ヨン様の妹…だと…!?   作:橘 ミコト

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週一更新とは何だったのか…。


意義…だと…!?

 

 俺──黒崎一護は破面No.1(プリメーラ)であるスターク、そして井上と共に那由姉の下へと急ぎ向かっていた。

 

 虚圏の荒野はどこまでも白く、藍染の拠点である虚夜宮を除けば見渡す限りに続く砂には生き物の気配も殆ど感じられない。

 

 風は吹いているのに、音がしない。

 砂が舞い上がっても、まるで時間が止まってるみたいだ。

 

 息を吐くたび喉の奥が痛い。空気が乾き切っている。

 

 それでも、俺は止まらない。

 

 

 ただし、ネリエルとノイトラという破面同士の戦いを見届け、藍染の宣戦布告を聞いた時。

 

 俺は即座に動けなかった。

 

 

 心臓が暴れるように脈打っている。

 これは走っているせいではないと、俺自身でも嫌と言うほど自覚していた。

 

 胸の中に、”あの言葉”がこびりついて離れない。

 

 

 ──『私は愛する妹を救うため、世界を敵に回すと決めたのだ』

 

 

 藍染の声が、まるで呪いのように響いていた。

 

 狂ってる。最初はそう思った。

 けれど、どうしてだろう。胸の奥で、それを否定しきれない自分がいた。

 

 もし、あいつの言葉が本当なら。

 那由姉が“霊王”なんて存在のせいで苦しんでるっていうのなら──。

 

 俺は、どうしただろう。

 

 遊子が、夏梨が、同じように苦しんでたら。

 誰かの犠牲の上にしか立てない運命を押し付けられてたら。

 

 それこそあいつのように、俺は「世界を敵にする」って言葉を口にしていたんじゃねえか……? 

 

 そんな思考が頭をよぎった瞬間、胸の奥がズキリと痛んだ。

 

 藍染を理解なんて、したくねぇんだけどな。

 

「……クソッ」

 

 声に出して吐き捨てる。

 

 あいつは誰かを救うために誰かを踏みにじる。

 そんなやり方を“正しい”だなんて言えるわけがねぇ。

 

 たとえ那由姉がそうやって救われたとしても、あの人がそれで笑えるはずがない。

 

 

 そうだ、藍染(あいつ)のやり方は間違っている。

 

 

 既に藍染は動き出し、空座町への侵攻を開始しているのだろう。

 

 本来なら直ぐに現世へ戻りたいところだが、那由姉を放っておく事もまた絶対に出来ない。

 

 藍染の言葉が本当ならば、那由姉は「霊王」とか言う死神の王様? みてえな奴のせいで苦しんでいるのだ。

 

 兄貴が妹を苦しめるなんざ許さねえと過去に思った事もあった。

 

 けれど、その本質は「妹を救うためだった」と分かった時。

 俺はどんな顔して奴に刃を向ければ良いのか、一瞬だけ躊躇いのような疑問が胸の中で渦巻いちまった。

 

 

 その一時の逡巡によって足が止まり、虚圏の荒野で立ち尽くしていた俺の前に現れたのは、藍染を討ち那由姉を救うために駆けつけた護廷の隊長たちだ。

 

 

 

 そして語られたのは、現世にて浦原さんが用意した「天界結柱」なるものについて。

 

 

 今頃は用意された偽の空座町にて藍染を迎え撃つため、虚圏へと来た者を除く護廷の全隊長格が展開を終えているとの事だった。

 

 俺達が虚圏へ那由姉と井上を助けに行く事も事前に予測して待ち構えていたし、浦原さんも裏で色々と動いていたのだろう。

 

 

『来た途端に黒腔(ガルガンタ)が塞がれるなんて、実に不愉快だヨ。まあ、私にかかれば容易く解析してみせるがネ』

 

 

 やって来た一人、十二番隊隊長である涅マユリが言う。

 浦原さんが立ち上げた技術開発局とかいう機関の局長らしいし、ここは任せるしかない。

 

 

 やって来た隊長格は──七人。

 

 

 すげえ数……。

 それだけ那由姉の人望が厚いってのは分かるけど、空座町の方は大丈夫なのか? 

