死にたくない呪霊は割とすぐ死ぬ   作:常時腹痛マン

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呪霊と呪霊

 

 

「ねえ」

 

 興味と疑念のない交ぜになった声を出し、ついには目の前の肩を叩いた。

 

「ねえってば」

 

 真人がそのような行動をとった理由は、声を掛けても相手があまりに反応を示さないものだから、幻覚なのではないかと気になったからだ。

 

 

 真人は、人間が人間を憎み恐れる感情から生まれた呪霊だ。

 生まれたのは最近だが、前身が存在したかどうかは知らないし、特別興味もない。降った雨がいつか雨になるように命も循環するのだから、気にする方が野暮というものだ、と考えていた。

 相手の魂の形を知覚できるのは、恐らく人間も呪霊も含め自分だけである。その認識は確信に近い、生まれた時からこの技術だけは秀ていた。

 

 

 だから、今し方触れた呪霊の魂があまりに異質なものだから唖然としてしまった。こんなものは見たことがない。

 

 ──「死の恐怖」から生まれた呪霊。

 

 そんなものが存在していいのだろうか。

 たとえ死ぬような傷を負っても、周囲に自分の「死」を押し付ける。死にたくない、と思い続ける限り、絶対に死ねない在り方。

 

 逆を言えば、それを上回る何かを感じれば、簡単に死ぬ。ここまでくれば、最早天与呪縛の類だ。

 真人は、既にこの呪霊に対して名前の知らない興味を抱き始めている。

 

 魂には「■■(薤露)」という名前が、深く刻まれていた。それは本で読んだことがあった。たしか、葬送の際にうたわれた歌の名前だ。

 

 いや、逆だろ。真人は唇をゆがめた。「生」に執着して、無関係の相手を死なせるんだから、死を悼む様な名前は柄じゃない。

 

 

「────なに?」

 

 ようやくその呪霊は、訝しさと無関心の中間くらいの声を出した。

 振り返った相手は、後ろ姿から想像した印象通りの外見をしていた。最早人間だ。少年とも少女ともつかない風貌で、肩くらいの髪は珊瑚色に染まり、黒い服を着ている。流行りの服装をして柔らかな顔をすれば、通行人に混じっても違和感が無さそうだった。

 

 相手は一瞬だけ目を瞠るも、まるで見間違えだったかのようにすぐに表情を無くす。

 

「いや、面白いやつがいるなって」

 

 するとそいつは首を傾げた。「面白い?」自分を爪先から見直し、「何も面白くない」と告げる。

 

「そういうところもかな」真人は喉を震わせて笑い、近場のビルから身を投げた人間の死体を見遣る。「アレを見てたの?」

 

 相手は、「うん」と聞いているのか、聞いていないのか分からないような、生返事をする。

 

 頷いた呪霊を見て、真人はビルを見上げた。

 

 

 

 数分前のことだ。ぱあん、と巨大な水風船が弾けるような音が響いた。数秒の静寂を挟んでから、鼓膜を劈く悲鳴があちこちから上がった。

 

 さらにその一時間ほど前まで遡る。ビルの屋上には、身を投げようとする男がいた。長身の痩せ型で、くたびれたスーツを着ている。

 しばらくすると警察の説得が功を奏したのか、それともただ単に、男自身は誰かに引き止めて欲しかったのか、恐らく後者だろうが、乗り越えた手すりを戻ろうとした。

 

 その時だった。男が一縷の希望を見出し、手すりの内側へ向かう直前、足をもつれさせるように体勢を崩した。

 視界から無理やり外れるかのような勢いで、転倒した。空へ引きずり込まれるように、落下する。

 

 何が起きたのか、真人には分かった。

 落下する直前、黒々とした液体じみた呪力が男を引っ張ったのだ。

 

 鶏が鳴くような音が響いた。

 と思うと、聴衆が喉を引き攣らせ悲鳴を張り上げていた。人間の存在は不快ではあるが、この一連の騒動は悪くはなかった。

 どうやらこの惨状を見せてくれたのは、目の前のこの呪霊らしい。

 

