カムラの里を出たい少年と、少年に里に残って欲しい竜人族の双子姉妹の700日戦争   作:メリバ上等

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なんやかんやで初投稿です。




13話 それぞれの答え(分岐:ユクモ村に行く)

 瞼を閉じれば今でも思い出せる。

 目を開けていることも難しい、白い夏の日だった。

 

 結婚って何だろう、と、ツミキがぼやいた。

 まだ幼い子供の疑問は、すうっと抜けるような青空へ消えていく。

 

 結婚とは何だろうと考えた。

 

 その言葉の意味は知っている。

 好きあう男女が契りを交わし、番いになる儀式のことだ。

 

 その言葉の意味を述べると、ツミキは「そういうことじゃなくて」と小さく首を振る。

 

「その人のことが好きなら、ずっと一緒にいたいじゃん。結婚なんかしなくても、ずっと一緒にいたらいいじゃん。なのに、結婚なんかするから出ていっちゃうんだ……」

 

 その拗ねたような言い方で、ああ、と事情を察した。

 

 要するに、ツミキは寂しがっているのだ。

 大好きな家族が……姉が、結婚して家を出ていくことに。

 きっと、この末っ子の頭の中は、「結婚なんてしなかったら、姉ちゃんも優しい義兄ちゃんもずっと一緒に暮らせるのに」という、子供らしい合理さと無邪気さを備えた理屈でいっぱいになっているに違いない。

 最も、その主張は認められなかったみたいだけれど。

 

 何でも器用にこなせる幼馴染でも、どうにもできないことがあるらしい。

 珍しくいじけているツミキの不貞腐れた姿がおかしくて、思わず笑みが溢れた。

 益々、拗ねてしまったツミキの唇が尖る。

 

「何だよう、じゃあ、そっちはなんで結婚なんかするのか分かるのかよっ。僕は、絶対に結婚なんかしない方がいいと思うけどねっ」

 

 そう言われて、少しばかりの思案。

 答えは、すぐに出た。

 

 きっと、最もらしい理由なんてない。

 

 好きなら結婚しなくても一緒にいればいいのは、その通りだけど。

 それでも、男と女が、世界中の男女が結婚しているのは。

 相手のことが好きで、大切で、愛おしくて。

 その気持ちをカタチにする中で、結婚という契りがある。

 

 そして、その契りには意味がある。

 

 なら、どうして結婚するのかと問われれば。

 

「わたくしは……わたくしが大好きな方の特別には、わたくしだけがなりたいと、そう思います。だから、結婚には、その特別を……その……」

 

 言葉の最後は恥ずかしくて尻すぼみになった。

 

 自分に自信がなく、引っ込み思案な彼女は、当たり前のように自分を信じていない。

 誰かに愛される特別。それが結婚だとすれば、それは、彼女にとっては、とても甘美な響きを持つ。

 だって、結婚によって生まれる特別は、たった一枠。

 自分を信じていない彼女は、その枠が複数の場合に、一番特別に自分がなれるなんて考えたことすらない。

 でも、それが一枠だと決まっているのなら。

 それだけで、結婚には意味があると思う。

 ……姉妹で結婚できないのは、本当に口惜しいけれど。

 

 彼女の答えを聞いて、ツミキは首を捻っていた。

 そして、一言。

 

「結婚しなくても、これから先ずっと、ミノトちゃんは僕にとって特別な女の子だけど」

 

 あまりにも揺るぎなくそう言うものだから。

 そして、それが考えたこともなかった言葉だったから。

 

 ポカンと、小さく口を開けて、ミノトはずっと固まっていた。

 

 だから。

 

「もちろんヒノエちゃんや父ちゃん達、里のみんなも僕の特別好きな人たちだなぁ」

 

 なんて言葉は、ミノトの耳には入っていなかったけど。

 

 

 

 

 

 ああ、そんな事もあったなと。

 感慨に耽ることは少なかった。

 

 あの言葉は、あの瞬間は確かに自分にとって特別だった。だが、ミノトの胸の奥が切なく疼き始めたのは、あの瞬間からではない。

 

 いつから? と言われると、分からない。

 いつの間にか、というのがきっと正しい。

 

 なんてことはないのだ。

 本当に何でもないような日常の中で、ミノトの気持ちは膨らんでいった。

 

