―――そして、映画とエミヤは伝説となった。

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 この作品は氷陰様のボーイミーツガール杯に参加していました。


歴史的爆死は疵にはならない

 その日、令嬢エカテリーナは運命に出会った。

 

「大丈夫か? ……よかった、間に合ったんだな」

 

 黒と白の双剣を握る男。あまりにも無骨で、あまりにも優しい声色で、あまりにもかっこよく、あまりにも最高な英雄。令嬢エカテリーナは自覚しないまま、その男に一目惚れをした。

 

 中東に親の商談に付いていったその日のことだった。中東では珍しくもないテロリズム。金持ちを狙ったそれに、エカテリーナは必然的に巻き込まれた。上がる悲鳴。舞い飛ぶ血潮。死んでいく人々。建物に銃弾が突き刺さっていき、爆弾が窓ガラスを粉にしていく。そんなあまりにも恐ろしい光景の中で、少女は頭を抱えてソファーの裏で震えていた。

 

 そこに現れた白い髪の男は、まさしく英雄だった。時代錯誤的な双剣で銃弾を切り弾き、爆弾と見れば屋外に蹴り飛ばす。俊敏にテロリストの集団に切り込んで、あっという間に無力化する。エカテリーナが居たホテルの人達を庇って守る。テロリスト達も殺さないで捕縛する。エカテリーナを守るばかりか、エカテリーナの両親まで守ってくれた。エカテリーナの命の恩人のみならず、エカテリーナの大事なものも、その幸福までも守ってくれたのだ。

 

 そう、その背中が綺麗だったから憧れた。その在り方が優しかったから夢中になった。『正義の味方』にしか見えなかったから恋をした。エカテリーナは名前も知らないその人を、名もなき英雄を大好きになってしまった。

 

「あ、あの! お名前を! お名前を教えてください!」

 

「名乗るほどの者でも無いけど」

 

「お願いします! お名前をお聞かせください!」

 

 その剣が、少女にとっての運命だった。

 

「士郎。衛宮士郎だ。それじゃ」

 

 それから時は流れ、五年後。エカテリーナは父の事業を一部引き継ぎ、父の名声に恥じない経営者として名を知られていた。衛宮士郎に救われた時13歳だった彼女ももう18歳。新進気鋭の若手経営者と言えば彼女と言われるほどの成功者である。容姿の美しさに経営の成否を見極める慧眼、判断を間違えない完成された知性は大いに褒め称えられ、生命の極み、地球の答え、その頭脳は人類の至宝として褒め称えられた。

 

 そして富、名声、力、この世の全てを手に入れた金の女ゴールド・エカテリーナとさえ呼ばれた彼女は、『本命』に着手した。

 全ては前振りにすぎない。

 下準備にすぎなかった。

 経済界の掌握とまではいかなくとも、多くのものを自由にする力を手に入れた彼女は、妖艶にほくそ笑み、『本命』を実行に移す。

 

「あの人の偉業を知らしめるのですわ! 衛宮士郎様の偉業を!」

 

「ハリウッドで?」

 

「ハリウッドで!」

 

 そう、映画作成である。

 

 映画監督、エカテリーナ! その報は世界を巡り、経済界と映画界を震撼させた。

 

「衛宮士郎、ねえ。あの、監督、検索しましたけど……なんか怪しいまとめサイトしか引っかかりませんよ? ミリタリー板住民の有志wikiですよねこれ? 信頼性0じゃないですか? 見てくださいよこの下品なアフィリエイト。僕に誤タッチさせる気満々ですよ? これ本当に実在した人間なんですか? 平和ボケしてる日本人が紛争地帯で戦いまくった挙句に最後には現地で仲間に裏切られて秘密裏に処刑ってちょっと……」

 

「ボブ!」

 

「はい」

 

「あれは今から五年前のことですわ。衛宮士郎様は、あの日運命のように……」

 

