向かい合う2人の元忍び。沈黙を破ったのは、当然のごとく宇髄だった。
「あんたがあの狼衆って連中の元締めか。
俺は宇髄天元。音の呼吸の剣士で、次の柱合会議で音柱になる予定の男だ!」
宇髄の一見威勢の良い名乗りに、耀哉は内心で笑みを深くした。彼が本調子ならば、狼への第一声は「思ったよりも地味な男だな」あたりだったことだろう。口癖ともいえる、派手という言葉も出ていない。
「私がいては、話しにくいこともあるだろう。
席を外しているから、話が終わったら鴉に知らせておくれ」
宇髄が話しやすいよう、耀哉は有無を言わさずに屋敷の奥へと消えた。残された鴉は、どうぞ御自由にとも言わんばかりの態度で羽を繕っている。
内心感謝する宇髄だが、一度途切れた会話を再開するきっかけが掴めない。
再び流れる沈黙を破ったのは、狼だった。
「狼衆頭目、狼だ。
柱になれば、専属の狼衆が選ばれる。戦い方によって相性が変わる故、希望があれば聞こう」
どこまでも事務的な内容を述べる狼へ、宇髄は口を僅かに歪めた。
「専属の、ねぇ……ずいぶんと深く鬼殺隊に根を張ってるんだな。
柱の情報すら手の内か?」
思わず漏れた言葉は、本来ならば宇髄がすることはありえない失態だった。今この段階で、まさに情報網を握っている相手にぶつける言葉ではない。するにしても、相手の手の内をある程度掴んでからだ。
自分でも気づかないほどに焦りが募っていると口元を歪める宇髄に対し、狼は涼しい顔だ。
「体調、負傷、精神状態は逐一御館様の元へ届けられている。なにか不足があるか」
その返答に思わず拳に力が入った宇髄だったが、狼の目を見るとその力は抜けていった。こちらを見下した視線を想像していたのだが、狼は何か不手際があったのかと問いかけるような眼差しだったのだ。師に教えを乞う弟子の目に近いといえる。
「あー、いや。情報としては十分だろう。あんまり細かく渡しても、御館様に関係のないものが邪魔になるだけだ」
「そうか」
毒気を抜かれた宇随の返答に、狼は満足そうな雰囲気を隠そうともしない。
今この時になって、宇随は自分の前提条件が間違っていることに気がついた。眼前の忍びは、忍びとは思えないほどに素直な人間なのだ。ただ主のため、実直なまでに任をこなしているに過ぎない。
「くっっくっく……はっははははは!」
思わず呵々大笑した宇随へ、狼は訝し気な視線を向ける。
「なにか?」
「いや、自分の派手な勘違いに気がついただけだ。
話は変わるが、あんたのことは何て呼べばいい?」
急に笑顔を見せた宇随に、狼は困惑を隠せない。その様子に宇随は笑みをさらに深くする。
「……好きに呼ぶといい。よほど妙な呼び名でなければ断る理由はない」
「そうか!
ならそうだな、旦那と呼ばせてもらうぜ!」
予想外の呼び名に困惑する狼だったが、自分が言い出した手前断ることができない。その渋い顔を見た宇髄は、また大笑いする。
「はっははははは!
いやすまないな狼の旦那。俺はこれでも元忍びでな、里からの追忍かと警戒してたんだ。
いや旦那が関係なさそうで良かったぜ!」
笑い続ける宇髄に、狼が眉を顰めた。気分を害したかと笑みを引っ込めた宇髄へと狼は追撃を放つ。
「元とはいえ忍びが自らそう名乗るのは褒められたものではない。吹聴は控えた方がいい」
宇髄の知る忍びからはどこまでも遠い、先ほどまで敵意を向けてきた相手を気遣う言葉。宇髄は耐えきれず、腹の底から笑う。
「あははははは!
そ、それが忍びのいうことか?
あっはははははははは!」
「……何が面白いのか」
抱腹絶倒の宇髄に困惑する狼という混沌とした空間は、耀哉がその場に足を踏み入れたことで終わりを告げた。
襖が開くよりも早く、狼と宇随は姿勢を正し耀哉へと頭を垂れている。普段通りの2人を見た耀哉は、ささやかな笑みを口元へと浮かべた。
「どうやら、天元の疑念は晴れたようだね」
嬉しそうな耀哉に、宇髄は気恥ずかしそうに顔を伏せる。
「はい、流石はお館様の慧眼といえます。まさかほんの僅かな会話で疑念が払拭されるとは、思ってもみませんでした」
「それはなによりだね。さて、なにか話していないことなどはあるかな?