 森を歩くときに、転けないように危ないところは手を引いてくれたり。

 不器用な自分があたふたしていると、いつの間にか側に来て手伝っていてくれたり。

 うさ団子をもらったとき、好きなうさ団子の味が一緒なのに、いつもそれを自分に譲ってくれたり。

 ミノトが傘を忘れて出かけて雨が降った時に、傘を持って迎えにきてくれたり。

 

 本当になんでもないことが、ミノトの胸の奥を高鳴らせた。

 言葉だけじゃない。その行動の一つ一つや声の優しさから、ミノトを特別に思っていると伝わってくる。

 いつも自分と姉を比較してしまい、自分の価値を殊更低い位置に置いているミノトに、貴方は特別だと言葉で、行動で訴えてくるツミキは心の柔らかい部分に刺さってしまった。

 

 ちょっと……いや、ちょっとどころでなくスケベなところは、どうかと思うけど。

 それでも、こんなスケベを許してやれるのは自分だけだと思うと、仄暗い優越感が胸を満たした。

 

 ツミキがミノトを特別扱いしているのと同じように、ミノトもツミキをミノトにとって特別な場所に置いた。

 

 ミノトがツミキの一番特別な場所にいないことに気付くのに、そう時間は掛からなかったが。

 

 ミノトは姉のことが好きだ。大切だ。敬愛もしている。

 自分より優れた、とてもすごい人だと思っている。

 

 そんな姉が、自分には見せたことのない顔で、ツミキの隣で笑っていた。

 

 そりゃあ、気付く。

 気づかない方が無理だ。だってミノトは、ヒノエのことが大好きで、誰よりもヒノエの近くにいたのだから。

 

 これはとても単純な話だ。至極明快、疑問を挟む余地なんて1ミリもない、当たり前。

 

 無愛想で不器用な可愛げのないミノトより、朗らかで器量が良く花のように笑うヒノエの方が、優れている。

 優れている人は、愛される。優れている人は、間違えない。

 だから、優れていないミノトよりも……優れているヒノエとツミキは、優れているお互いを選んだのだ。

 これは、そういう当たり前の話だった。

 

 だから、ミノトは芽生えかけていた気持ちの芽を、心の奥底にそっと仕舞い込んだ。

 もう、二度とそれが出てくることがないように。

 ちくりと痛む心の傷の上から、嘘の包帯を巻いた。

 

 じゃないと、これから先。

 二人の幸せを、心から祝福できない。

 そんな自分には、なりたくなかった。

 

 まあ、それはそれとして。

 

 ヒノエにふさわしい男になってほしいと、ミノトはツミキにめちゃくちゃ厳しくなるのだけども、それはまた別のお話。

 

 

 

 ……そうやって、ミノトは自分の気持ちをずっと押し込めてきたのに。

 

「……わたくしは、やっぱり……出来損ないの妹、なんですね」

 

 もう、この胸の痛みの誤魔化し方が分からなくなってしまっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 死にたいほど恥ずかしい記憶をこさえた人間が行うことなんて、古今東西そう変わったモノじゃない。

 

 結論、無かったことにするのである。

 

「無理です!!!」

 

 というわけには、いかなかったようだが。

 

 石造りの大浴場。

 濁った温泉に肩まで浸かったミノトは、つい先日の己の痴態を思い出して、両手で顔を覆った。

 湯に浸からないように纏めた髪の隙間から覗く、竜人族特有の細長い耳の先まで真っ赤に色づいていた。

 

 温泉で栄える観光名所、ユクモ村。

 ある意味、苛烈を極めた狩猟の疲れを癒すため……もとい、竜人族姉妹の女の子としての沽券のために、彼女たちはユクモ村に数ある浴場のひとつに訪れていた。

 

 妹の反応に、ヒノエは曖昧に嘆息した。

 

「でも、ミノト……。そうでもしないと、まともにツミキと話すこともできませんよ」

 

 渓流フィールドからユクモ村まで、徒歩でおおよそ4日の移動時間があった。

 普段であれば、その間取り止めのない雑談が止むことはなく、気まずさとは無縁の旅路になっていたはずだった。

 しかし、その4日間で会話らしい会話は無かった。

 無言だったのだ。

 原因は決まっている。

 気まずかったのだ。

 

 ヒノエとミノトは羞恥心が邪魔してツミキの顔を見ることさえ難しかったし、ツミキに至っては例の出来事を思い出すと夜中にこっそりソロクエストに出発することは不可避。そのため、可能な限りヒノエたちを視界から外して見ないようにしていた。