 

 

『心配せんでも空座町には総隊長がおられる。此度ばかりは重い腰も上げられよう』

 

 

 そう口にしたのは七番隊隊長の狛村さん。

 

 那由姉の後任を任されている人……人? まあ、人だ。

 

 

『貴様はここで休んでいるが良い。那由他姉様は私が連れ戻してみせる』

 

 

 口調や態度は厳しいものの、那由姉を想う心に疑問なんか抱くはずがない。

 

 ルキアの件の時には世話にもなった二番隊隊長の砕蜂。

 

 ただ、いい加減もう少し態度を柔らかくしてくれねえかな。

 俺もあんまり人の事は言えねえけど。

 

 

『那由他と……これは、ルキアの霊圧か』

 

 

 六番隊隊長の白哉。

 

 こいつにも尸魂界で助けてもらった借りはある。心強いかぎりだ。

 

 

『チッ……! 入れ違いかよ、タイミングが悪い』

 

『だから俺一人で十分だって言っただろうがよ』

 

 

 十番隊隊長の冬獅郎に十一番隊隊長の剣八。

 

 

『現世には総隊長と京楽さん、浮竹さん。そして各隊の副隊長以下の席官に元隊長格である仮面の軍勢(ヴァイザード)の皆さんもいます。そうそう遅れを取ることもないはずです』

 

 

 俺へと回道を掛けながら、四番隊隊長の卯ノ花さんは安心させるようにゆっくりと微笑む。

 

 どうやら俺たちがこっちで戦っている間に、現世では”仮面の軍勢”と護廷が手を組んだようだ。

 

 ノイトラが倒れた後、ネリエルも力を使い果たしたのか”ネル”の姿へと戻り意識を失っている。

 

 四番隊の虎徹副隊長、だったか? がネルをどうするかアタフタとしていた。

 まあ、破面だしな、ソイツ。しかも元十刃だ。

 

 しかし、ここにはネル以上に厄介というか、どう対応したもんか悩む存在もいやがる。

 

『で、テメエは味方だって、どうやって信じれば良いんだ?』

 

 

 冬獅郎が睨む相手は、破面の実質トップである”No.1”の数字を持つ男──『コヨーテ・スターク』だった。

 

 

 

 △▽△

 

 

 

 思考を今に戻すように頭を振る。

 

 いや、言い訳だな。

 

 那由姉の事を優先するために、今は無理矢理にでも藍染の言葉を追い出したかっただけだ。

 

 砕蜂なんかは今直ぐにでも那由姉の姿を見たそうだったが、未だ藍染側として残っている十刃レベルの奴が四人ほど残っている。

 こいつらも無視できない。

 

 その内の一人、No.8(オクターバ)のザエルアポロという奴は研究者気質であり、黒腔の解析に必要な資料を持ってそうな事。

 

 そして――那由姉の体の一部を実験材料として所持している事。

 

 スタークが俺達に付くと証明するために暴露した情報は、その場にいた者全てにとってありえないほどの衝撃を与えた。

 

 また、未だ合流できていないチャドやたつき、雨竜、恋次の存在もある。

 

 皆で那由姉のところへ向かう訳にも行かなかった。

 

 まあ、一番厄介そうだと考えていた砕蜂が「ザエルアポロは私がこの手で滅殺する!」と憤慨していたので、予想外にスムーズに分担は出来たんだが……。

 

 

「……なあ、あんた」

 

 気分を紛らわせるためでもあった。

 けれども、思考を意図してズラしていた俺に、隣を並走していたスタークが声をかけてきたのは意外だ。

 

 思わず奴の横顔を見てしまう。

 相変わらず飄々とした相貌だが、その声はどこか疲れ切っているようにも聞こえた。

 

「そんなに急がなくても、那由他様は簡単に倒れたりしないさ」

「分かってる。でも……間に合わねぇと困る」

「あの藍染様が動いたんだ、焦る気持ちは分かる。でも落ち着け。息が乱れてる」

 

 スタークの言葉は妙に落ち着いていて、逆に心に刺さる。

 こいつの気配には敵意も焦りもない。ただ静かで、深い。

 

 その落ち着きが、何故か不気味でもあった。

 

「……お前、本当に来てよかったのか? 藍染の命令を破ってまで」

「命令、ねぇ……。もう、どうでもいいんだよ」

 

 スタークは視線を前に向けたまま淡々と語る。

 

「俺たちは生まれた時から空虚を抱えていた。戦う意味なんて、最初からなかった。だが那由他様に会って、初めて“戦う理由”を考えたんだ」

「理由?」

「ああ。那由他様は俺たち破面を“兵器”じゃなく、“人間”として見てくれた。藍染様が作ったこの歪んだ世界の中で、それがどれほどのことか……お前には分からないだろうな」

 

