異聞帯モルガンと幸せに暮らす話   作:マハニャー

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モルガンと狼の話

「では、今日はここまでですね」

「ありがとうございました、モルガンさま!」

 

 場所は時計塔、植物科(ユミナ)の研究棟にて。

 モルガンは目の前に集まった数人の学生たちに、今日の講義の終わりを告げた。

 どの生徒たちもモルガンの講義で手応えを感じてくれているようで、達成感と満足感に溢れた表情をしている。

 

「本当にありがとうございます、モルガンさま。植物科に所属されているわけでもないのに、わざわざ時間を取らせてまで……」

「あなたが気にする必要はありません。植物科に用事があったのはこちらの方ですし、この程度の指南であればそう手間でもありません」

 

 事の発端は、モルガンが最近進めている術式の研究に、黒魔術(ウィッチクラフト)の資料が必要になったことだった。

 ロード・エルメロイ二世に相談したところ、黒魔術に関連する資料は植物科が最も豊富に貯蔵しているとのことで、やって来たのである。

 資料館に立ち寄って目的の資料を受け取り、帰路に就こうとしたところで、数人の学生たちが錬金釜を前に難しい顔をしているのを見かけた。

 興味本位で話を聞いてみたところ、資料の内容や分量の記述に不備があったのか、何度繰り返しても目的の薬品を錬成することができないらしい。

 薬品の詳細について尋ねて、彼らが参考にしていた資料を見る。その薬品に心当たりがあったモルガンは、どのような手順で錬成を進めたか問い質してみた。

 すると案の定、手順に問題があった。それを指摘すると、彼らはまさに目から鱗といった様子で驚き、感謝を述べてきた。

 混じり気のない感謝の言葉に気をよくしたモルガンは、彼らが知らない神代の知識や技術を少しだけ披露。それを見て無邪気に喜ぶ学生たち。

 そんなこんなで、神代に於いて頂点に立っていた魔女による即席の魔術講座が幕を開けたのである。

 

 基本的に身内の者以外を気にしないモルガンだが、謂わば後輩とも言える彼らの熱心な姿は感慨深い。

 エルメロイ教室の面々に手解きをする中でも感じたことだが、もしかしたら自分は他者を指導することが好きなのかもしれない。

 かつて救世主として己を鍛えてくれた賢人グリムのようにとはいかないまでも、今の自分に教えられることは数多くあるはずだ。

 

 語り合う彼らを眺めていると、

 

「ワフゥゥゥ……」

「うん?」

 

 聞こえてきた獣の唸り声に振り返ると、そこには一匹の狼が居た。

 灰色の美しい毛並みを持った、巨躯の狼だ。二本足で立ち上がれば、モルガンの長身すら優に超えるだろう。

 しかしモルガンの魔女としての観察眼は、その狼が自然界に存在する種とは全く違うものであることを見抜いていた。

 

「……魔術回路がありますね。合成獣(キメラ)……いえ、ホムンクルスですか」

「よく一目でわかりましたね……。ご明察の通り、その子はホムンクルスです」

植物科(うち)動物科(キメラ)降霊科(ユリフィス)の教授たちが共同して行った実験の産物だそうで。ウィッチクラフトと動物科の技術で強靭なホムンクルスを作って、そのホムンクルスに強力な霊魂を憑依させた結果らしいです」

 

 魔術師にいわゆる普通の倫理観を期待するのは無駄なことだと分かってはいるが、なんともはや。

 微妙な面持ちで件のホムンクルス狼を眺めていると、彼もまたモルガンをじっと見つめていることに気付く。

 その眼差しは、動物にあるまじき理知の輝きを感じさせるものだった。

 

「そのホムンクルスが、なぜここに?」

「一応実験は成功したらしいんですけど、どうやら教授たち、時計塔に話を通したりとかしてなかったみたいで……」

「こっぴどく叱られた結果、行き場がなくなったこの子は植物科の預かりになったんです」

「実験の成果のおかげか、この子とても賢いんですよ。いきなり吠えたりとかもしないし。その代わりというか、誰にも懐かないんですけどね」

 

 彼らの話を聞きながら、モルガンはゆっくりとその狼へと近づいた。

 彼は視線を逸らすことなく、モルガンを見つめ続けている。

 目の前に屈んでも、吠えたり逃げようとしたりすることはない。

 静かに光る、アメジストの瞳。

 そっと、手のひらを彼の口元へ差し出す。

 狼は彼女の白く細い指に視線を落として、

 

 ぺろり、と。

 ざらついた舌で、彼女の指を舐めた。

 

 その光景に、学生たちは小さく歓声を上げた。

 

「すごい、初めて見た……」

「撫でられて嬉しそうにしてる……ほんとに懐いてる」

「いいなぁ、私なんて撫でようとしたら露骨に避けられたのに」

「やっぱりホムンクルスも美人の方がいいんだろうさ」

「は? 喧嘩なら買うぞ?」

「血の気が多すぎる……」

 

 優しく狼の頭を撫でると、心地よさそうに目を細めて小さく唸り声をあげた。

 どうやら本当に懐かれているらしい。

 手のひらで感じる彼の熱は心地よく、灰色の体毛もふわふわと柔らかい。

 