 もちろん脳内にはバッチリと焼き付いていたのだが。

 

 ともあれ、これほどまでに気まずい空気は三人とも経験が無かった。

 こんな状況ではあるが、三人とも別に互いのことが嫌いになったわけではない。だからこそ、なおのこと居心地の悪い空気を一刻も早く払拭して、元の関係に戻りたいのだ。

 

 そのためにヒノエが提案したのが、例の出来事を無かったことにするということ。

 

「ですが、ヒノエ姉さま! ツミキが私たちの……あの……あれを……その……とにかく! ツミキがあれを忘て無かったことになんてできるわけがありません! 絶対に網膜を超えて脳に焼き付いています……!」

 

「それは……私も無理だと思いますけど……」

 

「これから先、ツミキは私たちを見るたびに思い出すはずです。一見普通の顔をして、その裏では鼻の穴を伸ばしてスケベな顔をして視姦してるはずです! そんなスケベと普通に接しろなんてできるわけがありません!!」

 

「気持ちは分かりますけど……なら、ミノトはどうしたいんですか?」

 

「決まっています。消すんです、記憶を」

 

「……一緒じゃない?」

 

「消すのはツミキの記憶です、ヒノエ姉さま。人間の頭は強い衝撃を与えると記憶が消えると里長が言っていました。鈍器で何発か入れればいくらツミキといえど無事では済まないでしょう。私がランスを選んだのは今日この日のためだったかもしれません……!」

 

「記憶の前に命が消えそうですね……」

 

 死因は頭部損傷による脳震盪。兇器はランスの盾。

 

「ミノト、わがままばかり言っても話が進みません。このままではダメなのは、ミノトもわかっているでしょう?」

 

「それは……そうですけど……」

 

 ヒノエの言葉に、ミノトは唇を噛んだ。

 このままではいけないことなど、ミノトもわかっている。

 何より、ミノトもこの状況を放置することを望んでいない。

 

 でも、気持ちの面で「それはそれ、これはこれ」と切り替えができるかというとそれは話が違った。

 裸を見られる……ぐらいなら今までにもあったが、流石にムラムラしているところも、それを解消していると察せられるところも、今まで見られたことはないし、見せたこともない。

 今までとはレベルが違うのだ。

 そう簡単に飲み下せるような出来事では無かった。

 とはいえ、ミノトがそれを抱えて今まで通りになんて土台無理な話。

 現状維持を目指すのであれば、無かったことにするのが妹の方にとっては最良の結果になるだろう。

 

 遠くの空を見つめたヒノエが、「まあ」と溢した。

 

「私は無かったことにする気はないですけどね」

 

 自身の感情の処理に四苦八苦する妹を横目に、姉の方はまるで蛇が獲物を仕留めるときのように目を細めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【ユクモ村に行く】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 四方を山に囲まれた台地を切り開いた場所に、ユクモ村はある。

 傘のような丸い円状の屋根の民家が肩を寄せ合いながら立ち並ぶ。けれど、そこに雑多な趣はない。

 観光地、いや名所というべきか。

 人々には活気があり、人口の少なさを感じさせない賑わいがあった。

 

 僻地と言えるような山中にあってそれなりの人口を抱えているのは、ひとえに村の名産である温泉のためであろう。

 観光地として客足の途絶えないところには、観光客を狙って商いが盛んになり、金を求めて人が移り住む。

 ツミキは、これほどまでに人が多い場所というのを経験したことがなかった。

 

 常であれば、相応にツミキのテンションも上がって、ワクワクしながらユクモ村を探索していた。

 温泉街とは切っても切り離せない、えっちなお店も探したりしただろう。

 けれど、色々あってとてもそんな気分になれないツミキは、暇を持て余したようにブラブラと行く当てもなく歩いていた。

 

「宿がない……!!」

 

 というわけではなく、宿を探し求めていた。

 

「観光地とは聞いてたけど、本当にこんなに人が多いなんて……! どこも宿が満室で入れないなんて考えてなかったよ!」

 

 右を見ても左を見ても人がいるというほどの混雑ではないが、そもそも村の建蔽率的に宿泊用の宿は限られている。

 観光地あるあるだが、旅先で最も困るのは拠点の確保なのだ。

 

