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Fateが入ってないやん!

書かなきゃ(使命感)

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Fate/Masked Rider Shin Prologue

──其処は正に、地獄と呼べる場所だった

 

 地に横たわっている、人間とはかけはなれた姿の者達。その屍から流れ出る鮮血は、むせ返るような臭いと共に大地を赤く染めあげている。

 

 ある者の四肢と思わしき部位は千切れ、ある者の首は胴体に別れを告げている。五体満足な屍は一つとして有りはせず、実に凄惨たる様相を呈していた。

 

 ──突然響きわたる、鈍い打撃音

 

 その屍体達の中心。常人ならば吐き気を催すであろうその場所で、二匹の怪物が戦いを繰り広げていた。

 

 ──否、『蹂躙』の方が、適切な表現と言えるだろう。

 

 片方の黒い怪物は、眼前の敵に目掛けて助走を加えた全力の拳を放つ。人外の力から生じたそれは、只の人間ならば風穴が開くであろう程の威力を秘めていた。

 

 だが、それを避けることもせず、まともに食らった一方はというと──その屈強な体を僅かに揺らしたのみで、臆することなく黒い怪人へと歩みを進める。

 

 自らの渾身の一撃が全く通らなかっために完全に闘志が消えうせたのか、ただただ後退るだけの機械と化した黒い怪人。そんな怪人に歩み寄る血に濡れた深緑の怪人。

 

 やがて双方の距離が限りなく近づいた頃、深緑の怪人は鋭い爪が生え揃った手を勢いよく振りかぶり、黒い怪人を貫いた。

 

 ごふ、と赤い鮮血が、黒い怪人の口から撒き散らされる。

 

 黒い怪人の胴より爪を引き抜いた怪人は、赤く染まった爪をもって、眼前の黒い怪人を切り裂き始める。

 

 顔面、胴、腕、脚……ありとあらゆる部位を、何度も何度もその鋭利な爪で狂ったように切り裂いてゆく。

 

 やがて、黒い怪人の体に20ばかりの切り傷が着けられた頃。その傷を着けた張本人である深緑の怪人は、既にボロ雑巾と化した黒い怪人の体を頭上に掲げる。

 

 そして、満身創痍の黒い怪人の腹部を掴む腕に渾身の力を込め──

 

 ──ぶちぶちぶち、と肉を左右に()()()()()()

 

 真っ赤な液体と臓物が、屈強な怪人へと降り注ぐ。

 

 その姿はまるで、神に生け贄を捧げる、野蛮人の残酷な儀式のようだった。

 

 そんな儀式を終えた怪人は、二つに別れた黒い怪人を乱雑に投げ捨てると、おもむろに此方を振り向いた。

 

 ──筋骨隆々とした、マッシブで力強い肉体。腕に生え揃う鋸状の刃。手足には、湾曲した爪。大自然を思わせる緑色の体色は、怪人達の返り血で所々が赤く染まっている。

 闇の中で此方を探す、飛蝗を思わせる顔。2つの眼球は白く濁り、顎には鋭い牙が生え揃っている。

 

 やがて此方を視認したと思われる飛蝗怪人は、キシャア、とその飛蝗の形状をした顎を()()()開いた。人の体の構造をしているならば絶対に有り得ない筈のその怪物然とした挙動に、凄惨な空間に慣れてきた自分でも恐怖の念を禁じ得ない。

 

 ヒタリ、ヒタリと、ゆっくりだが確実に接近する飛蝗怪人。その姿が余りにも恐ろしいため、逃走を試みる──が、足が動かない。いや、それどころか、体の全てが動かない。どうやら、体全体が強力な金縛りにあっているようだ。

 

 微動だにできない自分の元に、遂にたどり着いた飛蝗怪人。吐息がかかるほどの距離で、その悪魔的な顔で此方を見つめてくる怪人から、再度逃走を試みる──が、相も変わらず、身体が動くことはことはなかった。

 

 そんな自分を、其処らに散らばる怪人達のようにせんとばかりに、鋭い爪を振り上げる飛蝗怪人。その絶望的な状況は抵抗する意志を消し飛ばすのには十分だった。

 

 やがて、振り上げられた鋭利な爪は、この身体をチリ紙のように易々と切り裂く──────

 

0

3

 

「……うっ! ……ハァ、ハァ、ハァ……」

 

 

 ──ことはなかった。

 

 気付けばそこは、見慣れた部屋。

 床に死体と鮮血は無く、緑のカーペットが敷かれている。

 真っ暗で陰鬱とした空間は一切見受けられず、見慣れた光景が広がっている。

 

 間違いなく、いつもの自分の部屋であった。

 

「……また、あの悪夢(ゆめ)か……」

 

 そう独りごちりながら、部屋の扉を開ける。次の瞬間、凍えるには十分と言えるレベルの冷気が、よれよれの寝巻きに身を包む我が身を襲った。

 

 急激な温度の変化に身震いしながらも、冬の寒さで恐ろしい程に冷えきった廊下を進む。やがて、自分の目の前に現れる洗面台。洗面器に水を溜め、手で掬ったそれを一思いに顔にぶちまける。

 

 恐ろしい程に冷えきった冷水は、未だにぼやけていた思考を容易に晴らしてくれた。

 

 近頃、悪夢ばかり見る。

 それも暗い空間と怪物の|戦闘()()がセットという、B級映画の様な夢。

 

 目覚めが良い筈がなかった。

 

 通算5回目となるその経験にうんざりしながら、そんな夢を何度も見る自分に我ながら不安を覚える。

 

 疲れが溜まっているのか?

 一度病院で診てもらった方がいいのか? 

 

 余りにも異常な体験故に、思わずそんな考えが頭を過る。

 

(まぁ、考えても仕方ないか)

 

 濡れそぼった顔を壁に掛けられているタオルで力強く丁寧に拭い、キッチンへと足を進める。

 

 今日は、どんなおかずにしようか。悪夢のお陰でいつもより早く起きれたから、より多く時間をかけられるぞ。悪夢も、完全に捨てたもんじゃないな。

 

 彼の心には、先程まで暗雲の様に立ち込めていた不安は既に有りはしなかった。

 

 ただの少しも、有りはしなかった。

 

 

 

◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

「────よし、こんなもんか」

 

 ごとり、と三人分の食事をテーブルへと並び終える。白米・味噌汁・魚・卵焼き・サラダ・納豆。朝食という朝食が、きっちり3人分用意されている。ほかほかと湯気の立っているそれらは、自分で言うのもなんだが食欲をそそる出来映えだ。

 

 

「朝餉は出来ておるようだな、マコト」

 

「あぁ、おはようございます王様。この通り、出来てますよ」

 

 

 ガチャリ、という音と共に入ってきたのは、この家の住人である"王様"だ。自分がこの家にやってきた時から居る、かなり変な人だ。自分のことを名前ではなく"王様"と呼ばせる人を、この人以外に俺は知らない。

 

 

「あれ王様、親父はどうしたんですか? いつもならこの時間に来るのに」

 

