風雲の如く   作:楠乃

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聖遺物(呪い付き)

 

 

 

 ……ふぅ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 深呼吸と共に閉じていた目蓋を開けば、まだ無機質な人形達と人形遣いの瞳が私を見ている。

 多分これで、真っ赤に染まっていた私の瞳も黒に近くなっただろう。多分。

 

 落ち着く前の私は、人形達の重圧すら飲み込んで、恐らくは発狂しかけていたというのに、

 

 ────眼の前の彼女は、彼女も恐らく『ソレ』を飲み込んで、くすりと笑って、断った。

 

 落ち着いた私を見てか、聴こえていた彼女の心音が落ち着き始めていくのが分かる。

 私相手に衝撃(感情・動揺)を隠し通すことは不可能、と言いたいけれど……それを表面に出さない精神力は称賛に値すると思うよ。

 

 

 

 つい数秒前まであった、人形達の威圧感も、私が出してた雰囲気も消え去っている。

 ふわりと立ち上がるカップからの湯気が、何もなかったということを表している気がする……なんて、そんな事は全然ないのに。

 

 まだまだ温かいままの紅茶のカップの手を伸ばしながら、断られた理由を訊いてみる。

 

「ちなみに、理由を訊いても?」

「別に……私はパチュリーのように助けられたり、魔理沙みたいに貴女と親しい訳じゃない」

「……そうだね」

 

 私が魔理沙の家から帰る際に、ふと明かりのついた家が見えて、そこの主がアリスだった。

 私がフランから呪い付きの傷を受けて、それの治癒までに義手をお願いしただけ。

 

 確かに、別にそこまで親密な訳ではない。

 その件がなければ、地底で助けてくれなかったかもしれないとは言え、それ以外の接点がとんとない。

 

 そもそも、その際の報酬である『人形のお相手』とやらも支払っていない。

 ミスティアの時に思い出したのに、そこから数週間も行動をしなかったのだから。

 

 確かに、私と彼女の間柄なんて、そんなものだ。

 

 

 

 それでも、彼女はたった数回の邂逅で、私の正体を突き止めかけている。

 ……そして彼女は、そこから『やめておく』という選択肢をとった。

 

「だから、私と貴女はこれぐらいが丁度なのかな、って」

「……そう、かな?」

「ええ、依頼する者、依頼される者」

「助ける者、助かる者、ってこと?」

「そう。それぐらい」

「……ふぅん?」

 

 ……まぁ、そう和やかな顔で言われてしまえば、私から言うことはない。

 

 

 

 とはいえ、フランの時、勇儀の時と、私は助けられてばかりだ。

 そろそろお礼を返したい所なんだけどね。

 

「まぁ、アリスがそれで良いなら、私もそれで構わないけどさ。それはともかくとして恩をそろそろ返さないといけないと思うんだよね」

「うーん。確かにそうだけど、別に魔術式だけでもかなり私の得になっていると思うのよね」

 

 私がパチュリーの魔術を再現できたのと同じように、アリスが私の魔術を再現できないわけがない、と。

 それにしてはさっき、やけに私の術式を馬鹿だと言っていたような気もするがね。

 

 何はともあれ、恩として私の正体を明かすのも間違っているだろう。

 

 この辺りは私の体質というか、勝手な私ルールという感じだけれども、それを対価として箚し出せと言われたら、対価に対して更に私からも請求が必要になってくるし、堂々巡りになってしまうのは、お礼参りの趣旨としては非常に逸脱しすぎていると思う。

 

 

 

 まぁ、閑話休題。私のことはどうでもいい。どうでもよくなった。

 今から話すのは私のことではなく、私が支払うべき対価の話だ。

 

「いつだか、人形のお相手をして欲しいとか言ってなかったっけ?」

「一番始めに要求した対価ね。そうねぇ……確かに今考えていることはあるけど……」

「術式の相談から実践対戦まで、お好きなものどうぞ」

「うーん……」

 

 そう提案してみれば、向かいに座る人形遣いは腕を組んで悩み始めた。

 

 魔術式や人形達に詰め込まれた技術は、魔術を習い始めた私がどうこうすることはできない。

 けれども、これでも千四百年の術式を取り扱っている身だ。アドバイスぐらいは出来るだろう。

 

 地底に殴り込みに行く前はたまにパチュリーの作る術式にツッコミを入れることはあったぐらいだ。

 ……まぁ、それが実際に正解で、彼女が私の目の前で術式を改竄・変更したのは今まで三回しかないけどさ。

 

 実戦経験については言わずもがな、少なくとも近距離の殴り合いなら得意中の得意だし、逃げ切る相手役をやれと言うならば三日三晩続けられるぐらいの自信はある。

 まぁ、相手が紫クラスの使い手じゃなけりゃだけど。

 