 旅の宿を探しているのは、もちろん体を休めるためだ。ヒノエやミノトは狩猟からの長旅で疲労しているし、ツミキとて休息なしでは活動できない。

 一般人と比較して凄まじい身体能力を誇るハンターからして「お前本当に人間?」と言わしめるツミキにとって、唯一弱点と呼べるものがあるとすれば、それはスタミナだろう。

 体力を減らさないハンターはいても、スタミナを減らさないハンターはいないのだから。

 

 だが、ツミキが温泉で一休みする前に宿を探しているのは、また別の理由があった。

 

「どうしよう、もう、本当に結構我慢の限界きてるんだけど……!」

 

 息の荒いツミキの手は、まるで隠すように股間に伸びていた。

 そういうことである。

 数日前からの渓流での一連の出来事は、思春期の男の子には刺激が強すぎたようだ。まあ、当然だよね。

 

 温泉そっちのけで宿を探しているのは、一刻も早くソロクエストに出発するため。

 タマミツネを捕獲した後、流石にフィールドで1回ほどソロクエストに出発していたが、流石に思春期、そんな安易なクエストでクリアできるほどふにゃってはいない。

 それに、ユクモ村までの道のりではヒノエとミノトの目もあってソロクエストに勤しむことができなかったのだ。

 つまり、限界までムラついて尚且つ最高のオカズを脳内に焼き付けた上で、現在5日目といったところ。

 頭の中はもうムフフなことでいっぱいだった。

 

 お店? は? それヒノエとミノトよりもエロいの? 

 この時ばかりは、少年は触れるおっぱいよりも至高の脳内メモリを選んだ。

 まあ、場所が見つからなかったというのもあるけども。

 

 血走った目で何かを探しながらユクモ村を徘徊する異常性欲ハンター。

 字面にしただけで身の毛のよだつ悍ましさだが、実際にそれを目撃する人、特に女性の恐怖は計り知れない。

 すでに「やべー変質者がいる」と噂になっていた。

 こうして彼の結婚はまた遠のいて行くのである。

 

 これ多分記憶消すのは無理なんじゃないかな。

 

 

 

 一方その頃! ユクモ村の温泉の1つでは! 

 

 

 

「でも、ヒノエ姉さまっ。このまま忘れるなんて私はできませんっ!」

 

 ミノトはまだ踏ん切りがついていなかった。

 

 忘れたい記憶なんて、生きていれば腐るほどあるだろう。

 失敗の記憶も、恥ずかしい記憶も、辛い記憶も。

 けれど、今回に限って言えば、お互いに忘れましょう──なんておためごかしで済む段階なんて飛び越えている。

 というか、あんなことやこんなことまで見られておいて「忘れた」なんて抜かしやがったら、正直、手が出る。

 

 タマミツネの媚薬に当てられて、乱れに爛れてあれやこれ。

 吹き飛んだ理性。性欲に突き動かされたあの間の出来事は、相手の記憶からも、自分の記憶からも消し去りたい記憶であることは確か。

 それでも。

 

「(──き、キス、したのに、忘れられるなんて!)」

 

 それを忘れたなんて言われた日にゃあ、乙女の沽券に関わる。

 思い出すのも恥ずかしい。あのキスは媚薬のせいで、決して自分の意志なんかじゃない。ツミキがキスのことを訊いてくるのは絶対ダメ。

 でも、自分はこんなにも恥ずかしくて、ドキドキして、もうそのことしか考えられなくなってるのに。それなのに、ツミキはケロッとしていて、あまつさえその事を忘れるのは、なかったことにするのは、許せない。

 そんな微妙な乙女心だ。

 

 そして、それはそのままヒノエにも当てはまる。

 

 ほとんど半裸で抱き合っていたのがヒノエだ。

 それを、好きな男に忘れられるなど……。

 もし、ツミキが忘れたなんて言ったら……。

 

「……ふふ」

 

 今の「ふふ」をもしツミキが聞いていれば3日ぐらいはヒノエの前に姿を現さなくなるぐらいの感情が込められていた。

 

 なかったことにするのは許せない。

 でもことさら意識されるのも、するのも耐えられない。

 

 二人、特にミノトの心情はこんな感じで「じゃあどうしたらいいんだよ」と言いたくなる(実際ツミキは内心そう思ってる)塩梅だったが……年頃の乙女とは得てしてそういうものだと思うしかない。

 

 思ったところで、ミノトには“無かったことにする“以外の解決の糸口がないのが痛いところではあるが。

 

 何やら覚悟を決めたような、底冷えするほどの綺麗な微笑を絶やさないヒノエとは対照的に、ミノトの頭の中は堂々巡りをする一方。

 

 ヒノエとミノトの違いは明確で、それは簡単にわかることで、だからこそ竜人族姉妹のやり取りを外から見ていた彼女には、それが分かった。

 

「ごめんね、話は聞かせてもらったわ」

 

 え、だれ? 

