ザラブinシンウル日記で〆た本作ですが、トレギアが主人公である以上、最後はこいつの話で終えるべきではなかったかとちょっと悩みつつ、しかし書けるネタと言えばいつものオレギアや邪神を描くぐらい……で1年経ちました。開き直りました。
あらゆる狂気の終着地がそこに在った。
生気無く、正気も無い世界だというのに冒涜的な音が定期的に刻まれる。もし脆弱な人間が聴けば、削り散らされる正気を代償に気付くことだろう。拍動だ。世界の拍動とは何なのか。それはいったい何を流しているのか。それは何のために蠢いているのか。もし理解してしまえるなら貴方の意識は既に無い。
そう、ここは人間を始めとする知的生命体が持ちうる感性では決して真なる理解へ至る事がない、無意識の果て。深淵の最奥『無明の閨房』。
深淵であるが故に光とは言い難く、深淵でありながら闇とも言い難い。認識した者は、その多くがその精神が擂り潰される直前に此処を光も闇もない虚無と表現するだろう。
だがそれは的確であっても正確ではない。虚無であるならば、文字通り何も意味をなさず、何もないからである。
この果ては、すべてがある故に、なきに等しく、主観でもってのみ価値を維持する。
それは『アーカーシャ』とも『非想非非想天』とも似た、しかし決定的に違う世界だ。
何故ならここに降り立つ存在は、決して涅槃を脱する事も、無限を得る事もないからだ。
この果ては、不幸な到達者が永劫の狂気に抱かれて無へ至る中、常に何かが蠢めいている。無明の言葉に相応しい暗澹たる恐怖が帳となって広がりながら、明かりとは呼べぬナニカ──魂を突き刺す
光と闇を只管に混ぜ続けている世界。それがこの果てだった。
だが、このあらゆる価値観も常識もかき混ぜられる場にて、文字通り場違いなモノがあった。
ふかふかのベッドである。
正気度チェックを潜り抜けた者の為、今一度記す。
ふかふかのベッドが鎮座している。
そのベッドフレームはギジェラ*1の蔓や茎、根を用いており、マットレスはインキュラス*2の体毛と皮膚を使っている。
布団はグエバッサーの羽毛を無意味かつ無駄に用いた、超高級の羽毛布団だ。枕はゲシュート*3をパルプ状まで粉砕加工してから更に高反発フォームに特殊加工した特別仕様。
精神が焼き切れる前にこのベッドを目視する者は疑問符の中で消滅すると思うと同情を禁じ得ないが、このベッドをこんな場所に持ち込んだ当神は一切気にしていない。今も布団の中では少女の姿を模った存在がもぞもぞと気持ちよさげに眠っていた。
「……んぅ」
時間の概念すらないこの果てで、満足いくまで惰眠を貪った少女と認識させてくるナニカは、僅かな声と共に邪眼を開く。神の覚醒を喜ぶように世界が鳴動するが、当事者は意にも介さない。
気怠そうな雰囲気を纏ったまま上体を起こせば、魅了の性質を宿していそうな程に美しい青髪が腰まで流れ落ちる。しかし全てではない。その2割ほどは悲壮なまでに跳ね回っていた。
「……」
鏡を見るまでもなく己の惨状に気付いた外見上の少女は、煩わしげに青髪に手をやると、諦めたようにため息をついた。
すらりとした足をベッドから降ろし、優美に立ち上がれば、一応は美しい姿が露になる。
官能的と見る事ができる生命体はどこを探しても存在しないが。
やがて少女と表現できる見た目は、歪な音と共に冒涜的な変質を始める。
皮膚は青ざめ硬質化していき、禍々しい角が身体の各所より突き破るように伸びていく。腰部から肉を皮膚ごと裂くような音が響けば二股の尾が足元に伸び落ちた。
腹に冒涜的な顔が浮かび、頭部には全てを呪う1つ目の邪眼が、ぼう、と顕現する。
寝癖塗れの髪はそのまま鋭利な棘を纏う様に展開されていた。
怪獣態としての姿に戻った邪神の頂点は、先程のように青髪だったものをそっと触り、悲し気な咆哮を口から零した。
邪神グリムド。
宇宙創世以前より存在する伝説の邪神が一柱であり、その総意体だ。
