ルーリッドと呼ばれる村にてゴブリンと呼ばれている気色悪い小人のような化け物をそこら中埋め尽くす程度には屠ってからかれこれ数時間が経過した。
連中も脳みそと呼べるものは持っているらしい、自分達が不利だと分かった途端に我先にと洞窟の中へと逃げ帰ってしまった。
一先ず村に住んでいた連中は束の間の安堵が訪れたのか怪我人の看護やら周辺の警備だとかであちこちに騒ぎながら走り回っている。
まるで祭り騒ぎだと思い、少し離れた草むらにて仰向けになりながら煌びやかな夜を眺めている。
別にセンチになるような趣味嗜好は持ち合わせていない。美術館に並べられる豪華絢爛な絵画を見回ることも無ければオーケストラや劇に腰を下ろしたことすらない…………筈だ。
ただ…………
ただこうしてあの夜空に浮かぶ月を見つめると何処か心が安らぐような、そんな疑惑が胸の中を這いずり回る。
目が覚める前、小さな少女が自分の名を何度も呼びかける夢が幾度となく頭の中で掘り起こされる。
紫色の装束を身に纏った少女、顔は影のような何かで遮られ、良く見えなかったが、つぶらな瞳がこちらを慈愛が込められた聖母のように見つめてくる夢だ。
あれは誰だったのだろうか? あの夢の少女に出会うことが出来れば俺の記憶を取り戻せるきっかけ、或いは答えそのものが得られるだろうか?
つい探偵染みた事を考えてしまったと自分に呆れていると遠くからこちらに近付いてくる鎧を纏った足音にふと目が向いた。
「ここに居たのですか」
腕を組みながら若干呆れた顔でこちらを見下ろしてくる生意気そうな金髪少女が溜息を吐いた。
ユージオとかいう栗毛のユートーセイがアリスと呼んでいた少女だ。自分の事を騎士だと名乗っていたが、未だに信じ難い事だ。
ファンタジー染みた不思議な戦い方を見ていなければ間違いなく金ピカの成金お嬢様の悪ふざけだと認識していただろう。
「…………なんだよ」
「なんだよではありません。いつまでそうしているつもりですか?」
「次のパーティーが始まるまで一休みだ」
「パー‥‥てぃー‥? それは兎も角、呆けている暇があるのなら、貴方も手伝いなさい」
「
即答した後、問答無用で首根っこを捕まえられ、村の中央まで強制連行となった。その道中、村人の大半に見世物にされてるような恥辱を味わうこととなった。実に理不尽なこと極まりない。
朝を迎えると共に飼い慣らしている飛竜とやらでとある場所へと足を運ぶ事となったらしい。キリトと呼ぶ少年は自身の腕の中で大事に抱え、ユージオはその後ろに。それに対し俺は縄で簀巻きにされながら吊るされるという公開処刑にも似た辱めを受ける事となった。これだけの人数を運ぶ為の致し方ない処置だと、解せぬ。
数時間後
セルカという少女に見送られ、ルーリッド村が視界から消え去り今は大空を滑空している。
始めはスリル満点な感覚に襲われるも、人というもは慣れが肝要なのだろう。
突風に晒されながらも欠伸を掻き、眠気に襲われている。
「そんな状況でよく眠気が湧いてきますね」
こんな状況に晒した張本人から感嘆と呆れが入り混じった声を掛けられる。
「…………もう少し乗客に優しくしたらどうだ? これじゃあ
「貰う必要はありませんし、そのつもりもありません。もう見えてきました」
行く先にあるのは何処にでありそうな森、そのとある一帯にはかなりの人数が集まっている。
10メートルはあるであろう旗を幾つも掲げ、中世時代の防具を身に纏った集団が規律正しく整列している。
ルーリッドでも思ったがまるでファンタジー小説に迷い込んだ気分になる。
…………どうにも違和感が拭いきれない。
まるで、別の世界を知っているかのような…………
「あれは!?」
ふとアリスから素っ頓狂なな声が聞こえてくる。
意識を再び目的地に向けると地面から何処から湧き出たのか黒い液体が吹き出し、その場にいた者達は一気に狼狽える。
際限なく溢れ続ける其処からゆっくりと腐った枝のような手が這い出てくる。
一本、二本、三本とわらわらと生えてくる手達は不気味な手つきで地面を掴み這い出てくる。
間違いない。奴らだ。
「な、何だこいつら!?」
「魔物!!? 何でこんな所に!?」
