八幡が腐れ縁のあいつにキモチイイことをしてもらうだけのお話。

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やはり俺が気持ちいいことをしてもらうのは間違っている

「あっ、だ、だめっ……」

 暖房の効いた部屋の中で、彼女は悲鳴を上げた。

 男の得物に貫かれるたび、彼女の体力はみるみるうちに奪われていく。

 肉がぶつかる音が何度も響き、一瞬の後に終わりが来る。彼女は息を上げながら、恍惚の表情を浮かべる。

 ……どうしてこうなった?

 

(ん?)

 俺の部屋から明かりが漏れているのが確認できた。

 アパート出た時に電気を消し忘れたのだろうか。

 いや、電気など付けた記憶は無い。

 と、いう事は誰かが付けたという事だ。

 俺はそう結論づけると早足でアパートに入り自分の部屋に向かう。

 部屋の扉のすぐ横にあるインターホンを押す。部屋の中から軽快な足音が近付いて来る。

「はーい、どちらさまー?」

 ドア越しに可愛らしい声が聞こえる。

「俺だよ、俺」

「え、オレオレ詐欺するような子供はまだいないのでどうかお引き取り下さい。ごめんなさい」

「いや、いいからそうゆうの……、折本」

「遅かったじゃん」

 残念そうに玄関前のスペースで腰に手を当てる折本。

 さっき鍵を使わなかったのは、既に中にいる人物に目星が付いていたから。

 俺と折本かおりは腐れ縁のような関係だ。今日はぶかぶかのシャツのみというラフすぎる格好でお出迎えだ。勢いで合鍵渡したのは間違ってる!

「てか、ここ俺んちだぞ」

「うわ、その腐った目、ウケる!」

 いやウケられても困るんですが。

「……こうしてみると少し大人ぽいな」

「そう?あまり意識してないけど」

 強引なところもあるが、この関係は悪くはない。

 

