『アオのハコ』

季節がめぐりもう一度訪れた、ある冬の一幕。
小さな、でもアオいお話です。

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 ※本稿執筆は原作第19話読了後に書いております。なので実際の展開とは思いっきり異なる、パラレルワールドかなんかだと思って頂けると幸いです。
 インターハイがどうとか色々な部分は豪快にはしょっております、その分非常に低カロリーな出来ですのでおつまみ感覚でお楽しみください。


アオく、果てなく

 

 季節はまた廻る。どう足掻いても求めても、同じ速度で動いていく。それがきっと、救いになる事もあるんだろう。手の届かないまま過ぎていった時間は戻らないから、だから振り切って前に進めるって事もある。一年前に始まった、そしてこの一年後には確実に終わってしまうこの生活も、きっといつかは思い出の底に沈んでいく。それが良いことなのか、そうでないのかは分からないけれど。

 

「まだまだ行き帰りは冷えるね」

「ん、……もう春近いのにな」

 雛と並んで話すのは、いつもこんな事ばかり。家が反対の割にどうも帰りが一緒になるコイツとは、大抵どうでもいい話しかしない。それくらいの距離だから、なんか相手が女子だって事を忘れそうになる。――と。

 ポケットから引っこ抜いた包みを「ほれ、遅れたけどやる」、雛の手に放り込む。

「これも浮き世の義理じゃ、受けとりなせぇ」

「旦那は義理堅いねぇ、まさか義理チョコ一つにまでさ」

 けらけら笑いながら、包みはバッグの中へ。ホワイトデーは過ぎてるけど、色々タイミングが合わなくて渡しそびれてたのだ。まぁ、別に良いんだけど。一応買ったしな。

「――で、先輩には渡したんですかいアニキ?」

「……そりゃ……うん」

「そっかー……そうなのかー……」

 まるで見透かすように、いや雛がそこまで鋭いはずもないけど、それでも視線が突き刺さる。そもそも貰ったと言えるかどうかが微妙だったから、どう返せば良いか分からないままだったんだよな……。一応モノはもらったけど、こっちの家族みんなに配ってくれたわけで。これに個人的に何か返すのは、なんだかホワイトデーの意義とかそういうのに反する気がする。……単に度胸が無かっただけかもしれないけど。

「にしてもさー……、来年の今ごろはもう、いないんだよね」

 急に脚を止めた雛が、呟くように小さく言った一言。それは俺が考えたくない事で、でも何を差し置いても考えなければいけない事で。

「後悔先に立たず、ですぜアニキ」

「いい加減やめろよその変なキャラ」

「まあアレよ、倒れてもまた這い上がりなよ。それでダメなら、このアタイが抱き締めてあげるからいいじゃないのよー」

 ……和泉容じゃねぇんだからな。まったくもう。

 言われるまでも、無いんだよ。

 

 先輩が猪股家にいるのは、最長でも一年無いだろう。具体的にいついつまで、とはまだ話してはいないけど、高校を卒業してしまえば確実にいなくなる。もしかしたら、バスケ部を引退したらすぐに日本を立つのかもしれない。そうでなくても卒業後の進路がある、このまま居続けることは出来なくなるんだろう。母さんたちは「お嫁に来てくれても良いのに」とか言ってるけど、……先輩は大人の対応で流せる人だからなぁ……。

 俺は、先輩と一緒にいたいと思う。でも先輩は自分の人生を生きるべきだし、それを全力で応援したいというのも俺の本心だ。先輩にとっての正解は、きっと先輩にしか分からないのだ。どうなろうとも、俺は――。

「あー……ダメだ」

 玄関の前で深呼吸し、頭を入れ換える。女バスは今日早上がりみたいだったし、先輩はもう帰っている筈だ。こんな悩みきった顔は見られたくない。先輩に変な心配をさせたくない。冷たい風を吸い込み、内側に燻った熱を追い払う。平常心、平常心。落ち着け俺。

「ただいま、――?」

 いつもなら返ってくる誰かしらの声が、今日は来ない。誰もいないならカギくらいかけておくと思うけど、開いてたしなあ……。まあいいや、となんとなくリビングを覗くと、

「――……、ぅ――…………」

 制服姿の先輩が、座ったまま眠っていた。いや、珍しいこともあるものだ。普段先輩は特に理由が無ければリビングに留まらず、部屋にいる方が多い。それに油断した姿も殆ど見せず、いつも「ちゃんとした」人で居続けている。どこまでいっても「家族じゃない」と思われているようで何処か寂しい気もするけれど、先輩にしてみれば「あまり馴れ馴れしくしたら迷惑かも」くらいに思っていたりするんだろうか。その辺はまだ俺には分からない領域だけど。

 よほど疲れているのか、ちょっと座った拍子に意識が飛んでしまったんだろう。油断しきった寝顔、寝息に合わせて揺れる――胸。脱力した身体はまるで、支えてくれる誰かを求めているようで。誰かを、求めている、ようで。

 指を伸ばせば、届く。誰も、見ていない。なら、なら、なら――

「……っ」

 頭の奥を痺れさせる甘い刺を、力付くで心の底へと押し沈める。違う、そういう考えを持ってはいけない。先輩を、そう見てはいけない。分かっているのに、心臓は早鐘を打ち続ける。ダメだ、ダメだ、ダメだ。――先輩は、夢のためにここに居るんだ。俺のためなんかじゃない。先輩の覚悟を、先輩の思いを、踏みにじるな。

 

 全力で自分を押さえつけながら、やっとの事で部屋に転がり込み、そのまま全力で腹筋に耽る。雑念も邪念も、振り払ってやる。「後悔先に立たず、ですぜアニキ」雛の嘲笑う声がしたような気もしたが、そのまま只ひたすら身体を動かすことにだけ集中していると次第に気持ちは落ち着いてきた。俺は、間違ってない。これで良いんだ。うん、もしあそこで先輩が目を覚ましてみろ。俺が猪股家を出ていく事になるぞ、家族会議どころの騒ぎじゃない。

 仕上げに深呼吸を一つ吐くと、まるでタイミングを見計らったように「大喜くん、ご飯だよっておばさんが」とドアの向こうから先輩の声。いつもの先輩の声。何も問題ない。よかったよかった。

 

 

「――で。その懺悔を何で俺に聞かせるんだよ」

「匡以外誰に言えってんだよ」

朝練の合間に匡を捕まえ、罪悪感を御裾分け。こういう時こそ匡が頼れる。伊達や酔狂でメガネかけてるわけじゃない。

「よかったよかった、で済んだんならそこで終わらせろよ。引きずるなよ」

「良くないから言ってんだよ」

 実際、惜しいことしたなーとも思ってしまう。勢いに身を任せても、もしかしたら先輩は受け止めてくれたかも、とさえ思ってしまう。それが自己嫌悪になって、罪悪感が止まらない。結局俺はどうしたいんだろうか。

「匡、人間ってなんだろうな……」

「知るか」

 さすがにアレだったのだろう、匡は足早に歩き去ってしまった。

 これから、まだ一年。これから、もう一年。その間、どうすればいいのか。わかるはず、ない。この一年を全力で、この一年を必死で。結果も過程も、どうなろうと受け入れられるように。

 願わくば、先輩にとっても俺にとっても、アオく輝く日々になるように。




 特に何が起きるわけではない、日常回的なものが書きたくて。


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