アルビオンASMR、メリュジーヌちゃんに囁かれたい 作:柳之助@バケつ1~4巻発売中
空けた車の窓から渇いた風が頬を撫でる。
やたらうるさいエンジン音はピックアップトラックの型式が古いからだろう。一応手入れは自分でできる範囲はしているし、購入した時にしっかり点検してもらっているが如何せん年代物は年代物だ。フォルム的にはあまり好きとは言えないが、へき地に住み、生活必需品をまとめ買いしなければならない以上、積載量の多さは必要だった。
「んー、結構涼しくなってきたねレイ」
助手席でメリュジーヌが風に目を細める。
季節は秋に入り、日中でも肌寒くなってきた。
加え、今日は買い出しだから動きやすさを優先して夏の普段着のワンピースではなくデニムに白のTシャツ、上から黒のレザージャケット。背の低い彼女だが元々の美貌も相まって何を着ても様になる。
「車って面白い」
ドアの内側を撫でながらメリュジーヌは笑う。
「速く走れない人間がこんなものを生み出すなんて。もうちょっとメカニカルでマッシブで、砲門とかもついている方が私は好みだけど、移動手段としては悪くないわね」
「もうちょっと速度出せればいいんだけどな」
家回りはほとんど舗装されていない草原を進むので速度を出し過ぎると横転しかねない。舗装された車道に入ればいいのだがエンジンがポンコツなので精々が時速100キロくらいが限界だ。
倍は出したいのだけれど。
「いいじゃない、こういうのも。――――速度が出したいのなら私がいるでしょう?」
クスリと、彼女は笑う。
ドアに肘をかけ、頬杖を突き流し目でこちらを見据えて。
最近、彼女はこういう目をする。
意味深な笑みと輝く琥珀の瞳。
人ならざるものの光を携え、人を超えた世界から睥睨する。
どうして、とは聞かない。
こういうのが好きでしょう? と、言われるのが目に見えているからだ。
「こういうのが好きでしょう?」
「…………うん」
「よろしい」
くすくす。
目を細めて彼女は笑う。
掌の上で踊っているなと思う。
竜であるからか、基本的に上から目線なのだ。
的確に玲の趣味に合うことをしてくるからとんでもない。
それがたまらんなと思うあたり、玲も大概なのだろう。
●
「まいど、お兄ちゃん! またよろしく頼むよ!」
「はいはい、どうも」
恰幅のいい中年の女性からお釣りを受け取り礼を言う。
二人の家から一番近い町。住民も200人程度の田舎だ。最も現代ではインターネットや通販等が発達しているから生活そのものには困らないのだろう。
周囲には小麦や葡萄が広がり、小さな川も街中には流れている。
観光できる場所はなく、大きな建物といえば町の中心にある教会くらい。
華やかさはないが、人の営みがある。住んでいる人たちも穏やかで警察の仕事なんて夫婦喧嘩や酔っ払いの仲裁くらいだと聞く。
良い町だと玲は思っていた。
「よっと」
大きな紙袋に入ってるのは各種食料や生活用品。
比較的日持ちするものが多めだ。ソーセージやハム。酢漬け野菜。野菜や乳製品はあまり日持ちしにくいから困りものである。保存の魔術なりをいい加減覚えないとなと、玲は思った。彼の神髄たる加速とは正反対の性質なので得意ではないのだが数日引き延ばすだけでも十分だろう。
料理の腕が壊滅的な玲とは違い、メリュジーヌは要領よく上達していて三食夜食まで任せきりだ。
メリュジーヌが意外に料理を楽しんでいて、大食漢なので買い物の度に買う量は増えていく。
あの小さい口でもにゅもにゅ言いながら食べるのはかなり可愛い。
「…………ってあれ、メリー? どこいった?」
きょろきょろと周囲を見回すがメリュジーヌの姿がない。
助手席にも、荷台にも載っていないし、先ほど買い物した商店にもいないようだ。
「嫁さんなら、向かいの店入ってたよ」
「あ、ありがとうございます」
先ほどの女性に指摘され、言われた通りに向かいの店を見る。
石造りの建物が繋いで並んだヨーロッパでは良く見る建造物。奥や上層階にに中庭やアパートメントになっているはずだ。
骨董品か何かの店だった気がする。
