(^p^)←この顔文字好き
現世を取り上げるとどうしても他作品と同じような展開になっちまうよ……。
だから個性を出したかった。それがこの話です。(言うほど個性は出てない)
暗い。
それが最初の感想だった。
それもそうだ。この部屋の照明は点いていないのだから。
ここは平進高校の教室。数年前まで私が通っていた、懐かしき高校の一室だ。
そこには机も椅子も何も無く、扉は固く閉ざされている。
使われていないと一目見て分かる状態だった。
何気なく窓際を見る。
ここは、私の席があった場所。だが今は、閉められた窓があるだけだった。
私はそれに物悲しさを感じた。
転移で平進高校から出る。
蜘蛛さんは外から高校を見ていたが、私はなんとなく見なかった。
久しぶりの地球は懐かしい気分にさせるものが沢山あった。
コンビニで好きなお菓子を見つけた時とか、線路を走る電車を見たときとか。特に電車は見たときは軽い感動を覚えた。
コンビニや電車といった、数年前まで当たり前だったものを見る度に自分は帰ってきたんだって思う。
「蜘蛛さんはどう?」
「ん?んーあー……特に何も思わんな」
「そうなの?」
「うん」
そんな他愛もない会話をしながら、夜の歩道を蜘蛛さんは迷いなく歩いていく。
迷いが無い…ということは行き先が決まってるってことか。
てっきり何気なく地球に戻ってすぐ帰るものかと思ってた。
んーでも蜘蛛さんはそんなことしないか。めんどくさいだろうし、そうするならあの舘でゴロゴロしてるよね。
そんな蜘蛛さんが地球に行く意味か。
ひょっとして、これから向かう所に何か重要なものがあるとか?
それが何かと聞かれたら分からないけど。
でも用があるのは確かだ。
蜘蛛さんは進んでいく。先程よりも重い足取りで。
それに不思議に思いつつもついていく。
蜘蛛さんの雰囲気が変わっていく。何かの覚悟を決めようとしているように。
それから数分。蜘蛛さんはある家の前で足を止めた。
その時の蜘蛛さんの顔つきは、やはり覚悟をしたかのような顔つきだ。
この家が何なのか気になって表札を探してみると『若葉』の文字があった。
ここは蜘蛛さんのお家らしい。
もしかして…?
蜘蛛さんが門を開け、玄関近くの植木鉢から鍵を取りだした。
そしてその鍵を使って玄関扉を開ける。
「お邪魔します…」
小声で挨拶をしていると、蜘蛛さんが玄関近くの階段を登っていた。
それに出来るだけ音を立てないようついていくと、蜘蛛さんは階段上のすぐそこにある部屋の前で止まった。
蜘蛛さんが口をゆっくり開く。
「タニシちゃん」
「ん?」
蜘蛛さんが私を見る。
「何見ても驚かないでね」
その言葉の意味を考える間もなく、扉が開かれる。
その部屋からは僅かなPC音が聞こえ、カチャカチャとコントローラーの音が響く。
モニターにはハゲオヤジのキャラクターが敵モンスターを倒している姿が映されている。
その前にはそのキャラクターを操作してるであろう少女が居た。
「いらっしゃい。おや、連れてきたのですね」
その少女はコントローラーを置き、振り返りざまにそう言った。
その少女を見て、私は困惑した。
だって、その少女は、私の隣に立っている。
爆発に巻き込まれて転生したはず。
あの時と変わらない姿で居るはずがない。
二人いるなんて有り得ない。
どういう事か理解出来ない私に追い打ちをかけるように、少女は言葉を続ける。
「始めまして。黒悠さん、私の身代わりさん」
その少女は、若葉さんにそっくりだった。
「ど、どういうこと?」
若葉さんが二人いることについて、蜘蛛さんが説明をしてくれたが、それでもよく分からない。
待て待て落ち着け。今、私は自分でも分かるほど戸惑っている。
一旦、いったん情報を整理しよう。
目の前の少女はDさんで、私の横に居るのは蜘蛛さんだ。
その二人は瓜二つ、異なる点は色と僅かな表情の違いだけ。
2Pカラーなんて言葉が浮かび上がるくらい、本当にそれだけの違いしか分からない。
そして二人の正体がえーっと?
