シモンの聖地。コザァート君が漂流の末に辿り着いた島。
沢田君達より遅れてやって来た私は、一人上空から様子を伺っていた。
響く戦闘音を頼りに、滝の傍の森へと着陸。
滝壺が見下ろせる場所へと移動すると、既に勝敗は決まっていた。
滝壺に降り注ぐ氷河の炎で凍った水の、破片。
その中で、雲雀君がアーデルハイトさんにトンファーを突き付けている。
「
「その言われ方、嫌いだな…」
アーデルハイトさんの言葉にムスリとした雲雀君が、空を仰いで、言う。
「まあ…確かに空があると、雲は自由に浮いていられるけどね」
その表情が、何かを思い出すように微笑んで見えて。
彼の姿が、ブレて、重なって、わからなくなる。
膝から力が抜けて、目の前が滲んだ。
その時、対岸に気配を感じた。
見知った、けれどこの時代にあるはずのない気配。
雲雀君から意識を逸らすように、硬直していた首を無理やりに動かして、対岸の木々の狭間にその姿を見た。
ああ。やっぱり、“そう”なのですね。
唇を噛んで、目を強く瞑って。
何もかもを、押し殺す。
今だけでいい。少しの間だけでいい。
全部終わるまで、“いつも通り”の私でいられるように。
「勝敗は決した。戦いが終わったため、ジョットとコザァートより託された第四の『鍵』を授ける」
沢田君達がシモンとの戦いに赴いてから脳裏に流れ込んできた、ジョット君とコザァート君の記憶。縁のあるものを媒介とすることで昔の映像を見せる術だと、容易に見当がついた。
そんなものをこの時代まで維持できるのは、死の概念が存在しない
笹川君他投獄されている面々については、とある条件を飲むことと引き換えに解放する算段が付いている。だから心配も不安も存在しない。
己がいつも通りに最善を尽くしていることを改めて確認している間に、過去の記憶が頭に流れ込んでくる。
最初に見えたのは、見覚えのある城。
私の大切な、帰る場所。自警団ボンゴレ本部。
視点はその中、私が作戦参謀として詰めることも多かった
シャンデリアも椅子も、机の上に広げられた地図も、壁際に置かれた様々な調度品も。何もかもが、私の知る頃のまま。
そこに集う家族達は、最後に見たあの日よりも少し歳を重ねているような気がするけれど。
『南イタリアの戦局の方はあれからどうなっている?』
『敵の大部隊が集結している…厄介な長期戦になりそうだ…』
『しかし、これ以上ここに戦力を割くことはできまい』
『他に3つの抗争をしているのですからね』
南イタリア。手強いファミリーが多く、そちらを戦場にしたことはあまりない。情報収集だけは怠っていないが、私自身足を運んだ経験は皆無に等しい地域だ。
オマケに四つも抗争を抱え込んでいる。
…私が、いなくなったからだ。
防衛に回ることが多かったと言えど、私も最高戦力の一。そして、作戦の立案は私の仕事だった。
この窮状は、私がいなくなって、それが原因で起きたもの。
『レイがいれば…』
『あの
『……いない者の話をしても何にもなりませんよ』
思わず零れたといった風なランポウ君の呟きに、腕を組んだアラウディ君が返し、
「う、あぁ───」
足元の感覚が覚束ない。吐き気が襲ってくる。
私は自警団ボンゴレの作戦参謀、及び雪の守護者。
私がそうなったのは、ジョット君達に望まれ、それに応えると決めたから。
なのに、それなのに。
家族に望まれているのに、私はそこにいない。
私がいれば、みんなを苦しませるモノ全て、蹴散らせるのに。
今も昔も、私にはそのための力があるのに。
それを理解してしまうと、ダメだった。
これはとうの昔に過去になった出来事。
記録の再生に過ぎないとわかっていても、手を伸ばさずにはいられない。
それでも、届かない。
伸ばした手も、か細い声も、もう届かない。
それでも否応もなく流れ込む過去の映像に、耐え切れず膝を突いた時、ジョット君が口を開いた。
『…可愛い末の妹のためにも、一刻も早く抗争を終わらせるぞ。オレ達の雪が夢見ていた平穏を、オレ達で掴み取ってやるんだ』
………なんで。
なんでそんなこと言うんだ、ジョット君。
(違うのです、ジョット君)
私は、確かに平穏が好きですよ。何もないのが一番、争いなんて以ての外。のんびり過ごせるのが幸せです。
でもそれは、みんなが戦わなくて済むからなのです。誰の命も危うくならないからなのです。
私は、別にどれだけ血に濡れたって構わない。こういう生き方しか、きっと私にはできないから。
それでも、ちょっとだけ見た夢。
少しだけ、望んだ未来。
───誰も欠けずに、平穏な日々を過ごせればいい。
他愛もない、雪みたいに儚く消えてしまう、いつかの言葉。
積み重ねた日々に埋もれて、何処かへ行ってしまうような、そんなものだったのに。
君は、憶えていてくれたのですね。
泣いているのか笑っているのか、自分でもわからなくなっていると、
『大変だぞ
『何!? 何処の所属だ!!』
『“シモン”だ、コザァートが率いている!』
ファミリーに動揺が広がる。
恐らくこの戦いが、アーデルハイトさんが言っていた、コザァート君が殺された戦い。
動揺はない。もう揺らがない。
揺らぐ理由なんて、有りはしない。
救援に向かおうとするジョット君を押し留めたのは
映像が終わる直前、ジョット君に代わって救援に名乗り出た
わかってる。
君は、君なら、そうしますよね。
───ストンと落ちるように、納得する。
あるのはただ、『道を違えた』という事実だけ。
「ボンゴレ
「………バカな…」
「てめーもはっきり見たはずだ!!