「比企谷、耳掃除させてー」

「はぁ?」

 ホントに強引だったよコイツ。俺は、聞こえてきた彼女の言葉に条件反射で上半身を起こした。

 すぐに俺は、リビングに入ってきたばかりの折本に、ソファに座ったまま話しかける。

「……なあ、そういう悪戯はやめてくれよ」

「んー? なんのことー?」

「……なんでもない」

 それを聞いた折本は、満面の笑みだ。こうなるとなかなか収まらない。

 半ば諦めた俺はこれから耳掃除をしてもらうために彼女の膝元に頭を下ろす俺としては、少々敷居が高すぎる格好だ。

 しかし、俺はそんな刺激的な格好の折本を前にしてもさしたる動揺を見せておらず、そして彼女も照れた様子もなく話し続ける。

「えー? ちゃんと下も穿いてるよー? ほら」

 折本はいつもと変わらぬ口調で、大胆にシャツの裾を自分でめくりあげる。

 とたんに露になる太ももとホットパンツ。

 だが、俺は顔に手を当てていた。彼女がゆっくりと悲しみに包まれていく。

「せっかく見てもらうために選んだのにな」

 俺が言い放った言葉に、折本はトマトのように顔を赤くし、言葉も出ない様子で黙り込む。

 折本は困ったようにそして強引に笑うと、真っ赤な顔で俺に向かって言った。

「ただでさえ恥ずかしいんだし、少しでも可愛い格好したいと思うじゃん」

 彼女のその表情と言葉に、思わず俺も顔が赤くなり、即座に言い返す。

「は、恥ずかしいと思うくらいなら、止めればいいだろ?」

 しかし折本はわずかな沈黙の後、再び俺に向けて微笑むと嬉しそうに答えた。

「だって楽しいし」

 子どものような喋り方と照れた顔。俺はその折本の言動に、毒気を抜かれてしまった。

「あはは、ウケる」

「いや、ウケねぇだろ」

 けれども、それには折本が苦笑する。

「比企谷はあたしが女としてはしたなくても、幻滅したーとかこんな女だとは思わなかったーとか考えないでしょ?」

「……確かに」

 俺がそう答えると、折本はちょっとムッとしたようだった。

 彼女は赤い顔のまま俺に一歩近寄ると、俺の腕を軽く小突く。

 しかし折本はそのまま俺の顔を下から覗き込むと、表情を笑顔に変えて喋り始めた。

「でも、そこまであたしのことを理解してくれているから、何も気兼ねすることないし」

「……なんかいい感じにまとめようとしてねえか?」

 そうして俺が沈黙すると、折本はスルリと俺の前から移動してソファに、俺の隣に、腰を下ろす。

「ここで綺麗に終わらせようよ」

「いやいや、強引過ぎるだろ」

「待って、このまま話を進めていくと、比企谷はあたしの太ももに触れるのが嫌って話にもなってくると思うよ?」

 至近距離でニコニコと微笑む折本に、俺は返事が返せなくなる。

「というわけで、この話はおしまい。さ、あたしに頭を預けて? たっぷり癒やしてあげる」

 折本は今度こそ、強引に話を進めてきていた。

 俺はそんな折本に対し、最大限の苦々しい表情を浮かべる。

「……ズルいやつだよ、お前は」

「こんな女だとは思わなかった?」

「いいや、まったく」

 俺の言葉で、折本は笑いながら俺に肩をぶつけた。

 彼女はそのまま俺に寄りかかると、名案を思い付いたように言った。

「そうだ。じゃあ今日は先に俺にやってもらおうかな?」

 そう言いながら、折本は俺の前に耳掃除の道具を差し出した。

「了解。そのまま寝てもらえると、お前の服装なんて関係なくなるしな」

「ふふ、楽しみ。そこまで気持ちよくさせられちゃうんだ」

「まあ、耳の中の掃除は長くは出来ないけどな」

 会話を続けながら、折本は無警戒に俺の膝元ひざもとへと頭を下ろした。

 髪をかき上げ耳を露出させ、彼女は嬉しそうに笑う。

「じゃあお願いします」

「……おう」

 俺は若干躊躇ためらう様子を見せた後、すぐに割り切って折本の髪や耳元に触れ始めた。

 折本は少しくすぐったそうに笑い、体中の力を抜いてリラックスしていく。そこは阿吽の呼吸。二人はあっという間に普段の姿に戻っていく。

「よし折本、こっちは終わりだ。反対の耳を見せてくれ」

「えー? いつもより短くない? もっとやってよー」

「耳掃除のやり過ぎはかえって体に悪い」

「それも知ってるけど……。でも、そこをお願い!」

「駄目だ」

「ケチ!」

 最近の俺らにとって、言い争いは特段珍しいことではない。でも不仲でもない。

 俺と折本の間柄は気の置けない者同士だ。だから二人は遠慮なく本音で会話を行い、ゆえに衝突が起こることもある。

「ほら、反対の耳を見せろ」

「はーい……」

 残念そうに返事を返した折本は、寝返りを打つようにして逆側を向いた。

 すぐに俺がその横顔に対し、断りを入れることもなく手を伸ばしていく。

「……ふふ」

 俺もいつの間にか折本の大胆な格好を忘れ、自然体で彼女を癒やすことに集中し始めていた。

 二人はその関係を修復する力、絆があると信じている。

 だからこそ意見がぶつかることを恐れず、今日もお互いの心をさらけ出す。

 いつしか会話も止まり、余韻を楽しむかのようにして俺からの耳掃除に身を任せ、静かに時が流れていく。

「よし、終わりだ」

「あーあ」

 折本は名残惜しそうに、しかしゆっくりと振り向き穏やかに答えた。

「あ、比企谷、本当に反対を向いてくれる?」

 俺は半な呆れた態度丸出しにしたものの、折本の希望通りお腹と向かい合う形に寝返りを打つ。

 折本はどこか嬉しそうに丁寧に俺の耳掃除を開始する。俺も無意識のうちに幸せそうに前を向いて目を閉じる。

 やがて俺も落ち着きを取り戻してきて、邪魔にならない程度に彼女の太ももを叩いた。

 

「で、どういう経緯でこんな格好しようと思ったんだ?」

 その後に続いた言葉は俺の予想外なものだった。

 折本はいたずらっぽいな笑みから、自分の足元を見つつどこか違う笑みに変わる。

「……ちょっと前に葉山くんと再会してね」

「……え?」

 なんも関係ないはずなのに、胃が痛むのはなぜだろう。

「比企谷さ、高校の時の葉山くんと一緒に買い物した日のこと覚えてる?」

「……あぁ」

「その日の最後、葉山くんがあたしたちに『比企谷は君たちよりもずっと素敵な子たちと仲良くしてる』って言って、あの奉仕部の2人が出てきたでしょ?」

「……そうだったな」

 もちろん覚えている。

「今でこそ笑って言えるけど、その時はさ、やっぱりショックだったんだよね。まぁ、言われて当然だったんだけど」

 折本が自嘲交じりな表情でぽつりと呟く。

「もちろん今は反省してる。でもね、あの2人が比企谷にフラれたことを知った時……あたし、内心喜んでた」

 普段から折本に対して明るく悩み事なんてなさそうな印象を持っていた俺にとって意外な姿に見えた。

「失望した?」

「……なんか、悪い」

「ううん。むしろこっちこそごめん」

 目の前には深く頭を下げて謝る折本がいた。

「で、俺はそれを聞いて、どう反応をすればいいんだよ」

 俺は息を吐きながらそう言い、直後にハッとなって言葉を続けた。

「それと際どい格好することと関係あるのか?」

「……うーん、嫉妬? いや、対抗心? まあ念のためかな」

「……本音は?」

「いい機会なので比企谷を誘惑して、その反応を見て遊ぼうと思いました。ウケるっしょ」

「……さっきまでの全無視だな」

 俺は、地味に怒気を込めてに言う。

 けれども間を置かずに返ってきたのは、明確な好意だった。

「たまには比企谷に見てもらいたくなってもいいでしょ?」

 照れたような寂しがるような表情で、折本はそう言った。俺には見ずともその彼女の顔が思い浮かぶ。

 俺は何事もなかったかのように彼女のシャツを戻して彼女の太ももの上に顔を乗せ直した。

 とはいえ俺のその横顔は耳まで真っ赤で、そして同じくらい折本の顔も赤くなっていた。そして、奥歯を噛みしめていた折本が爛れた表情を浮かべながら口を開く。

「……おへそまで見られるとは、夢にも思わなかった」

 折本はどこかスッキリとした顔を見せ、徐々に喜びの感情が強くなっているようだった。

 逆に、俺は後から後から恥ずかしさがこみ上げてきていた。

「ねえ」

 折本は笑みを浮かべて耳元で囁く。

「……なんだよ」

「これからもあたしのこと、たくさん褒めてね」

「……おい!」

「ひひっ、恥ずかしいの? それある!」

 歯を見せて笑う。さっきまでの表情が嘘のようにそう言った折本の顔はこの上なく輝いていた。




いかがだったでしょうか。
「気持ちいいこと」は、耳かきでした。


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