「ああ、彼奴ならまだ惰眠を貪っておるわ。大方、昨夜のは多忙を極めておったのであろうよ」

 

「……ふーん、そうなんですか。なら先に頂いちゃいましょう」

 

「ほう、なんと薄情な。多忙の末に寝過ごした愚かで哀れな父親を、甲斐甲斐しくも目を覚まさせには行かんのか?」

 

「あんな人に気を使う必要なんてありませんよ……。あの人には、これぐらいの扱いがちょうどいいです」

 

「あまり彼奴を苛めてくれるなよ、マコト。うら若いお前と違って、彼奴は老いた。ともすればショックのあまり、自害でもするかもしれんな」

 

「まさか。親父に限ってそれだけはないでしょう。あの人が自殺する姿なんて想像できませんよ」

 

 

「そうだな」と返した王様とともに席につく。そして「いただきます」の声と共に、朝食に箸をつけていく。うん、美味しい。やっぱり時間をかけた分、美味しくできている。

 

 ちらり、と王様の方に目を向ける。……特に不満は無さそうに、黙々と目の前の料理を口に運んでいる。良かった。

 

 王様は、味にとんでもなくうるさい。腕が上がってからは特に何も言われなくなったが、未熟だった頃は何を作っても『虫のエサ』呼ばわりされていた。今思っても、あれは子供に投げ掛けていい言葉ではない。まぁそのお陰で腕が上がったと考えれば儲け物……の、筈だ。

 

 卵焼きを口に運び、咀嚼する。美味しい。味噌汁の具を摂取する。美味しい。煮物を食べる。美味しい。サラダのトマトを……。

 

 …………。

 

 …………。

 

 …………うへぇ、思い出しちゃった。

 

 口に入れかけたトマトを、取り皿に戻す。そして未だに脳裏に焼き付いている血みどろの光景を流し落とすかのように、お茶をぐいっと飲む。……やばい、食欲失せたかも。

 

 

「……マコト、何かあったのか?」

 

「……はぃ?」

 

 

『心配』

 1 物事の先行きなどを気にして、心を悩ますこと。また、そのさま。気がかり。

 2 気にかけてめんどうをみること。世話をすること。〈『デジタル大辞泉(小学舘)』より。〉

 

 自分は今まで、王様のことを『傍若無人』の擬人化だと思っていた。脳内辞書で『王様』と引いたら、『傲岸不遜』と出てくるぐらいに。だがどうやら、その認識は改める必要がありそうだ。

 

 

「王様、成長されましたね……! 今日は記念すべき日ですよ! 夜はお赤飯炊きましょう!」

 

「ふん、当然のことだ。家臣への懇切無くして、王の中の王は名乗れんわ。それより、早うお前の悩みの種を申せ」

 

「あ、はい王様。実は……」

 

 

 俺は己に起きていることを打ち明けることにした。

 

 

「……そしてその夢の内容なんですがね、毎回毎回1人の化け物が他の化け物を殺して回る、っていう内容なんですよ」

 

「ほぉ、それは何とも奇っ怪な……。それで、その化け物とは?」

 

「殺される方はよく覚えてないんですけど……殺す方はよく覚えてます。そいつは──」

 

 ──ヒトの形をした、バッタみたいな奴でした。

 

 

 その瞬間。ほんの一瞬、たかが一瞬だが、俺は王様のご尊顔が"喜悦"に歪む瞬間を見た。

 

 

「……ふふ、そうか飛蝗か。なるほどなるほど……」

 

「……王様?」

 

 

 ククク……と怪しげに笑う王様を尻目に、その発言について考える。恐らくこの反応からして、王様はバッタ人間のことを知っている。だが何故だ? ()()はあくまで夢の産物。王様が知っている筈がない。

 

 

「マコト、これから少なくとも3日以内に、お前に試練が訪れるであろう。それも、お前のこれまでの日常を悉に覆してしまう試練がな」

 

「……はぁ?」

 

 

 突然の忠告? に、思わずそんな声が漏れる。なんだ、試練とは。日常を覆すとは、何だ。

 

 

「運命に敗れぬように、精々足掻くがよいぞ。この予言は、臣下であるお前への施しだ。思う存分、感涙に咽び泣くがよい」

 

 

 そう言い終えた王様は、すっかり空になった食器を背に廊下へのドアへ向かう。俺はその背を、見つめることしか出来ない。

 

 本当は、もっと聞きたいことがあった。さっきの予言の意味や、バッタ人間の正体について。でも、俺は聞けなかった。

 

 王様は、とんでもなく性格が悪い。俺が8歳の頃、王様に突然の『愉悦の何たるか』を説かれたことがある。それは当時の俺にとっては些か難しい内容だったが、王様の性格が悪いということは小さい俺にも理解できたことだ。

 

 だからきっとこの予言も、俺を困らせようとする王様の策略なんだ。そうだ。きっと俺の困ってる様子を想像してほくそ笑んでるんだ。そうに違いない。

 

 出口に辿り着いた王様が、扉を開ける。その表情は一切見えない。

 そして、バタン、という音と共に扉が閉まる。

 

 俺はただ、黙ってその様子を見つめるしかなかった。

 

 

 

◆ ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 1/31 12時30分 私立穂群原学園 高校2年B組

 

 

 ジリリリ、と教室にベルが鳴り響き、午前授業の終了を告げる。教師は教鞭を執ることを止め、生徒達からやる気のない『ありがとうございました』が発せられる。

 

 今はお昼時。午前の授業という1つの関門を無事乗り越えた生徒達は、その疲れきった頭を癒すため、ある者は弁当を広げ、またある者は購買品を手に入れるため、購買所のある下階へ足を進めていた。

 

 だがそんな生徒たちの中に、1人最上階──いわゆる、屋上へと向かう者がいた。

 

 タッタッタッタッ、と急ぐように階段を駆け上がっていく彼。何かに急かされるように足早に階段を上りながらも、両手に持つ弁当箱を揺らさないよう気を使っている。

 

 コンクリート製の味気ない階段を50段ばかり上りきり、漸く現れた扉を開いて屋上に出る。寒空の下、容赦なく吹き付ける空っ風に身を震わせながらも、彼は何かを探す様に、あちらこちらに動きまわりながら辺りを見回す。

 

 

「──動くな」

 

「っ!?」

 

 

 突然。右肩を掴まれる感触と共に、突如背後より放たれる言葉。身を隠す物が少ない屋上で背後を取られたことに驚愕しつつも、何とか相手の正体を看破しようと恐る恐る首を時計回りに回す。10度、20度、30度と、首の角度を徐々に上げていき、そして──

 

 ──人っ子1人見当たらない景色を、その目に捉えた。

 

 ついさっきまで感じていた人の気配が、突然煙のように消えたことに困惑する彼。

 

 そんな彼の困惑が、背後より忍び寄る者への知覚を遅らせた。

 

 

「わっ!!」

 

「ぎゃああああああああ!!」

 

