おもちゃ戦記   作:ひなあられ

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おもちゃ戦記8

「さて……諸君らに問う。今回の宝珠の量産に反対な者」

「「「「…………」」」」

「静まり返った会議室を見る事になるとはな……」

「無理もあるまい。あんな物を見せられてはな……」

「素人目の私たちでさえ、異常としか言いようがない性能だ。既に量産体制も整っているときた」

「3日後には前線の将兵に向けて配備可能だそうだ。奴ら、作るペースも異常だ」

「引っこ抜いてきたデグレチャフ少尉に感謝ですな」

 

 

 

 久しぶりの吉報に、会議室は穏やかな空気に包まれていた。エレニウム工廠から送り出される予定の新型宝珠。その完成に。

 

 エレニウム100式。紆余曲折を経て、キリ良く命名されたソレらは、なんと既に量産さえ可能だった。

 

 彼らは預かり知らぬところだが、これは副主任と呼ばれている技師のファインプレーである。

 

 というより、ハッターは技術こそあるが、軍の事情などには疎く、基本的な方針などは全てこの副主任が担当していた。

 

 この副主任、ハッター技師やシューゲル技師に隠れがちだが、エレニウム工廠内で冷飯食いだった部署でしぶとく生き残ってきた。

 

 それはどんなに無茶振りが過ぎる仕事でも、意地と根性で食らいついてきた実績から来るもの。その部下も釣られるように鍛えられてきた。

 

 そして意地や根性だけではどうにもならない仕事も心得ており、その最中で彼は『目標』と『効率』を求めるようになる。

 

 それ故に、ハッター技師の強行軍に食らいつきながら、厳格なスケジュールを完遂できたのだ。彼が居なければ、現場は手がつけられない程に混乱していただろう。

 

 何よりも、宝珠の『目標』を定めたのは彼である。ハッター技師のした事は、それに合わせて宝珠を作っただけだ。

 

 どちらが欠けても完成し得なかった傑作。それこそが100式なのである。

 

 

 

「前線に送る事は確定している。……問題は部隊の方だ」

「ですな。これ程に性能差があるとなると、既存の戦法は不適切と言わざるおえない。何が出来て何が出来ないのか……。まずはそれを見極めなければ」

「ともかく、貴重な魔導師を失わずに済む可能性が上がる。それだけでも配備する理由にはなるだろう」

「戦車が出来た頃を思い出しますな……」

「今は既存の戦術で十分だろう。いずれは試験運用を行わねばならないがな」

 

 

 

 この程度の混乱で済んでいるのも副主任の働きが大きい。ただ効率だけを求めるなら、新型の宝珠は現在の物と全く違う仕様となり、訓練に時間を割かれていただろう。

 

 目標と効率。この2つを徹底的に追い詰め続けた副主任だからこそ辿り着けた結果だった。

 

 

 

「そう言えば、件の学者達は今何を? 祝宴をやると言う話を聞かないのだが」

「……それなんだがね、奴等は既に新しい兵器の開発に乗り出したようだ。宝珠が完成した以上、銃が貧弱ではどうにもならないのだと」

「貧弱……まぁ確かに。身体強化術式が向上したのであれば、今まで以上の火力を持ち運ぶ事も可能、と」

「ふむ? 私が聞いた限りでは、銃とは別の新しい携行火器を作ると聞いたのだが?」

「はて、私は手榴弾に近い、新しい消耗型の火力を作ると聞いているが……」

 

 

 

 会議が再び静まり返る。全員の額にうっすらと冷や汗が流れていた。

 

 まさかそんな訳が無いと、彼等は誤魔化すように笑った。今までの常識をひっくり返すような事が、そう何度もあってたまるかと。

 

 

 

 

 一週間後。

 

 

 

 

 

「術式弾の一般配備が可能ですね」

 

 

 技術将官は椅子からひっくり返った。

 

 

 

 

 ──────

 

 

 

 

 

「ハッター技師! やりました! 予算が降りました!」

「えっと……良かったですね……?」

「いやぁ、これで念願の研究ができる……!」

「お、どんなヤツです? さっそくやりましょうか」

「それは勿論! ……えーっと、確かここら辺に草案が……あったあった! これですよ」

「ふむ……? 『歩兵火力増強計画』……ですか」

 

 

 

 新しいおもちゃは後回しかなぁ……。そんな本音を飲み込みつつ、副主任の渡してきた書類に目を通す。

 

 それは一般兵の持つ火力を上げるため、弾丸により効率的な強化を施すというもの。

 

 ……うーん、俺は宝珠専門だからなぁ、銃は全くの専門外だ。

 

 