せっかくの機会なのだから、ここで済ませてしまったほうがいいよ」
耀哉の提案に、宇髄はもう1つの目的を思い出した。狼との交流があまりに予想外であったため、完全に記憶から向け落ちていたのだ。
「機会をくださり、ありがとうございます。
狼の旦那よ、前に狼衆と仕事をしたときなんだが、あいつらなかなか面白そうな代物を持ってるじゃないか」
宇髄の言に、狼は軽く思考を巡らせる。ここ最近では狼は実戦に赴くことが多くなり、狼でも該当する記憶を呼び覚ますには僅かな時間が必要だった。
「……夜鷹組の夜鷹手裏剣のことか?」
宇随と共に行動した狼衆が使う道具で、元忍びである彼の気を引くであろう品はそれであろうと狼はあたりをつけた。結果、その読みは的中する。
「そうそう、その道具だ。忍びらしく地味だがちと手を加えれば派手な使い方ができそうだと思ってな。
無理にとは言わんが、俺様用にいくつか都合をつけられないかい?」
口調こそ軽いが、宇髄の目は真剣だ。忍びの出身だからこそ、変則的な軌道をとる飛び道具が狙われる側からすればいかに脅威かを理解している。
狼は即答せず、視線を耀哉へと向け無言で窺いを立てた。耀哉はにっこりと笑い頷く。
「貴重品というわけではない。刀鍛冶の里へ、お主へ在庫を回すよう伝えておこう。必要数がわからぬ故、足りなければ里へ伝えればある程度の都合はつくはず。
我らの活動に不備が出るほど持って行かれては困るがな」
「そうか、ありがたい!
数に関してはそこまで多用する予定は無い。安心してくれ」
喜色に染まった顔の宇髄へ、狼は相も変わらずの仏頂面で返事を返す。だが耀哉はもちろんのこと宇髄も、狼の心情をある程度読み分けられるようになっていた。
この男は、特に気難しいというわけではない。ただ感情の表現が下手なのだ。今も不機嫌なのではなく、話が無事に纏まり一安心といった具合なのだろう。
「俺様の要件はこれで全部だ。時間を割いてくれて感謝するぜ、狼の旦那。
お館様、この度は好みの要望を聞き入れてくださり感謝申し上げます」
「気にすることはないよ天元。似た戦術をとることができる者同士、交流を深めることは大きな意味がある」
「柱との交流は代えがたい価値がある。気にするな」
2人へと大きく礼をし、宇髄は隠に連れられて庭を去った。
「今回は私の要望に応えたくれてありがとう。
次回の柱合会議は予定通り行うからね」
「御意」
この会話を最期に、狼も産屋敷邸を後にするのだった。
数日後、柱達が産屋敷邸の庭で会話に花を咲かせている。柱合会議前の、ささやかな情報交換だ。
鬼の話も一段落したところで、ふと影蔵が槇寿郎へと水を向けた。
「そういえば炎柱、奥方は大事無いのか?
確かそろそろ出産という話だったであろう」
その一言に、槇寿郎はでれりと表情を緩めた。
「ああ、心身ともに大事無い。心配が無いとは言わんが、二度目と言うこともあって少しは慣れた。
あまり構うとかえって怒られるのでな、最低限の心配りだけするように気をつけているのだ」
あまりにも締まりのない表情は、鬼殺隊最精鋭である柱の中でも指折りと名高い実力者のものとは思えない。原因となった影蔵も顔を引きつらせている。
救いを求め視界をさまよわせたその先にいた狼へ、影蔵は飛びつくことにした。
「そうだ、狼よ!
お主此度に就任する柱と交流があるとかいうではないか。御館様が任命する以上人柄に不安はないが、気にならないといえば嘘になる。どのような者なのだ?」
あまりに強引な話題転換だったが、新入りが気になるのは他の柱としても同じだ。槇寿郎も顔を引き締め、狼の話を待っている。
突然注目を集める形となった狼は元凶である影蔵へ睨みをきかせるも、わざとらしく視線を逸らされ意に介されない。視力が無い悲鳴嶋までも顔をこちらに向けている以上、答えるしかないと腹をくくった。
「身のこなしは侮りがたいものを感じました。忍びの技に理解があるらしく、新しい形の柱となるのではないかと」
抜け忍という経歴を隠して簡単に纏めた内容だったが、柱達は満足したようだった。
「道具を扱う柱とは、なかなか面白そうな御仁よな。狼と連携をとれば、面白いことになるのでは?」
「同感ですけど、貴重な戦力を纏めることになります。新しい柱に、狼の戦闘技術を少しずつ教えるほうが効果的では?」
「御二方、気が早いです。まずは新しい柱がどういった戦法をとるのか確認してからでも遅くはないでしょう」
柱達は賑やかに意見をぶつけ合う。盛り上がっていく場は収拾をつけづらいほどになっていたが、騒動は屋敷の襖が開く音が響いた瞬間に収まりを見せた。
「柱の皆様。お館様の、お成りです」
あまねの言葉を合図にその場の者たちは一斉に膝をつき、静まり返った場へと耀哉は静かに足を踏み入れた。
「よく集まってくれたね、私のかわいい
あいにくの曇空だけど、かえってすごしやすいかな?」
いつも通りの穏やかな口調に、心地よさを覚えながら代表として越津が奏上を述べる。
