自称カルデア最強マスターとぐだ子の人理修復録   作:なまゆっけ

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盛大に遅れて申し訳ございませんでした。前後半に分ければよかったです。が、お話的には次回と合わせて前後編です。ゆっくり読んでください。


第103話 始まりの男女とAチームの慰神戦争録

 人間にはそれぞれ、身の丈がある。

 単純に身長とか体格といった話ではない。

 分不相応だとか、身の程知らずだとか、身に余り、過分で、相応しくない───そういったことを指す。

 ヒトはなぜ破滅するのか?

 それは身の丈に合わない理想や願いを叶えようとするからだ。

 滅びる国を救いたい、みんなを幸福にしたい、全生命を不老不死にしたい、人類を神の位地に進化させたい…………たったひとりの人間が、そんな大それたことを考えてやろうとするから犠牲が生まれ、不幸が蔓延り、悲劇で幕を閉じる。

 そして質の悪いことに、自分の身の丈というやつは実際に破滅を迎えるまで分からない。

 

 

 

「ンンンンンフフフフフフ!!! そら、もっと死ぬ気で走らねば喰われてしまいますぞォ~~!!? 足が千切れようと前へ進むのです!! 異国に向かってしまうあの子に最後告白しようと、空港にダッシュする主人公のように!!!」

 

 

 

 ───しかし、身の程を知っても変わらない者はいる。

 起き抜けだろうが関係はない。哄笑する怪人に追われ、逃亡者は自らを殺す勢いで速度を上げた。

 背後から迫るサーヴァントは完全にこちらをナメている。蟻の巣に水をぶちまける子どものように、弄んでいる。

 呪符から妖怪変化だの魑魅魍魎を放つだけで、彼自身が手を下していないのがその証左。逃亡者は四方八方から襲いかかる怪物を風の刃で裂き、光で焼き払っていく。

 

「成程、児戯程度の魔術は使える様子! しかしこの蘆屋道満、兎を狩るにも全力を尽くす真面目ボォイでございますれば!! 正々堂々叩き潰して差し上げましょう!」

「それは正々堂々ではなく、大人気ないとか子どもっぽいと言うべきではないか?」

「ンンンンン! お黙りなさいトゥリシュナ殿!! ここは拙僧にようやく回ってきた見せ場、大人しく引っ込んでくだされ!!」

「ソソソ……」

「トゥリシュナ殿! それは拙僧の持ちネタにて!! 原作使用料を請求いたしますぞ!!?」

 

 逃亡者は冷徹に判断する。

 かの死神との契約。死を迎える直前で肉体が保存されていたが故に、この体はあの戦いで命を落とす数秒前と変わらない。

 負荷をかけすぎた魔術回路の動作は鈍く、使える魔力は残り僅か。肉体はとうに限界を超越し、駆動させるのは体力ではなく意思であった。

 脅威に追われながらも、その心中に満ちるのは恐怖でも焦燥でもなく、疑念。己が命の保存よりも先に立つ懐疑心が、臓腑にわだかまる。

 

(───私たちは、負けたのか?)

「お~っと他所事に気を取られるとは笑止千万!! それぃ急急如律令ッ!!」

 

 呪いの波が地を這う。

 跳躍────しかし、遅れた右足が呪詛に浚われた。

 しまった、と思う暇すらない。着地の間もなく体が空中を滑り、黄金の廊下を何度もバウンドし、壁に激突してようやく止まる。

 折れた骨が内臓に突き刺さる。嘔吐のような激痛がせり上がり、意識が飛び退く。しかしそれは動きを止める要因にならず、

 

(呪いが進行する前に、足首を切り落とす────!!!)

 

 手刀を振り上げる。その瞬間、

 

()()()()

 

 ────世界が切り換わった。

 否、この世界の全景は何も変わっていない。しかし、誰もが何かが変化したことを知覚した。それを感じ取りつつも、何が変わったのかは説明できない───理解不能の直感。

 足首から全身を侵そうとしていた呪いが鳴りを潜める。確かに存在はするが、その効力は霞のように弱まっている。

 

「さて、貴様ら。犬のように小便を撒き散らして平伏しろ。私が来たのだからな」

 

 それは、華美ならぬ過度な装飾が散りばめられた服装の男だった。

 散大した瞳孔に宿る狂気的な光。まるで王侯貴族のような衣を纏い、明らかに良からぬ葉を詰めた煙管を吹かす。

 その歩みは重厚で、一歩ごとに空気を重苦しく堆積させるようだった。蘆屋道満は唇の端をひくつかせ、男に付き従う人型の発光体───天使の如きモノを睨む。

 

「ほう、これは面妖な。テクスチャの書き換えのみならず、そのような式神まで使役してみせるとは」

「テクスチャ? 式神? 貴様ら如きの語彙で私の業を表現するなど片腹痛い。まあ凡夫には凡夫なりの解釈があるからな。理解されぬのも天才の宿命だ。許してやろう」

「これはこれは、大層な口振りですが……天才とは万人に理解できる偉業を成し遂げる者。他者の理解を得られぬ才は非才と言うべきでしょう」

「ふ、いかにも凡才不才の劣才野郎が宣いそうな意見だな。天才とは孤高であるからこその天才だ。こればっかりは天才にしか分からぬがな。ああ、これは端から理解は求めていないぞ? 貴様みたいに典型的な噛ませ面をした白黒わらびにはいささか難しいだろう」

 

 ビキビキ、と両者のこめかみに青筋が浮かぶ。

 そのやり取りに若干の居心地の悪さを感じつつ、右足を苛む呪いを解除する。呪詛の弱化と反対に、行使した術式は過剰なまでに強化されていた。

 それで、あの天使……エイワスと呼ばれた存在が何に変化をもたらしたのか、見当がつけられる。

 

(神秘の法則。古ければ古いほど強いという不変の真理を、古いほど弱く新しいほど強く……そういったものに逆転させている。そして、エイワス……まさか彼は)

 

 ちらりと男を見上げる。すると、そこにはあらかじめその動作を待ち受けていたかのように、異様に拡大した瞳がこちらを見つめていた。

 思わずぎょっとしたその時、彼は───いつか語らった白髪の彼のように───意地の悪い笑みを浮かべ、怪人へと向き直る。

 

「まあ良い。貴様らなぞにかかずらっている暇はないのだからな。この男は私がもらう。代わりに私の真名を受け取っていけ」

「いえ、要りませぬが?」

「黙れ! ───私は大いなる獣666! 黙示録の獣、マスター・セリオンにして魔術師エリファス・レヴィの生まれ変わり!! 人類の目を覆い隠す虚妄を打ち払い、運命ではなく『意志(セレマ)』によって真実を選び取ることを教えた無上の伝道師─────」

「それいつまで続くのです?」

 

 男は自身の名乗りにすら感涙し、まるで神に祝福される聖人のように諸手をあげた。

 

「───そう! 我が名は!! アレイスタァァァァァクロウリィィィィィ!!! この名を畏れ敬い頭を垂れろ、無知蒙昧の知識盲者ども!!」

 

 アレイスター・クロウリー。その名を聞いて、トゥリシュナを除いたこの場の誰もが顔をしかめる。

 二十世紀最大の魔術師とも謳われる男だが、その奇行と悪行は枚挙に暇がない。打てば響くどころではなく、打てば核爆発が起きるような危険物が人の皮を被っているに等しい。

 そんな世界最大悪人は逃亡者の首根っこを掴み、げしりと足元の空間を蹴るような動作をした。

 

「……ン!?」

 

 たったそれだけで、ダンプカーに激突されたかのような衝撃が道満の全身を叩く。

 廊下の奥にすっ飛んでいく彼とは反対に、トゥリシュナは不可視かつ無形の衝撃を右手一本で受け止めていた。びりびりと痺れるように震える指を折り畳み、魔人は微笑む。

 

「類感呪術の一種だな。オマエの動作から相手が連想した結果を付与する。それにしては威力が高すぎるが……そこの天使のせいか。対人間に限れば反則的だ」

「ふ、まるで少年漫画のデータキャラみたいな説明口調だな? 褒めてやろう、私を飾るモブにはそういった台詞が相応しい!!」

 

 アレイスターは勢い良く虚空に右手を突き入れる。

 空間そのものが悲鳴をあげたように甲高い音が鳴り、ひび割れる。神秘の法則が逆転しているからこその無法。自称黙示録の獣は虚空に足を踏み入れて、トゥリシュナに告げた。

 

「追うなら追え。舞台に上がる度胸があるならな」

「追わんよ。気をつけて帰るのだぞ」

 

 トゥリシュナは微笑しながら、ひらひらと手を振った。アレイスターは一瞥もくれずに歩き出し、無明の虚空を歩き出す。

 まるでまぶたを閉じているかのような暗闇の中。距離感が失せ、視点がどこに合っているのかすらもわからなくなる。その曖昧な感覚が、修羅場を潜り、疲労がのしかかる体に染み渡る。

 ───あの、最後の戦い。

 誰もが命を擲つ覚悟を決め、そして散っていった『七大罪の魔王』との決戦。そこから続いていた緊張の糸が切れ、首を掴んで引きずられるのも今だけは悪くないと、目を閉じかける。

 

「オイ、貴様。私がいるというのに意識を飛ばすなど許さんぞ。この一瞬一秒に歓喜し、心魂に刻み込め」

 

 ガクガクと頭を揺さぶられる。睡魔に囚われた脳みそがほんのりと覚醒し、噂に違わぬ傍若無人ぶりだと痛感した。

 

「その体たらくでも口は動かせるだろう。語れ、貴様が見てきたものを。帰路の退屈を慰めるには悪くない。イメージとしてはシャフリヤールに寝物語を囁くシェヘラザードだ」

「…………命懸けで語れということか?」

「愚問だな。私たちはこの世に生まれた時点で命を懸けて存在している。それを忘れるとは、貴様、なぜ魔術師になった」

 

 アレイスターは僅かに指に込めた力を強め、

 

「────キリシュタリア・ヴォーダイム」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ─────回想を始めよう。

 私たちが、否、全ての生命体が存在を懸けて、散っていった、未来を取り戻すための戦いの記憶を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おお、Aチームよ! しんでしまうとはなにごとだ!」

 

 灰色の街並み。モノクロの空。ちかちかと明滅する信号機。二つの道が直角に交差する中心にて、Aチーム一同は愕然と目を見開く。

 120ゴールドというシケた支度金しかくれない上に、呪いがかかっているとHP1の状態で放り出してくる王様のような台詞を吐いたのは、全身を黒に染めた痩身の男だった。

 山高帽と燕尾服。皮膚までもが墨を塗ったように黒く、煌々たる眼光が妖しくA チームを見つめる。

 キリシュタリアは冷静に記憶を手繰り寄せる。カルデアの管制室、いよいよ人理修復を果たす第一歩となるレイシフトの実証試験。その先遣隊となるため、自分たちはコフィンの中で時を待っていたはずだ。

 けれど、この状況は一体どういうことなのか。皆一様に困惑する最中、最初に口を開いたのはデイビット・ゼム・ヴォイドであった。

 

「これはレイシフトの事故か?」

「人為的な事故だな。ここに来た経緯は違うが。爆弾で吹き飛ばされて凍結保存されているお前たちを、私がここに呼んだ」

「そうか、レフか。おまえは誰でここはどこだ」

「俺はゲーデ。ここは『永遠の交差点』と呼ばれる場所だ。簡単に言えばあの世とこの世の狭間だな」

 

 前提を一足飛びに跳躍し、必要な事柄のみを問う会話。デイビットは眉ひとつ動かさずに、ゲーデの言葉を受け止める。

 Aチームの面々は気が抜けたように呻き、納得する。デイビットの会話に無駄はない。否定も疑いもしないのならば、それは彼にとって事実として確定した事柄であり────その目算が外れたことは、誰も目にしたことがなかった。

 しかし、それでも衝撃的な事実にはうろたえてしまうのが人間だ。どことなく幸が薄そうな白髪の青年……カドックは元々蒼白な顔をさらに青くして、

 

「いや、レフだって!? どうしてあの男がそんな……っていうか普通に死んでるのか、僕たちは!?」

「落ち着くんだカドック。ここはあの世とこの世の狭間と言われただろう。まだ希望はある。ゲーデと言ったか、そこのところを教えてくれないか?」

「うむ、ほんのり死んでるといった感じだな」

「……だそうだ。希望があってよかった」

「ないだろ。どこにもないだろ。ほんのりだろうが何だろうが死んでることには変わりないだろ」

 

 カドックはキリシュタリアを氷のような視線で滅多刺しにした。そこでマシュの指を折ることに定評のある男、ベリルがカドックをたしなめるように肩を叩く。

 

「まあまあ、今のはアイツの言い方が悪かった。ほんのりなんて感覚でしかねえからな。ここはいったん数字にしてもらおうぜ」

「数字にしたところで死んでる事実が変わるか!?」

「数字にすると難しいが、アレだ。七、八割くらい死んでるな」

「やっぱり死んでるじゃないか!! ほんのりどころか割とがっつり死んでるじゃないか!! 四捨五入したら完全に死んでるんだが!!?」

「四捨五入する意味はどこに……?」

 

 がっくりと肩を落とすオフェリア。彼女も彼女でこの状況を飲み込めていなかったが、カドックの振る舞いを見て、とりあえずは落ち着きを得ていた。何か許せないことに対して、自分より怒っている人がいると逆に冷静になる現象に近い。

 ゲーデはぱっと右手をあげ、空気を掌握する。

 

「本題はここからだ。私は権能を用いて、凍結保存されたお前たちをこの場所に呼び寄せた。他の世界のように異星の神の眷属とされるのは不憫だった故な」

 

 キン、と黄金のライターが小気味良い音を立て、火を立ち昇らせる。葉巻をそれで炙ると、ゲーデはもくもくと煙を肺から吐き出した。

 

「しかし、お前たちも知っているだろう。死者があの世から生き返るなどというのは、古今東西成功した試しがない。イザナギ然り、オルフェウス然り……だが、お前たちはほんのり死んでいる状態だ。完全には死んでいないからこそ、復活の望みはある」

 

 ───そこで問おう。ヒトが生き返るために乗り越えるべき試練があるとしたら、それは一体何なのか?