 突如後方より聞こえた大声に、腰を抜かす彼。両手に握るものをしっかりと保持しながらも倒れ込んでいる彼の姿は、滑稽だが僅かばかりの芸術性をも秘めていた。

 

「あははははっ! 引っ掛かった引っ掛かった! いやー相変わらず思った通りの行動するわね!」

 

 後方より聞こえる無邪気な声に怒りを覚えながらも、倒れ込んだ体を起き上がらせた彼は、後ろで今も尚己を嘲っている()()()()へと視線を向ける。

 

 そこには、此方を指差しながら腹を抱えて笑い続ける、ツーサイドアップの美少女。常日頃より優等生と称される幼馴染みの、良く言えばあどけない、悪く言えば子供っぽい姿がそこにあった。

 

 

「──まったく、もうすぐ三年生になるってのに、いったい全体なーにやってんだか」

 

「あら、私はいつも大人ぶろうと頑張っているあんたの気を緩めようとしたまでよ? もっとも、さっきの素直な反応を見るに、精神の方はあまり成長していないようね」

 

「はぁっ!? ち、ちがわいっ!! さっきはちょっと油断してただけだし!!」

 

「あーはいはいそうねー分かったわよ。

 でも、あんな体勢になっても()()昼食をダメにしなかったのは、称賛に値するわね」

 

「……当たり前でしょ、折角作ったんだから」

 

 

 幼馴染みを睨めつける彼は、若干の顰めっ面を顔に浮かべながらも、その手に握る手作りの弁当を幼馴染みに差し出す。

 

 弁当を受け取った彼女と彼は、近くにあった段差に2人並んで腰かけた。

 

「ん、ありがと。それじゃ、いただきまーす」

 

 カパ、と蓋を開けた彼女は、色彩豊かなおかずの面々の一員である青椒肉絲と、此方の様子を固唾を飲んで見守っている彼を目にし、彼の思惑を察する。

 

 心に意地悪な笑みを浮かべた彼女は、真っ先にその箸を青椒肉絲につける。そしてつままれた肉片と切られたピーマンが、彼女の口へと消えていった。

 

 背筋をピンと伸ばしたその姿勢と、洗練された貴族然としたその所作は、彼女の美しさも相まって芸術品といえる代物だった。

 

 

「うーん……80点、ってとこね」

 

「え、えぇっ!? 何で満点じゃないの!?」

 

「こんなんで私の中華を超えようなんて、思い上がりも甚だしいわ。もっと工夫をしなさい工夫を。

 もっとも、昔みたいに私のことを『お姉ちゃん』と呼んで教えを請うなら、中華の極意を教えてやらないことも無いわよ?」

 

「呼ばないよ! 高二にもなってまで!」

 

「あら、そんな口きいていいかしら? 利用できるものもできないんじゃ、私を超えることは一生無さそうね。

 ほら、そんなことより食べましょう。折角作ったんでしょ?」

 

 

 ぐぬぬ、と歯を食い縛りながらも弁当に箸をつける彼に対し、おほほほほ、と芝居がかった高笑いを心の内でする彼女。その姿は正に、負けん気の強い男を弄ぶ悪魔だった。

 

 

「あ、そうだ。1つ聞いておきたいんだけど……最近、何か変わったことは無い?」

 

ひゃわっらこほ(かわったこと)?」

 

 

 卵焼きを頬張る彼に、突然彼女はそんな質問をした。

 

 

「どんなことでもいいわ。例えばほら、不審な人物を見かけるとか、綺礼が挙動不審だったりとか」

 

「うーん……」

 

 

 なぜそこで親父の話が出てくるのか疑問に思いながらも、彼は頭の中を探る。……が、特に何も思い付かなかったようだ。

 

 それもそのはず、彼の養父──言峰綺礼──が胡散臭いのはいつものことで、挙動不審と言われても特に思い当たる節がないのが正直なところだった。

 

 

「……特には無い、と思う」

 

「……そう、なら良かったわ。聞いてくれてありがと。お弁当ご馳走さま。結構美味しかったわよ。あぁあと、これ」

 

 

 弁当を隅から隅まで食べ終えた彼女は何処からか缶ジュースを取り出し、彼に差し出した。

 

 

「目標を超えようと努力するのは良いことだけど、少しは気休めも必要よ。まぁ、超えられるかどうかは別の話だけどね」

 

「一言多いんだよ遠坂は……!」

 

 

 そう言いながら彼は、奪い取るように彼女の手から缶ジュースを手にする。そして中身を飲み尽くさんと、片手で缶を握り締め、万力の力を込めてもう片方の手の指をプルタブにかけた。

 

 ──ぐしゃり! 。

 

 その瞬間。缶ジュースはあっという間に見るも無惨な姿にひしゃげ、大きい圧力により居場所を追われた中身のジュースは、小さく開いた穴より勢いよく噴出し、彼の服と手を冷たく濡らした。

 

 

「……ごめん、まさかスチール缶を握り潰すほど怒ってるとは思わなかったわ……。反省してる。

 それにしても、あんた見かけの割に結構鍛えてるのね。見直したわ、少しは男前になったんじゃない?」

 

「……いや、別にそんなことは……」

 

 

 濡れた服と手をハンカチで拭きながら、彼は潰れたジュース缶を見つめていた。

 

 彼は運動に関して常人だ。握力は39と高い訳でもなく、そして特別な筋トレを毎日したりしている訳でもない。

 

 そんな彼が、ジュース缶それもスチール缶を、一瞬でひしゃげた円柱に変えたのだ。面食らったのも無理はない。怒りによるブーストとして考えることも出来たが、それでもその光景は異常の一言だった。

 

 

「じゃ、私はもう戻るけど……心ここにあらず、て感じね。あと10分で授業始まるから、そこんとこしっかりしときなさいよ」

 

「……あ、うん、分かった……」

 

 

 屋上を立ち去る彼女を見送った彼の目に、鉄製のパイプが映る。

 

 彼は少し躊躇いながらも、それを掴んでみる。冷たい感触が手を媒介に伝わる。太さも長さも手頃なパイプだった。

 

 パイプの中央に手を移動させ、しっかりと握る。そして彼はその冷たい鉄棒を歪ませんと、両手に渾身の力を込めた。

 

 

「っ、ふっ、ぐっ、ふぬぬぬぬ……!」

 

 

 だが、彼がどれ程の強い力をかけようとも、その鉄棒が曲げられることはない。ただ筋肉が酷使され、手が赤く染まっていくだけだった。

 

 

「っ! はぁ、はぁ、はぁ……。くそっ、何なんだよもう……!」

 

 

 己の行動を馬鹿らしく感じてきた彼は、苛立ちのままに鉄パイプを放り投げる。

 パイプはギャン、と耳障りな音を立てて一度跳ね、コロコロと握り潰された缶の元へと転がっていった。

 

 

 

◆ ◇ ◇ ◇ ◆

 

 

 

 2/2 19時30分 言峰邸にて

 

 

 洗剤を含んだスポンジで食器を磨き、冷水で泡を落とす。次から次へと汚れを落とし、清められた皿を積み重ねていくその手慣れた様子とは裏腹に、彼の目はどこか虚ろで、どこか遠くを見つめていた。

 

(俺は、一体何者なんだろう?)

