レウスはレイアを拒めない   作:黒雪ゆきは

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025 覚悟の強要。

 

 その姿を目にした瞬間、俺の心は『恐怖』一色に染った。

 

 自身の縄張りを侵されたことへの怒りだとか、古代樹の森のアイツらが殺されたことへの悔しさだとかはまるでなかった。

 ただひたすらに恐怖のみが俺を支配したんだ。

 

 

 ルナ、オモチ、そして───子供たち。

 

 

 俺が命にかえても守りたい大切なものが、全てグチャグチャに壊されてしまう。

 そんな未来を幻視した。

 

 今、視界に映るのは3人のハンター。

 

 並のハンターならばいい。

 何人いようが敵じゃない。

 殺すことはあまりにも容易い。

 

 だが……コイツらはダメだ。

 

 本能が警鐘を鳴らす。

 3人というのが最悪だ。

 一人一人があまりにも強すぎる。

 コイツらの内一人と対峙したとしても、俺は死を覚悟して戦うことになるほどに強い。

 

 どうする。

 どうすればいい。

 

 そうだルナを呼びに───いや駄目だ。

 

 そんなことはできない。

 あぁ、クソが……。

 アイツの存在が、いつの間にかこんなにも大きくなっていたなんてな。

 

 コイツらが進む先には俺たちの巣がある。

 このままでは見つかってしまう。

 本当に最悪だ。

 いろいろな事が重なりすぎて気づくのが遅れた。

 もうこんな時期だったなんて。

 

 いや、これは今考えるべきことじゃない。

 生きてさえいれば、後悔なら後でいくらでもできる。

 なんだ。

 今できる最善はなんだ。

 

 思考が回る。

 次から次へと押し寄せる波のように、いろいろな思考がめまぐるしく脳の中を駆け巡る。

 

 そして見つけた。

 この状況における唯一の幸運。

 

 それは俺だけがアイツらの存在に気づいているということだ。

 そう、これは好機なんだ。

 奇襲による先手をうてる。

 

 思考を切り替える。

 この奇襲により必ず一人殺したい。

 2人を相手にするのもかなり厳しいだろうが、3人ならば勝機は完全にない。

 これは本能によって確信している。

 

 ならば誰を狙うか。

 一番殺したいのはあの大剣を持ったやつ。

 あの時見た……おそらく『主人公』

 だがこの考えは即座に捨てる。

 ……無理だ。

 たぶん奇襲如きで殺せる奴じゃない。

 

 狙うなら左右のどちらか。

 

 俺は迷った。

 理性に従うか、本能に従うか。

 だが、すぐに答えを決めた。

 本能に従うと。

 

 

 そして───。

 

 

 ++++++++++

 

 

 

「お父さん早く帰ってきてね! わたし良い子にしてるから!」

 

「えぇ分かりました。できるだけ早く帰ってきます。それまでお母さんの言うことよく聞くのですよ」

 

「ユウちゃんも帰ってきたら遊ぼ!」

 

「分かった。いっぱい遊ぼうね」

 

「うん!」

 

「エクレアも……き、気をつけて……」

 

「ありがとう。すぐに帰ってくるよ」

 

「うん……!」

 

 ヒナタとツキミに見送られながら俺たちは翼竜に掴まった。

 今日、ついに『銀火竜の調査』に向かう。

 これまでに幾度かの狩猟を共に行い、連携も確認済み。

 アイテムも抜かりない、5回は確認したから。

 準備万端と言える。

 

「名目上は龍結晶の地の調査。あまりにも未知の要素が多い。そのため現場での判断は私たちに一任されている。その意味がわかるな?」

 

「当然ですよ、ユウさん」

 

 何が起ころうと独自の判断で対処していい。

 そういう意味だ。

 

「表情がかたいですよ」

 

 不意に、ゴッドさんが俺にそう言った。

 

「……え、そうですか?」

 

「えぇ、そうです。貴方は物事を少々悲観的に考えすぎるところがあるように思います」

 

「はい……そうかもしれません」

 

「それが悪いわけではありません。貴方ほどの実力がありながら決して驕らず、侮らないというのはとても素晴らしいと私は思います。ですが、貴方は強い。私が出逢った誰よりも。だからほんの少しくらい、自信を持っても良いのではないでしょうか」

 

 心が少しだけ軽くなった気がした。

 知らず知らずのうちに気負っていたのかもしれない。

 ほんと、ゴッドさんにはいつも助けられているな。

 

「そういうことだ。ゴッドさんが言うのだから間違いない。それに───私たちもいることを忘れるな」

 

 ユウさんは特異種に仲間とオトモアイルーを殺された過去を持つ。

 それを聞いたとき、少しだけ俺と似てるなと思った。

 皆この世界で様々な経験をし、それを乗り越えて今ここにいるんだ。

 

「…………」

 

 そうだ。

 俺はもう一人じゃない。

 こんなにも心強い仲間が2人もいる。

 ゴッドさんとユウさんがいれば、どんなモンスターだろうと狩猟できる自信がある。

 

 

 それなのに───何故だろう。

 

 

 妙に心がザワつくのは。

 嫌な予感が暗い雲のように広がっていく。

 

