学園お抱え装蹄師の日常    作:小松市古城

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 今回は久しぶりの幕間回です。

 幕間がサイドストーリーのようなつくりになってしまってきていて、幕間は幕間で前回、前々回からのつながりをもっております。

 本編が遅々として進まずにもやもやされている方には申し訳ございません。

 今後とも何卒お付き合いの程をよろしくお願いいたします。



・幕間1
https://syosetu.org/novel/260592/11.html

・幕間2
https://syosetu.org/novel/260592/50.html


幕間3:トレセン学園史料課研究員の推測

 

 

 蹄鉄の工房であった廃墟を探索してから1週間ほどが経った。

 

 トレセン学園 学園管理本部 施設統括管理部 史料課の下っ端研究員は今日も変わらず、資料庫にもぐり当時の資料を漁っている。

 

 資料庫には当時の在校生の日記やトレーニング記録、理事会の議事録等、大まかに5年刻み程度の年代別に収蔵エリアが決められている。

 しかし決して整理されているとはいえず、当該の年代の範囲内で雑多に資料ごとに箱詰めされ、ラックに収められているといった加減であった。

 

 下っ端研究員がその中でも最近、比較的好んで見るのが、保存されている雑誌だ。

 

 ことウマ娘のレースに関しては年代ごとに媒体の盛衰はあるものの、いくつもの出版社から発売されており、その時代を知る貴重な資料となっている。

 

 特に、今現在下っ端研究員が調べている年代はスマートフォンが普及期から成熟期に入ってきたころで、紙媒体は衰退しつつあったが、まだかろうじてその命脈を保っており、URAおよびトレセン学園は取材対象として協力を行った雑誌に関しては必ず1冊は保管用にこの資料庫に収められていた。

 

 下っ端研究員は何かを調べる切り口を探したりする際、雑誌を手に取ることを好んでいた。

 

 電子媒体は調べたいことが明確であるか、キーワードを掴んでいる場合には検索性に優れ、とても便利な代物だったが、漠然とした大きいテーマを大掴みで理解しようとした場合は情報の粒度が揃わなかったり細かすぎたりして却って難しい場合がある。

 

 その点、人の手によって丁寧に編集され、情報の粒度がある程度揃えられて整理された情報としてまとめられる雑誌はおおむねその発行時期前後の様子をコンパクトに総覧することができ、その当時の空気感まで想像することが可能になる。

 

 そこで得たキーワードをもとに再び史料を当たっていくと、物事の表と裏を立体的に理解できたり、さらに研究を進めていく切り口が閃いたりと、仕事をしている達成感を感じることができる。

 

 このような事柄から、下っ端研究員はこの仕事についてからというもの、改めて情報の在り方や読み方についての認識を改めることとなった。

 

 そして今日も、目当ての年代のラックからひとつひとつ、ダンボールを取り出しては中身を確認し、気になるものがあれば折り畳みコンテナへ納め、校舎1階北端にある史料課の部屋へ持ち込み、詳細に検討していく、という作業を飽きもせずに繰り返す。

 

 それが彼の日常だった。

 

 

 

 下っ端研究員はたっぷり時間をかけて折り畳みコンテナ3つ分の資料を台車に満載した。

 

 エレベーターで地上階へ戻ると、史料課に与えられた校舎の1階の最深部にある行き止まりの部屋、陽当たりが良いとは言えない場所へと目指して歩いていく。

 

 史料課の部屋が騒然としていることに気づいたのは、教室と同じつくりの引き戸を開けた時だった。

 

 史料課単独の部屋として与えられたそこは、半分ほどは研究員たちが執務するいわゆる普通の事務机が島を作っており、残りのスペースのうちの半分は雑多な資料類が収められたラック群、そして空いたスペースには安っぽい応接セットが設けられている。

 

 騒然としている原因は、パーテーションで仕切られた先にある応接スペースのようだった。

 

 下っ端研究員が戻ってきたことを、青くなった顔色でこちらを認めた先輩が認識した。

 

 焦った様子で手招きされる。

 

 普段から下っ端仕事を押し付けられる立場にある研究員は、敢えて先輩を無視してそれなりの重量となっている台車を所定の場所まで押していき、車輪のロックを丁寧に掛けたのちに先輩のもとへとゆっくりと歩んだ。

 

「お前にお客様だ。今、課長が時間稼ぎしてるから、早くいけ!」

 

 先輩は顔面の顔色同様に焦った小声の声音で、応接スペースを指し示した。   

 

 

 

 

「…彼がなにか、粗相でも致しましたでしょうか…」

 