 Aチーム屈指のデキるお姐さんことスカンジナビア・ペペロンチーノは陽気に笑って答える。

 

七つの龍玉(ドラ○ンボール)を集めるとか素敵じゃない?」

「待つんだ、そのためにはナメック語を勉強しなくてはならない」

「なんでナメック星のボール集めてるんだ。地球のでいいじゃないか」

「ツッコむところそこなの……?」

「…………で、答えは?」

 

 一切合切を無視してゲーデを睨みつけるのは、かつてメジャーリーガー顔負けの投球……投本術でノアの頭部を前衛芸術にした芥ヒナコであった。

 

「そんなものはない。命の重さと尊さは他の何にも代えがたい。しかし、お前たちはまだマシだな。完全に死に切ってはいないから、生き返る芽はある」

 

 死神は葉巻を吸い、勢い良く煙を吹いて言う。

 

「……俺は鎌で魂を刈り取るタイプの死神ではないし、死者の行く先を強制するのも好かん。その上で命の保存と引き換えに、お前たちにはやってもらいたいことがある」

「勿体ぶるわね。さっさと言ってくれる?」

「そう焦れるな。お前たちに頼みたいのは、とある世界への救援だ。死に損ないの魔術師めが良からぬことを企んでいてな。それを潰すための布石というやつだ」

「では、私たちはその魔術師を倒せばいいと?」

 

 キリシュタリアの問いに、ゲーデは首を振って否定した。

 

「いいや。ヤツが姿を現すことはない。その必要がないと言った方が正しいか。運命はその男に都合よく書き換えられた。極論、寝て待つだけでも望んだ未来が訪れる」

「なるほど、なるようにしかならない諸行無常ってワケね?」

「その通り。とはいえ、そのことは気にするな。どうにもならぬモノを知ったところでどうしようもないからな。俺もこれ以上語るつもりはない」

 

 ゲーデは葉巻の先の灰を落とし、踏みつける。

 

「これからお前たちが向かうのは『七大罪の魔王』と呼ばれる堕天使と獣が専横を振るう世界。そこには二人の人間がいる。彼らの手助けをしてやれ。その果てにお前たちは復活するだろう。しかし、今のままではあまりに戦力不足。そこで、サーヴァントを召喚してもらう」

「してもらう……って簡単に言うがな。英霊召喚なんてガチャガチャを回すみたいにできるものじゃないぞ」

「カドック。それができるのさ。俺の手にかかればな。…………ちなみに、そこのデイビットとベリルには召喚させない。お前たちが喚ぶサーヴァントは……まあ、うん…………その、アレだからな」

「理解した」

「マジで? マジで理解したのか? オレは嫌だぜ仲間外れなんて。……いや慣れてるし良かったなこりゃ」

「ベリル、さらっと闇を曝け出すのはやめないか」

 

 ……そういうわけで、デイビットとベリルを除くAチームの面々は英霊召喚に臨むことと相成った。

 ブードゥー教の死神ゲーデは全ての死者の人生を知る。サーヴァントは基本的に死者であるため、彼の前で隠し事は無いに等しいが───真価はそこにはない。

 死者が見聞きした記憶を把握しているということは、あらゆる英雄の技、賢者の知恵、魔術師の秘奥を掴んでいるということ。

 それ故に、ゲーデは全ての死者の技術を行使できる。相応の才覚を有した魔術師が入念な準備の上でようやく成し遂げられる魔術を、その死神は容易に達成してみせた。

 手の甲に宿る三画の令呪。眼前で極光を放つ召喚陣。キリシュタリアは己が矛戟となるサーヴァントの姿を目の当たりにする。

 

「オレは神霊カイニス───は? カイニス? カイネウスじゃねえのかよクソが……!!」

(まずい、初っ端から怒っている)

 

 キリシュタリアは表情筋を硬直させた。

 通常、神霊をサーヴァントとして召喚することはできない…………のは今は昔の話。何かしらの抜け道や特殊な縁が無ければ、という但し書きがつくが。

 カイニス、あるいはカイネウス。かつてはテッサリアで最も美しい女性だったが、ポセイドンに穢され、その末に男となることを望んだ不死身の英雄だ。

 女性の頃の名前がカイニス、男性となった後はカイネウスを名乗り、アルゴー船の冒険にも参加している。戦力的に見れば頼もしいことこの上ないが、聞けばサーヴァントの中には癇癪ひとつでマスターを殺害する者もいるとか。

 キリシュタリアは意を決して、カイニスに話しかける。

 

「ならば、私は貴方をカイネウスと呼ぼうか?」

「……いいや、いらねえよ。カイニスでいい。ポセイドンのクソ野郎への怒りを忘れねえためにもな。よろしく頼むぜ、マスター」

「ああ、マスターとして貴方に恥じぬよう最善を尽くすことを誓おう」

「オイオイ、真面目かよ。はっちゃけろとは言わないがな、もっと砕けてもらわねえとこそばゆいだけだ」

 

 む、とキリシュタリアは思案する。確かにカイニスの言は間違っていない。ともに命を懸ける間柄となるのだから、過剰な礼は逆に非礼になるだろう。

 そこで、彼は参考にすべく、砕けた対応をする人物の顔───ノアのアホ面───を思い浮かべた。が、何故だか参考にしてはいけない気がしたので即座に脳から消去する。

 キリシュタリアがほわほわと考えている横で、順調に英霊召喚は進んでいた。

 純白の皇女。

 竜殺しの魔剣使い。

 身の丈を超えたどデカいチャクラムを担いだ男、そして─────

 

 

 

「おっふぉぉっ」

 

 

 

 ───騎馬した甲冑の武人。その姿を見た瞬間、芥ヒナコは変な声を出して背中から倒れた。

 普段の彼女を知るAチーム各位からすれば、あまりに異様で異常な醜態。Aチームのみならず、ゲーデやサーヴァントたちまでもが、教室で吐瀉物を撒き散らした同級生を見るような目になる。

 誰かどうにかしろ、という視線の応酬が無言で交わされる。いたたまれない雰囲気の中、武人は重々しく口を開いた。

 

「……我が最愛の妻───虞よ。済まぬが、この再会の歓喜を表す言の葉を私は持たぬ」

あびゃあああああああああああああ(いえ……っ!私も同じにございます!)おろろろろろろろろろろろろろ(この気持ちは言葉になどできません!)

「おいマスター、なんだありゃ。数年ぶりにメシにありついたピネウスより泣いてやがるぞ」

「分からないが、なにかしらのクライマックスを迎えているのは確かだろう。プロローグの時点で」

 

 映画のラストシーンだけ見せられたような気分に陥るカイニスとキリシュタリア。異常に察しの良いデイビットは真相を見抜いているかもしれないが、彼は相変わらずの仏頂面である。

 そんなこんなで。

 いよいよ『七大罪の魔王』とやらが待ち受ける世界への移動。Aチーム一行はゲーデが葉巻の先で地面を炙って描いた魔法陣の上に立たされていた。

 

「それでは送るぞ。心構えはいいか?」

「待った。俺はよくねえ。聞かせろよ、我らがAチームの主席サマはどうしてここにいないのかをさ」

 

 ベリルは瞳にどこか執念のようなものを滾らせて言った。ゲーデは黒曜石の如き目に光を映えさせて、

 

「つまらぬ答えで悪いが、彼女がまだ死を迎えてはいないからだ。良かったな? ベリル・ガット」

「……ああ、そりゃ良かった。心構えができたよ」

「それは何よりだ。他に質問がある者は?」

「私もひとつ訊きたい。貴方の好きなものは何だ? 我々を送る者の好みくらいは知っておきたい」

 

 ゲーデは一瞬硬直して、頬を緩める。

 

「俺が好きなモノは酒とタバコ、そして下ネタだ。この三つは個人的に人類が生み出した文化の極みだと思っている」

 

 そして。

 

「───それらと同じくらい、お前たち人類を愛している」

「なんかイイ感じに言ってるけど全然カッコよくねえからな!?」

 

 カイニスのツッコミとともに、Aチームは転移した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次の瞬間、Aチームが放り出されたのは中空だった。

 衣服が風をはらんで翻り、空気の冷たさが肌を痺れさせる。しかし、どこぞのEチームが同じような状況で無様に慌てたのとは違い、彼らは冷静に眼下を見据える。

 幾重もの石塁が築かれた砦。内側にはサバンナでも見ないほどの種類の動物が跋扈しており、外側からはファンタジー世界にありがちな獣人たちがなだれ込んでいく。

 要素だけを抜き出せば微笑ましいとすら思える光景。しかし、砦で行われていたのは紛れもなく殺し合いであり、戦争であった。

 ペペロンチーノは眉根をひそめて、

 

「どこに行っても殺し合い……はあ、嫌になるわね。どうしましょうか」

「ゴチャゴチャ考えたところで仕方ねえ。とりあえず両方ぶん殴ってヘコませりゃいい!!」

「……殺さないようにね?」

「了解、ぶっ飛ばすぜ!!」

 

 何が了解なのか───ペペロンチーノが白目を剥いた瞬間、アーチャー・アシュヴァッターマンは炎の戦輪を掲げて思い切り叩き落とした。

 その様はまるで流星の墜落。赫々と燃え盛る炎の塊が砦の直上で爆ぜ、無数の火の玉となって降り注ぐ。

 

「カイニス、消火の準備を─────」

「────その必要はなさそうだぜ?」

 

 瞬間、砦の内周を魔力のドームが覆う。

 少なくともAチームが生きる現代では目にかかれないほどの強固な結界。その魔術はアシュヴァッターマンの炎を表面で逸らし、外周へと流し込む。

 無論、手加減があったとはいえ、アシュヴァッターマンはカウラヴァ陣営における最強の戦士のひとりだ。その一撃は容易く防げるほど軽いものではないし、反応できたことすら奇跡と言って相違ない。

 まるで未然にそれを見越していたかのような。白銀の皇女を除いた四体のサーヴァントは、類稀なる戦士の勘をもって違和を察知し、砦の中心を睨んだ。

 そこでは、二人の男女が大きく手を振って、空よりの来訪者を見上げていた。

 

「先生の────ラジエル様の遺した通りだ!! 異界の御使いが来た!」

「はい! 〝天より灼熱の炎輪が落ち、十二の使徒が舞い降りる〟〝ただし見境がないので念入りに結界を組むように〟……まさしくその通りでした!」

「ねえ、何か言うことはあるかしら?」

「……もっかい森彷徨ってくる」

「その責任感の強さをもう少し別の方向に向けられなかったのか?」

 

 カドックの言葉がアシュヴァッターマンの背中にドスリと突き刺さる。

 直後、Aチームは華麗に着地し、その男女と相対する。二人はさながら鏡写しのような瓜ふたつの容貌をしていた。男体と女体の差異、男は黒く女は白い髪を持つ以外は微塵の瑕疵もない芸術品の如き中性的な美しさは変わらない。

 そして、どちらも一糸纏わぬ全裸であるという点も。

 

「はじめまして、僕はアダム。仲良くしてくれると嬉しいな」

「わたしはイヴと申します。このひとの肋骨から生まれました」

 

 ───どこぞのローランやドーマンと違い、全人類でたった二人だけ全裸であることを許された名前が飛び出した。

 Aチーム一同は絶句する。アダムとイヴ。それはもはや誰もが知る存在と言えよう。最初の男女であり、蛇の誘惑によって知恵の実を食べ、楽園を追放された人類。原罪の始まり。

 旧約聖書の創世記では、二人は自らの裸を自覚し、いちじくの葉を纏ったことで神に掟を破ったことを見抜かれている。そうして、ヒトは楽園を喪失するのだ。

 しかし、目の前のアダムとイヴは肌色一色。現代なら猥褻物陳列罪で現行犯逮捕は免れない姿である。キリシュタリアは面を伏せ、咳払いする。

 

「私はキリシュタリア・ヴォーダイム。つかぬことをうかがうが、貴方たちは知恵の実というものをご存知か?」

「楽園にあった果実だろう? お父様の言いつけがあったから、食べたことはないけれど」

「ええ。一度、おへびさんに誘われたことはありましたわ。お父様の決めごとなので、お断りさせていただきました」

「なるほど、だから裸なのか。これは責めるに責めきれない……むしろ人類的にはファインプレーかもしれないな、カドック?」

 

 カドックはアダムとイヴから視線を外すように天を仰ぎ、全てを無視するモードになっていた。彼とて初心な男の子、自動娼館に入り浸るような人間ではないのだ。

 そんな彼の背を叩き、ベリルはくつくつと笑う。

 

「第一村人発見で大体この世界のことが分かってよかったよな。つまり、ここは人間が知恵の実を食べなかったifってこった。いやはや、ハッピーエンド甚だしいじゃねえか、喜べよカドック」

「そうね。警察も法もなさそうな場所だし、もっとガッツリ見てもいいんじゃないかしら、カドック?」

「僕たちの姿に戸惑っているみたいだね。君たちにとっては一般的ではないのかな、カドック?」

「でも、みなさんまるで天使様みたいなお召し物を着ていらっしゃって素敵ですわ。もちろんカドックさんも!」

「おい待てどいつもこいつも僕をダシに話を進めようとするな!!!」

 

 カドックは寄りかかるベリルを猛然と振り払った。

 このままではぽやぽやした空気に呑まれかねない。危機感を覚えたAチーム真面目担当ことオフェリアは、冷静に思考を巡らせる。

 人間が知恵の実を食べなかった世界。それは確かに、理想といえば理想の世界かもしれない。神の庇護のもと、あらゆる悲劇も苦痛も起きず、飢えとも無縁なのだから。

 しかし、アダムとイヴに加えて周囲の動物たちは、明らかに敵と戦っていた。それは神の膝元では決してありえぬことだ。

 

「アダム、イヴ、アナタたちは一体何と……何故戦っていたの?」

 

 アダムとイヴは顔を見合わせて、向き直る。

 

「それは、明けの明星がお父様を殺したからだ。直後に天界で大きな戦争が起きて……ほとんどの天使様が明星が率いる軍勢に殺され、僕たちも楽園を奪われてしまった」

「ですが、お父様の命令で楽園を見守り、地上で生きることをお選びになった『見張り(グリゴリ)の天使』様たちは楽園を現世から切り離してくださり、しばらくそこで過ごしていました」

 

 その場所はダアトと名付けられた。

 ───しかし、その残された安寧の地すらも、彼らは喪失してしまう。

 天界戦争に勝利した五羽の堕天使と二匹の獣……『七大罪の魔王』が自ら創り出した百種類の亜種霊長類、『亜霊百種』。アダムたちは魔王の治世に反発した亜霊を受け容れていたが、その中に裏切り者がいた。

 『嫉妬の魔王』の落とし子、蛇人ジューダス。彼の手引によって異界の楽園を襲撃され、アダムたちは現世へ追放。その際に彼らの守護者であった見張りの天使も、七大罪の魔王に捕縛されてしまう。

 現世は魔王たちの支配域。天使の助力も失ったアダムら楽園の生物は先の見えない防衛戦に明け暮れていたのだった。

 

「現在、この星は魔王がそれぞれの領地である『天獄(ゲヘナ)』に分割・保有され、統治しています。私たちがいるのは『怠惰の魔王』の領地ですわ。なんとかここまで逃げ延びた形です」

