色々とする事はあるわけです。
悩んでおかないと後で困ります。
軽い出来に仕上がってます、おつまみ感覚で気軽にどうぞ。
夏が終わって。それぞれの目標を果たして。新しい季節の風が吹き始めた、初秋のある日。
俺は、俺達は、揃って項垂れていた。雛も、匡も。千夏先輩だけが、いつものように静かな表情。
考えなければならない事が、あったから。忘れてはいけない事が、あったから。
そう――千夏先輩が、何処へ行くのか。考えなければならない。
切っ掛けは、本当に些細な事だった。部活三昧の夏休みが終わって、定期試験の日程も出て、しばらくは勉強三昧になる予感がしていた。確かに俺も先輩も高校生、そりゃ勉強は大事だろう。でも本当に大事なのは、それをどういう風に役立てるのかだと思う。ただ詰め込むだけでは、いけないのではないか。そんな事を、柄にもなく考えてしまっていたせいだろう。
「先輩って、進路とかどうするんです?」
何の気なしに聞いて、少しだけ後悔した。進路。それはつまり、猪股家を出た先という事。出来ればずっと一緒にいたいけど、それはきっと叶わない。先輩がどんな進路を考えていようと、俺はそこに居ないのだ。自分で振っておきながら、正直凹む。
ただ、俺は。先輩の応えに、――もっと凹んだ。
「今は、考えてないかな。バスケに集中したいし」
爽やかに微笑む先輩に、絶句する。いや、それは違いませんか。彼氏欲しくないんですか、って前雛に言われた時の返答ですよねそれ――
「……つまり、千夏先輩の進路は白紙か…」
「いや、二年の秋でそれは不味いと思います…」
匡と雛が、ガックリと項垂れながら溢す。うん、気持ちはわかる。
千夏先輩は、一見完璧な人だ。基本的に、スペックは恐ろしく高い。ただし、気を抜くと一気にポンコツ化するという大きすぎる穴がある。それと、視野が狭い。目の前しか見ていない。ちょっと先の事は一切見えない。……まあ、だからこそギリギリで海外移住を蹴って他所に居候するという、考えてみてもなかなかに乱暴な事を敢行出来たんだろうけど。俺としては、それについては全力で感謝したいくらいだけれども。
学校では気を張っているから問題ないが、猪股家での千夏先輩はそうもいかない。来たばかりの頃に比べてリラックス出来るようになったからか、もう結構なポンコツぶりを発揮しまくっている。例えば普段は俺の母さんを「大喜くんのお母さん」とか「おばさま」などと呼ぶけど、最近ちょくちょく「お母さん」と普通に呼んでしまう事がある。母さん自身は「本当の家族になったみたいで嬉しい」って言うし、俺もそれはとてもステキだなと思うけれども。
でも夜中起きてトイレへ行った後、実に6割を超える頻度で部屋を間違えるのは勘弁して欲しい。ベッドに潜り込んできた先輩をどうにか部屋へ戻すのに、かなり理性というかSAN値が削られてしまう。先輩基本良い匂いだしスポーツ女子なのにあちこち柔らかいし、寝惚けてもにゃもにゃな感じになってる先輩可愛すぎるし。なんだよこれ天使かよふざけんな、って毎回思ってしまって心臓に悪い。
……一回トイレ自体と間違えた事もあったな……、下を下ろそうとするのを必死で止めて、どうにかトイレまで引っ張っていったんだ。正直俺はそこまで濃い性癖はないし、最悪トラウマになっていたかもしれない。いや、うん。見たくはないです。ホントに。
「うーん、でも進路って言われても……。卒業してからどうするか、だよね?」
先輩が顎に指先を当てて考え始める。……考えて欲しいかと言われて、素直にハイと言えない自分が嫌だ。一個下の俺は、絶対に先輩と同じ進路には行けない。後を追う事は出来ても、決して並ぶことはない。先輩が留年でもしない限りは。……うん。学校での先輩は、外面が通じてるから大丈夫なはずだ。ちゃんと二年生になってるし。