 と、竜人族姉妹が振り向く。

 そこには、腕を組み訳知り顔でうんうんと頷く銀色の髪をボブカットに切り揃えた女がいた。

 

「要するに……計らずして好きバレした男の子とどうやって接したらいいのか……二人はそれを悩んでるってことよね。それなら、話は簡単よ」

 

「あの、失礼ですがあなたは……?」

 

 ヒノエの問いに、女は。

 

「そうね……私のことは幸せ絶頂の女ハンター、縮めてハッピーさんとでも呼んでちょうだい!」

 

 キメ顔でそう言った。

 

 

 

 

 

 元々、だ。

 タマミツネの狩猟クエストを受けたハンターたちがいて、そのハンター達がクエストを失敗した原因が、クエスト対象のタマミツネが媚薬泡を分泌する特殊個体だった、ということ。

 そうして、その特殊個体の捕獲依頼がカムラの里に舞い込んできたわけだが……。

 

 タマミツネは渓流にいた。

 渓流に一番近いギルド支部がある町村は、ユクモ村である。

 一番最初にタマミツネの狩猟クエストを受注したハンター達がユクモ村を拠点に活動しているのは道理だろう。

 

 ユクモ村を拠点にしているハンターが、名物である温泉に足げく通っていて、たまたまそこにヒノエとミノトが入ってくることも、あるだろう。

 これは、そういう話。

 

 よく見ると、ハッピーさんは女性らしい丸みのある体つきではあるものの、明らかに鍛えた後のある筋肉が体の各所に見て取れる。

 特に、武具を取り扱う手は、同業者なら誰でも分かるようなハンターのタコとマメの影があった。

 

 ミノトが気付く。

 

「あ、その手、もしかして……」

 

「え!? もしかしてこの指輪のこと!?」

 

「そうでなはく」

 

「分かる? わかっちゃう? あのね、実はちょっと前にね、彼に結婚してほしいってね、プロポーズされたの!」

 

「あ、はい、おめでとうございます」

 

 ぐいぐいぐいっ! 

 詰め寄るハッピーさんと仰反るミノト。

 ハッピーさんが苦しそうに胸に手を当てた。

 

「ぐ、くぅ!!」

 

「急にどうしました!?」

 

「いや……改めて見ると脅威の戦闘力の差に愕然としたわね……肌も水を弾く若々しさだし……肌は私も負けてないからね!?」

 

「本当に急にどうしたんですか?」

 

「でもぉ、彼は私がずっと好きだって言ってくれたのよねぇ、えへへ」

 

「え、なに……? 惚気? もしかして初対面の人に惚気を打ち込まれている……? それに、なんですかこのテンション。お酒を飲んだ時のゴコク様のような脈絡のなさ……」

 

「ミノト、それ、多分正解です。この方、お酒を飲まれてるようですよ」

 

「真っ昼間からお酒を飲んで温泉に浸かっている……!?」

 

 酒を飲んでいるらしいハッピーさんからは、確かに独特のアルコール臭があった。

 ミノト的にはダメ人間の役満だったが、温泉街では割と普通の光景だったりする。

 それも、

 

「祝い酒よ、祝い酒。えへへ、さいっこうに幸せだからね、今。お酒も進むってもんなのよぅ」

 

 当人がこんな調子なのだから、さもありなん。

 

「っとと、ごめんね、私の話ばっかり。いやね? もっと話したいけどね? でも、そっち、なんか深刻そうだから」

 

 酔っ払いからアドバイスをもらっても……というのがミノトの正直な感想だった。

 だが、今は藁にも縋りたい気持ちであることは事実。

 性にまつわる事が原因で男の子と微妙な関係になった経験など、ミノトにもヒノエにもないのだから。

 

「ふむふむ、なるほどね。そんなことが……」

 

