「──はーっ、許可は出したけどね。まさか、本当に休暇を切り上げて、しかも40枚の指定ポケットカードを集めたって?」
休暇という名の会議。本当に『休暇という名』の、となってしまったが、休暇を終えてG.Iに戻ったビスケを待ち受けていたのは満面の笑みでバインダーを見せてくる弟子たちの姿だった。
開かれたバインダーのほぼ半分とも言える範囲を埋めるカード群を眺めながら漏らした言葉は呆れの色味が強いが、天真爛漫を地で行くゴンには言葉通りの意味しか齎さなかったようで、力強く頷いたゴンは現状がまだ始まったばかりの途上である事を、むしろ楽しむように笑顔で告げた。
「うん! でも、集められたカードはランクBとかAばっかなんだ」
ゴンに続いて頷きキルアが話を引き継ぐ。ゲームが嫌いではない事もあって、そこそこやる気の籠った調子で腕を組み思索するように眼差しを虚空に向けた。
「んだな。あー、そろそろ『道標』と『解析』がなくなるんだよなー、『神眼』があれば悩まなくて済むってのに」
それが無いものねだりであることはキルアにもわかっている。それでもあればなぁと思う気持ちは捨てきれず、思わず漏らした言葉を、肩をすくめたクラピカが受け止めた。
「仕方あるまい。仮にもSランクカードだ。そう簡単には手に入らない代物だろう」
「だからわかってるっつーの!」
イーッと歯を剥き出すキルアに構わずクラピカは続ける。
「と、なれば。まずはスペルカードを集めるための金策から始めるか?」
クラピカの提案に応えるのは腕組みして考え込むレオリオだった。
「けどよ、もうすぐネオンも来るんだろ?本格的なカード集めはそれからでもいいんじゃねーか?ま、金策くらいならいいと思うけどよ」
レオリオの疑問も最もだ。
頷きながら、ビスケはやむを得ない事情を説明する訳にもいかず、少し言葉を濁した。
「そうなんだけどね。・・・ちょっと野暮用が終わらなくってね。ま、その内あの子も合流するわよ」
チラリと空に向けた眼差しの先には、大空の下でネオンと繋がっているであろう、広々としたG.Iの青空が広がっていた。
「──へくちっ!」
「ボス、風邪ですか?」
「んー、そうなのかな」
ずびずびと鼻下をティッシュで擦りながら首を傾げるネオンを、側に控えるセンリツは少し心配そうに眺める。
「精神的な疲労は、私の笛で取り除けている筈なんですけど」
「大丈夫大丈夫。たぶん噂されてるだけだよ、うん」
ひらひらと手を振って、気にしないでと動作からも伝えたネオンは気を取り直すように身を捩って椅子に座り直す。重要な話題の途中であったから、センリツもそれ以上の言葉は重ねずにネオン──ボスの言葉に耳を傾けた。
「で、なんで狙われないって確信してるか、だけどね」
ボスがそう続けるのを聞いて、センリツは頷きで先を促す。
『幻影旅団』に対して囮作戦を決行しながら、狙われないと断言する理由。それを聞きたいとセンリツから願い出て、紆余曲折を経てあれから数日経ってからようやくセンリツの説得に折れたボスは口を開いたのだった。
「ぶっちゃけさ。勘だったり、するんだよね」
「・・・え?」
いま、なんと言ったのか。
センリツの背景には無数の宇宙が広がったような気がした。
命懸けになるであろう、幻影旅団を自らの身を晒して煽っておいて、事もあろうに安全の判断基準が勘?