 

 冷水と泡で手を濡らしながら、彼は己に起こる異常な現象について考えを巡らせていた。

 

 連日連夜見てしまう、不気味で残虐な悪夢。

 それと同時に現れ始めた、人間の範疇を超えた異常な身体能力。

 

 その出来事は、彼が己の存在に疑問を投げ掛けるには充分過ぎるほどだった。

 

(俺は生まれつき頭がおかしいのかもしれない。だから時々、変な妄想に取り憑かれるのか?)

 

 深い思案の末に、彼はそのような結論へと至った。その仮定は、他人から見たら異常極まりない考えだったろう。だが、例え異常でも、その時の彼にとっては漸く導きだした答えだった。

 

 水が流れるシンクに映る、自分の顔を見つめる。何も変わりはない。いつも通りだ。特に特徴のない顔が、此方を見つめている。

 

「──ん?」

 

 目の錯覚だろうか。此方を見つめていた何の変哲もない顔が、緑色に変色した気がする。まるでバッタの体色ような緑だ。あれ、人間に葉緑体なんかあったっけ──いや、そんなバカな。シュレックじゃあるまいし……。

 

 己の突飛な考えに呆れながら、目を赤くならない程度に擦る。この現象を、目の疲れが生み出した一時的な異常事態だと信じて。

 

「──ひっ!?」

 

 だがそこには自分の顔ではなく、バッタの顔と人の顔を無理やり融合させたような、醜い顔があった。

 

(い、いったい何なんだ!? 何でバッタに……? いや、それよりも、この顔は……! 

 

 あの悪夢の怪人と、同じ怪人だ!)

 

 

「う、ぐっ!?」

 

 

 突如頭に走る、脳を突き刺すような痛み。

 経験したことがない程の痛みに、思わず洗浄途中の皿が手からシンクに落下する。

 

 ──キィィィン、キィィィン

 

「ぐ、ああああああああ!!!?」

 

 脳に注入器を挿入され、無理矢理液体を流し込まれているような、そんな感覚。拷問と言っても差し支えないだろう苦痛に、自分は頭を抑え、悶えながら絶叫するしかなかった。

 

 そして、頭に流れ続ける筆舌に尽くしがたい痛みに──彼は白目を向いたかと思うと、バタリ、と床に倒れ伏した。

 

 

 

◆ ◆ ◇ ◇ ◆

 

 

 

「うっ……()ぅ……!」

 

 苦悶の声を上げながら、横たわったってジンジンと痛む体を無理矢理立ち上がらせる。そんな彼の立ち姿は、フラフラとして何処か頼りない。

 未だにチカチカとしている視界の中で彼が考えたことは、記憶逆行の失敗についての落胆ではなく、新たに得た情報についての事だった。

 

「今のは……学校……?」

 

 脳裏に走ったのは、誰かの視界かと思われる謎の映像。

 彼は痛みで気絶した中で、まるで夢を見るように、その奇妙奇天烈な光景を見たのだった。

 

 なにかのメッセージの様に思えたそれに、痛みが後を引いているのかまともに回らない頭を、必死に働かせながら考えを巡らせる。

 

 自分とは明らかに異なる、赤い長槍を握る大柄な人物の視界。

 

 その視界から見える、見慣れた穂群原高校生の校舎。だが、その校舎には七ヶ所、血のような赤い光を鈍く発する箇所があった。

 

 これ迄に見た夢とは、一線を画す不可解な光景。

 

 悪夢を見ずに済んだ安堵とは別に、その光景に対する探究心が心の内に沸き上がった。

 

「……とにかく、行ってみるか」

 

 いい加減、夢に振り回されるのも飽きた。

 

 そろそろこの問題も解決しておきたいし、行ってみる価値はあるだろう。

 

 寝間着を脱ぎ捨て防寒着を着用し、玄関近くにある『サイクロン号』と名付けたバイクに跨がる。エンジンをふかしギアを入れ、敢然と夜の街へと躍り出る。

 

 

 

 この時、彼は知らなかった。

 

 この夜が、運命の夜となることを。

 

 自分が、悪夢のような世界に足を踏み入れたことを。

 

 暗い闇に染まった空は、まるで彼の前途を表しているようだった。

 

 

 

◆ ◆ ◇ ◆ ◆

 

 

 

 夜の冬木市を、サイクロン号で駆け抜けること数十分。

 

 漸く目の前に現れたのは、己の通う私立穂群原高校。普段は多数の人間をその内部に抱える校舎は、夜の闇と静けさに包まれ、不気味な雰囲気を醸し出している。

 

 まるでR(ロール)P(プレイング)G(ゲーム)に出てくるラストダンジョンのような光景に少々怖じ気づくも、男としての意地でそれを無理矢理霧散させる。

 

 サイクロン号を停め、妙に活性化している筋肉を使い門をなんとか乗り越える。冷静に考えれば立派な犯罪行為だが、その時の自分にそんなことを気にする余裕は無かった。

 

 現在の時刻は、門限をとうの昔にオーバーした午後9時。校庭に人の影はまるで無く、不気味な静謐を湛えている。そんな校庭をほんのりと照らす月明かりを頼りにし、先程見た光景が示した、赤く光る箇所へと足を進める。

 

 足を進めること数分、入り口から最も近いへと辿り着く。そして、何か異常な物はないかその辺りを入念に探し回り──遂に()()を視覚にいれる。

 

(なんだ、あれ)

 

 赤紫の線で描かれた、不気味な謎の八角の紋様。ファンタジーな物語においては必要不可欠な存在かもしれない、所謂『魔方陣』というソレは、体育倉庫の外壁でひっそりと月光に照らされながら存在していた。

 

 普段なら質の悪い悪戯だと決めつけ、その程度の認識で留めておくだろう。だがその時の自分には、それが不良の悪戯などには到底思えなかった。何故なら、ソレは月光を反射だけでなく、()()()()()()()()()()()()()()()その存在を主張していたからだ。

 

 ソレを構成している物質が只のペンキならばまず有り得ない非日常的なその現象に、自分の謎を解く鍵となるかもしれないという一抹の望みを抱きながら、それでいて不気味な光景に戦々恐々としつつも、ソレについて解析するために一歩一歩ゆっくりと接近する。

 

 じわりじわりと、亀のような鈍足だが確実に歩みを進め、ソレについて詳細に分かる位置まで、なんとか距離を詰めきった。

 

(なんだこれ? 文字か? だとしたら見たことのない文字だな)

 

 ソレを調べるのに十分な距離まで接近した彼は、早速分析に取り掛かる。そして直ぐに、ソレに何らかの文字が記されていることに気付く。だが、アルファベットではない異国の文字など、語学に造詣が深いわけではない彼にとって到底理解できるものではなかった。

 

 だが、彼はそんなことでへこたれる男ではなかった。諦めてたまるか、負けてたまるか、と心を燃やし、ぼんやりと発光する魔方陣を凝視する。更なる情報を得、問題を解決せんがために。