 ミノトからざっくりしたことのあらましを聞いたハッピーさんは、顎に手を当て頷く。

 目を瞑るその様子から、話を吟味しているのが伝わってきた。

 

「つまり、お互いに女と男を見せ合った幼馴染と、どう接したらいいか分からなくなってる、と」

 

「いや、あの、端的に言えばそうなのですが、生々しい言い方はやめてもらっていいですか?」

 

「若いわね、少女よ……。歳をとるとね、エロい話なんて息を吸うように出てくるの。これぐらいで恥じらえるのも今のうちよ。……私はまだ若いけどね!? 誰が年増よ!」

 

「聞いてないし言ってもない!」

 

「あれ? よく見たら……あなたたち、竜人族? え、うそ、じゃあ私よりもめちゃくちゃ歳上……?」

 

「珍しいかもしれませんが、私もミノトも見た目通りの年齢で判断していただいたので差し支えありません」

 

「へー、そうなんだ。ここの村長さんよりは若く見えるなとは思ったけど、へー。ちょっと胸揉んでもいい?」

 

「今何の脈絡がありました!?」

 

「いいじゃない、減るもんじゃないし、同じ女同士だし。私のも触っていいから。……触れるぐらいはあるから! 憐れまないでくれるかしら!」

 

「よ、酔っ払い……!」

 

 ミノトは露骨に相談相手を間違えた、という顔をした。

 

「里長しかりゴコク様しかり……! やはり、酔っ払いはアテになりませんね……!」

 

「み、ミノト、気持ちはわかりますが、力になってくれようとした人に対してそれはちょっと……」

 

「ヒノエ姉さまは優しすぎます。私はギルドで働き始めて学びました。酔っ払いは一度優しくするとどこまでもつけ上がると。甘さはいりません、ただ粛々と切り捨てるのが本人のためでもあります」

 

「ミノトに何をしたのかしら、里長とゴコク様……」

 

 主にだる絡みとツミキのことでのいじりです。

 

 そんな二人を尻目に、グビグビと酒を飲み干したハッピーさんが、「ぷはぁ!」と満足そうに息を吐く。

 本人の申告的にはまだまだ若いそうだが、飲みっぷりからはおっさんの風格が滲み出ていた。

 

「いえ、言動含めてだいぶきついですが」

 

「あははは、妹ちゃんは厳しいねえ。でも、それでいいんだよ。だってここ、男いないし! もちろん彼も、あなた達の幼馴染もね」

 

「……当たり前ではないですか? ここは女湯ですから」

 

「そう当たり前。当たり前のことなんだよ。好きな人には可愛い、綺麗って思われたい。それと同じくらい、当たり前のことだよ」

 

「……?」

 

「あはは、ま、逆に言えばさ。そういう人がいないところでまで、可愛くいなくたっていいってこと」

 

 ハッピーさんの言っている言葉の意味がわからず、ミノトは首を傾げた。

 

「ありゃ、伝わらなかったかな。んんん、私、やっぱり話をまとめるのが苦手だなあ……。んん、ちょっと待ってね、えっと……」

 

「……私は、何となく分かる気がします」

 

「ヒノエ姉さま?」

 

「自分のことを好意的に受け取って欲しい人がいる時に、好意的に受け取ってもらえるように振る舞えばいい。それがたとえ、相手を騙すことになったとしても……相手の心を踏み躙る結果に繋がるとしても。そういうことですよね?」

 

「いや重い重い怖い! そこまでのニュアンスはなかったかなー!? よく思われたい相手に、よく思われてるならいいんじゃないってぐらいだったよ!? え? これ幼馴染くん大丈夫なの……?」

 

「……」

 

「その苦々しい渋面はどういう感情なの妹ちゃん」

 

 四字熟語で言うと二律背反。

 

「お姉ちゃんはちょっと想像以上にグラビモス級で、妹ちゃんは温泉ドリンクの配合みたいに複雑みたいだね」

 

 ちょっと話しただけでも、二人からの好意の大きさが伝わってくるようだった。

 話では正常な乙女なら1ヶ月はまともに顔を見ることもできなくなるような経験をしておきながら、その幼馴染と関係を断つ選択肢が最初から無かったのがその証拠だ。

 よほど、抱えている気持ちが大きいのだろう。そして、信頼しているのだろう。

 