冗談や誤魔化しの類としか思えない返答。
センリツが普通の者なら、あるいは嘘を見抜く能力を持っていなければ、冗談の類として受け取って、自分には本当のことは言えないのだろうと問いただす事を諦める話であったが、しかし、センリツには嘘がわかる。
──ボスは、本気で言ってる。
それが理解できてしまったが故の、困惑があった。
「ぼ、ボス。勘って・・・」
消化しきれず、説明を求める眼差しを向けるセンリツの気持ちを汲んでか、苦笑いしながらネオンが続けた。
「もちろん勘だけじゃなくて、色々複合しての、結論だけどね。クロロなら、あたしを見抜くんじゃないかなって。それが過大評価だとは思えないし」
──大半は勘だけど。
その本音は言わずに置いたネオンの説明はセンリツの困惑を僅かに慰める効果はあったが、逆に言えばそれだけの効果しかもたらしてはくれなかった。
変わらずに困惑の渦の中にセンリツは居た。ある意味でネオンは天才とも言える。常人には理解できない思考回路を持つと言う意味では、天才と表現して差し支えはない。
センリツもそれなりの人生経験は積んでいるから、そのような人物と出会った事もある。その経験を加味すれば、先ほどの説明で納得したとは言えないが、ボスもそれ以上のことは言えないのだろうと察して、それでも飲み込める程度の度量をセンリツは有していた。
半ばため息混じりに、センリツは続ける。
「わかりました。それで、これからどうするんですか?囮には効果がないのなら、こうして身を晒す意味もないと思いますけど」
当然とも言えるセンリツの疑問だった。
囮作戦とは、相手が釣れるから意味がある。釣れなければ意味がない。わざわざこうして、外を練り歩く意味合いは既にないと言っていい。
「そうだね。そろそろやめるつもり。あたしも、次に備えて動かなきゃだもんね」
センリツがほっと一息を漏らしたのは、仮にも囮作戦であるからこその安堵だった。
ボスは狙われないと言っているが、幻影旅団が来るかもしれないという恐怖は常にある。そのストレスから解放される安堵からのほっとした一息だったが、次のボスの一言で再びその胸中は不安で彩られることになった。
「次は、クート盗賊団の生き残りと会わないとね」
他でもない、G.Iにおけるレイザーのことであったが、命の危険が再び連続すると思ったセンリツの意識が、現実逃避を求めて遠のいた。
「ねえ、じいちゃん。これってインナーミッションって事でいいんだよね」
黒髪の長髪。人形のように整った顔立ちの青年が、無表情に問いかけるのは、中華風の金の装飾の刻まれる朱色の椅子に腰掛ける老人だった。
──ゼノ=ゾルディック。
この男を知るものがその名を聞けば、冷や汗どころか失禁しても不思議ではないほどの怪物だった。
「なんじゃ。もう知っとるのか」
ビスケットと名乗った少女からの依頼。
その内容を脳裏で反芻しながら、思い返すのは一枚の手紙の事だった。言葉にはせず、静かに腰掛けたままのゼノに向かい、孫であるイルミ=ゾルディックは淡々と言葉を続ける。
「うん。俺のクライアントから情報もらってね。じいちゃんと親父も雇いたがってたけど」
さもありなん。金は掛かるが、雇うなら全員雇ってしまうのが吉。ゾルディック家内で依頼がバッティングした場合であっても、各々が望みうる結果を求めて行動する。一名だけ雇って安全を担保することは出来ない。
ソレ故に、依頼を反故にしない誇りを持つゾルディック家から狙われないようにするのならば、いかに『全員』を先に雇うか、に焦点が当てられる。今回は、各々が縁のある相手からの依頼であったために家族に相談を挟まず即決。ソレ故に派閥が分かれる事となった。
「ま、『普通』の依頼なら、そっちを受けてもよかったがな。今回ばかりは、ちっとばかし昔の縁がある。煩わしい縁じゃが、切るに切れん縁なもんで困るわい」
「そ。じゃあ、俺は俺で動くから」
去っていく背を追いかける事もせず、椅子に腰掛けたまま、肘掛けに凭れ掛かり、ゼノは掌で顎を支えた。
ただの一度でも、あのジジイからの依頼が楽だった事はない。
過去の経験から此度の騒乱の大きさを想像して、ゼノ=ゾルディックは微かな笑みを口端に浮かべた。
「やれやれ、割に合わん仕事になりそうじゃ」
短くてごめんなさい!
神眼>ゲーム外に出たら使えなくなる仕様と指摘受けたため、未所持に修正
誤字報告お礼
『佐藤東沙』さん
『みおっち』さん
ありがとうございます。