「戦場の前線で、常に命の危機に晒され続けるのは一般兵です。彼等は最低限の装備しか持ちえず、敵の攻撃により容易く命を落とす。

 それを少しでも抑える為にはどうすれば良いのか。色々と考えたのです。

 まず、弾丸を受けても大丈夫な防具を考えました。仮称として防弾防具と名づけたのですが……あまり芳しい成果はありませんでした……。

 最低限、銃弾を受け止める事の出来る防具の開発には成功したんですが、今の帝国には、これを量産配備できる程のお金がありません。

 更に極限状態である戦場で、将兵のみがこれを着ていると、離反の原因になりかねない。そうして防具案はボツになりました……」

「……なるほど」

「次に歩兵個人が持つ火力の増強を目標にしたんですが、その辺りでシューゲル技師のケチが入りましてね……。あえなく計画はストップしてしまいました。

 なので予算が下りた今、この計画を進めようと考えているのです」

「となると銃を作ると言うことですか? 流石に私に手伝える事も無いと思うのですが……」

「いえいえいえ、今の帝国に新規の銃を配備する事など出来ませんよ。いくら出来がよくても、せいぜい魔導師か将兵などのエリート兵科専用の物となります。それでは意味がない。目標たる一般兵の強化が達成できない。

 故に、私たちが研究するのはコレです」

「これは……弾丸、ですね」

「そう! コレを強化できる手段があるのなら、これほど効率的な事はない。

 量産体制は既に整っている分、普及も配備も容易ですし、何より簡単な訓練で済みます。操作性は変わらず、兵士が扱いを誤る事は少ないでしょう。熟練の兵が扱っても、新兵が扱っても、そこに大した差は出来ません」

「……良い事づくめなのに、なぜそれを他の人間はしないんですか?」

「…………単純な事です。難しいからですよ」

 

 

 そう言って、副主任は机の下にあった銃を取り出した。それは真ん中辺りからへし折れ、銃の先が花のように裂けている。

 

 

「弾丸の威力を上げる最も単純な答えは、火薬を増量する事です。

 火薬は弾丸を押し出す力そのもの。力を強くすれば、弾丸の威力も高くなる。

 ですが力を強めると、その力に耐えられるだけの頑丈な入れ物が必要になります。そのバランスが崩れると、こうなる訳です」

 

 

 

 副主任は壊れた銃を放り捨てた。続いて取り出したのは複数の弾丸。よく見ると弾丸の先が全て違う形になっている。

 

 

 

「なので弾丸の形状を変え、より効率よく敵を殺傷できるようにしようと考えています。

 例えばこれ、弾丸の先が丸く抉れているでしょう? こうすると弾丸が身体に当たったとき、弾丸が平たく潰れて弾痕をより大きくするんです」

「……正直、ドン引きですよ、えぇ。ソレを使えば良いのでは……?」

「それがですねぇ、コレらの弾丸は条約で禁止されているんですよ。何とかして条約に触れず、より殺傷力のある物が作れれば良いんですけどねぇ。

 いっそのこと、魔導師みたいに術式を封入できれば良いんですが……」

 

「……はぁ……? すれば良いのでは?」

「出来れば苦労しませんよ……。

 魔導師の作る術式弾は、魔導師本人のハンドメイドでしか作れません。術式を封入するだけの魔力なんて、それこそ魔導師でもなければとてもとても……」

「別に空気中にある魔素で十分可能だと思うんですが……」

「…………………………え、出来るんですか?」

「付与術式では時間に限りがありますが、刻印術式と誓約の烙印を併用し、魔力の発揮が可能な刺激が有れば十分に」

 

 

 

 ガッシと両肩を掴まれた。え、なに、なんか怖い。副主任の目が血走ってる。

 

 周囲にいる他の技師に助けを求めようと、視線を走らせたら、皆んなして苦笑いしていた。いや、助けろよ。

 

 

「……それ、どれくらい有れば出来ます?」

「試作品なら一時間もあれば。改良を視野に入れつつ作るなら……3日は欲しいです」

「…………試作品……量産……試験……報告……。よし、多めに見積もって一週間にしましょう。こういうのは早ければ早いほど良いですからね」

 

 

 という訳で、銃弾に干渉式を刻む事になった。手作業で約一時間、取り敢えず試作品が完成する。

 

 刻んだのは一般的な爆裂術式……ではなく、同じ効果だが魔力による爆発を用いた物だ。

 

 弾頭に刺激を感知する干渉式を刻まなければならないので、最大まで威力を高めても爆竹程度にしかならないだろう。

 

 この事は事前に副主任に伝えてある。流石に魔導師が行う付与術式に比べれば見劣りする。

 

 射撃場にて、弾丸を銃にこめる。何があっても良いように、引き金は遠隔で引かれるようだ。

 

 

 パァンッ! 