 定年まであと数年に迫っている課長は、弛んだ身体を出来る限り小さく見せようとしているかのように縮こまり、その年齢相応に広くなってしまった額に浮き出た汗をしきりに拭っていた。

 

 現在対面している相手には、先日下っ端研究員を工房へ向かわせた件で厳しく叱責されていた。

 

「そういうことではない。ただ、私が少し、彼と話をしたいだけだ。迷惑でなければここで待たせてもらう」

 

 タイトなスーツに身を包んでシャープな印象を与える装いと、アイシャドウを引いた瞳に無表情な相貌で、見る者に冷たい印象すら与える年齢不詳の元競走ウマ娘は、それだけ言うと瞳を閉じて腕を組み、じっと動かなくなった。

 

 課長は、理事長がそのように仰るならば云々、ともごもごと聞き取れない何事かを告げると、静かに立ちあがり、突きつけられた刃物から逃げ出すように応接間から退散した。

 

 下っ端研究員と課長はスペースの入り口で鉢合わせる。

 

 冷や汗でびっしょりとして見るも無残な様相となった課長は、下っ端研究員の肩を弱々しく叩き、恨みがましい目つきで俺は知らんぞ、と吐き捨てるように言うと、自らは愛用の胃薬を求めて席に戻っていった。

 

 入れ替わりに応接に入ると、気配を感じた理事長が瞳を開いた。

 

「君、いつまで経っても私のアポイントを取りに来ないじゃないか。待ちきれずにこちらから出向かせてもらった」

 

 理事長が下っ端にそう告げた調子は、この間の蹄鉄の工房の最後の会話と同じように、陰があり、それでいてどこか艶っぽさを感じさせる声音だった。

 

「ここでは話しづらいこともあるだろう。どこかほかのところでも構わないぞ」

 

 下っ端研究員は、低いパーテーションの向こうで聞き耳を立てているであろう課長以下先輩たちの気配を感じ、資料を持って15分後に理事長室に伺います、と応じた。

 

 

 

 

 

 理事長室に下っ端研究員が足を踏み入れたのは、今回が二度目であった。

 

 一度目はこの学園に就職が決まり、初めて学園に職員として出勤した当日。

 

 まだ理事長は先代のころであり、現理事長となってからは初めてだった。

 

 この理事長室の内装については旧校舎取り壊し時に丁寧に解体され、新校舎が建設されたときに旧校舎の内装を再利用し、出来得る限り元の雰囲気を再現したものと言われている。

 

 扉ひとつとっても重厚そのもの、内装に至っては今の流行りでこそなかったが、歴史と伝統を感じさせる落ち着いた、一種の威厳すら感じさせる設えであった。

 

 研究員は入室して扉を閉じ、二歩ほど進んだところで足を止めた。

 

 壁面に飾られた歴代のトゥインクルシリーズウィナーの蹄鉄たち。

 

 それに目を奪われている。

 

 歴代の並べられている蹄鉄は、ある時を境に本物の蹄鉄ではなく、蹄鉄をモチーフにした作り物に切り替わっていることに気づく。

 

 研究員はそれを興味深く眺め、そして今みずからが調べている年代の頃のものを探した。

 

「…貴様、煙草を吸ってきたな?」

 

 音もなく研究員の背後へ回り込んでいた理事長が、イメージ通りの怜悧な声で呟く。

 

 研究員はつい緊張しまして、一本だけ、と応じた。

 

「責めているのではない。煙草の香りが懐かしくてな。窓際で窓を開けて吸うのなら構わん。灰皿も出してやる。本来は禁煙なのだが…今ここには君と私しかいない」

 

 それだけ言うと理事長は、自らの執務机の後ろの窓を開け、一番下の引き出しから灰皿を用意してやった。

 

 綺麗に磨かれてはいたが長年の使用感のある灰皿は、およそ理事長のイメージとはかけ離れた代物だと感じた。

 

「今時紙巻きの煙草を吸う者もそうはいないがな、ここはそのような客が来ることもあるのだ」

 

 理事長は研究員の視線から何かを感じ取ったのか、そう説明をした。

 

 研究員は執務机の椅子に座った理事長に、まだ未完成ですが、と報告書の要約を手渡した。

 

 このように理事長から急かされることがあるのではないか、と工房でのやりとりから予見し、あらかじめ研究の進捗に合わせて作っていたものだった。

 

 精査中の事柄、研究員の予測を含めたメモのようなものだが、彼が今どこまで調べがついていて、どこから先が未確認であるかがわかるようにはなっている。

 