知的生命体が持つはずの情動を有さず、虚無の化身とも称される邪神だが、今ある邪神はその情動を獲得したかのように物事に関心的だった。ベッドを用いての睡眠もその一環である。
こうなっただいたいの原因は、現在の宿主であるウルトラマントレギアにある。
数多のトレギアと違う運命を辿ったトレギアと永劫の共生を約束した(と当神は認識している)邪神は、芽生えた情動や経験の蓄積を堪能しているのだ。
ただ瞼を閉じて、どこからか聞こえる太鼓のような音に耳を傾けるだけだった惰眠を、地球人のようにベッドを持ち込んで地球人を模した姿で貪るのは快楽に近い情動をグリムドに与えていた。もっとも、当初は怪獣態のままで寝ようとしていたがどうあがいても角などでズタズタになるので形態変更を余儀なくされた故なのだが(ついでに言えば、そもそも頑強すぎて怪獣態では地球人が得るような心地よい睡眠というものを獲得できなかった)。
ついでに怪獣娘と呼称するべき姿をどうにか表でも顕現できないかと模索してもいるのだが、現状は『無明の閨房』以外では叶いそうもなかった。
実現するにはトレギアの身体から抜け出す必要があるのだから。
グリムドはしばらく名残惜し気に硬質化した毛を弄っていたが、そのまま泳ぐように果てから浮上する。
邪神の日常である、宿主との共存共栄の為に。
なお、最近の目標は、艶やかで輝くような髪を権能無しに維持する手段を獲得する事である。
◇
トレギアの表層意識を味わえる領域まで神体を浮上させたグリムドは、宿主に思念波を飛ばす。
宿主は管理職としての活動に邁進していたようだが、グリムドの反応で時間に気が付いたようだ。トレギアにとっては犬が身体を前脚で叩いてくる感触である。
「寝てたのかグリムド? ならおはようだな。丁度いいから切り上げよう」
丁度いいと口にしつつ時間を確認して頭を抱えている様子から、どうやらまた予定勤務時間を越えていたらしい。
残業はしない主義と公言しながら、結局残業している宿主の矛盾性は邪神には理解できない。
脆弱な存在であれば肉体と精神の過度な摩耗を控えた方が良いと提案ぐらいは考慮するが、宿主はそもそもグリムドが宿ってなお正気を維持する加護を有しているし、肉体もウルトラ族なので比較的頑強。
なので特に言及する意味はないと判断したグリムドは目当てのイベントを催促する。
「そうだな、食事を取るべきだろう」
邪神の要望に同意し、無意識に背筋を伸ばす動作を取りつつトレギアは空間転移を行った。
光の国にいる間、ウルトラ族はそもそも食事を採る必要がない。ウルトラ族の生命活動を維持する光に満ちているのだから。
経口摂取は嗜好の類でしかないのだが、だからこそ食事の魅力に取りつかれる者は少なくない。このウルトラ族も例外ではなく、そして邪神であるグリムドもまたすっかりハマっている。
『仕事の後/惰眠の後の食事は最高!』
二者の思いに致命的乖離があるようだが、気にしてはいけない。
魔法空間を介して訪れたるは勝手知ったる地球の大地。
霧崎と呼ばれる人間態へ変化した宿主と共に、グリムドは気分を高揚させる。
だが、宿主の方はすぐに高揚していた気分を下降させた。疑問符を浮かべるグリムドにトレギアは口頭でもって答える。
「……暑い」
今回転移した先の地球は時系列にして2024年7月中旬頃の日本。高い湿気と強い日差しで人間基準だと中々酷な環境となっていた。
ウルトラ族の姿であれば全く気にならないだろうが、今の宿主は見てくれだけでも人間態。
五感も前世の感覚基準が蘇っているようで、肉体的に問題なくとも不快に感じてしまうようだった。
「2020年代軸の地球ならどこでも良いかと適当に決めるべきではなかったな。かつてのザラブ*4を笑えんぞまったく」
ぶつくさ言いつつも、彼は日傘(メイドイン光の国)を展開する。
白と黒のツートンカラーな服装にマッチする意図も含まれるのか、霧崎は表が白、裏が黒となっていた。取手にはウルトラマンタロウのプチぬいぐるみがついている。