「とりあえず、普通に行けば進学だろうな」
「まあ、大学だよね……高卒で就職って大変だろうし」
匡と雛がそういうのを、先輩は神妙そうに聞いている。……多分。
とは言え、受験か。俺だって他人事じゃないんだけど、英明はスポーツ重視の私立で進学校じゃないからなー……。地元の公立小学校から英明学園中等部を受験した当時の俺も、入学試験は楽勝だったし。例え英明で成績上位でも、バリバリの進学校にいる連中には太刀打ち出来ないだろう。レベル低そうな大学だったら平気だろうけど、それだって親御さんの意思を仰がなきゃならない。あまりダメダメな所は許してくれないだろうし。スポーツ推薦って手も……いや千夏先輩全国レベルで見ると小柄だしな。上見ると190越えてる人いたりする世界だ。
そして、その後も。一応女子バスケは実業団リーグがあるけど、そこに入るのは更に厳しい。インターハイ上位チームを出て更に企業側の目にとまらないとスタートラインにさえ立てない、って難度が高すぎる。
「ふむ。これは親御さんとも本格的に、色々と話し合う必要がありそうだな」
匡がそう言うのも尤もな話だ。と言うか先輩の親御さん、自分の娘を完全に丸投げしてないか。何で後輩の俺達が進路まで考えてやらないといけないんだ。
「んー、でもなぁ……。あんまり親御さんに連絡すると、じゃあこっち来れば良いって言われちゃうんじゃないかな」
まあ、それは。雛の言う通りかもしれないけど。そうなると早めに同居解消ってなって困る。でも、根っこから色々間違っている気がしないでもない。
で、当の先輩も。悩むのに飽きたのか、もう爽やかに微笑むだけで考えている顔ではない。この人と来たら本当に可愛いな、なんだこの天使。
「んー……そうだねぇ……、いっそ大喜くんのお嫁さんになっちゃおうかなー……」
ぽつり、と溢れた一言に、俺がまず凍りついた。継いで雛が目を見開き、匡が盛大に溜め息を吐く。
「「「いやいやいやいや」」」
そんな三人が、計ったように同じタイミングで声を上げる。さすが幼馴染み、息ピッタリ。
「お母さんたち優しいし、色々近いから住んでて便利な場所だし、お嫁入りするなら難しい事考えなくて良いしー。わー名案かもー」
私すごいーと手をパチパチさせる可愛い先輩。いや。それは。
「それはダメです! そうなって欲しくないから、わざわざ考えてるんですよ!?」
雛が全力で食って掛かるが、先輩はさらりと受け流してしまう。でも雛は何でこんなに怒ってるんだろう。…俺としては先輩がそういう考えなら、別に吝かでも無いけど。でも、そういう理由でか。面倒くさいから結婚しちゃえー、ってそれはどう考えてもアレ過ぎる。
「……あー…そういや大喜、前に結婚したいって言ってたよな」
「ちょっと匡さん!? 何で今そんな余計な事言う!?」
そもそもお前、何でそんなの覚えてんだメガネ野郎! ええ、言いましたとも。でもそれは、……好きだからであって。こんな感じじゃなくて、もっとロマンティックな雰囲気で言って欲しい。いや、言いたい。家族になるのは良いけど、その前段階をしっかりと実行していきたい。……まだ……キスもしてないのに。
「わーい大喜くんもその気だー。不束者ですがお世話になります、末長く宜しくー」
にへらーっと天使の笑顔な先輩と、鬼の形相で今にも殴りかかりそうな雛。俺は匡を締め上げつつ、天井を仰ぐ。
あーもう、考えても仕方なさそうだ。
もうなるようになるさ、こんなもん。俺は考えるのをやめ、先輩の笑顔を見つめながら、そう思った。
今回は完全コメディタッチです。
あと先輩がスゴいポンコツになってますが、これは可愛いからです。