蜘蛛さんが言うにはDさんが若葉さんで、蜘蛛さんは若葉さん役の蜘蛛か。
……???うん?
蜘蛛さんが蜘蛛?いや、違う、いや、違くない!
蜘蛛さんは蜘蛛だったけど若葉さんでは無い?蜘蛛さんと若葉さんはイコールで繋がらないってことだよね。
そもそも若葉さんがDさんだったから若葉さんは転生してないよね。
つまり…私が前世で若葉さんだと思ってたのがDさんで、異世界で出会った蜘蛛さんは教室にいた蜘蛛なのね。
なるほど?つまり―――
「蜘蛛さんって、本物の蜘蛛だったの?」
「まぁ、そういうこと」
「前世人じゃないってこと?」
「そ」
衝撃的すぎる。
蜘蛛さん、さっき何見ても驚かないでねなんて言ってたけど、それは無理だよ。絶対に無理。
今まで人だと思ってた親友が、実は前世蜘蛛でした!って知らされて驚かない人がいると思う?
うわーないわー。
「あんま驚いてなくない?」
「いや驚いてるよ?でも驚きが振り切って逆に冷静なだけだよ」
実際私の頭は自分でも驚くぐらい冷静だ。
驚きが振り切ったのもあると思うけど、その事実に納得したのもあると思う。
なぜならステータスに蜘蛛さんの名前に若葉姫色の文字が無かったのもあるけど、何より蜘蛛さんは前世で見た若葉さんと性格が違いすぎた。
確か若葉さんはいつも本を読んでたけど、もしあれが蜘蛛さんだったなら本を読まないと思う。蜘蛛さんって本を読む性格じゃないだろうし。
どちらかと言えば本を読まずに帰ったら何しようかずっと考えてそう。
それになんというか、蜘蛛さんって人らしく無いというか。
生きてるだけで幸せって前世人の蜘蛛が言える言葉じゃない気がする。
エルローゲーレイシュー達も同じ感じだったし、蜘蛛さんが蜘蛛で納得だ。
「…何か反応が想像してたのと違うわ」
「まぁ、蜘蛛さんと仲良くなったのってタラテクトの時だからね。だからそのときの蜘蛛さんしか知らないし、若葉さんとは関わりが無かったから、別に前世若葉さんじゃなくても何かが変わるわけじゃないかな。
蜘蛛さんは蜘蛛さん。DさんはDさんだよ」
私は若葉さんをあまり知らない。
たまに綺麗だなーって見てただけだ。若葉さんの方も特に喋ろうともしなかったし本ばかり読んでたから、ミステリアスな人だとしか思ってなかった。
まぁ、その若葉さんがDさんだったし、ミステリアスな人ってのはあながち間違ってないかも。
そんなことを思ってると、Dさんが2つのコントローラーを差し出してきた。
「ゲームしますか?ちょうど3人用のゲームがありますし」
…なんか黙ってるなと思ったらゲームの準備してたんだね。
画面に目を向けると、そのゲームのホーム画面らしきものが映っている。
それを見て蜘蛛さんが言う。
「ああ、これね。タニシちゃんはどう?」
蜘蛛さんが聞いてくる。
やるかどうか、より出来るかどうかを聞いてる気がする。
やりたいけど……私にはやるべきことがある。
「…ごめん。私は用事があるから出来ないかな」
だから断る。
これだけはやっておかないと。するならその後だ。
そう目で伝える。
「ん、いってらっしゃい」
「うん。それではDさん、また後で」
「いつでもどうぞ」
Dさんの何処かゾワッとする声を最後に、私は家を出た。
「D」
「なんでしょう」
「さっき身代わりの為に私を作ったって言ってたけどさ、具体的にはどんな感じなん?」
「では、デュオでもやりながら説明しましょうか」
静かな夜の中、私は一人である場所に向かっていた。
コンビニに入ったあの時、蜘蛛さんはコンビニの雑誌で、あれから半年しか経っていない事に気づいた。
それを知った時は驚いた。
そして、同時に納得した。
思えば転生してから5年近く経ってるのに記憶にある様子と大して変わっていなかった。
それはそうだ。こっちでは半年しか経ってないのだから。
あの時と同じ景色が残っている。
街を見れば見るほどあの時の生活が浮かび上がってくる。
それは懐かしくもあり、悲しくもあった。
浮かぶのは家族のこと。
前世の、篠前ゆりかと一緒に暮らしていた家族。