 スタークは微かな笑みを浮かべていた。

 それは皮肉ではなく、どこか誇らしげな笑みに見える。

 

 そう素直に感じ取れる、無邪気で純粋な笑み。

 

「……見届けたいんだ。藍染様が壊そうとしている世界の中で、那由他様がどんな選択をするのか。俺が、どんな存在でいられるのか」

 

 スタークの言葉が胸に沁みる。

 

「何より、俺の”孤独”を癒やしてくれた。それに恩義を感じるなって方が無理でしょ」

 

 

 こいつも、きっと俺と同じだ。

 誰かのために、何かを信じて、戦う理由を探してる。

 

 

 ――虚圏の空気が変わったのは、その時だった。

 

 

 空気が急に重くなり、肌に張り付くような圧が全身を包み込む。

 

「……近い」

「うん、間違いないと思う。朽木さんの霊圧も感じるから」

 

 井上の声が震えている。

 

 

 俺は無言で頷き、前を見据えた。

 

 全身に力を込め、俺は地を蹴る。

 砂が舞い、視界が白く霞んだ。

 

 その向こうに見えたのは、崩れかけた虚夜宮の一角。

 

 そこに、二つの影が立っていた。

 

 一人は那由姉。

 

 もう一人は、漆黒の翼を広げる破面──『ウルキオラ・シファー』。

 

 空気が凍り付いたように静まり返っている。

 二人の間には、一切の敵意も殺気もない。

 

 それでも、霊圧がぶつかり合う音が耳鳴りのように響いている気がした。

 

「那由姉!!」

 

 俺が声を張り上げると、那由姉がゆっくりとこちらへと振り向いた。

 

 その顔を見た瞬間、胸の奥が一気に熱くなる。

 

 生きている。

 確かに、ここにいる。

 

「一護……」

 

 その声を聞くだけで胸の奥が締め付けられた。

 

 けれど、安堵も束の間。

 

 ウルキオラの瞳が俺に向けられている事を察し、一定の距離を空けて動きを止める。

 偶然にも那由姉とウルキオラ、そして俺で正三角形を描くような配置となった。

 

 俺が来たことに驚きもせず微動だにしないウルキオラの翡翠色の瞳が、まるで魂の奥底まで覗き込むように静かに光る。

 

「黒崎一護……来たか」

 

 その声には冷たさも怒りもない。

 ただ静かで、揺るぎない何かがあった。

 

 そんな中、那由姉が小さく息を吸い口を開く。

 

「ウルキオラ」

「はい」

 

 応えは刃のように鋭く、それでいて穏やか。

 

 二人の間には先程までの殺伐とした雰囲気もなく、二人とも無表情なのもあってどこか芝居じみた印象すら受ける。

 

 それでも名を呼ばれるだけで那由姉の意思を読み取れるのならば、二人には俺の知らない深い関係性があるのだろう。

 

 なら、どうしてこいつは未だに藍染側なんだ。

 那由姉に敵意を向けていた理由はなんだ。

 

「俺は理解したい」

 

 そして、俺の内心を見透かすようにウルキオラは言った。

 

「なぜお前たちは涙を流すのか。なぜ、他者の痛みに震えるのかを。俺の胸には何もない。空洞だけだ。けれど、那由他様が“心”を示した。だから俺は、それを確かめたい」

 

 ウルキオラの言葉は、まるで剥き出しの刃のように俺の胸に突き刺さる。

 

「黒崎一護、貴様らが俺に何を見せるのか。それをここで理解させてみろ」

 

 那由姉がどうやってウルキオラに『心』を示したのかは分からない。

 

 だがあの破面が、あの冷徹な十刃が、藍染のためではなく、自分のために動こうとしている。

 

 

 それが俺には信じられなかった。

 

 

「怖いか?」

「何……?」

 

 ウルキオラの表情は変わらない。

 

 話の内容も唐突であり、何を言いたいのかが分からない。

 

 しかし奴の視線は俺を飛び越え、後ろにて佇んでいた井上を射抜いていた。

 

「俺が怖ろしいか、と訊いている」

「え……」

「その意味も、俺には理解できない。ただ与えられた命題に従い動いただけだ。藍染様より与えられた役割。それが、俺の存在意義だった」

 

 ウルキオラは静かに霊圧を立ち上げ始めた。

 

 翡翠色の霊圧が、まるで冷たい炎のように揺らめく。

 

「だが、那由他様は言った。『ウルキオラの心は、ウルキオラ自身でしか見つけられない』、と」

「那由他さんが……」

 