 その姿に、かつて――かのブリテンでもっとも温かく、愛らしい毛並みを持っていた勇者を想起して。

 ふっ、と笑みを漏らす。

 

 そして、

 

「この子、連れて帰っても構いませんか?」

 

 

 

§

 

 

 

「で、連れて帰ってきたのがこの子、と」

 

 モルガンから事情を聴いた慎也は、ソファーに腰かける彼女の足元で寝そべっている狼に視線を向けた。

 二人のそばから彼を眺めるバーヴァン・シーも興味津々の様子だ。

 

「私の独断で連れてきたことは、申し訳ないと思っています」

「まぁ一言言ってほしかったとは思うけど、それはいいさ。君がそんなことをするのは、正直意外だったけどね」

「えぇ、まぁ」

 

 慎也も別に動物への苦手意識やアレルギーがあるわけではないし、何よりモルガンが連れて来たという事実からも、彼を自宅で飼うことに否やはない。

 ただ動物を飼った経験はないので、食料や寝床についてなど、色々と不都合が起こるかもしれない。

 しかも彼はただの狼ではなく、ホムンクルスだ。普通の動物を飼うのとは、根本から異なるだろう。

 

「しかし随分と大きいね……普通の狼の倍はあるんじゃないかな」

 

 言いながら、彼の前に跪く。

 モルガンに聞いた通り、取り乱す様子もなくこちらに視線を向けてくる彼。

 モルガンは初対面で懐かれたらしい。なら自分はどうだろう。

 彼の眼前に手を差し出してみる。おや、何やら彼の目に剣呑な色が浮かんだようn

 

 ガブッ

 

「痛っっった!!」

 

 噛まれた。思いっきり噛まれた。

 完全に油断していたところへの強烈な痛みに、思わず目に涙が浮かぶ。

 

「……こら、離しなさい」

「……クゥン」

 

 モルガンの静かな、しかし有無を言わせぬ呼びかけで、彼は力を抜いて慎也の指を離した。

 恐る恐る指を引き抜くと、人差し指と薬指の中ほどに牙の形の穴が開き、骨まで見えていた。すぐさまモルガンが魔術で治療してくれたが、あまり見たくない光景だった。

 

 まだ痛みが残っているような気がする腕をプラプラと振りながら、慎也は恨みがましげなジト目を狼に向けた。

 彼はぷいっと顔を背けてしまう。おのれ。

 

「……本当に申し訳ありません、慎也」

「君のせいじゃないさ。どうやら僕は嫌われてしまったみたいだね」

「そのようです。……躾が必要なようですね」

 

 困ったように狼を見下ろすモルガン。後半の言葉に、狼は少し震えているように見える。どうやら本当に頭がいいらしい。

 嫌われたのは残念だが、また噛まれるのは流石にごめんなので、モルガンにはしっかりと躾けておいてほしいところである。

 

 一息ついたところで、先ほどからずっと笑いを堪えて俯いていた悪戯娘へと視線を向ける。

 

「バーヴァン・シー」

「ク、ククッ……ご、ごめんなさいね、オトウサマ……で、でも、犬っころにもナメられて……プププッ」

「…………」

「はー、笑った笑った。まぁ見てろって。私はお母様の娘なんだぜ? お母様にこんだけ懐いてるなら、もちろん私にだって……」

 

 自身満々なドヤ顔で狼の頭を撫でようと手を伸ばすバーヴァン・シー。

 しかし彼はどことなく嫌そうな表情で、ふいっとその手をかわしてしまった。

 

 固まるバーヴァン・シー。ふんっ、と息を吐く狼。

 完全にナメられていた。

 

「こっ、この犬っころ……!」

 

 真っ赤な顔で、むきになって撫でようとするが、彼は全力でそれを拒否している。

 ついにソファーから立ち上がって飛び掛かるバーヴァン・シーに対抗するように、狼もまた立ち上がって逃げ出してしまった。

 

 たっ、と駆け出す狼。「待てこのヤロウ!」と気炎を吐いて追いかけようとするバーヴァン・シー。

 何とも幼稚な追いかけっこが始まろうとしたところで、モルガンのストップがかかった。

 

「そこまでです、バーヴァン・シー。走り回るなら家の外にしなさい」

「でも、お母様! あいつ、あいつが!」

「狼を相手にむきになってどうするのです」

 

 むぅ、と頬を膨らませながら抱き着いてくるバーヴァン・シーを、優しい手つきでそっと撫でるモルガン。

 苦笑しながら、慎也はモルガンに問いかけた。

 

「そう言えば、彼の名前は決まっているのかい? いつまでも狼と呼ぶわけにもいかないだろう」

「名前、ですか。そうですね……」

 

 彼女はしばし顎に手を当てて考える様子を見せる。

 そして、どこか懐かしむような表情で、

 

「ワズ、というのはどうでしょう」

 

 

 

 そうして一家に、ホムンクルス狼のワズという、新しい家族が加わったのだった。

 




 感想でいただいた案から、次回からは海の話を書きたいと思います。
 まずは水着選びの回からですかね……。


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