせつダーよーっ! リューシャ』

 

 凄くほのぼのした文面だった。

 わざわざ海外から手紙を送ってくれるところを考えると、礼儀正しい、優しい姉妹なのだろう。

 キンジたちにも似たような文面を送っているに違いない。

 ……でも、だ。

 社交辞令なんだろうけど。こう、なんだろう、もの凄く済まない気分になるというか、土下座で謝りたくなる気分なんだが!

 

「すまん双子さん。俺、トイレのことばかり気がかりだったから会話とか聞き流してて覚えてないんだよ……」

 

 「ふざけてんじゃねえよ、テメエ!」とばかりにベランダの扉が強風でガタガタ揺れていた。

 今後はトイレのせいで聞き流すとか阿呆なことにならないように気を付けよう、ほんとマジで。

 だがそういう時に限って発生するのが、

 ぐぎゅるるるるる

 突如として異音を発する己の腹。もちろん昼を抜いたわけじゃない。

 

「うっ……腹いてえ。もしかして昼に喰った豚肉の残りモンに当たったか? トイレ――って誰だよこんな時に電話とかッ!」

 

 しかもタイミング悪く、上着のポケットから独特の振動音が伝わってくる。

 止めれ! 腹に響くから! 内と外のダブルアタック勘弁して。

 

「だ……誰だよ、こんな……ときにぃ!」

「おーうケイ! お前、今日暇だろッ。飯喰いにいこーぜぇ!」

 

 慌てて電話を取るとおなじみの声が聞こえてきた。

 武藤の馬鹿声だ。普段ならいいが今だけはマジでやめろ。お願いします。

 ぐぎゅ~~~~~~!

 腹が一際異音を発し、痛みと脂汗が吹き出す。

 ま、不味い……下手に衝撃与えると、大参事になる。あの夏の日みたいなことになりかねん……ッ!

 そーっと、そーっと、あと三mだから我慢して。

 だが邪魔するように能天気な武藤の声が携帯から響く。

 

「んん? もしもーし! 聞こえづらいのか? 俺と、不知火と、お前の三人で飯行こうぜッッッ!!! あ、キンジは神崎さんとデートみたいだからいないけどな」

「じゃあかしぃ! 聞こえて――うぐッ!?」

「……? おい、どうした。何かあったのか」

「ちょっとト……いや、すまん静かにしてくれ。頼む、音を立てすぎるな……ッ」

「判った。おい、不知火――」

 

 口から絞り出すような声で話していたおかげか、こちらが切羽詰まっていることに気付いてくれたらしい。

 軽い口調から一転して真面目な声音で問いかける武藤。何か電話越しに話しているみたいだ。

 でもスマン、理由を話すとぜってー馬鹿にされるから、何も聞かず静かに電話を切ってくれるのがベストなんだが。

 

 つま先立ちで、ちょっとずつ、ちょっとずつ。

 よし、あと二m……ッ!

 

 しかし武藤が声をひそめた様子で再度話しかけてくる

 

「おい、ケイ。トラブルか? 応援はいるか?」

 

 腹痛で応援とか末代まで恥になるわい!

 

「おう……えんは、別に……ッ」

「馬鹿野郎。そんなマジな声だして、やせ我慢するんじゃねえよ。俺たちダチだろ? 仲間を信じ、仲間を助けよってな」

「お、おう」

 

 痛い! なんか純粋な好意で言ってるから凄く心が痛い!

 これ、適当にはぐらかさないと駄目だ。

 ちくしょー……腹痛いときには碌なことがねーよぉ……。

 クソ、だったら。

 

「一つ……たの、めるか?」

「ああ、頼まれてやる」

「キンジのあとを……追えッ」

「キンジをか?」

 

 白雪さんからキンジのことを頼まれてたんだ。

 最近物騒だからキンジが危ないことしないかとか、アリアさんとのこととかな。

 折角だから武藤に動いてもらおう。

 

「白雪さんが……くッ!」

 

 一mなのに、足をちょっと動かすだけで漏れそうだ……ッ。

 だいじょぶだいじょぶおれだいじょぶぜったいだいじょぶ、あとすこしだからがんばれがんばれあきらめるなおれ、あぶなくないあぶないくないあぶなくない。

 