未知の存在に慌てふためく騎士団の連中はたじろぐばかり。
それを他所に地面から這い出てくるはルーリッドを襲った悪魔達、ゆっくりと大地を踏みしめ、手に持っている鎌の感触を確かめるように握りしめ、ニタリと笑った。
這い出てきた輩から次々と獲物を定め、のろい足並みで騎士団へと牙を向ける。
それに対し、見た目も相まって慄いた兵士達に残されたのは恐怖と混乱だけだった。
「こ、こいつら!!」
無謀か勇敢か、一人の兵士が躍起になって剣を振り上げ、亡者の喉元に食いつこうとするも痩せこけた見た目から想像出来ない硬さだったのだろうか。
刃は1センチにも満たない深さで勢いが死んだ。
「な、何だ? 刃が……」
その様を見届けた悪魔は再度、ニタリと不気味に笑って鎌を振り上げた。
「ひっ!? や、やめ____」
お返しに歪な曲線を描いた獲物は無謀な兵士を容易に串刺しにした。
その一部始終を見届けた者達がどうなるかは想像に難くない。
飛び散る血肉を前に吐き気を催す者、腰を抜かして粗相をする者だっている。
地獄絵図の完成だ。
俺は縛られた縄を無理やり千切り、飛び降りた。
「おいアリス、悪いが途中下車させてもらうぜ」
「ダンテッ!? 待ちなさい!!」
自由落下中、後ろから聞こえるアリスの警告を聞き流し、背中に担いだ剣を握りしめる。
重力に引っ張られた体は地面へと加速していき、真下には丁度
そいつが気付いて上を見上げてきた次の瞬間、赤黒い血飛沫を撒き散らしながらグチャと盛大な断末魔を鳴らした。
「今度はなんだ!!?」
「人…………なのか?」
周囲の掃き溜め連中と追いかけ回されていた騎士団らしき連中は今目の前で何が起きたのかまだ理解に追い付けず呆けていた。
正直面倒だったし、人助けなんて柄じゃないが、あのまま晒し者みたいな状態にされるくらいならこうしてた方がまだマシだ。
「来て早々、歓迎パーティーとはな……気が利くな」
ゆっくりと獲物を回し、その重みを噛み締めながら次の標的を定める。
「遊んでやるよ」
悪魔共を殺し始め、かれこれ10分ぐらい経過しただろうか?
暇だ。
いや、暇という表現は少し不適切と言えるだろう。今も際限なく湧き出てくるし、数だけならそこそこ居る。
だが如何せん個々の力としては余りにも弱すぎる。アレだ、流れ作業をしているようなそんな虚無感に襲われているような感覚に陥りそうだ。
更には対抗手段を持ち合わせていない奴らの面倒を見ながらときたら身動きが取りづらくて仕方がない。
アリスとユージオとやらも地上に降りて激励と共に戦い始め、騎士団連中も反撃を始めたような雰囲気が伺える。
「ったく……余興にもなりゃしねぇ」
すると騎士団が密集していた辺りから激しい衝撃と共に何人もの兵士達が宙を舞った。
その中心には一体の悪魔がいた。
先程まで相手をしていた死神もどきとは明らかに格が違う。
体格も見た目、何もかもだ。
地面擦れ擦れに浮かぶそいつは上半身が半裸で両腕の代わりに鎌の刃が繋がっている。
何とも捉えがたいそいつは地面に両腕の鎌を突き立て円を描くように引っ掻き始めた。
するとそこから瞬く間に死神もどきを召喚し始めた。
「なんだよ、ちゃんと大物がいるじゃねぇか」
胸の奥で冷えかけたエンジンが息を吹き返すように鳴り響いた。
すぐに両鎌野郎に走り出し、周囲にいた雑魚を踏み台にして一気に頭上を取った。
落下の勢いを乗せて振り下ろした。
結果、弾かれた。
それも真正面に振り向く素振りすら無かった。
こちらを一瞥するや否や、動く気配もなく再び雑魚を召喚し始めようとする始末だ。
「おいおい……無視すんなよ」
眼中にない、そんなこちらに見向きもしない態度に無性に腹が立ち、もう一度斬り掛かろうとするも鋭い速さで顔面に鎌野郎な腕が飛んできた。
咄嗟に防御しようと剣を盾替わりにするも勢いは殺せずそのまま後ろへと吹き飛ばされてしまった。
一呼吸の間が経つ後、背中に大きな衝撃と衝突音が鳴り響く。
もう一度起き上がろうとするも頭がキーンと鳴り響き、視界も二重、三重にも揺らいでいる。
簡単にあしらわれた。
俺が死神もどきを雑魚だと思っているように、奴にとっても俺は脅威足り得ない存在だということか。
「クソッ、
………………『前』?
