ホロ学園の「俺」君物語   作:零円

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 肉を抉りとられた。そう思えるような痛みが、体に走る。

 先に受けた物とは反対の右脇腹。骨盤の少し上辺り。

 奥歯を嚙み締めつつ、腕を振る。苦し紛れの、攻撃とも言えないその一撃は空を切り、離れた場所へ、ラプラスが着地するのが見えた。

 踏み出そうとするも、根が生えたように足が動かず。俺は思わず舌打ちする。

 

 ──ださい。

 

 そんな彼女を、追えぬ自分に腹が立つ。今の一撃で、受けた回数は三回。一番に受けた左脇腹の痛みも、攻撃を払った際に左腕に受けた二撃目の痛みも、どれも未だ抜けない。じわじわと、初めて感じるタイプの痛みに、体が苛まれている。

 どうやらそのせいで、ビビっているらしく、足が重い。すいちゃん仕込みの打たれ強さも、今ばかりは効果が半減している。正直痛みに慣れているだけで、痛くないという訳では無く、ただ我慢しているだけに過ぎない。その我慢に関しても、慣れによる所が大きい。実際昔は切り傷でも涙目になったし、傷を無視して動く事も、自ら傷つきに行く事も出来なかった。訓練と場数を踏んで、今がある。

 

「どうしたー? ビビってんのか?」

「そんな事ない。ちょっと攻撃受けたくないなぁって思っているだけ」

「ビビってんだろそれ」

 

 新鮮な空気を取り込み、色々な物と一緒に吐き出す。試しに片足を上げようとすれば、抵抗なくすんなりと上がった。降ろした足でそのまま地面を蹴った。ラプラスが一跳びだった距離を二足で埋め、ラプラスを狙っての前蹴り。

 突き出した足は、再び空を切り。ラプラスは、突き出した足の更に下へと潜り込む。

 ラプラスが腕を引くのが見えた。手の形は、薬指と小指は握られ、親指と人差し指、中指がまるで鉤爪のように立てられた、独特な物。その手によって、俺は三度抉られたのだから、馬鹿にするつもりはない。真似をするつもりもないが。

 狙われているのは内股。大腿動脈とかいう太めの血管があり、刃物を使う相手からは絶対に狙われるなと、ルイ姉に釘を刺された記憶もある。

 体を回しつつ足を突き出した半身姿勢を正面へ。その動きに合わせて、突き出した足を引いて閉じて、そのままラプラスの背中目掛け、閉じた足を勢い良く降ろす。間に合う──筈もなく、抉られる。激痛を感じながら降ろした足は、空を切り、そのまま地に着いた。予定通り反転。ラプラスを狙う。ラプラスは未だこちらに背を向けたままだ。これなら俺の方が早い。最短距離を真っ直ぐ進み、どこかしらを掴む為に腕を伸ばす。

 伸ばした腕が、もう数少しで届きそうという所で、ラプラスは体を引きつつ反転した。それに合わせ、ラプラスの右腕が動く。先程までと同じ鉤爪のまま、左から右へ、一息に振られた。

 ラプラスの指が俺の腕にかかり、引かれ、弾かれる。感じた痛みは、想像よりも激しく熱く痛い。

 原因は直ぐに分かった。先程までは無かった鮮血が、宙を舞い、ラプラスの指先にも微かに見える。恐らくは、さかまたとの戦いでついた傷を、ピンポイントについたのだろう。

 それを狙った──訳では無いらしい。ラプラスの目が、微かに広がるのが見えた。だがそれも一瞬。俺の腕を払った返す刀で前進しつつ、今度は俺の顔を狙って、ラプラスの方が腕を突き出してくる。

 対して、速度を緩めず、前進も止めない。ほんの少しだけ顔を逸らした。当然避けきれず、ラプラスの指が頬を掠る。先程よりも、激しい痛み。先程より深くいっただろうか。確認するまでも無く、血が舞っているのが分かる。

 だが、いける。腹をくくって、被弾を選んだ。結果の痛みは想定以上ではあったが、だからと言って足は止まっていない。ちゃんと動く。前へと進みながら、首を微かに引き、放つ。

 

「いだぁ⁉」

「いっ」

 

 挨拶代わりの頭突きは、ラプラスの額とぶつかった。ゴチンと響く鈍い音。本来相手の鼻っ柱など、相手の顔の柔らかい部位へ、こちらの額を叩きつける技であり、今もしっかり狙ったのだが、しっかり反応したラプラスが頭を突き出して来たせいで、打点がずれた。

 弾かれる。視線の先のラプラスの額に血が滲んでいた。俺の物か彼女の物か。とりあえず赤い。

 

「ふん!」

「せい!」

 

 お互い踏ん張り、再度頭突き。ゴンと先程よりも鈍い音をたてながら、同じ場所がぶつかる。さっきより痛い。弾かれて離れた時には、先程よりも、血が舞った。視線の先のラプラスは、微かに怯んだ様子を見せながらも、食いしばった歯を剥きだしにして笑っている。多分俺も、同じ顔をしているだろう。

 

「もう一回くらい、行っとくか⁉ 逃げるなよ下僕!」

「上等!」

 

 体勢を直し、発射。三度目になった音は、ゴっとこれまでで最も鈍く。

 

「「~~~~~‼」」

 

 声無き悲鳴をお互いにあげながら、俺達は弾かれた勢いまま、後ろに下がり距離を取る。流石に四度目を行く気にはならなかった。

 ぬるりと顔を下る血を乱暴に拭い、状況を精査。精神はフラットになっている。少なくともビビっている感じは無い。問題はなさそうだし、あってもどうとでもなりそう。対して体は重い。今の相打ちが効いた。今すぐ座りたい。久しぶりに目もかすむ。良く見えず、ラプラスの姿すら、シルエットで何とか分かる程度だ。今どんな顔をしているのだろう。怒っているだろうか、笑っているだろうか。

