【注意】オリ主(男主人公・名前あり)です。オリジナル設定もあります。
苦手な方はご注意下さい。
問題があれば削除します。

煉獄さんの従兄弟設定の主人公です。
版権キャラが泣くシーンがあります、解釈違い等で苦手な方はご注意下さい。

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炎と煤

 

代えられない血統というものがある。

結論から言うと、先祖が遺した奇蹟や犯した罰は、その子、子孫にまで残るのだ。

先祖の名前を持つ限り、栄光にも斜光にもなる。

 

俺の先代はある禁忌を犯した。だから本家となる煉獄家からは勘当に近いそれを受けて、分家された。世間的に建前もあるので、俺は従兄弟という立ち位置となっているらしい。あまり興味はないが。

本家である煉獄家から切り離されているので、煤川という名を冠している。皮肉なことで。

 

煤川家は私生活、その人生においてあらゆる制限と監視がかけられている。俺は産まれてからいまに至るまでそうだった。左右も言葉も分からん歳の間は他の子どもと変わらないが、俺が七つと数える頃には煉獄家から一人の子どもが遣われた。

 

「煉獄杏寿郎です!」

 

…今でもしっかりと覚えている。顔も声も燃える炎さながらのようにメラメラと湧き立っている少年だった。彼の父と瓜二つの顔がそのまま小さくなって俺の前にやってきたのだ。ちなみに煤川家の子どもは、煉獄家に焦げ分たれたという意味でその容姿は煉獄家の人間のように派手ではない。煤汚れと呼ぶように、黒く汚い色を身に宿した見た目を俺はしている。一言で言えば地味だ。

 

「…煤川陽炎だ。…よろしく」

 

三つ違いの俺は、彼から兄さんと呼ばれるようになった。監視下に置かれた俺への慰めか、それとも本人の単純さからなのか。愚直と呼べるほど初心を持つ彼と違って、捻くれた俺はその呼び方はやめろと再三言い続けた。

 

「なぜです!」

「単純だよ。お前は本家の長男で、俺は分家の長男。血の繋がりもないから兄さんと呼ばれる筋はない」

「血縁関係の兄ではないことは重々承知している!俺の呼び方は親しみを込めたものだ!」

「親しまれる理由も価値も俺にはないよ」

「では他の呼び名を決めろと?」

「別に…監視下の鼠相手に名前をつけてどうする。俺は飼い犬ではないんだぞ。“お前”と呼ばれても特にこだわらない」

「それは俺が嫌なので断る!あなたは歳上だ、…では、陽炎さんならばどうだろう!」

「なっ……もっと嫌だ!やめろ!」

「では今まで通り、兄さん、だな!これでこの話はお終いだ!」

 

…と、このように呼ばれる経緯があった。

それ以来事あるごとに兄さんと呼ばれ、顔を見せては俺に大衆文化の、歌舞伎や能がどうだとか興味もない世間話を聞かせた。

煤川家は産まれてから死ぬまで軟禁状態である。それはやはり過去の清算によるものだが、煤川と名乗るに至ったそれほどまでの禁忌とは何たるや、と聞いても口に出すことすら阻まれるようなことらしい。

よほどのことをしたせいで、山奥の小屋で生きなくてはならない煤川家は外に出る機会などほとんど皆無だった。

だからこそそんな俺を憐れんだのか、どこの甘味処の餅がうまいだとか、寿司が美味いだとか…思い返すと飯の話ばかりしていたが、よく聞かせてくれた。

 

何度も言うが俺は捻くれた子どもだった。

だからいつも無視したり、興味がないと一蹴したり、年上の男らしくない態度を取り続けていたが、彼は懲りずに何度も話を聞かせてきた。時には土産を持ち寄ってきたこともある。

みたらし団子、と呼ばれる飴色の餅を挟んで、どうして俺に構うのか。お前の当主に俺の報告をするだけで済むというのに、わざわざ仲良しこよしの真似事をする必要はないのだ、と俺は彼にそう言った。

 

「……それは、」

 

珍しく言い淀む若々しい炎が、その火を僅かに弱くさせる。細い隙間風に揺れるように彼は小さな声で言葉をちぎり出した。

 

「…歳上の誰かというのは、俺にはいない。あなたは俺が少々羽目を外しても許してくれた。甘えている、のかも知れない。俺は確かに長男で、弟がいる。兄として俺はらしい姿を見せられているだろうか。俺はかつての父上のようでありたい。しかしそれが正しいかどうかは分からない。日々自問自答の繰り返しだ。だから、せめてもの息抜きで、」

「分家の息子に、兄の真似事か。当主が知ればどう思うだろうな」

「……父上は、あなたのことに興味を示していない。無論、我々息子にもだ。だからあなたの報告などとうにしていない。ここへ俺がやってくるのは、…あなたの言う通り、兄弟の真似事、だ」

 

俺は意外だった。彼はいつも鎮むことを知らない炎のように燃え盛っているのに、その日は一段と静かで弱々しい炎に見えた。

寂しいやつだと思った。

 

「…寂しいな」

 

俺はその時初めて、彼の持ち寄った土産を頬張った。みたらし団子と呼ぶものは甘くて美味いものだった。

 

「…あなたと街を歩けたらな、と俺は思う」

 

彼は叶いもしない要望を口に出して、同じように餅を頬張った。

 

 