 なんだかとても面白いことになってそうだな、と、ハッピーさんはまだ見ぬ幼馴染くんに想いを馳せた。

 一体どっちに刺されることになるんだろうその子、とか。

 

 けれど。

 そうであるならば、これは、本当に簡単な話でしかない。

 

 ハッピーさんは目を閉じて、あの運命の日を思い出す。

 

「私も、似たような経験したからさ。まあ、あなた達とは逆だったんだけど……。彼が……まあ、こう、興奮して、辛抱たまらんって感じで襲ってきて、美味しく食べられちゃったんだけども」

 

「食べられる……?」

 

「ヒノエ姉さま、私が耳を塞いであげますね」

 

「当然、彼のそういう男の人の性欲とか、男の部分を見たよ。恥ずかしかったし、初めてで怖かったし、緊張もしたし、まともに顔、見れなかった。……でもね、嫌じゃなかったよ」

 

 恥ずかしいことは、恥ずかしい。

 気まずいことは、気まずい。

 そういうふうに感じるように、感情というものはできている。

 

 けれど、それが何処を起点に生まれた感情なのかは理解しなければならない。

 

 嫌いだから気まずいのか。

 好きだから恥ずかしいのか。

 起点が変われば、その感情の色は大きく変わる。

 

「好きだから、嫌じゃなかった。好きだから、嫌いにならなかった。……むしろ、嬉しかった。私は、彼とそういう関係になりたいってずっとずっと思ってたから。だから、何だろうな、えっとね……あーもう、本当に私はこういうの苦手だな! とにかく! 私が言えることは一つだけ!」

 

 ヒノエにあって、ミノトになかったもの。

 それは本当に、すごく簡単なことだ。

 すなわち。

 

「別に、無理やり忘れる必要も、なかったことにする必要もないんじゃない。だって、あなた達も、その子も、お互いに意識し合ってるんでしょ。いいじゃん、意識させとけば。世界には雄と雌しかいなんだし、“好き“にはそういう感情も含まれるように、私たちはできてるんだから」

 

 そう。

 最初から、なかったことになんて、する必要はなかったのだ。

 

「で、でも、それだとっ」

 

「あー、分かるよ。恥ずかしいよね。でも、それでいいのよ妹ちゃん。きっと向こうだって恥ずかしいんだし、逆にこれを利用して、ドキドキさせてやるぐらいの気持ちでいいのさ。その幼馴染のことが好きなら、それでいいとハッピーさんは思いました」

 

 あまりにも投げやりな回答だと言う人もいるだろう。

 けれど、それで良いとハッピーさんは答える。

 起きたことは無くならない。なかったことには決してならない。

 その時に感じた感情も、想いも、刻まれた記憶も、それが大きな出来事であればあるほど思い出となって残り続ける。

 大きな思い出は、色褪せない。

 

 それを未来への財産とするか、過去の呪いとするかは人それぞれだ。

 

「良いじゃん、恥ずかしくても。最初に言ったけど、大人になったらエロい話なんか平気でできるようになるし、それ以外にもたくさんのことが変わっていく。できるようになることもあれば、できなくなることもある。それもきっと、今しか出来ない青春だよ。……えへ、なんつって、みたいなぁー」

 

「意識させたままで、良い……?」

 

 ハッピーさんの言葉を咀嚼するように、ゆっくりとミノトがつぶやいた。

 今、ミノトの頭の中ではたくさんの感情が混ざり合っているだろう。

 元々、不器用な子だ。こうなると、自分の中の気持ちを整理するのにも時間がかかる。

 だけど、ミノトは時間がかかっても必ず答えを見つけるから。そして、見つけた答えを迷いなく実行する意思を持っているから。

 そうなってしまえば、ミノトは躊躇わない。何があってもやり遂げる強さが彼女にはある。

 

 ずっと一緒にいた姉妹なんだから、それぐらい、分かってしまう。

 

「……途中から、手、離れてましたよ」

 

 だから。

 余計なことをしてくれたなとでも言うように、竜人族の少女はハッピーさんを見つめていた。

 

 

 

 

 

「あの時のことはっ! ……ヒノエ姉さまとも話あったのですが、その、狩猟中の事故ですから。もう、気にしてません。気にしないようにします。あの時、きっとお互いに普通の精神状態じゃなかったと思いますし……。だから、もうお互いに遠慮し合うのは辞めましょう。ツミキも、それで構わないでしょうか」