「白雪さんだと!? おい、ケイ、ケイッ! 何があったんだ!?」

「危な……ッ、キンジと……アリアさんが」

「おい危ないってどういうことだよ!?」

 

 はらにひびくからやめて。おねがい。あとごじゅせんちだから。あとへんなごかいしないで。

 

「だいじょうぶだから、キンジにきけばだいじょぶ」

「お、おお、そうか。そうだよな、白雪さんに何かあるわけじゃないよな」

「もう、きるぞ」

「お、おい応援は――」

 

 問答無用で電話を切る。後はもう知らない。

 俺は静かにトイレに入った。

 トイレが近い所にあるって、ほんと素晴らしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少々トラブルがあったが、兎にも角にも双子の手紙を読み終わった。

 しかし双子たちがどう考えているかは判らない。

 仮にも逮捕した側とされた側なのでバツが悪いというか。なんとも言えない気持ちだ。

 

「……ん?」

 

 手紙の入っていた封筒の奥から、一枚の写真が出てきた。

 彼女たちの身長と同じくらいありそうな狙撃銃を二人で抱えている姿だった。

 片方はそっと日蔭に咲く百合花のように微笑み、もう片方は向日葵にも負けない大輪の笑顔を咲かせていた。

 凄く可愛いんだけど、なあ。

 正直、武偵なんて危険な犯罪者を相手にするお仕事だ。幸いにも俺が知っている友人の中で訃報があったとは聞かないが、やはり亡くなる人はいる。

 俺も肝を冷やすような目に遭ってるから思うんだが、こういう仕事は彼女たちのような可憐な少女たちがする仕事じゃないんじゃないかと。アリアさんは色々言葉に窮するのでノーコメント。

 とにかく双子さんは司法取引の関係で難しいんかなー。

 複雑な気持ちのまま双子の写真を、壁際においた貴重品入れ用の棚に入れておく。

 隣の棚――装備課曰く防弾、防爆の優れ物らしい棚には、依頼で使わずに溜まりに溜まった実弾が大量にあるので少し怖いが。

 

 だがこれで終わりじゃない。

 もう一つ贈り物がある。白い発砲スチロールから取りだしたコレが少々厄介ない物だった。

 その中身というのが、

 

「これたぶん酒、だよな? ラベルが『Spirytus』。しかも95%ってもしかしなくてもアルコール度数な気が……」

 

 ポーランド語でスピリトゥス。英語ならスピリタス。

 ポーランド原産の言わずと知れた世界最高純度のほぼアルコールなお酒である。

 普通に消毒液にも使えるほどの酒で水や氷、炭酸水で割らないとヤバい代物だ。

 混ぜずにストレートで飲むなら一気にあおらないとリアルに火を吹きかねない。

 問題はなぜそれを双子が送ってきたというか、そもそも未成年で買えたのかというか。

 

「ロシアってビールが清涼飲料水なんだっけ。でもまさか、なあ? フランスでは16歳からオッケーとかあるみたいだけ、ど――?」

 

 未成年に送るものじゃないクラスのお酒を送ってきた双子。

 その意図を測りかねていると、玄関から再度間延びした音が鳴り響く。どうやらまた誰か来たらしい。

 

「……外は悪天候なのに千客万来な日だなっと。ハイハイ、今出ますよー!」

 

 小走りに玄関へと向かっていく。

 そしていつもの扉を開くとそこに立っていたのは、

 

「大石啓武偵でよろしいですね?」

「あ、はい。え、警察の方っすか?」

「それ以外の何だというのでしょう?」

「あーいや、そうですよね」

 

 紺色の制服に身を包んだ男性警官だった。

 眉間にシワを寄せた険しい表情でこちらを見ている。

 俺よりやや小柄で童顔だが、あんまり友好的な雰囲気ではない。

 まあ規律と秩序を重んじ職務にあたる警察と、何でも屋でその場その場の判断で犯人を逮捕しちゃう武偵は決して仲がいいとは言えない。お互い商売敵みたいなもんだからな。

 だから青島さんみたいにフレンドリー全開な人の方が珍しくて――って、もしかしなくてもアレか?