 思わずといった呟きを漏らした井上と共に、俺は那由姉を見る。

 

 那由姉はただ、静かにウルキオラを見つめているだけだった。

 

「俺はお前たち人間、そして那由他様が持つ『心』の在処を求めている。俺の胸の空洞を埋める何かを、欲している」

 

 まるで初めて自身の欲望を口にした子供のように、静かに、だが確固たる力を込めて。

 

 

「その答えを、貴様は俺に示せるか? 黒崎一護」

 

 

 問い掛けられた瞬間、俺の胸中に再び藍染の言葉がこだました。

 

 藍染の演説じみた宣誓。

 

 

 ──『この世界に存在する全てのものは自らに都合の良い“事実”だけを“真実”と誤認して生きている』

 

 ──『だからこそ、自らを肯定するに不都合な”事実”こそが、(ことごと)く真実なのだ』

 

 

 藍染の言葉が本当なら、あいつはただ妹を救いたかっただけなのか?

 

 心の中で、藍染を一部支持する気持ちが湧く。

 その気持ちは、一瞬で俺の思考を凍らせた。

 

 ──俺は、正義を振りかざして、何と戦おうとしている? 

 

 兄としての純粋な愛で動いているなら、藍染は悪ではないのか? 

 

 那由姉も、その真意を知って、(あいつ)に刃を向けるのを躊躇ったんじゃないのか? 

 

 ……だが、それでも。

 あいつは他者を踏みにじる行いを平気で行ってきたんだ! 

 

 俺は頭を振って、再び考えを追い出す。

 

 妹を救うため。

 

 それがどれほど尊い動機であっても、井上を、他の人間を、藍染の野望の駒として利用し傷つけてきた事実は消えない。

 

 ウルキオラのように「心」を欲しているからこそ、道具として利用もできる。

 

 そんなことで救われた那由姉が、心から喜ぶはずがない。

 

 そんな歪んだ形で世界を壊すことではない。

 

 

 俺の知っている那由姉は──いつだって自分の為じゃなく、誰かの為に戦ってきた! 

 

 

「うるせぇよ、ウルキオラ」

 

 俺は、胸の奥底で渦巻く複雑な感情を全て吐き出すように、されど静かに零した。

 

「お前の言ってる『心』が何なのか、俺には分かんねえ。だがな、誰かを踏みにじって良い理由なんて、この世にはねぇんだよ!」

 

 俺は斬月を強く握り直す。

 

 その手応えだけが、今の俺の真実だった。

 

「お前は藍染の道具じゃなくなった。なら、俺は俺の護るモンのために、お前を斬る!」

「……」

 

 ウルキオラの目は、まるで初めて見る景色を前にした探求者のように、微かに揺らめいた。

 

「それが、貴様の『心』か。他者のために、己の命を懸ける……理解できん。だが、それこそが、俺が那由他様より与えられたモノだ」

 

 それだけ言うと、ウルキオラは俺と向かい合う形で刀を構えた。

 

「俺自身は藍染様と那由他様、どちらかを選ぶなどというだいそれた選択肢など持っていない。だからこそ、俺は初めて己の欲をもって進む」

 

 霊圧が、さらに高まる。

 

「心もなく、感情もなく。ただ与えられた仮初の(かたち)で過ごした俺が、貴様と戦う事を求めているのだ、黒崎一護」

 

 俺とウルキオラ、二人の霊圧が激しくぶつかり合う。

 空気は凍りつき、砂礫が吹き荒れる。

 

 井上は息を飲んでその場に立ち尽くしていた。

 ルキアは警戒心を剥き出しにして斬魄刀を構える。

 スタークは面倒くさそうに、だがその瞳の奥には静かな緊張を宿して、戦いを見守る姿勢を取った。

 

 しかし、那由姉は反応する素振りすら見せない。

 

 いや。

 無表情だが、その瞳の奥にはどこか寂しさと期待のような色が見て取れた。

 

「見届けて下さい」

 

 声は静かで平坦で。

 けれども何かを切望する熱が籠もっている、不思議な感覚を聞いたものに覚えさせる。

 

「『心』を見つける、その時を」

 

 瞬間、ウルキオラが動いた。

 

 音もなく、まるで空間を滑るように切っ先が俺の喉元へと届く。

 

「いくぞ、黒崎一護……!」

 

 俺は反射的に斬月を振り上げ、その一撃を受け止めた。

 

 鋼のぶつかり合う音が虚圏の荒野に、戦いの開始を告げる狼煙として虚しく、だが力強く響き渡った。

 

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