 

 結局、ミノトが選んだのは現状維持だった。

 ツミキが確保していた宿屋に向かったミノトは、開口一番そう言い放った。

 

「うん。……僕も、できるだけ意識しないようにする。最初は、難しいかもしれないけど……」

 

「……それも分かっています。無理に忘れろとは言いません。でも、あからさまにえっちな目で見てはこないでください。それは怒りますから」

 

「分かった。とりあえず、今は大丈夫だよ」

 

「今は……?」

 

「あっ。い、いやっ、何でもない! さーてと、それじゃあ僕も温泉に行くかなあ!」

 

「……? あれ、この匂い……ねえ、ミノト。この部屋、何だかツミキの家と同じ匂いがしますね。使ってる木が同じなんでしょうか」

 

「言われてみれば……でも、どうして……。………………いや、これ……ツミキ? っていない! 逃げましたね!? 正気ですかあのスケベ!? 以前あれほど竜人族の女は匂いに敏感だから分かると言ったのに……ッ!!」

 

 今日ここで寝泊まりするんですよ!? というかなんで部屋が一緒なんですかぁ!! というミノトの叫び声が、ユクモ村に響いた。

 

 

 

 

 

 温泉から戻ったツミキがミノトにこってりと絞られた(不健全な意味ではない)夜。

 街灯も消えて、村人も寝静まり。青白い月明かりだけがそれを見ていた。

 

 めちゃくちゃ換気した宿屋の一室で、むくりと簡素なベットから起き上がる者が1人。

 一緒のベットで寝ている少女を起こさないように、ゆっくりベットから這い出して、少し離れたところに設置し直したベットへと膝を乗せた。

 囁くようなベットの軋みが暗闇に吸い込まれる。

 薄手のシーツを持ち上げれば、心が締め付けれるほど欲していた熱が、歓迎するかのように肌を撫でた。

 

 ベットで眠る少年が身じろぐ。

 少年の眠りがとても浅いことを知っているので、まだ、まだ起こさないように、心の声に逆らうことなく、そっとシーツの中へと体を滑り込ませた。

 

 体中が少年の熱に包まれたようだった。

 あまりの幸福感に、小さく体が震えた。

 体が、心が、本能が、ずっと欲していたものがそこにあった。

 

「ツミキ」

 

 少年の耳元に唇を寄せて、とても小さな声で、けれど蠱惑的な響きを孕ませて囁く。

 少年は、それだけで目を覚ました。

 

「……ヒノエ?」

 

「はい、ヒノエですよ。起こしちゃってすみません、ツミキ」

 

「それはいいんだけど……あれ、もう朝? ……いや、それよりもなんで僕のベットにむぐ」

 

 ツミキの唇に、ヒノエの人差し指が添えられた。

 

「ふふ。しーっ、です、ツミキ。ミノトが起きちゃいますから」

 

 雲が途切れ、窓から差し込む青白い光が、ヒノエを優しく包み込む。

 真っ白な肌。

 濡羽のように瑞々しく黒い髪。

 切れ長の目に収まる、稲穂のように美しい瞳。

 女性らしい曲線を描く体はどこも柔らかそうで、けれどスラリと引き締まっていて、芸術のような美があった。

 紅い線が控えめに引かれた白のインナーは、ハンター用のインナーでは考えられないほど扇情的で、思わず目を奪われてしまう。

 

「え? インナー? ……ヒノっ」

 

 ベッドが軋む音が、ツミキの言葉をかき消した。

 

「ねえ、ツミキ……」

 

 ツミキは、ヒノエを見上げていた。

 ヒノエは、ツミキを見下ろしていた。

 

 二人を世界から隠すようにシートが掛けられている。

 ヒノエの熱い、熱い吐息が、ツミキの耳朶をくすぐった。

 

 潤んだ瞳が、魂が焦がれる熱量を湛えてツミキを射抜く。

 

 早鐘を打つ心臓の鼓動はどちらのだろうか。分からない。

 この熱い息は誰のだろうか。分からない。

 この熱は、この体温は。分からないほどに、溶け合っていく。

 

 ヒノエの顔がそっとツミキの耳元によった。

 

「ねえ、ツミキ。あの時の続き……しませんか?」

 





ネクストモンハンズヒント!

・オナティッシュ

真実はいつもひとつ!
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