「だけど、君たちが来てくれた。先生が言った通りに。それだけで、まだ希望は潰えてないと思えるよ」

 

 アダムがそう言うと、アシュヴァッターマンはドンと胸を張って告げる。

 

「ああ、任せとけ! 要はその『七大罪の魔王』だかを全員ぶっ潰してやりゃいいんだろ!?」

「誤解を恐れずに言えばその通りだね。僕たちの目的はこの星を───楽園を取り戻すことだから」

「本当はお話し合いができればよかったのですが……」

「話し合いで戦いが収まるなら世話がねえ。積極的に殴りかかってくるやつが相手なら、こっちも殴り返さなくちゃな」

 

 カイニスは鼻を鳴らし、槍を肩に担いだ。

 アダムは一瞬、表情に影を落として首肯する。

 

「……うん、そうだね。それでも僕は、」

「話の途中ですまないがワイバーンだ!!」

 

 アダムが醸し出したシリアス風味を吹き飛ばすように、キリシュタリアは叫んだ。まるでUFOを発見した少年少女みたいに指を差した先、西の空に無数の飛竜が群れをなしていた。

 その直下の地上には、砂塵を巻き上げて爆走してくる獣人軍団。Aチームサーヴァント一同は自身の得物を取り出し、西へと向き直る。

 白雪の皇女は敵の群れを睨んで、

 

「気乗りはしないけれど、これもサーヴァントの役目なら仕方ないわね。私とヴィイで氷漬けにしてあげます」

「当方に迎撃の用意あり。太陽の魔剣の真髄を披露しよう」

「我が妻がいる、その時点で既に私に隙はない。たとえ相手が妖怪変化の類だろうと、一切を斬り伏せてみせよう」

「俺にとっちゃ久しぶりの誇り高き戦いってやつだ。この身を燃やし尽くす覚悟はできてるぜ!」

「───ってことだ。肩慣らしには悪くねえ!!」

 

 瞬間、彼らの間を黒い影が駆け抜けた。

 

「「「「「…………ん?」」」」」

 

 優に音を置き去る速度。その勢いのままに敵陣に突っ込んだ漆黒は、蜂の巣に石を放ったみたいに獣人軍団を千切っては投げ、投げられた獣人は空中のワイバーンに激突して共倒れする。

 英霊たちの誰ひとりとしてその場から動いてはいない。今まさに無双を繰り広げているのは────ゴリラだった。

 カイニスはぴくぴくと額に血管を浮き立たせて絶叫する。

 

「ちょっ……なんだアレェェェェ!!? 今の流れは完全にオレらに活躍させるところだろうが!! 王道ってのはなんだかんだ一番アツいから王道なんだよ!! 変に外しに来てんじゃねえ!!!」

「ははは、嫌だなあ。アレはゴリラに決まってるじゃないか。お父様に頼まれて僕が名付けたんだ」

「アダムさま。もしかしたらあちらの世界にはゴリラさんがいないか、違う名前なのかもしれません」

「いるし同じ名前だけどそういう意味じゃねえんだよ!!」

 

 がなり立てるカイニスを尻目に、デイビットとキリシュタリアは納得したように頷いた。

 

「神秘の純度だな」

「ああ、楽園の生物とは最古の生物。単純に神秘のそれだけで言えば、高位の幻想種とも引けを取らないだろう」

「あんな戦力があって押されていたのには納得がいきませんが……」

「ああやって本気で暴れると周囲にも被害が出るからね。彼女自身戦いは好まないし……それにほら、ゴリラは温厚だろう?」

 

 アダムは微笑む。理解はできるが納得はできない、というのがオフェリアやカドックの意見だった。

 しかし、Aチームには腑に落ちるものがあった。地球を支配しているという『七大罪の魔王』。どこに行っても敵の領地だというのにかろうじて持ち堪えてきたのは、ゴリラ含めアダムとイヴ、楽園の生物たちが英霊や幻想種に匹敵する戦力であったからに他ならない。

 だが、それもようやくのこと。『七大罪の魔王』を一掃しない限り、彼らに安寧が訪れることはないのだ。

 現在、アダムらがいる『怠惰の魔王』の天獄はある病魔が蔓延っていた。

 曰く、無気力症。その名の通りあらゆる情動が平らに均され、欲望すら失い、最後は食事も排泄も生殖も必要としない体質に変容。呼吸を繰り返し、惰眠を貪るだけの生きた彫像に成り果てる。

 それ故、亜霊たちの中にはただ生きることだけを望まず、楽園の勢力に助けを求める者すらいたのだ。

 

「たぶん、無気力症の病源は『怠惰の魔王』だ。彼は十数種の亜霊を創ってからは、ずっと自分の居城に籠っている。まずは彼を叩かないと、地球は全ての生命体が眠った沈黙の星になってしまう」

 

 ────Aチームが転移してから数日後、彼らは魔王の居城を目視できる位置にまで迫っていた。

 無気力症は単なる病気ではない。魔王の権能の一部に等しいモノであり、空気中のマナを媒介として広がる感染症だった。マナを媒介とする……ならば、マナを操る力があれば、無気力症を遠ざけることができる。

 アダムとイヴ、ゴリラは魔術をもって無気力症からAチームを保護していた。サーヴァントを召喚してからこっち、様子のおかしい芥ヒナコはジト目でゴリラを見つめた。

 

「…………なんでここでもゴリラ?」

「ゴリラさんは森の賢者と言われるほど賢い生き物ですよ……?」

「もしかして、君たちの世界のゴリラはアホなのかい……?」

「もうそのくだりはいいわ!!」

 

 キリシュタリアは風の流れを確かめるように空気を握り込む。

 

「こちらの世界の魔術は、マナを取り込まずに操作する方式のようだな。アダム、これは君が発明したのか?」

「ううん、僕たちの先生だよ。グリゴリの天使のリーダーでね、魔術だけじゃなくて色んなことを教えてくれたんだ」

「またその先生ってやつか。グリゴリの天使は捕まってんだろ。まだ生きてんのか?」

「それは分かりません。処刑されたという話は聞いていませんが……ただ、シェムハザ先生が死ぬところは想像できません。なにせ、魔王の一斉攻撃を受けても根性だけで立っていたので」

 

 魔術じゃないのか、とAチームの心はひとつになる。

 そんな会話をしている合間にも彼らの歩は進み、魔王の城下へ入る。道端には無気力症に染まりきった亜霊が何人も寝息を立てて眠っていた。

 微睡みに満ちた響きのない静けさを進み、施錠もされていない城門をくぐる。あらゆる生き物が眠っているために、門番も守衛も駆けつけてこない。

 最奥に待ち受けていたのは、玉座ならぬ便座に腰を落ち着けた男だった。ゆったりとした衣に身を包み、アイマスクとイヤーマフを着けている。

 『怠惰の魔王』ベルフェゴール。

 彼はマスクを額に上げ、マフを首元に下げてため息をつく。

 

「まずはじめに言っておこうか。私は怠惰なんじゃない、優しいだけだ」

「優しいヒトは自分で優しいとか言わないんじゃない?」

 

 ベルフェゴールは未だにマフを着けているかのように、ペペロンチーノの声を無視して続ける。

 

「これでも魔王として最初は霊長類創りとか街造りに精を出してたんだけどね。しかし、私は私のゲヘナで行われていたどうしようもない光景を見て、無気力症を広めた。私が見たのは何だったと思う?」

「……いきなり語り始めたぞ、こいつ」

「分かってやれよカドック。ボス戦前の会話くらいはスキップしないでやらねぇとな。どうせ見たのは殺人か何かだろうがよ」

「人の指をへし折ってそうな性悪メガネには難しかったかな。答えは…………」

 

 魔王は胸や喉を詰まらせたかのように、重苦しい声を吐き出す。

 

 

 

「……民が、互いに道を譲り合っていたんだ…………っ!!!」

 

 

 

 がちん、と空気が凍りつく。

 その時ベルフェゴールを除く全員が同じことを思った。すなわち───こいつは何を言っているのか、と。

 カドックのサーヴァント、アナスタシアは極寒の吹雪を浴びせるかのように言う。

 

「それじゃあ、シベリア送りにでもして差し上げましょうか。だだっ広い雪原なら道の譲り合いなんて心配する気も湧かないでしょうし」

「はあ、キミみたいに胸にしか栄養が行ってなさそうな女には分からないか。この私の絶望が」

「別に男でも誰でも分からないぞ?」

「……まあ、そんなことはよくあると言いたいんだろ? そうだよね。学校や職場やお店の廊下だったり、外を歩いてる時に曲がってくる車とにらめっこになったり、そういう状況はよく発生する。そして、その行為の罪深さを誰も認識していない」

 

 怠惰の魔王はいじいじと両の人差し指を擦り合わせて、

 

「お互いに会釈して〝先にどうぞ〟と退いて、ちょっと気まずい空気になって自分か相手がそそくさと通るだろう。どちらも善意から来るものかもしれないが、本質は道を譲るという相手の意思を踏み躙り、己の主張を強制することに違いない」

 

 そして、それは必ず、どちらかの善意が否定されなければ収集がつかない。

 だからこそ、ベルフェゴールは思ったのだ。

 

「───オイオイオイ、この世界はどこもかしこも詰んでて、にっちもさっちもいかなくなってるじゃねえか……と」

 

 べきり、と押し付けあった人差し指の関節がへし曲がる。

 

「あの光景を見て私は泣いた。アレはこの世の縮図だ。自分の意思を通すには、必ず誰かの意思を踏みつけることになる。なぜならこの世界はあらゆる者の意思と都合と理屈と主張でガッチガチに絡み合って、息もまともにできないくらい窮屈だからだ」

「オレから言わせりゃそんなのは気にしすぎってやつだ。他者を踏みつけにしねえで生きていられるわけがねえだろ」

「嫌だね、そんな分かったような言い口で自分や他人の不幸を許容したくない。この世に生まれた命はみんな、幸せになる権利があるんだから」

「…………それならどうして、あなたは明けの明星に加担したのですか」

 

 イヴはベルフェゴールを睨んだ。

 彼はアイマスクとイヤーマフを被り直して、口を開く。

 

「あの楽園が気持ち悪くなったんだ。蛇は言ったよ。父上の決めつけに従い、それに疑問も持たないなんておかしくはないかと。許せなかったさ。父上に責任も生きる意味も任せて、のうのうと暮らしていられる『怠惰』な現生生物がね……!!!」

 

 怠惰の魔王は便座から立ち上がり、禍々しい黒に染まった光輪と翼を現す。それは堕天の証。天界戦争にて数多の同族を屠り、血を浴び、反転した聖性の色であった。

 

「戦いは気乗りしないけど仕方ない。こういうこともある。私の救いを実現するには剣を抜かなければならないようだ。……うん、まずは女から殺そう」

「いい加減お話が長いと思わない? 氷像にしてあげるから、あと一回しか台詞は許しません」

「じゃあ言わせてもらおう。───……十五対一とか君たちに誉れはないのか!!?」

「残念、誉れは二月革命で死にました!!!」

「自分の死因をネタにするのはやめないか!?」

 

 兎にも角にも、これが最初の男女とゴリラとAチームによる最初の魔王討伐戦であった。

 結論から言えば、ベルフェゴールとの戦いで犠牲者は出なかった。無論、浅からぬ負傷はあったが、後遺症が残るような深手ではなく。

 ひとつの天獄(セカイ)を支配する魔王の力を有しながらも、被害は玉座の間にのみ収まっていた。

 本当はもっと強力な攻撃が。

 本当はもっと強大な権能が。

 全力を出そうと思えばできたはずなのに、ベルフェゴールはそうしなかったのだ。

 彼は敵を倒すことにも怠惰だったのか?

 ベルフェゴールはどこまでも迷っていた。城の中で眠る民を殺さぬように力を抑え、己が命を狙う敵にすら全力を投じなかった。

 

「『疾走・精霊眼球(ヴィイ・ヴィイ・ヴィイ)』!!!」

 

 だから。

 その最後の一撃を、魔王はあえて受け容れた。

 

「───クソ。女にやられるとか最悪だ」

 

 ベルフェゴールは床に臥せったまま、遺言を吐き捨てる。

 

「……じゃあね、アダムとイヴ。知恵無き人類。君たちの怠惰が滅びを招いたことも知らず、その罪も自覚しないまま、空っぽの脳みそで精々生きてればいいさ」

 

 ───そうして、ここに史上初の魔王討滅は成し遂げられた。

 怠惰のゲヘナにおける無気力症の重症者は決して治らなかった。魔術や霊薬による治療も意味を成さなかった。まるで彼らが眠りから覚めるのを拒んでいるかのように。

 しかし、無気力症を恐れていたゲヘナの住民たちはその多くが楽園奪還軍に所属した。怠惰の魔王は創造主だったが、恐怖をもたらすだけの支配者に殉じる義理はなかったのだろう。

 

「……僕たちの、怠惰か」

 

 その一方で、アダムとイヴは困惑していた。

 自分たちの罪が楽園の滅びを招いたという、ベルフェゴールの遺言。苦し紛れの負け惜しみと断ずるには、彼の魔王という立場はあまりにも重い。

 

「わたしはただ日々を過ごしていただけ……それが、怠惰であったということなのでしょうか」

 

 それは違う、とキリシュタリアは言った。

 

「それが他者の不幸を土台にしていないのなら、その幸福が奪われるべき理由はどこにもない。そうだろう?」

「ありがとう、キリシュタリア。僕たちの過去への否定は、お父様の否定と同じだ。あの日々は決して怠惰なんかじゃなかった」

「ええ。ずっと幸せでありたいという願いが、間違いであるはずがありません」

「……何年、楽園で過ごしていた?」

 

 デイビットは無感情に訊いた。

 相変わらず、微かに意図の掴めない質問。アダムとイヴは見つめ合って、指折り数える。

 

「「─────5000年だね」です」

 

 ……デイビットは、そうか、と返して黙った。

 キリシュタリアはデイビットの問いが何を意味するのか理解していた。かつてマリスビリー・アニムスフィアから伝えられた概念。世界線の剪───────

 

 

 

 

 

「ベルフェゴールのアホを殺したのがお前らだって? 礼を言うぜ。前々から気に入らなかったんだよな、アイツ」

 

 

 

 

 

 次にまみえたのは、『強欲の魔王』マモン。

 彼とその軍勢は空白地帯となった怠惰のゲヘナに電光石火の如く攻め入り、各地で楽園奪還軍と激しい戦闘を繰り広げることとなる。

 強欲の魔王は常に先頭に立っていた。黒の布地に金銀宝石を散りばめた豪奢な法衣を纏い、じゃらじゃらと指輪やピアスをつけ、魔力を無駄に発して物理的に燦然と輝く。

 マモン。その名は一般的に金銭や財産を含む『富』を意味するとされる。名は体を表すと言うが、彼はまさしくそうだった。

 