「その話長くなりそうですか?」

 

「そう、運命。わたくしにとって彼こそが人生の転機であり、それまでのわたくしはただ名家の令嬢として生まれた責務を果たすことだけを考え、熱の無い人生を生きており、だからこそ『正義の味方』というものにもどこか冷淡な反応しかしないつまらない女で……」

 

「長くなりそうだな……」

 

 己が監督となり、五年かけて蓄積した財でスポンサーも兼任し、最高にかっこいい衛宮士郎の映画を作り、それを一番に見る。それが彼女の野望。端的に言って狂っている。「投影投影イェイイェイッ」とかほざいている令嬢のどこに正気があるというのか。しかし正気はなくとも金はある。金で殴れば大体どうにかなるのが世界の理というものだった。無限の紙幣(アンリミテッド・マネー)で爆走する彼女を止められる者はいない。

 

「では脚本会議を始めますわよ! プロデューサー! 脚本! ボブ!」

 

「えっ……はい」

「えっ……はい」

「えっ……はい」

 

 会議は踊る、されど進まず。などということを、お嬢様は許さない。ゴリ押しで会議を進めるための材料は揃えてきた。まず提出されたのは調べ上げられた衛宮士郎の半生の資料。「ストーカーだな」とプロデューサーは思った。続き彼が外国で活動する前に日本でどういう活動をしていたか、日本での知人が彼をどう評価していたかの資料。「キッショ」と脚本は思った。そして日本で衛宮士郎と親しかったらしき女性達へのヘイトスピーチと外国に移ってからの活躍の伝聞を集めた資料集。ボブは「思ったより数段ヤバい女だった」と戦慄した。

 

「プロデューサーとして申し上げます! 主人公の衛宮士郎がガンガン魔術とか使って一万人の軍隊を蹴散らしてるのにノンフィクションを語るのは無茶です! 絶対にどっかで引っかかります! 実話を元にしたフィクションに変更しましょう! そうすればリアリティ積み上げる代わりにフィクションのハッタリも積めます!」

 

「メディアと報道と評論家と審査機構は全部買収してますわ。ありのままの士郎様でないと」

 

「脚本としての提案っす。いや……なんかもう監督には何言っても無駄って感じはするんすけど……やっぱメジャー受けさせるためには恋愛要素入れねっすか? 最近流行りの実力派若手女優とか入れるんすよ。資料にもありますけど仲良かった女性も居たらしいじゃないですか。オレが思うに狙い目は学校の同級生が付き合ってるんじゃないかって疑ってた後輩のサクラ・マトウあたりがいいんじゃないかって……」

 

「士郎様がそんなどこにでもいそうな町娘Aに惚れてたわけありませんわ!!!!」

 

「想定200分は長すぎると思います。あとこれ同級生の証言にふざけたデマが混ざってる可能性が」

 

「お黙りなさい、ボブ」

 

 全てを金と権力で黙らせ、エカテリーナは進んでいく。

 

「お嬢! CM握ってる大手スポンサー様が口出して来ました!」

 

「ぬぁんですってぇ!?」

 

「『日本人の人生を映画化した伝記的な作品であっても、人種が偏りすぎている。これでは観客は役者を皆中国人と見るだろう。昨今のハリウッドの中国忖度風潮と反発はかなりのもの。これ以上謂れなき悪評を受けるのは本懐ではない。こちらが指定した役者と入れ替えてはどうだろうか』とのことです! 割と図々しいですが、その代わりに大規模な出資を約束してくれるとか! あと広告戦略の見直しがうんぬんかんぬん!」

 

「ケチをつけてごねて利権を奪い取るつもりですわね……! 上等ですわ! マーベルとディスニーの勝ち馬に乗り切れなかった負け犬風情が! こちらの足元を見てきたことを後悔させてやりますわ! ライネス! ライネスさん! ミスライネス!」

 

「はいはい」

 