彼はそこからしばらく姿を見せなくなった。

俺は捻くれた男だ。来なくなった彼に、勝手な想像を膨らせていた。どこかで町娘でも連れて幸せにしているのだろうなぁ、だとか。

手紙を送るなど、そんな小洒落た真似をする気にはなれなかったが。

俺は死ぬまで素直になれなかったが、おそらく彼の話を心のどこかで楽しみにしていたのだろう。

寂しいやつだ、と彼に言っておきながら実の所俺が一番寂しがっていたのだ。

自分が人として、誰かと会話を楽しむという、実感できる唯一の時間だったのだから。

 

のちに文が届き、杏寿郎は鬼殺隊という隊士として人のために働くのだという旨がそこには書かれていた。任務や訓練が落ち着いたらまた伺う、と最後にそう結ばれた文を、俺は机の上に置いておいた。彼と自分を繋ぐ唯一の縁を手に持ちたかったのだ。

 

その手紙からまたもや数ヶ月の間を置いて、彼は冬の寒い日に煤川家の戸を叩いた。俺は彼にどうするわけもなく、ただ家に招き、飯を炊いてやった。

最後に見た時よりも彼は、凛々しい青年となっていた。柱と呼ばれる役にも着き、彼はかつての父のように日夜励んでいるとのことだった。

対して俺は、煤川家の当主とはなったものの、妻を娶る気にはなれなかった。そして数年前に治らない病気を患っていることを知って、俺は自分でこの血を絶えさせようと思っていた。

そんなお互いの近況を語った。

 

「治らぬ、病とは」

「血の病気だ。血をつくる臓器がやられてるらしい。どうにもならんと医者が言った」

「……」

「もって一年、だと。…丁度いいな。煤川の血は俺で終わりだ」

 

ずるい言い方だと思った。

俺がそう言うと、彼は肩を掴んで俺の身体を倒した。手は厚く、俺の肩を掴む腕は筋肉が逞しい。生きていると感じさせられる肉体に、俺は羨ましいなどと言う感情を越えて美しいとまで思った。

彼の目は怒りも悲しみもなかった。どうして俺を突然押し倒したのかもよく分からない。

 

「なんだ」

「諦めて、死ぬなど、」

「生まれた時から、煤川は可能性のない血だ。どうして俺の血まで続いたのかと疑問に思うよ」

「…あなたは…」

「…?」

「あなたは、俺の生きる目的にすらなってくれないのか」

 

今にも泣きそうな顔をしていたのを覚えている。俺は所詮、お前の炎で払われる煤だぞと思った。俺の方こそ炎に焦がれた。煤だからこそ美しく燃える炎に思い焦がれたものだ。

煤を生きる目的になどするな、と言う。煤は炎の焦げ付く先、燃え終わる後の残りでしかないのだ。炎が尽きる先を見て燃えてどうするのだと俺は言う。

しかし彼は駄々をこねる子供のように、俺の腹の上に額を押しつけた。「生きることを諦めないでくれ」と彼は温かな手で俺に訴えた。

 

弱き人を守る、強く生まれたものとしての在り方だ。彼が母に教えられ、約束したという考え方。俺はどうやら、その守るべきものとされていたらしい。煤汚れの憐れな男を守るなどと、自嘲してしまう。

 

「…ならば余計、弱いものたちを照らす炎であり続けなくてはならんだろう」

「…あなたは…」

「……分かったよ。…俺は、お前を生きる目的にする」

 

こんな俺を慕ってくれた彼のことを無下にするほど、俺は血の通わない男ではない。煤だからこそ、俺は燃え盛る炎にいつまでも憧れ続けよう。ずっとその炎の燃える先を見ていたい。

そんな思いを込めて言えば、彼は年相応の笑顔を浮かべて、久しく兄さんと俺を呼んだ。

 

「鬼のいない世界であなたと街を歩きたい」

 

そんな叶いもしないことを彼は言って、俺の家をあとにした。

彼はその後一度も帰ってこないまま、若くしてこの世を去った。一年も持たないと言われていた俺よりも先に、だ。

彼は死に際に父と弟と未来ある部下たちに言葉を残したという。後日彼の弟が彼の死を告げに煤川の戸を叩いて知らせてくれた。

俺はありがとう、と言った。この小さな少年はまだ悲しみの中にいるというのに、俺にわざわざ知らせに来たのだから。

 

「あの…っ、兄上から…あなた宛に伝言を…」

 

俺は驚いた。彼の遺言は簡素だった。

『生きて欲しい』

たったその一言だった。

俺は生まれて初めて涙を流した。

それからの人生は、その言葉に叱責されるようだった。

煤川家の過去の清算を払うために、俺は本家である煉獄家へ頭を下げた。何度も何度も足を運び、邪険にされても向かった。病気が俺を蝕もうとも、時間がないからこそ毎日向かった。病気のことは誰にも言わなかった。

そんな俺の様子に折れたのか、煉獄家の当主は俺の話を聞いてくれるまでに至った。

溝を完全に修復することは不可能だったが、それでも煤川家の過去の贖罪はもう済まされたと認められたのだ。

 

そのあと恥ずかしいことに、病気でありながら宣告されていた命の期限から三年も長く生きた。

妻を迎えて、一人の子に恵まれた。

娘だった。俺はたった唯一の我が子ですらその成長を見てやれることはできなかったが、俺なりに生きてみせた。そして新たな命が、彼女なりに生きてみせるだろう。

 

囲炉裏の火を見つめながら、俺は居もしない彼へ語りかけていた。

どうだ、生きたぞ。生きてるぞ。と俺は言う。

囲炉裏の火が弱まっていく。後に残るは煤だ。

 

「俺を照らしてくれて、ありがとう」

 

囲炉裏の火が、消えた。

 



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