転生したらTSして翼生えてて、おまけに実験体だった   作:マゲルヌ

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※リュカが試練に行っている間の出来事です。


37話 殺っていいのは、殺られる覚悟のある奴だけだ

 

〇月×日

 

 我が弟が試練の洞窟へ旅立ってから三日目。今日も今日とてドリちゃんといっしょにマナー関連の授業です。

 教育に関しては一家言ある歴戦の乳母・ナンシーさん。その優しくも厳しい指導を受け、がさつな私はドリちゃんと共にヒーヒー悲鳴を上げている今日この頃――

 

 

 なんてこともなく、順調に授業を熟す一日でした(ドヤッ)

 普段の態度で忘れられがちですが、こう見えて自分、修道院でのシスター教育と、サラボナでの謎の花嫁(?)修行を完璧に熟した優等生なので!(ドヤヤッ)

 修道院長とルドマン夫人のお二人からも合格を頂いており、礼儀作法に関してはそこいらの女子顔負けの名誉淑女なのである。(※普段から実践しているとは言ってない)

 ゆえに、国ごとに作法が微妙に異なるとはいえ、根本の部分は割と似通っている部分も多いため、ローカルルール的なものを一通り教われば問題なく熟せちゃうのだ。

 

 結果、三日目にして早くも修了のお言葉を頂き、残りの時間は『集中指導を受けて涙目のドリちゃんを眺め続ける』という至福のご褒美タイムを享受したのでした。

 

 あ゛~~、強気少女が困り眉で四苦八苦してるところ可愛え~~~!

 メシウマ~~~!

 

 

 

 

『同類だと思ってたのに! むしろアタシよりがさつだと信じてたのに! そんなキャラじゃないだろ、裏切り者!』

 とか言われたのを根に持っているわけじゃないよ? ホントだよ?

 

 

 

 

 

 

 

〇月□日

 

 早くも崩壊の危機に陥ったドリちゃんとの友情を修復しつつ、本日も楽しい授業である。

 今日の内容はグランバニアの歴史・文化・風土について。

 前世的に言えば地歴公民に当るかな? 高山地帯特有の気候、産業、建築、生活様式、法律やら社会制度について、教科書を読みながらみっちりと学んだ。

 意外にもこういう学びの場って嫌いじゃない。いろいろな国を巡って多様な人々と関わってきたからかな。国ごとの違いを学ぶと『それぞれの場所で人々が生き生きと暮らしてきたんだな』と感じられて、嬉しさというか感慨深さが浮かんでくる。

 自身の特殊な生まれ、実験動物(モルモット)としての生活、何度も死にかけた経験や、そのときの精神状態も影響しているのかもしれない。人間の逞しさや力強さを感じさせてもらえると、被造物の自分も負けずに頑張って生きなきゃな、という活力が浮かんでくるのだ。

 

 

 

 ――というようなことを(※研究所関連は伏せて)発言すると、ナンシーさんからお褒めの言葉を頂きながら、なぜかギュッと抱き締められた。

 どうも親に捨てられた孤児だと誤解させてしまったようで……。や、別に悪くない気分だったから良いんだけども、正確な話でもないからちょっと罪悪感が……。しかし、ナンシーさんの撫でる手付きがお母さんっぽくて癒されたのも事実で

 

 

 

 ちなみにドリちゃんからは、

『なんだ、その思慮深さを感じさせる言動は! お前は絶対馬鹿の領域(こっち側)の人間だろ!』

 という素敵なお言葉を頂いた。

 

 三途の川のあっち側に叩き込んでやろうか、この野郎。

 

 

 

 

 

 

 

〇月▽日

 

 もはや遠慮の欠片も不要となったドリの字と共に本日も授業。

 文化・風習の続きかと思ったら今日は少し変化球で、グランバニア貴族名鑑を絵姿付きで覚えさせられた。どこそこの侯爵家の当主が財務部の局長だとか、あそことこちらの家が婚姻で強く結び付いている、とか。王家と姻戚関係にある家々の複雑怪奇な家系図まで含めて徹底的に……!