「嘘だ!! 真実じゃない!!」
「だが
リボーン君が言い、獄寺君が考え込む側で、雲雀君が手錠を投擲した。
藪へと向けられたその視線は、私でも息が一瞬詰まる程に冷たく、それでいて怒りに燃えている。
「…いい加減、出て来たらどうだい?」
「おっとあぶね〜」
投げられた手錠が引っかかる枝の向こうに、シモンの加藤ジュリー君と至門中の制服を着たクロームちゃんの姿がある。
あの様子、洗脳されているな。島の結界に阻まれている六道君の幻覚に代わり、我が師が創り出した内臓が彼女の命を繋いでいるのもわかる。
「ここまで来ればボンゴレ側にも隠すこたねーよな───いいや
言葉と共に、幻覚特有の霧が加藤君の肉体を覆い隠す。
改められた丁寧な口調こそが彼本来のものだと、私は知っている。
「腐った若き、ボンゴレ達よ」
幻の霧が晴れれば、そこにいるのはもう、私達の霧でしかなかった。
「変わったもんね!」
「! 骸!?」
「違う」
「奴は……初代霧の守護者、
常識ではこの時代に存在するなんて有り得ない、とリボーン君は言っているが、術士の禁忌を知る
…禁忌と言われているように、それ相応の代償が必要だって。知識に留めて、間違っても実践しようなんて考えるんじゃありませんよ、って言ってたじゃないですか。
「本物の
うわ言のように、一つ一つ事実を並べて確認していくように言葉を零すアーデルハイトさんの反応は、演技ではない。
やはり、シモンファミリーは騙されていただけか。
恐らく、
そしてシモンの実質的なリーダーであるアーデルハイトさんの実行力を借りる形で、計画を推し進めてきたのだ。その裏に潜ませた真の目的を、誰にも悟らせないまま。
つくづく彼らしい。計画の鍵である古里君が後戻りできなくなってから、わざわざ姿を表す辺り特に。
私なら本当に必要なタイミングで姿を見せるに留める。
どっちもどっち、何なら私の方がタチが悪そうなのはご愛嬌、という奴だ。
「でも一体…何のために…」
「何のため……? そんなことは、お前が生まれる遥か前から決まっています。全てはボンゴレのため」
ボンゴレのため。
一度こうと決めたら止まらない彼の心に何より強くそれが根差したのは、きっとあの人の死がきっかけ。
そして私がいれば、あの人の死は防げた。
私がいなかったから、あの人は───彼の婚約者は、エレナさんは死んだんだ。
「ボンゴレを創った
彼がジョット君を呼ぶ時に
私にとって、ジョット君はボスであり、家族だ。
彼という個人を尊重したくて、ずっとそう呼び続けている。
けれど、
彼の中では、ジョット君はもう
・雪
到着がかなり遅いが、雲雀の戦いっぷりを見たらアラウディと重ねてまず間違いなく吐くのでナイスタイミングだったりもする。
家族に望まれた故に得た地位がプライド及びアイデンティティであるレイにとって、望まれているのにそこにいなかったことは尊厳破壊も同然。可能性だけでもキツかったのに、その事実を映像という形で強烈且つ直接的にブチ込まれることに。ジョットの言葉がなければポッキリ折れてた。
霧の裏切りの理由やそのきっかけにも見当がついてるからこそ、自分がいたらきっとこんなことにはなっていなかったと、誰よりも理解している。
・雲
最初から、獲物と見定めているのは腐れ縁の亡霊ただ一人。故にこそ彼が姿を現すだろう局面を狙ってシモンの聖地へ向かった。そのため実はアーデルハイトとの戦闘は想定外。自分達が戦えば「過去の記憶を見る」という形で穏当にシモンの誤解が解けると判断したからこそ勝負に乗った。
叶うのなら、あの