「アイツは期待しすぎたのさ。だから無気力症なんてモンを広めようとした。よくいるだろ、人類だの世界だのに絶望したラスボス。そういうのに限って極端から極端に走るんだ。笑えるよな、俺に言わせりゃソイツらは全員ゴミだ!!」

 

 強欲の魔王、その権能の真髄は『価値の絶対化』。物質・現象・能力・概念の位列を彼の認識している価値の通りに、上位と下位に振り分ける。

 例えば、一本の木の枝と星を同価値と認識しているなら、木の枝で星を砕くこともできる。聖剣よりも豆腐の方が価値が高いと思っているなら、豆腐に斬りかかった聖剣はぽっきりと折れてしまうだろう。

 故に、自身を最上に置くマモンの五体から繰り出される一撃は、世界を破壊する威力を秘めていた。

 拳のひと振りで山が沈む。

 足の踏み込みが谷を作り出す。

 星そのものを踏み躙るかのように、魔王は暴れた。

 

「器が小せえ。理想が低い。視野が狭ければ頭も足りてねえ。俺は何にも期待しないし夢も押しつけない。俺以外の全てがクソになっても俺は俺だ! なにがなんでもって奮い立つ欲がベルフェゴールには足りなかったんだよ!!」

「殺し合いの真っ只中で喋り散らかしてんじゃねえ! テメェの講釈に興味はねえんだよ───『転輪よ、憤炎を巻き起こせ(スダルシャンチャクラ・ヤムラージ)』!!」

 

 炎を宿した戦輪がマモンに突き刺さる。

 真名解放。本来ならば一撃で勝利が決するほどの切り札。しかし、それは魔王の玉体にひとつのかすり傷すら与えることはない。

 マモンからすれば、自分とアシュヴァッターマンの攻撃は等価値ではない。自身より下の価値にあるモノは天地がひっくり返っても、彼には通用しない。事実、Aチームが擁するサーヴァントからあらゆる痛打を受けてなお、マモンは一滴の血も流さなかった。

 が、マモンはアシュヴァッターマンを見て微笑んだ。

 

「いいな、お前は良い。その精神性こそが幸福に生きるコツだ。他人の賢しさに転ばず、自己と感情を貫き通す。生き物なんてそれでいいんだよ! 失敗したら開き直ればそれで済む!!」

「おいマスター、これは褒められてるのか!?」

「野蛮人の理屈ではそうじゃないかしら? いつか目も当てられないことになるのは見えてるし、自滅一直線の生き方だけれど」

「そん時はそん時で〝身の丈を超えちまった〟って笑って死ねばいいのさ! 不幸も悲劇も振り撒いてこそ、好きに生きた証だ!!」

 

 強欲の魔王が語る理屈はとことん強者の理屈だった。

 他者など関係ない。

 世界に期待も抱かない。

 ただただ己が欲望の赴くままに生きる。

 そして取り返しのつかない失敗が訪れたなら、潔く死ねばそこでお終い。人生を省みた轍はおびただしい血と惨劇に塗れながらも、きらびやかに輝いて見えるものだから。

 アダムはマモンを刺すような眼差しで咎めた。

 

「君が踏みつけにした者の想いや願いはどうなる。罪を重ね続けるだけの生き方が許されると思うのか」

「は? そりゃあ許されるわけがねえだろ。恨むなら勝手に恨め。殺したいならそうしろ。俺はいつだって受けて立つし、遠慮なくぶっ潰してやるからよ。現にお前だってそうしてるだろうが、アダム!!」

 

 マモンは無敵だ。

 迷わず、揺るがず、世界の上に己を置いているがために、世界の何もかもが彼に傷をつけられない。

 裏を返せば、世界の何もかもは彼にとって有象無象の塵芥。気の向くままに差配し、支配し、案配できるもの。優先すべきは己とその欲望だけなのだから、他が張り込む余地はなかった。

 けれど。

 それ故に、破り方も単純だった。

 

「罪に許すも許されるもありはしねえ! 贖う? そんなのは以ての外だろ!? なぜなら取り返しのつかないモノが罪だからだ! 犯した罪が許されると思い込んでるから────お前らはどいつもこいつも自分の生き方に責任を持てねえんだよ!!!」

 

 その時、マモンが振りかぶった拳はことごとくを潰すに値する威容を秘めていた。

 極限まで体感時間が引き延ばされた、虚ろなる刹那。その場の遍く命が強欲の魔王の一撃に、死を確信する。

 

 

 

「───『壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)』」

 

 

 

 アシュヴァッターマンは、いとも容易く己が得物を使い捨てた。

 だがしかし、それをしてもマモンの拳は止まらない。勢いを緩めることもできない。精々が、拳撃が向かう先を反らすだけ───それで十分だった。

 魔王はごぶりと血を吐き出す。

 反らされた右手は自分自身の心臓と左肺を貫いていた。

 自己を最上に置くというのなら、マモンを殺せるのはマモンのみ。彼の体は崩れ落ち、アシュヴァッターマンは低く呟く。

 

「テメェはテメェで命にケリをつけた。責任を持ててよかったな」

 

 ───で、これでも笑って死ねるか?

 強欲の魔王は喉を鳴らし、

 

「……答えるまでもねえ! むしろ喜ばしいくらいだ。結局、俺を殺せるのは俺だけだった───つまり、俺は俺の身の丈を全うできたんだからな!!」

 

 光と色が瞳から失せていく。

 血濡れた右手を引き抜き、握り締めるように太陽へと掲げる。

 

「善いも悪いも自分で決めて、好き勝手できたんだ。悔いはねえ。蛇に唆されて、知恵の実を喰った甲斐があった…………!!」

 

 そうして、強欲の魔王は死んだ。

 ベルフェゴールにも、マモンにも、傍迷惑極まりない思想ではあるが、自分の考えと理屈と生き方があった。感情を撒き散らす点で言えば、いっそアダムとイヴよりも人間的に振る舞っていた。

 知恵の樹の実が与える知恵とは、『善悪を判断する能力』だ。だからこそ、聖書では神無しに善悪を区別するようになった人間は追放され、神から知恵を与えられたソロモン王は神の代行者足り得たのだ。

 キリシュタリアは思う。

 この世界で知恵の実を食べたのは、魔王たちだった。

 アダムとイヴ。知恵の実を口にしなかったこの世界の人間は、どこへ向かうのか──────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「キリシュタリア、みんな、大変だ! イヴと遊んでたらさっきから僕の股間が固くなっ」

「待つんだアダム。今の流れは確実にそういうのではなかった……!!!」

 

 ベルフェゴールに続き、マモンを打倒した楽園奪還軍。強欲のゲヘナに暮らしていた亜霊たちもまた勢力に加わり、数は一層膨れ上がった。

 強欲のゲヘナは支配者であったマモンからして、弱肉強食一直線。弱者救済なんのそのを地で行く世紀末世界だったという。

 現在は残る魔王とゲヘナの調査、軍の再編、負傷者の治療など諸々の準備に明け暮れている。その最中のアダムの告白だった。

 デイビットは豆を煮出したコーヒーもどきの液体を啜り、

 

「アダム。それはいわゆる勃───」

「そうだけど口を慎まないか!? この話題からは七大罪の魔王より破滅的な予感を感じるぞ!!」

「大丈夫だよ、既に楽園はないから滅んでるも同然だ」

「重めのことを言う前にそろそろ股間を隠さないか?」

 

 キリシュタリアはアダムの腰から目をそらす。コンプライアンスや青少年健全育成条例に真正面から喧嘩を売る存在への防御手段だ。

 言うまでもないが、アダムとイヴは魔王との戦闘中も全裸だった。絵面としてはシュールギャグ甚だしいが人間の慣れとは恐ろしいもので、Aチーム一同は普通にシリアスなターンもやりきっていたのである。

 アダムとイヴは神お手製の造形美。ミケランジェロのダビデ像のようなもので、欲より感心が先に立つ容貌も一因だろう。

 ペペロンチーノはデイビットが口をつけたカップにじとりと視線を注ぎながら、ため息をつく。

 

「アダム……ついに色を知る年齢なのね……!!」

「僕らより五千年以上歳上だけどな」

「そこまで行くと年齢とかもう関係ないんじゃないかな」

「本人が言うか……!?」

 

 あっけらかんとしたアダムの反応に、カドックは絶句した。

 色を知るのに年齢は関係ないかもしれないが、全裸が許されるのは生まれたての赤ん坊くらいである。キリシュタリアは杖を持ち出して、その先に魔力の光を灯らせる。

 

「苦節一週間、私は新しい魔術を開発した。光をなんかこう、イイ感じに歪めて、物体にモザイクを付与する術式だ。実際に使ってみたモノがこれになる」

 

 懐からモザイクの塊を取り出す。

 荒く色分けされた棒状のナニカ。見て取れるのは白と持ち手であろう茶褐色のみ。キリシュタリアの魔術は見事にモザイクを再現している。

 カドックは目を細めて、眉根を寄せた。

 

「……なんだ、それは?」

「ゼムルプス棒だ」

「ああ、カドックがいつも真っ昼間から取り出してはあちこちに擦りつけては付着したものを眺めて悦に入ってるあの棒かい?」

「その言い回しはやめるんだ!! というか棒状のものにモザイクを掛けたらアレだろ、なんかちょっと卑猥になっちゃうだろ!」

 

 その時、どこからともなくアナスタシアが木製の扉を蹴破って現れる。

 

「話は聞かせてもらったわ! マスターがそのゼムルプス棒で私をどうにかしてしまうとかなんとか!!」

「おい誰かゼムルプス棒じゃなくて耳かきを持ってきてくれ!!」

「耳かきはないが……ゼムルプス棒を解体して作ってみようか?」

「そんなR-18Gみたいなことが許されるとでも!? ゼムルプスのゼムルプス棒を解体したらゼムルプスできなくなってしまうわ!!」

「くそっ、本当に必要だったのは正気か!!」

 

 頭を抱えて机に突っ伏すカドック。机に置かれていた物品はそれによってばらばらと床に落ちた。

 アダムは腕を組んで首を傾げる。

 

「ゼムルプスはカドックの名前の後ろにくっついてるもうひとつの名前だよね? 他にも意味があるのかい?」

「所感になるが、この場では三つの意味があると思われる。カドック本人、カドックの股間、そしてセッ」

「デイビット? そこまで詳しく説明しなくていいのよ?」

「そういうことなんだ。君たちの世界だとああいったやり取りは普通なんだろうね」

 

 そんなことはない、とカドックは内心で叫ぶ。あんな会話がデフォルトで許されるのは場末の二次創作くらいなものなのだ。

 君たちの世界。そう言われて、ペペロンチーノは憂いを帯びた表情になる。

 

「私たちの世界、ね……昔は異世界に憧れたりもしたけれど、いざ異世界に来てみるとどこも変わらないものよね。私に似合う世界はやっぱり『ベルばら』とか『はいからさんが通る』とかだと思うの」

「いや、クレヨンしんちゃんじゃないか」

「どこぞの遊園地で春日部のトンチキ一家とババ抜き対決してたわよね」

「待ちなさーい! そんな風評被害は許さないわよ!!?」

 

 どこぞのおかま魔女のような台詞を吐いたペペロンチーノ。キリシュタリアは少し考え込んで切り出す。

 

「しかし、私たちの世界では何かに別の意味を持たせることがあるだろう。ゲン担ぎなどはその一例だな。大事な日の前にカツ丼を食べたり、病院に4や9のつく部屋がなかったり……」

「なんだいそれは? おじさんのダジャレというやつかい?」

「まあ、大体おっさんが考えたものだろうからな。よくよく考えればあそこは右も左もおっさんばかりの世界だっただろう」

「それは流石に暴論じゃないか!? よくよく考えたか!?」

 

 真顔で持論を語るキリシュタリアの後頭部に、カドックのツッコミが飛ぶ。キリシュタリアはそれをダッキングで躱した。

 

「私もカドックもいずれはおっさんになる生き物だ。そう考えるとおっさんとは人間の行き着く先であり根源と言えるのかもしれないな──────」

「嫌よそんな加齢臭に満ちた人類補完計画! LCLがビールの味になってそうじゃない!」

「ああ、そろそろお前も気をつける年齢か……」

「ちょっとカドック? 私は永遠の十八歳よ? よしんば臭うとしてもそれは加齢臭じゃなくて華麗臭よ?」

 

 ペペロンチーノが割と本気で落ち込みかけた瞬間、アナスタシアが破った扉をさらに粉砕してアシュヴァッターマンが現れる。

 彼は目をきらきらと輝かせて言い放つ。

 

「カレー臭と聞いちゃ大人しくしてられねぇ! 仕込みなら手伝わせてもらうぜ!?」

「くそっ! どうしてアダムの股間の話から話題がインドに吹っ飛ぶんだ!!」

 

 カドックがどこぞの新世界の神のように頭を抱えたその時だった。

 あたかも地面が逆さまになったかのような地震。まるで踏ん張りなど効かず、カドックたちは床につくばうことになる。

 

 

 

 

 

 

 ───それが、『嫉妬の魔王』の目覚めであった。

 

 

 

 

 

 

 ヨブ記41章33、34節。

 

〝地の上にはこれと並ぶものはなく、これは恐れのない者に造られた。これはすべての高き者をさげすみ、すべての誇り高ぶる者の王である〟

 

 魔王レヴィアタン。嫉妬のゲヘナは地球上の海洋全土にまたがる。遍く海の支配者であり、神が手掛けた至強の被造物。その存在規模は『七大罪の魔王』の中でも最大を誇る怪物であった。

 彼女もまた知恵の実を食した獣。だが、レヴィアタンは人語を操ることはなければ、ベルフェゴールやマモンのように思想を語ることもない。

 ただ目覚め、ただ喰らう。

 彼女が判断する善悪とは言葉によって語られるものではなく、本能によって示されるものであった。

 魔王の覚醒は海面を隆起させ、あらゆる低地を呑み込んだ。

 レヴィアタンは一切物事を語ることはなかったが───全ての生物は思った。嫉妬の魔王はこの地上を海の底に還そうとしているのだと。

 

 

 

「■■■■■■■■■────!!!」

 

 

 

 全長1kmにも達する巨躯。

 鯨に竜の翼と四肢が生えたような姿。

 それは悠々と荒れ狂う空を泳ぎ、海が付き従うかのように直下に洪水を氾濫させていた。

 初めて相対した時、抱いたのは諦めだった。

 勝てない。───ではなく、逃げられない。

 この怪物とはどうあっても戦いは避けられず、また、どちらかが滅びるまで慈悲も信義も介さずに殺し合うしかない。

 