 さすがにこれは王族であるドリスに一日の長があり、すでにほとんど記憶していた彼奴は、四苦八苦する俺を肴に優雅に紅茶を啜ってやがった。紅茶を啜って飲むんじゃないよ、ワンパクお姫様。

 

 ていうか平民の俺が貴族名鑑の端っこの方まで覚える必要あるのか? 主要貴族までで十分だろ。

 とナンシーさんに聞いたら『あります。絶対にです』(真顔)とのこと。

 

 絶対なのか……(白目)

 

 

 

 

 

 

〇月☆日

 

 グランバニアの式典関連について勉強した。

 国賓歓迎式典、勲章親授式、魔物被害者追悼式、国王陛下御在位記念式典などなど……、種類を羅列するだけでも苦労するほどたくさんあって大変疲れた。式典ごとに一つ一つの動作が細かく決まっているため、雰囲気で適当に流してハイおしまい、なんて真似はとてもできない。打ち首になってしまう。

 

 特に力を入れて教えられたのが、近い内に行われるからという『立太子の儀』である。第一王位継承者が一定の年齢になったら王太子であることを内外に宣明するというアレだ。

 言うまでもなくリュカのこと。あいつの場合は立太子の前に、行方知れずの王子が戻ってきたことを国民に喧伝してからになるが、まあ早い内から準備しておくのは悪いことじゃない。弟が晴れ舞台で恥を掻かないよう、最大限協力してやるとしよう。

 

 俺は本番では一国民として一般参列者の方に行くだろうが、知識を得ることは損にはならないからな。部外秘の建国時の資料も見せてもらえる大盤振る舞いだし、貴重なこの機会に全部記憶しておいて後でリュカに教えてやろう。

 

 

 

 

 

 

(追記)

 ……いやだから、なぜに俺まで王族側の作法の練習をさせられたのか? よりにもよって王太子妃の代役ポジションだし。

 別にそういう人はまだいないのだから、そこは空席のままやっても良かったのではないの? 

『まあまあ。近い内に現れるかもしれないから、とりあえず雰囲気だけでも掴んでおきましょう』って……。

 

 

 そんな予定あるの?

 

 

 

 

 だれだよ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●月×日

 

 とてもテンションが下がった一日だった。

 ついにあの大臣が俺にまで絡んできやがった。

 口の端を歪めながらこっちに近付いてきたと思ったら、

 

『もう少し慎みを持って過ごしたらどうですかな?』とか、

『あなたはパパス王に拾われただけで王族ではないのですよ?』とか、

『権力者と繋がりが持てるなどと勘違いしないことです。立場を弁えて、ね』とか。

 おそらくだけど、ドリスの場合と同じく釘を刺しているつもりなのだろう。加えて俺が平民なので、父さんやリュカとの繋がりを利用して政治に口出しをするなと牽制しているのだ。(※言っていること自体は間違ってない気もするけど)

 

 フン、うるせいやい。

 血の繋がりがないことくらい十分弁えてるわ。

 その上で権力なんて関係なくいっしょにいたいと思っているだけじゃい。

 今更おっさんのこれ見よがしの嫌味なんぞで動揺するか。家族の絆なめんな。

 

 

 

 それにもしかしたら将来的にけっ

 

 

 

 

 とにかく、外野の声に惑わされず努力していくのが大切なのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

●月□日

 

 この前の邂逅以来、大臣が妙に接触してくるようになった。

 ひたすらに鬱陶しい。

『女は男を立てるもの』とか、『いたずらに城内を乱すな』とか、『あまり態度が過ぎるようだと、こちらも相応の対応を考えますよ?』とかそんな感じ。

 なんでわざわざ嫌味言うために毎日こっちまで来るんだ。

 大臣って暇なのか?

 

 

 

 

 

 

●月☆日

 

 俺の生まれについて扱き下ろされた。『どこの馬の骨とも知れない』だとか『生みの親もまともじゃなかったのだろう』とか。これについては事実なもので反論できん。

 

 ドリスが『ボコるか?』ってヤンキー顔で聞いてきた。

 ナンシーさんは『やりますか?』って真顔で聞いてきた。(怖い)

 まあまあ、もうちょっと我慢しよう。

 

 俺個人のことであって、別に家族を貶されたわけでもないんだし(フラグ)

 

 

 

 

 

 

 

 

●月△日

 

 まあね、為政者としての責任は分かるよ?