基本的に食料や生活用品の買い出ししかしないし、骨董品はそれこそ魔術師にとっては専門である。家に帰ればそれこそ数百年もの媒介なんていくらでもあるのだ。
だから、態々立ち入ることもなかったが、
「なんか面白いものでもあったのかね」
首を傾げつつ、足を動かす。
ヨーロッパといえば治安が悪いなんてことを極東に訪れた時に聞いたが、田舎はそこまでではない。流石に日本ほどではないにしても、極端に治安の悪いのはパリを始め観光地や主要都市。基本的に田舎というものはどの国だって犯罪率は低かったりする。
なので、荷台に買い物を乗せたまま、鍵もまぁいいかと思う。
盗みなんてほぼ起きないし。
骨董店の扉を開け、ドアベルがからりと鳴る。
中は適度に暖かく、心地よい。
ほのかに古書や古いもの独特の臭いがあり、それと同時に紅茶の香りが漂う。
「メリー」
「あ、玲。ごめんね、勝手に」
店の中、棚に並んだ骨董品らしい置物や家具に囲まれたテーブルに彼女は座っていた。
そして、彼女の対面に、
「こんにちは。貴方がアウロラさん、でしたか」
30代半ばだろうか。メリュジーヌとは反対に綺麗な金髪の三つ編み。年齢を感じさせない美貌とスタイルだが、服は落ち着いたカーディガンとロングスカート。
「ここの店主――――レティシア、と言います」
●
「ささ、せっかくなのでどうぞ。お茶だけでも」
にこにこと笑うレティシアと名乗った彼女は慣れた手つきで紅茶を新しいティーカップに淹れる。かぐわしい香りがあたりに漂い、思わず玲も鼻を鳴らした。
「あら、好きだったの紅茶」
「嫌いじゃないよ。ただ淹れるスキルがないし、セットもないからな。一応インスタントは色々あっただろう?」
「なるほど」
ふんふんとメリュジーヌが頷いた。
インプットした、という具合である。
「こほん……ありがとう、レティシア」
「はい」
淹れてもらった紅茶を素直に口に付ける。
「……へぇ」
香りがいいと思っていたが味もいい。
インスタントも不味いとは思わなかったが流石にものが違う。嫌にならない苦みと爽やかな風味がある。食や嗜好品への興味が薄い玲でも、素直に感動するものだ。
「美味しい。良い腕だ」
「お粗末様です」
「――――ティーセットのおすすめはありますか、レティシア」
「えぇ、勿論」
「結構。では見せてもらいましょう。レイ」
「ん、待ってるよ」
「? それは当然でしょう」
「あっはい」
「期待していてね、これからティーパックでは満足できない体にしてあげるわ」
情熱的なのかそうでないのか良く分からない宣言であった。
「あらあら」
微笑ましそうにレティシアは笑い、
「それではこちらに。レイさんは少しお待ちを。色々置いてあるので見物をしてみてください」
「ほいほい。それじゃあ」
肩をすくめ女性陣から視線を外しておく。
「とりあえず二人分だけでいいの。ペアカップがいいわね」
「なるほど、それではこちらに……」
意外に社交的なメリュジーヌ、というか言うべきことははっきり言うタイプだ。放っておいて問題ないだろう。
改めて店内を見回せば、色々なものが煩雑に、しかししっかりと手入れされた状態で置いてある。古い車の模型、おそらく日本製であろうロボットのフィギア、掌サイズのミニ楽器。視線をずらせば大きめの焼き物の皿、妖精を模したであろう子供向け人形。やはり古そうなカメラ。棚に吊るされているのは中国あたりの風鈴だろうか。
国際色豊かなあたり流石と言ったところか。
仕事柄年代物アイテムに触れることは多いが、そのどれもが基本魔術関係だ。
こういったただのコレクションの為だけというのは逆に新鮮である。
適当に手に取ったり、眺めたりしながら奥へと足を進める。
だらだらと進み、そして一番奥。
レジカウンターも兼ねているだろう机、その隣には、
「……へぇ」
眼を惹く二つの像があった。
龍と女、だろうか。
ヨーロッパではポピュラーなイメージのドラゴン。どこか禍々しさすらあるが、隣の女は逆に装飾のない清楚なワンピース。
変わった組み合わせ、だろうか。