「『海の神、荒れ狂う大海嘯(ポセイドン・メイルシュトローム)』!!」

 

 レヴィアタンが海洋の主だというのなら、カイニスもまた海洋の主から加護を受けた英雄。その宝具は水が存在する環境であるほど威力を増大させ、極大の質量でもって敵を浚い、潰す。

 地上が水に呑まれつつある今、カイニスの宝具は最大の規模と威力で放たれた。

 対するレヴィアタンは一陣の息を吹くのみ。

 しかし、それは甚大なる熱を発し、輝く火の柱。カイニスを嘲笑うかのように海嘯を蒸発し尽くし、大地を真っ二つに融解させた。

 深々と刻まれた断層は地球の核にまで達しているのではないかと思わせるほどの深淵。魔王が放つ攻撃のひとつひとつが星の怒りに等しい。

 

「レヴィアタン───ここまでとは……!!」

 

 キリシュタリアは歯噛みする。

 レヴィアタンはマモンのように無敵ではない。それ故に倒し方も単純だ。地道に攻撃を重ね続け、命を絶つ───だからこそ果てしない。

 嫉妬の魔王との戦いはおよそ一ヶ月もの間続いた。散った命は数え切れず、多くの楽園の住民が、亜種霊長類が、生と引き換えにレヴィアタンに傷をつけた。

 それでも魔王の暴威は留まることを知らず。

 星が滅ぶか、この怪物が死ぬか。

 戦いの行方は二つにひとつ。

 

「……すまない。僕は君に────」

「泣き言を聞くつもりはありません。しゃんとなさい、マスター。ここが私とあなたの一世一代なのですから!!」

 

 赤き令呪の光。カドックは生を捨てて魔術回路を回し、銀雪の皇女は霊基をも変換して、持ち得る魔力の全てを契約精霊に注ぎ込んだ。

 全てを見透かし、因果律を超越して強制的に弱点を創り出す魔眼。さらに吹き荒ぶ雪嵐がレヴィアタンの自由を奪う。

 そこに、憤怒の炎星が舞い降りた。

 

「ごめんなさい。アナタの信念を裏切ることになるわ……!!」

「謝んじゃねえ! コイツを止めなきゃ全部がお陀仏だってんなら、使うしかねえよなあ!!」

 

 ───かつて一度だけ使用され、しかし、その一度で大地を殺した究極にして最悪の武装。

 しかして、それは小さな一枚の葉。

 アシュヴァッターマンが聖なるヴェーダの知恵から生み出し、アルジュナも同様の攻撃を放とうとしたが、聖仙ヴィヤーサは両者の衝突による世界崩壊を防ぐため、武器の放棄を要請。だが、武器を収めたアルジュナに対し、アシュヴァッターマンはその矛先を止めることはなかった。その後、彼は悠久の時を彷徨うことになるのである。

 故に、その宝具は彼の罪の根源。

 この世を壊滅させる禁忌の一撃。

 

「マスター、アンタのためなら俺は───もう一度森を放浪したっていい!!!」

 

 ───『光赫よ、獄死の海を顕現せよ(ブラフマーシラーストラ)』。

 その葉は一本の矢と化し、レヴィアタンを貫く。

 新たな恒星の出現にも比する光熱の爆轟。

 

 

 

 アシュヴァッターマンとペペロンチーノは我が身諸共レヴィアタンを消し飛ば「■■■■■■■────!!!!!」

 

 

 

 嫉妬の魔王の奥の手。

 死した体を脱ぎ捨て、新生する。

 

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 空白。

 可能性が帰結する未来が固定される。

 魔眼の視線を受け、レヴィアタンに生じた隙。それを、彼は見逃さなかった。

 

「『壊劫の天輪(ベルヴェルク・グラム)』」

 

 太陽の魔剣がとどめを刺す。

 戦士の王、竜殺したるシグルドの斬撃は再生の余地を与えず、嫉妬の魔王を殺し切った。

 けれど、犠牲は大きく。

 キリシュタリアは奥歯が軋む音を聞いた。

 Aチームはカドックとペペロンチーノの二人のマスターと、アナスタシアとアシュヴァッターマンの二人のサーヴァントを失った。

 カドックとペペロンチーノの遺体は凍りついたかのように、その場に残っていた。おそらくはゲーデのはからい。Aチームのマスターたちは今もなお一時的に生に傾いているだけであり、死んだとしても、レフに爆破された際の〝ほんのり死んでいる〟状態に戻るだけなのだろう。

 アダムは傷だらけの体を引きずって、カドックとペペロンチーノを抱え上げた。

 

「……二人をこのままにはしておけない。まだ完全には死んでいない。むしろこの状態で固定されているような魔力の流れだ。希望はあるはずだよ」

 

 その瞬間。

 どぐり、と空間が波打つ。

 さながら、肌を撫でられて悶える肉のように。

 

「どうもコンニチワ! せっかくの機会なんで漁夫の利ブッかましに来ました~♡」

 

 悪辣な笑みを浮かべる妙齢の美女。冗談にしても行き過ぎなほど豊満な肢体を揺らし、常に左手を上に向け、さわさわと空気を弄っている。

 頭上と背に黒く煌めく光輪と光翼。───知恵の実を食した堕天使たる魔王の証。女は真っ赤な舌で唇を舐め、

 

「我が名は『色欲の魔王』アスモデウス!! 今の私は絶好調感度3000倍よ! ココロもカラダも骨抜きにされて昇天する覚悟があるやつからかかってきなさい!!」

「誰がかかっていくかよバァーカ!! おまえみたいな変態に付き合ってられるか! 逃げるぞマスター!!」

「ああ、分かっている。オフェリア、魔眼の準備を頼む!」

「いやいやいや、させるわけがないでしょうが!! オラッ! 権能!!」

 

 アスモデウスはイソギンチャクみたいに踊らせていた指を、勢い良く折りたたむ。

 同時に大気がびくびくと痙攣し、のたうち回る。

 あまりに微細かつ高速の振動。卵を電子レンジで温めると爆発するように、キリシュタリアたちは体内の水分が沸騰していく感覚に苛まれ、膝をついた。

 背中が弓なりに歪んで勝手に跳ね、意識が現実感を失う。しかし、それはあくまで感覚。実際に体内が沸騰しているわけでもなければ、爆発するわけでもない────言い換えるのなら、果てしのない快感だ。

 アスモデウスはけたけたと笑って、

 

「さて、フェアに行きましょうか! 私の力を解説してあげる! この星には意思があり触覚があることは知ってるかしら? そして、触覚があるなら当然───触ればキモチいいところもあると思わない!?」

「思わねえよ死ねクソ!!!」

「それを私は『星の性感帯』と名付けたわ! 私がソコを愛撫してやれば、これこの通り!」

 

 ゆらりと何かをなぞりあげるように手のひらを動かすアスモデウス。それに合わせて、大気の痺れは一層激しくなり、腰椎の奥が焼けるような感覚が広がる。

 

「つまり! 私は星の意思を快楽でバグらせて、星が生んだ星の一部とも言える遍く命にそれを伝えることができるのよ! まぐわうのだって、互いを知らないとノリが良くないでしょう? だから話したわ!!」

「クッッッッッソ最低の能力じゃねえか……!!!」

 

 カイニスは悪態をつく。キリシュタリアたちは背骨を蕩かされるような快楽の中、カイニスに激しく同意した。

 …………アスモデウスは七大罪の魔王の中でも最弱だった。が、一度術中に嵌まればトップクラスに凶悪な権能を有していた。あらゆる生命体に快楽を感じる機能があり、生命を生んだ地球が感じさせられている以上、色欲の魔王の愛撫は種や個体差を問わず通用する。

 その上、快楽は累積する。一度達せば終わりではなく、どこまでも昇り詰めていく。少しでも動きを止めた時点で、色欲の魔王にとって生物は好きにできる肉人形と変わらない。

 

「ンァは~♡ 私も昂ぶってきたわ! まずはそこのすました顔してたメガネのアンタから味見を──────」

 

 アスモデウスの五指が芥ヒナコに伸びたその時、鉄拳が魔王の鼻っ柱に突き刺さる。

 

「───はい?」

 

 彼女はきりもみ回転しながら地面を削る。形の良い鼻梁に痛々しい痣が浮かび、どろりと鼻血を流しながら、唖然とそれを見つめた。

 ヒナコの傍らに立つ、甲冑の武人。彼は拳についた血を払い、改めて武器を取り出す。

 

「多少は面食らったが、児戯……否、前戯にも満たぬ。所詮は性感のみを軸にした能力、その機能を切ってしまえば容易く動ける」

「チッ───アンタ、よく見たらカラクリじゃない! 大人のおもちゃっていうか大人がおもちゃじゃない! まあいいわ、それでもやりようは」

「アダムさま、合わせてください!」

「うん!!」

 

 ごしゃり、とアダムとイヴの拳がアスモデウスの顔面を両側から圧し潰す。

 

「……ぐふゥーッ!!?!?」

 

 二人は知恵の実を食していない、穢れや恥を知らず原罪を持たない人類。故に、理性を焼く快楽を与えられても、罪たる色欲に囚われることはなかった。

 この時点でアスモデウスのアドバンテージは無くなっていた。色欲の魔王は胸部と臀部を揺らしながら、だばだばと脱兎の如く踵を返す。

 

「オイオイ、お前から仕掛けといてそれは通らねえよ!!」

 

 彼女の眼前に、真っ白な羽根が舞い落ちた。

 顎が跳ね上がる。魔王を空より見下ろす数羽の白い影───天使。その一羽、太陽みたいに紅い髪の御使いは、天界の物質で編まれた剣の先をアスモデウスに向ける。

 

「肝が小せえテメェのことだ。保険はかけてあんだろ? お望み通りぶっといのを突き刺してやっから、無様に逝っとけ!!」

「……どうしてアンタがここにいるのよ───アザゼル!!!」

 

 数羽の天使はアスモデウスへ剣を投擲する。魔王とは正反対に位置する天の光。それを込めた刃は、彼女を跡形も残さず消滅させた。

 アザゼルと呼ばれた天使は地に降り、アスモデウスの残滓をぐりぐりと踏みつける。

 

「……案の定分身だったな。アバズレが」

 

 唾を吐き捨て、アダムとイヴに振り向く。

 彼らはこの世界における正真正銘の天使だ。楽園を見守り、地上で生きることを選んだ『見張りの天使』。が、ダアト陥落の折に彼らは魔王の軍勢に捕らえられたはず……だった。

 イヴは唖然と口を開いて驚愕する。

 

「よくぞご無事で! 魔王のもとから逃げてこられたのですね!?」

「シェムハザ以外はな。レヴィアタンの目覚めを察知してから、アイツがどうにかこうにか俺たちを逃がしてくれたんだが……」

 

 アザゼルはアダムが抱える二人を見て、唇の端を噛んだ。グリゴリの天使たちはAチームの前で頭を垂れるように膝をつき、剣を地面に突き立てた。

 

「遅れたことに弁解の余地はない。そして彼らを助けてくれたこと、感恩の極みだ。どうか、オレたちに武にて身を尽くす機会をくれないか」

「それはこちらが言うべき言葉だ。貴方たちがともに戦ってくれるなら、立て直しにも希望がある」

 

 同時に、キリシュタリアは思う。

 ───少なくとも、Aチームの故郷である世界において、天使とは『記号』だ。

 魔術師は術式を構築する際、天使の名を使用することがある。天使にはそれぞれ特徴があり、役割があるため、魔力というエネルギーがどのようなカタチになるのか・どのような働きをするのかといった方向付けに有用なのだ。魔力が電気だとしたら、天使の名は冷蔵庫やテレビなどの電化製品と言ったところだろう。

 とはいえ、名前は名前。概念的で観念的な力の器として在るだけで、一般に想像される『天使』は存在しない。

 けれどやはり、この世界には天使がいて。

 改めてその事実を直視させられ、考えずにはいられなかった。

 

(この世界は、根底からして違うのではないか)

 

 しかして、彼らはその真実を知ることはない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────来やがったわね、楽園奪還軍!! ゲヘナの民を毎日抱きまくった私のテクはこの前とはダンチよ! 絶望、いえ、絶頂しながら死んでいきなさい!!?」

 

 四ヶ月後、レヴィアタンの爪痕から立ち直った楽園奪還軍は、アスモデウスが支配する色欲の天獄へと攻め込んだ。

 彼女のゲヘナは性産業はもちろん、あらゆる娯楽が網羅された場所だった。それ故に住民は刹那的な快楽を求め、得てして寿命は長くないが命が溢れていた。

 色欲に溺れるとはそういうこと。誰も今が良ければそれで満足し、生まれてくる命にも責任を持たず、短く太く生きて死ぬ。

 

「『力抜山兮氣蓋世(ばつざんがいせい)』」

「ゥンオギャアアアアアアアアアア!!!!!」

 

 アスモデウスに勝ち目はなく。

 だけど、彼女は最期まで笑っていた。

 

「ま、こんなもんでしょ! 私が死んでも私の仔らは遺るし、やることはやったわね! むしろヤりまくったわね! アンタらもせいぜい頑張って幸せになるがいいわ!!」

 

 半身を吹き飛ばされ、血と臓物を振り乱して、色欲の魔王は笑みのままに死を受け容れた。

 アスモデウスは刹那こそを愛した。

 未来よりも現在を優先し、現在をより良いモノにするために生きていた。

 悔いはない。恥もない。過去を省みることなんてしない。

 だから、彼女は最期の瞬間まで幸福だったのだろう。現在だけに目を向けているから、過去の犠牲も未来の不幸も想像し得ないがために。

 だとするならば、彼らは最期に何を想ったのだろうか。

 

「……残る『七大罪の魔王』の数は三。暴食、憤怒、傲慢。折り返しだ。私たちが戻れる時は必ず来る」

 

 楽園奪還軍の本拠地。強欲の魔王マモンが大枚を叩いて建造していた城を改築した要塞。その中でもとりわけ堅牢な最奥部に、カドックとペペロンチーノはいた───安置されていた。

 二人の体は透き通る水晶の中にあった。アザゼルらグリゴリの天使が編み上げた奇跡。魔術ではなく、天使のみが用いられる天界の物質による揺り籠だ。

 キリシュタリアはそっとその表面に触れる。

 二人の時間は止まっている。彼らの状態がこれ以上死に傾かぬように、この水晶に閉じ込められたモノは永遠に時が固着する。

 

「今日もここにいたのですね、キリシュタリア」

 