 大臣という立場にある以上、国を守る義務について語る資格はあると思う。(あいつの場合建前だと思うけど)

 

 でも、それで前国王(父さん)を悪く言うのは違うと思うんだ。政治を放り出したのは確かに褒められたことではないけれど、オジロン叔父さんへの引継ぎとか、重臣への周知とか、最低限のことはやっていたのだし。

 そういう無理を通してでもなお奥さんを助けたいっていう、どうにもできない想いがあったわけで、それを周囲も国民も理解してくれて送り出してもらえたわけで……。

 

 

 

 それをさ、

 

 

 最低の国王だとか無能だとかそれは口が過ぎるだろうがならてめえは魔物に国を差し出す最悪の売国奴だろうがこのダブスタ野郎今すぐその首叩き落してやろうかいやそれより握り潰して渓谷に撒いてやった方がΔ♯×%&●♪$/\〆!!(※以後文字の判別不能)

 

 

 

 

 

 …………。

 

 

 

 

 

 ………………。

 

 

 

 

 

 

●月/日

 

 は~~~。

 

 あいつ、死にたいんかな?

 

 

 

 あの野郎ついに……、

 

 まだ批判される点もあった父さんだけじゃなくて……、

 

 何の落ち度もないリュカのことまで口汚く罵ってきやがった。

 

 

 

 ――王族としての資質とか、急な話で国民が受け入れ難いとか、そういうことを言われたかって?

 

 

 

 ノンノン。

 

 そういう、耳が痛いけれど正論的な内容じゃないの。

 

 仮にそうなら俺だって『大臣としては必要な苦言だよな』と思って素直に聞くよ。

 

 

 

 ……でも違うの。

 

 人付き合いだとか努力だとか、そういう本人がどうにかできる話じゃなくて。

 

 当時子どもだったリュカにはどうしようもない、

 

 成長してからもすぐにはどうにもできなかった、

 

 そんな境遇も含めて馬鹿にしてきやがったの。

 

 

 

 何て言ったかって?

 

 

 

 

 

 ――汚らしい庶民の生活にどっぷり浸かり、ろくな教育も受けずに身体ばかり成長し、ついには奴隷にまで落ちぶれた落伍者。

 

 ――今も母親探しという無意味な旅に人生を浪費しており、優先すべきことすら分からない愚か者。

 

 ――そんな愚者に王子になる資格などない。恥を知っているのであれば、速やかに継承権を放棄し、即刻この国から立ち去るべきだ。

 

 

 

 

 だってさ。

 

 

 

 

 ………………。

 

 

 

 

 は~~ん?

 

 

 

 

 ほ~~~ん?

 

 

 

 

 なるほど。

 

 

 

 

 なるほど。

 

 

 

 本来仕えるべき王子に対して無礼どころではない物言い。それも相手のためを想っての助言だとかではなく、ただ扱き下ろすことだけが目的の内容。

 

 リュカが大人しい性格で言い返さないことが分かっているから。

 この場にいない国王(父さん)から罰を与えられる恐れがないから。

 外から嫁いできたマーサさんのことを馬鹿にしているから。

 そして……平民の俺がそれに対して騒いだところで大した問題にならないと、心底から思っているから。

 

 だからこんなふざけた発言を繰り返せるわけだ?

 大臣の自分であれば王族にどんなことを言っても許されると、あの男は本気で思っているわけだ。

 

 

 

 は~~~~~ん?

 

 

 

 

 ほ~~~~~~~ん?