お母さんの誕生日だったというのに、あの日家に帰ることが出来なかった。
そんなどうしようもない後悔が、変わりない街を見る度に押し押せてくる。
でもこの感情は、今、ここに来て初めて感じたもの。
それまではそんなこと一度も思いもせず、ただ転生したことを理解した気でいた。
転生は死ななければ成立しない。
死ぬということは失うということ。
それは死した本人以外も例外じゃない。
そのことを私は分かってなかった。
これは私なりのけじめだ。
足を止める。
ここだ。
小さくも大きくもない、ごく普通の家。表札には『篠前』の文字。
ここが篠前の家。
真夜中なので灯りを点けている様子は無い。おそらく住民は寝ているのだろう。
転移するよう念じる。目を閉じ浮かぶのは私の部屋。
ベッドと勉強机、姿見鏡しかない、飾り気のない部屋。
私はあの時、よくベランダに出て外の風景を眺めていた。
もうちょっと女性らしくかわいい物を1つや2つ置いとけばよかったなんて、今更な後悔をする。
…今はどうなってるのかな。私が居なくなったんだし、全部片付けられて空っぽなのかな。
だとしたら、悲しいな…。
私は目を薄く開け、すぐに見開く。
「……あぁ」
……あの時と同じだ。
飾り気のない地味な部屋。
「……わたしの部屋だ」
あの時と変わらない部屋がある。
まるで私がずっと居るかのように。
全て残されている。
「ーっ」
急に目が熱くなる。
私はすぐに目から湧き出たものを服で拭き、ベッドの上で横になった。
ここからは勉強机が見える。テストが近づけばあそこで教科書を広げ、深夜になるまで勉強していたのを覚えている。
それにこの勉強机だけが見えるアングル。何かやらかした時によくこうしてた。
最後にこれをやったのは確かお兄…………ん?
横になった姿勢のまま思い出に浸っていると勉強机のペン立ての横に、何か見覚えのないものが置かれていることに気付く。
あんなものは記憶にない。
ということは私が死んでから増えたもの?
何故か心臓の鼓動が速くなる。
私はそれに戸惑いつつベッドから起き上がり、それを近くで見てみる。
それを見て私は納得した。
見覚えのないもの、それは私の遺影だった。
それを手にとって見てみる。高校入学の時の写真だ。写真の中の私は撮影者に微笑んでいる。
「……」
私はそれを持って部屋にある姿見鏡の前に立ち、写真の中の私と見比べつつ自分の顔に触れてみる。
写真の私と今の私は瓜二つ。赤い目と顎周りの模様が有るか無いかの差があるだけ。
写真を念力で浮かし、両手でその模様を隠してみる。
うん、私だ。
写真を見る。
…この赤い目がなければ。
「………」
写真を元の位置に戻す。
分かってる。分かってたよ。
私はもう戻れない。それを知るには十分すぎた。
私は部屋から出て、階段を降り、下の階のリビングに向かう。
電気は点いていないので普通なら真っ暗で何も見えないだろうけど、私は暗視があるので昼間のように見える。
テーブル、柔らかいソファー、大きめのテレビにその横に置かれたゲーム機。コントローラーが2つ。近くの箱にゲームパッケージが隙間なく入っている。
ソファーに座ってみる。自然と頬が緩む。
横になってみる。懐かしさと安心感が私の瞼を重くした。このまま目を閉じて眠りにつきたい。
だけどここで寝るわけにはいかない。
その思いで起き上がる。
近くのカゴから紙を一枚、ペンを一本取りだす。
そして紙をテーブルの上に置き、それに向き合う。
字を出来るだけ丁寧に書く。
一文字、一文字、魂を込めて。彼らに伝わるように。
書き終わったのでペンを置く。
私が書いたのはたった1つの感謝の言葉。
私が出来るのはこれが限界。これ以上は耐えられない。
私は玄関に向かい、鍵を開ける。
ドアノブを握り、そのまま開けずに振り返る。
そして灯りのない眠った家に向かって言う。
「……さようなら」
家を出て、玄関の鍵を閉める。
これでもうこことはお別れ。
私はもう
私は
私は振り返ることなく篠前の家から離れた。