鬼人様は面倒ごとを躱したい   作:フクマ

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鬼人様は毒を吐き拳を振るう

 基本的に、宿木棗というのは自分本位な人間だ。それは前世からの気質の継承か、あるいは突っ込まれた力による副産物か。

 だが、自分本位であるからこそ周辺被害を考えて戦闘に際して場を変える事があった。

 例えば、自分の気に入りの店が近くにある場合。彼の持論ではあるが、料理人の腕前や目利きは取り返しのつかないものであると棗は考えていた。

 故に、彼は町を駆け抜ける。

 

 

「待てェッ!!!逃げられると思うなよ!!!」

 

「………」

 

 

 ビルの上を宛ら八艘跳びの様に飛び回りながら後方を確認すれば、文字通り鬼の形相のロキが追って来ていた。

 首を刎ねれば、こんな鬼ごっこに興じなくとも済んだだろう。だが、棗はその選択肢を今回ばかりは蓋をして目を逸らしていた。

 

 彼は端的に言って、不機嫌であったのだ。誰しも、自分の好きなものを馬鹿にされれば腹に据えかねるのと同じこと。

 棗にとって食事は、あらゆる事柄よりも優先される事であると同時に、唯一の娯楽だ。正に、食道楽

 だからこそ、()()()()()()。それは、料理人であり、その店の店員であり、食材の生産者であり、卸売りの目利きであり、食に携わるあらゆる相手に向けられている。

 故に、これから行うのは()()()()()()

 

 町を抜け、距離を取り、やがて辿り着くのは特撮の聖地、採石場。

 ダイナマイトやらドリルやら騒音を発する道具を用いるここは、周辺への被害を考慮して人里離れた場所に作られる事が多い。

 背後から飛んでくる魔法を躱した棗は、この採石場に降り立つと漸くその足を止めてロキへと向き直っていた。

 

 

「観念したか。冥途の土産に、命乞いの一つでも聞いてやろう」

 

「………」

 

「どうした?今更怖気づいて―――――」

 

「………クヒッ」

 

 

 肩を震わせて俯いていた棗より零れるのは、嘲るような笑い声。

 

 

「随分と、面白い事を言う奴だ。何様だ、お前」

 

 

 嘲る様に、空に浮かぶロキを見上げる彼の表情は歪んでいた。

 見たものに不吉な震えを走らせる様な、そんな笑み。だが、ロキには神としてのプライドがあり、走った悪寒に対しては無理矢理目を逸らし、寧ろ怒りをより助長する燃料へと変えていく。

 掲げられる右腕。肺一杯に空気を吸い込み、最強の先兵を呼び出した。

 

 

「来い、フェンリル!その牙をもって、傲慢無知な輩を塵へと変えろ!!」

 

「グルルルル………」

 

「ほう……」

 

 

 現れる、巨大な狼。両肩より天を突く角がそれぞれ生え、背は白銀の毛並み。一方で、そのほかの毛並みは濃紺だ。

 人間からすれば、文字通り見上げるような巨躯。それが今、棗の目の前で唸りを上げて姿勢を低くし、今まさに食らいつかんとその牙を剥いていた。

 

 神を食らう狼。北欧神話においては、予言によって神々はその存在を恐れ成長し巨大化し、尚且つ強くなり続ける力を見咎め拘束することになる。

 この拘束に際して、最初にレーシングと呼ばれる鎖が用意されるも、暴れるフェンリルを抑えることが出来ず破壊されてしまう。次に用意されたのが、レーシングの二倍の強度がある鎖、ドローミ。しかしこれもまた破壊されてしまう。

 困った神々は、ドワーフに依頼して、彼らはグレイプニールと呼ばれる魔法の紐を作り上げた。ちなみに、この紐は猫の足音、女の顎髭、山の根元、魚の吐息、熊の神経或いは腱、鳥の唾液という六つの材料で出来ていたとか。

 果たして、この紐はフェンリルを拘束してみせた。その際に、テュール神の右手首を嚙み千切ったと言われている。

 以上が神話の一部抜粋。この後は、ラグナロクにおいてフェンリルは戒めより脱して、オーディンを一飲みにしてしまう。そして、その最後はヴィーザルによって上顎と下顎を上下に引き裂かれてしまうとも、その心臓を鉄の剣で貫かれてしまうともいう。

 

 話を戻そう。この世界におけるフェンリルは、生みの親であるロキを遥かに超える力を有していた。それこそ、世界でトップ10にも食い込めるほどの実力だ。

 その武器は、やはり牙、並びに爪。守りは、分厚い毛皮と堅牢な骨格、弾力のある筋肉。

 要するに、その肉体そのものが大抵の生物よりも遥か上に位置していると言って良いだろう。

 