俺は今、『前』と言ったか?
戦ったことがある? あんな化け物と? 何時? 何処で?
さっきの衝撃でまだ響くのか思考が追いつかない。
寧ろ酷くなっていくばかりだ。
打ち所がそんなに酷かったのか、視界は歪み、次第に頭の中で何かが流れ込む。
何処か分からない未知の洞窟。
そして昨日今日殺してきた掃き溜め連中を含め、おびただしい数がひしめく悪魔達。人ならざる亡者が阿鼻叫喚、呪詛に等しい何かを呟き続けている。
『愚かな…………』
そしてその奥に一人の男が立っていた。地獄絵図の様な場に立っていながら平然と。
深い青色のコートが揺れるその後ろ姿には何処か見覚えがあった。
『貴様はまだ人助けなどと巫山戯た真似をしているのか?』
男は冷淡な口調で問いかけてきた。
知らない。
俺はこの男を知らない筈だ。
なのに無意識に身構えている。恐れている。たが体が動かない。
どれだけ必死に足掻こうが金縛りにも似た目に見えない何かで拘束されているかのようだ。唯一自由と呼べるものは視線のみだった。
『にも関わらずこの有様はなんだ?』
男はこちらに振り向く、明かりのない洞窟の所為か顔は暗闇に覆われよく見えない。
数秒の間が流れ、男は歩き出した。周囲のナニかはまるでモーセの海のように裂けていく。
『この力を禄に使えん今の貴様に価値はない』
男は右手に持っているものを胸に突きつけられる。
視線だけリベリオンだ。
己の愛剣が胸にぷつりと刺さり、赤い雫が線となって下へと流れていく。
『取り戻せ…………そして欲しろ。純粋な力を』
男の手はゆっくりと、万力の如く心臓を突き刺してくる。
鈍く、そして熱がズキズキと体の内側に響いてくる。
耐えられず断末魔という雄叫びを上げながら強烈な赤い光に包まれた。
、
次に映ったのは騎士団連中と悪魔の殺し合い。
あれは一体………………?
瞬く間に流れたあの光景に意識を奪われる。そもそもあの男は何者だったのだろうか? 奴もまた俺が知っている人物なのだろうか?
今もまだ心臓の鼓動が外へと響く。
悪夢のようなものを見せられ、体中に油汗が滲み出ている。
そもそも夢、走馬灯のようなものだったのか…………
などと柄にもなく呆けていると体全体を大きな影が被り始めた。
見上げると底には先程俺を吹き飛ばしたカマキリ野郎が見下ろしていた。
〘これで終わりだ〙
そう告げるように空高く掲げられた片方の腕、もとい大鎌が襲いかかろうとする。
咄嗟に右手がそれを防ごうと刃を掴む。
どうにか喰い込ませようと、防ごうと、震え、押し合い、刃に血を滲ませながら拮抗する。
此処まで好き勝手に暴れられ、次第に怒りを覚える。
それと同時に胸の奥から表現し難い何かが、膨張する熱のように大きくなってきた。
鼓動が大きくなる度に力が湧き上がり、先程まで苦戦を強いられていた膂力も嘘であったと錯覚するほど押し返していき、湧き上がるそれは歯止めを知らず、ついには身体から赤黒い光が発する。
「ハァァァ!!」
怒号に併せ、大鎌の悪魔を振り払った。
自分が格上だと確信してた大鎌の悪魔は何が起こったのか理解出来ず、困惑の一色に染まった。
取り敢えずは反撃しなければと足元に落ちているリベリオンを手にしようと腕を伸ばした。
次の瞬間、戸惑いを覚えた。きっと目の前のクソ悪魔と同じ感情を抱いただろう。
目の前に伸ばした腕は間違いなく自分の腕の筈だ。
しかし、そこには人肌のそれではなく、赤と黒に染まった化け物の腕だった。
指先は鋭利に尖り、肌は竜の鱗みたく荒々しく連なっている。
全身を確かめると同じ様になっている。残念なことに鏡が無い為、顔は確かめようが無いがきっとイケメンであるだろう。
周囲も戦いの最中であるにも関わらずこちらを見つめている。
何処に行ってもイケメンとは気苦労が絶えないものだ。
打って変わって快調にも等しい程漲る力を感じ、リベリオンを蹴り上げ、掴み取る。
「驚イタダロ? 俺モサ」
『かかってきな』と軽く人差し指で招くと見事に悪魔の逆鱗に触れ、勢い良く突進してきた。
「サァ、第二ラウンドダ!!」