重ねて装着するのはネッククールリング(ウルトラマンタロウのデフォルメシール付)。
ついでに魔術による結界を展開し、日傘の下が決して26度を上回らないよう調節。日焼け止めは意識しない。ウルトラ族だからである。地球人が気づけば負の感情に支配されそうなチートボディ&チートスキルだ。
「さぁいこうグリムド! まだ見ぬ食事が俺達を待っている!」
再び気分を高揚させた霧崎の声に、邪神も喜びの情動で持って応えた。
宿主の感情を通して得られる食事の娯楽。それは信者と称する何者かが捧げてくる生贄よりも甘美なものなのだから。
◇
グルメな旅路へ赴き30分。
炎天下をズルして楽々練り歩いていた霧崎の前には、氷塊を削って生じた破片を山高く積み上げ、甘味液体2種(イチゴ、練乳と表記されていた)をかけたものが鎮座していた。
なるべく凝縮しないようにしているのか、ふんわりとした印象を与えてくる逸品である。グリムドは邪眼を瞬きした。過去食べてきた料理は生物や生物由来の物質をメインに加工したものばかりだ。いや、全てを見抜く邪眼が得た情報は理解している。この氷は澄んだ天然水を汲み上げ、専門店が仕上げた美しい氷を、これまた専門の器械でもって削りあげ、そして店主が研究を重ねて作り上げたフルーツソースを使用しているのだと。しかしその上で、ただの氷に甘味をかけたものは過去味わった食事のように楽しめるものなのだろうかと疑問を抱いていた。そこら辺の氷を噛み砕きながら蜂蜜を口に流し込んでも成立しそうに思う。それでも、宿主は削り氷を前にして高揚を露わにしており、美味であることは間違いなさそうだ。
「どうにも最初に熱波を味わったからか、初手から冷たいものを味わいたくてな。暑い日にはかき氷だと前世知識にもあった」
空きっ腹に初手かき氷はあまりお勧めしないという知識までは与えてくれなかった前世知識であったが、この男はウルトラ族であり、グリムドは邪神である。肉体性能としては全く問題なかった。
スプーンをかき氷に差し込めば、雪を踏みしめる音にも似た、文字通り涼し気な音が耳に入る。
これに気分を良くした霧崎は、甘味に染まった部分とそうでない部分を併せて大きく掬い、口に運んだ。
「!」
宿主の昂る感情がグリムドの全身を打つ。
氷の冷たさと優しくも主張ある甘味が彼らの口角を自然と持ち上げていた。加えて食感の心地よさだ。口内の熱ですぐに溶けてしまったが、それ故生じる瞬間的な柔らかさが甘美な後味と共に残っている。そして喉を通り過ぎていく濃厚かつ瑞々しい清涼感。矛盾したような感動を覚える霧崎の情動を味わいつつ、グリムドも学んだ。
なるほど、ただの削った氷と侮ってはいけない。
「これは素晴らしい」
感嘆しながら霧崎はかき氷を堪能していく。
いかにも悪意を宿したような笑顔を浮かべているが、単にそういう笑顔が染みついているだけである(元のトレギアのせい)。隣のお客さんは引いているが、夢中な彼が知る由もない。グリムドも情動の咀嚼に夢中で他の生命体などまるで意識になかった。
時間が経てばかき氷は溶けていく。甘味がより濃くなる位置、練乳が強い位置、真っ新な位置、固まりつつある位置。そうでなくともスプーンで崩されていくことで変化が増えていく。下手に崩したことで器より零れてしまった氷には僅かに悲しい思いもあるが、この量と積み上げ方を思えば避けられない事だろう。
1口ごとに楽しむ宿主と共に、グリムドも楽しんでいた。
「これはあれだな。2杯目いくべきだろう」
霧崎の言葉に、邪神は即座に同意の思念波を飛ばす。
2杯目に選んだものは、高級抹茶に極上の粒あん、白玉までついた宇治金時なるかき氷だった。
点てたばかりの抹茶蜜が拘りなのだという店主の言葉に、より笑顔を深めた霧崎。隣のお客さんはかき氷の進む手が止まるほど恐怖しているが、彼は宇治金時にしか目がいってない。罪深いウルトラ族である。