 

 

 

 

「へぇ……お前、魔術師か?」

 

「!?」

 

 

 だがそれは、突如頭上から自分へ剥けて放たれた質疑によって強制的に打ち切られた。

 静寂に満ちていた空間を切り裂いたその声に少し──いや、かなり怯むも、魔方陣へと向けていた視線を、屋根の上へと向け──思わず、数歩後ずさる。

 

 

 そこには、1人の獣が居た。青い皮に身を包み、血のように紅い槍を握る、野性的な体躯の獣だった。

 

「俺とそれが見えるっつうことは……つまり、()()()()()()だよなぁ? えぇ?」

 

 明らかにただ者ではない雰囲気を醸し出す青タイツの人間は、野犬を彷彿とさせる顔で此方を一瞥し、そう確認するように言ったかと思うと、獣を思わせる流麗な動きで、屋根から地に足へと舞い降りた。

 

「だがどういうことか──この聖杯戦争が近い冬木で、他者の魔方陣を調べに堂々と敵陣に訪れるなんて、まともな魔術師ならまずしないことだ。

 だがお前は、周囲の索敵もせずに真っ先にここに来た。そこんとこ、俺にはちょいと解せないんだが……」

 

 気が付いたら、走り出していた。俗にいう生存本能という物の仕業かどうかは知らないが、とにかく頭で考える前に、体が行動を始めていた。身体中の全細胞が、『その場から逃げろ』と言っているようだった。

 

「敵と決めつけるには早計な気もするが──生憎こっちも、命令されている身なんでね」

 

 ぐさ。

 

 ──あ。

 

「『疑わしきは罰せよ』ってことだ。すまんな、坊主」

 

 胸が、熱い。火傷を負ったように熱い。真っ赤に焼けた針を入れられたような熱さだった。そんな感覚が数瞬続いた後──次に感じたのは、形容しがたい激痛と、強烈な異物感だった。

 

 自分の体に何が起こったかを知ろうと、恐る恐る視線を胸へと落とす。そして、未だに何が起こったのか理解しきれてなかった自分は──丁度心臓の部位から伸びている、紅い槍の切っ先を目撃した。

 

「……ぐふォあっ!?」

 

 余りにも異常な光景に思わず声を上げようとするも、口から吹き出た鮮血に発声を妨害される。

 そして、その下手人である青い男は──自分の身に起こったことを理解し、茫然と立ち尽くしていた人間の体から、槍をするりと引き抜く。

 

「……サーヴァントが来ないところを見ると、どうやら本当にマスターじゃないみたいだな。

 まぁ、此処に来たのがお前の運の尽きだったな。恨むなら、中途半端に関わろうとした自分を恨め」

 

 無様に倒れ伏した自分へと向けて、男がそんな言葉を投げ掛ける。自分からすれば余りにも理不尽な言い分に憤り、何か一言言い返してやろうとしたが、瀕死の重傷を負った彼の喉は、ヒューヒューという音と赤い血を漏らすことしか出来なかった。

 

(く、そ……)

 

 胸に空いた穴から流れ出ている血液が、自分の胸を中心に赤い水溜まりを作っている。絶え間無く流れ続ける血液は、己の重さが減っていく感覚を自分にもたらした。

 自分が浸かる赤い水溜まりが大きくなるにつれて、はっきりとしていた筈の意識が段々と薄れていく。

 

 そんな状態が1分ばかり続き──辛うじて持ち堪えていた彼の意識は──ブチン、という音と共に、この世から完全に失われた。

 

 

「あばよ坊主、精々来世では上手くやるんだな。

 ──何? ()()だと? そりゃ一体どういう……分かったよ、何も言わねぇし、何も聞かねぇ。……ったく、とことん虫酸が走るぜ」

 

 

 

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 ……。

 

 ……。

 

 ……どくん。

 

 ……どくん。

 

 ……どくん、どくん。

 

 ──え? 

 

 動物が生命を維持するのに、必要不可欠な肉の塊。

 生命活動の中心と言える、誰しもが持つ機関。

 そんな機関が鼓動し、全身に血を巡らせる音を、彼は覚醒した意識のなかで聞いていた。

 

(生きて、る?)

 

 心臓を串刺しにされ、血液を穴から垂れ流し、冷たい骸となった筈の自分が、こうして生きている。

 そんな事実に困惑しながらも、倒れ伏した己の体を眼前に広がる赤い池から引き剥がして立ち上がり、青い男によって風穴を開けられた筈の箇所に恐る恐る触れる。

 

(……!?) 

 

 自分の胸へ伸ばした手が感じたのは、赤い槍によって空けられた風穴ではなく、何の変わりもない只の皮膚の感触だった。

 当然それだけでは納得できず、邪魔な上着とシャツを除けて心臓の位置を確認するが──そこには傷1つ無い、至って正常な皮膚があるだけだった。

 

 余りにも不可思議なことが起こりすぎたためか、『自分が生き返った』という常軌を逸した現象を許容しきれない彼。

 それもそのはず、彼は魔術師ではなく、あくまで只の高校生。これ迄極々普通の人生を歩んできた彼に、この状況の理解など出来るわけがなかった。

 

(どうしちゃったんだ、俺の体。まさか、心臓を刺されても生き返る化け物になったとか? いや、そんなことがある筈がない。俺は正真正銘、只の高校生で────)

 

──ガギンッ!! 

 

(──!?)

 

 己の思考を止めたのは、暗い深夜の学校に響く重々しい金属音だった。まるで金属製の物を、力を込めてぶつけ合ったような音だった。

 先程の赤い槍の男が居ないか警戒しながら、音の発生源があるであろう校庭を、物陰に隠れながらこっそりと覗く。

 

 そこには、戦場が広がっていた。

 

 何時もならば、運動部の活動や、体育の授業に使われている筈のグラウンド。

 そんな場所で、2人の男が熾烈な戦いを繰り広げている。

 

 1人は、つい先程自分を亡骸にした、赤い槍を持つ青い男。

 1人は、白と黒の1対の短刀を手にした、赤い外套に身を包む白髪の男

 

 それだけならば、それはアクション映画の撮影ともとれる情景だった──その戦いがもたらす、非日常的な現象を除けばの話だが。

 

 彼らが目にも止まらぬ速度で武具を交える度に、空気が重く震える。激しい攻撃の応酬の余波で、グラウンドには罅が入る。赤い外套の男の短刀が弾かれたかと思うと、次の瞬間にはその手に新しい短刀が握られている。

 

 そして何と言っても、彼らがお互いに向け合っている尋常ではない殺意。傍観者である彼でも感じるのが容易な程に、恐ろしく強い殺気だ。それが、この戦闘が演出などではなく、本物の、それも人間の範疇を超えた者達によるものだということを決定づけていた。

 

 目の前で行われる、人外の戦い。只の人間ならばまず介入できないであろう、異常な戦い。だが、彼はその猛然と行われる闘争から目を逸らせずにいた。

 