「お心遣い、柱一同身に余る光栄でございます。御館様におかれましてもこの過ごしやすい陽気の中、安らかに日常を送られますことを切にお祈り申し上げます」
一同の声に合わせた深い礼を見て、耀哉は静かな笑みを浮かべる。
「皆、ありがとう。
先に話していたとおり、今日は新たな柱を紹介しようと思う。欠けていた柱がまた一歩完全に近づいて、私は嬉しいよ」
「それは目出たいことですな。ここのところ鬼の被害が増え、皆憂いておりました。柱が増えれば、それだけ鬼に対して強く出ることができます」
「ところで、その新しい柱はどちらに?」
天水の疑問に答えるように、威勢のいい声が響いた。
「ここだぜ、柱の皆様よ!」
柱たちが一斉に声の元へと視線を向ける中、狼は内心溜息をついた。
松の梢から勢いよく跳躍した影は、狼の放った手裏剣をギリギリで弾き飛ばした。その代償に勢いを殺され、地面へと落下する。
華麗な身のこなしで無事着地した男は、警戒する柱たちへにかりと笑いかけた。
「新たな音柱を拝命した、宇髄天元だ。
……ちと、悪ふざけが過ぎたみたいだな」
歴が長い柱ほど、眼前の男への敵意を隠そうともしていない。越津に至っては、日輪刀の柄へ手をかけているほどだ。
「お館様、まことにこの者が新たな柱なのですか?」
「間違いないよ。彼が新たな音柱、名を宇髄天元という。
彼なりの登場がしたいと言っていてね。私が許可したんだ。悪気があったわけじゃないから、許してあげてくれないかな?」
越津の次に殺気立っていた槇寿郎の問いに、耀哉はどこか困ったように首を傾げた。こうなると、彼に心酔している柱たちは弱い。
次々と警戒を解く柱たちに、宇随は内心胸をなでおろす。
「いや、申し訳ない。流石にもう少し場を考えるべきだった」
宇随が両膝を着き頭を垂れたことで、表立って敵意を見せる柱はいなくなった。
「顔を上げよ、宇髄とやら。
お館様が是と言われた以上、少なくとも俺はもう気にしておらん。
新任の場として舞い上がるのもわからなくはないし、今後気をつけてゆけばよい」
槇寿郎の許しに、宇髄はゆっくりと顔を上げた。
「そう言ってもらえると助かるぜ。
今後は弁えて行動させてもらう」
宇随は再度柱一同に対して深い礼をし、その列に加わった。
「皆、宇随を受け入れてくれてありがとう。これで鬼殺隊はまた一歩強くなった。喜ばしいね。
でも、まだ柱は完全じゃない。鬼の被害も僅かに増えているし、油断は禁物だ。皆の頑張りに期待させてもらってもいいかな?」
「我ら、粉骨砕身で鬼を切ると誓っております。お館様は心安らかにお待ちいただければと」
「他ならぬ槇寿郎がそう言ってくれるとは、心強い限りだね。
それでは、私の話はここまで。部屋を用意してあるから、中でゆっくりしておくれ」
「お言葉に甘えて、ゆるりと過ごさせていただきます」
一礼して耀哉を見送った一同は、使用人に客室へ通された。
「さて、宇随といったな。音の呼吸とは寡聞にして聞かんが、どのような呼吸なのだ?」
皆が座ったことを確認し、越津が会話を切り出した。
「雷の呼吸から派生した呼吸になります。日輪刀にちょいと仕掛けをしてあって、派手な音が鳴るから音の呼吸と名付けました。
小手先程度に道具も使うので、剣士の方々からすればあんまり面白くないかもしれませんがね」
軽い調子で語る宇髄だったが、その目は探るような光が宿っている。
「なに、我ら鬼殺隊は鬼を切ることこそ第一よ。鬼狩りに役立つならば小手先の道具大いに結構。それを気にするようならば、狼衆は設立されておらん」
笑う越津の目を探り、宇髄はにかりと笑った。
「それを聞いて安心したぜ。では、今後ともよろしく頼みます」
深々と礼をする宇髄へ、悲鳴嶼が声をかける。
「宇髄殿、会議の前に狼と顔見知りであると小耳に挟みました。
何処で知り合ったのか教えていただいても?」
「狼衆の道具に興味があると言ったら、お館様が紹介してくださっただけですよ。
それと、俺に敬語はいらんぜ悲鳴嶼さん。ここにいるのは皆先達だ。俺が敬意を払うのは当然だが、その逆は変な話だろ?」
「そ、そうか……。
では宇随よ、これからよろしく頼む」
差し出された手を握り返し、柱たちは頷き合った。
「ところで狼さん、先に見知っていたのに黙っていたのはちょっとケチ臭くないですか?」
天水の一言に、柱たちの視線が狼へと集中した。
「……お館様が話すべきことを、先に漏らす危険は犯せぬ」
狼の言い分に、一同は顔を見合わせる。
「そうかもしれんが、少しは話題に出してもバチは当たらんぞ?」
呆れ混じりに槇寿郎がかけた言葉は、狼を除いたこの場の総意に違いなかった。
音柱
音の呼吸を修めた隊士が柱の地位に至った際につけられる呼称。
宇髄天元が現職を務めており、独自の経験を生かした活躍を見せている。
音の呼吸を編み出したのは宇髄であるため、当然ながら前任は存在しない。