 

「ひょっとして青島さん関連ですか?」

「……ええ、そうです。屋上にヘリを用意してますのでそちらまで」

「マジで用意してきたんですか。青島さんも行動力あるな~」

 

 何で警察が俺のところにとは思ってたけど得心がいった。

 この前キンジたちと青海で猫探しに行ったときの話だ。レインボーブリッジとか映画撮影云々とかの。

 逃げたらヘリを差し向けるって言ってたけど本当にやりやがったよあの人。

 しかし数か月は先だろうと予想してたんだが……警察官が援助交際してたとかTVで騒いでたから悪いイメージを払拭するために早めたのだろうか。

 そう考えると目の前の警官さんの微妙な表情も納得いくか。

 

 「でも映画とかやったことないしなー。本気で主役やるのか?」などと色々呟いていた俺に警官が少し視線をズラして聞いてくる。

 

「すいませんがそれは――」

「はい? それって………………あ」

 

 警官の視線は俺の顔ではなく、左斜め方向――俺の左手に視線がそそがれている。

 透明なガラス瓶にはスピリトゥスの文字。夕方の下校時間。まるでこれから晩酌でもしようかという様子に見える。

 お、オーケーちょっと冷静に考えよう。

 

 『未成年者飲酒禁止法第2条』――満二十歳未満の者が飲用のために所有・所持する酒類およびその器具について、没収・廃棄などの必要な処置が行政処分として行われる。

 スピリタス、お酒。俺、未成年。相手、警官。

 没収だけならまだしも映画撮影とかするかもしれない人間がスキャンダルとかシャレにならないのではなかろうか。

 ただでさえ武偵は世間一般からすれば風当たりが強い。拳銃やら刀剣類の所持を認められているとか傍からみれば危険人物一歩手前なのだ。

 それが飲酒とか……いや飲んでないけど、アウトじゃね?

 停学か退学か……内申点も下がるだろうし、最悪お昼のTVで放送されていろんな意味で死ぬ。

 いやいや待て! 見た目はただの英語っぽい印字の入った透明な水で普通の人なら判るわけ、

 

「それスピリタスですよね? 度数95%以上の」

 

 訝しげな瞳が俺に突き刺さっていた。

 警官だもんなー、そりゃ知ってるよなー!

 

「あー、それはです、ねぇ……」

 

 あーもう今の俺ゼッタイ目が泳いでる! 挙動不審になってるっ。

 やべぇ、うまく説明できる気がねえ!!

 どうする……っ! どうするよ俺!

 

 ――――このときの俺はいきなりのことでテンパっていた。停学とかスキャンダルとかそっちばかり考えていて、送られてきた箱を見せながら事情を説明すればいいという初歩中の初歩をド忘れしていた。そして修羅場ってくるといつも咄嗟に変な行動をしてしまう。キンジと初めて戦ったときも、トイレに行きたくてテンパったときも。そしてこの時もテンパった勢いに乗ってひらめくままに口が動いていた。

 

「ふ、ふふ……ははははは! だ、だからどうした! 警察官じゃない人に言われても仕方がないなっ!」

「……何?」

 

 相手の声のトーンが一段下がった気がした。

 だが時間が無いぞと鳴りまくる心臓音に急かされてもう止まらない。

 自分でもよく判らない理論をベラベラ喋りまくっていた。

 

「アンタは警官じゃない! そう警官じゃあないんだ! だからスピリタスとかどうでもいいんだろうっ!?」

「…………」

「最初から全てお見通し。だからその下手なコスプレなんて小細工無しでやろうじゃないか! どうだ偽警官さんよ!」

「…………」

「…………あ」

 

 言いきったところで相手を見ると、警官さんがこちらを睨んでいた。先ほどとは打って変わって敵意を隠しもしない。

 不味い。良く判らんがすげーやばいこと口走った気がする。

 相手がガチ切れしかけているのに気付いたおかげか冷静にはなれたけど、今度は血の気が引いた気がした。

 本当に何が言いたんだよ俺。相手が警官じゃないからノーカンだと言いたいのかよ……。

 