「ボブと探偵を二人付けますわ! あっちの社長の浮気の証拠でも何でも探してきなさい!」

 

「ええ……」

 

 時にはトラブルに巻き込まれても、彼女は折れない。負けない。諦めない。あの日見た正義の味方は、黄金だった。彼女の人生最大にして最高の黄金だった。彼女にとって初めての憧れで、初めての恋だった。あの英雄を、自分だけの英雄にはしない。仲間に裏切られて処刑されただけの間抜けでは終わらせない。この世界に、あの英雄への想いを刻んで見せる。その一心で、少女は世界の全てに立ち向かった。時に力が足りなくても、決して諦めることはなかった。

 

「お嬢!」

「お嬢監督!」

「エカお嬢! LGBT配慮をねじ込まれたとか本当なんですか!? 脚本は!?」

 

「屈辱ですわ!!!!!」

 

「あ、マジっぽい」

 

「LGBT配慮を何か目立つところに入れろと言われましたわ! おファック!」

 

「やべっすね。どーすんすか? 残業して脚本すぐ書き直せってんなら頑張るっすけど」

 

「間桐慎二を黒人にしましょう」

 

「ファッ!? 日本人ですよ!?」

 

「詳細は不明ですが彼の家系は外国からの移民のようです。そこは調べ上げた時に分かっていますわ。パンフレットにその旨記載し、大胆なアレンジとすれば……いけますわ!」

 

「大胆にもほどがありません!?」

 

「大丈夫ですわ。元同級生からの評判も良くなかったみたいですし、誰も気にしませんわ」

 

「ええんか……?」

 

「親友ポジの黒人なんてあるあるすぎてきっと気にされませんわ!」

 

「偏見がすぎる」

 

「嫌われてた理由もあんまり本物に寄せるとセンシティブになりますわね、間桐慎二。ただ単純に同級生に嫌われてますわ。過去に何か事件があったとかでもない。人気者に手を出したとかでもない。単純に性格が悪いせいで嫌われていたようですわね。同級生からの評価が基本的にうんちなのでこれをそのまま脚本に落とし込むのも問題があるかもしれませんわ」

 

「ええ、はい、それはまあ」

 

「いつも学校でピザ食ってるとかの設定付けた方がハリウッド的にはいいかもしれませんわね」

 

「そりゃ学校で周りには嫌われるかもしれませんが! ピザよく食ってるのは監視カメラ眺めてるデブキャラとかの個性付けの一環ですよ! 黒人化以上に変な方向行ってますって!」

 

 そして、最初は熱意がなかったスタッフたちも、エカテリーナに引きずられ、乗り気ではなかった映画に段々と本気になっていった。その製作風景が一本の映画になりそうな、幾多のクリエイター達の奮闘。迸るプロ意識が、熱の渦を作っていく。その団結、心の輝きこそが豪華絢爛。名もなき英雄の神話を打ち立てるべく、多くのプロが集って、一つの生き物(チーム)になっていった。

 

「お嬢! こういうのはどうですか! シンジはホモだった! シンジが執着していたのは実はエミヤだった! 学校では嫌味な優等生、女子にはモテモテ、弓道でも十分な実力があった! しかし本当はシンジからエミヤには歪んだ友情と劣等感、そして尊敬があった! シンジの中で最も大きな存在とはエミヤだった! シンジの空虚を埋められた唯一の存在も、シンジの空虚を最も広げた存在も、エミヤだった! シンジの歪んだ友情は歪んだ愛憎へ! そんなシンジを救えなかったことは、エミヤの心に傷を残していて……こんなんでどうですか!」

 

「それですわ!!!!」

 