 強者となるべく生まれてきた、強者。それこそが、フェンリルであった。

 

 右手だけをポケットから出してフェンリルと相対する人間を見下ろしながら、ロキは内心で蔑みつつ、同時にオーディンへの怒りを募らせていた。

 元々、彼は和平に対してマイナスの印象しかなかった。そも、三大勢力である聖書陣営自体に悪印象を抱いている。

 というのも、聖書陣営は北欧神話のお膝元で別の神話である自分たちの神を信仰するような宗教を広げてしまったから。それを差し引いても、他勢力は滅ぼすべき、というのがロキの持論だった。

 その前座。眼下の人間がフェンリルの玩具として無惨に殺された後、その骸を晒して火種とする。

 

 もっとも、それは()()()()()であったなら、だが。

 

 

「―――――お座り」

 

「ギャブッ!?」

 

 

 今まさにその大口を開けて食らいつかんと棗へ襲い掛かっていたフェンリル。その牙を防ぐことは、まず不可能。

 だがその前に、彼の右手がフェンリルの鼻先を掴んでいた。

 そして、()()()その頭を思いっきり地面へと叩きつけるではないか。

 猫が伸びをするような格好で叩きのめされるフェンリル。その硬い岩盤の地面に半ば埋まった頭部に乗せられるのは、棗の右足。

 再び巻き起こる粉塵。巨体が沈む。

 

 

「―――――生来、獣というのは自身よりも上の存在に対して頭を垂れるもんだ」

 

 

 フェンリルの頭に乗せた右足。体を前に倒して膝を少し曲げ、その膝に右腕を乗せる態勢をになった棗は、真っすぐにその金色の目を覗き込む。

 

 

「分かるか、()。お前が尾を振るべき相手は、奴か。それとも別な者か」

 

 

 囁くように、唆すように、その声は決して張る様な声量ではない。故に、空に居るロキには、何が起きているのか分からなかった。

 

 

「何をしている、フェンリル!さっさと、その愚者を殺し骸を晒させろ!その牙で噛み裂いてしまえ!」

 

 

 唾を飛ばし、同時に己の掛けた呪縛を行使する。

 だが、

 

 

「なん……だと………!?」

 

 

 呪縛は発動しなかった。それどころか、結ばれていたはずの制御の契約すらも意味を成していないではないか。

 何が起きているのか、全くもって分からない。だが、その間にも状況はロキの不利な方向へと転がり落ちていく。

 

 棗が足を退ければ、フェンリルもまた立ち上がる。そして、真っすぐに見つめ合った後、その巨体は百八十度反転していた。

 

 

「犬、殺さずに連れてこい。痛めつけるならば、口の利ける程度でな」

 

「グルルルル」

 

「ッ、フェンリルよ!生みの親である我に牙を剥けるのか!?」

 

「何を言うかと思えば………子は、独り立ちするものだろう?」

 

 

 大きめの岩に腰を下ろし、ニヤニヤと邪悪な笑みを浮かべる棗。足を組んで、両手はズボンのポケットへと収めた彼は明らかな傍観者の姿勢を取っていた。

 本当ならば、彼自身が自らの手でロキを叩きのめそうと考えてもいたのだ。だがそれは、フェンリルが現れた事により計画変更。

 明らかに自分の力量以上の存在を従えているその姿を確認して、内心の鬼畜の箱が開いた。

 

 奪ったうえで、奪い取った相手に嗾ける。

 

 これほど、相手のプライドをへし折る事は無い。少なくとも、彼はそう考えた。

 一方でロキもまた、絶体絶命の危機に陥ったと言っても過言ではない。

 

 そも、彼の場合は彼自身の魔法の実力はあれども、寧ろその子らの方が強かったりする。

 フェンリル然り、ミドガルズオルム然り。ちなみに後者は、ヨルムンガンドとも呼ばれる存在だ。

 

 今までは、嗾ける側であったというのに、それが逆転した今、ロキの内心を占めるのは絶望、ではない。

 

 

「おのれ………人間風情が……!」

 

 

 嚙合わせる歯が軋み、握った拳は血が滴る。

 これほどの屈辱を味わったことが、彼にはなかった。それも、相手は神でも人外でもなく()()であるという点もまたその屈辱に拍車をかける。

 故に、その行動に出たのもある意味では当然であった。

 

 

「貴様を殺せば、この茶番も終わるだろう!!!」

 

 