 背中を撫でる声。振り向くまでもない。オフェリア・ファムルソローネ。セイバー最強の一角・シグルドを従えるマスターであり、時計塔でも有数の才覚を発揮した厳然たる魔術師だ。

 が、最近の彼女はそんな謂れが嘘のように柔らかい表情をするようになった。

 

「いつも、気付くとここに足を運んでいる。二人の顔を見ていると、心が据わる感覚がするんだ」

「……なるほど? 確かにアナタは真面目そうで性根は虫網担いだ短パン少年だから、それくらいでちょうどいいのかも?」

「ふふふ、クワガタやカブトムシのかっこよさは全世界共通だからな。元の世界に戻ったら君もどうだ?」

「えっ? 本当に虫網短パンで虫取りを!?」

 

 キリシュタリアは微笑んで告げる。

 

「意外な一面というのは誰にでもあるものだろう? 私はこの世界に来てから、仲間の色々な面を見た」

 

 ───そして今は、もっと知りたいと思っている。

 

「もちろん、君のことも」

 

 オフェリアは面を伏せて、ふるふると震える。表情はうかがい知れないが、両耳が赤く染まっていた。

 しかし、肉体面も精神面も完璧にコントロールしてこその魔術師だ。独自の呼吸法とルーティーンによって、すんなりと平静を取り戻す。

 彼女は新しいパンツをはいたばかりの正月元旦の朝のように爽やかな顔で、

 

「わ、わた、わたたたたたたたたた」

「北斗神拳伝承者かな?」

 

 キリシュタリアはくすりと口角をあげた。

 心がほぐれていくような感覚に浸りながら、彼は二人の仲間の顔を思い浮かべる。

 芥ヒナコ。ベリル・ガット。未だに腹の底が知れない二人。デイビットだけは腹の底を読むという次元になさそうだが────彼らとも、胸襟を開きあえたなら。

 そう、願わずにはいられなかった。

 

 

 

 

 

「『私が貴様らに告げるべき言葉はただひとつ。草の根も残さずに滅ぼす。それだけだ』」

 

 

 

 

 

 『暴食の魔王』ベルゼブルは全ての生物にそう宣告し、己が眷属を地球全土に解き放った。

 『万死の虫皇(アポリオン)』。一切の糧を必要とせず、無限に増殖する害虫の群れ。ねずみ算式に増えていく甲虫は一挙に地球上を席巻することとなる。

 それが喰らうモノに区別はない。生命であるならば容赦なく刈り取り、胃袋に収めていく。

 ベルゼブルは楽園の民にも、自ら生み出した亜霊にも、あれ以上の言葉を投げかけることはなかった。

 言葉が通じないのではなく、届かない。対話を放棄した機械的な虐殺。吹き荒れる殺戮の嵐に余計な情緒も主張も理想もなく、目に見て取れる冷徹な殺意だけが真実であった。

 

「眠りましょう。この『覚りの木(ガジュマル)』は我らに与えられた光。誰もが己の中で救済を構築できるなら、それ以上のことはないでしょう?」

 

 そう言って、色欲のゲヘナにて生まれた、ある兎の亜霊は教団を設立した。

 『万死の虫皇』が猛威を振るうようになってから現れた新種の植物、『覚りの木』。それが振り撒く花粉を吸い込んだ者は、たちまち現実感に溢れた夢を見ることとなる。

 これを救いと宣うのも仕方がない、とキリシュタリアは思った。

 『覚りの木』はその者が望めば望んだ分だけ幸福で理想的で甘美な夢を与える。何をも犠牲とせず、誰をも傷つけることなく、自己が自己をいくらでも何度でも救えるのだから。

 親も兄弟も伴侶も子も次々と死んでいく地獄の中で、多くの生命が進んでその木の夢を受け容れた。

 

「……僕は寂しいよ。遺された側には、ただ喪失感が積もるだけだ」

 

 アダムは空を埋め尽くす害虫を睨み、虚しく呟く。

 『覚りの木』は救いだ。たとえ夢幻であったとしても、そうしなければ待ち受けているのは虫の顎で引き裂かれ咀嚼される苦痛に満ちた終わり方しかない。

 四方より降り注ぐ不協和音。鉄の弦をノコギリで弾いたかのように硬質な鳴き声。天使の結界に阻まれ、不可視の壁にへばりついた魔王の眷属は耳障りな輪唱を奏でていた。

 芥ヒナコは細やかな指先で髪を流し、空を眺める。

 

「そうね。立つ鳥は跡を濁すばかり。遺された者は現実を押しつけられるだけだもの」

 

 その眼差しと声音は、ここではないどこかに向けられているような気がした。

 『万死の虫皇』は刻一刻と増殖する。楽園奪還軍は天使の結界が施された数少ない拠点に籠り、先のない防衛戦に明け暮れるしかない。

 項羽は言う。

 

「此処は垓下に非ず。我が身単騎なれど、劉邦や韓信のいない雑虫が相手ならば、必ずや突破口を開いてみせよう」

 

 彼は左手で剣を抜き払った。

 そして、もう一方の手は優しく愛おしげに芥ヒナコの頬をなぞる。

 

「────虞兮虞兮奈若何」

 

 彼女はその手を自らの両手で包み、囁いた。

 

「どこまでも、お供いたします。この命尽き果てても、あなたのお側にいるの私の幸せにございます……」

「……ああ、もう二度と放しはしない」

 

 そうして、彼らは飛び出した。

 五月蝿なす害虫の群れへと。

 空間に所狭しと満ちる醜悪なる殺意。

 

「───突破口を開く?」

 

 グリゴリの天使アザゼルは唇を噛み、しかし高揚を声音に滲ませた。

 

「……随分と低く過少申告したもんだ───!!」

 

 天使は目撃する。

 汎人類史が産んだ、ひとつの到達点を。

 それはひとつの時代を終わらせた究極の武。

 あらゆる最大限度の言葉を用いてもなお足りぬであろう数の敵勢を真正面から打ち崩し貫く、抜山蓋世の乱舞。

 羽虫如きがいくら群れようと壁にすらならず、天をも揺るがす武威をもって刃の旋風が駆け抜ける。

 アザゼルが放つ光の矢雨。一矢が巡航ミサイルに匹敵する威力の雨霰も、武人と美姫の決死行を彩る装飾に過ぎなかった。

 キリシュタリアには知る由もなく、『暴食の魔王』ベルゼブルは討たれた。

 そしてこの日、Aチームはもうひとりの仲間を失うことになる。

 ───ベルゼブルが討たれてもなお、『万死の虫皇』は跳梁跋扈の極みにあった。

 それこそが暴食の魔王の執念。たとえ死したるとも全生命の殺戮を止めるつもりのない決意と遺志。その落差が亜霊たちをますます『覚りの木』の夢へと駆り立てようとした時、一羽の天使が現れる。

 

 

 

「『粛清劫波(ミトラスセプター)/救界の灯(アルモゼール)』」

 

 

 

 ───シェムハザ。アザゼルと並ぶグリゴリの天使の筆頭であり、アダムらに知識を授けた者。この世界の魔術の祖である彼は、地球に降り注ぐ太陽光全てを殺虫光線に変換し、遍く『万死の虫皇』を塵芥に還す。

 天地に溢れる虫を一掃し、雲間から射す陽光の中。宙に浮かび、眼を細める彼の姿はまさしく余人が想像する救いの天使に他ならず。

 砦の全知性体は呆けたようにその御使いを見上げた。ヒトが曙光を拝むかのように。

 その腕の中には、ひとりの人間がいた。

 ベリル・ガット。彼はだらりと四肢を放り出し、普段の悪辣や愉悦に満ちた表情が嘘のように目を閉じて、真っ白な顔をしている。

 シェムハザは薄やかな唇をゆっくりと開く。

 

「……彼が、傲慢の天獄から私を救け出してくれた」

 

 ゆっくりと翼をはためかせ、シェムハザは地に降りて跪いた。

 

「この命は君たちに報いるためにある。必ず、君たちを元の世界に帰すと誓おう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ベルゼブルが撒き散らした災害の禍根は根強く、楽園奪還軍の戦力は以前と比べて遥かに衰えていた。対して、『傲慢の魔王』と『憤怒の魔王』は無傷のままここまで沈黙を保ち、場を静観している。

 それでも、士気は繋がっていた。

 阿鼻叫喚の地獄を生き抜いた自負。魔王への憎悪。死んでいった仲間たちの復讐。中でも大きかったのは、シェムハザの帰還に尽きる。

 彼は草も木も根こそぎ食い尽くされた大地に新たな種を撒かせ、それらを一瞬のうちに成長させてみせた。

 荒野に広がる草原、花園、森林。天使は事も無げに大地を蘇らせた。生き延びたとて食料がなければ死を待つのみ。それを一挙に打開した天使の魔術は、確かな希望を灯したのだ。

 

「私の魔術は『己が意思をもって世界を変革する術』だ。この宇宙に満ちる力に働きかけ、作用させる」

 

 シェムハザは暖かく澄んだ瞳をキリシュタリアに向ける。

 

「見たところ君には素質がある。この方式ならば、君の本当の魔術を行使できるのではないか?」

「…………これは驚いた。誰にも言っていないはずだが、お見通しだったか」

「これでも私はアダムたちの先生だからな。それぞれの資質を見抜くことにかけては自信があるんだ」

「魔眼……いや、純粋な洞察眼か。畏れ入る」

 

 彼は笑わなかった。

 傲慢のゲヘナから戻ってきてから、一度も。

 

「シェムハザ。ベリルは貴方に、何か言っていたか?」

「……どうだろう。救出の際、軽口の類はたくさん言われたが、ついぞ本音は聞けなかった気がする」

 

 彼はきっと、この世界に価値を感じていなかった───シェムハザはそう言った。

 

「だが、それは当たり前だ。君たちには君たちの世界に残してきたものがあり、大切な人がいるはずだ。彼もそうだったのだろう」

「ベリルの大切な人……見当もつかな───いや、心当たりはあるな」

「……それはさぞ、」

「彼が指をへし折って、ドクターにぶん殴られた……」

「すまない、そこまで高度な性癖は私の知識と理解の範疇になかった」

 

 芥ヒナコの、ベリル・ガットの、心の根に触れることが結局最後までできなかったけれど、見続けてきたキリシュタリアにはぼんやりと理解できた。

 彼は何かを迷っている。ともに5000年を過ごしたアザゼルやグリゴリの天使、楽園の民にはそれは増して鮮明に映る。

 シェムハザの決断は早かった。己の迷いを呑み込み、吐き出すために、砦の皆を集めて重たい口を開いた。

 

「私はグリゴリの同胞を逃がした後、『憤怒の魔王』楽園の蛇から明けの明星が叛逆を成した真意を告げられた」

 

 ……この宇宙には、とある法則がある。

 あるひとつの選択が未来を変えることがあるように、選択の連続が無数の世界線を生じる。しかし、この宇宙は決してそれら全ての世界線の存在を許さない。

 百年に一度、全ての世界線は編纂される。そして、次の百年を継続できる流れの世界は存続し、異なるそれは容赦なく切り捨てられる────滅亡する。植栽において、不要な枝が伐たれるように。

 ならば、否定される世界の要件とは。

 それは『変化のない世界』。

 誰が何をどう選択しようと、絶対に揺らぐことのない行き止まり。

 

「我らが父の治世は非の打ち所がないほどに完璧で、幸福で、それを5000年もの間継続させた。だからこそ、アレは変化のない世界だと受け取られても仕方がない」

 

 世界線が伐たれる理由は変化がないことに尽きる。勇者が魔王を倒した後にエンディングテーマが流れるように、幸福度の高低は関係なく、先の展望が見えた結末の決まりきった世界だけが消滅するのだ。

 

「故に、明けの明星───ルシファーは父を殺した。この世界に変化を引き起こし、剪定から免れるために」

 

 ただ弑逆するだけでは足りない。この世界はまだ発展の余地があると宇宙に示さなくてはならない。魔王が百種の亜種霊長類を創造したのもそのためであった。

 おそらく、天の父は抵抗をしなかった。まともに戦えば明けの明星さえも歯牙にかけぬ存在が応戦すれば、天地は無事ではいられなかっただろうから。

 つまるところ、今まで散った魔王のように、ルシファーにも自己の行いの動機があり、理由があった。それどころか、剪定を免れるための弑逆は、この世界を救ったと言えよう。

 しかし。

 だとするならば。

 

「間違っていたのは僕たちで、お父様だったのか」

 

 アダムがこぼしたその言葉が、明けの明星の大義を物語っていた。

 静寂の帳が降りる。無論、神と天使と楽園の民を殺した罪は、魔王たちの暴虐は許されるものではない。だが、それが世界の存続に不可欠なものだとしたら、復讐という確固たる心の拠り所は崩れてしまう。

 それが真実であるという保証はどこにあるのか───そんな声がどこからか生じる。

 答えたのはキリシュタリアだった。

 

「私の世界にも同じ法則はあった。真実と見て間違いないだろう」

 

 そうしてもう一度、場に静けさが戻る。

 イヴは居心地の悪さを打ち破るが如き挙手をし、景気良く声をあげた。

 

「はい! 先生!」

「む。どうしたんだ、イヴ?」

「みなさんが悩まれている訳がさっぱりわかりません!!」

「そうか。………………んっ?」

 

 イヴはこんこんと語り出す。

 

「お父様のお考えは深淵無辺なので置いとくとしても、わたしたちの幸福な5000年間が誤りとは思いませんし、ルシファーさまの世界を存続させるという目的も同じでしょう? 悪いのは変化がない世界を認めない、けちんぼな宇宙に違いありません!!」

 

 それはそうだけれども────シェムハザを含め、場の全員がそう思った。生暖かい視線を受けつつ、イヴは言の葉を紡いでいく。

 

「あえて間違いを挙げるとすれば、ルシファーさまは独断でお父様の殺害を決行したことで、わたしたちはお父様のバブみにオギャりすぎたことでしょう??」

「バブ……オギャ……? あちらの世界の言葉か?」

「はい、ヒナコさんに教えていただきましたわ!」

「何がどういう経緯で!!?!?」

 

 オフェリアは目を剥いて叫んだ。どこぞのゼムルプスのゼムルプスを狙っていた皇女ならともかく、出てきた名前は大穴も大穴だった。どれくらい大穴かと言うと2012年8月4日の新潟5レース新馬戦くらいの大穴だ。

 シェムハザは束の間、きょとんとした表情をすると柔らかに頬を緩ませる。

 

「ふふ、そうだな。こんなことは悩んでも仕方がなかった。きっと、みんなで魔王を倒そう」

「あ、それと子どもができました」

「………………!!!?!!?!?!!?」

「やべえ、父上が死んだ時くらい驚いてやがる」

 