 

 

 

 

 なるほど。

 

 

 

 

 なるほど。

 

 

 

 

 つまりはあのオッサン、

 

 

 

 

 俺と

 

 

 

 俺の大切な家族のことを

 

 

 

 死ぬほど舐め腐っているわけだな?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――よし、今から息の根を止めに行こう。

 

 

 

 

 

 

 

 …………。

 

 

 

 

 

 

 ………………。

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

「んくッ……んくッ……んくッ……ぷはぁ!」

 

 夜の闇も深まり、人々もとうに寝静まった夜半過ぎ。グランバニア王国大臣・グレゴリオは、王城の自室で一人、盃に並々と注がれたワインを呷っていた。

 

「んくッ……んくッ……んくッ! ……む? もう飲み切ってしまったか」

 

 傾けても何も出て来なくなった酒瓶を放り捨てると、グレゴリオは新たなボトルを取り上げ、無造作に栓を抜く。

 退勤後、まだ空が僅かに明るい時間から始めた酒盛りはすでに二刻以上が経過しており、床には飲み干した大小様々な銘柄の酒瓶が大量に散乱している。この内の一本だけでも平均的な国民の年収を軽く超えるほどの高級品だが、彼はまるで気にする様子もなく次々空にしていく。

 当然であろう。

 歴史ある大国・グランバニアの大臣ともなれば、世界的に見ても上位の権力者。王族を除けば、貴族として考えられ得る最上の地位にまで上り詰めたのだ。

 必然、今の彼にできないことなどほとんどない。若い頃であれば一年に一本程度がいいところだったこれら高級酒も湯水のように飲み干すことができ、しかもそれを大した贅沢とも感じないのだ。

 まさしく貴族としての頂点を極めた成り上がり者。グレゴリオは今、我が世の春を謳歌している真っ最中であった。

 

「んくッ……んくッ…………ぷはあっ。……くくくッ! 当然、これから先も春は続いて行くがな!」

 

 ある日突然行方不明の王子が戻って来ようとも、たとえその父王の無事が知らされようとも関係ない。そんな邪魔な連中などまとめて始末してしまえば問題ないのだから。

 今の地位に昇り詰めるまでの十数年で、数え切れぬほどやってきた通りに……。

 

「小僧を単独で洞窟へ送り出し、刺客も十分な数を放った。これまで何度もやってきた通り、何の問題もない」

 

 元々グリゴリオは位の高い貴族ではなかった。実家は子爵家の中でも家格は低い方であり、彼自身も家を継ぐ可能性の低い三男坊。長男のスペアとしての意味合いも低く、将来的に栄達するには自身の力で地位を築く必要があった。

 生憎武芸についてはからっきしであったが、幸いグレゴリオには文官として幾ばくかの才能が有った。学生時代を全て勉学に捧げ、彼は無事宮廷に職を得ることに成功する。

 士官後も大きな失敗を犯すことなく仕事を熟し、上司にもうまく取り入り、部下を扱き使い、人脈やコネを築くこと二十年以上。いくらかの運にも助けられ、彼は宮廷における一部署の長にまで出世したのだ。

 

 ここで満足しておけば良かった。

 王族や高位貴族がまだまだ上にいるとはいえ、大国における文官の上位層に至ったのだ。何でもとまでは言えぬまでも、欲しいものや叶えたい願いがあれば大抵のものが手に入る。下級貴族出身の彼にとってはこれ以上望むべくもない地位だ。『己は俗人だ』という自認の通り、ここで一区切りとしておけば良かったのだ。

 

 ――だが、彼の自意識はそれを受け入れなかった。

 これまでがあまりに順風満帆だったこともあり、グレゴリオ自身はまだまだ上に行けると根拠もなく思い込んでいた。大きな失点は何一つ犯していないし、それなりの手柄も上げてきた。さらなる地位に見合う能力も持ち合わせていると強く自負していた。

 

 ――ゆえに、その願いが叶わない現状が我慢ならなかった。

 自分より優秀とされる者たちが自分の上の役職にいることが、何かの陰謀か贔屓としか思えなかった。長年その職を熟してきたベテランの経験値よりも、天才である自分の才覚の方が、ずっとその地位に相応しいと信じて疑わなかった。

 

 ああ、愚かしい。

 

 ああ、妬ましい。

 

 ああ、鬱陶しい。

 

 ああ、忌々しい!