 それに事情説明すればいいだけじゃん……さっさと気付けよ馬鹿野郎……。

 慌てて取り繕う。

 

「ああ、すいません! つまりはですね、ごか――」

「判りました」

「……はい?」

「小細工は必要無し、と。なるほど、嘘偽りだけが取り柄と思いましたがそうでもないらしい。ならば雌雄を決するのみ」

「え、ええっと?」

「準備は既にできている。屋上にて待つ。ではな」

「あぁ、はい。では」

 

 そう言い放った警官さんは凛とした振舞いのまま立ち去って行った。

 だが理解が追いつかない。状況も判らない。結局これはどういうことなのだろうか?

 準備? 決闘?

 うーん、これってつまり。

 

「お咎めなしで見逃してくれたってことかな? 準備ってたぶん撮影の準備だよな」

 

 スピリトゥスに目線を落としたあと再度前を見るが、警官の姿はもうない。

 結構長い廊下だったはずだが、急いでいたのだろうか。

 

「じゃあ俺も急がないといけないな」

 

 誰もいない通路に軽く会釈をし、急いで準備することにした。

 銃撃戦とかもするかもしれないので拳銃に十手。弾も適当に近くに置いてあったやつを引っつかんで装填する。

 ついでに鞄に箱に詰めなおしたスピリトゥスも入れておく。一応誤解も解いておかないとだし、双子たちには悪いけどお酒はさすがに飲めない。青島さんに事情を話して貰ってもらおう。あの人はお酒が好きだったはづだしな。

 この間のサラダ油をぶちまけたせいで微妙に違和感のある革靴を履く。

 微妙に何かを忘れているような気がしないでもないけど……まあ思い出せないならきっと重要なことではないはず。

 俺は小走りのまま屋上へと向かったのだった。

 

 

 

 

 

 ■  ■  ■  ■

 

 

 

 

 

 ケイと別れた男性警官は足早に屋上へと向かう。

 階段を使い、屋上へとやってきた警官へと頭上から声が掛けられる。

 

「それで首尾はどうだったのかしら? ジャンヌ(・・・・)

「そのことだが夾竹桃。どうやら大石啓はこちらの動きが察知していたようでな」

 

 屋上へと出る扉の真上、貯水塔のところに夾竹桃がいた。

 吹き荒れる風に長い黒髪がたなびく。

 少し鬱陶しそうに手で押さえると男性警官に扮していたジャンヌを見下ろす。

 

「ふーん、念のために性別まで偽装したのに観察眼がいいのね。じゃあなに、彼がいないようだけど取り逃がしたの?」

「いや直接対決がお望みのようでな。先にやってきたのだ」

「……逃げたんじゃない?」

 

 夾竹桃の言葉はもっともだった。

 大石啓がこちらの意図を察しているなら多勢に無勢と逃げかねない。

 なぜ先に屋上へと戻って来たんだと、落ち付いた口調だったものの、どこか批難するような目付きでジャンヌを睨んでいた。

 だがその様子に彼女はさして気にした風でもなく返す。

 

「どちらにせよ、こちらの目的は足止めだ。交通機関は混乱し、時間も残り少ない。ヘリでもなければ空港へは行けないだろう」

「それはそうだけど。でも本当に大石啓はこちらの目的に気付いてたの? だったら事前に別の移動手段を用意していたかもしれない。そうじゃなくてもアイツはその手の嘘ばかり付く男だわ」

「正直に言えば半々だな。ただの口から出まかせ――それこそ騙すために言ったのかもな」

「ちょっとジャンヌ……貴女、やる気あるのかしら? 私もアイツは嫌いだけど、実力だけは認めているの。過小評価しちゃいけない相手よ」

 

 取り乱しはしないものの、不機嫌な様子を醸し出していた。

 それに対し、ジャンヌは淡々と答える。

 その表情は氷の様に冷たく、そして落ち付いた様子だった。

 

