黒髪黒目の男というだけで女マフィア達に狙われている   作:生カス

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48.Snooze

 あの女に唾を吐いて蹴り飛ばされてから――もとい私が神託の種子に捕らえられてから、およそ一週間ほどが経った。

 窓も時計もない部屋でなぜわかるのかというと、自分の腹が空く時間と、それに合わせて奴らが持ってくる食事、その回数で計っているに過ぎない。だから"およそ"。

 

 ここでの扱いは意外といっていいくらいには悪くなかった。

 とは言え、『最悪ではない』という程度だが。

 飯はパサついて不味いし、外の光が一切入ってこない古びた部屋は陰鬱でかび臭い。

 シャワーに至っては、氷みたいに冷たい水で、犬みたいに洗われた。

 しかもあの丸鋸女に。

 

 とはいえ、だ。

 特別何か拷問をされるわけでもなく、まして洗脳や調教も――そもそも一週間かそこらでできるものでもないだろうが――されるわけでもない。

 何度やってもできなかったことは脱出のみ。実に"平和な"日々だった。

 

「で、いつまでここでお前とハネムーンしなきゃならないわけ?」

 

 今日も今日とて冷たいバスルームで冷たいシャワーを浴びせられる。

 いい加減いやになって、ここ最近毎日のように、私の身体をスポンジで石鹸まみれにしてくる丸鋸女に聞いてみた。

 私の腕は安っぽい結束バンドのような手錠を付けられていて、使えない。

 

「黙って、黙ってろ」

 

 相も変わらずこの女は、そっけなく答えるだけだ。

 私はこいつのことは、今みたいに死んだ目で機械的に動いているときと、丸鋸を振り回して狂喜乱舞している姿しか知らない。

 テンションが0か100しかない奴というのが、現在のこいつの印象だ。

 

「つれないこと言うなよ。ここ最近ずっと上げ膳据え膳で、さすがに悪いと思ってるんだぜ? 何してほしいのかくらい、いい加減教えてくれてもいいんじゃねーの?」

 

「どうせ、どうせすぐにわかる」

 

 返ってくるのは同じような返答ばかり。当然か。わざわざ教えるようなメリットなんてないんだから。

 ため息が出る。

 となると、やはり、目的は私の監禁、もとい無力化そのものと考えていいだろう。

 

 理由は何か? 最も考えられるのは、モンタナ・ファミリーの戦力減だ。

 こいつらにはロジーの息がかかっている。この間のルナとかいうやつの話を聞いた限り、連中の目的はハリを殺すことだ。

 あの守銭奴ロジーがそんなこと許すとはとても思えないが、どうせ後で口八丁で事なきを得るか、裏切るかするのだろう。どうでもいいが。

 

 とにかく、奴らの理由がそうだとして、ではどんな手に出るのかと考えると、モンタナへの襲撃と考えるのが妥当だ。

 自分でいうのもなんだが、私はあそこにいる誰よりも強い。

 あと脅威になるとしたら、リネンくらいだろう。

 

 モンタナが弱ったところに、神託の種子が襲撃し、ハリを強奪。

 というのが、大まかな筋書きだろうか。神託の種子がモンタナを攻撃すれば、ロジーは不可侵条約を破ってないことになるだろう。

 あいつが共謀の証拠を残すようなへまをするとも思えないし。

 

 それどころか、あっちにハリが渡ったが最後、不可侵条約によって、逆にこちらがロジーに手出しできなくなるということだ。

 きっと、あの不可侵条約を持ち出されたとき、ロジーは内心ほくそ笑んでいたに違いない。忌々しいババアだ。

 

「何、何、考えてる?」

 

 不審に思ったのか、丸鋸女は私にそう聞いてきた。いつの間にかシャワーの水が止まっている。どうやら終わったようだ。

 

「あ? お前が黙ってろっつったんだろうが」

 

「……まあいい、立て。体を拭く」

 

 言われるまま立つと、丸鋸女はバスタオルでぎこちなく私の身体を拭き始める。

 服を着せられるが、袖は腕が拘束されてるため通さない。部屋に戻る。

 

「食え」

 

 そう言われて丸鋸女が出したのは、これまた特に代わり映えのない、安いテレビディナーだった。せめてレンジで解凍くらいしろっての。

 そう思い横を見ると、私と同じ凍ったままのものを、丸鋸女はお構いなしに噛み砕いていた。いろいろとあきらめた私は冷たい夕食――おそらく今は夜だろう――に、犬みたいに口を付けた。

 もう少しいいものを食いたいものだ。

 

 ――ちょっと待て、そもそも、なんでこいつらは私の世話をする必要があるんだ?

 私を襲撃したこと、あれはわかる。

 ある程度大きな勢力を相手取るとき、まとめて相手するよりも、ある程度分散したところを個別に倒していくというのは、理にかなってはいるだろう。それで私という戦力を無力化するっていう目的もわかる。

 

 わからないのは、なぜ私のあの時殺さなかったのか、ということだ。

 ハリを売れって交渉をするためだったとして、決裂したあの時点で殺されていないのはなぜだ?

 ひょっとして私は、何か重要なことを見逃しているんじゃないのか?

 わからない、それはなんだ?