 差し向けられた右手。その前に現れるのは極光を放つ魔法陣。

 一切の躊躇も、ほんの一握りの手心すらも加える事のない魔法の一撃が棗を襲う。

 直撃すれば、人間はおろか人外であろうとも並大抵の存在は消し飛んでしまう事になるだろう。

 

 ()()()()、の話であるが。

 

 

「―――――馬鹿が」

 

 

 持ち上げられる左手。その手と魔法がぶつかり合う。

 本来ならば、触れるどころか近づくだけでもその肌を炙られる事になるだろう。

 だが、そこに発生した光景はそのどちらでもなかった。

 

 

「な………」

 

 

 ロキ、絶句。

 全力全開の本気の一撃ではなかった。なかったが、上級悪魔であろうとも問答無用で消し飛ばせるであろう一発を放ったつもりだった。

 だが、その結果は座ったまま左手を持ち上げた棗がそこに居る、というもの。放った魔法は、完全に打ち消されてしまっていた。

 受け入れがたい事態に固まるロキ。そして、棗は立ち上がる。

 

 

「犬、下がれ。手を出すなよ」

 

 

 その言葉にフェンリルは大人しく下がると、その場に伏せの姿勢をとった。

 確認するまでも無い。棗は振り返ることも無く前へと歩を進め、そしてロキを見上げた。

 

 

「元来、プライドの高いものというのは二種類に分けられる。己のプライドの為にその身を研鑽し、力をつける者。もう一つは、己のプライドの為に都合の良い夢幻(幻想)を見る者。お前は後者だ。お前自身の力なぞたかが知れている。子と言ったが、その犬もまた同じことだろう?お前自身が自分そのものに見切りをつけたも同然だ」

 

「何を、言っている………」

 

「分かっているのだろう?自分は、()()()()()()()、と。これ以上は、どう足掻いても()()()()、と。そこで、そこな犬を生み出した。自分の(しもべ)として、等と尤もらしい理由をつけて」

 

「………」

 

見下(みくだ)さねば生きていけないんだろう?見下(みお)ろさなければ安心できないのだろう?何故ならお前は、()()()()であるのだから」

 

 

 呼吸が浅くなり目を見開くロキを見上げる棗は、淡々と、しかし狡猾に()()()を済ませていく。

 言葉とは、言霊だ。

 良い言葉を使えば、良い事が。悪い言葉を使えば、悪い事が。言葉というのは世界に対して何かしたの影響を与える力があると日本では昔から伝えられてきた。

 単なる、アミニズム的な考えだけではない。()()()()()()の言葉には、確かに力が宿るのだ。

 

 棗の言葉は、まるで毒の様にロキへと回っていく。

 常の彼ならばこんな事にはならなかった。だが、今はプライドの根幹を揺らがされ、精神面がガタガタ。その上、最強の手駒であったフェンリルを奪われた状態。

 そこに、今の今まで自分自身が目を逸らしてきた()()()()()()部分を突かれた。

 悪い想像というのは一度膨らみ始めると、燃料を与えられるだけ膨らんでいく。もちろん、個人差はあるが、なまじ頭の良い者ほどドツボに嵌りやすいというのはある。

 

 

「我、は…………」

 

 

 グラグラと己の価値観を揺らがされ、正解などないであろう決めつけが頭の中でグルグルと駆けまわる。

 そして、棗は仕上げに手を付けた。

 瞬間、その姿は地面より掻き消え、現れるのはロキの目の前。

 

 

「お前の立ち位置を教えてやろう」

 

 

 凶悪な笑みを浮かべた棗の右腕が一閃される。直後に、ロキの体は地面へと叩きつけられていた。

 盛大に巻き上がる粉塵。その中央、半ば窪んでクレーターのようになった岩盤の中心で四つ足ついて項垂れるロキ。

 その垂れた頭の上に、棗の左足が乗るとそのまま顔面が地面に叩きつけられることも気にする事なく、その頭を踏みつけた。

 

 

「これが、お前だ。何も持ち合わせず、持とうとしなかった者の立ち位置だ。愉快だろう?全てを見下そうとしたお前が、最も見下され、踏み躙られる存在だったとは、なあ?」

 

 

 悪意を持って嗤う棗に対して、最早ロキに歯向かう気力など存在しない。

 格付けは、終わった。例え、ロキが再起を果たそうとも、再び相対すれば骨の髄にまで刻まれた圧倒的な無力感が顔を出すことになるだろう。

 だが、これで終わりではない。

 棗は聞いていた。この足元でうずくまった男が、とある名前を呼んだ事を。同時に察する。この不快な事件の()()()

 

 殺意はない。だが、落とし前を付けさせる。

 

 

「お前に一度、チャンスをやろう」

 

「チャン、ス………」

 