「それに加え、エミヤの義父であるキリツグの過去は詳細が追えませんでしたが、生前交流があった人間に海外に実娘が居ることを話していたことが判明しています! そして一時期詳細不明の金髪少女がエミヤと親しく接し、家に泊まり込んでいたとも! その少女はエミヤと街で二人で遊んでいたとか! 年下に見えたとか! そんな証言があります! つまり、キリツグの実子にしてエミヤの義妹! 証言から名前を推測するにこの"イリヤ・セイバー・エミヤ"なる者が、キリツグ死後のエミヤの唯一の家族! 妹の存在を知っていたエミヤは妹に憧れを持つが、その妹に会えたことはなく、妹への憧れを募らせるばかり……シンジの妹のサクラと親しくしていたのもそのためだった。しかし義理の妹の代わりにされていたサクラは耐えられなくなりエミヤの食事に虫を入れて逃走。それを知りこじらせるシンジ。人は誰かの代わりになどなれないと知ったエミヤは反省し、成長し、そこに義理の妹セイバーが既に亡くなった父キリツグの墓前に花を供えに来日する……蔵でサクラの私物を整理していたエミヤにセイバーが声をかけ、二人が出会い……運命の二週間が始まった……」

 

「それですわ!!!!!!!!!!!!」

 

「お嬢、プロデューサーとして進言します。十年前二十年前に生きてた人間の扱いはセンシティブです。ましてや勝手にセクシャルマイノリティなどにするのは後の反発が……」

 

「黙りなさい」

 

「はい」

 

「さあ製作再開ですわよ! ライネス! ライネスさん! ミスライネス! 例のお高いお紅茶の葉はどこにありましたかしら?」

 

「君のデカいケツに踏まれた椅子座布団の下にあるよ」

 

 最高のノンフィクションで衛宮士郎を伝説にする。皆の心は一つだった。

 

「お嬢、このセリフ本当にMr.エミヤ言います? 日本人ですよね? ニヒルすぎません?」

 

「はぁ……士郎様かっこいい……」

 

「駄目だこりゃ」

 

 そう、それはとうの昔に死んだ人間を映画に『投影』する作業。まず衛宮士郎の理念を鑑定し、その存在の基本骨子を想定し、英雄としての構成材質を複製し、彼という個人が持っていた技術を模倣し、その経験に憑依するように共感し、彼の人生が蓄積した年月を再現する作業。断片的な情報から想像し、合間を想像で埋め、強化していく。

 

 どんな英雄もその存在をそのまま映画に取り込むことは不可能だ。どんな映画でも、どんな英雄を出すにしても、そこには大なり小なりフェイクが混ざる。製作者達の義務は、再現性を極限まで高めることではなく、再現することで極限まで面白いエンタメを作ることにある。この映画の監督はエカテリーナであるため、衛宮士郎がかっこよければかっこよいほどに良い。偽・螺旋剣の『壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)』は無いくせに、偽・エミヤシロウの『ちょうかっこいい士郎様(ノウブル・ファンタズム)』だけはガンガン純度は高まっていく。

 

「I am the bone of my sword.」

 

「主演! もっと情感を込めないと降ろしますわよ! あいあむざぼーんおぶまいそーっ!」

 

「I am the bone of my sword.」

 

「いいですわ! いいですわー! 衛宮士郎様っぽいですわー!」

 

「後世に情感たっぷりに詠唱するエミヤ像が残りそうだ……」

「楽しくなってきた」

「間桐家全員死んでるからって好き放題してるなあっちもこっちも」

「お嬢、エミヤさんって英語ヘタクソだったんすかね? なんで無理に英語使ってたんすか?」

 

「殺しますわよ」

 

 そう。イメージするのは常に最強のエミヤ。最高のスパダリ。エカテリーナにとって戦う相手とは、自身のイメージに他ならない。彼女の手元には常にコミッションで依頼した日本人画風の衛宮士郎立ち絵が沢山あった。そのどれにも、負けてはならないのだ。

 