店主から与えられた情報もまた味を際立たせるソースとなって働いており、一口目を味わった霧崎は瞼を閉じて感動を咀嚼していた。
当たり前だが先程の苺かき氷とは違う主張に、彼の五感は喜び以外を示さない。
粒あんは上品な甘さと形容すべき代物で、抹茶の味わいと共に高め合っていた。日本人からすれば抹茶と小豆など鉄板だが彼等にとってはマリアージュである。削り氷と白玉はさながら神父や仲人であった。
しつこいようだが彼はウルトラ族でありグリムドは邪神である。
彼等はアイスクリーム頭痛とは無縁であった。地球人が気づけば負の感情に支配されそうなチート体質だ。
◇
初手氷菓子2杯という非常識を堪能したコンビは、気まぐれに転移していた。違うポイントで食事を楽しもうという腹積りだ。路地裏から現れたように誤魔化しつつ、続いての幸福を目指してグルメな旅路を再開する。
転移先は、観光ポイントとしても有名な街である。隠れた名店を探すのも一興だが、色々味わってみたい思惑から、この街に狙いを定めたようだ。
最初に出現したポイントと変わらず猛暑そのものだったが、ウルトラ脅威の科学力を駆使した日傘と魔術結界により、道ゆく人々と違って涼しげな様子。小学生名探偵に見られれば1発で怪しまれることだろう。残念ながら霧崎もグリムドも無自覚であった。
「見ろグリムド、カレーパン屋だ」
道中見かけた、寿司屋だの抹茶プリンだの抹茶わらび餅だのに惹かれながらも、今の舌はそれをそこまで求めていないと耐えて歩いた霧崎。その彼が足を止めたのがカレーパンの専門店だ。
グリムドも知識を蓄えて久しくある。カレー屋やパン屋ならともかくカレーパン一本で勝負とは中々珍しい類と認識した。加えて周辺の食事店から見ても異彩を放つ。霧崎の好奇心が疼いたのを感じ取り、グリムドもまた乗り気となった。
「だよな、食べるべきだろう」
グリムドとしては、感知した先にある黒蜜をかけて味わういなり寿司や玉子焼きにも興味はあった。だが、それはあとで促せば良い。今は目の前の未知を咀嚼するべきだと宿主に主張する。
誤算があるとすれば、行列に並ぶ際、他の客の迷惑になるので日傘を閉じざるをえなかった事である。日傘を起点に結界を広げていた為、再び熱波を味わう結果になった。
ウルトラ族にとっては命の輝きそのものである太陽光も、今この時に限っては不快指数と熱中症リスクに貢献する危険因子だ。人間態故の不快感に顔を顰めつつも、目的の為にと耐え忍ぶ。ザンボラー*5がぶち切れて暴れた時よりはマシだと霧崎は己を奮い立たせているが、これから食べるものは熱々のカレーパンである。
一方、グリムドは快も不快もない。苦痛の感情も食べ慣れた味わいであるし、不快感はわざわざ共有する意味を特に感じないからだ。ただ、耐える宿主がタロウを想起してきたら面倒臭いとは感じている。
行列文化を不本意ながらも堪能し、体感時間が数倍に引き伸ばされつつも、やがて霧崎の手には待ち望んでいたカレーパンが収まっていた。
霧崎は「ねんがんの」と声をあげかけ、慌てて口を噤み周囲を見渡していたが、グリムドには理解できない挙動だ。宿主はたまにそういうことする。
すぐにでもかぶりつきたい衝動を抑え、足早に人気のない路地裏へ移動しつつ、こそこそと転移する。食べ歩きも悪くなかったが、それでは日傘を展開しづらい。暑い中食べるのは流石の霧崎と言えども嫌だったようだ。
霧崎視点でそう離れていない、潮風を感じる日陰でいざ実食。
「!!」
出来立てのカレーパンはやはり熱かった。しかし熱さに頬と舌が忙しなくなりつつも得られた旨味は素晴らしいものだ。始めにざくざくとした衣の食感、パン生地部分は出来立で引き立つ甘味がある。そして本命のカレー。辛さより旨味! そういった味わい深いカレーにチーズが合わせ技で口内を叩いてくる。このチーズがまた実によく伸びる。
宿主が熱さと暑さに負けず手にした食の快感は、グリムドにとって等しく素晴らしい情動であった。待った甲斐があった。冒涜的な邪眼もニッコリである。