 恐怖で腰が抜けたから、などという理由ではない。彼の精神が、本能が、『見なければならない』と言っているように感じたからだった。

 

「フーッ! 、フーッ! 、フーッ! 、フーッ!」

 

 ──■■■■

 

 目の前で繰り広げられる激しい闘争を見つめる彼を捉えたのは、恐怖ではなく暴力的な闘争心だった。

 奴らと戦いたい。戦って、殺したい。そんな野性的で物騒な感情が、彼の心を支配していた。

 

 ──■■■エ

 

 そんな中頭に響き渡る、異質でくぐもった声。これ迄に聞いたこともないが、何処か懐かしい声。普段なら気味が悪いどころの話ではないが、今の彼にとっては、煮えたぎる闘志を鼓舞する太鼓と同義だった。

 

 ──■■カエ

 

 そしてそんな声と共に、鮮明なイメージをもって現れる異形。

 飛蝗を思わせる姿形をしたそれは、煌々と赤く輝く瞳で此方を見つめていた。

 

 ──■タカエ

 

 頭の中に像をもって現れた異形は、横に割れた顎をカタカタと鳴らしながら、重々しくそれでいて静かな声でそう語りかける。

 

 ──()()()()

 

 そして、霧がかかったようだった声が昭然たるそれへと変化した瞬間──彼の内に眠っていたナニカが、覚醒(めざ)めの咆哮を高々と上げた。

 

 

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 体が、熱を持っている。風邪を患った時のそれとは比べ物にもならない程の高熱だ。

 

「うぐ……ぐ……あぁ……!」

 

 そして突然身体中に走る、地獄のような激痛。これ迄の人生で体験すらしたことないそれに思わず苦悶の声を発し、無様にもグラウンドに蹲る。

 

 体に迸る熱、そして痛み共に、肉体が≪≪作り変えられていく≫≫。自分が上から塗り替えられていくような、そんな感覚だった。

 

「が……ギ……!」

 

 心臓が、鳴り響いている。どくん、どくん、と力強く。異常な強さで、鳴り響いている。

 

 ごく普通の、何処にでも居そうな男子高校生の顔が、醜く変貌していく。溶けたように崩れ、爛れてゆく肌。髪は消え去り、双眼は正気を感じさせない()()に染まりきる。

 

 メキメキメキ、という音と共に、体が、筋肉が、凄まじい速度で膨張していく。異常に成長した筋肉は、着用していた衣服を容易く引き裂いた。何処にでもありそうな普通の高校生程の体躯は、ものの数十秒でマッシブな大人のそれへと変化した。

 

 醜く肥大化した肉体が、緑に変色し始める。その色は、見る人を落ち着かせる自然な緑だった。だがその体色の持ち主は、決して人を安心させる様な見た目をしていない。

 

 鋭く、そして長く伸びる爪と牙。前腕に加えてふくらはぎから飛び出す、生物的な毛爪。身体中の四肢という四肢から刃を生やしたその有り様は、"全身凶器"と呼ぶに相応しいだろう。

 

 白濁のみに染まった瞳を持つ、人間とはかけ離れた怪物と化した醜い顔に、ずるりと1対の黒い触覚が皮膚を破ってピンと生え揃う。

 

 自然界に存在する緑の体色に、虫を思わせる2本の触覚。狂気に満ちた白い眼球。屈強な肉体に攻撃的な爪と刃を持つ、尋常ならざる悍ましい姿。その姿は正しく、『飛蝗怪人』と呼ぶに値する姿だった。

 

■■■■ーーーーッッ!!!! 

 

 その身を怪物へと変転させた真は、先程まで地に伏せていたその体を起こし、鋭い牙が剥き出しになっている顎を()()に開き、蟀谷の筋肉を伸縮させながら、聞くもの全てを怖気づかせるであろう咆哮を、夜の学校に鳴り響かせた。

 

 そして、戦闘音が鳴り響く校庭に、その白い瞳を据え──知性を欠片も感じさせない動きで、猛然とその戦場へと駆けていった。

 

 

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 ──■■■■■ーーーーーッ!! 

 

 それは、(けだもの)の咆哮だった。

 野生を捨てた現代人はまず出せないであろう、野性味と荒々しさに満ちた叫びだった。

 

「!?」

 

「!?」

 

 そんな咆哮を聞いた彼らは、互いに警戒を解かないまま突如聞こえた咆哮の発生源──体育倉庫の裏側──へと意識を向ける。

 

 お互いを牽制しあいながら、体育倉庫にも注意を張り続ける。何時何処から正体不明(UNKNOWN)の存在が現れても、瞬時に探知できるように。

 

 図らずも発生した、戦闘の中断と拮抗状態。

 だがそんな状態は、倉庫を()()()()()存在によって、容易く崩壊した。

 

 建物に隠されていたその姿を、驚異的な脚力で夜の闇の下に曝け出した存在。月光を背に跳躍したそれは、何処か神秘的な存在感を纏っていた。

 

 月の光を背負ったそれは、得物を持つ男達を視界に入れ──その男達のちょうど真ん中に力強く着地し、その姿を顕にした。

 

 深い緑で彩られた、筋骨隆々とした体躯。ピン、と張っている触覚に、正気を感じさせない白濁の双眸。そんな所々に飛蝗らしさを感じさせる存在は、突然現れた自分にひどく警戒している青い槍兵──ランサーを見ると、身の毛もよだつ裂帛の気合とともに突進していく。

 

「■■■■────ッ!」

 

「ちぃっ、なんだこいつは!?」

 

 突然の乱入に少々困惑するも、その獣性しか感じさせない突進をなんとかいなし、鋭い突きを3発放つランサー。だがそれを飛蝗人間は、それらをその驚異的な反射神経をもって、荒々しくも完璧に避けきってみせた。

 

 そんな飛蝗人間を屠らんと、紅い槍を振るい追い討ちをかけてゆくランサー。鋭い突きが放たれる度に、幾度もその穂先が飛蝗人間の肉を抉りかける。そしてそれら全てを紙一重で避けた飛蝗人間も、負けじと爪・拳・蹴りの猛攻を放つ。

 

(こいつ、何者だ? 姿からして只者じゃねぇのは確かだが……やはりサーヴァント、それもこの狂い具合からしてバーサーカーか?)

 

 飛蝗人間の苛烈な攻撃を受けながら、ランサーは敵の正体について思考を巡らしてゆく。

 

 縦。縦。横。横。ノンストップで、爪の振りが力任せに繰り出される。1つ1つの攻撃に確かな殺意が込められたそれは、ランサーから見れば1つの嵐とも言える有り様だった。

 

(まぁいい、こいつが何のクラスだろうと知ったこちゃない。もう少し、お前の力量を測らせてもらうぜ……!) 