 

 これ以上出世できない現実にイラつき、上司や同僚たちとも口論を繰り返し、日々の仕事も手に付かず、ついには現在の地位すら危うくなりかけていた……そんなある日。

 暗がりから聞こえてきた囁き声に、彼はつい耳を傾けてしまったのだ。

 

 

『そんなに奴らが邪魔なら消してしまえば良いではないか。そうすれば出世も思いのままだ』

 

 

 文字通り、悪魔の囁きであった。

 常識を持ち合わせている人間ならば、こんな誘いになど耳を貸さない。

 しかし、すでに常軌を逸し始めていたグレゴリオには、まさしく天からの福音だった。

 

 

『……そうだ、俺が上に行けないなど絶対におかしい。奴らの方が間違っている。そんな愚かしい連中は、殺されても文句は言えんはずだ!!』

 

 

 かくしてグレゴリオは魔族と手を結んでしまう。自分にとって邪魔な人間を、魔族の力を使って秘密裏に消していき、徐々に己の地位を高めていく。

 折しも、当時のパパス王が妻を救い出すために国を出た時期と重なったことも悪く働いた。混乱する政治の中でそれらは事故死として処理され、グレゴリオはさらに罪を重ね、人を陥れ……。

 そうして数年後、ついに彼は最高の地位にまで上り詰めたのだ。

 

 グレゴリオの増長は最高潮に達した。

 

 ――下級貴族の自分が、この大国グランバニアを意のままに動かせる!

 ――優柔不断な国王代理は優秀な私に頼り切りだ!

 ――目の上のたん瘤だったパパス王はもういない!

 ――このグレゴリオこそが、グランバニアの真の王なのだ!

 

 

 

 ゆえにこそ、王子であるリュカが戻って来ようとも、グレゴリオに大きな焦りはなかった。

 多少面倒な事態ではあるものの、過去に何度も切り抜けてきた政争と大差はない。これまでと同様、自分にとって邪魔な存在を力尽くで消してしまえば済む話だ。

 言葉巧みにオジロン王を誘導し、国民へのリュカのお披露目を保留させる。その間にリュカを護衛兵無しで試練の洞窟へと旅立たせ、そこを刺客に襲わせて命を奪う。

 さらに失敗した場合に備え、今は城に一人だけ残らせたあの女――ルミナとかいうリュカの義姉を脅し付けてやっている最中だった。聞くところによると件の女は戦闘も熟せるという話だったが……、なに、所詮はか弱い女の手慰み程度のもの。城の者たちに語っていた冒険での活躍も、大袈裟に脚色した法螺話に違いあるまい。

 どうせ女など口先ばかりで己を大きく見せようとする虚栄心の塊。国家権力を使って脅し付け、強く罵倒して精神を弱らせ、その上で『立場を弁えないとどうなるか』を言外に匂わせてやれば、たちまち怯え果てて義弟に泣きつくはずだ。

『王族になるなんて怖い。普通に一般人として生きよう』と。

 それであのぼんやりとした小僧が王子としての地位を捨てるなら良し。

 

 それでもなお王族の立場に固執するのなら、今度こそ魔族の力を以って完膚なきまでに抹殺してしまえば良い。

 これまで十年以上に渡り自分に力を貸してきた後ろ盾の魔族たち。――否、ついに大国のトップに立った自分からすれば、すでに対等な協力者なのだ。

 国の機密を流したり、誘拐され(ある日消え)ても問題ない子どもの情報を渡したり、人間界で活動するための資金を提供したり……。代わりに連中は物理的な力を自分に貸し、邪魔な政敵を排除していく。

 今回も同じことをすればいい。絶大な力を持った魔族の手勢ならば、軟弱な出戻り王子と口だけ女など容易く始末できる。その罪を着せるスケープゴートも自分なら簡単に用意できる。裁かれる可能性など万に一つも在りはしない。

 

 全てが順調だ。

 何一つ問題ない。

 そうして面倒な案件を片付けた暁には、再び影の王として権力を牛耳る日々が戻ってくるのだ!