 ……そういえば、私はアリスの技術力や魔術の質の高さは知っていても、彼女を含めた実力というのは知らないな。弾幕ごっこをしたことも見たこともない。

 彼女の実力がどれだけなのか、というのは、まぁ、興味が無い訳ではないけど……それを知ろうとするのは、些かさっき決まった助け助けられの関係から外れているような気もしなくもない。

 

 まぁ、パチュリーと共に魔理沙を助ける程度の実力はあるのだろうけれど。

 河童のにとりもそういえば知らないや。彼女はどちらかと言うとお隣さんという感じだし、知ろうという気もあまりしないけど……いや、そういう話じゃないんだって。

 

 

 

 と、いうか、まぁ……アレだ。

 

 

 

「単純に考えて、今欲しいもの、何かない?」

「え? えーと、そうねぇ……先の戦いで色々と人形達も焼けちゃったから、質の良い布とかかしら……」

 

 

 

「ヘイお待ち。千年前の十二単に使われた布。古来より人間の呪力を受け継ぎし品物だ」

「………………は?」

 

「続いてこちら、千五百年前の天狗装束だ。古来の伝統的方法で作られた衣装で、完品……、

 いや、まぁ、制作したのが私だという事と、作ってから一回も着ていない事を除けば、

 新品の純正品だよ。千五百年前のホコリ付きだけど」

「……え? いや、ちょっと待ちなさいよ」

 

「お次はこちら、破壊の呪いが染み込んだ包帯、なお、神様()の血で染まってる」

「いやいやいや、なんて物を出してるのよ!? 仕舞いなさい!」

「因みに下手人はフr 「良いから!! スキマに、戻しなさい!!」 ちぇー」

 

 せっかちなヒトだなぁ……呪いや悪意の品は苦手と見受けられる。

 不承不承、血塗られた包帯をスキマに仕舞う。

 

 

 

 因みにこの包帯はいつまで経っても血が乾かない、見た目的にもおどろおどろしい品物で、この血が触れた部分は尋常じゃない速度で腐食していく呪物だ。

 道理でいつまでも傷が治らない訳だよ。おのれ吸血鬼。

 

「いきなり本物の呪いの品を出す馬鹿がどこに居るのよ……!」

「今日だけで何回馬鹿って言われるか楽しみにしてる」

「馬鹿じゃないの!?」

 

 1カウントプラス、ってことで……まぁ、真面目な話。

 恩返しに迷うぐらいなら、さっさと物で決めてしまう、という話だ。

 

 とは言え、昔に制作した思い出の衣装は流石に渡せないし、呪われた包帯はちゃんと解呪してからにしないといけないとか、正直半分は冗談なんだけどね。

 

  渡せない天狗衣装もついでに仕舞いつつ、アリスの呼吸が整う間、スキマを開いて私が過去に保存している物を調べていく。

 

 

 

 さてさて、布ときたか。

 

 式神化した時から貴重な物、妖術、呪術物やそういった類の物は、わりかしスキマに保存してたりする。保存というか、封印している物も半分ぐらいはあるんだけどね。

 そういった迂闊に渡せない物を除いた中で、気軽に渡せる物となると……ふむ。

 

 

 

「布じゃないけど、良い?」

「……悪影響がないなら」

「ん、じゃあ神の髪。効能としては諸願成就」

「……これ、貴女の髪じゃない?」

「その通りだけど、まぁ、私の神力はふんだんに使われてるよ」

「そんなものを本人からもらうってどうなのよ……」

 

 因みに天子の目の前で伸ばした、と伝えると更にアリスは忌避感を強くした。

 眼の前に本人がいるのにその忌避感はどうかと思う。まぁ、分からなくもないけどさ。

 

 

 

 それじゃあ、こいつはどうだろう?

 

「これも布じゃないけど……千年ぐらい前の妖怪避けの御札。今でも問題なく起動する」

「……何よこれ」

「多分、安倍晴明とか、博麗の巫女の起源とか、そういう高名な呪術師の御札だと思うよ」

 

 手に入れた時から思ってたけど、今の技術力と比べても、術の高効率化、術式の短縮化が完璧なレベルでまとめられている。私もたまにお手本として視るぐらいだ。

 それでいて、御札そのものの風化に対する保存、内に秘められた霊力の量からしても、そんじょそこらの有象無象は手出しできないだろうし、私も神の力がなければ牡丹をおぶって逃げ出すしかなかっただろう。

 

 まぁ、もう術式は完コピしたし、私の神力、妖力に対応させた御札も作ったし……正直に言えば、オリジナルの価値は私にとってはもうない。

 アリスの役に立つかどうかは置いといて、資料としての価値は誰にとってもあると思う。

 どうやら興味は持ってもらえたようなので、出しっぱなしにしておいて十二単の布地の隣に置いておく。あーとはなーにがあったっけー?