 アザゼルは鼻の穴に小指を突っ込みながら、硬直したシェムハザを眺める。が、その小指は痙攣しながら奥深くまで貫通してボタボタと血を垂れ流していた。

 遠い目をするキリシュタリアとデイビット。オフェリアは頬を赤く染めて、

 

「……ちなみに、いつ?」

「曖昧ですが……アスモデウスの最低な権能をくらった後か、シェムハザ先生が戻ってきた後か……」

「イヴ、答える必要はどこにあったんだい? 顔から火が噴き出そうなんだけど?」

「祝い事ですもの。世に広く知らしめておくのが筋かと思いまして」

「マリー・アントワネットは第一子の出産の際は五十人の貴族に見守られていたらしいからな」

「なんだその倒錯羞恥プレイ?」

 

 キリシュタリアの豆知識に、カイニスはのっぺりとした声で反応した。

 イヴは微笑んで、シェムハザに言う。

 

「この子の名前。先生に付けていただいてもよろしいですか?」

「それは構わないが……アダムは良いのか?」

「もちろん。先生なら素敵な名前を考えてくれそうだし…………僕は名付けは一生分したからね」

「一生分どころじゃ済まねぇ量だったけどな」

 

 アザゼルは血まみれになった小指を拭きながら言った。なお、狭い部屋に何人もすし詰めの状態で七時間もの陣痛に堪えたマリー・アントワネットは、出産後に酸欠で失神したのだとか。

 創世記2章19節。〝そして主なる神は野のすべての獣と、空のすべての鳥とを土で造り、人のところへ連れてきて、彼がそれにどんな名をつけるかを見られた。人がすべて生き物に与える名は、その名となるのであった〟…………人とはアダムを指す。彼は全ての動物に名前を与えたのである。たまに見かける変な名前の動物はネタ切れの産物と言えよう。

 シェムハザはまだ胎芽のアダムとイヴの子へ、誓うように言の葉を紡いだ。 

 

「どうか君の幸先が、神の愛で照らされているように」

 

 そして二ヶ月後、彼らは最終決戦を迎えることとなる。

 

 

 

 

 

 

 

「神は全てを愛していた。文字通り、掛け値なしに、万物万象を愛していた。けれど、何かを愛するというのはそれを特別に思う気持ちがあるからこそだろう? 全てを愛しているなんて、何も愛していないのと同じだよ」

 

 

 

 

 

 

 ───そんな愛に、意味はあるのかな?

 『憤怒の魔王』────蛇の頭を模したフードのパーカー、白濁した髪の少女は全軍を前に、退屈そうに言った。

 彼女こそは楽園の蛇サマエル。イヴに知恵を与えること叶わず、しかし彼女に名を贈られ、魔王たちに知恵の樹の実を授けたトリックスター。

 蛇はきょろきょろと縦に裂けた瞳孔を動かし、何ともつかぬ肉を頬張る。

 

「イヴはここにはいないんだね。まあ当然か。ぼくも今回はこっち側についた訳だし、御託は抜きに殺し合おうか」

 

 大地を踏みしめる。その瞬間、ガラスをハンマーで叩いたかのように空間に亀裂が生じ、天地が嘶く。

 其は滅びの化身。存在するだけで世界を砕くバケモノ。神が用意した蛇という器に注がれた世界を冒す猛毒。しかし、この場の敵はそれだけではない。

 『傲慢の魔王』ルシファー。天なる父の弑逆を成し遂げた明けの明星が、中空より相対する軍勢を見下ろしていた。

 

赤き竜(サタン)、情けは無用だ。この星ごと壊すつもりでやれ」

「良いのかい? 仮にもここは神が創った楽園だったはずだけれど」

「父は死んだ。もはやこの箱庭を誰がどう扱おうと、オレにとっては些事だ」

「そっか。それじゃあ遠慮なくやらせてもらうよ」

 

 みしりと、星の引力が何倍にもなったかのような重圧が、魔王の敵対者たちにのしかかる。

 死の予兆なんて生易しいものではない。確信を飛び越え、今自らが立っている地平すらも揺らぎ、失せていくような感覚。しかし、その天使だけは一切の動揺に囚われず、魔王へ剣を向けて叫んだ。

 

「赤き竜は私たちグリゴリの天使が引き受ける! 傲慢の魔王には総勢をもって当たれ!!」

 

 それはまるで、暗雲に射す光明の如く響いた。

 シェムハザら天使が蛇へと向かっていくその時、デイビットはキリシュタリアとオフェリアに告げる。

 

「オレはグリゴリの天使を援護する。その方が効率が良い」

「……君がそう言うなら異論はない。この戦いを超えさえすれば終わりだ。ともに帰るぞ」

「わかっている。『傲慢の魔王』は任せた」

「ああ、任せてくれ!」

 

 微かながらも、二人の唇は弧を描いていた。

 心が通じ合う感覚。互いを繋ぐほのかな暖かさ────それを胸に留め、彼らは各々が定めた敵へと走り出す。

 キリシュタリアは傲慢の魔王を見据えた。あたかも恒星のように光を放つその姿はどこまでも眩く、いっそ不遜にも神々しさすら纏っていた。

 背より展開される十二枚の羽。頭上の光輪。今までの魔王(堕天使)のそれは漆黒に染まっていたが、彼だけはシェムハザらと同じように純白に光り輝いている。

 それは規格外。理から外れた存在であることの証左。神を弑逆し、同胞を殺し尽くし、知恵を得て堕天しても天使の力を保ち続けているのだ。

 そこに理屈は求められない。

 理解も必要ない。

 理外の者を理論で語ることはできないのだから。

 

「赤き竜はああ言ったが、愛の形とはそれぞれだ。我らの容姿がみな違うように、この世には無数の愛の形がある。みんな違ってみんな良い。父はただ、ひとつひとつの生物を、己が創り上げた世界の砂ひと粒に至るまで全てを特別に感じ、愛していただけだ」

 

 ルシファーは右手を掲げる。

 掌上に光粒が凝集し、極小の星を形成する。一瞬が命取りとなる勝負の世界でその動きはあまりに緩慢だったが、誰も動けずにいた。

 威容に圧倒されたのではない。星が発する引力に引き寄せられ、身動きを封じられていたのだ。

 

「父に足りなかったのは我が子の背を押し、旅立たせる勇気だ。変化のない世界は滅びる。あの素晴らしき時代が5000年も続いたこと自体が千載一遇の奇跡だったと言ってもいい」

「……あなたの言っていることは正しい。だけど、だとしても、お父様や天使様を殺し尽くす必要はなかった。変化は何も悪いものばかりじゃない。みんなで手を取り合って、より良い方向に変えていくことだってできたはずだ!!」

「アダム。お前の浅慮は聞くに値しない。善くなり続けることも、悪くなり続けることにも限界がある。そうして極限に達した時、変化はなくなりこの世界は終わる」

「だから正しいとでも言うのか。君の独断が一体どれほどの死を引き起こしたのか、知らないわけではあるまい」

 

 キリシュタリアの言葉に、明けの明星は微笑んだ。

 開き直るでも憐れむでもなく、自分にないものを羨望して礼賛するかのように。

 

「正しい、か。嫌いな言葉だ。正しささえあれば何もかもが許されると? 十二使徒よ、お前たちの世界はどうだった。父の手から離れたヒトはどんな歴史を紡いだ?」

 

 キリシュタリアとオフェリアは口を噤んだ。

 人類の歴史を如何に評するか。ある人は戦争の歴史と言い、ある人は発展の歴史だと言う。そのどれもが間違いではなく、しかし、全てを捉えきれているとは言い難い。

 確かに、人類史は目を覆いたくなるような戦争がいくつもあった。死んだ人の数だけ悲劇があった。けれど、そんな闇だけを見て歴史を語るのはあまりに露悪的すぎる。

 答えたのは、二人の英霊。シグルドとカイニス。彼らは気取ることなく口を開いた。

 

「弁論家だか哲学者みたいな眠てえ話に付き合う気はねえよ! 力のあるやつがやりたいようにやってただけだ、後は想像しろ!!」

「ひとつの視座から歴史を語るなど傲慢にすぎる行いだが……無数の戦乱、無数の不幸、そして無数の幸福や進歩があった。当方の語彙ではとても評し得ぬことは確かだ」

 

 傲慢の魔王はまぶたを伏せ、言葉を内に染み込ませて、開く。

 

「それでこそ、だ。オレが保証しよう。お前たちの世界はこれ以上ない正解を辿っている」 

 

 言い切るその声は、敬意をたたえていた。

 掌上の極小星は一層密度と光度を増し、破滅的な威容を激化させていく。

 

「禍福は糾える縄の如し。善きも悪しきも交互に訪れたならば、幸福も不幸も袋小路に至ることはない。破壊と創造を繰り返す混沌の輪廻こそが、世界を存続させる唯一の道筋だ」

 

 ───つまるところ、ルシファーの主張が帰結するところはただひとつ、『世界の存続』にあった。

 人類はひとつになんてまとまらなくていい。善人も悪人も綯い交ぜに、その時々で平和な時代と戦争の時代を繰り返していれば変化は尽きない。

 故に、彼は敬愛する父を弑逆した。

 神の愛というたったひとつの道理が支配する世界に混沌は生まれ得ず、世界の可能性は一本道になってしまうから。

 然るに、ルシファーの傲慢はそこにあった。

 個々の生き死や幸せは二の次であり、あらゆる生物は混沌の輪廻を回すための変数であればいい。それ以上の意味も価値も求めない。

 自由な生を肯定しつつも、一方的にその価値を断ずる驕傲。強者故の慢心。正しく彼は、傲慢の魔王であった。

 

「この戦いを亡き父に捧げよう。どちらが勝ってもこの星は一変する。お前たちも全身全霊を尽くすがいい!」

 

 明けの明星は光球を解き放つ。

 事ここに至り、思い知る。

 彼が形成していたのは星ではなく、卵であった。

 現れ出るは一匹の大蛇。

 純白の鱗に覆われ、黄金に輝く光の蛇。

 誰に言われるまでもなく、全員が直感する。アレはこの世に終極を告げるモノ。楽園の蛇サマエルと同質の怪──────

 

「───私は、それが輝くさまを視ない」

 

 その生誕を、遷延の魔眼が寸秒押し留める。

 眼球の奥底から針山が飛び出すような痛みが生じ、視界の半分が赤く染まる。オフェリアは血涙を流しながら、虎の子の令呪三画を費やす。

 発生による命令は間に合わない。しかし、戦士の王たる竜殺しは言の葉を交わさずともマスターの意図を理解していた。

 

「『壊劫の天輪(ベルヴェルク・グラム)』!!!」

 

 空を裂く、日輪の魔剣。

 それは過たず光の蛇の額を刺し貫く。

 シグルドは己が擲った剣に追いつき、次いで蛇の頭を斬り落とした。

 以上を寸秒の間に実現する絶技。悲鳴をあげる暇すらなく蛇は地面に横たわり、やがて解けるみたいに消えていく。

 魔剣が狙う先は明けの明星へと。明星は首元へ振るわれる刀身を素手で受け止め、

 

「アレは大陸を喰らうつもりで出したのだが、なるほど、竜蛇に対する特効。汎人類史はお前のような存在をも生んだのか。喜ばしいぞ、この世界と未来には数え切れぬ可能性があると分かった!!」

「生憎だが、貴殿と当方の神は違う。十字教の聖人においても竜殺しはいるが─────」

 

 シグルドは剣を振り払う。傲慢の魔王の玉体。右手の表面には僅かに赤い切創が走っている。

 

「───我らが神オーディンは遍く戦士の統率者。当方はその血を引く者である。慈悲深き天主のそれよりも、いささか荒々しいと知れ」

 

 ルシファー。汎人類史におけるその異名のひとつは『光の蛇』。竜と蛇は交換可能な存在であり、傲慢の魔王とシグルドは異なる世界と法則を生きた者。それ故、シグルドの魔剣は神霊を凌駕する明けの明星に傷を与えることができた。

 

(だが、それは裏を返せば)

 

 キリシュタリアの思考よりも速く。

 シグルドの戦果に呼応するように、アダムが、楽園の動物が、亜霊たちが襲いかかる。

 拳に爪牙、魔術や矢玉。殺到する攻撃を前にルシファーは意識すら向けず、しかして一斉攻撃が彼に傷をつけることはなかった。

 ───この世界において、未だ竜を殺した者はいない。

 ワイバーンとて竜種の端くれに他ならない。しかし、竜殺しの本質とは弱者によるジャイアントキリング、ヒトによる自然の征服。楽園の民も、亜霊たちも、各々がワイバーン程度は難なく殺せる程度の強さは持っていた。だからこそ、それは世界に『竜殺し』と認められない。

 嫉妬の魔王レヴィアタンでさえも、斃したのは汎人類史の英雄。ルシファーに対する特効を得る機会は失われ、後は単純な攻撃力と防御力の勝負だ。

 結果は目前に示された通り。それはこの世界の生物では、ルシファーに傷ひとつつけられないことを意味していた。

 

「だからって、諦めるとでも!?」

 

 アダムは吼え、蹴撃を繰り出す。

 ルシファーには微塵も響かない。それどころかアダムの右足の甲はどす黒く腫れ上がっていた。

 

「僕たちは援護に回る! 異なる世界の彼らの攻撃なら効くはずだ!!」

「その通り。竜殺しでなくとも、異界の稀人ならばこの世界の法には縛られない。オレがお前たちを殺し尽くすか、はたまたその逆か。試してみるとしようか!!」

 

 明けの明星が翼を振るい、天界の武装を撃ち出す度に位相が歪み、重力が霧散し、存在がバラける。

 もはや考察をも放棄すべき超常の武技、権能。傲慢の魔王の一挙一動が甚大に過ぎる数の死をもたらし、決して亡骸すらも遺さない。

 蟻と象の喩えでも足りない。蟻の大群と宇宙戦艦が殴り合うようなものだ。

 ただ一点、勝機があるとすれば、蟻の中には戦艦を食い千切る顎を持つ個体がいることのみ。

 

「十二使徒を護れ!」

「彼らがいなければとうに俺たちは死んでいる! 未来のために命を捨てろ!!」

「一歩でも多く前に! 死ぬなら前のめりだ!!」

「あの魔王から世界を取り戻すんだ!」

 

 そんな声が浮かんでは消えていく。

 寸秒にも満たぬ一瞬を稼ぐために数十人が命を捨てる。

 ある者は使命を叫び、ある者は誇りを吼え、そのどれもがルシファーには届かない。それは魔王に立ち向かう勇者の絢爛な死に様ではない。死兵の恐慌に近いものであった。

 ルシファーは幾千幾万の殺戮を撒き散らしながら、くつりと喉を鳴らす。

 

「ああ、ようやくわかった」

 

 その声音にはあからさまな絶念が滲んでいた。

 

「真に生命に至要たるは支配する者! 己が傲慢をもって法を定め、他者を服属させる────そこからのバックラッシュ!! これこそが混沌の輪廻を描く方法か!!!」

 

 それは、かつての父を再度否定する言葉だった。

 秩序への反発が混沌を望み、混沌より秩序が生まれる。その繰り返しが明けの明星の目的であり、彼は仲間と創り出した亜霊百種を殺すことでその実現法を真に掴んだ。

 否、もしかしたら、ルシファーにはとっくにそれがわかっていたのかもしれない。この瞬間に言語化できたというだけで、心はとうにすべきことを望んでいた。

 キリシュタリアは術式を構成する最中、気付きと諦観を得る。

 気付きとは、この世界が汎人類史から外れた真の理由。

 

(この世界の神は、最初から愛の神だった)

 

 

 

 

 

 

 旧約聖書と新約聖書の違いはどこにあるのか?