 そしてそれを理事長が読み込む間、下っ端研究員は手持ち無沙汰となり、やはり緊張を強いられることになった。

 

 年齢不詳の理事長。

 

 おそらく実年齢はまだ20代の研究員と倍ほども違うであろうが、それを感じさせない彼女は陽に照らされて美しく、スーツに包まれるシャープな肢体と対照的な双丘の張り出しは立派の一言であった。

 

 左耳に着けられた黄金のチェーンの飾り、その先端の小さな蹄鉄が、彼女の耳の揺らめきに応じてきらりと光る。

 

「そう見つめられると、気になる」

 

 トレセン学園というある意味では女の園のような空間に居るにも関わらず、業務上ほぼ彼女たちと接点がない研究員は、女性やウマ娘にも慣れていない。そしてその免疫のなさゆえか、理事長の放つ妖艶な雰囲気故か、いつのまにか理事長の美貌の象徴足る怜悧な瞳に見惚れていた。

 

 研究員は自分は今、ずいぶんと間抜けな顔をしているに違いないと思い、顔が熱くなるのを感じた。

 

 研究員は取り繕うように視線を外し執務机の向こう側、理事長が手ずから用意した灰皿の前に立つと、失礼しますと言って煙草に火を点けた。

 

 窓から流れ切らずに薄く流れてくる煙草の香り。

 その香りが、理事長の脳の奥底に刻まれて忘れることのない記憶の一部分を呼び覚ましてくれるような錯覚にに陥る。

 

「懐かしいな…」

 

 理事長のその呟きは研究員の耳にも届いていたが、それは報告書の内容によるものだろうと誤解した。

 

 

 

 

 

「なるほどな。よく調べてある」

 

 男が煙草を吸い終わり、ぼんやりと外を眺めているところに、理事長が声をかけた。

 

「調べ出したきっかけは、当時のウマ娘たちの日記を見つけたことだったな?」

 

 研究員はこくりと頷いた。

 すでに報告書で上げた、サイレンススズカ、シンボリルドルフ、アグネスタキオンの日記のことを指している。

 

 下っ端研究員はその日記の判読不能部分に注目していた。

 

 トレーナーではなく、先生と呼ばれる人間がいたこと。

 工房と呼ばれる場所と関連する人物であること。

 普段は作業着を着ていたこと。

 何らかの技術を持っており、それが職人的な腕前であること。

 

 この人物がサイレンススズカ、シンボリルドルフ、アグネスタキオンと、同じ時代に走っていたウマ娘たち共通の存在であることまでは伺えた。

 

 この人物が、判読不能文字部分の、ヒトを指す部分に入るとすれば、整合性が取れるのではないか、そう考えていた。 

 

 そしてこれは偶然の産物だったが、おそらくこの間足を踏み入れた蹄鉄の工房が、サイレンススズカの日記にある工房であろうとあたりをつけていた。

 

 埃に沈み、もう長い間使われていないそこで、下っ端研究員も確かに鉄の香りをかいだ。

 

 そしてその傍証として、この間足を踏み入れた時に彼女たちの名前が記載されている作業記録を見ることができた。

 

 この工房の主人たる人物について、研究員はあれやこれやと記録を漁ってみてはいるものの、どうも今のところ判然としない。

 

 工房がいつまで稼働していたかの記録も今の学園内の情報では見当たらず、当時は個人情報に厳しくなってきていた時期でもあり、当時の職員名簿も彼が目にすることができていなかった。わかったことは彼の職業名が装蹄師というものであること。

 

 この装蹄師の男の存在は、下っ端研究員に俄然、興味を湧き立たせた。

 

 それからというもの、もっと大きな視点で当時の情報を集め出した。

 

 現在に残っている記録映像を掘り起こして日記の彼女たちの出場レースも見るには見たが、やはりレースシーンが中心とあっては、そこに至る日常の積み重ね、つまり学園での生活を想像することは難しかった。

 

 だからこそ今日、改めてその年代を捉えなおすために、地下の資料庫で雑誌を集めていたのだ。

 

 

「君は、この日記を読み解いて、何を調べようとしているんだろうか」

 

 

 理事長の口から出た言葉は、優し気な声音であったが、彼のとりとめのない研究の痛いところを突いていた。

 

 実は調べているうちに、何度もその目的を修正している。

 

 最初は、名バの日記を読み解くことで当時の生活やどのようにして神話のような業績が作り上げられたか、そのような切り口で研究を纏めようと考えていた。

 