龍と女といえば生け贄というイメージが先行するがこれは寄り添い合う様に同じ方向を向いている。龍は女の数倍のサイズがあり、かなりの力作に見える。
「それ、私が作ったんですよ」
「へぇ」
背後からレティシアに声をかけてくる。近づいてきたことに驚きはなかったので、普通に応答した。驚かせようとしたのか、少し意外そうに首を傾げていた。
二つの像は気になったが、しかしそれよりも、
「もう終わったのか?」
「いえ。紅茶の入れ方をレクチャーしたので後は彼女が好きなデザインを選ぶだけですので、玲さんに営業しようかと」
「なるほど、コレを?」
「いえいえ、こちらは非売品になっております」
遠い目で、なにか懐かしいものを見る様に一瞬見つめ、
「聞いたところ、お二人の家は娯楽は少ないと聞いています。どうでしょうか、生活の彩を加えてみれば」
「悪くないトークだ。おすすめは?」
「方向性にもよりますが」
幾つかレティシアからの紹介を受け、せっかくだし買っていこうと思う。
片田舎の町だ。付き合いは大事である。金の使い道もあまりないし、困ってもいない。メリュジーヌとの生活に慣れて来たし、大気圏突破の方は残念ながら進みがよろしくない。
彼女の言う通り生活の彩、というのも悪くないだろう。
幾つかおすすめを聞き、自分が好きなもの、というよりメリュジーヌの趣味に合いそうなものを選んだ。
最初の想定より出費は大きくなったが、しかしこれならば二人で楽しめるだろう。
特にメリュジーヌにはぴったりだ。
「あら……面白いものを買ったわね」
「だろう? そっちはどうだ?」
「えぇ、良い物を見つけたわ」
メリュジーヌが決めたのは白と青のセットのティーカップとそれに似た意匠のティーセット一式。これは食後のティータイムが楽しみにできる。
「ティーカップは包装紙で包みますが、レイさんのは……えぇと」
「自分でそのまま運ぶよ。ただ車に乗せるからクッション材があると助かるな」
「分かりました」
てきぱきと慣れた手つきでレティシアは梱包と支払いをこなす。
「ふふん、夜が楽しみねレイ」
「……なんか、えっちですね」
「何言ってるんだアンタ」
いい年した女性がとんでもないことを言いだした。
恋人とかいないんだろうか。かなりの美人だし、引く手あまただろうが、
「むむっ」
「あっ、痛い。痛いって」
「邪なことを考えたわね?」
「違う違う」
「レイは私のことだけ考えていればいいの」
「最初からそうだよ」
「むっ……」
白い頬にとたんに赤みがさす。
むむむっ、と三つ唸り、
「――――よろしい!」
まさかの破顔ドヤ顔だった。
独占欲つよつよドラゴンである。
肩をすくめつつ、
「それじゃあなレティシア。また機会があれば寄るよ」
「えぇ、いつでもどうぞ。茶葉も売っていますから。今後ともどうぞよしなに」
彼女に見送られて店を出る。
「――――あ、そうだ」
「はい?」
振り返り、気になったことを聞く。
「それ、タイトルあるのか?」
龍と女の像の名を聞く。
特に意味はなかった。
ただなんとなく、自分とメリュジーヌが。龍であり妖精であり英霊である彼女と人間である玲。それにかぶせたから気になっただけ。
メリュジーヌもまたつられて像を見て、
「――――」
微かに息を呑み、そして柔らかく微笑んだ。
何か、懐かしく、尊いものを見るかのように。
「あぁ」
そしてレティシアもまた。
自分の手で生み出したそれに向けてメリュジーヌと同じような種類の、しかしそれよりももっと深い感情をたたえながら微笑んだ。
龍と女。
邪龍と聖女。
レティシアにとっては20年近く前の出来事を、そして彼女自身もう起きたことなのかまだこれから起きることなのかは分からないが、こうなることだけは確信しているという風に、その名を告げた。
「―――――「再会」、ですよ」
龍と人、、フランスという組み合わせ。
玲が買ったものは次回のASMRに向けて。
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