 辺りの風景に目を向ける。

 とても美しい。

 こんなにも美しいのに……木々が、何気ない匂いが、微から風までもが意志を持っているように感じる。

 悪意が何かを期待しているかのように。

 

「見えてきましたよ。『龍結晶の地』です」

 

 ゴッドさんの言葉が俺を現実に引き戻す。

 首を振り、嫌な考えを頭の外へ追い出した。

 

「……お二人の言う通りです」

 

 だけど、これだけは言っておきたかった。

 言わないといけないと思った。

 

「ハンターとして、俺たちは強い。とても強い。それでも───」

 

 

 ───覚悟だけはしておきましょう。

 

 

 本当は『油断せずにいきましょう』と言うつもりだったんだ。

 なのに、なぜか俺は“覚悟”という言葉を口にしていた。

 その理由はわからない。

 自然とその言葉がでてきたんだ。

 

「何を言うかと思えば、そんなものはとうにできている」

 

「えぇ、私もです。ですがもしも、貴方たちに危険が及んだならば私は命を賭して守ります。ですので私が危ない時は頼みましたよ、2人とも」

 

 そう言って、ゴッドさんは穏やかに笑った。

 

「当然ですよゴッドさん! 任せて下さい!」

 

「俺も、絶対に守ります」

 

「それは心強いです」

 

 2人と会話をしているうちに心に広がる不安が少しだけ消えた。

 完全に消えたわけではない。

 それでも、今は進まないといけない。

 迷いは隙となる。

 

 心を鎮めよう。

 感覚を研ぎ澄ませよう。

 大丈夫だ。

 俺ならば何が起きても対処できる。

 

 そして、俺たちは龍結晶の地へと足を踏み入れた。

 記憶通りの幻想的な世界。

 しかし警戒は怠らない。

 予想もつかないことがいつ起きてもおかしくないのだ。

 警戒しすぎるくらいがちょうどいい。

 

「私と団長が“その銀火竜”を見たのはこの先だ。気を引き締めよう」

 

「分かりました」

 

「了解」

 

 短く返事を返す。

 ここまでは驚く程に順調だった。

 脅威となるモンスターにも出会わず、何の不測の事態も起こらない。

 

 途中、ドドガマルを見つけたが無視した。

 龍結晶の地の生態調査でもあるのだから狩猟しても何も問題はない。

 しかし、この地には銀火竜がいる可能性が極めて高いのだ。

 もしも戦闘中に乱入されればたまったもんじゃない。

 それゆえの判断だ。

 

 そして龍結晶の奥地まで辿り着いた。

 ユウさんはこの辺りで銀火竜を見たらしい。

 より一層気を引き締め、油断せずいこう。

 

 

 そう、油断なんてしていなかったんだ。

 

 

 それはあまりに突然だった。

 

「───ッ!!」

 

 おぞましい程の殺気を感じた。

 確実に俺を狙っている。

 その瞬間、身体は勝手に動いていた。

 視界内に敵はいない。

 ならば敵は後ろか上。

 

 2人はまだ気づいていない。

 良かった。

 狙われるのが俺で本当に良かった。

 俺ならば対処できる。

 

 流れるように大剣を抜き、後ろを向いた。

 刹那、暴風が吹き荒れる。

 何か巨大なものが俺の真横を通りすぎたのだ。

 

「グァァァァァッ!! は、離しなさい!! 離せッ!! 離してくれェェェッ!! い、いや……ギヤァァァァァッ!!」

 

 裂けたような悲痛の叫び。

 目に映るは銀色の翼。

 

 

 ───リオレウス希少種。

 

 

 その大きな顎にはゴッドさんが咥えられていた。

 銀火竜はそのまま回転するように上空へと羽ばたきながら、地獄の業火でゴッドさんを炭の塊へと変えた。

 

 

「グルガァァァァァァァァァァァッ!!!!」

 

 

 あぁ、本当に。

 

 

 この世界はいつも───俺に覚悟を強要する。

 

 

 ++++++++++

 

 

「きゃははは!!」

 

 ヒナタは元気に走り回る。

 まるで小さな妖精のように。

 

「ヒナタ! 今日は洗い物を手伝う約束でしょ!」

 

「あとでー!!」

 

 そう言ってヒナタは走り去ってしまう。

 

「もう……あの子ったら」

 

 エリーナはため息をついた。

 

「ねぇ……お、お母さん……」

 

 その時、エリーナの袖を小さな手が掴む。

 

「どうしたのツキミ?」

 

「だ、大丈夫かな……」

 

 その言葉の意味をエリーナはすぐに理解した。

 ツキミは今にも泣き出しそうだ。

 

「大丈夫よ」

 

 だからエリーナは優しく頭を撫でた。

 少しでも安心させる為に。

 

「ツキミのお父さんはね、とっても強いのよ。悪いモンスターなんて簡単にやっつけちゃうわ。それに、エクレアさんやユウさんもいるもの。心配いらないわ」

 

「……うん!」

 

 ツキミは花が咲いたように笑った。

 

「ほら、ヒナタと一緒に遊んでおいで」

 

「わ、分かった!」

 

 ツキミもヒナタを追って走っていった。

 それを見送り、エリーナは洗い物を再開する。

 

 

 いつもと変わらぬ日常が、いつまでも続きますようにと願いながら───。

 

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