 

 

 

「続いてお次の品」

「どれだけあるのよ……」

「鬼のパンツ、かっこ故人の物」

「要らない」

 

「本人の血と妖術によって極大にまで高められた耐久力と、

 なんと、穿いた者に対して半永久的に発狂の追加効果を追加します」

「要らない。後半部分やっぱり呪いじゃないの」

 

「履き心地としては割とフィットする。スースーしない」

「心底要らない、ていうかそれ男用じゃ……ああ、なるほど」

「既に発狂してたか、みたいな納得顔は正直どうかと思う」

「否定してないじゃない。要らないわ、仕舞ってちょうだい」

 

 そりゃあ否定はできないってもんだ。

 まぁ、要らないだろうなぁ、とは思ってたけど。

 

 因みに履いたのはもちろん詩菜ではなく志鳴徒だし、山のアレコレの時にたまたま天魔相手にやっちまった奴が居て……鬼の大将達も止めようがないって判断しちゃって……一対一の決闘になって……流れに流れて私の手元に遺品が来た、と。

 

 ……まぁ、最期の介錯したのが私だし、一人身だったあいつの遺品ってだけだ。

 そこまで思い入れもないし、今日まで残っていたのは私の気まぐれに過ぎない。

 

 そんな物を履いたのはアレだ……あの、鬼の酒の宴会の所為。気の迷い。うん。

 

 

 

「ん、真っ当なのあった。鮫皮」

「……真っ当? ていうか、いつの時代の鮫皮なのそれ?」

作ってた時だから、九百年ぐらい前?」

「……貴女、割と多趣味なの?」

「気に入ったら自分でもやりたくなるもので」

 

 刀とかロマンだよね!!

 

 まぁ、私としては人形遣いもある意味ロマンで、取り扱ってみたい部類なんだけどさ。

 

 そういう意味でフヨフヨとアリスの傍らで浮いている人形を見ていると、身の危険を感じたのか、小さい腕で自分を抱きしめて距離を取られた。なんでや。

 

「あげないわよ」

「いや、自作の話だよね?」

 

 私が首を傾げると、人形の顔が赤に染まって恥ずかしそうにモジモジし始めた。なんでや。

 操っているアリスは無表情、もしくは彼氏を連れてきた娘を何とも言えない目で見る父親のような顔をしている。なんでや。

 

 ……いや、私前世でもそんな場面見たことないけどさ。

 

 

 

 まぁ、正直な所、対価をキチンと支払った上で、人形作り、人形の繰り方とか、教えてもらえるのなら教わりたいぐらいんだけどねぇ。

 私の粒子を人形の隅々まで浸透させれば、多分物理的な完成形は理解できるとして、問題は魔法の術式部分かね。そこまでいくと本格的にアリスの弟子にならないといけないとは思うけど。

 

 ……もっと言えば、この右手の魔術刻印。

 そこから常に生み出されている糸のような魔力との親和性も確認したい所だがね。

 

 

 

 流石に、それを今この場で言うつもりはないし、対価を支払っていないのに次の援助を求めてどうするって話だ。相互扶助とは一体、ってね。

 

 何はともあれ、閑話休題。

 そろそろいい加減に人形もその照れるのを止めていただきたい。

 

 

 

「何か気にある布はある? 具体的に求められたら探しに行くぐらいはするけど」

「そうねぇ……貴女の髪、は幾らか呪われてそうだけど、神様の毛は気になるのよね」

「まぁ、実際に散々呪われてるから、間違いではないけど」

「……えっ?」

「ん、昔の妖怪とか、人間とか、物の怪共とか」

 

 もっと具体的に言えば、腹に一物抱えた天狗とか、どこぞの貴族の娘とか、家の周りで彷徨く魑魅魍魎とか……まぁ、色々だ。

 思い想い懐いてはのろわれ、呪い詛い咒われては祝われて、つってね。どうでもいいけど。

 

「別に、神力で弾いてるから、そこまで強い何かは残ってないと思うけど……まぁ、アレだったら今この場で伸ばして切るよ?」

「……いえ、いいわ。そこまでしなくとも」

 

 そう言うと、アリスは紙で包んでいた毛髪を手に取って、魔術式を立ち上げて調べ始めた。

 

 自分の切られた髪をまじまじと見つめられるというのは些か変な気分になるけれども、目の前に浮かんでいる感知術式の精度は並々ならぬものだというのは私でも分かる。

 まぁ、対価を支払う際にそんな部分の技術を盗もうだなんてどうなのか、という話なので、適度に観察する程度にするけどさ。

 

 

 

 

 

 

 ……多分、意識したら彼女の手の中にある髪も、力入れれば伸びるんだろうなぁ……。

 

 なんていう悪戯心を抑えて、視線を外しながら待つこと数十秒。

 

 

 

「────うん、品質も中々みたいね。これいただくわ」

「そっか。まぁ……まぁ、いいか」

 

 なんだったら信仰さえあれば無制限に伸ばすことの出来るものだし、対価として支払う割には私に損がないんだけどねぇ……。

 まぁ、私には価値がなくとも、アリスには価値があるってことで、納得するとしよう。

 

「……何よ?」

「いんや」

 

 んなこと言ったって意味もない。

 

 

 


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