 そう考えた真人は声を掛けることにしたのだ。

 

 

 

「アレやったのキミだろ」躊躇せず指摘する。

「え?」

「なに驚いてんの。引っ張ったでしょ」

 

「何もしてない」相手は首を振り、「見てただけ」と眉を下げると、言ったそばから死体の方向に手を伸ばし、空中で何かを掴んだ。「人畜無害だよ、僕は」

 

「いやいやいや」

「本当だって」

 

 そう言いながら手に掴んだ飴玉を太陽に翳し、驚くべきことに、口に含んだ。

 

 物的証拠まであるじゃないか。「それ、アレの寿命だろ」

 

「え」相手は大きく肩を強張らせ、居心地が悪そうに顔を顰めた。「何で知ってるの?」

 

「見ればそのくらい分かるよ、俺は」

 

「そういう術式か。面倒なやつに見つかったな」まるでこの場所に出てきたことさえも悔いるかのように、相手は肩を下げた。「ねえ。キミ、なんて名前?」

 

「俺は真人」名乗ってから、「そっちは?」と敢えて訊ねる。知っているのと、聞くのとでは、捉え方が違うからだ。

 

()()()()()

「は?」

 

 誤魔化しているのか、と最初は思った。目を細め、表情や仕草から訝しんでみるが、相手は意に介した様子もなく、「忘れちゃった」と妙なことを抜かしてくる。

 

「本当に?」

「元から無かったのかも」

 

 魂レベルで根付いているのに、気付いてないのか、と愕然としてしまう。あまりの頭の弱さに戦々恐々とする心地ですらある。

 

「…………馬鹿だなぁ……」

「聞こえてるんだけど」

「思い出そうとは思わないの?」

「無いものは無い」

 

 思っていた以上に頑固らしく、既に自分の中で割り切っていた。

 実際に話して抱いた感想、そして魂の揺らぎを見て、真人は「■■(薤露)」の名前の由来を確信した。

 

 こいつは恐らく、人に害なすことが嫌いだ。呪霊なのに、呪霊らしくない性格をしている。

 素の性格のまま、本能を無視して生きてしまえば、簡単に「死の恐怖」を上回る「生きる意味」を見つけてしまうだろう。見つけてしまえば、夏に氷が溶けるように当然のごとく、自然と、気付けば消滅している。

 

 だから、生きづらい名前を付けられているのだ。いわばストッパーの役割に近い。

 呪霊らしくない性格と呪霊の本質との矛盾は、その「意味」を見つけることを阻む役割をしているに違いない。

 

 

 楽に死ぬな(死なないで)苦しんで生きろ(長生きして)簡単に満足させて堪るものか(どうかよい生涯を)

 誰かがそう願ったのだろうか。

 

 

「────でも、それは面白いかも」

 

「何か言った?」相手は訝る視線を真人にぶつけた。暫くすると、「じゃあキミが僕に名前を付けてよ」と願ってもみない提案をしてくる。

 

 元の名前ではつまらないな。では、と思い立つ。

 

「じゃあ、挽歌(ばんか)。キミは今日から挽歌だ」

「えらく早いな。ちゃんと考えた?」

「もちろん」

 

「そう」挽歌はふむ、と顎に手を当ててから、数回自分の名前を口遊み、「いっか」と目元をほころばせた。「挽歌。うん、今日から僕は挽歌って名乗ろう」

 

 ()鹿()だなあ。「名は体を表すって言葉、知ってる?」

 

「あ、何か聞き覚えあるかも。いや、待ってよ、由来は“馬鹿”とかじゃないよね」

 

「もっと酷い(好い)由来だよ」

 

 

 真人は、自分に似た起源を持つ呪霊との会話に、初めて温かい息を溢した。

 簡単に死なれては困るから、手始めに強くなってもらわないと。

 

 なんか悪いこと考えてない? と言う挽歌の顔を見て、思わず笑ってしまう。

 

 

 

 

死にたくない呪霊は割とすぐ死ぬ(終)

 

 






 完結です。ありがとうございました!

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