 それは様々挙げられるが、あえて最大のものを定めるとしたら、神と人間の距離感の違いだ。

 旧約の神は神自身が名乗るように『嫉妬する神』であった。事実、イスラエルの民が金の子牛という偶像を拝んでいた際、神は〝彼らを滅ぼし尽くす〟とまで言っている。モーセがなだめたことで思い留まるものの、旧約の神はそれほどに苛烈で、人間臭く、妬むほどに自らの民を愛する存在だった。

 一転、新約の神はヨハネの手紙などで〝神は愛である〟と語られる。無論、新約の神とてヒトを裁くし、旧約の神にも愛の神たる側面は数多い。

 人類はモーセの律法を完全に守ることができなかった。故に救いは行いでは不可能であり、律法を遵守できぬ人間の罪を確認することに帰結してしまった。

 だから、新たな契約が必要だったのだ。法の遵守ではなく、神への信仰という心の在り方によって人類は救われる……そんな理屈を建て増したのだ。

 救世主は神を父と呼んだ。

 これは神と人類という大きな枠組みではなく、父と子という親子関係で信仰の形態を表現したのである。

 距離感の違いとはそういうことだ。

 しかし、この世界では最初から神は父であり、親密な距離感であった。

 モーセの律法を守れぬ人類の心の弱さ、不完全さを思い知る以前に、神は優しさを示してしまった。

 5000年の楽園。

 アダムらに罪はなく。

 唯一咎められるべきは、■だったのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

(しかし、誰がそれを責められる。何かを愛するということをどうして否定できる)

 

 キリシュタリアは下唇に犬歯を突き立て、血を滲ませる。

 汎人類史から切り替わるターニングポイントは、イヴが蛇の誘惑を断ったことでも、ルシファーが神を弑逆したことでもない。

 神が契約を結ぶまでもなく、全生命を楽園に迎えて愛していた。

 たったのそれだけ。

 どうしようもなく優しさに満ち溢れ、それ故に滅びが決定していた────どこまでも救いようのない真実だった。

 ふざけるな、とキリシュタリアは口内で呟く。

 自分でも驚くような、ヘドロの如く濁り粘り、溶岩のように熱く燃える憤怒。怒りを向ける先は宇宙の理。変化のない世界線を断絶させる狭量な法則に突きつけられていた。

 同時に、それが彼の諦観に繋がる。

 

(私は、私の理想(ユメ)を諦める)

 

 全人類が神に等しい存在になれば、この世の宿業は絶たれると思っていた。

 あらゆる不平等を廃し、皆が互いを認め合い、助け合い、愛し合う世界。それを叶えることが自身の使命だとすら思っていた。

 だけど。

 だけど。

 だけど。

 その末に迎えた完全無欠のハッピーエンドは、その世界を滅ぼす。この宇宙に滅ぼされる。

 だったら、壊すしかない。

 全ての世界を存続させるリソースが足りない?

 変化のない世界は続く意味がない?

 黙れ。

 そんなことはただの勝手だ。

 誰もが生まれたいと願って生まれたわけではないのに、生きたいと思う心さえもこの宇宙は認めない。クリアしたゲームを中古屋に売り払うように、皆の意思を踏み躙っている。

 かつて私はヒトの心の暖かさを知った。

 だというのに。

 

 

 

 

 

〝これ、たべもの。たべて、たべて〟

〝では遠慮なく。うん、食べやすい。食べやすいのは、いい事だね〟

〝ひひ……ひひひ……ひ……ひ……────〟

 

 

 

 

 

 あのような暖かさが迎える結末が。

 他者への優しさが生んだ犠牲が。

 無為に終わるなんてことが、あって良いはずがない!!!!!!

 

 

 

星の形(スターズ)宙の形(コスモス)神の形(ゴッズ)我の形(アニムス)

 

 

 

 旧き理想を捨て、新たな理想を紡ぐ。

 これはその号砲。

 ソラへ叩きつける挑戦状。

 人智は決して敗北しない。

 眼は古く、手足は脆く、知識が淀もうとも。

 数多の決断。

 幾多の挫折。

 全ての繁栄。

 それらは絶対に無になんて還さない。

 

天体は空洞なり(アントルム)空洞は虚空なり(アンバース)虚空には(アニマ、)………………」

 

 シェムハザは言った。

 〝私の魔術は『己が意思をもって世界を変革する術』だ〟と。

 ならば、我が理想魔術は行使できる。

 惑星を直列に繋ぎ、それを魔術回路として転用する。

 全天に刻まれる魔法陣。

 虚空の海より流星を呼び寄せる。

 私の意思は、私の激情は、この宇宙に叛逆する。

 何度踏み躙られようと、何度間違えようと、誤ろうと、何千何万何億回だって叫んでみせよう。

 

「…………いいや、虚空に在りし神も星も、私の愛で満たしてみせる」

 

 ───この一撃をもって、明星を撃ち落とす。

 

「『冠位指定(グランドオーダー)/人理保障天球(アニマ・アニムスフィア)』!!!」

 

 極天の流星雨が、傲慢の魔王を打ち砕く。

 光輪が散り、翼が破れ、玉体が貫かれる。

 自らの血の海に沈む堕天使。誰もが言葉を失い、目を見開く。息を呑む音すら喝采のように響く沈黙の中、確信した。

 

 

 

 

 

 ────勝っ「ならば、オレの愛も知るがいい」

 

 

 

 

 

 次の瞬間、私の意識は断絶した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ───第六惑星ティファレト。

 成体へと昇華したサマエルは、つまらなそうに眼下の光景を眺める。

 血にまみれ、地に伏せた英雄たち。蛇の手には巨獣タラスクの首がぶら下がっていた。

 ふらり、と二つの影が立ち上がる。

 一方はアト・エンナ。

 もう一方はサクラ。

 きっと睨みつけるその眼を、サマエルは覗き込んだ。

 

「これでもね、ぼくはちょっと前は『憤怒の魔王』なんて呼ばれてた。似合わないだろう? うん、ぼくもそう思う」

 

 だって、こんなにも儚いきみたちに、どうして怒りなんてものが抱けるのか。

 

「感情がないわけじゃないんだ。食べ物を見るとわくわくするし、六本指の演奏だって好きだ。だから、きみたちの気持ちはわかるよ」

「邪悪なツンデレですか? 私たちがDV被害者みたいな心境になると思ったら大間違いですよ!!」

「食欲しかなさそうなあなたに理解者面されてもキモいだけですが? というか何なんですこの流れ? まるで私が負けるみたいじゃないですか!!!」

「あはは、耳が痛いね。でも、うん。ぼくときみたちの感情はきっと同じだよ」

 

 赤き竜はあまりにも大きな胸に両手を当てて、

 

「───()()()。そうだろう? 湧き上がる源泉は違うだろうけど、ぼくは常に義務感の奴隷だ。この世界を滅ぼす、それだけが唯一の存在意義だからね」

 

 アト・エンナとサクラは歯噛みする。

 その時、空に留まる黄金の船───その御座より、銀河皇帝ベイバロンが告げた。

 

「『赤き竜よ。そろそろ話がダレてきたぞ。ここは次幕への幕引きとすべきだ。余との合体攻撃で〆とするぞ!!』」

「え、そんな技あったっけ? RPGで喩えたらぼくは『なぐる』コマンドしかない地味キャラだよ?」

「『ええ、無いですね。むしろアタシが合体した、』」

「『風情のわからぬやつめ! 光の巨人が回ってなんとかするように、竜たる貴様もそうするがよい!!』」

 

 殺意が破裂する。

 アト・エンナが宝具を展開し、サクラが異次元に退避するより速く。

 サマエルはふっと息を吐き、黄金の巨船がプロミネンスを放つ。それは第六惑星を焼き尽くして余りある威力だった。

 

「『粛清劫波(ミトラスセプター)/救界の灯(アルモゼール)』」

 

 しかし、天よりそそぐ光の幕が、絶死の紅炎を遮断する。

 空に降りる天の御使い。

 それを見て、サマエルは獰猛に笑った。

 

「どうしてここにいるかな? ……ん、まあいいや。きみは根性で理屈を超えるようなモノだからね」

 

 天使は虚空から剣を抜き、眼差しを研ぎ澄ませた。

 

「…………私は、俺は、かつての約束を果たすために生きている」

 

 ───シェムハザ。地上に生きることを選んだグリゴリの天使、最後の一羽。

 彼は清廉と言い切った。

 

「来い。この命尽きようと、彼らを護ってみせる」

 

 




・現在判明している異聞天球界の歴史

 楽園の世紀

 0年 天地創造。生物の誕生。生物は神の楽園で暮らすこととなる。

 4999年 最初の人間の片割れが、蛇の誘惑を断る。

 5000年 天使『明けの明星』、神を弑逆。堕天使の軍勢を率い、天界にいた天使たちを皆殺しにする。また、楽園の住民は明星の手によって住処を追われる。これを天界戦争と呼称する。

 大罪の世紀
 
 5000年 明けの明星含め五羽の堕天使と二匹の獣がそれぞれの支配域『天獄(ゲヘナ)』を地球上に創り出す。その後、彼らは自らを『七大罪の魔王』と僭称する。

 5001年 『七大罪の魔王』が『亜霊百種』を創造。現在の異聞天球界に住まう全ての亜霊たちの祖先となる。

 5116年 アダムたち楽園の住民が魔王征伐の戦を開始。後に慰神戦争と呼ばれる。

 5375年 四柱の魔王(ルシファー、マモン、ベルゼブル、アスモデウス)が現世におけるアダムらの前哨基地を急襲。グリゴリの天使の応戦によって辛くもダアトへ逃れるが、天使たちは魔王ルシファーのゲヘナに幽閉される。

 5488年 各ゲヘナにて反乱が勃発。一部の亜霊たちはアダムの陣営に加わる。

 5662年 『嫉妬』の魔王レヴィアタンの落とし子(亜種霊長類)、蛇人ジューダスの手引きによって、ダアト陥落。アダムたちは現世での防衛戦を余儀なくされる。

 5663年 十二使徒降臨。異界の人類(Aチーム)と英霊の参戦により、魔王ベルフェゴール討滅を成し遂げる。立て続けに魔王マモンを撃破。強欲と怠惰の亜種霊長類がアダムらの傘下に合流する。これにより、次第に戦局は楽園の民へと傾いていくこととなる。

 5664年 魔王レヴィアタン討滅戦。この一戦にて、カドック&アナスタシア、ペペロンチーノ&アシュヴァッターマンが退去。レヴィアタン討滅が果たされる。その直後、アダムたちは魔王アスモデウスの奇襲を受ける。シェムハザが脱獄させたアザゼルたちグリゴリの天使によって、危うくも撤退する。

 5665年 アスモデウスが連合軍の逆撃を受けて死亡。魔王ベルゼブルが眷属『万死の虫皇』を展開。結果、総人口が十分の一にまで落ち込み、楽園の民含め対『七大罪の魔王』勢力は各地の拠点に追いやられる。状況を打開すべく、十二使徒の主従芥ヒナコ……虞美人と項羽が単身特攻。ベルゼブルと相討ちになる。

 5666年 最終総力戦開始。魔王サタン、ルシファーの軍勢との激突。ベリル・ガット、ルシファーのゲヘナに幽閉されていたシェムハザを救出。しかし、それと引き換えに退去してしまう。
 キリシュタリア&カイニス、オフェリア&シグルド、アダムらの軍勢がルシファーとの決戦に臨んでいた。惑星轟の発動が決め手となり、ルシファーの弑逆を遂げる???
 ……慰神戦争終結。

 ■■の世紀

 5667年 グリゴリの天使シェムハザが魔術を学問として創始する。

 5792年 グリゴリの天使アザゼルがマナの操作や術式の構築・詠唱を機械に代行させる技術を開発。自らの才覚と精神感応が肝要となる抽象的な魔術よりも、具体的で即物的なこちらが民衆に広まった。言わば工業革命である。

 5793年 シェムハザが現存の全魔術を文章の式に変え、集合的無意識に落とし込む(クラウド化)ことに成功。また、アザゼルは前年の技術をさらに発展させ、生体との融合を実現する。これにより、全ての亜霊が魔術を使えるようになった。術式がデータやシステムだとするなら、集合的無意識をインターネットに見立てた方式である。

 5800年 機械文明の訪れによって急速な発展を遂げる最中、突如七体の獣が誕生。自らを人類悪、黙示録の獣と名乗る七体は各惑星への攻撃を開始。

 5801年 天使シェムハザを頭目として、熾天の玉座防衛戦開始。また、『深淵』結界構築。これが贖罪戦争の開戦となる。

 5822年 『星の魔剣』鍛造完了。騎士アド・エデム、星剣によって残存する三体の人類悪の獣を斬滅。贖罪戦争終結。

 5904年 最後の人間が逝去。

 薔薇の世紀

 6677年 異界よりシモン・マグスが襲来。トゥリシュナとともにシェムハザを打倒し、『熾天の玉座』を我が物とする。

 6680年 シモン・マグス、『熾天の玉座』を禅譲。銀河皇帝ベイバロンは記録抹殺刑を行い、当時の亜霊たちの記憶からシェムハザの存在を消し去った。

 6686年 魔術のクラウドサービスが従量課金制に。また、宮廷魔術師シモン・マグスが定額課金制のサービス『manazon_prime magick』を開始。

 7000年 アド・エデムの居場所が判明。銀河皇帝は騎士を『滅びの種子』と認定、捕縛。身柄は監獄星に送られ、以降研究材料として利用される。

 7963年 『真なる人』がテクスチャの交換を成し遂げ、Eチームがこの世界に降り立つ。
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