「疑問がある。それを確かめなくてはいけない」

「疑問?」

「これでも剣を納めている身。対峙すれば相手の力量を測ることもできる。そして直接対峙して判ったが大石啓の身体能力はさほど高くない。むしろ隙だらけでさえあった」

「そうやってこちらを油断させてようとする作戦かもしれないわ」

「判っている。それも兼ねて揺さぶりを掛けたが、ものの見事に引っかかっていた。余りにも無様過ぎて即座に切り捨てようかとも思ったくらいだからな。だが一瞬だけ違和感を覚えたのだ」

「違和感……?」

「こちらの揺さぶりに慌てていた時。僅かにだが空気が張り詰めたような……迂闊に触れれば火傷をするという錯覚だ。無論、勘違いかもしれない。だが奴の過去の実績も鑑みると不用意な策は下策ではないかと思ってな」

 

 その言葉に夾竹桃はケイと対峙したときのことを思い出す。

 あの時は邪魔が入ったが、ケイに対して嫌な感覚を覚えた気がしたのだ。

 

「空気、ねぇ。判らないでもないかも」

「夾竹桃も覚えがあるのか」

「ええ。もっともいやらしい視線を感じたからそっちの方かとも思っていたのだけれど」

「ふむ……まあそこで気になったのが奴の家のことだ。大石家は大石内蔵助が有名だそうだが、大石家自体は戦国時代から続いていると聞く。つまり約四〇〇年もの歴史があるわけだ。私ほどではないにしても、血と能力を研鑽するには十分な期間。そして大石啓に超能力(ステルス)があるとは聞いていない。つまりは――」

「――特殊体質。特定の条件下で異常な能力を発揮する類の人間ね」

「神崎、遠山も油断ならないが奴らの手札は知っている。だが大石の手札はまだ明かされていない。リュパンには悪いが私にも別のターゲットがいる。次の戦いの布石を打つためにも、大石啓の情報収集がてら刃を交えるべきと判断した。お前はどうする?」

「どうしたもこうしたもない。こっちも大切に育てた毒花が咲くところ。深追いして怪我するのもバカらしいし、適当に一当てしたら逃走するわ」

「ならばその手筈で動く。あとお前のワイヤーは動くときの邪魔になるから出すなよ」

「元から射撃だけにするつもりよ」

「ではそれで。場合によっては奴もイ・ウーへ招くことも検討すべきかもな」

「え、それはやめて欲し――」

「来たぞ」

 

 夾竹桃の抗議を遮るように、ジャンヌは会話を終わらせる。

 扉の向こう側から僅かに足音が聞こえてきていた。

 寮の屋上など、ましてや天気の悪い日に上ってくる人間は限られている。

 夾竹桃は扉の真上にある貯水塔からガトリングガンを構え、ジャンヌはヘリを背に待ち構えた。

 そして重々しく扉が開かれ、

 

「どうもー、お待たせしました」

「来たな大石啓」

 

 気持ち明るい口調で話しかけながらケイが屋上へとやってきた。

 足取りは軽く、まるで散歩でもするかのように不用心。

 夾竹桃が一度銃を構えなおすと、その音に気付いたのか貯水塔にいる夾竹桃の方へ視線をやる。元々隠れるほどのスペースもないので彼女は特に気にした様子もなく、冷たい目線でケイを見下ろしていた。

 一度だけ目を細め、ケイは改めてジャンヌと向き直る。

 戦いが始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

 ■  ■  ■  ■

 

 

 

 

 

 ちょっと驚いたけど凄い美人さんが貯水塔のところにいた。

 市松人形のように均整の取れた顔。黒髪に黒い服と黒黒尽くしだけど凛として綺麗な人だなあ。でもどっかで見たような気も……どこだっけ?

 ただそれ以上に銃口っぽいのがこちらに向いているのがめっちゃ気になるが。

 とりあえず上に来いと言われたけど、これからの予定を確認しよう。

 いきなり決闘とか言われたのも意味が判らなかったし。

 

「えー、(撮影の)舞台はここでいいんですか?」

「そうだ。ここが(決戦の)舞台だ。異存はないな?」

「スタッフ? さんもいるみたいですし、いいんですけど。でもちょーっと天気が悪いかなと思いますが。予行練習(リハーサル)でもするんですかね?」

「ほう……前哨戦(リハーサル)か。まあ確かにお互い、本当の目的が違うだろうからな、似たようなものか」

「本当の目的?」

「全てを把握しているわけではないようだな。惚けているのか、情報が足りてないのか判らんが」

 