「お嬢! 銃乱射事件が起きました! 公開時期的に自重しろとお察しが! ヤバいですよ! 機関銃のただ中を双剣で突破したとかいう現地人伝聞のノンフィクションシーンが丸々使えなくなるかもしれません! ボブが頭の血管切れて病院に行きました!」

 

「……はぁぁぁぁぁぁぁぁ!?!? ク……うん……排便!」

 

「エカテリーナ、一周回って汚い言葉が隠せてないぞ。落ち着くべきだ」

 

「ライネスさん……ええ、やってやりますわ! 財力! 工作! 圧力反発! 銃乱射事件で映画に圧力をかける団体をリストアップ! SNSで工作して反抗潮流作成! ライフル協会の偉い人に金を渡して馬鹿な発言させてヘイトをそっちに誘導! それと念の為予備のクライマックスシーンの撮影スケジュールを組みますわよ! 差し替えが必須になったら差し替え! する必要がなくなれば編集でいじって円盤特典映像に入れますわ!」

 

「うん、さすがだエカテリーナ。頑張りたまえ」

 

「頑張りませんわ! わたくしはやりたいことをやるだけですわ!!!!」

 

 かくして、映画は完成し。試写会を経て、上映の予定日も決まった。試写会が始まるや否や、冒頭で動いているエミヤを見た瞬間から、エカテリーナの両目から無言の涙が溢れ、エカテリーナの隣に座っていた金髪の女性がビクッとする。

 

『エッミーヤ=シロゥ!』

 

『シンジ……生きていたのか! 死んでいたはずのお前が!』

 

『お前を……愛している! エミヤ!』

 

『ならばなぜこんなことをする! シンジ! あの頃に戻ってくれ!』

 

『世界は間違っている……お前が名もなき英雄になっている間、サクラはデトロイトでレイプされ殺された! 清い身体で、一途にお前を想うサクラを、僕は守りたかった……それも叶わなかった! 妹を守るという僕の誓いは世界に裏切られた! こんな世界は間違っている! エミヤ! お前のような英雄が誰かを救ってしまえる世界が既に間違っているんだ! それは誰かの不幸が前提なんだ! お前は英雄で、英雄はサクラの味方になってはくれなかった!』

 

『なに……っ!?』

 

『エミヤ、お前を愛している……お前が憎い!』

 

 中東の荒野で生きていた親友との決戦を迎え、親友と信念をぶつけ合うクライマックスで、エカテリーナは無言で号泣する。自分で作っておいてガンガン感情移入して号泣する。アメリカ特有の1Lコーラを両手に持って両方飲み干す。そして号泣する。隣に座っていた金髪の女性ライネスさんがドン引くくらいに号泣する。隣の金髪女性の靴底が涙でべちゃべちゃになるくらい泣いていた。そして映画を見終わった頃には、一段低い前の席に座っていたボブの靴の裏までもが涙でべちゃべちゃになっていた。

 

「はわーっ……最高……衛宮士郎は寿命を百年くらい伸ばしますわ……」

 

「なんともまあ……よくやったと思うよ、君は」

 

「ええ、ありがとうございます。あなたにも感謝しますわ、ライネスさん。あなたのアドバイスや励ましに何度助けられたか分かりませんもの。この映画の製作に尽力してくれた者、全てがわたくしの家族。困ったことがあれば言ってくださいな」

 

「いや、何。暇潰しとしては楽しかったよ。いい土産話もできたしね」

 

「?」

 

「まるで恋愛描写の無いラブレターのような映画だった。こういうのもたまにはいいものだ」

 

「なっ」

 

「ははっ、自覚がなかったのかい?」

 

「もうっ! 次に会った時には、からかわないでいただけると嬉しいですわ」

 

「ああ、そうだね。また会えたらそうしよう」

 

 笑って去って行ったその女性とエカテリーナが再び会うことは、二度となかった。

 