 

『ワン……ワン……』

 

 タロの声が遠い。どこにいるのだろうか。そんな事を思っていると、首元を柔らかな感触に擽られる。余りに不確かな心許ない感触。

 

「……わはは」

 

 不思議と笑いが零れた。限界は近い。その内、立ってもいられなくなるだろう。それなら話が早い。此処からは我慢比べ。体が限界を迎えるまで、何があっても折れなければいいだけの話。息を吸う。止めて。吐き出す。

 

「──なあ、ラプラス」

「なんだよ」

「折角だし、足を止めてやらない?」

「うーん……嫌だ」

 

 言うや否や。ラプラスのシルエットが急接近してきた。右手を動かすのが見える。分かったのはそれだけ。そこから先の動作は見えず、狙いも分からない。とりあえず、手を出さなければ勝てない事は確か。故に動かす。同じ右手を、顔のあたりを目掛けて振る。

 左の頬と耳に痛み。裂かれたらしい。それと同時に、右手に柔らかい感触。振り切る。ラプラスのシルエットが、それに合わせて飛んだ。

 体に鞭を打ち、それを追う。飛ばされたラプラスは、倒れる事なく着地していた。構わず進撃。迷わずラプラスの間合いへ侵入し、右拳を振り下ろす。

 

「ちっ」

 

 舌打ちが聞こえる。多分ラプラスだろう。直後、振り下ろした拳は空を切り、腕から来ていた二か所の切り傷の痛みの質が変わり、増した。回避に合わせて抉られたらしい。超痛い。

 次いで、シルエットが動き、左頬に被弾。今度の痛みは打撃。ごちゃごちゃした感触は、恐らくブーツの金具辺りだろう。大変シンプル。非常によろしい。気付けには丁度良い。それに、蹴られている感覚がある以上は、ラプラスはそこにいるという事でもある。

 顔に当たっている何かを左手で掴む。感じからして、やはり靴だった。先程傷つけられた右手を引いて、シルエット目掛けて放つ。

 衝撃。放った拳は、確かにシルエットには当たっていた。それがどこかまでは見えていないが、布の感触的に、ジャケットを羽織ったどこかだろう。

 

「──そういう、ことか!」

 

 ラプラスの声が響き、直後、下からの衝撃に腕がはね上がった。びりびりと震える。折れるかと思った。……いや、折れていようが関係無いか。左手はラプラスの足を拘束中。頭突きは届かず、片足を上げねばならない蹴り技は、今の状況では使えないとくれば必然、攻撃に使えるのは右腕しかない。ラプラスから与えられた衝撃に従い、尚も回ろうとする右腕を、強引に引き戻す。上げられたのなら、振り下ろすのみである。

 ブーツは握ったままだ。シルエットもしっかり見えている。逃げられてはいない。

 ラプラスの体を引き寄せつつ、振り下ろした手。その側面に感触。膝を曲げる、体を落とす。触れている一点へ、体重を乗せつつ、加速する。

 

「だぁら!」

 

 床へ叩きつける。ラプラスのように床を砕くような事は無かったが、それでも充分な衝撃を感じる。受け身を取られたかは定かではないが、頭から行くように叩きつけた事を加味すれば、流石にやったのではと、そんな事を考えて。

 そんな俺を咎める様に、顔面に叩きつけられた硬い衝撃に、思わず体がのけ反った。左手の拘束が緩んで、するりと何かが抜ける感覚。

 危なそうだなと、そう思った時には、今度は腹部への衝撃を覚えた。

 体が持ち上がる。その勢いで立ち上がりながらも蹈鞴を踏んで。それでも何とか、転ばずに立ち続ける。

 ぼたぼたと鼻から何かが流れ出る感覚。折れただろうか。鼻の奥を突く鉄の匂いが鬱陶しい。

 

「その状態でもこけないか。相変わらず、打撃は特に頑丈だな」

「……」

 

 言い換えそうとしたが、声が出ない。たった二撃で、立っているのがやっとだ。

 

「……目の色が違うな。殆ど見えていないだろ、今」

 

 ラプラスのその言葉に、何を言っているのだろうかと少しだけ悩み、察する。魔法の話だ。普段は魔法の影響で紫になっている俺の瞳。多分それが今は黒になっているのだろう。道理で見えない訳だ。

 さかまたとの戦いからここまで、存外調子が良かったのは、もしかして魔法の影響だったりするのだろうか。もしそうなら、立っていられるのも、納得ではある。

 

「どうする? 止めとく──」

 

 ラプラスの言葉を最後まで聞くことなく、床を蹴った。

 動ける理由が何であれ、動ける内に動くしか、俺に道は無い。

 

「ま、お前なら、そうだよな」

 

 そう言うや否や、視界の中からシルエットが消えた。

 今更になって、俺がラプラスの動きを追えていた理由が、魔法という事に気が付く。

 魔法を手に入れ数ヶ月。存外おんぶに抱っこだったのかもしれない。

 

「とりあえず寝ておけ」

 

 横合いから衝撃。踏ん張る事も出来ず体は弾かれ、何かに体を打ち付ける。

 打ち付けた何かに身を預け、何とか立ち続けようとするが、力が入らず。ずりずりと体が落ちる感覚を覚え。

 尻が何かに当たる感覚を最後に、俺の視界は黒く──。

 

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