 

「イト、イト」

 

 丸鋸女が、かすれた声で私を呼んだ。一旦、思考を中断する。

 

「なんだよ?」

 

 無視してもよかったが、情報を何かこぼさないかと思い、念のため聞き返すことにした。

 

「聞きたかったんだが……お前、お前、なんであの黒髪をそこまで守りたがる?」

 

 聞かれた話は意外なことで、私は少々面食らってしまった。

 

「なんでって、決まってるだろ。そりゃあ――」

 

 そこまで言って、私は次の言葉が出なかった。

 思いつかなかったというのが正しいかもしれない。

 前に聞かれたときもそうだったが、私はなんで自分がハリを守っているのか、わからないでいた。

 

 理由はある。それは断言できる。

 だがそれが何なのか、自分でもわからない。

 黙っているのを見かねたのか、丸鋸女は先に口を開いた。

 

「お前が、あの時、黒髪売らなかったの、驚いた。絶対、絶対、売ると思った」

 

「はあ?」

 

「だって、だってそうだろう? 男なんて、その程度の価値だ。金の成る木。それだけ。弱くて、利己的な、醜い生き物」

 

 ……こいつの思想について今更どうこう言うつもりもない。

 むしろこの考えは――ここまで過剰ではないもの――今の世間一般の考えだと言えるだろう。

 だが、なぜか、無性に腹が立った。

 

「一つ忠告しといてやるよ。あいつをほかの男と一緒にすると、痛い目見るぜ?」

 

「なぜ、そう言える? お前に、なにがわかる?」

 

「わかるさ。少なくとも、お前よりかは」

 

「ハッキリ、ハッキリ言って、あれは足手まといだ。とっとと殺したほうがいい。あんな役立た――」

 

「おい」

 

 それはなぜか、考えるより先に発した声だった。

 

「それ以上言ったら喉元噛み千切るぞ」

 

 そう言うと、丸鋸女は口をつぐんだ。気圧されたというより、何かを思案している様子だった。

 クソ、私も私でバカなことをしたもんだ。こんな奴の言葉にいちいちムキになるなんて。

 

「確かに、私に掴みかかってくるくらいの度胸はある。あの女の言うとおりだとしたら、あるいは――」

 

 ボソボソ聞き取れない声で何かを呟いているようだったが、如何せん内容まではわからない。

 『あの女』、という単語が出てきたが、それはロジーのことだろうか?

 そんなことを考えていると、丸鋸女は再びこちらに顔を向けることなく、ただ呟いた。

 

「まあ、なら、好都合」

 

 いつの間に食べ終わっていた、空っぽになった容器を持ち、丸鋸女は何も言わずに席を立つ。何も言わず、その場からいなくなった。

 

「どういうことだ?」

 

 奴は『好都合』といった。

 さっきまでの問答で、何かあいつにとって、もとい神託の種子にとって都合がよくなる情報があったとでもいうのだろうか?

 

 ……わからない、何を考えるにも、情報が少なすぎる。

 脳がこんがらがって、天井を見上げる。

 時間が止まったような感覚が、数秒間。

 

「役立たず、か」

 

 ふと、あの女が言いかけていた言葉を思い出す。

 それを言ったら、私もお前もそうじゃないか。

 

 この世界の足手まとい。

 死にたくないから生きて、そのためにたくさん殺してきた。

 表の人間どもにとっちゃあ、いなくなったほうがいい社会の癌だ。

 

 真っ当な人間は、『錠剤』でヤク中になったりしない。

 真っ当な人間は、人が死んで安心したりしない。

 真っ当な人間は、明日のために人を殺したりしないんだ。

 

「ハハ」

 

 そんな風に小さく笑ってみる。

 ここ最近いろいろなことがありすぎて、すっかり忘れていた。

 そうだ、私たちは死んだほうがマシな存在で、死んだほうがマシな世界で生きている。

 

 私は今ここで、この場所で死にそうですなんてことを言ったとして、それを知ったやつらは、どう思うのかな?

 ルーラはまあ、ため息くらいはついてくれるだろう。

 ひょっとしたら悲しんでくれるかもしれない。

 リネンとかラミーは『へえ』くらいで終わりそうだ。

 

 ハリは、あいつはどう思うだろう?

 少しは残念がってくれるかな?

 それとも、私がまだ生きてるって知ってたら、まだ助けられるって聞かされたら。

 ひょっとして――。

 

「バカか」

 

 妄想が着陸する寸前に、考えるのをやめた。

 ハリが、私のために――。

 そんなこと、あるはずがない。いや、あっちゃいけないんだ。

 だって、アイツがそんなことしたら、それこそ、取り返しがつかないことになるから。

 

『私たちといるのに、まだ自分だけキレイなままでいようとするのか』

 

 以前、リネンがハリに吐いた言葉を思い出す。

 あいつはキレイなままでいるべきだ。アイツは『そんなこと』しちゃいけないんだ。

 

 そう自分に言い聞かせる。

 だってそうだろう、そのために全部壊してきた。

 そのために全部殺してきた。

 

 ハリを私の都合で、私のわがままで、汚すなんてことがあったら。それこそ、私は取り返しのつかないくずになってしまう気がする。

 だから、あっちゃいけない。万に一つも考えちゃいけない。ハリが来てくれるなんて。

 

 ――でも本当に、来てくれたら?

 

「ッ!」

 

 テーブルに思いきり、頭をぶつけた。飯がほとんど残っているトレーが、音を立てて少し位置がずれた。

 

「……食べよう」

 

 誰に言うでもなく、不便で冷たい食事を再開した。

 味はほとんどしない。

 ちょうどよかった。

 自分の呆れかえるほど馬鹿な妄想を、沈めてくれるから。

 

 ふと、明かりが明滅した。

 それは何だか、私が今日も結局、ここから抜け出せなかったことを、あざ笑っているように見えた。

 

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