 

 途端、これまで守備に専念していた彼は一転、攻勢へと転じる。速さとキレが大幅に増した猛烈な攻撃が飛蝗人間に放たれるが、飛蝗人間は攻撃の手を緩めない。

 

 洗練された技術により放たれる紅い刺突と、相手を殺す一心で力任せに振るわれる深緑の攻撃が交差する。飛蝗人間の振るう湾曲した(ハイバイブ)(ネイル)を受けきったランサーは、その手に持つ紅い槍で飛蝗人間を牽制し、大きく後ろへと飛び上がり距離をとる。そして数瞬の溜めの姿勢をとると──放たれた一発の弾丸のように、疾風の如く飛び出した。

 

 そして、飛蝗人間へと向けられた槍がその緑の肉を貫かんと到達する瞬間──佇んでいた飛蝗人間は、ランサーの視界から消え去った。

 

 ──上か! 

 

 渾身の一撃を避けられたことに一瞬困惑するも、持ち前の戦士としての感覚で瞬時に消えた敵の位置を捕捉する。

 

 敵を知覚した彼は、己の感覚を疑わずに頭上を見上げる。そんな彼が見たのは、その強靭な脚力をもって空高く跳び上がったであろう飛蝗人間の、己を頭上から切り刻まんとする姿だった。

 

(槍が到達する寸前で頭上に跳躍し、相手が混乱している隙に決着をつける……なるほど、獣が考えたにしちゃ良い作戦じゃねえか……だが! 空中ではまともに身動きはとれまい!)

 

 ランサーは落下する飛蝗人間を串刺しにせんと、その鋭い槍の穂先を上に向ける。母なる大地に足をつけるランサーと、大空に放り出された哀れな飛蝗。飛蝗人間が不利なことは一目瞭然だった。

 

 だが、そんな彼が後悔や恐怖の色を顔に浮かばせることはなかった。むしろ『上等だ』と言わんばかりに闘争本能を剥き出しにし、元々悪魔的だったその顔をさらに歪ませこの世の物とは思えない物へと変貌させていた。

 

 まったく物怖じすることなく落ちて行く飛蝗人間と、それを串刺しにせんとするランサー。常軌を逸した存在同士の戦いの決着は、今この時を以てつけられようとしていた。

 

 そして飛蝗人間の鋭い爪と、ランサーの赤い槍の穂先が交わる瞬間──鋭く研ぎ澄まされた陰陽が、その決闘に横槍をいれた。

 

「■■ッ!?」

 

「つっ!」

 

 突如放たれた二匕の陰陽の双剣。まったくの不意打ちで放たれたそれを、ランサーはその技量を以ていとも容易く打ち払う。しかし対する飛蝗人間はというと、突然の横槍に反応しきれず、短刀がその肉体に侵入し、その衝撃で大きく吹き飛ばされることを許してしまった。

 

 

「……真剣勝負に水を差すとは、中々良い根性してるじゃねぇか、お前。仮にも人理に名を残した者が、横合いから堂々と不意打ちをするとは。英霊の名が泣いているぞ?」

 

「生憎だが、私は目的のためなら手段を選ばない性格なのでね。正々堂々としたやり方を期待するというのなら、それはお門違いと言うものだ」

 

「……ちっ、まったく、とんだ英霊がいたもんだぜ」

 

 

 短刀を投擲した下手人である赤い外套の男──アーチャーが、ランサーの侮辱の意も込めた台詞に澄ました顔でそう返す。

 

「■■、■……! ■■■■■ーーーーーッッ!!」

 

 そんな会話が繰り広げられる最中。吹き飛ばされた飛蝗人間は腹部を貫く痛みに苦悶の声を洩らしながらも、腹部に突き刺さった短刀を躊躇なく勢いよく引き抜く。

 

 そして負った傷をその驚異的な再生能力で瞬時に治しきると、自分の負傷に対する苛立ちをぶつけるかのように短刀をへし折り、凶悪な叫び声を響かせた。

 

 

「……どうやら、怒らせちまったみたいだなぁ? こりゃあ奴さん、お前さんを殺すまでは止まらねぇぞぉ?」

 

「ふん、何も問題は無い。奴が本気で来るのなら、此方も全力をもって迎えるまでのこと。私は敗北主義者ではないのでね、敗れる気などさらさら無いさ」

 

「……ほう、結構言うじゃねぇか」

 

 

 新たに作り出した短刀を構えるアーチャー、紅槍を構え直すランサー、獰猛に喉を鳴らすバッタ人間。

 三つ巴の彼らは、互いに相手を警戒しあいながらも、攻撃のチャンスを伺っていた。

 

 

 

 ──ガサッ。

 

 

「ッ! 誰だ!」

 

 だがそんな拮抗は、とある校舎から聞こえた足音によっていとも容易く崩壊した。

 微かに聞こえた足音に機敏に反応したランサーは、逃げるように走り去る目撃者の後ろ姿を捉えると同時に、疾風の如き速さで後を追う。

 

「待て! ……く、おっ!?」

 

 そんなランサーを逃がすまいと、アーチャーも校舎へと向かう……が、それを妨害するものがいた。言わずもがな、飛蝗人間である。

 

(っ、ランサーよりもこの私を優先して攻撃するとは……! どうやら奴の言う通り、相当頭にきているようだな……!)

 

 飛蝗人間が爪と蹴りの連撃を浴びせ、アーチャーは短刀を以てそれに応戦する──が、戦局はアーチャーにとって芳しいとは言えなかった。

 

 明らかに近接特化な飛蝗人間とは異なり、アーチャーとしての彼の真の土俵は遠距離だ。加えて、飛蝗人間がアーチャーに対して抱く狂気的な執着。距離をとって一方的に蜂の巣にする下拵えをしようにも、その間に攻撃を受けるのがオチだった。

 

 そんな戦いが数十秒続いた頃、突如飛蝗人間が後方に飛び退いた。そして少しばかりの溜めと共に、彼はアーチャーへ向けて駆け始めた。

 

(何だ、こいつは……。一体何の思惑があって距離を……。

 

 ! まさか、こいつ!)

 

 気づいた時にはもう遅い。

 飛蝗人間は垂直ではなく、空中に弧を描いて飛び上がっていた。アーチャーの後方──彼のマスター、遠坂凛のいる方向へと。

 

 飛蝗人間はアーチャーと戦うなかで、秘かに調()()をしていたのだ。己と遠坂凛が、アーチャーを挟んで一直線上に並ぶように。

 

 

「っ、凛!」

 

 アーチャーは、凄まじい速度で凛へと迫る飛蝗人間へと、両手に握る干将・莫耶を投擲する。

 正確無比に放たれた二振りの短刀は、狙い通り飛蝗人間を貫く──が、その程度では彼を止めるに足りなかった。

 

 体から短刀を生やし、内蔵を貫かれても彼は止まらない。それどころか、アーチャーの足を振り切らんばかりの速さをキープしている。短刀を引き抜きもせず、その双眸に更なる狂気を上乗せしながら走るその姿は、言い様のない不気味さを醸し出していた。

 

「っ、stark(二番)──Gros zwei(強化)!」

 

 異様な速さで迫る飛蝗人間に対し、身体強化で一時的な逃走を謀る彼女──が、そんな彼女の抵抗を嘲笑うかのように、飛蝗人間は易々と彼女を追い越し、立ちはだかってみせた。

 

「凛! 逃げろォ──ッ!」

 

 後方よりアーチャーが、焦った様子でそう叫ぶ──が、学校の出口は飛蝗人間を挟んだ向かい側だということ、飛蝗人間の俊足さは凛のそれを遥かに超えること、そして何よりも、彼の放つ異常なまでの殺気に、一瞬彼女が圧倒されてしまったこと──それらの要素が、彼女の離脱を不可能にしていた。

 

「っまず!」

 

 飛蝗人間の呪縛から解放された彼女は、人差し指を彼へと向けて牽制として『ガンド撃ち』を試みる。だがそれよりも、彼がその爪を振り上げる方が少しばかり速かったようだ。

 

(せめて少しでも避け──ああダメ、間に合わない!) 