 

「ふはははは、なんともめでたいことよな! ――そうだ、少々気は早いが、成果の程を確認しておくか。ちょうどいい酒の肴だ」

 

 上機嫌のグレゴリオは赤ら顔のまま、部屋の隅にあるタンスの引き出しを開けた。中から出てきたのは、幾何学的な紋様が刻まれた呪符のようなものと、側面から翼が生えた不思議な形状の靴だ。

 呪符は魔族との連絡に使われる通信用魔道具。そして靴の方は、北の山中に建てた塔へ行くための移動用魔道具である。魔族がグランバニアで活動するにあたって拠点が必要となり、そのための塔を人里離れた山中にグレゴリオが主導して建設したのだ。

 誘拐した人間をしばらく留めておくための監禁場所や、横領した資金やアイテムを保管しておく倉庫、また人間界で活動する魔族の居住地として利用されている。その常駐している魔族の一体と連絡を取るべく、グレゴリオは呪符の表面を軽く撫でた。紋様が青く輝き、グレゴリオを中心に魔法陣が展開される。

 さて、あの小僧は一体どんな無様な姿を晒してくれているのやら……。

 

「――やあ、私だ、夜分に済まんね。少々確認したいんだが、例の王子の件はどうなったかね? 怪しまれぬよう君らでなく人間の賊を使ったが……、まああんな軟弱小僧だ、あの程度の連中でも十分に勝てるだろうし、ひょっとしてもう終わって……………………

 

 

 

 

 ……は? 失敗? 一瞬でやられた? …………いやいや、何を言っているのかね? あんな甘やかされてきた小僧にそんな強さなど…………そ、そうだ、あの連れているモンスターどもが厄介なのだろう? ならば引き離して本人を直接狙えば…………え? 小僧が一番強い? 全員一撃でやられている? 後詰の予備要員もどんどん倒されて捕縛されている?

 

 

 

 

 …………い、いやいやいやまさかそんな。……あ、いや、うむ、まあ運が良ければそういうこともあるか。……な、なに、問題はない。こんなときのために君たちと協力しているのだ。刺客と戦った今なら消耗しているだろう? 今君たちが襲い掛かってくれれば簡単に倒せ………………え? 今の任務は監視だけ? 今回の契約に戦闘は含まれていない? もう帰還するから通信は終わり…………って、ちょ、ま、待ってくれ!

 

 

 

 

 

 ……は、ははは、いやなに、別に文句などないとも。本当だ。それよりも今後の話だよ。今回は残念ながら失敗してしまったが、後日君らの手で始末してしまえば何も問題ないだろう? そのための日取りとタイミングをだな…………ああ、うむ……ああ分かっている。大丈夫だ、見返りはちゃんとまた用意するとも。……うむ……ああ……了解した。……うむ、ではまた後日」

 

 おざなりな返事とともに、相手の魔族の声が遠ざかっていった。

 通話を終え、展開されていた魔法陣も消失していく。

 紋様から発されていた魔力光も消え去り、やがて部屋には再び静寂が訪れた。

 

 

 

 

「くそッ、役立たずどもが!」

 

 反対に荒れ狂っているのがグレゴリオの内心だった。効力を失った呪符を床に叩き付け、激しく何度も踏み付ける。

 確かに失敗した場合のことも考えていたが、それは本当に万に一つもない可能性と思っていた。彼の中ではほぼ確実に、今回の襲撃で片が付くと思い込んでいたのだ。そのために少なくない金を使って賊を雇い、高品質の武器まで貸し与えてやったというのに、まさかこのような無様な結果に終わるとは……。これでは余計な証拠と付け入る隙を与えただけではないか!

 

「ッ……い、いや、落ち着け。一つ目の策が失敗しただけだ、こんなものいくらでも挽回できる。刺客から私までは辿れないようにしてあるから問題はない。魔族どもの協力は取り付けたのだし、祝いの宴のときにでも決行すればいいだろう」

 

 リュカが試練を成功させたことで、おそらくオジロンが祝いの席を設けるはずだ。揃いも揃って出戻り王子を歓迎している馬鹿ども、城勤めの兵士たちも大半が参加するはずだ。その際に、抱き込んでいる給仕の一人に睡眠薬を仕込ませれば警備の目は皆無となり、誰にも気付かれることなく事を成せる。