 アメリカで制作され劇場で公開される映画は年間700から800。その中の一つとして、この映画は埋もれた。エカテリーナが当初考えていた映像媒体・配信媒体での積極的な展開は破綻し、映像媒体はごく少数が作られるに留まった。上映劇場数は限りなく抑えられ、広告も最小限であり、多くの一般人達はこの映画が作られたことすらも知らないままに終わる。作品内容もどこか現実的なドキュメンタリーというよりは、ノンフィクションを名乗るカルト系の映画に仕上がり、それを真に受ける人間はほとんどいなかった。

 

 かくして、映画スタッフの中に潜り込んだ『神秘の隠匿のため時計塔の信任を大いに受けた工作者』は、最初から最後まで任された仕事を全うし、休暇のお遊びのような気分で全てを幕に導いた。『映画を製作中止に追い込む』のではなく、『エカテリーナが満足する映画を作らせつつ世間がそれを真に受けないようにする』という工作の仕方をしたのは、時計塔の人間らしからぬ選択だった。神秘の隠匿こそが時計塔なる組織のモットーである。時計塔の魔術師は手段を選ばない。神秘を使う衛宮士郎の映画製作を妨害するのであれば、手段はいくらでもあったはずだ。けれどライネスなる女性はそうすることをしなかった。

 

 それは善意だったのか、良心だったのか、あるいは奇妙な友情の芽だったのか。とにかくそうして、この映画はメジャーのめの字も無いままに終わる。けれど、エカテリーナは満足だった。

 

「どうか、誰かが、あの人の頑張りを覚えていますように」

 

 ささやかな願いを映像に込めて、ハリウッドのライブラリに映画を収め、エカテリーナは満足した顔で頷いた。英雄は忘れられてはならない。覚えられているからこその英雄である。たとえ、その英雄が名無しの者として語られるような者であったとしても。覚えてもらっているからそこに在り続けられる。心震わせ励ます伝承となった英雄こそが今も人を救えるものとなる。過去の英雄の奮闘を知り、それで心救われる者も居る。英雄を英雄として、過去の遺物ではなく今にも繋がるものとするには、誰かが作品にしなければならない。エカテリーナがそうしたように。

 

 映画が終わって、皆と打ち上げをして、酒をたらふく飲んで、次の日も一日中打ち上げをして、ありったけの別れの言葉を述べて、チームは解散した。遠く離れていてもなんだかんだ仲悪くなることはないだろうなあと、ひとり残らず全員が思ったまま、別れた。エカテリーナは普段の仕事に戻りながら、時間を見つけて数少ない劇場を巡っていた。いつでも自分の家で見られるが、劇場で見ることに意味があるとでも言わんばかりに。ある日ある時、そんなエカテリーナの横の席に黒髪の日本人女性がやってきた。アメリカではそこそこに珍しいアジア系の美女でありながら、その英語に淀みもない。優秀な女性だろうと、エカテリーナの慧眼が囁いていた。

 

「あら」

 

「どうもですわ」

 

「隣の席、座っても?」

 

「構いませんわ」

 

 英雄が戦いに次ぐ戦いの最中一度日本に帰り大切な人達に再会する終盤の展開で、エカテリーナは無言で号泣する。自分で作っておいてガンガン感情移入して号泣する。アメリカ特有の1Lオレンジジュースを両手に持って両方飲み干す。そして号泣する。隣に座っていた黒髪の女性がドン引くくらいに号泣する。隣の黒髪女性の靴底が涙でべちゃべちゃになるくらい泣いていた。そして映画を見終わった頃には、一段低い前の席に座っていたキシュア・ゼルレッチ・シュバインオーグの靴の裏までもが涙でべちゃべちゃになっていた。

 

「ちょ、ちょっと、大丈夫?」

 

「ゔゔぉぉぉ……大丈夫ですわ……士郎様、かっこいい……」

 

「……………………………死んでからも女泣かせてるのね衛宮くん……………………………」

 

「何か言いました?」

 

「いいえ」

 