「ああ、そうだ―――――お前の探し人。そいつの所まで、俺を連れていけ。お前は、()()()()()()()

 

 

 言葉は、甘い毒となる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 北欧神話の主神であるオーディンが日本へとやって来たのは、和平の為。

 元々、神話体系というのは閉鎖的だ。これは仕方ない側面がある。

 神話というのは、世界の話だ。そして、世界というのは基本的に一つで完結しておりそれ以上が外部から持ち込まれる場合は()()となる。

 閉鎖的な世界の住人は、総じて保守的だ。何故なら、今その瞬間で満足し、安定しているから。

 

 

「―――――では、そのように」

 

「まあ、そうかのう」

 

 

 会談も一段落。三大勢力代表側と比べれば熱意の無いオーディンだが、これもまた安定には必要な事なのだから熱の有無は関係ない。

 面白い事ではない。ではないが、立場というのはそういうものだ。

 

 そうして、一息ついた時、ソレは起きた。

 警戒のための結界が破壊され、同時に会談室の壁もまた粉砕される。

 

 

「ゴルルル……!」

 

 

 突っ込んできたのは、ラグナロクの引き金にもなりかねない存在、フェンリル。

 だが、会談の場で最も衝撃を与える事になったのは、そのオオカミの背より降りてきた一人の人物だ。

 

 

 

「お前が、オーディンか」

 

 

 その立ち姿は、まさに天上天下唯我独尊。北欧の主神であろうと、知った事かと言わんばかりの横柄な態度だ。

 一方で、場は混沌へと突き進んでいく。

 この場には、四大魔王に加えて、天使長まで居た。

 だが彼、宿木棗が見るのは隻眼の主神のみ。

 

 

「「オーディン様!」」

 

 

 最初に再起動を果たしたのは、護衛であった堕天使のバラキエルと戦乙女のロスヴァイセ。

 半ば盾になる様にして、オーディンとそれから真っすぐに主神へと足を進めてくる棗の間へと割って入り、その手に魔法陣を出現させる。

 だが、その魔法が放たれる事は無い。

 

 

「―――――束縛の鎖をこの手に」

 

 

 涼やかな声とともに、異空間より放たれるは幾筋もの鎖たち。

 それは、護衛だけでなく三大勢力の首脳陣含めた敵対者全てを拘束してみせた。

 鎖を放ったのは、棗の後方。フェンリルと並ぶようにして宙に浮いたロキだ。その顔からは、表情という表情は抜け落ちており、しかしその全身からは滾る様な神気が溢れる。

 神すらも、己の手中に落としたのかとすわ驚かれようが、棗の足は止まらない。

 

 

「お前だろ?俺のところにアイツを送り込んだのは」

 

「さあて………仮にそうであったとしてどうする。儂を殺すかのう?」

 

「逆に聞くが、お前に殺すだけの価値があるとでも思うか?」

 

 

 会話をしながらも、両者の距離は棗が歩を進めれば進めるほどに縮まっていく。同時に、緊張感も高まってきた。

 

 

「ほう、儂にはお前に殺される価値が無い、か」

 

「ああ、無いな」

 

 

 断言する棗に対して、オーディンはここで初めて眉を顰めた。

 北欧の主神という立場は、伊達ではない。世界的なパワーバランスを担っているのは事実であるし、仮にその座が崩れ落ちれば世界的な混乱を齎す事にもなるだろう。

 そんな神に対して、()()()()()()()。そう言い切った棗。

 

 

「では、何をしにここへ来た。魔王か?天使長か?」

 

「その御自慢の知識をもって予想を立てればいいだろう?」

 

「うぅむ………」

 

 

 詰まる距離の中、オーディンの思考が加速する。

 そも、智の神がただ一人の人間に興味を抱いたのは、その力もあるが何よりもその特異性によるところが大きい。

 人間離れした身体能力。未知の力。不可解な術。凡そこの世界における力とは、何かが根本的に違うその在り方。

 英雄となりうる器かと問われれば、その才気は十二分に過ぎるだろう。本人の諸々は、抜きにして。

 

 宿木棗は、オーディンをして未知だ。予想はできようとも、それは事実とは到底言えないもの。

 

 故に、未来は分からない。

 

 

「―――――時間切れだな」

 

 

 残り距離、一歩。

 そして、オーディンは見た。

 

 

「―――――ブゥッ……!?」

 

 

 一度の瞬き。その隻眼が開かれた瞬間には、顔面から伝わる激痛。

 一切の抵抗も、何もかもを許さない。

 

 その日、オーディンはこの世に存在して初めて、

 

―――――人間に殴られる経験をした。

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