「うまい、これは是非ともタロウと食べたいカレーパンだ!」
瞬く間に食べ終えてしまったが、霧崎に抜かりはない。購入したのは2個である。2個目へ躊躇いなくまたかぶりつく。サクサク! もちもち! アツアツ! のびのび! 脳内で擬音がはしゃいで止まらない。宿主の興奮に合わせグリムドも情動の咀嚼も止まらない、加速する。
「あぁ……美味しかった……」
2個ともあっさり宿主の胃袋におさまり、グリムドは名残惜しさを覚える。
だが霧崎は邪悪な笑顔を浮かべ空を仰いでいた。興奮が収まっていない様子だ。口元がきらりと輝いているようにも見えるが、ただカレーパンの油分が主張しているだけである。
「カレーパンでこれだぞ。この街のグルメはまだ始まったばかりだというのに!」
両の手を広げて高笑いを上げ、感動を表現している不審者。誰かが見れば速やかに通報され、観光業を守るべく市の警備強化が急がれることだろう。残念ながら霧崎に自覚はなく、グリムドも特に気づくことはない。
「戻るぞグリムド、次の美味を求める時だ!」
霧崎の言葉に、グリムドは力強く同意を示す。
同意の意思は思念を越えて咆哮として現れ、霧崎の身体からうっかり飛び出た結果、『炎天下に響き渡る恐怖の叫び』と題された怪奇現象としてオカルト系チャンネルに視聴者投稿される事となるのだった。
◇
善良な地球人達に多大な迷惑をかけたウルトラ族の恥と化している事等露知らず、あれから磯揚げ、いなり、卵焼き、小魚のパフェ、団子、大仏を模した食べ物(霧崎はベーコンチーズをチョイス)etcと暴食と行脚を重ね、すっかり腹の膨れた霧崎とグリムド。
おいなりさんの方は、邪眼で見通した通りの逸品であり、グリムドも大満足だった。美味しそうなものを引き当てた成功体験は、少しは知的生命体が構築する社会に適応したという自信になってくる。そんなことで複雑怪奇な人間社会に適応したと思わないでほしいが邪神の価値観だからしょうがない。
「ふむ……そろそろ戻ってもいいころだが、腹ごなしに少し散策としゃれこもうか」
出来立てチュロスを食べ終え、タロウの雄姿が刺繍されたハンカチで口を拭った霧崎。せっかくの観光地だ。のんびりと目的なく街を彷徨く。通りすがる人々は炎天下に悩みながらも笑顔が目立っていた。一応ウルトラ族である彼は、それを平和と感じ、同じく笑顔(闇)を浮かべ上機嫌だ。
そんな中、ふと目についた案内板。観光事業にかかせない建造物だ。そこに記された観光名物を認識し、霧崎は大仏像を拝む事を思い浮かべる。かつてウルトラマンも拝んだ事があると思い出したからだ。しかしその案は即座に霧散する。
「すまんグリムド、浮気と騒がれても理解に苦しむ」
他宗教の神に祈りを捧げるとは何事かとグリムドが抗議した為である。そもそも勝手に邪神と崇められてるだけで信仰を欲しがった事もないのだが、霧崎の脳内にはそれはそれこれはこれの邪神論が展開されていた。
グリムドにとって今の宿主は永劫の共生関係を結んだ存在である。その彼が得る情動、感情は自身に共有されるべきであり、咀嚼できるものであるべきという認識がある。他の神的存在への興味には敏感なのだ。食べ物は文字通り別腹であり、宿主のタロウへの友愛らしい歪なナニカは達観と共に流している大変都合のいい解釈もされているが。
「悪かった悪かった、となるとあっちの島方面も避けておくか。島丸ごと神社のようなものだからな」
ともかく機嫌を損ねたグリムドに霧崎も疑問符を浮かべつつ頭を下げる。通常の知的生命体視点では魂を握り潰されるような圧として受け止められる邪神の抗議も、霧崎視点では「(#`・ω・´)」程度の感覚であった。
怪獣が眠っていそうだから調査したかったとぼやく霧崎だが、グリムドからすれば知った事ではない。邪眼は全てを見抜いているのだ。惚れた弱みで悪龍から転じて善龍となった存在など警戒に値しない。
「となると、河岸を変えよう」