 

 …………。

 

 

 

「……爆発しませんね」

「んー……想定以上に刺激が足りなかった……という事は無さそうです。術式の方に問題があったのか?」

「取り敢えず弾丸を見てみますか。……あ、見つかったみたいですね」

 

 

 砂袋の中から取り出された弾丸を手渡される。まだ若干熱く、火薬の匂いが残っている。

 

 その表面は煤と砂埃でくすんでいたが、術式を見るだけなら十分だった。

 

 

「削れてますね。弾丸の……根本辺り? この溝ってなんです?」

「……ライフリングというものです。弾丸にジャイロ効果を付与して、真っ直ぐに飛ばすための物です。銃の内側に掘られているんですよ」

「はー、なるほど。……しかし、これは困りました……」

「……いえ、そうでもありません。この弾丸はギルディングメタル……まぁ、銅ですね。それで鉛を覆った物です。鉛に直接術式を入れれば、術式は削れないかと」

「では、術式はどうやって掘るんです?」

「それは機械で刻印すれば良いかと」

 

 

 ……いや、多分無理だ。副主任はこの手の技術にはまだ疎いからそう言えるだけで。

 

 この術式、確かに見た目は模様が入っているだけだが、実は溝の中にも術式が掘り込んである。

 

 その鋳造技術がどれ程の物か分からないが、流石にそこまで細かい物を作る事は難しい筈だ。

 

 

「と、なると……根本から別のアプローチが必要です」

「……えっと、何か問題が……?」

「あぁ、いえ、量産するにあたって、この方式は複雑過ぎます。鋳造でどうにかなるとは思えない。故に複雑な術式を掘る事はしません」

「ではどうするのですか?」

「触媒を使います」

「触媒……ですか。それは宝珠に使われている、貴石類を?」

「いえ、コレです」

 

 

 そう言って、手の中に転がる弾丸を摘む。鉛と銅……。十分に触媒として機能してくれるだろう。

 

 

「……鉛……ですよね?」

「鉛ですね。正確には鉛と銅ですが」

「触媒になり得るのですか?」

「正しい手順を踏めば、石ころだって触媒になり得ます。これ程の純度がある金属ならば、その過程もある程度踏み倒す事が可能です」

「……本当に?」

「本当です」

 

 

 早速鉛の剥き身の弾丸に術式を刻む。しかしより簡素に、より掘りやすい形を目指した。ライフリングに干渉しないよう、弾頭部分に集中させる。

 

 そこに不燃性の薬液を混ぜて漬ける。暫くして引き揚げると、溝に白い薬液が固まって出てくる。それを薬莢に詰めた。

 

 

「こんな感じですね」

「……これは、銅をかぶせても効果は変わりませんか?」

「えぇ。ひとまずはこれでやってみましょう」

 

 

 副主任の指示で薬莢内の弾薬は最低限に減らされた。なんでも、今の銃は初速の高さから鉛の弾がひしゃげてしまうらしい。それを補うために銅で囲うのだとか。

 

 銃に弾丸がセットされ、再び遠隔で引き金が引かれる。

 

 

 パァン! 

 

 ……ドッ! 

 

 

 砂袋が明らかに膨らみ、大量の砂埃を巻き上げて爆散した。これが人なら、到底生きていられないだろう。

 

 ……当たった奴はミンチすら生温い状態になりそうだ。これ、副主任が言っていた条約に引っかかったりしないのか……? 

 

 

「……成功……しましたね……」

「これ、どうなんです? 条約に引っかかったりしません?」

 

 

 そう言うと、副主任はゆっくりとコチラを向く。……何故か非常に腹黒い笑みを浮かべて。

 

 

「はは。問題ありませんよ。えぇ、問題ありませんとも」

「…………聞くのが怖いんですが、何故です?」

「それはですね……。確かに効果だけを見れば非人道的だと訴えられるかもしれません。ですがこれは『術式弾』です。今、全世界で発展途上にある新兵科な航空魔道士が、積極的に使っている弾丸なのです。むしろ、コレの無い魔道士はもはや考えられない所まで来ています」

「……?」

「分かりませんか? つまり、これを条約で縛るには、全魔道士が術式弾を使えなくなると同義。そんな事を承諾する国など、早々無いでしょうなぁ」

 

 

 ……わぁ。要するに非人道的と非難されかねない兵器が、堂々と白日の元で使われるって訳か。

 

 いやぁ……これ、もしかしなくてもやっちゃっいましまかね……? 

 

 

「それに秘匿性も確保出来るでしょう。銅に覆われた鉛に術式が掘られている以上、見た目からは内部構造が判別出来ません。

 かと言って弾丸を割った所で、出てくるのはただの鉛……。銅だけを剥くという発想に行き着き、かつこの術式を理解出来た者だけが複製出来る。これほど意地の悪い兵器は中々ありませんよ」

「……それは、どの程度で複製されるものなんでしょうか?」

「さぁてどうでしょう。下手すれば終戦までバレないかもしれませんね」

 

 

 その後、銅を被せたプロトタイプが作られ、試験運用を経て実践配備される事になった。

 

 

 玩具屋が兵器を作るなんて、因果な物である。


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