 綺麗な黒髪の女性だった。アジア人ながら容姿端麗で、どこに行っても異性から持て囃されるだろうと思える女性だった。映画で寺の息子が出てきたところで、くすっと笑っている。衛宮士郎の義妹、イリヤ・セイバー・エミヤが出て来たところで、納得した様子で手を打っている。ホモのラスボスとなった間桐慎二を見て心底笑いをこらえている。胸元を開けた妖艶な女教師藤村が出て来たところで我慢しきれず小さく吹き出していた。間桐桜、衛宮士郎が出て来るところで、常に寂しそうな表情をしていた。

 

「……? もしや、映画にご不満が? わたくし、全て受け止める所存ですわ」

 

「私は昔の知り合いに会いに来ただけ。ま、笑えたからいい映画だったんじゃないかしら」

 

 いつか、どこかで。

 

「てっきとーで作り物で、セリフとか性格だけがそのまんま衛宮くんで、なんか変ないい感じの終わりがあって、でもまあ、そうだった方がマシだったかもしれないし」

 

 何もかも上手くいかなくて、大切な人達を何人も失った女がいた。そういう女からすれば、無茶苦茶でハチャメチャで、でも衛宮士郎への愛に溢れた、彼を心底英雄だと思っている人間にしか作れない、心底バカバカしくなるような映画が、ほんの少しだけ救いになることもある。

 

「トーサカさーん、車回しましたよー」

 

「今行くわ! それじゃあね。かわいい監督さん」

 

「……! さようならですわ」

 

 黒髪の女性が去っていく。笑って去っていく。エカテリーナはできる限りの資料を集めた。それは表社会の限界まで集めたものでしかなく、穴空きで、適当で、合間を想像するしかないものだった。だからどう創作しようと実像からかけ離れてしまう。だからこそノンフィクションとしての価値に限界があり、だからこそ当事者達にとっては笑えるものになっていた。本当にノンフィクションであったなら、衛宮士郎の物語はバッドエンドにしかならない。けれど、この映画はハッピーエンドだった。

 

 衛宮士郎は処刑されたのではなく、密かに生き残ってどこかで穏やかに生きているのだという、現実を無視したエカテリーナの私情に満ちた改変が加えられていた。だから、『トーサカ』は笑ってしまった。この映画には、衛宮士郎に恋した少女の私情しか無い。

 

 死は絶対だ。衛宮士郎は死んだ。正義の味方として失踪し、信じた者に裏切られ、処刑されて死んだ。死後も含めて、彼に救いはない。映画の結末をどうこうしたところで何も変わらず、逆に滑稽ですらある。こんな資料価値の無いラブレターのような映画が評価されることはなく、世間に広まることもないだろう。再評価の余地も変に流行る余地もない。

 

 この映画が残した影響が何かあるとすれば、いつか未来で、『無銘の英雄』になるはずだったその人に、かすかであっても確かな信仰を届けて、『エミヤ』という英霊とするくらいのもの。彼は無銘ではない。名も無き英雄などではない。正義の味方の具現などではない。彼は人間だった。頑張っていただけのただの人間だった。『エミヤ』という個人がいたことを、彼女はずっと覚えていて、そこにこそカメラを当てたかったのだ。

 

 『無銘の英雄』ではなく、『衛宮士郎』に、彼女は出会い、恋をした。

 

 恋が実ることはなく、エカテリーナの恋の終着点はここ。恋物語はここに終わる。

 

「ありがとうございました、衛宮士郎さん。……私の中で、一番かっこいい正義の味方さん」

 

 そして五年後、YouTubeで『ゆっくりと学ぶカルト映画シリーズ』で取り上げられ、5000再生を記録した。

 

 そんな、ちょっとした映画の話。

 

 

 




 EXTRA世界とかでは無銘でSN世界とかでは一応固有の英霊名があるのは何故か
 その差異を生んだ者

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