ヤンデレ綾小路(♀)   作:どこはかとなくやばい人

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お茶濁し回


第8話

「三谷君」

「……堀北か。どうした?」

「…………いえ、何でもないわ。ただ挨拶をしたかっただけよ」

「そうか」

 

 どこか上の空な様子、小さな声でそう呟き自分の席に向かう三谷君からは、およそ生気が感じ取れなかった。

 恐らく、ではあるが、今の彼は、死んでいないだけマシ、とでも言われるほどの状態なのだろう。

 男女のあれそれには疎い身だが、ようやくスタート地点に立った途端、そこに仕掛けられていた地雷が爆発してパートナーを失うーーーこの辛さがどんなものなのかは、理解はできなくとも、ある程度察することはできる。

 

「堀北さん、三谷くんは……」

「軽率に話しかけない方がいいでしょうね。貴女のコミュニケーション能力は知っているけれど、それでどうにかなるほど甘いものでもないでしょう」

「……うん」

 

 裏切りを知った上で、なおも櫛田さんのことを信じる、と力強く宣言した三谷君の存在は、彼女の中でもかなり大きなものであったのだろう。     

 普段被っているアイドルとしての仮面を外したただの少女、櫛田桔梗は、やりようのない思いを声にして絞り出すように、そう口にする。

 

「平田君は……申し訳ないけれど、王さんたちに任せるしかなさそうね」

 

 もう一人、平田くんに関してはーーーこの場合"も“という方が正しいのかもしれないが、彼に関して、現状私たちは有効なカードを一枚も持たない。王さんたちが何とかできるのかどうかは疑問だが、それに頼るしかないのだろう。

 

「……無力ね、本当に」

 

 この一年、私個人としては間違いなく成長することができた、と。そう断言できる。

 仲間を信じ、共に助け合うーーー以前の私に行って聞かせたのなら鼻で笑われそうなことの大切さを知り、クラス間競走においてもそれなりの成果を上げてきた、つもりであった。

 その実常に独りで突っ走る私を手助けしてくれた三谷くんに対し、私は果たして、何か手助けすることができたのだろうか。一方的に彼に寄りかかり、負担をかけるばかりでなかったのだろうか。

 

「…………」

 

 私に、このような思考を。彼のことを気にかける資格など、本当はないのだろう。

 私情に振り切らず、あの場で"結論が出ていない"という本音を述べたーーー即ち佐藤さんの退学、三谷くんがこうなる可能性を生み出してしまったのは、ほかでも無い私なのだから。

 

「…………無力、ね」

 

 

 

 

☆☆☆☆

 

 

 

 

「…………」

 

 考える、考える、考える。

 本当は、自分が退学するべきであったのではないか。目覚める可能性のある佐藤さんを切り、三谷くんを不安定な精神状態に追い込むよりも、僕一人を切り捨てた方が結果的にクラスは強くなっていたのではないか。

 

 なんて意味のない仮定だろう。

 既に結果は出た。佐藤さんは退学し、僕は生き残り、三谷くんは追い込まれた。

 ゲームでもあるまい、リセットして1からやり直し、僕の退学という最良の結果を引き出すまでループさせ続けるーーーそんな夢物語が、叶うはずもない。

 

「平田くん……」

「ごめん、王さん。今は少し、1人で居たい気分なんだ」

 

 定型文と化した言葉を返す。

 申し訳ないが、今の僕に他人の同情に対する反応を示す程の余裕はない。そんな暇があるのなら、少しでもこの状況を良くするための案を考えるために時間を割きたいーーーだなんて、ただの言い訳なんだろうけど。

 

 本当は、怖いだけ。もうどうしようもない、ということを理解した時、自分がどうなるのか。

 想像もつかない痛みから逃げ続けているだけの、逃避行動。

 そんなこと、僕が1番理解している。

 

「でも」

 

 この場に僕の姿がなく、佐藤さんの目覚めに喜ぶ三谷くんと、司令塔の完全復活に湧くクラスーーーそんな理想を、夢想せずにはいられない。

 

 

 

 

☆☆☆☆

 

 

 

 

「なんでだよッ……!」

 

 嗚呼。ムカつく。

 何がムカつくって、佐藤に、そして自分に。

 そもそもの話、佐藤が鈍臭くなければこんなことは起こり得なかった。

 嫌われ具合、単純な能力で比較した場合、佐藤が山内に劣ることは考えにくい。

 順当に山内が退学し、池や須藤は多少引き摺るんだろうけど、それ以外の面々はその事実を受け入れて先に待ち受ける試験に臨むーーーそうなるはずだった。

 

「私が、悪いのかよッ……」

 

 自身の裏切りを知り、相棒とも言える堀北を退学させようとしていたことを知り、これからも裏切り行為を止めるつもりはない、ということを知り。なお私に罵詈雑言を浴びせることはなく。

 ただの友人として。"櫛田桔梗"として私を見てくれたーーーそんな彼の視線を一点に集める佐藤に対して抱いた、仄暗い嫉妬の感情。

 

 山内と佐藤の票差は、本当に微々たるものだった。

 それこそ、私が多少駆けずり回って、他クラスに佐藤への賞賛票を入れるように頼んでいれば、退学者は山内になっていたーーーそう断言できるほどに。

 

「でも」

 

 それでは。それでは、ダメなのだ。

 三谷蒼太という人間の幸せを願うのなら、間違いなく私は他クラスに賞賛票を要請しに行くべきであった。倒れている人間に批判票が入り、退学するなんておかしいーーー理屈も何もない感情論だが、自身の人望を考えればそれでもある程度の票を集めることはできた。

 

 ただ、私はどこまで行っても"櫛田桔梗"なのだ。

 他者の幸せのために自らの想いを犠牲にするなど、到底許容できる話ではない。  

 そんな思考をしておいて、いざその場面に遭遇した時に相手の顔すら拝むことができず、追い返された私の姿は、側から見ればとても滑稽なもの。

 

「はぁ……ほんっと」

 

 やりようのない気持ちを発散するかのようにソファを殴りつける私の顔は、きっと、酷く空虚なものだったのだろう。

 




そろそろ終わりに近づいてるので、次回はまた遅くなります。もうちっと内容を煮詰めたいのです。
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