 

 迎撃するにも時間が足りず、回避するにも速さが足りない。更に彼の爪は、かの名高き英霊達の武器と渡り合える程の爪だ。人体など一振で惨殺死体に変えてしまうだろう。

 高々と振り翳されたその爪に、彼女は死神の鎌を幻視した。

 

(ダメよ、こんなところで、こんな訳の分からない奴に、この遠坂凛がこんなところで……!)

 

 彼女の頭を、走馬灯が過る。

 偉大だった父の姿、壊れてしまった母の姿、いけ好かない神父の姿、従順だった弟分の姿、そして──遠くに行ってしまった、かつての妹。

 

 振り翳した鋭い爪を、飛蝗人間は振り下ろし始める。極限状態でかつてなく回転している凛の脳内に、袈裟懸けに斬られて絶命した己の姿が浮かび上がる。

 迫り来る死への恐怖と絶望から、思わず彼女は目を瞑った。

 

 

 

 ──

 

 ────

 

 ──────

 

 ────────え? 

 

 いつまで経っても攻撃がこないこと不思議に思った彼女は、瞼を開いて眼前の飛蝗人間を見る。

 

 そんな彼女が見たのは、彼女に当たる寸前で止まり小刻みに震えている爪と、白濁ではなく澄んだ赤に染まった眼球。そして、先程までの殺気が嘘のように霧散した彼だった。

 

 震える爪を下げた彼が、怯えるように後ずさる。彼女には、彼が数十秒前ランサーとアーチャーを相手に渡り合っていたということが、どうしても信じられなかった。

 

 ──ドス! 

 

「■ゥ、ア!」

 

 彼女の脇をすり抜けて飛んできた短刀が、彼の脇腹に突き刺さる。

 度重なる負傷に耐えかねたのか、将又(はたまた)戦う気が失せたのか。彼は彼女を一目見ると、クルリと方向転換をして、一目散に校外へと逃走した。

 

 

「無事か凛! 傷は無いか!? ……おい凛! しっかりしろ!」

 

「……っ! え、ええ何処も悪くないわ。何処も……。

 ……アーチャー、今のどう思う?」

 

「……形成を不利と見ての撤退か、マスターからの命令に由るものか……私としては撤退の説を推すが……君はどうだ、凛」

 

「えぇ、そうよね。その筈よね……」

 

 

 口ではそう言いながらも、彼女はそうは思っていなかった。

 あの瞬間。赤く染まった双眸と、彼女を切り裂かんとした彼が見せた、身体の震え。間近で見た彼女には、その震えに困惑、驚愕といった感情が含まれているのが感じられた。

 

 

「──って、まずい! ランサーを追うわアーチャー! それも全速力!」

 

「……何故だ、凛。あの少年は我々の戦いを運悪く目撃してしまった。態々ランサーを止めに行く義理はない」

 

「っつ! それでも行くのよ! まだ生徒が残っていたなんて……まったく、とんだ失態だわ」

 

 

 ランサーに追われ校舎へと逃げた少年のことを思い出した彼女は、アーチャーと共に校舎へと駆けていく。

 そんな彼女の頭には、もはや飛蝗人間のことは一辺たりとも存在しない。保留すべき案件として、記憶の奥に追いやられていた。

 

 

 

◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

「──はぁっ、はぁっ、はぁっ……」

 

 夜の街を、常人からすれば残像しか見えないであろう、疾風の如き速さで駆ける。目に映る全ての景色が、早送りした映像のように次から次へと移り変わる。それは、バイクを乗り回す時に見る景色と酷似していた。

 

「──はぁっ、はぁっ、はぁっ」

 

 身体に突き刺さっていた短刀は、走っている間に全て抜き取った。傷から鮮血が吹き出ると思ったが、内臓をも貫いていた傷は、少々の流血と少しの間を置いて完治した。

 

「──はぁっ、はぁっ、ひゅぅぅ……」

 

 無我夢中に走り続けること約10分。自分の目が、言峰教会の尖塔を捉えた。

 

 10分。今の自分が、穂村原学園から教会までの道のりに掛けた時間である。計算したらどれだけの時速何㎞になるかなど、考えたくもなかった。

 

 のろのろと歩きながら居住区画の玄関に向かい、ドアを開ける。ドアノブを爪で傷つけたかもしれないが、そんなことに気を割く余裕は無かった。

 

 張り詰めていた緊張が解け、ずぶずぶずぶ、という音と共に変身が解ける。同時に、凄まじい疲労感と寒気が襲いかかる。服は全て破けたので、当然今の自分は全裸だ。

 

 廊下の壁に寄りかかりながら、自室に滑り込む。そして新しい服を着ることもせずに、布団の中へ潜り込んだ。

 

「うぅ、ぅぅぐぅ……」

 

 もう、何が起きているのか分からない。学校では謎の人間たちが戦いを繰り広げていて、幼馴染みの凛はそれに関与していて、己は実は怪物だった。

 

 これまでの日常を粉々に破壊した事象が、頭のなかで渦を巻いて暴れまわる。なぜ、なに、どうして。今まで得てきた常識では説明できないカオスが、そして何よりも、正気ではなかったとはいえ、幼馴染みをその牙にかけようとしたという事実が、自分を執拗に苦しめた。

 

(そうだ、これはきっと夢だ。現実の俺は、ぐっすり寝ている最中なんだ。朝になったらいつもの毎日に戻っているさ。そうに違いない)

 

 回転する思考を停止させ、睡眠のモードに突入する。幸いにして、凄絶な戦いを繰り広げたからか既に身体は十分すぎるぐらいの睡魔に襲われていた。

 

 これは夢だ。きっと夢だ。そう、夢でなければならない。

 

 そんな願いと共に、俺は甘美な眠り(逃避)に堕ちていった。

 

 

 

 

 

 

 暗い空間で、いつもの怪人が立っている。此方へ背を向けて、唯々其処に立っている。

 

 ざざざ、とバッタの大群が現れ、自分の体を覆っていく。振り払おうとしても、体は石のように動かない。

 

 飛蝗怪人が此方を見つめる。その顔にはいつもの獣じみた表情は浮かんでいない。残忍で暴力的な喜悦に歪む、実に人間らしい表情をしていた。

 

 





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