 

「フッ、完璧だ。何一つ問題はない。……ああいや、これでも万が一魔族どもがしくじる可能性があるかもしれんな。……よし、いっそあのルミナとかいう女を人質にでも取っておくか! 今日までに存分に脅しておいたのだし、もう精神的にかなり参っているはずだ。強く言えば簡単にこちらに従うだろう。そうすれば小僧も逆らえん。継承権を放棄させるも、国から追い出すも思いのままよ!」

 

 素晴らしい、やはり自分は天才なのだ。

 どのようなイレギュラーが起きようとも、その全てに的確に対処してリカバリーできる。

 優柔不断な国王代理も役立たずの前国王も必要ない。

 やはり優秀で冷徹な自分こそが、この国の真の王に相応しいのだ!

 

「パパス王め、親子二代揃って女で身を持ち崩すとは、なんとも愚かなことよな。まあ安心するといい! 貴様の国は私がありがたく貰い受けて、死ぬまでしゃぶりつくしてやるともッ! 優秀な私の糧になれることを光栄に思い、貴様はどこぞで野垂れ死んでいるが良いさ! ああ、ついでだ、あのルミナという女も用が済んだら私の妾にでもしてやるか! 頭はともかく顔と身体は良いからな、飽きるまでは精々遊んでやるとしよう。クックック、義娘が私の玩具として生きるしかないと知ったら、パパスも小僧もさぞ悔しがるだろうて! その顔が見れないのが少々残念だがなッ、わははははは! あーっはっはっは! 全てが私の掌の上だ! ああ、最高だ! 最高の気分だ、がーっはっはっはっは!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほ~~~ん?」

 

「――っはっは…………は?」

 

 

 

 

 

 

 ……。

 

 

 

 

 

 …………。

 

 

 

 

 

 ………………。

 

 

 

 

 

 

――――

 

 

 

 

 

 

「――っていうようなことが昨夜(ゆうべ)あってな? あの会話と魔道具で証拠は十分だし、これはもう『殺っちまってもいいぞ?』っていう天の声だと思って」

「ごっ、ごべんな゛ざい! ゆるじでぐだざいッ! な、なんでもじゃべりま゛ずがらぁ……ッ!!」

「おぉぅ……もう」

 

 大臣(?)だったであろう肉の塊を見ながら、リュカはドン引いていた。

 発言内容の酷さに?

 それとも姉(超人)がいる城内で魔物と通信する脇の甘さに?

 

「ゆるじで……ゆるじでぇぇ」

「うるさい、黙れ」

「あぶしッ!?」

 

 ――否、一番はその見た目の酷さに、である。

 辛うじてリュカがそれを大臣だと認識できたのは、僅かに残った衣服の残骸に見覚えがあるからで、本体は目も当てられないありさまだった。

 顔は本来の二倍以上まで膨れ上がり、瞼は腫れ切って前は見えず、鼻と頬骨に前歯まで叩き折られて喋るのもままならない。頭髪は全て毟り取られ、一部は炎で焼かれたのだろうか? 衣服ごと黒く焼け焦げ、全身への鞭打ちの跡も合わさって奴隷のようなボロ布状態である。

 手足は全て逆側に圧し折られて力無く宙に揺れ、その先に至っては……いろいろなモノが突き刺さっていて少々描写できない見た目となっている。『たぶん拷も――尋問したんだろうなぁ』と、リュカは奴隷時代の記憶を思い出して遠い目になった。

 

 ……だって、一番恐ろしいものから目を逸らしたかったんだもの。

 焦げて禿げ上がった大臣の頭頂部と側頭部に、鈍く輝く金属の棒が卒塔婆のごとく突き刺さっているんだもの。

 

「あの、姉さん……これって」

「脳の記憶領域に刺す電極代わりだよ。これで大脳を弄りながら質問すると何でも答えてくれるんだ」

「おぉぅ……」

 

 昔のラインハットでパパスが止めたという、誘拐犯たちへの尋問方法。実際に見るとこんなにヤバイ感じの見た目になるのか。

 父さん、あなたは正しかった。9歳の少女がコレをやったらさすがに絵面的にマズすぎる。……いや、今でも十分マズい気はするけども。

 怖いので話題を変えよう。

 