 しかしパズルのピースを少しずつ埋めていくほどに、彼女たちの背後にいた人物、具体的には装蹄師の男が少しずつ、あるいは大きく影響を与えたのではないか、というイメージが出来てきた。

 

 それがトレーナーであるならば、公式記録や当時のメディアにも取り上げられて物語となっており、わかりやすいストーリーであっただろう。

 

 しかし下っ端研究員はそのわかりやすい物語だけではない、さらに何かがあることを日記を読むことで推測するに至った。

 

 調べていくうちに、いくつかの雑誌記事にも、なにかトレーナーとウマ娘、さらにそこに影響を与えた人物がいるかのような言い回しがあったりと、それらしいことが読み取れる部分がいくつもあることに気づいてもいた。

 

 特に雑誌や書籍に残っている、当時二大勢力と言われたチームリギル、チームスピカのトレーナーインタビューにおいてはそれが顕著だ。

 

 そして時代的なことで言えば、調べれば調べるほどにこの時期を境にウマ娘レースにおいてさまざまな変化が起きている。

 

 例えば今や当たり前になっているレース中の故障に迅速に対応するための伴走者たち、いわゆるレスキューウマ娘の最初期の試行が行われたのもこの時期だ。

 

 すべてがつながっているのか、そしてキーマンとして浮かび上がった装蹄師の男がどこまで関わっているかはわからなかったが、おそらく歴史の記録には残らない部分で、なにかがあった。

 

 それを今は掘り起こしてみようと考えている。

 

 

「それを知って、どうする?」

 

 

 理事長の、少し冷たい響きを含んだ問いかけが研究員の心に刺さる。

 

 確かに、調べたところですぐに何かの役にも立ちそうなことではない。

 

 下っ端研究員は理事長の問いかけにやや動揺し、落ち着きを求めて新たな煙草を取り出した。

 

 火を点け、肺を煙で満たす。

 

 歴史と伝統、そして彼女たちによってつくられた神話によって現在も隆盛を誇るURA。   

 

 しかしその栄光の陰に埋もれた先達たちの努力によって今日があることを忘れてはならないと研究員は思う。

 

 そして今の彼に薄くぼんやりと見え始めている工房の男の姿は、大学の歴史学部をそこそこ優秀な成績で卒業したにも関わらず。競バの世界に魅せられて引き寄せられるようにこの世界に足を踏み入れた下っ端研究員がこれからトレセン学園の職員として歩もうとする、決して陽の当たらない道、そのロールモデルであるようにも思われたからだ。

 

 だが、このような個人的動機だけでは俸給を得てまでしている研究としては落第であろう。

 

 そう思いなおした研究員は、とってつけたように付け加えた。

 

 きちんとまとめ上げることができれば、府中にあるURA競バ博物館の企画展として世に出すこともできますよ。

 

 

「…君の思いは理解した」

 

 

 理事長は煙草の香りに、胸の奥をじりじりと焦がされるような思いを抱きながら応じた。

 

 目の前の若者が、あの時の空気を知ろうと、理解しようとしてくれている。

 

 長い時間を経て、もはや関係者の思い出の断片に埋もれ、消滅しようとしているあの喧騒の日々。

 

 そこに光を当てようとする者が出現したことに、安堵しているのかもしれなかった。

 

 そしてそこに、確かに自分も居たことに改めて誇りのようなものを抱き、そして目の前の若者にそれを暴かれるかもしれない、という気恥ずかしさもないではなかった。

 

 

「…研究を続けるといい。但し、経過報告は欠かさないように。期待しているぞ」

 

 

 話は終わり、研究員は退出のために理事長室の扉まで歩むと振り返り、外を眺める理事長に向かって告げた。

 

 

「研究が進んだら、今度はゆっくり当時のお話をお聞かせください。エアグルーヴ理事長」

 

 

 

 

 

 




 いつも皆様お読みいただき、感想をお寄せいただき、文言修正をいただきありがとうございます。

 気が付けば前回が70本目でした。

 もともと終わりを決めていなく、またこんなにちゃんと続けられるとも思っていなくて始めたのに、ここまで書き続けていられるのは皆様に読んでいただけていると実感できるアクセス数字であったり、感想コメントでありまして、本当に感謝しております。

 そろそろ話の畳み方を考えることも増えてきてはいるのですが、そこにたどり着くまでにはまだまだいろいろ書きたいことも出てきそうです。

 ちょっと仕事も忙しい時期に入ってきておりますんでこれまでよりも更新間隔はあき気味になるかとは思いますが、続けていく所存ですので、今後ともよろしくお願いいたします。
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