もはや慣れた手口の、裏路地移動転移。現れた先は往来激しい主要駅の一区画。
膨れた腹はウルトラ念力で強引に消化を済ませ、新たな食事をもってご機嫌取りという作戦だ。
そういえば、と霧崎は思う。魚はともかく肉を味わっていない、と。先の食べ歩きでは牛肉をメインに扱った料理は選んでいなかった。カレーパン? あれはカレーパンというジャンルである。
グリムドの邪眼が煌めいた。なるほど牛肉は良い、と。
人混みをかわしながら、霧崎は歩き彷徨う。
今、自分とグリムドが最も求める店を目指して。
ハンバーガー店。違う、期間限定品に惹かれるものはあるが、今ではない。タロウグッズがあるなら最速最短で並ばせてもらうが。
フライドチキン店。違う、残念だが今は牛肉を味わいたい。赴く際は是非ビスケットも堪能したいところだ。
ラーメン店。違う、一瞬ぐらついたが定めた目的を外したくはない。ザラブがすっかり家系ラーメン派になっており、何故かヘロディアが負けじと北海道の各種名物ラーメンをアプローチしていたことをつい思い出す。なお、メフィラスは三里浜のらっきょラーメンを推していた。
中華店。違う、牛肉は味わえるだろうが求めている料理ではない。あとどうせなら中華街で絶品を探し当てたい。
うなぎ店。目的が大きく揺さぶられる、『旨味を嗅がせる匂い』に足が止まる。思えば土用の丑の日とは7月か8月あたりではなかったか。外観だけでわかる名店へ並ぶ人の数が、その味と時期を保証してくれている。しかし、しかし! 初志貫徹が美食の基礎なれば! そしてタロウはブレるような男ではない! 今だけはこれを邪念と呼び、後悔せぬ一歩をもって店を過ぎ去る。
駅周辺を歩き、百貨店のレストランフロアを周り、あれでもないこれでもないと彷徨うこと30分。ご機嫌取りを名目に彷徨っているだけに、トレギアも若干焦りがあるのだが、原因たるグリムドはとうに不機嫌など霧散していた。稚気を引き摺る邪神ではないのだ。既に信徒と楽しむ散策として今を味わっている。
そして霧崎はついに狙いを定めた。すき焼き店である。
己が用意された食材と鍋をもって『理想のすき焼き』を調理し味わう店ではなく、プロが仕上れ、整え、調理して完成させる『至高のすき焼き』を味わえる店だ。すき焼き自体、過去に幾度か味わっているが、いずれも目尻に涙が浮かぶほどの満足感を与えてくれたことはウルトラの脳髄に刻まれている。個人的には〆の■■■■が霧崎の好みだった。楕円形になれば食べ頃だが、もう少し焼いてから塩でいただくのがトレギア式である。ただ、グリムドからするとちょっと理解に苦しむ。アレは知的生命体にとって冒涜的な類だった認識なのに、単なる具材になっているからだ。宿主にはそれとなく伝達したが、認識阻害でもかかっているのか特に違和感を抱いてないようだった。
この店には〆のアレは置かれていないが、アレが地域性の強い〆であるぐらいは霧崎も理解している。だから、とことんすき焼きをメインに据えられるというものだろう。
宝石のように美しい和牛肉。その1枚1枚を、長年の経験と研究でもって生みだされた割下で、厳選されし具材と共に調理する。ただ焼くのではない。匠の腕で焼きあげることで誕生する『すき焼きの真の旨味』がそこにあるのだ。店の前に立っているだけというのに、霧崎の口内は活性化して治まらない。ご機嫌取りの名目など消し飛んでいた。
待ち時間こそ生じるが、予約で埋まっている不幸はない。逸る気持ちを抑えつつ、店員に案内されるのを今か今かと待っていたその時。
霧崎のスマホに通知音が鳴り響いた。
すき焼きに支配されていた霧崎の思考に空白が生じ、全身が硬直する。光の国での業務は終えている。タロウからのものなら専用の通知音だ。絶望的予感と共に画面を見れば、無情にも発信者欄にメフィラスの名前が表示されている。オムニバーシアンとしての業務案件であった。
