バカな子ほど可愛いもんです。
支えてあげましょう。
それが、強さなんだ。
まあ、傍から見ている分には退屈しなくて良い。
大喜と雛、そして千夏先輩がどうなっていくか、傍観者として俺は生暖かく見守らせて貰っている。
バカで鈍くてバカな大喜、ガワは良いくせに奥手で不器用な雛、内面が全く読めない千夏先輩。先が全くわからない、どうなるか未知数な三人。
俺としては、大喜が報われてくれれば良い。どっちと付き合おうと、それはそれで。そう、思っているのだが。
俺はたまに、こいつら揃ってバカなんじゃないかと思うことがある。
訳がわからない自爆をやらかした上、俺を巻き込んでくれた時とかは特に。
「暑い中呼び出しやがって……」
蝉の声もうるさい夏の日曜日、大事な休日にどういうわけか俺は雛の家へと向かっている。
一応雛は校内じゃ知らない人がいない有名人で、人目がある時は俺も「蝶野さん」と呼んで距離を保っている。変にやっかまれたくないし。
そんな雛が体育館で一方的かつ、周囲に聞こえるような声で日曜日にうちへ来いとか言いやがったお陰で断りようもないまま予定が決まってしまった。メールやLINEなら口実つけて断ってやるのに。
雛の家はそれほど遠くはないのだが、俺の家からわざわざ訪ねていくには微妙に距離がある。
正直言えば、面倒くさい。一年間の休日数は決まっているのに、それを消費してまで何で俺は。
とりあえず、だ。とっとと用事を済ませて帰ろう。
汗を拭いながらチャイムを押すが、どういうわけか反応がない。もう一度。やはりない。
三回押して無反応だったら、義理は果たした事にして帰ろう。
そう思ってもう一度押してやると。
「ぁーい、開いてるから勝手に入んなさーい。あと部屋で待っててー」
やる気のない雛の声が返ってきた。反応無けりゃこれで帰れたのに。面倒なやつめ。
久し振りに入った雛の家は、静まり返っている。家の人の姿もない。
客を呼んでおいて部屋で待て、ってなんなんだ。不用心だとは思わないのか。
どうも、妙な予感がする。
雛の部屋を見回しつつ、警戒は一応しておく。
前よりも女子女子するようになった部屋は、何やら落ち着かない。
ティーン向け雑誌やら何やら、普段の雛のイメージにないモノが増えた気がする。
まあ年相応に、色恋沙汰への興味が出てきたようだからな。只のバカから色恋バカになりつつあるんだろう。
俺を巻き込まなければ、何でも良いんだが。
――と。
「ふぃー……、いらっしゃー匡ー」
適当な声と共に、部屋の持ち主が入ってきた。
……明らかに湯上がり姿という、ありえない格好で。湯気なんか立てながら。
無い胸を強調しているつもりなのか、ちょっとだけはだけてみたり。
まさか誘っている、という事なんだろうか。とうとう俺と大喜の区別が付かなくなった、とかだったらどうしよう。そんな要介護友人の面倒は、さすがに見切れない。
でも多少は、うん。そういう空気が、漂い出す。
雛を女子扱いする事自体少ないとは言え、まあ……このバカも一応は「女」なわけで。
ほこほこの雛が隣に座り、しばし流れる気まずい沈黙。
そして雛が、おずおずと口を開いた。
「あのさ、匡って、……シたことある?」
これが他の女子なら、そりゃまぁ俺も色々と思うだろうけど。
でも、だ。俺の熱は急速に引いていく。そういうことか、と納得したことで。
なにしろ長い付き合いだ。このバカが何を思ってこんな事をしたのか、見当は付く。
「――新体操部の誰だ、変な話したのは」
「え"」
「どうせ休憩時間に彼氏自慢聞かされて、未経験なのをバカにされたんだろ」
「う"」
「それが悔しいから手近にいて口が固そうな男子、ってことで俺呼んだんだろ」
「あ"」
雛の顔はみるみるうちに、真っ青になっていく。
どうやら一言一句違わず合っていたらしい。
本当にこのバカは。
「うー……! だって、たかが男が出来たくらいで私を見下すのよ!? 私の女としての沽券に関わるのよ!!」
「捨てちまえ、そんなもん」
と言うかそんな理由で俺を穴開け係にしないでほしい。
大喜に顔向けできなくなるし、下手したら俺が雛を引き取ることになりかねない。
「そういうのは、焦ってするもんじゃないんだよ。第一犯罪だ、未成年なんだから。大人になってからにしろ」
言うべき事はとりあえず言って、帰ろうと立ち上が――ろうとした俺を雛が食い止める。
「あんたねぇ、そんな保健体育の教科書みたいな理屈で私に恥かかせる気!?」
いかん、意地になり始めた。こうなると雛は頑固だ、バカだから人の話聞かないし。
ここは、切り札を切るしかないか。
「そういうのは、大喜の為に取っておけ。俺なんかじゃなくて、な」
まあ、大喜がそんなのを気にするとも思えないが。
あれはバカだけど優しいから、膜の有無で人を値踏みしたりはしないだろう。
さて、どうなるかと見ていると。
雛は一気に真っ赤になり、スチームポットのようになってしまった。なんとも極端な奴だ。
「そう、よね……。そうだよね、匡なんかが初めてじゃイヤだもんね!」
泣くぞコラ。このバカが。言うに事欠いて「なんか」って何だおまえは。
思い止まってくれたんなら、良いんだけどな。全く、世話が焼けるったら。
そんなバカに振り回された休日も終わって、月曜日の昼休み。
俺は暗い顔をした大喜と、屋上で向かい合っていた。
「……見られた……。千夏先輩に……」
この世の終わりのような顔で、大喜が俯いたまま呟く。
関わりたくない。面倒くさい。何でお前らはすぐに俺を便利に使おうとするんだ。
何があったのかは分かっている。……オトコノコだから、な。色々とある。
でも、だ。
「一応言っとくけど、聞かないからな」
「俺の部屋、鍵無いから……。先輩、気の毒なモノを見る目で……そのまま歩き去って…………」
聞かないって言ってんのにこのバカは。
しかしお気の毒、としか言いようがない。
……そんなもん目撃してしまった先輩は、もっと気の毒だけど。
なにしろ俺は昨晩、先輩から電話でそれを聞かされたのだから。
千夏先輩はドン引きしたとかじゃなく、本気で大喜を心配して相談してきたのだ。
いやしかし、このバカはどんな特殊なプレイに及んでいたんだろうか。詳しく聞きたくないからガンスルーさせて貰ったが。
確か千夏先輩はお兄さんがいる筈だが、そういうのには免疫が一切無いらしく、あうあう言いながら支離滅裂な答弁を繰り返していた。大喜には聞こえていなかったんだろうか、多分聞こえなかったんだな。聞こえてたら良心の呵責で、もっと酷い有り様になっているだろうし。
とりあえず形通りに保健体育の知識を詰め込んでもらって、なんとか事なきを得はしたのだが。
まさか大喜までこの通りだとは。
ええい、何て面倒くさい連中だろうか。
揃いも揃って、俺を巻き込むんだから。
まったく、退屈する暇がないのは結構なことだけど。
さぁて、どうやって取り繕わせるか。
俺はこのバカの為、今日も頭を回し続ける。
バカな親友が、少しでも幸せな方向へ行ってくれるように。