 ……意味が判らん。青島さんから聞かないと判らないなこりゃ。

 どちらにせよ今日は非常に天気が悪い。

 季節外れの台風の影響で大気が乱れているからだ。

 まばらだが雨が降り始めており、個人的には屋内で撮影した方がいいんじゃないかとは思うんだけどな。

 

 目の前にいる警官を見る。

 何故か煌びやかな装飾を施された剣の鞘を持っていた。

 随分派手な警棒――いや普通に剣だろそれ。

 後でどんな場面で剣持った警官と戦うのかも含めて青島さんに問い詰めてやる。

 

 学校の施設とかホテルとか貸りれないのかね。

 メインの舞台である横浜中華街の撮影はできないまでも、地下での撮影もいるかもしれん。

 カジノに突入するときとか、俺が怖い人と出会って逃走するとき地下も使ったから必要だったはず。

 だけどそれ以上に気になるのが、

 

「トイレがなあ」

「何か言ったか」

「なんでもないです」

 

 一応持ってきた鞄に水無しで飲める心強い我らがヒーロー『下痢止めストッパーWEX(ダブルイーエックス)』がある。

 夏の悲劇以来、そっと懐に常備するようになった一品だ。

 

「さっきから黙って時間稼ぎか?」

「別に始めるならいつでもいいですよ」

「ほう余裕だな。脆弱なその身体でどこまで抗えるか見ものだ」

 

 口悪いなこの人。まあとにかくだ。トイレが無いなら仕方ない。

 さっきは目の前にトイレがあったから使わなかったけど、やばくなったらつか…………お、う?

 

「ではいくぞ!」

「ッ!?」

 

 グラリと眩暈(めまい)と共に世界が灰色になったような、この間のときも体験したことのある妙な視界のブレを感じた。

 一瞬だけUZIに狙われたときにあった走馬灯にも似た感覚。

 相手が剣を鞘から引き抜き、力を四肢にため込むように身を屈ませる。

 それと同時に、

 

「は、腹が、頭も痛い――!?」

 

 先ほどの濁流のごとく一気にくる腹痛の痛みとは違う種類の類。

 ギリギリと全身が金具で引き絞られていくような。でも結局脂汗や冷や汗がだらだら流れるのに変わらない。

 歯を食いしばる。

 不味い。まずいまずいまずい!

 もういろんなことが判らないことだらけだけど、警官さんとやり合うと非常に不味いとだけ判る。

 だって腹が痛い状況で攻撃とか喰らったら……もう語るべくもないオチになるっ!

 

「大石啓! 我が剣の錆にして――」

「衝撃与えんじゃねえッ!!!」

 

 どのみちこんな状況で動きたくないッ!

 警官は一〇mはあった距離を一息で縮め、肉薄する。

 左下から右上への切り上げ。俺は咄嗟に屈む。

 空気を切り裂くような音が頭上を通り過ぎた。

 そのままただがむしゃらに両手を突きだし、

 

「かは――ッ!?」

 

 両手に衝撃が伝わる。

 胸を押しつぶす形で掌底が警官にめり込む。

 だが同時に不思議な感触が両手に伝わった。

 ふにょんっ♪

 

「………………え?」

 

 咄嗟だったので一瞬感じたマシュマロみたいな感触を味わう暇もないまま警官さんは数歩後ずさる。

 こ、これってもしかして。

 あの警官さんってもしかしなくても。

 

「ぐ……さすがに、不用意に近づき過ぎたか。だがまだ甘いな。今ので仕留めきれないとは――」

 

 俺はとんでもない秘密を知ってしまったのかもしれない。

 今目の前に男性警官の正体は、

 

「……うぇ、きっついわ」

「泣きごとを言ってももう遅い。さて次は――」

 

 胸にパットを仕込む変態警察官だったのだ。




大変遅れて申し訳ありません。
そして今回もいろいろ酷い……。

あと、このときのアリアは2009年なのでまだロシアではビールは清涼飲料水扱いです。

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