「ご、ごほん! えーと、それで、北の山に奴らの拠点があるんだっけ?」

「ああ、この売国奴が密かに建設して魔族連中に与えたんだとさ。奴らの人員が常に詰めていて、国に対していろいろ工作を仕掛けているらしい」

「うわ、そんなことまでしてたのか……。売国どころかもう亡国じゃないか」

 

 子どもを拉致したり機密情報を流したり外患を招き入れたり、ラインハット前王妃もビックリの国賊っぷりである。このまま放っておけばグランバニアも同様に治安が乱れるのは必至。そうなる前にさっさと潰しておかなければということで、リュカたちは急ぎ敵の拠点へ向かっているのだ。

 

「生憎乗り込むのは俺たちだけだけどな。さすがにレベル的にグランバニアの兵士たちは連れて行けない」

「オジロン叔父さんとサンチョさんの説得には骨が折れたけどね」

「な、なら゛わだぢも、城にのごじでぼじいぶへッ!?」

「黙れっつっただろが、ボケ」

 

 蹴飛ばされた大臣が空中でグルグルと回る。馬車の先端にロープで吊り下げられたまま激しく回転させられて増々気分が悪そうだ。が、さすがに自業自得である。

 

「そら、さっさと道案内するんだよ。無事に塔まで着いたら、お前だけキメラの翼で城に帰してやるから」

「ッ……ほ、ほんどに゛!?」

「ああ、嘘は吐かないよ。ちゃんと帰してやる」

「わ、わがっだ!」

 

 どうせ戻ってもお前死刑だけどな、とは思っていても口にしない。わざわざモチベーションを下げてやる気を削ぐ必要はないからだ。勝手に助かると思い込んで頑張って、後から絶望するのは大臣の自由である。

 

「(ふ、精々期待してから奈落の底に落ちるが良いぜ、ケケケ)」

「(……あ、これ相当キレてるな)」

 

 売国の罪は当然ながら重いし、家族を馬鹿にされて許せないのも事実である。が、何よりルミナが激怒しているのは、子どもの誘拐に加担していたことであろう。 

 幼い頃の出来事からこの手の犯罪はルミナにとって地雷ド真ん中。軽い語り口調と表情からは分かりづらいが、今の彼女はスーパーブチ切れモードである。誘拐を企図した魔族も、それを幇助した大臣も、そして背後にいる黒幕的な何者かも、まとめて絶望の底に叩き込んでやるべく笑顔で牙を研いでいるところだ。

 

「くっくっく、今宵の天空の剣は血に飢えておるわ」

 

(……こりゃ塔の連中は全滅かも)

 

 この後に待つ姉の暴れっぷりを想像し、リュカは魔族たちにほんの少しだけ同情した。

 

 

 

 

 

 

 

 ――そして半刻後。

 

「イオナズン(失礼します)!!」

「「グギャアアア!?」」

 

 ダイナミック過ぎるお宅訪問とともに正面扉が吹き飛び、蹂躙が開始された。

 突然の襲撃に唖然とする連中に構うことなく、ルミナは両手に極大呪文を纏いながら突貫。右手のベギラゴンでオークキングたちを焼き払い、左手のマヒャドでアームライオンの群れを氷像に変えていく。

 

「ふははははッ、良い魔族は死んだ魔族だけだ! 貴様らを善人に生まれ変わらせてやるぜ死ねえええ!!」

「「ギギャアアアアッ!?」」

 

 案の定の地獄絵図。容赦の欠片もない蹂躙劇に魔族たちが怯えて逃げ出し、当然のごとくその背を追撃して爆散させていくルミナ。

 

(あぁ、昔もこんな光景見たなぁ……)

 

 幼い頃のレヌール城探検を回想して遠い目をしながら、とりあえずリュカも追撃のバギクロスを放つべく魔力を練り始めるのだった。

 

 

 

 




――殺っていいのは、殺られる覚悟のある奴だけだ。

勇者「なら殺り返されないように皆殺しにするね!」


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