トレギアがトップとして成り立っている組織だが、基本彼等は自由に組織の理念を体現している。その為、トレギア宛の緊急連絡は決まってトップの判断が要求される厄介事であった。
ウルトラの父やウルトラマンキングに認められている以上、当然適当な真似は許されない。
結論、すき焼きはお預けである。
「この世に光も闇もないというのか……!!」
「お、お客様?」
膝から崩れ落ち、珍しくも虚無へ呑まれそうになる宿主。周囲の客や店員が困惑したように声をかけるも彼には届いていないようだ。大変迷惑である。
一方、グリムドはすき焼きを食べ損ねた事は確かに、本当に残念だが、霧崎のように絶望などしてはいない。無限の時と無限の世界があるのだから、今という機会の喪失には強く拘らないのが邪神の価値観だった。終わらせ次第また来るか、次の機会に楽しめば良いのだ。
期待していた情動を味わえず、邪眼より零れ落ちた涙は気のせいである。
早目に切り替えられた邪神は、憐れな信徒を慰めるべくその心を撫でるように思念を飛ばし続ける。大仏へ見せた狭量持ちとは思えない献身あってか、霧崎も辛うじて立ち直る気配を宿した。
闇のオーラを漂わせ、幽鬼の如く立ち上がる姿に慄く客達。しかし彼等は恐ろしい男の目に涙が光るのを見逃さなかった。
「申し訳ない……急用が入ったのでまた次の機会にします」
店員に頭を下げて至高のすき焼きに背を向ける悲しき男。至福の時を、逃げられぬ急用に潰される悲劇。去り行く被害者へ向け、店内の人々は同情と憐憫の敬礼をもって見送るのだった。
「グリムド、すまなかった。俺は決めたぞ……今回の厄介事に黒幕がいるなら、俺はそいつを滅ぼすだろう」
真に同情するべきは別にあった。黒幕には黒幕なりの事情と野心があり動いたのだろうが、怒れるトレギアを生み出してしまったのだから。トレギアが滅ぼすと決めた時、従順過剰に叶えてくれる邪神がいる以上、まともな末路は存在しない。
こうしてトレギアとグリムドが歩んだ今回のグルメ旅は終わりを迎えた。
宇宙を支配するべく奔走していたある
5000字程度で短くまとめるつもりだったんです信じてください。気づいたら1万字行ってました。書きたいもの詰め込む構成下手ですいませんでした。
オレギアが今回行脚した街は正直隠すまでもないですが、一応明言は避けておくスタイル。以前番外でY市とかぼかしたので統一してます。あくまでこの地球は怪獣がいる地球でもあるので。イイネ?
・懲りてないグリムド
怪獣娘形態は、他生命体への円滑な交流手段としても便利なのではという邪神なりの苦悩と目的あって頑張っていたりする。あと今回、一人称形式ではないので顔文字は最低限地の文に混ぜた程度です。オレギアがグリムドの顔文字描写をどういった形で普段受け止めているか伝われば幸い。
・惚れた弱みで悪龍から転じて善龍となった存在
実際そんな逸話がある。怪獣がいる地球では間違いなくこの伝説は実話扱い。きっと太平風土記に載ってる。
・ラーメン
オムニバーシアン間でたまに論争が起きる。
ザラブはシンウル地球で築いた地域住民らとの絆で熱く語り、ヘロディアは科学的根拠を無駄に持ち出し『北海道ラーメン(重要)』の魅力をプレゼンし、メフィラスは知能指数投げ捨ててらっきょうをごり押しする。他にも即席ラーメンを強く推したり、九州の各ラーメンで醜い争い起こしたり、ラードとにんにくあれば良いと主張して殴られる宇宙人たちがいる。
・理想のすき焼きの〆
元ネタ『世にも奇妙な物語・理想のスキヤキ』
黒いゼリーみたいなナニカ。養殖ものと天然ものがあるらしい。グリムド「これ暗黒星由来のものじゃないの?」
・タロウの専用着信音
当然№6なあの曲。オレギアの通信機器はウルトラサインも受信できる優れもの。
・邪悪な宇宙人
人の至福の時を奪った元凶。代償はオレギア軍団による勢力ごと完全殲滅と邪神のサービスによる魂の死である。最期にみたのはふかふかのベッド。オチが凄惨ですが、そこはほら、『トレギア』と『グリムド』ですので。